|
■オープニング本文 ●鈴の音の導く先 ちりぃーーーん ちりぃーーーん 遅くまで飲んでしまった男の帰り道―― 鈴の音を聞いて振り返り見たもの‥‥それは、豪華な牛車だった。 光沢のある黒の車体には鮮やかな夜桜の模様が描かれており、その美しさに見惚れてしまう。 一般的なものより一回り大きいその牛車に、人は乗っていなかった。 それどころか、車を引くはずの牛さえないのだ。 しかし、それは動いていた。 ゆっくりと優雅にさえ見えるその動き‥‥ 男は酔っているのだと‥‥夢なのだと思い、頻りに目を擦っている。 (「ん? 花びらが一枚足りない??」) ぼやける視界の中で‥‥正面に描かれた桜の花には、花弁が四枚。 色も他の部分に比べて薄い‥‥いや、塗られていないのかもしれない。 そこまで思考した男だったが、次の瞬間目の前に迫った牛車に全てを奪われ‥‥。 ぐしゃり 突如速度を上げて男の下へ走り込んできた牛車の下敷きとなったようだった。 手にしていた酒瓶は割れ、酒は地面へと滲み込んで消えていく。 男が死んだのを察したのか、車はまた向きを変え動き出す。 ちりぃーーーん ちりぃーーーん 透き通るような鈴の音を響かせながら、その牛車はさっきより輝きを増し闇夜に消えてゆく。 ●無実の証明 「わかりました‥‥絶対うちではない事を証明して見せましょう!」 神主は力強くそう答えて、目の前の役人に鍵を差し出す。 ここは、仁生の都――歴史的建造物が多いこの都には多くの神社が点在し、様々な歴史遺産が残されている。その中のひとつ、昔使われていたとされている牛車が収められているこの神社に、最近よからぬ噂が立っていた。 それは誰もが寝静まる丑三つ時――夜な夜な訪れるその車は人を地獄へと誘うと言う。その牛車が、この神社のものではないかと垂れ込みがあり、役人が事情徴収に来ているのだ。その役人を一旦追い返して、神主は早速準備に入る。問題の牛車の前で、彼は今晩監視をしようというのだ。鍵を渡したのも、身内より役人の方が証明に値すると考えたからだ。 「絶対違うはずだ」 神主が自分に言い聞かせるよう呟く。 彼の神社に納められている牛車には大きな特徴があった。 それは、車体を彩る夜桜の模様と、屋根の彫刻である。普通の牛車にないその彫刻は、車体同様咲き誇る見事な桜であり、その造りは繊細かつ大胆な仕上がりで一際この牛車を豪華に見せている。そんな珍しい牛車であるから、見間違うはずない。 (「こんなに素晴らしい牛車が二つもあってたまるか‥‥」) 神主の心とは裏腹に‥‥今夜、彼は目撃する―――。 ●神主の見たもの ちりぃーーーん ちりぃーーーん 神主は聞きなれぬ鈴の音で目を覚ました。 蔵に入り、監視を続けていたのだがどうやら眠ってしまっていたらしい。慌てて牛車に視線を移せば、やはり牛車はそこにある。 (「ほら見ろ‥‥うちのじゃないではないか」) ちりぃーーーん ちりぃーーーん ほっと安心しかけた神主だったが、再び聞こえた鈴の音にはっと我に帰る。蔵には万が一の為、外から鍵をかけてもらった。明日の朝迄は開けぬようと言い渡してある。 神主はそれでも原因の牛車を見たくて、音のする側の窓に駆け寄った。幸いにも蔵の周りの木は葉を落し、その先にはわりかし低い塀があるのみ。必死に乗り出して、見つめた先にあるそれに神主は言葉を失った。 牛車の上部しか見えなかったが、そこにあるのは自社のものと瓜二つの牛車。 屋根に咲き誇る桜が‥‥車体を彩る夜桜が、全く蔵にあるそれと同じ‥‥。 (「なんということだ‥‥同じ牛車だなんて」) 外のそれと何度も視線を行き来させた神主だったが、見れば見るほど謎が深まってゆく。 (「どうして? なぜ?」) 今日の監視で無実であることの証明は出来るだろう。 しかし、彼は納得がいかない。なぜ同じ牛車が存在するのか。 もし、自社に関係のあるものであれば捨ておく事は出来ないと神主は思う。 夜が明けて、神主はその事を役所に報告―― その足でギルドに向い‥‥ギルドには新たな依頼が追加されるのだった。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
月(ia4887)
15歳・女・砲
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
徳川家誠(ia9570)
23歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●見つからぬ糸口 神主の案内で訪れた蔵の中、集まった開拓者らは例の牛車を見上げ感嘆した。 「しっかし立派な牛車だねぇ。ふむふむ、これが例の夜桜の模様だね?」 車体に描かれた桜を目にして、朱麓(ia8390)が呟く。他の仲間も思い思いに牛車を調査し始めている。神主にどこか欠落箇所がないか聞いているのは輝夜(ia1150)だ。特に変化なしと聞くと今度は、牛車を細かく観察し始めている。 「月、すまぬが心眼で一度見てくれ」 近くにいた月(ia4887)を捕まえて、輝夜は唐突に頼む。月はそれに黙ったまま従っているようだ。 「異常ありません‥‥」 「そうか」 月の言葉に輝夜他、仲間達は嘆息した。 もし、この牛車がアヤカシの類と関り合いがあるなら、ぼんやりと反応するはずである。しかし、牛車からは何も感じられず、ただただそこに止まっているだけ――。 「神主、本当に同じだったのか? おそらくその偽物は本物と何か違うはずだ。よく思い出してくれ」 一度例の牛車を目撃している神主に向かって、風雅哲心(ia0135)が問う。 「そう言われましても、私はこの小窓から見ただけですからねぇ。車体全体を見ていないのではっきりしたことは言えないのですよ」 神主が指差した窓に近付き、哲心も外を覗いて見たが、いくら周りを囲う塀が低いとはいえ、牛車全体が見えるに至らないと考えられる。 「なぁ、神主‥‥件の牛車も鈴が鳴る。この牛車にも鈴はついとるんか?」 ――と、ここで尋ねたのは斉藤晃(ia3071)だ。体格のわりに細やかな点をついてくる。 「あ、はい。確かについてますがそれが何か?」 「なら、この事件が解決するまでの間でええんやけど、風鈴に付替えてもええかぁ?」 「はい、別に構いませんよ。――と、すいません。私は仕事があるのでこれで。他に何かありましたら社務所の方にお願いします」 神主はそう言って一礼すると、蔵を出て行こうとする。 「あぁ、神主。すまんが神社付近の人払いをしておいてもらえるか?」 去り行く神主を引き止めて、哲心が頼む。それに神主が了承する。 「あっ、自分もご一緒させて下さい。こちらの歴史について少し調べたいので」 「私も少しお聞きしたいことが‥‥」 ぱたぱたと駆け寄る佐久間一(ia0503)。その後に倉城紬(ia5229)が続く。 「さて、それじゃあ夜まで解散だねぇ」 朱麓の言葉に、仲間は各々独自の調査に入るのだった。 人払いをして、神社周辺の心眼探索を開始したのは哲心だった。意識を集中し、ゆっくり反応を探ってみるが、特に変わった場所は見当たらない。 (「見誤ったか?」) 念には念を入れて、二度行ってみたが結果は同じである。塀や鳥居の細部に渡って調べて回ったが成果が上がらない。 「まさかここは関係ないのか?」 蔵を見つめて、哲心がため息をついた時――朱麓と月、晃の三人は事件現場にいた。 役所に詳しい情報を聞いた後の事だ。晃は地図にその場所を書き込み、一箇所一箇所検証していく。朱麓はその都度、持参した花を犠牲者に手向けていた。 「今はこれだけしかできないけど、あんたらの仇はきちんと取るから‥‥今は安心して眠っといておくれ‥‥」 静かにそう言って、目を閉じ黙祷。それを見て月も合掌する。 現場は――人轢きがあったとは思えないほど奇麗であった。普通なら血の跡が残ってしまうものだが、そこにはそんなシミなど全くない。 「やはりアヤカシなのか」 月がその場所に膝を着き、調べながら呟く。 「全くもって困ったものだ」 手掛かりのない事に月が一人ごちた。 ●神社の歴史に関わるもの (「へぇ〜ここの神社は随分長い歴史があるんだなぁ」) 神主から受け取った文献に目を通しながら、一が心の中で呟く。 (「しかし‥‥特に人を轢く牛車が出てきたり、そういう事に至りそうな説話はないか」) 祟りの線も視野に入れていたのかはさておいて、一は一通り目を通すと、手掛かりに辿り着く資料を見つけられず、次の目的地を目指し立ち上がる。紬も神主と何か話していたようだが区切りがついたのか、手元のメモに視線を落としこちらにやってくる。 そして――。 どんっ 余所見をしていた紬は正面から一に激突した。 「あっごめんなさい‥‥私‥‥ってきゃあぁ!!」 一に抱き留められる形になっていた事に気付いて、慌てて距離を取る紬である。 「あの、その‥‥すいません‥‥私、夢中で」 「あっあ〜紬さんも外出るんですよね。一緒に行きませんか?」 その様子を見取って、出来るだけ穏やかに誘った一だったが、紬はまだ動揺は続いているらしい。頬を赤らめながら、しきりに眼鏡を上げる仕草を繰り返している。 「あの、自分‥‥何か変な事しましたでしょうか?」 訳がわからず尋ねると、紬が慌てて首を横に振る。 「ご、ごめんなさい‥‥私、慣れてないんです‥‥気に‥‥しないで下さい」 視線を合わせぬまましばらく歩いて、紬はふと立ち止まる。 「あの、私はここで‥‥あちらですので」 「あぁ、はい。気をつけて」 一は苦笑しながら、見送って役所に一人向かうだった。 (「うわ〜うわ〜うわぁ〜、殿方にあんなに接近してしまうとは‥‥恥ずかしいやらびっくりしたやら‥‥大変でした」) まだ早い心拍数をどうにか落ち着けようと、紬は深く深呼吸する。ここは、神主から教えてもらった宮大工のいる作業場の前である。何度か呼吸を繰り返して、紬はぐっと拳を作り気合いを入れる。 (「ここは殿方の職場‥‥けど、負けちゃ駄目よ、私」) あまり男に対して免疫のない彼女にとっては踏み込むのに勇気がいる場所なのだ。 「すいません」 戸を開けて入った先には、にこやかに対応する受付の女性の姿があった。 「あの、本当助かりました。私、殿方って苦手で‥‥」 出されたお茶をすすりながら、紬が言う。 「まぁ、珍しい事は確かですよ。大体こんな作業場に受付がある事自体‥‥」 苦笑しつつも、優しく答える。 「ですよね‥‥私はてっきり‥‥‥と、早速ですが二、三御聞きしたい事があるんですがよろしいでしょうか?」 そう言って、紬がメモを取り出す。 「えぇ〜と、あの牛車を作られた方がこちらに居たとの事なんですが、その方は今いらっしゃるんでしょうか?」 夜桜の模様のある牛車など、そうお目にかかれるものではない。問題の牛車があの神社にあるものと違うとすれば、すなわちそれは複製か瘴気が作り出したアヤカシの類ということになる。しかし、アヤカシがわざわざあの牛車を模して形成されるとは考えにくい。 とするならば――複製の可能性が高くなり、それを造る事が出来る人物を探すのが妥当。そう考えるとすると一番有力なのは、本物を手がけた職人という訳だ。 「あ〜それがですね‥‥ご存知の通り、あの牛車はかれこれ三百年前のものなので直接手掛けた人間はもう亡くなっているんです。役所の方も来られましたが、結局そこで詰まってしまって」 「では、同じものが作られた記録とかはありませんでしょうか?」 「それも調べましたが残念ながら‥‥牛車は大きいものなので、職人は何を造るにしても作業場が必要ですし、そう簡単に出来るものでもないですからねぇ〜発注の記録等も確認しましたが、そのような記録はありませんでした」 「そうですか」 もし同じものが造られ売られていたのなら、それを買ったあるいは造らせた人物が怪しいと睨んだのだが、結果は空振りのようである。けれど、紬は引き下がらなかった。 「あの、すいません。その職人さんの子孫の方とかって今は?」 「あぁ、いらっしゃいますよ。同じここの宮大工ですから‥‥呼んできましょうか?」 「お願いしますっ!!」 紬の言葉に、女はすぐさま呼びに席を立つ。 数分もしないうちに、白髪の混じった中年の男が姿を現した。 「そうですか‥‥長々ありがとうございました」 玄関にあたる作業場の店先で、職人と受付が手を振っている。それに答えるようにお辞儀を返して、紬は空を見上げた。 (「消えた宮大工さんか‥‥」) 暮れ行く夕日を見つめ、紬が歩き出す。 職人の男から聞いた話によれば、若い宮大工の一人がやたら熱心にあの神社の牛車の事を聞いていたという。しかし、その青年はここ一年近く、姿を現していないとの事だ。 所在も不明――唯一解った事は名前のみ。その青年の名は秀造と言った。 ●響く鈴の音 各自の調査結果を掛け合わせて出した答え――しかし、それは答えといえるものなのか。わかったことといえば神社周辺にアヤカシはいないということ。しかしながら、なんらかの形でアヤカシが絡んでいそうだという事。被害があった場所と神社との関係性はあまりないだろうという事の三点である。 被害者はいずれも一般人であったし、職業もさまざま。ましてあの神社との繋がりなどなく、強いてあげれば初詣に利用していたのが三人いた位だ。晃が現場と例の神社との繋がりを探っていたが、地図を見てもかなりバラツキがあり、関連性が見当たらない。 「中心近くになんぞあると思っとったんやけどなぁ」 当たりが外れて、晃がぼやく。 とりあえず一行は二班に分かれて、巡回を開始していた。一班は一・輝夜・朱麓、二班は月・晃・紬・哲心の編成である。もうじき、牛車が出没するとされる丑三つ時――皆が表情を引き締める。 ちりぃーーーん ちりぃーーーん ――と、どこからともなく鈴の音が木霊した。 「どこだ?」 哲心が鈴の音を探るように、辺りを見回す。 うっすら霧がかかった通りを見渡すも、所在がつかめない。 ピィーーーーーーーーー すると、今度は呼子笛が辺りに包む。 「合図だ、行くぞ!」 哲心の言葉に残りの三人が頷き、駆け出した。 「成程、確かにそっくりじゃな。しかし、そこはまだ未完成部分なのかの」 遭遇した牛車を見取って、輝夜が駆ける。狙ったのは車体の夜桜模様。普通五枚であるはずの花弁が、そこは四枚しか描かれていない。そこを弱点と見て、輝夜は不動をかけた後、そこを重点的に攻撃してゆく。 「おおっと、危ないねぇ」 車体が大きい分、動きは遅いが急に方向を変えられぶつかられたりすれば‥‥結構な打撃になりかねない。槍を片手に接近した朱麓だったが、とっさの回転に攻撃を中断――受け流しに入る。 「人は‥‥いないみたいですねぇ‥‥」 そんな二人を後方で見ていた一。心眼で牛車内部に操る者がいないか調べ終えて、再び全体に視線を向ける。アヤカシの反応が強く現れる場所――探りを強めてみれば、僅かに鈴と正面の色が付いていないらしい桜模様に何か感じるものがある。 「鈴と前方の桜‥‥そこがあやしいです! けど、まずは足を!!」 心眼を中断し、珠刀『阿見』を構え、車輪部に切り込む。 ――が、そう簡単に壊れるものでもない。傷跡は付いたものの、動きに支障はない様だ。 ちりぃーーーん ちりぃーーーん 一際高く響いて、鈴の音が皆を刺激する。 「何だっ、これ?! 痺れるっ!!」 鼓膜に届くその音が、三人の動きを止めていた。 ギギギギギィ そして、牛車は狙いを定めるように車体の向きを変え始める。 「またせたなっ! 大丈夫か!!」 そこへ、二班の四人が駆けつけて、迫り来る牛車の前に躍り出る。 「馬力勝負いったるわ!!」 三人に向けて、突進を仕掛けた牛車を晃が大斧『塵風』で受け止める。 ばきぃぃぃ 最大に振り被って繰り出された一撃に牛車の破片が飛んだ。 相手がなんであれ、彼の戦い方は変わらないようだ。 「ホントに斉藤さんは…」 その戦い方を見て、驚くやら呆れるやらの朱麓である。 「鈴の音には麻痺させる効果があるようだ‥‥気をつけよ」 先に戦っていた輝夜が二班に告げる。 「わかった」 それに答えて、月が前へ。一が傷つけた車輪部に更なる一撃――。 「晃っ、俺は鈴を狙うから下は頼む!!」 「了解やっ!」 連携する作戦を打ち合わせていた二人。晃が車体の動きを止めている隙を狙って、哲心が車体の前方にある鈴を刀で叩き落す。紬も後方から神楽舞【抗】にて、支援して‥‥鈴の音が鳴らなくなってからは、割と落ち着いたものだった。人やケモノのように、素早く動き回る相手ではない。ついには片方の車輪が機能しなくなると、牛車に出来ることなど何もなかった。未完成の桜の模様に、輝夜が長槍『羅漢』を突き立てると、牛車が輝きをなくし瘴気となって空に消える。残されたのは、ぼろぼろになった牛車の残骸だけだった。 ●祝杯の向こうに 「結局、なんだったんだろうな」 月が銚子片手に、一人ごちる。役所と神主に結果を報告した開拓者らは、晃の誘いで祝杯を上げようと、遅くまで開いている酒場を見つけ、思い思いに酒を楽しんでいる。 「確かに事件は解決した。けど、あの牛車はなんで彷徨い出したのか? なぜ同じ見た目をしていたのか? 結局のところわからぬままだ」 釈然としない思いで、飲む月の独り言を聞いていたらしい紬が口を開く。 「あの‥‥私の予想ですけど、見た所あの牛車は未完成品だったようですし‥‥私が調べた結果、あの夜桜の牛車に興味を持っている青年宮大工さんが居たそうなんです。だから、もしかしたらその方が関わっていらっしゃったのかも‥‥」 確定出来る話でない為、自然と声が小さくなる。 「宮大工か‥‥考えもしなかったな」 牛車の事に気を取られていた一行に、それを暴く術がない。しかし、理由はどうあれ‥‥アヤカシ牛車を退治した事によって、この都に安心が戻ったのは間違いない。 「何はともあれ、いいじゃねぇか! また何かあればその時どうにかすりゃあ」 酒をがぶ飲みしながら、晃が叫ぶ。 「そうさね。先の心配より今を楽しむべきだとあたしは思うねぇ」 朱麓の言葉もあって、月と紬が硬くしていた表情を緩める。 「さぁ、とりあえず飲もうやっ!!」 もう、何回目か判らない音頭をとって、皆が乾杯する。それは朝方まで続いていた。 翌日―― 開拓者や被害者の家族が見守る中、偽物の牛車は場所を移し灰になる。 みごとな細工だったのだが、やはりアヤカシが憑いていたとあってはどういう理由であれ保存は危険とみなされたのだ。それに、開拓者らとの戦闘で車輪や側面に傷が多かったことも要因のひとつである。 「勿体無いほどの出来だけに惜しい限りだ」 夜桜牛車の子孫の男も、壊れたそれを見て嘆いていた程だった。多くの人に見守られながら、厳かに護摩木が焚かれ牛車はその炎と共に消えてゆく。念の為お払いを済ませた後のことだ。立ち上る煙を見つめる影があった事を皆は知る由もなかった。 |