|
■オープニング本文 「まだだ、まだこれじゃあ満足できん…」 揺れる船に降りかかる海水。しかし、男は諦めない。 彼の視界の届くギリギリの所で、男が追うのは鮪の群れだ。 (「奴の息遣い、奴の行動…そんなものはわからん。だが、わしはこれでやってきた。 今年は周りの水揚げも少ない。しかし、鮪はおる…わしはまだまだついて行くぞ」) 船の窓からそれを捕らえて、エネルギーに満ちたその顔で舵を切る。 老いても心は若き頃となんら変わらない。彼の瞳は活力に満ちていた。 「何、あの親父が戻らない? いつもの事だろうが」 久し振りの尋ね人に向かってご主人が言う。 いつも通りのよれよれの着物に半纏を羽織って、冬支度はとうにできている。 おいらもそれは一緒だった。火鉢を出してその近くで暖を取る。買い物兼散歩が終わった後の寛ぎの時間。本来なら静かにまったりできる嬉しい一時…けれど、今日は出来そうにない。 「いいから来てくれ! あんただけが頼りなんだ…な、なっ?」 面倒がるご主人の腕を掴み、尋ね人が説得する。 それは長時間に渡った。昼に訪れた筈なのに気付けば、空には星が瞬いている。 「あぁ〜〜もう…ったく、わかった。見にいくだけだぞ」 そんな交渉の甲斐あって、とうとうご主人が折れる。 準備をするからと一旦相手を返して、溜息混じりにおいらの元に戻ってくる。 「凄い人にゃね〜」 「ああ、あの親父に似てな。おまえも仕度しろ…これからまた海へ行くぞ」 「へ?」 夏の海ならまだしも今はかなり寒いのではないか。燻る火鉢の炭が灰となり、かさりと音を立てる。 「おいらはお留守ば…」 「駄目だ。おまえも来い」 言葉が終わる前に有無を言わさず、ご主人がおいらの首根っこを掴む。 「だって、寒いにゃよ! お魚は好きにゃけど、寒いのは」 「鮪でもか?」 「へ?」 再び告げられた言葉にさっきと同じ声が出る。 「昔世話になった親父の船は鮪漁船だ。そして、たった一人でする一本釣りの名人でもある…つまり、わかるな?」 さっきの話では確かその人が漁から戻ってこないといった内容だったと思う。 という事は彼の船には釣り上げた鮪がある可能性が高い。 「おい、よだれ…」 「はにゃ!?」 無意識に鮪を想像して、おいらの口からは雫が落ちていたようだ。慌てて拭き拭きする。 「わかったにゃ! 鮪の為、頑張るのにゃ!!」 「そうだな。鮪はともかくあの親父には少なからず恩がある。行くしかあるまい」 一瞬真剣な表情を見せたご主人だったが、その後相変わらず頭を掻いて…おいら達は今年最後になるであろう依頼に挑む事となる。しかし、 「やっぱり寒いにゃ〜〜」 港を訪れたおいらとご主人は海風の冷たさに身震いした。加えて、 「今年の天候は予測が出来ない…海が突然暴れだしたと思ったら、次の日にはからっと晴れたりとかな。だから親父も見誤ったんだと思うんだ」 ご主人を頼りにやってきていた青年が僅かに目を伏せる。 「何、あの親父が簡単に死ぬか…どうせどっかで粘っているだろうさ」 「そうにゃ! おいら達がいれば問題ないのにゃ」 そんな彼においらは言葉した。 けど、おいらは知っている……海の恐ろしさを。海で一人でいる寂しさも、おいらは経験済みだ。 「船を貸せ。俺が操縦する」 「ああ、頼む。だが、気をつけろよ」 二人のやり取り――今日も目前に広がる空の色は暗く、海は人の侵入を拒むような雰囲気を漂わせている。 「俺は親父から少しばかり仕込まれている…そんな心配は無用だ」 だが、ご主人に恐怖のようなものはないようだった。おいらも負けじと海を見る。 (「親父しゃん、待ってて欲しいのにゃ……おいらの鮪と共に」) おいらはそう心の中で呟くのだった。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲
鍔樹(ib9058)
19歳・男・志
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●出港 熟練漁師・靱八の捜索に向かうべく集まった開拓者はそれぞれ準備に取り掛かる。 一抹が借り受けたのは小型の漁船であり、それは彼に依頼を持ちかけた靱八の息子の船だ。 整備は行き届いているようで漁に使う極太の仕掛け糸やら網やらが船内に片付けられている。 「積めるだけ積みたいのですがよろしいでしょうか?」 その船に浮き袋代わりにと空樽やら毛布を積み込むのは巫女の倉城紬(ia5229)だ。その他にも水入りの樽やら命綱代わりの縄、そして何に使うのかお盆までも持参している。そんな彼女の横で彼女の相棒・穂輔は少し戸惑っていた。 古き時代の衣装を身に纏い、海だというのに鍬を持参している。そして土いじりをしたそうにしているが、ここは港であり地面は固められてどうも落ち着かない。 「大丈夫かにゃ?」 その不思議な姿に興味を示して、ポチが彼(性別は不明なのだが)に声をかける。 すると彼ははっとして頭に生えている稲を揺らし一礼する。 「はにゃ♪」 揺れる稲穂がポチの本能を擽ったが、彼自身はそんな事を知る由もなかった。土を求めて観察を再開する。 「あまり遠くには行かないで下さいね」 紬の声に再び彼の稲穂が揺れた。 一方、漁港の漁師達に情報を尋ねて、飛行コースを確認するのは龍で飛び立つ者達と一抹である。 「余り船から離れてしまってはいけませんし、目視できる範囲で飛行しますね」 開かれた地図を前に緋乃宮白月(ib9855)が言う。 「あの息子さんの話によりますと、靱八様は毎回独自のルートで漁に出ていたという事ですわ」 とこれはマルカ・アルフォレスタ(ib4596)だ。一抹の話からも靱八は潮と風を読むと聞いている。 「さすが達人という事かね」 そこへからす(ia6525)が加わり、誰にともなく言う。 「親父はマジで特別だった…普通なら漁場は暗黙で大体決まってる。けど、親父は古いし一目置かれてたから好き勝手を許されてた」 「成程。それが今回逆に仇になっちゅうな」 やってきた息子の言葉に蒔司(ib3233)が静かに付け加える。 漁師には漁師にしか分らない美学があり海で果てる事も厭わないかもしれないが、彼はそれを良しとしない。なぜなら、ここに帰りを待つ者がいる。一人ならばまだしも、心配する者がいるのは幸せな事だ。今、靱八が何処にいるかは判らないが、それでも連れ帰りたいと彼は思う。 「まずは海の地形を教えてくれ。何か見えてくるかもしれンしねぇ」 そこで少しでも多くの情報をと鍔樹(ib9058)が地形の把握にかかる。 「空との連絡は狼煙銃を合図にしましょう。色は…」 「赤が救援要請、白が発見、青が捜索継続、休憩の合図でどうだ?」 船と空、二手に分かれる事となる今回の依頼に合図が欠かせない。白月の提案に合わせ、ウルグ・シュバルツ(ib5700)が詳細を決める。その他にも長さや回数によっても意味を持たせ細かな連絡を可能とする。 「しかし、有明○に対して有明◎とは……お父様の事、好いてらっしゃるのですね」 一通り話し合いが済んだ時、ふとマルカが靱八の息子の船の名を目に留めて、柔らかく微笑む。 「あ、いや…なんというか俺は親父を抜きたくて、それで二重丸の方が上かなってそう思っただけですよ」 だが、彼は照れ隠しなのかそう答えた。 「そういえば風安とはどういう縁やね?」 きっかけがあったら聞いてみたいと思っていた蒔司の問い。 「昔の事だ。海の依頼でアヤカシの腹に呑まれた時、脱出後に力尽きて…助けられたのがあの船だ」 「そうか。あんたが」 噂によれば見かけによらず凄腕と聞く彼が助けられたとは。彼の口振りからして駆け出しの頃の事だろうが、そうとなれば表情には出していないが、彼なりに気を揉んでいるに違いない。 「早く見つけんとな」 付け加えるように言った言葉に彼はちらりと視線を向けるのみだった。 出発する海は割りと穏やかに見えた。波の高さがそれ程でもなく、風も強くはない。 だが時間は明け方であり、どう変化するか予測がつかず油断が出来ない。 「さて、じゃあ行くか」 一抹はそう言い、船を走らせた。 それと同時に沿岸に待機していた上空組も飛び立つ。 「穂輔お願いします」 まだ辺りが暗いのを見て紬が暗視をお願いする。この闇で彼のそれは頼もしい。カッと目を開いて、まず目指すのは海鳥の群れだ。 「彼らのいる所、魚がおるという事だろう?」 少し含みを持たせたような言い方でからすが言った言葉だ。 「わしもその意見に賛成や。流木なんかも発見の手掛かりになるやもしれん」 出港前に相棒・迅鷹の颯の頭を撫でてやりながら蒔司もそう言っていた。 加えて、もう一人・元漁師の鍔樹の有力情報――。それは漁師達からこの時期の近海の潮の流れを聞き込み、行方不明になった日の天候や風向きを照らし合せて、靱八の船がどの方角に流れたかの予測航路だ。 「風や潮に逆らうってことは少ないと思うしよ」 彼がそう言い作られた捜索ルートに海鳥のそれを加えれば、靱八がまだ漁をしていようが、はたまた難破していようが何かしらの痕跡へと行き着く筈だ。 「アヤカシはいないようだね」 「それは大丈夫です」 からすはド・マリニーで、紬は瘴索結界で確認し仲間に言う。 「もふ龍ちゃんは念の為これを」 その横では紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が相棒もふらに命綱をつける。 「これで大丈夫もふ☆ でも、もふ龍泳げるようになったもふよ!」 そういう彼を優しく撫でて、横では紬も同様に自らと穂輔に命綱をつけている。 「にゃはは〜、もふ龍しゃんの上ならぬくぬくにゃ〜♪」 そんな中一人幸せ顔を見せていたのはなんとポチだった。もふらの毛がとてもぬくいらしい。 「しかし、達人と呼ばれた男が戦に熱中して周りが見えなかったと言うのは嫌いじゃないが些か…」 風に髪を揺らしながら、からすは思案顔でそう呟いた。 ●漁魂 そうこうするうちに夜が明けて――上空班は船に先行して捜索範囲を広げる。 海ばかりしか見えない景色に方位を見失わないよう飛ぶのは大変だが、今のところ雲が出ているだけで天候には変化もない。けれど、ウルグの相棒・シャリアは何処か落ち着きを失くしていた。 「シャリア、どうした?」 何かを察知しているのか首をくすめる動作をしきりに繰り返している。 確かにシャリアは人見知りで臆病な面があるのだが、海は初めてではなくこれほど怯えるのはおかしい。海面から数m程の所を飛び、原因を探す。 「くぅるるーー!!」 そこでまたシャリアが悲鳴を上げた。はっとして視線を落とせば、そこには白い何かが浮かんでいる。 「これは…」 「う〜ん、クラゲ、ではないでしょうか?」 気付けば隣に来ていた白月が空閃と共にそれを見つめて言う。彼の龍の背には判りやすいよう大きな旗が背負わされていた。マルカも同様に龍旗をさして、確かに目立つが彼女曰く「天下一恥ずかしい」ものであると言う。 「可愛い性格やなぁ」 そうこうするうちに鍔樹もアカネマルと接近してそんな事を呟く。 「悪い、クラゲだったようだ。心配要らない」 「まぁそういいなすンな。俺のは雄だからなぁ…少し羨ましくもあんぜ」 真っ赤な龍に跨って彼が言う。だが、 「あの鍔樹様。その子は雌だと思いますわ」 「本当だ。雌ですよ」 遅れて到着したマルカと白月に指摘され、 「え〜とォ、お天道サンの印はドコかねぇ?」 と誤魔化す彼。 (「いい加減、覚えて欲しい」) アカネマルは切実にそう思うのだった。 狼煙弾が上がった。それを見取って船にいた颯が飛び立つ。船の前を飛び狼煙の元へと先導する為だ。 到着時には靱八の船を龍が囲み、そしてその中央に靱八の姿がある。だが――、 「馬鹿野郎ッ!! 何してくれてやがるっ!!」 助けに来た筈のメンバーは靱八に怒鳴りつけられていた。 マルカのヘカトンケイルとウルグのシャリア等は初見の男のその声に些かたじろいでいる。 「あのですね、僕達は息子さんの依頼で…」 「ンなの誰が頼んだッ! それよりわしの鮪が逃げちまっただろうがッ!」 「ふむ、どういうことかな?」 そこでからすが傍につけた船から呟くと、今度は視線を有明◎に向けて、 「む、次はせがれの船か。全くいらん事しやがって…これでわしの漁が台無しじゃ!」 仁王立ちしたまま怒鳴る靱八に圧倒される一同。 「だから言ったんだ…」 一抹はそれに大きく息を吐くのだった。 つまるところ、親父さんは元気だった。行方不明になっても彼自身は漁を続けていたらしい。 話を聞けば積荷も余分に積み、息子の心配は杞憂だったようだ。 「おまえらの狼煙銃のおかげで鮪が逃げちまった。どうしてくれる!」 頭の中は今も鮪とみえて、中々取り合ってもらえない。 「ありゃ、無駄だ。俺はわかる…今は好きにやらしてやろうや」 その様子を見取り鍔樹が言う。彼には心当たりがあるのだ。それは、 (「やっぱり親父と同じだぜ」) 漁に対する熱意は自分の父親のそれと変わらない。 けれど彼の父はもういなかった。そう海で命を落としたのだ。だから、今回の依頼に入り、何とか出来ないかと思った彼である。 「全く…なんて方ですの」 同様の心情を抱いていた者がもう一人いた。それはマルカだ。 彼女の場合海ではなかったが、両親の無残な姿を見る苦しみを知っている。だから依頼に参加した。しかし、蓋を開ければこの有様。元気なのはいいが、些か親として無責任な部分もある。 「靱八様!!」 血の上った頭に喝を入れるようにマルカが叫んだ。 その声に周囲はおろか、靱八自身も息を呑む。 「心配している息子さんの事も少しは考えて下さいまし! たった一言でこの事態は回避できましたのに…わかってらっしゃいますか!」 彼女らしからぬ声音ではっきりと注意する。 「す、すまねぇ…」 それには靱八も気圧されたのか、呆気に取られたまま謝罪の言葉を述べる。 「あ、いや…失礼しました。けど、判ってほしくて、つい…」 それにはっとし付け加える彼女に彼は、 「いや、嬢ちゃんの言葉は尤もだ。わしが悪かった…しかし、ここでやめる訳にはいかん。散開してしまったとはいえまだ鮪はおる。ここまできたら仕留めて帰らんとわしのプライドが許さん!」 驚くほど真っ直ぐな目で彼は海の彼方に目を向けて言う。 次第に空には雲が広がり、ぽつりと雨粒が落ちた。けれど、彼は引く気はない。何を言ってもやめないだろう。 「わかった。ならば手伝うまで」 蒔司の言葉に皆が頷く。 「生意気な若造らじゃ! ええじゃろう…だが、逃がしたら許さんぞ!」 『上等!!』 靱八の言葉に彼らは拳を突き上げ、気合を入れるのだった。 龍達もずっと飛びっぱなしで疲労が大きい。靱八の船に騎乗者は乗船し、相棒を先に帰らせようと言葉をかける。 だが、甘えたの二匹は疲れていてもまだいけると言い張り、白月の空閃は飛ぶ事が好きなのかまだ飛び足りないと彼にせがむ。 こうなると一人だけ帰るのも気が引けるアカネマルである。が、主人にその気はないらしい。 「おまえは帰らせンよ。これからが本番だ!」 笑顔で撫でられ、彼が取った行動――それは海面ギリギリでの飛行だ。 「親父さん、俺が魚群を見つけてくる…だからそこを狙って仕掛けを落としな」 彼の心眼の能力は生命体反応の探知だ。そこでこれを利用して、彼は魚群探知を行なうつもりらしい。無数に散らばる魚達――一瞬で数を見抜くのは容易ではないが、彼も漁師の端くれだ。 (「見つけてみせるぜぇ…親父よぉ! この能力、今ここで活きる」) 雨が強くなる前に漁を終える為、己を信じて挑む。 「颯、おまえもいざという時の為に飛んでおき」 船では蒔司が颯に指示を出していた。 「後は…大勢で何処までうまくいくかだな」 引き上げ要員が多い事を見て取り、靱八が思案する。 「靱八殿、糸が絡まないかを心配されておるのかな?」 それを見透かしからすが彼に尋ねる。 「何故判った?」 「そんな事、少し考えれば察しがつく…けど、大丈夫。私がどうにかして見せよう」 目を丸くする彼にくすりと笑って、彼女は相棒を海に召喚した。 「やっとわしの出番かのう」 とぼけた顔をしてはいるが、その大きさは普通の比ではない大きなガマ。これもれっきとした相棒・ジライヤの峨嶺である。 「お待たせしたね…船の上で出す訳にはいかなかったから…海の中で糸の様子を見てもらえるかな」 「承知した。しかし、またえらい天候の時に漁に出たもんだのう」 少しずつ波が高くなる海面から顔を出して彼女が言う。 「あ、ああ…任せて構わんのか? というか大丈夫なのか?」 その様子を見つめて靱八は呆気に取られていた。 「勿論。蛙ではあるが彼女は海も大丈夫だからね。きっと期待に答えて見せるよ」 その言葉に吃驚しつつも靱八は気持ちを切り替えて、いざ出陣の時。 「仕掛けをかけるまではわしがやる…後の鮪との駆け引きはお前らがやれ。要領は釣りと同じじゃあ…幸運を祈っとるぞ」 「わかりました。任せて下さい」 「もふ龍、力だけはあるもふー」 「おいらは…ないけど頑張るにゃー」 「わしも最善を尽すくきに」 「やってみよう」 紬のみ緊急時のサブとして待機。 有明◎の一抹は靱八を見て僅かに笑みを浮かべるのだった。 鍔樹の心眼魚群探知は吉とでる。早速彼が見つけた魚の群れの近くに針を下す。その仕掛けには餌のついているものとないものが存在して疑問に思う者がいたが、それは鮪の餌の食べ方が関係しているらしい。 (「ぎょうさんおるのう」) 海中を行く峨嶺が海中にいる魚達から距離を取りつつ見つめて呟く。 投げ込まれてくる仕掛けにも視線を走らせ、暫くの後彼女は決定的瞬間を目撃する。それはほんの一瞬の事だった。 鮪というのは一気に餌を飲み込む性質があるようで、靱八が投げ込んだ餌を一瞬で丸呑みする。その引きを察知したのだろう。吸われた糸をぐいっと引き戻したかと思うと、餌のついていなかった針が鮪の口に刺さり、がっちりと食い込んだのだ。 これが靱八が達人といわれる由来でもあった。普通の魚にはないその丸呑みしてしまう習性。餌だけだとどうしても針はうまく引っかからないのだ。だが二本設置し、今のように絶妙のタイミングで引っ張る事で確実に鮪を捕らえればもう引き上げるまで外れる事はないのだという。 「ほぅら、掛ったぜぇ! しっかりひけぇぇい!!」 海上では靱八の嬉々とした声が響いている。 (「なるほどのう。大したものじゃ」) 峨嶺はそう思いつつ、早速絡まないよう暴れる鮪に注意を払う。 だが、追いつかない位に彼の餌には鮪が喰らいつき始めている。 (「これは大漁じゃ」) 峨嶺のみがそれを逸早く知っていた。 一方甲板も入れ食い状態に嬉しい悲鳴を上げる。 「もふ流しゃん、もっと急ぐにゃー!」 次々と上がる巨大鮪に右往左往しながらポチは生簀に入れる手伝いをしている様だ。 「そんな事言ったってゆれるもふ〜、踏ん張りが難しいもふ〜」 けれど、波は徐々に高くなりバランスを取るのが難しい。 「気をつけて! 次、上がります!!」 紗耶香もからすも必死に踏ん張り糸を引いているが、なかなかうまくいかない。そんな中でも普通に漁は続けている靱八に蒔司は感心する。 「大した親父さんじゃき」 雨粒に全身を濡らしながら蒔司が上がりかけの糸を引く。そこで事件は起きた。 鮪の最後の抵抗――しかも相手は偶然にもカジキだったらしい。揚げられまいと自ら船の縁へとジャンプし、船乗りに攻撃を仕掛けてきたのだ。 「クッ!!」 慌てて身を仰け反る彼。辛うじて直撃は免れるが、船の揺れと相まって体制を崩す。それを見て颯が反撃に出た。 蒔司のピンチと見るや否や闘争本能を剥き出しにして、ばさりと大きく羽ばたき一直線にカジキの元へと向かう。そして、二度目の跳躍を見せたカジキをものの見事に強靭な爪で掴んで見せる。 「助かった…それをここに」 それを知ってほっとしつつ、獲物を生簀で放すよう指示すると、颯は自慢げにそれを見せてから中へと納める。 「案外これもいい訓練になるやもな」 その姿に彼はそう思うのだった。 ●祝杯 「おわったぁ〜」 船と共に帰港する頃には、彼らの船の生簀は大量の鮪が占領し、靱八ならずとも顔が綻んでいた。 「これで土産も出来たな」 本当は連れて来たかったもう一人の相棒を思い、ウルグは言う。 「土産どころかこれは大宴会しても大丈夫そうだがな」 そう言ったのは一抹だ。スピードが落ちた事から揚がった量を察する。 天候も雨だけに終わり、波も高くなったが残っていた龍達のサポートもあって無事帰港を果す事が出来た。 そして、第一声――息子を前にした靱八の言葉は、やはり漁師らしいもので…。 「奴ら少しルートを変えやがったようだ」 「ちょっ、靱八様!」 まずは有難うかと思いきや、出た言葉は鮪の事かとマルカが再び声を荒げる。 しかし、当の息子もそれが親父らしいと思ったのだろう。咎めないで欲しいと言いつつ、安心の涙が零れる。 「…全く、いらん事しやがって……けど、ありがとよ」 そこで初めて靱八は息子を抱きしめた。 周りがいるからてれた様子で片手だけで抱きしめる。そんな二人を囲んで開拓者達はほっと胸を撫で下ろす。――が、その後またしても予想外の展開。 「いいか、靱五。心配するなんて百年はえぇ…俺がどれだけ海で生きてきたと思ってんだ! おまえも息子なら俺がどうするか察しろ!」 「ええ! だって親父…いつも何もいわねぇで行っちまうから」 「文句を言うな! だからおまえは半人前なんだよ!」 「な、なんか凄いですね…」 それに圧倒されて白月他一同苦笑。けれど、 「何、喧嘩するほど仲がいいというじゃろうて」 「そうだね。これも鮪一本釣りの英雄ならでは? 男のロマンかな?」 と峨嶺とからすが付け加えて、曖昧ながら判らなくもないかと思う。 「さぁ、じゃあ料理いたしましょう!!」 そんな二人はさておき、一同は揚がった鮪を整理し始めるのだった。 当初の交渉では少しの筈だったのだが、靱八の水揚で一気に大漁となり、漁港の漁師も交えての大漁宴会へと発展する。 そして、料理の担当は今回参加の女性陣だ。三人とも腕利きとあって刺身に始まり、漬けにステーキ、塩焼きに鮨に角煮なんていうものもある。兜焼きも豪快そのものであるし、荒汁もいい出汁が出る為外せない。漁師達が知りうる限りの調理法を駆使して鮪フルコースの完成だ。 「お疲れ様、空閃。沢山食べていいよ」 白月自身も機嫌よさげに尻尾を揺らして、とろんとした目の相棒と共に塩焼きに箸をのばす。 「うむ、仕事の後の一杯は格別じゃのう」 とこれは峨嶺だ。杯を片手にいい感じに出来上がっている彼女の傍でからすが微笑んでいる。その先では颯が兜焼きと格闘中だ。嘴で崩さぬよう突きながら食べるのが面白いらしい。折角楽しんでいるのだからと蒔司も咎める事はしない。離れたところでは人見知りに二匹も主人に寄り添われながら料理を楽しんでいるし、手前では穂輔もなんとなく近くにあった漬け丼を手に黙々と口に運んでいたりするのだが、彼はどうも米の方がいいらしく比率は米が多いようだ。 そして、彼らもやっとありつけた鮪に舌鼓を打つ。 「おいしーにゃー!」 「新鮮もふー!」 今回は終始行動を共にしていたもふ龍とポチ。お腹が膨れるまで存分に鮪を堪能している様だ。 「…ま、親父よ。これ以上の迷惑は御免だぜ」 そんな中で一抹は靱八に向けて静かにそう言った。 漁師仲間と鍔樹が靱八を囲んでいる為、きっとその言葉は届いていないだろう。 しかし、彼はそれでいいと思った。出された料理を摘みながら、彼は壁に身体を預け、酒を傾ける。 そして翌日、彼らの手には獲れたての鮪の切り身を下げられて…親子に見送られつつ、港を後にするのだった。 |