|
■オープニング本文 某所の遺跡が一段落ついたが、当事者のキサイは納得がいかなかった。 それというのも彼らをしつこく襲っていた連中が捕まったという記事がどうも腑に落ちなかったからだ。 そして直後、彼はその記事の追加情報を耳にする事となる。 「なぁ聞いたか、おい…どうやら輸送中に脱走者が出たらしいぜ」 「あぁ、聞いた所によると遺跡を狙った盗賊団の親玉だったそうじゃねえか」 湯治も兼ねて近くの温泉町に歩を進める中で聞いた話だ。 「なんでも輸送中に鳶が飛来して攻撃されたんだとさ…なんか怖いねぇ」 鳶と言えば、あの男の式の姿と同じだ。遺跡の盗賊団という点でも一致する。 「なぁ、おまえらその話いつ聞いた?」 まさかとは思うが、あの男かもしれない。そして、もし自分を探していたとしたら? 輸送場所から日数で接近を逆算する事はできる。万が一の事も考えて逆算に入る。 「え、あぁ…確かかれこれ二週間になるかねぇ」 「二週間…輸送されていた街道から歩きだとして……まずいな」 「ん? 何がどうしたんだい?」 キサイの表情を見て、話していた男達が首を傾げる。 「あ、こっちの話だ。さんきゅーだぜ、おっさん」 キサイはそう言って歩を早めた。 盗賊団が一網打尽になったきっかけは自分にある。リスクは相手も知っていて動いていた筈だが、それでも結果的にみれば恨みの対象となるのは自分とあの遺跡に関わった者達だ。根城を押さえられていたとしたら、資金もそれ程持ってはいないだろうし、手っ取り早く手に入れるにはどうするか。 「都の店を襲うにはリスクが大き過ぎる。かと言って旅人を狙ってもそれ程大きな利益は狙えない。一人で、一度に大金を掴むには…」 遺跡の遺産を手に入れた者を狙うのが効率がいい。 奴にはさっき言った鳶の式がある。あれがあれば、多少は探索にも有利に働く。 「結局あいつとサシで勝負する事になるのかよ…」 ぎりっと奥歯を噛んで、あの時感じた大きな威圧感が蘇る。 「ご名答……頭がいいと助かるな、小僧」 「チッ!!」 その直後だった。あの男が小脇に何かを抱えて――キサイの前に現れる。 勿論肩にはあの鳶が眼光鋭く彼を睨んでいる。 「おまえ、それをどうやって…」 男が抱えているもの…それはあの遺跡の高僧のような服を着た人形だった。 何か問題でも起こったのだろうか、人形は文字通り糸が切れたようにぴくりとも動かない。 「簡単な事ですよ。私が捕まった振りをしている間にこいつを使って調査し襲撃させた…案外脆いものですね、この人形というものは」 かたかたと腕を取って、男はまるで玩具のようにそれを扱う。 「最後の遺跡とやらも中に入らせて頂きましたが、中には何もなかった…つまりあなた方が手に入れたのでしょう? それを渡して貰おうか」 語尾に怒りを垣間見せて…男の瞳に黒い情念が宿っている。 「聞いてないのか、あそこはそもそも試練の遺跡で」 「馬鹿言いなさい…私の盗賊団を壊滅に追いやっておいてそんな事どうでもいい。今、必要なのは資金なのですよ。もう一度始める為に一億は必要です」 「いっ、一億だと。そんな無茶、通る筈ね…」 「…なければ即刻用意すればいい」 半ば聞く耳を持たないといった様子で男はそういうと、ばさりと身を翻す。 「とはいえ金ではかさ張る。少し時間を与えましょう…ですから物で支払って頂く。出来るだけ小さく高価なものを」 その指し示すもので連想されるのは宝珠の類。 だが、それ程の価値があるものは巷には出回らない。裏取引でも見つかる事は稀である。 「時間を…せめて一ヶ月」 「いや、一週間だ。あの遺跡で得たものがあれば容易いだろう? 勿体ぶらずに出せばいい……ただし、自警団やギルドの類には連絡などせぬように。破れば、この人形がどうなるか判るだろう?」 にたりと笑って男は立ち去っていく。 「くそっ…」 キサイは拳を握るしかなかった。 奴はあの遺跡で何かを得ていようがそうでなかろうが関係ないのだ。金になるものさえ手に入ればそれでいい。加えて、キサイへの恨みも晴らそうとしている様にも思える。 たかが人形だ。切り捨ててしまえ。 そう思ったが、このまま捨て置く事は出来ない。 あれはあの遺跡を守り管理し続けてきたものであり、代わりはないのだ。もしこのまま壊されれば、あの遺跡自体の存在意義もなくなってしまう。そして何より、 「人形であってもよくして貰った恩を…忘れる訳にはいかないぜ」 指定された場所は湯治場の少し南にある間欠泉地帯。 多分男も安易に近づけない場所をと考慮したのだろう。そこら中から煙が立ち上がり、時間と共に熱水が噴き上がる危険地帯。誰も近付きたがらない場所だ。 「時間を与える余裕があるとか馬鹿にされたもんだぜ…見返してやる」 普通なら今すぐにでも決着を付けたがりそうだが、それを相手はしなかった。 つまり仲間を探す猶予を与えても尚、相手は勝てると踏んでいる事となる。 「…その余裕が命とりだぜ」 彼は静かにそういうとギルドに出向くのだった。 |
■参加者一覧
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
野分 楓(ib3425)
18歳・女・弓
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●明 「ちょっと来てくれ」 ギルドで提示されていたのは荷物の輸送要員としての極簡単な依頼。 しかし、その輸送に際して難易度が高く設定されていた事を気に留めていた開拓者がどれだけいたか。 ともあれ集まった仲間にはキサイから本当の目的が告げられて、事のあらましを聞きこれからの動きの難しさを知る事となる。 「随分あっさり捕まるなんて、何でと思ったらそういう事?」 以前の遺跡でキサイに同行していたシーラ・シャトールノー(ib5285)がこの依頼の敵の正体を知り思案顔で言う。 「初っ端から汚い奴だったけれどここまでいくと呆れるよな」 とこれは笹倉靖(ib6125)だ。やはり彼も同行していたし、敵の式とは合間見えている為か言葉の隅に感情が込められている。 「奴はどうあれ、俺もキサイと同じだ。人形だからといってほおって置く訳にはいかん。とぼけた人形だったがあの遺跡には必要な奴だからな」 そしてもう一人、攫われた人形に思いを馳せたのは蓮蒼馬(ib5707)だった。 遺跡で出会った人形――人形であるというのに笑顔が印象に残っていた。何かを悟って居る様なそんな容姿で妙に袈裟が似合っていて…そういえばあの時貰った記念品がまだ携帯品の中に入っている。 「俺も靖から話は聞いた。なかなかお茶目そうだし一度話してみたい…その為には頑張らないとね!」 「私も引き受けた以上は全力で行かせて頂きます」 「あたしもー。なんだか策士策に溺れるを直に言っているような話だけど…まあ、関係ないしね」 そこに初見のケイウス=アルカーム(ib7387)と杉野九寿重(ib3226)。野分楓(ib3425)も加わって、皆人形の奪還に異論はないようだ。 「とはいえ交渉用の宝珠も集めなきゃならないし、時間が足りない」 相手が提示した総額は一億文――一介の開拓者が簡単に手に出来る額ではない。 「あいつ本当にあの遺跡の中をみたのかねぇ?」 一目見れば財宝が隠されて居る様な場所ではないと判る筈…人形を拉致したのであれば、あそこが訓練施設のようなものだった事など聞き出している筈だ。 「きっと頭の回る馬鹿なのよ」 シーラがさらりと断言する。 「あはは、まぁ俺も思いはしても言ってなかったんだけどねぇ…」 靖もぷかりと煙管からの煙を吐き出して彼女の言葉に付け加える。 だが、キサイの見解は少し違っていた。 「後から考えて思ったんだけども…あいつは多分遺跡自体を狙ってるじゃないか?」 「遺跡自体?」 思わぬ答えを聞いて一同が首を傾げる。 「正確には遺跡を維持している何か…原動力って言った方がいいかもしれない」 考えもしなかった発想――確かに言われてみれば壊れたりしたはずの遺跡が自然と元に戻っているというのはおかしな話である。 「何にせよ、奴は本気だ…どうやって壊して深層部に辿り着くつもりか知らないけども、その為の資金を集める気だと俺は推理する」 人形を捕らえたのもその為か。しかしその後何らかのトラブルがあったのだろう。金が要ると判って目を付けたのが彼らだったという訳だ。 「成程、ただの馬鹿じゃないって事か」 てっきり逆恨みの大馬鹿だと思っていた靖が再び煙を吐く。 「なら絶対箱は確認するよね。だったらあたしにいい考えがあるよ」 そこで楓が手を上げた。荷物に細工しようとキサイに提案する。 「とりあえず俺は間欠泉の情報収集に向かうよ。時間や間隔がわかれば少しは動きやすくなるかもしれない」 そこで蒼馬は湯治場へ…残りは当日用のダミー荷車や物資の調達に動く。 「これも頼むぜ」 早速出て行こうとしたケイウスと靖を呼び止めて、キサイがメモを渡す。 「どうするんだ、こんなもの?」 そこに書かれていたのは大量の針だった。他にも小物が書き連ねられている。 「細工に必要って事で大至急だ」 しかし、キサイは工具を取り出し意味深に笑うだけだった。 ●対 『猶予があるのは、あちらも戦力を整えるためじゃないかしら?』 それがわかっていても一週間というのは余りにも短かった。 交渉時に見せる用の宝珠集めに始まり、楓発案のそれも何とか間に合いはした。一億文にはとても満たないが、それでもばれない様にある程度の数をかき集めて取引場所へと向かう。 「加護結界は一度しか効かねえから十分注意してほしいね」 出発前の靖からの忠告。間欠泉という場所が場所だけにお守り代わりに皆にかけてくれたのだ。そして問題の場所へ続く一本道を彼らは襲撃にも注意しつつ歩を進める。 特に気にしていたのは男の式だ。 「ケイウス。お前怪しい鳥の羽音とか聞こえねぇ?」 上空にいるだろう鳶の式への警戒。脱走時もこれを使っていたと噂に聞き、いるなら早めに仕留めておきたいと彼は思う。 「出てきたらあたしが一発で決めてみせるよ」 その隣では楓がいつでも矢を射れる様準備している。 「しかし、静かだな」 「動物の気配が全くしません」 スキルで探知していたケイウスと九寿重が呟く。 普通ならはこんな場所であっても雀だの野鳥だの何かしらの生物が息付いているものだが、今彼らのスキルにそれらしき反応は感知できない。 「動物がいないって事はまさか…」 キサイの予感…けれど答えを言葉にする前に一行は目的地に到着した。 白く立ち上る煙にあの男と巨大な蛇が彼らを待っている。 「あれも式かな…」 「さあてな、私も用心の為だ。気にするな…それよりちゃんと集まったのだろうな?」 木箱を乗せた荷車を見つめ男が問う。 「約束のものは宝珠で用意した。だからあの人形を返せ」 荷車を引いていた蒼馬が人形の姿がない事を不審に思い尋ねる。 「そんなにアレが大事かね?」 「ああ、お前にとってはただの人形だろうが、俺達にとっては大切な友人だ」 「ほう、あんな玩具がか…」 厳しい表情で答える蒼馬を嘲笑うかのように言って、男が指さした先には確かにあの時の人形がある。間欠泉の穴のすぐ近く…もう何度も熱水に晒されているようで服がかなり濡れている。 「貴様…」 蒼馬の瞳に静かな怒りが灯った。 だが、男は動じない。ただ平然と木箱の中の開示を求める。それにキサイが応じた。蓋をそっと開ける緊張の一瞬。 「よく集めたな…」 「そりゃどうも」 男との会話――。しかし、その間もただ沈黙していた訳ではない。 交渉する二人のその後ろにはシーラと九寿重が、そして更に後方に残りの三人。中衛にいる二人を壁にケイウスが密かに竪琴に手を伸ばす。だが、やはりアレは存在した。 「東上空だ!」 僅かに聞こえた羽音にはっとして見上げた先には一匹の鳶。雲に隠れていたようだが、彼らを監視していたらしい。さっと構えて放たれた楓の矢に射抜かれて、それはあっさりと姿を消す。男もそれと同時に後方に跳び対峙する形となって、 「交渉決裂ですか…愚かな。出てきなさい、屑共っ」 そして一声かければ森林部から接近する影。それを逸早く九寿重が分析する。 「生体反応…数は六体です」 言葉が終わると同時に現れたのは猿のような鬼。長い腕で木を伝って来たのだろう。彼らを見つけるや否や一斉に飛び掛る。それに加えて計ったような間欠泉…荷車の傍の一つから噴き上げの兆候が見られる。 「行け、大蛇よ」 そこで男が蛇に指示を出し、木箱へと向かわせる。 「させるかっ!」 それに応戦する形で蒼馬が出た。 「シーラは人形を! キサイは…」 「わかってる」 言いかけた言葉を遮ってキサイは聴覚を研ぎ澄ます。 大蛇と蒼馬、シーラと男、そして猿鬼と四人。それぞれの攻防が熱気に包まれた中展開された。その中でキサイは一人で間欠泉に集中し、皆に噴出のタイミングを伝える。相手も聴覚を駆使しているのだろう。ここを指定しただけはある。 「ほう、少し遊んでやるか」 男はシーラを見据えて余裕の笑みを浮かべていた。 人形に接近する彼女に斬撃符を飛ばして、辛うじて避けた先には彼の呼び出した一匹の狼。 (「速いっ!」) 気付いた時にはもう遅い。狼の突進を受け、離れた蒼馬の元に飛ばされ両者とも転倒する。それに続いて襲い掛かるのは自然の猛威。 「危ない!」 キサイの声がした。倒れた地面には例の穴だ。 (「まずいわ!」) そこでシーラが盾を構えて、噴出す熱水の直撃は免れたが、 「ッ…」 盾が一瞬にして熱され、掌には火傷のような痛みが広がる。けれど、痛みに苦しんでいる暇などない。 「くそ、今度は大怪鳥かよっ!」 続々と姿を現すアヤカシ達に再び盾を握る彼女。戦いは始まったばかりだった。 大怪鳥の出現に後方部隊にも焦りが見え始める。鳥の狙う先がどうやら荷車のようだったからだ。 「そういう訳か」 この場所に着くまでに襲撃がなかったのは、この方法があったからか。荷車の荷物を大怪鳥に運ばせる。そして、逃走にも役立つのだから一石二鳥だ。キサイと楓が共に応戦しているが、致命傷は与えられてはいない。 「待ってろ」 靖はそう言って白霊弾を構えて当たれば大ダメージは必死だ――が、 「キィーーー!!」 あと少しの所で猿鬼の妨害が入り弾は翼を掠めたのみ。 そこで大怪鳥は木箱に足爪を引っ掛けて、 「ちっ、使うか!?」 今度はキサイの攻撃――掛った足目掛けて別の木箱に手をかける。ちなみに用意した箱は三つある。彼が開くと同時に中からは無数の針が発射される。 「何っ!」 それには男も驚いた。先程開いた時にはなかった仕掛け――これが密かに作られた秘策である。対男用だったのだが仕方がない。足首を捕らえた針に大怪鳥はたまらず箱を取り落とす。その隙を靖は逃がさなかった。先程は邪魔が入ったが、九寿重のおかげで今はフリーだ。 「くらえー!!」 練力の塊が光の球となって、もがく大怪鳥を襲う。 「うわっ!!」 そこで今度は別からの悲鳴に振り向けば、そこには友の姿があった。 どーーん 天高く噴き上がった熱水の轟音にかき消されたのが要因で夜の子守唄がうまく通らない。数秒動きを緩めたものの猿鬼達は意識を戻して…武器を持たない彼に襲い掛かる。 「ケイウス!」 楓の速射も間に合わなかった。 凶悪な程に伸びた爪が彼の肩を抉り、煙が一瞬赤に染まる。唯一の救いは靖の加護結界――それのおかげで深手には至らない。 「くぉのやろー!!」 それを前に流石の靖も怒りを露にした。 「下がって! ここはわたしが!」 そう言って楓が庇うように立ち、彼を一旦下がる。離れ際二発目の矢は猿の足を捕らえている。 「今、回復を…」 焦る靖にしかしケイウスはその申し出を押し留めた。 「今は前の敵を…このままじゃいけない。俺より彼を優先しないと」 傷は浅い。まだ演奏は可能だ。その気持ちを汲み取り靖も引いて、 「わかった……けど、無理はするなよ」 そう告げられ微苦笑を返して…猿鬼は残り三体。これならば時間の問題だろうが、てっとり早く終わらせて前線の援護に回るのが良か。その為にまずは猿鬼に向けての子守唄で九寿重のサポートを。続いて狙うは蛇か鳥…二匹の位置を見取って、状況は彼らに味方している。そこでケイウスは怪鳥目掛けて爆音を発動した。再び鳥から悲鳴が上がり、加えて楓の矢の応酬…。 「おちろー!」 ロングボウからの連射は休むことなく続き、そして怪鳥はようやく力を失くして、 どぉぉぉぉぉん 落ちた先にはなんとあの大蛇がある。尻尾の方だけだったが、動きを止めるには十分だ。落下を察しての蒼馬も多少誘導していた事が功を奏している。男の呪符は激しかったが二体のアヤカシに止めを刺して、一同は男ににじり寄る。けれどそれでも男はまだ怯む様子はなかった。 ●動 「よくやってくれたよ。しかしそれがどうした? 私がお前達をやればいい話だろう?」 余程自信があるのか、男は言う。 「ここに来て、まだそんな事を」 往生際が悪いとはこのことだろう。投降すればいいのだが、彼はあくまで戦うつもりらしい。 「時間を与えるな。そいつ瘴気回収もできるかもしれない」 その言葉に男が舌打ちをした。そして再び動き出す。数の上では圧倒的にこちらが有利。それでも男には勝機が見えているのか、どす黒い霧状の式を召喚し目くらましにかかる。 「そこです!」 だが、そんな小細工は九寿重には通用しなかった。心眼で位置を把握し一気に斬り込みにかかる。名刀『ソメイヨシノ』に紅蓮紅葉をかけて、その炎で霧が僅かに晴れる。 そこへ蒼馬の空波掌――相手が見えないのであれば、あぶりだすのもまた一手。間欠泉が出たのと同時に放てば熱水もろとも辺りに飛び散り、男が声を上げるかもしれないという腹だ。しかし、男も食い下がる。 結界呪符『黒』での防御壁、突っ込んだ蒼馬の拳はあえなく壁にぶち当たる。 「俺も忘れて貰っちゃ困る」 だが、そこへ今度はケイウスの妨害が入った。これには対処のし様がない。全身に掛るそれに男は動きを止めざる終えない。 「てやぁぁぁ!!」 そこをシーラが突いた。間欠泉が吹いた直後の事、盾を前に突き出して不意打ちのアヘッドブレイクだ。 「ッあ!!?」 男の体が弾かれ宙を舞う。その後楓の矢が彼を捕らえ、強引に岩壁へと縫い付けて…勝負は決した。 念の為と夜の子守唄で眠らせれ捕縛すれば、やっと依頼は完了となる。 「つ、疲れたぁ…」 ケイウスの本音が零れる。 「みんなマジでお疲れ様だぜ」 ずっと気を張っていたキサイもそれに続いて脱力するが、この場所では危ないと慌てて間欠泉から離れる。 「どれ、みせてみ」 皆かなりの激戦だった。多少の火傷はやむなしと割り切ってはいたが、男の用意した敵がアヤカシであった事もあり、思いの他時間がかかってしまった。 「人形…濡れてしまいましたが無事でしょうか?」 動かないそれを見つめて九寿重が言う。 「けど、このままでは駄目よね。腕の立つ人にお願いしないといけないかしら?」 とこれはシーラだ。普通のからくり同様鍵が起動のそれであるかもと、やっつけた男の懐を探ってみる。 すると、案の定古めかしい鍵が一本見つかって、 「お願いだ、動いてくれ…」 再び男を役所に引き渡した後、彼らはその鍵を彼に差し込んだ。 暫くの時間…緊張が走る。 「わしは…どうしておったのじゃ」 その願いは彼に届いた。まるで人のような素振りで人形は首を傾げ、彼らへと視線を向ける。 「お主等またきたのか? む…初見さんもおるのう」 攫われた時の記憶がないのか遺跡直後のような感覚なのかそんな事を言う。 「まあ無事でよかった。心配したぜ」 そう言って今までの事を簡単に話す。 「それは世話になったのう。ありがとうよ」 そこで人形は温和に笑い、場が自然と和む。 「本当だね、凄く人間らしい人形だ」 その姿にケイウスが目を丸くして、 「だろ、だから俺も気に入っていたんだ…なあ、よかったら名をおしえてくれない?」 靖が尋ねる。 「名か…わしの名は楽感じゃよ」 人形はそう言って再び笑って見せるのだった。 |