馳走になりやす
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/01 20:05



■オープニング本文

「おい、またか?」
 喜助が住民の愚痴を聞いていた時の事である。
 ここはある都の警備隊屯所であり、喜助というのはその隊員の一人でもある。
 勿論志体を持っている訳ではないのだが、都の治安を守る為日夜活動をしている。
 しかし、事件というのはそう頻繁に起こる訳ではない。従って、住民の御用聞きやら愚痴のお相手やらもする事は日常茶飯事である。
 だが、今回の件については些か心当たりがあった。
「つまりあんたは昨晩幽霊と一緒に飲んでいたと?」
 おかしな話だった。幽霊など存在する筈がないし、増してや飲み食いするなどありえない。
 けれど、ここ数日そういう話をよく聞かされるのだ。
「本当にそれは幽霊だったのかい?」
 半信半疑で喜助が相談に来た男に問う。
「本当でさぁ、現にあっしはその分の代金を払わされている。店の旦那に聞いて下せぇ」
「店の旦那ねぇ…」
 酔っていて幻でも見たのではないかと思いつつも、それを口には出さず言葉を濁しておく。
「あ、それなら私も会いましたよ」
「は?」
 とそこへ奴がさらりと現れた。彼の名は犬岡越前(いぬおかえちまえ)と言う。
 この青年はとんでもない推理で事件を迷走させるで有名になりつつあったまさに迷探偵なのだ。
「おまえ、なぜそれを言わなかった!!」
 突然の発言に喜助が身を乗り出す。
「いやぁ、だって先輩信じないでしょう。私も幽霊信じないんです…だからそんな事ありえないと思ってですね、なかった事にしていたんですよ」
「はぁ? しかしおめぇ払ったんだろ? その幽霊とやらの顔を見てるのか?」
 もはや相談に来ている男はそっちのけで喜助が問い質す。
「先輩、頭悪いんですか? 私は幽霊は信じないんです…あれは多分私の夢だったんですよ。だからほじくり返さないで下さい」
「いや、けどそれが判ればもっと具体的でいて現実的な答えが出るかもしれねえぞ?」
 人相を覚えているならば、その人物を探せばいい。
 もし見つかるようなられっきとした人間だったという事が証明できる。
「あの〜あっしの話は…」
「あんたは黙って…とじゃなかった。あんたもそいつの顔はみてねぇのかい?」
 仮にも酒を共にしたのならきっと一回は顔を見ている筈だ。
「それがてんで駄目なんでさぁ…どうにも言い表せない顔…というか覚えていないような気もして」
「なんだそりゃ?」
「つまりですね、先輩。相手は特徴がなさ過ぎて存在自体がか細いというかよく判らないんです」
「はぁ?」
 二人の証言の方が意味がわからないと思い、再び首を傾げる。
「だから、言い表せないから幽霊なんです。いるのかいないのかわからない存在」
「けどおまえらは飯代は払わされたんだろ?」
「はい、けど相手が幽霊じゃ請求も出来ないですし…」
「あぁ〜じれってぇな! それが幽霊だという証拠がどこにある! もしこれが人間の仕業だったらどうする? これはれっきとした犯罪だろうがッ!!」
「犯罪、ですか?」
「して、それは…」
 いつになく冷静に越前が喜助に問う。
「そりゃ、勿論食い逃げおよび飯代なすりつけ罪だ」
「あはは、なんですかそれ」
 笑う越前であったが、これは事件だぞと念を押されると内に眠っていた何かが刺激されたのか俄然その気になり始める。
「そうか、事件だったんですね! しかもこの私が巻き込まれていたとは……気付かなかったなぁ」
 と呟き、なにやら色々考え始める。
 その間に喜助は念の為にと記帳していた苦情やら愚痴やらを書いた紙を取り出し読み返してみた。
 すると、そこには毎日一件ずつ計八件――その手の愚痴のような話が綴られている。
「やっぱりこれは事件だぜ、越前。こんな偶然見たことねえ」
 顎に手を当て、彼もそれとなくらしいポーズを決めてみせる。
「事件と聞いては私も黙ってはいられません。出し抜いてくれた借りは返さないとですし、これは面白そうだ! 第一、幽霊を捕まえた名探偵として世に名を馳せるビックチャンスです!!」
 一方彼は相変わらずの様子で自分の世界に入っているようだ。
「よし、こうなったら聞き込みだ。念の為ギルドにも要請しよう」
「判りました。私が行ってきます!」
 ビシッと敬礼するや否や一目散に出て行く越前。
 こうして、幽霊捜索網が緊急に展開される事になる。だが、
「え、あの人のお連れさんだと言った人ですか? ん〜覚えてませんねぇ、確かあの席に居た気がしますが」
「多分初めての方だったからねぇ……確か辛し和えと冷酒を頼んでた位しか覚えがないよ」
「うちもちょっと……あの日は忙しかったし。こう特徴のない顔だったから」
 ――とどの店で話を聞いても返ってくるのはそんな答えばかりで相手の顔が一向に釈然としない。
「これはとてつもなく難解な事件かもしれませんねぇ」
 眉を顰めて言う越前に喜助も無言で頷くのだった。


■参加者一覧
駆魔 仁兵衛(ib6293
14歳・男・サ
スレダ(ib6629
14歳・女・魔
カルフ(ib9316
23歳・女・魔
大谷儀兵衛(ib9895
30歳・男・志


■リプレイ本文

●考
 タダ飯を狙う幽霊を捕まえたい。
 そう言って越前から出された依頼書に集まった協力者はやはり少なかった。
「インパクトあると思ったんですけどねぇ…」
 犯人を捕まえる為にと考えに考え抜いた見出し――だが、集まったのはたった四名だ。
「馬鹿言え、集まって頂けただけでもめっけもんだろーが!! そういう訳でよろしくたのんます」
 そんな後輩に喝を入れて、喜助は頭を下げる。
「いえ、こちらこそ…私、カルフ(ib9316)と申します。宜しくお願いいたします」
 そんな彼にまずは自己紹介。金髪エルフの女性魔術師が丁寧に挨拶する。
「本当に毎回毎回、妙な事件ばかり起こるですね。どっかの誰かが事件を呼んでるんじゃねーですか」
 とその横では二人には御馴染みとなった少女魔術師・スレダ(ib6629)が溜息交じりにぼやいている。
「こういうのは、事件のたびに現場にいる人物、つまり探偵役が犯人だ」
 そこで中年志士の大谷儀兵衛(ib9895)がビシッと越前を指差し言い切れば、
「なにぃ〜、食い逃げ無銭飲食の犯人はおまえかよ! ツマミと酒のバチを受けろオラー!」
 と真に受けて越前の胸倉を掴む少年サムライの駆魔仁兵衛(ib6293)がいたり。
「ちょっ、私じゃないですよー!」
 更に真に受けて越前までそんな逃げる素振りを見せてもはや喜劇だ。
「冗談だよ、冗談。本気にすんな」
「それくらいわかってるって」
 困惑する彼を二人は宥めて――早速本題に入る。
「はて、犯人はどんなヤツかね?」
 依頼書の内容も照らしつつ、誰ともなしに仁兵衛が問う。
「まだ情報がねーですから、なんともいえねーですが…私の予想ではからくりか羽妖精が怪しいと睨んでるです」
「つまり、開拓者の相棒という事ですか?」
「そうです。からくりなら特徴はあるですが印象薄く映るですし、知識不足から無意識に…羽妖精なら透明化のスキルで故意犯というのが考えられるですからね」
 思案顔を崩さずにスレダは冷静だ。
「それはそうだが、注文…されてるんだろ? 羽妖精は兎も角からくりは食事しねぇだろ」
 だが、食い逃げであるとするならばからくりの犯行というのは些か疑問が残る。
「それに羽妖精だとしたらきっと誰かが覚えている筈ですよ。注文を聞いている時点では透明化はしていない筈…庶民にとっては珍しい筈の羽妖精を覚えていないというのもおかしい…だって、私も見てみたいですからね」
「でしたら普通に魅了の術か何かをかけられていた、とかでしょうか? それとも案外本当に特徴がないのか…」
 いつになく普通に推理する越前に続いて、カルフも独自の推理を披露する。
「目立たない、印象に残りにくい、というのはあれだろう。店に出入りする客の背格好、雰囲気がそれぞれにおける大多数を占めているって事でごっちゃになってるんじゃねえの?」
 とこれは仁兵衛。つまりは似たような者が多過ぎて判らないのではと言いたいらしい。
「中肉中背で町人風。雰囲気は仕事帰り…けど、この世に完全な平均って事がありえない。誰かしら何か特徴を持ってるものでそれが無いっていうのは、探すほうにしてみりゃ逆に目立つんじゃないかな」
 にししと笑って、どこか愛嬌のある顔で彼は笑う。
「いや、しかし何も客だけとは限らんぞ」
 だが、儀兵衛の考えは少し違うようだ。
「どういう事で?」
「なに、『いるかいないかわからん』というのが気になってな。各店が共謀し、店員や雇った人間を入れ替わり立ち替わりに酔っ払いに絡ませて、幽霊という話題をつくっていないかと思ってな」
 確かに彼の意見――犯人は現場に戻ってくる説の逆転の発想をすれば、その推理もありである。
「しかし、それは無理があるかと」
「店の利益向上の為とはいえ、幽霊を売りにはしないと思うです」
 あらかた考えられる推理を展開した六人だったが、彼らの頭脳を持ってしてもまだ真相は見えてこない。
「兎に角現場に行きましょう。二人一組! これが捜査のあるべき姿です!!」
 何をもってそう言い切っているのかは知らないが、越前の先導で各々聞き込みに動くのだった。


●捜
「なんで私があなたとですか…」
 とんでも探偵に引っ張られて、スレダがじと目で彼を見る。
「いいじゃないですか! あの時からの腐れ縁ですよ」
 だが、越前の方は嬉しげだ。以前の依頼から尊敬しているようで彼女の助手を気取り、メモを欠かさない。
 まず一件目の店を訪れて――被害者ともおち合い、詳しい話を聞き出しにかかる。
「その日は何処に座ってたですか? 人の込み具合はどの程度だったです?」
 店員も交えて彼女が問う。
「確かカウンターのすぐ横だったよ。店はいつも繁盛してるからねぇ…八時過ぎると一杯だよ」
「では、何時頃から飲み始めたんで?」
「夕方…仕事終わりにいつもくる。そして最低三杯…」
 男の言葉にスレダの様子を見取って「私もそれ位は飲みます」と耳打ちする彼。彼女はまだ未成年であり、適量が判らないと思ったのだ。
「相手の性別、服装、口調なんかは覚えてねーですか? そもそもいつ別れたです?」
 その気遣いに無言で答えて…話を続ければ、
「ん〜…男ではあったと思うよ。なんせ店に女が来る事は少ないからねぇ…いたらそれだけでめっけもんだ。口調は少しぼそぼそ喋ってたが…悪い奴じゃなかった。俺の愚痴、聞いてくれてさぁ〜…礼が言いたかったのに気付いたらいなかったんだよ」
 思い出すように語って、思ったほど被害者は怒っていないようだ。むしろ感謝をしている風にも見える。
「店員さんもそんな位しか覚えてねーですか?」
 スレダの問いにこくりと頷く。
「愚痴を聞く幽霊…そういえば私の時も話を聞いて貰ったなぁ」
 しみじみ言う越前にスレダは首を傾げるのだった。


 一方、別の店でも儀兵衛と仁兵衛ペアが共通点のあぶり出しにかかっている。
「なんでもいい…そうだ、何食ってた?」
 仕込中の居酒屋の匂いにつられて仁兵衛からそんな問いが飛び出す。
「そうだね〜、うちの売りは素朴料理なんでねぇ…酒のアテにもそういうのが多いんだけど、あ…変わった取り合わせを頼んだ客がいたな」
「変わった取り合わせ! なんだそれ!!」
 聞けばその幽霊の注文とあって聞き逃す訳にはいかない。
「確か…そう、辛し和えだよ。山菜の辛し和えと冷酒…最近少し寒いだろう。なのに冷酒がいいと言ってね…それで覚えてたんだよ」
「辛し和えか…それ、今食べられるか?」
 食べる事が一番の幸せと語る彼は、どうにも我慢できなくなったらしい。これも捜査のうちと言い聞かせお願いする。
「そんな顔されちゃあ仕方ないね。一口だけだよ」
「やったー、ありがたいぜ」
 それを嬉しげに味わう仁兵衛をさておいて、
「店主、最近別の店と掛け持ちをしている店員はいないだろうか?」
 今度は儀兵衛の問い。まだ幽霊店員説を捨て切れてはいないらしい。
「いいや。うちは古株の店員ばかりだからね、それに人手は足りているよ」
「そうか、ありがとう」
 だが、答えはノー。残念だが違うようだ。
「そういやあのお客さんも嬉しそうに食べていたっけ…」
 喜ぶ仁兵衛を見つめて、ぽつりと店員が呟いた。


 皆の聞き込みを纏めて、残りの二人は視点を変えてこの事件に挑む。
 店の位置や内装を見て回り、次に起こる店を推理しようというのだ。新たな情報を元に地図にマーキングがされ、ある一定の法則がないかを探る。
「場所自体にはこれといって意味はないようですね」
 地図上で印された場所はてんでバラバラ。しかし、聞き込みの情報が大きな進展を生む。
「幽霊は辛し和えが好きらしいぞ」
 あの後の店でも同じ問いを繰り返した仁兵衛が見つけた幽霊の好物。いつも決まって何かしらの辛し和えと冷酒をセットで頼むらしい。取り合わせが意外だった事と行く先々のメニューに載っていた事を考えると、これは偶然ではないだろう。
「確かに一連の店には必ずあるメニューだ」
 メニューまでメモしていた越前が改めて確認する。
「後、当然かもしれんがどの店にも初見だったと思われる。時間は込み合い出す七時前後だそうだ」
「それは周りを警戒して…という事ですかねー?」
 同じ店に物色の為何度もと考えていたスレダだったが、ここは違ったようだ。
「話を纏めると店の大きさはどうあれ人目につきにくいカウンターがあるお店で、尚且つ一人客を相手しているようですね。それから察するに次の店は…」
 ばさりと地図を広げて、カルフが喜助にペンを渡し、彼の記憶を元に絞込みに入る。
「この四箇所のどれかですか?」
「さて、このどれに現れるかだが…」
 これ以上の絞込みは難しいか。そう思われたのだが、
「多分ここだと思いますよ」
 越前曰く、指差す先の店は辛し和えが絶品らしい。
「でかしたです。けど念の為、別の店に行かないよう警備隊にも協力してもらいてーですがいいですか?」
 スレダの言葉に喜助が隊長に早速進言、他の店には満席になるよう手配して貰う。
「さて、じゃあ囮作戦といくかねえ」
 そして予め提案していた儀兵衛のそれが実行に移されるのだった。


●会
 雰囲気のいい店だった。
 条件ともぴったり合う…カウンターの端手前に儀兵衛が陣取り、一人客を狙う事から喜助と面が割れている越前はカルフ、スレダと共に外で待機する。そして仁兵衛のみが彼に絡んでくるだろう幽霊を警戒する。
「今日は一山当てて、懐が温かい。さあ皆、飲むぞ!」
『わーー!!』
 儀兵衛の言葉に客達が沸いた。この店自体には特に事件の事は話していない。もし、店員の仕掛けだとするとばれては困るからだ。一旦、大勢で盛り上がって、顔が赤くなり始める頃には各々で話が盛り上がり始めている。
「隣、いいでしょうか…?」
 そこへ一人の男が現れた。突然の出現に開拓者である儀兵衛でさえびくりした程だ。
「…ああ、構わんよ」
 彼は何食わぬ顔で席を勧める。
「すみません。辛し和えと冷酒をお願いします」
 そこで男が注文した。そのメニューに彼はちらりと仁兵衛の方に視線を送る。
「好物なのかい?」
 儀兵衛が尋ねる。男は思ったより控えめで色白の細身だった。彼の問いに頷いて見せる。
「あなたは…機嫌、よさそうですね…良い事でもありましたか?」
 今度は男が問う。
「おおよぉ〜、今日は仕事の報酬でがっぽり。だから、気分がいいんだろうかな」
 にまぁと笑って、酔っている演技はほぼ完璧に近い。
「なんだ、私とは対照的なんですね…私にも分けて欲しいなぁ」
 苦笑を浮かべて、届いた小鉢の辛し和えに箸をつける。
「そうかい? けど今のあんたは幸せそうだぞ?」
 その言葉に僅かに男の箸が揺れた。何に反応したのかは判らない。が、確かに何か動揺があったのは確かだ。
「そうですかぃ……ってああ」
 男がそう言って振り返った時、儀兵衛は机に突っ伏していた。寝息を立てたまま、もしかしたらリアルなのかもしれない。男はそれを見つめて、少し寂しそうな顔をすると店員にかける物を頼む。
(「本当にあいつなのか?」)
 その行動に思わず仁兵衛は疑った。血色は悪いが人の良さそうな人物なのだ。
 だが、暫くの後酒が空になると立ち上がり、御代を儀兵衛持ちにして店を後にしようとする。
「それじゃあ有難う、美味しかったです」
「はい、またいらっしゃって下さいね」
 その言葉に仁兵衛が立ち上がった。外の面子との約束だ。幽霊となる人物に印をつける為、彼に近付く。
「おおっとすまねぇ」
 未だ客の多い店内で彼は手洗いに立ったのを装って男に水をかける。
「あ、はい…大丈夫です」
 けれど、男は慣れた素振りでそういうと濡れたまま、ぺこぺこ頭を下げて出て行く。
「あの男のようですね」
「いくです」
 後は簡単なものだった。
 外に待機していた二人が道の邪魔にならないような場所で術を発動。前方には魔術で壁が展開し、後ろからはアイヴィーバインドで男の足を絡め捕って、極めつけはアムルリープだ。
「あー…やっぱ地味だよな、この仕事は。しかし何でまたこんな事…」
「悪いが、後からゆっくり事情を聞かせて貰うぜ」
 男の薄れゆく意識の中で、耳に届いたのはそんな言葉だった。


「なぜこういう真似を?」
 翌日、屯所にて目を覚ました男に皆が事情徴収を行う。
「初めはちょっとした悪戯だったんです」
 男はそういうと、素直に今までの経緯を話し始めた。その根本には彼の特異とも不運ともいえる体質が関わっている。
「私は何処へ行って影が薄くて……飲み会も職場でもいつも名前、聞かれるんです。何年も働いてきたのに…居る事自体が認識されていたのかも怪しくて…」
 名前はある。存在もする。けれども、影の薄い人というのはいるもので、相手も悪気がないのだがついついそんなあしらいをしてしまったのだろう。それが続いて、彼は少し腹が立ったのかもしれない。
「だからいっそのこと、この体質を利用しようと思って…試しに同僚にやったらうまくいったんです。それが発端でした」
「そんな理由で気付けば八件かい!」
 思わず喜助が声を上げる。
「私にとっては大事な理由です! 気付かれない辛さがあなたにわかるんですか」
 きっと睨み返すのかと思えば、そうではなく目を伏せる男。判らんでもないのだが、やはり罪は罪である。
「まぁ、救いは誰も本気で怒ってねーってところで、どうするんですか?」
 聞き込みでの相手の反応を思い出して、スレダが喜助らに問う。
「ん〜まぁ、相手が怒ってないんじゃあ代金を返せば済む気もするし…」
 よくよく考えれば、本当に相手が怒っていたなら屯所になど来ないだろう。ギルドに直接依頼を出す筈だ。それをせずにここに話に来ていたのは、ただ話の種として何処か自慢にも似た経験話をしにきていただけかもしれない。
「ある方は愚痴を聞いて貰ってすっきりしたと感謝までしてたですよ」
 スレダが聞いた話だ。他の被害者もそういえば笑ってはいないにしろ本当に困った風ではなかった事を思い出す。
「俺の早とちりだったようだなあ…」
 奇妙な話が続いた為、大事にしてしまったが案外彼ら内では大した事ではなかったようだ。
「ただ飯食うのは駄目だけどな。役にも立ってたんだよ、あんた。だからもっと自信持て!!」
 ばしっと背中を叩いて、優しさを垣間見た仁兵衛が言う。
「そうだぜ。あんたにはあんたにしかできない事がある。その体質はこいつの好きな探偵って家業では重要だしな」
 とこれは儀兵衛。見方を変えれば生かせる場所は沢山ある。
「なんで、気付かなかったんだろう…」
 その言葉に男は僅かに目を見開いた。
「と言う事は事件解決! また一つ、私は探偵に近付いたという事ですね」
 そこで越前が意気揚々と胸を張ってみせる。
「おめーが何をやったんだよ」
 それに鋭いツッコミが入って、屯所にはいつもの平和が戻る。
「ぬらりひょんでもよかったんだけどな…」
 そんな中、仁兵衛はぽつりとそんな事を呟いた。