【猫又】ポチの闘争本能
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/25 19:28



■オープニング本文

「ご主人! 今年も海に行かないのにゃ?」
 サーフボードを引っ張り出してきておいらが言う。
 去年の夏、おいらは波乗り猫として一躍注目の的になったのだ。
 その思い出が忘れられなくて、おいらは寝てばかりのご主人に海行きをせがむ。
「おまえ、あの時流されて大変だったろうが…面倒はゴメンだ」
 だが、ご主人はやはり動かない。じっとしている方が体力を消耗しなくていいだの、遠出は金がかかるだの言い訳を作ってそう簡単に動いてくれそうにない。
 けれど、今回はおいらにも秘策があった。
「ご主人、鰻よりおいしいもの食べたくないのにゃ?」
 噂で聞いた鰻の話題――今年は漁がうまくいっていないのか値段が高いらしい。ポチの行きつけのお店でもそんな話が少し前に出ていたし、その値段の高さからアナゴで代用…なんてことにもなっていた気がする。
「鰻よりとはどういうことだ?」
 ごそりと体勢を変えて、ご主人が問う。
(「かかったにゃ…」)
 おいらは密かに微笑んだ。この感じは多分興味を示している。うまく誘導さえ出来れば、このまま海行きが決定しそうだ。
「それは行ってのお楽しみにゃ! 絶対気に入る筈なのにゃ…お酒にも合う〜、ほくほくぷりぷりの身らしいのにゃ」
 思わせ振りにそう言えば、ご主人は顎に手を当て思案に入る。
「ご主人、行く気になったにゃ?」
 顔を覗き込んでこれはおいら。
「……行ってもいいが、但し条件がある」
「何にゃ?」
「俺は海には入らん。つまり付き添うだけだ、いいな」
 よほど海に入りたくないのだろう。ご主人がそんな条件を提示する。
「いいにゃよ! おいらが潜って捕ってくるのにゃ!」
 行けるのならばどうでもいい。おいらはそう思いそれを快諾。早速準備に入る。
「結局、何を食わせてくれるんだ?」
 そこでご主人のさり気無い問いに、おいらの口はついつい滑る。
「ウツボにゃ」
「ほう…」
 その答えにご主人は僅かに眉を動かす。そして、探る様な声音で、
「おまえ、ウツボがどんなやつか知っているのか?」
 と意味深な問い…その言葉に思わず変な声が出てしまう。
「にゃ? 知ってるにゃよ! お魚屋のご主人に聞いたのにゃ! 見た目は厳ついけども、ほくほくぷりぷりのにゅるにゅるした魚にゃ」
 昨日聞いたばかりの情報ではあるけども、おいらは自慢げに言う。
「…本物を見たことは? 別名は何と呼ばれているか知ってるか?」
 表情一つ変えぬまま、妙に聞いてくるご主人に首を傾げるおいら。
「見なくても岩陰に隠れているって聞いたのにゃ! そんな臆病者においら負けないにゃし、どう呼ばれてても」
「海のギャング…」
「へ?」
 一瞬何を言われたか判らず、目を丸くする。
「凶悪な歯を持ち、顎の力も凄まじく噛まれたら人でも怪我は必死だぞ」
「え……えええっ!!!!!!!!!!! そんなの聞いてないのにゃ! ご主人さんは今、少しばかしいっぱいいるから捕獲を手伝って欲しいって…しかも臆病な魚だから問題ないって言ってたのにゃ!」
「……やられたな、ポチ」
 やはり表情一つ変えずにご主人が続ける。
「だがうまいのは確かだ…精々頑張ってこい」
「ええっ!!!!!」
 協力を求めたくなったおいらにゃけどもさっきの約束があるから言い返す事ができない。
「……わかったにゃ。こうなったらおいらの真の実力を見せ付けてやるのにゃ!!」
 内心緊張しながらもおいらは精一杯の虚勢を張って、いざ海へと向かうのだった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
からす(ia6525
13歳・女・弓
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲


■リプレイ本文

●それぞれに
 海風が心地いい。けれど、ポチは緊張していた。
「ポチはあまり無理しないようにな…」
「なぁにやってみれば、案外簡単かもしれんぞ」
 巡回する船が来るのを待っていたポチにウルグ・シュバルツ(ib5700)と管狐の導が声をかける。
「こ、怖がってなんて、なんにゃよ?」
 だがしかし、それを悟られるのが嫌なのかせわしなく二本の尻尾を揺らしながらもポチが言う。
「も〜〜、そんなのバレバレですよ〜。けど、大丈夫! 私とミハイルさんに任せるのです!!」
 その様子に気付いて駆けつけたのはアーニャ・ベルマン(ia5465)と猫又のミハイルだ。
 アーニャはポチを抱き上げ、恒例のはぐだきゅを……それを「またかよ」と思いつつ見つめるミハイル。いつもは身体の模様がスーツを着ている様に見える為びしっとかっこいいのだが、今日は一風変わった格好でそのクールさは微塵もない。
「おや、それは蛸か?」
 着ぐるみテイストのそれを見て羅喉丸(ia0347)の人妖・蓮華が主の肩から飛び降り珍しげに笑う。
「笑うんじゃねーぞ!!」
 その態度にミハイルはおかんむりだ。けれど、その格好ではいまいち凄味もなく…むしろ愛嬌を振り撒いている。
「確か蛸もウツボの好物だったか?」
 その様子に苦笑しながら、今度は羅喉丸が言葉した。先程まで漁師にウツボ漁の事について聞き込みをしていたようで、メモを片手に出発前の道具を集めて準備は万端なようだ。
「そうです! 猫又ならぬ蛸又です!!」
 アーニャはポチを抱いたまま、自慢げに言う。
 実はあの着ぐるみも彼女のお手製のようで吸盤も吸い付くよう工夫された代物だったりする。
「確かに俺はウツボを喰いに行かないかと誘った…けど、これは聞いてない」
 拗ねたように背中を見せて蛸又が抗議する。
「けど、ミハイルさん泳げないじゃないですか。昨日の特訓でそれは証明されてますからね! ここはせめて囮で頑張って貰わないと」
 ぱちりとウインクをして言う彼女であるが、かなり鬼畜な事を要求しているのではないだろうか。今知らされた事実に思わずミハイルのサングラスがずり落ちる。
「ミハイルしゃんも苦労してるのにゃね…」
 ポチがぽつりと呟いた。

 一方、少し皆からは離れた位置で困り顔を見せているのはマルカ・アルフォレスタ(ib4596)だった。
「うっかりしていましたわ…」
 そわそわと何処か落ち着かない様子で辺りに視線を向けて早数十分。いつもの彼女らしからぬ様子である。
「あっ」
 そんな彼女の目がやっと捕らえたのはふよふよ浮かぶ鬼火玉だ。懸命に彼女の元に急いでいるが、速度は遅い。
「どうでした、戒焔…ヘカトンケイルの様子は?」
 やっとの事で辿り着いた相棒に尋ねた彼女だったが、答えは芳しくないようだ。身体全体で駄目だった事を表現し、俯く戒焔の姿がある。
「ゴメンナサイね…あなたは悪くないですわ。わたくしが声をかけそびれて」
 それは出発前の事――水着やら水中眼鏡やらの準備に追われて、連れてくる筈だった甲龍の外出申請を出し忘れたのだ。開拓者の龍は通常ギルドが預かっている。今日の事は話していたのだが、それを忘れたせいで彼は拗ねてしまい、戒焔に説得しに行って貰ったのだがやはり機嫌を損ねてしまったらしい。
「仕方ないですわ…わたくし一人で」
「きゅ〜」
 そう決意しかけた彼女に寄り添う戒焔――どうやら自分が手伝うつもりらしい。円らな瞳で彼女を見つめて、どこかやる気を帯びた視線が彼女を見つめ返している。けれど、今回の舞台は海だ。火と水…相性は最悪なのだが、その気持ちを無碍にはできない。苦笑を浮かべるしかない彼女を見兼ねて、
「まあとにかく一杯、如何かな?」
 何処から現れたかからす(ia6525)が茶を差し出す。
 彼女も今回の漁には参加するようだ。円形の透明な瓶からはミヅチ・魂流が顔を覗かせている。
「魂流と言うんだよ、よろしくね」
 ふわふわ浮かぶ戒焔にも挨拶しながらからすが言う。
「有難う、頂きますわ」
 マルカはそう言い茶を受け取ると、そっと中を覗き込む。中では紅い眼がこちらを見返し、少し首を傾げていた。


 そういう訳で――小型の相棒ばかりが揃った今回のウツボ漁は巡回船でポイントとなる場所まで移動する。
「おいら、船で引いてもらうにゃ」
 それを利用して密かにサーフィンを楽しむのはポチだ。さっきの抱き抱きで少し緊張が解れたのか、はたまた今のうちに楽しんでおかないとと思ったのかボードに飛び乗りご機嫌だ。
「災難だったようだが、あの分だと楽なんじゃないかな」
 ポチの様子を見て言う羅喉丸。それとは対照的に不貞腐れてしまったのはミハイルだ。対抗意識を燃やすも蛸又姿での波乗りは危険である為、アーニャががっしりと抱きかかえ動けないのだ。
「おまえ調子に乗って落ちるなよ。また面倒は御免だ」
 そんなポチに付き添いの一抹が声をかけた。なんだかんだいっても一応心配はしているのかもしれない。
「落ちても大丈夫ですよー、私が拾ってあげます」
 そんな彼にはアーニャが炎を燃やしていたが、当の相手は気にも留めていないようで、
「おい、そこの人妖…それは酒か?」
 と蓮華の瓢箪に視線は移ってしまっている。
「一抹殿…あんたという人は…」
 その様子に羅喉丸は苦笑した。幾度か顔を合わせてはいるが、いつ見ても…腕利きだったとは思い難い。
「そろそろポイントだ。壷を仕掛けるなら今ですよー」
 そこへ船頭の声がした。あっという間にどうやらポイント近くにやってきたらしい。
「わかった。有難う」
 彼はそう返すと、予め準備していた紐で繋いだ壷をどんどん海へと放り込んでいく。
「おや、羅喉丸…御前は素潜りをするのではなかったか?」
 それに知ってほろ酔い調子の蓮華が声をかける。
「転ばぬ先の杖…何事にも保険をかけておくに越した事はないと」
「ほう」
「でしたら、わたくし達も手伝いましょう」
 実は素潜りを考えている者が多い今回の参加者――釣りという案も出ているが、これは余りよろしくない。
 それはウツボの生態に由来する。確かにウツボというのは餌に対しては貪欲で人に慣れたものなら手渡しでさえも餌を見つけると狙ってくるものもいるが、それは極稀である。普通のものなら警戒するのが当たり前であり、岩の隙間にいるのもその為だと考えられる。とすると、釣りあげるのは至難の業だ。うまく喰らい付いても岩肌に逃げ込まれてはばらされたら…針が岩肌にかかってしまい戻すのも困難になってしまうし、素潜りは確実に捕らえる事は出来るが危険も多く、数を上げるにはそれなりの体力と技術が必要となる。
「まあ、併用すれば適当な量は上がるだろうな。弁付の長い筒があれば尚良い」
 一抹が皆の行動を眺めつつ、ポツリと呟く。
「それは深い場所に仕掛けるつもりだ」
 その言葉に羅喉丸…抜かりはないよと返して見せる。
「ご主人、一本取られたにゃね」
 ポチが船に戻ってぽそりと言葉した。そして、長筒は深い場所に仕掛けて再び壷ポイントに戻ってくる。
 いざ、対決の時――マルカはいつぞやの黒の水着に身を包み、それぞれ銛やら槍やらを手に海へ飛び込んでいく。
「ウツボの歯は内向きに生えている。噛まれたら押し込むようにすれば案外簡単に抜けるらしいぞ」
 一抹はそう助言し、日を避け船内へ。けれど、
「一抹殿、これを見てて貰えるぬか?」
「俺のも頼む」
 それを止めるようにからすとウルグからお声がかかり歩を止める。念の為と二人は釣り糸も垂らしていたようだ。面倒だといいかけた彼だったが、留守番役の戒焔と蓮華、そして導の冷たい視線に小さく舌打ちする。
「見ているだけだからな」
 一抹はそういうと手拭を被り、釣竿の前に腰を下すのだった。


●海中の攻防

   ドーーン

 凄まじい水柱が立ち上がる。それは魂流によるものだった。
 ミヅチといっても狭い所を好む彼女であるが、広い所が嫌いと言う訳ではない。
 広がる一面のオーシャンブルーに久し振りの海水を楽しむが如く、スキルのキレも冴え渡る。
(「楽しそうで何よりだよ」)
 からすもその様子を見つめて、狙うは魂流のそれに驚いたウツボだ。けれど、彼女が動くまでもなかった。魂流の泳ぎは人のそれよりも断然早い。予め気になるポイントに生餌を仕掛けておくだけで彼女の役目は終りそうだ。鋭い爪で的確に魂流はウツボを仕留めてゆく。

『ミューーー!!』 

 だが、思わぬ事態も発生したり。
 ウツボの生命力というのは半端ではなく、貫かれても負けじと身をくねらせ彼女の爪へと絡み付いてきたのだ。ぬめぬめとして身体をこすり付けるように…何処か不気味に見える。
(「早く籠に入れてしまわなくてはね…」)
 爪に絡みつくそれにじたばたする相棒をからすが宥めにかかる。
 その先ではもう一匹、悲鳴を上げそうになっている相棒がいた。
「がぼ、がぼがぼがぼ〜〜」
 泳げない上に囮にされて…着ぐるみの吸盤に噛み付かれたのは勿論ミハイルである。着ぐるみだから痛みはない。けれど、想像以上の歯の多さと間近で目にしたウツボの凶悪な面構えにさすがの彼も動揺を隠せず、思わず口を開いてしまったのだ。犬掻きならぬ猫掻きで必死に海面を目指そうと暴れる。
『まだダメです!』
 そんな彼に非情な指示。泳げないミハイルはアーニャに抱えられて潜っているから一人で逃げる事叶わない。蛸足に喰らいついたウツボに止めを刺さんとアーニャが更に潜り岩場でウツボの体目掛け矢を突き立てる。だが、つるっとな。うまく捻って突き刺さったのは蛸足のみ。刺さった矢は岩場から抜けなくなる。
「がぼがぼがぼ〜〜〜」
 ミハイルのピンチだった。息は続かず、けれど縫い止められてしまった為浮上する事も叶わない。焦るアーニャだが、ここで二人ともパニックを起しては共倒れだ。
『ミハイルさん…』
 そこで彼女が取った行動、それは――。
(「えっ…」)
 蛸又姿の彼を抱きしめるとそっと空気を口渡し、思わず固まるミハイルだ。
『大丈夫かにゃー』
『今、助ける!』
 そこへポチが羅喉丸を呼び寄せて、矢をへし折る形で救出し海面へと顔を出す二人。
「……あの、ありがとよ」
「……え、あっ…はい」
 とっさの行動とはいえ、気恥ずかしい二人だった。


 さて、ポチと羅喉丸はあの後壷付近を重点的に追い込み漁のような行動を共にする。
 というのも壷自体は蛸用のものしかなく、入ったとしても大きいものは逃げ出してしまう確率が高い。一抹が言っていたように弁を取り付けていれば別だが、それが出来なかった為入っているものを確認し蓋をするかそのまま仕留めるかしなくては引き上げ時に逃げられてしまう可能性があるのだ。
 羅喉丸は銛を片手に鍛えられた肉体一つでウツボに挑む。ポチはそれをサポートするように蓋の入った袋と共に潜り、壷の中を確認して回る。
『気をつけろよ』
 静かに彼が言う。ポチも小さく頷いて…壷の元へ。思ったより入りは悪く、二割近くしか当たりがない。
『ここも駄目にゃ…』
 その油断が命取りだった。壷を除くポチの近くで密かに見つめる視線。彼の後ろ側の岩肌から徐々に顔を出すのは大物のウツボだ。だらしなく口を開いて……ポチの尻尾が好物の蛸の足に見えたようだ。
『危ない!』
『にゃ?』
 二人が気付いた時にはワンテンポ遅かった。
 声はしなかったが、キシャーーと狙いを定めて素早い動き――。
 それは一秒にも満たない。ガッと吸い込んで得物を捕らえると、更に置くにある顎で飲み込みにかかる。
 だが、ポチに痛みはなかった。そして、ウツボにも手応えはない。なぜならば、
(「わたくしを本気にさせましたわね…!」)
 ニヤリと笑って…そこにいたのは槍で一突きしたマルカの姿があったからだ。
(「す、凄過ぎる…」)
 遠目でそれを目撃したウルグが目を見開く。オーラを帯びて――多分あれはスタッキングとポイントアタックのダブルコンボで……彼女はあれを捕らえたらしい。鬼気迫る物腰に何か見てはいけないものを見たのではないかと、海の中で寒気が走る。
『ほほほほ、大丈夫でしたの?』
 そんなウルグに見られていたとは知らず、彼女はいつもの表情に戻るとポチと羅喉丸に笑顔を見せる。
『ありがとにゃー』
 ポチが水中で擦り寄っている。
(「気のせいだった…か?」)
 ウルグは自分を疑った。あのマルカがまさか? いや、さっきのはただの見間違いかもしれない。余りにも見事な一撃にそう見えただけだと思いたい。
(「俺も導の為に頑張らないとな」)
 そう気を取り直して、彼は岩場に視線を向ける。
 するとそこにはウツボの群れが存在した。ウツボのテリトリーとはあまり広くはないらしい。ごつごつした隙間に三匹、四匹と見つかる時もある。
(「この隙間が手頃だな」)
 いくつかある中から一つを見極めて、彼は物見槍を構える。
 そして、適度に顔を出した時を狙って上から下へ――突き下すように槍を使えば、重さの分スピードも付いたようで初めてのウツボを捕らえる事に成功。思わず笑みが零れる。
(「導も毛が濡れるどうこう言わずにくればよかったのにな」)
 仲間がいるとはいえ、折角の相棒との依頼であるのに勿体無い。耐水防御は武器にはかけられても相棒には流石に無理であり、同化も考えたが時間の問題もあり見送ったのだ。
(「言っても仕方ない事だな」)
 彼はそう思い直して、再び漁に戻る。
 その後ろでは本気の目をしたマルカが今日十匹目のウツボを捕らえていた。


●船上の戦い
 船の上は焼け付くように暑い。干乾びそうになりながら当たりを待つ面々である。
「聞けば、主らは巨大なアンコウアヤカシを吊り上げたのであろう? その時の勢いはどうしたのだ」
 一向にかからない釣り糸を見つめて導はつまらなそうだ。
「あれとこれとは意気込みが違う…あれは俺の因縁の……と少し喋り過ぎたな」
 それに答えた一抹であるが竿の方には目もくれず、蓮華に酒を分けて貰いやる気はゼロのようだ。
「全く主らは頑張っている様じゃというのに……うぬ?」
 狐の早耳を使って周囲の音を収集していたのだろう。何かを察知して導が耳を欹てる。
「きゅーきゅー」
 その横で戒焔も騒ぎ出した。
「おや、掛かったのじゃ」
 言われて見れば竿がぐいぐい引っ張られている。
「マジかよ…ったく」
 それに気付いて一抹も仕方なく竿を手に取れば、かなりの引きに思わず一抹が踏ん張っている。
 一体何が掛かったのか? 手応えからしてウツボであったならかなりの大物に違いないが、糸の引きから見てもっと違う何かな様な気がする。
「くそっ、手伝え!」
 一抹はそういうと本格的に竿を握った。

「にぃぎゃ〜〜、捕まらないでほしいにゃーーー!!」
 背中に飛びついたミハイルに大声で叫びながらポチが言う。
「それは無理だ! 俺は泳げない!!」
 ――とあるものに追いかけられながらこれはミハイルだ。浅瀬の筈だった。奴がいるはずはないとたかを括っていたのだが、広い海だ。0%という事はありえない。ウツボと同名称で称される海の生物――それに追われる事となったのはついさっきの事だ。
「ポチ殿、あれには釣り糸が掛かっているようだよ」
 暴れる二匹に近くにいたからすが忠告し、魂流はそれに水柱で攻撃を加える。
「掛かっているならあっちにまかそう」
「そうですわね。まだまだ足りませんわ」
 海中班はそう言って再び潜っていく。
「大丈夫でしょうか?」
 二匹を見つめて取り残されたアーニャが呟いた。

 そして、二匹は船に接近する。その後ろに続いたのは特徴のある背鰭。
「面倒事はあれの特権か!」
 その姿を捉えて一抹が竿を引く。どうやら掛かったのは鮫のようだ。状況から察するに餌に喰らいついたというよりはミハイルのあの姿に誘われたかして、たまたま針が掛かったのかもしれない。偶然とはいえ超大物に違いはない。
「こうなったら釣り上げるのじゃ!」
 その獲物に蓮華が笑う。導も戒焔もその気らしい。一抹を応援している。
「簡単に言いやがってっ! ポチ、跳べ!!」
「わ、わかったにゃー」
 一目散に泳ぎ来るポチに一抹が指示を出す。船の後ろには行きに引っ張って貰っていたボードがあった。それを踏み台にし、ポチがミハイル共々飛び上がり船へと着地する。
 それを追って鮫も跳躍した。そこへもう一つの指示、
「行けー、おまえら!」
「仕方ないのう」
「今回だけだぞ」
「きゅー」
 留守番相棒にタックルを命じ、それをもろに喰らった鮫に戦意喪失。ぷかりと海面に腹を見せる。
「やったか…」
 一抹がはあと息を吐き出した。そして、残りの面子も思わぬ収穫に目を見張る。
 そして、彼らは一頻りウツボ漁を終えて港へと戻る事にした。勿論釣れた鮫も船の横に繋いで引っ張りながら……。
 ちなみに長筒のポイントの収穫量は壷に比べて高く、規定量はなんとかあげられたようだ。
「銛やら槍で突いたのは傷物だから加工する。筒や壷で獲れた分は氷水につけてしめて出荷だ」
 漁師の一人が説明しながら港を案内してくれて、この後はお待ち兼ねのご馳走タイムだ。
「大儀であった」
「ああ、有難う」
 皆がそれぞれを労う中、余り会話のなかった蓮華と羅喉丸が何かを確かめ合うように短く言葉を交わすのだった。


「先人はよくこれを食べてみようと思ったよね」
 海のギャングと呼ばれるウツボであるが、実は栄養面においても優秀な魚だったりする。鱗がない分その表面はコラーゲンで出来ており、一部では「フグやクエよりもうまい」と密かに噂されていた程だ。
「私にも調理させてくれるかな」
 よく研いだ山姥包丁を取り出して、魂流が楽しみにしているという事もあってからすが漁師に並んで腕を奮う。
 まずは頭から肛門を切り落とし胴のみにした後は骨抜きだ。手間のかかる作業ではあるが、ここで手を抜くと味に影響が出るし食べにくくて仕方がない。ここは面倒がらずにやるのが一番だ。
「うわー、おいしそうですわ」
 今回銛では一番の捕獲量を出したマルカが清清しい笑顔を見せつつ、見た目とは裏腹の豪華な料理に声を上げる。蒲焼に始まり、からすは砂糖醤油で煮込んだ煮物も作った。漁師の奥さん方は刺身や鍋、唐揚げといったここでしか食べられないようなものまで気前よく用意してくれている。そして、後から上がった鮫も…漁師の計らいで料理に加えられている。
「まずはかんぱ〜〜い!!」
 羅喉丸が提供してくれた酒を片手に皆が思い思いに箸を伸ばす。鮫の心臓等は酒の肴にもってこいだ。酒が飲めない面子にはからすのいれた冷茶が出されている。
「これは美味いな、来たかいがあったというものだ」
 手近にあった刺身を口に入れて羅喉丸が言う。
「確かに。何処か鶏肉のような味もする」
「ふむ。やはり獲れたては格別であるの」
 とこれはウルグと導。鍋を分けながら満足げに食している。
「ホントぷりぷりのうまうまにゃー♪」
 そしてポチも頑張った後の料理にご満悦だ。あれやこれやと手を伸ばしている。そんな彼に導が声をかけた。
「お主、いいものをやろう」
「にゃ?」
 突然の言葉に思わず首を傾げるポチ。すると差し出されたのは船に引っ張られつつ波乗りするポチの姿である。
「これは…」
「少し暇だったんでの。描いてみたのだ、なかなかであろう?」
 下書きもせずに筆で描かれたそれは彼の趣味らしい。こんなのもあるぞともう一枚取り出された紙には必死で逃げるポチとミハイルの姿がある。
「こ、これはともかく…凄いのにゃー!!」
 初めて描いて貰った似顔絵ともいえるその絵にポチは感動する。
「おお、確かによく描けている」
 と他の面子もそれを覗き込んで感想を述べる。
 夏の海での一時、一枚の紙に描かれたそれは、墨で描かれていてもとても輝いているものだった。
 そして翌日皆が帰る中たった一組、海に残って泳ぎの練習をする猫又がいたかどうかは秘密である。