涼は勝ち取るもの!
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/22 20:28



■オープニング本文

 暑い、とにかく暑い。
 焼け付くような日差しにじりじりと肌を焼きながら人々は涼を求めて店へと入る。
 ある者は喉を潤しに…またある者は空腹とクールダウンを兼ねて……。
 今日も乾(ケン)の経営するこの店はそれなりに賑わっている。
 だが、何かが足りないと彼は思っていた。それは繊細でいて優しい味を提供する彼であるからの悩み――店の中には涼を取る為にと氷柱を設置し、普通の食事処ではあるがこの時期は涼しい甘味も扱っている。その甘味とは勿論カキ氷…定期的に術者による氷を製造して貰い、抹茶やみぞれといったシンプルなものに餡子や寒天を添えて彼独自の納涼スイーツを提供しているのだ。
 けれど、どれだけ味を加えてもそれは只のカキ氷でしかない。
「何かが足りない…そう、それはきっと素材の持つ深み…」
 カキ氷の素材――それはすなわち氷。
 水は厳選されたものを使ってはいるが、やはりそれでも人工的に作られた氷には自然に出来たものとは違う雑味が入っている様に感じる。
「ならば、いい事を教えてやろうか?」
 そんな彼に声をかけたのは言わずと知れたここの飲食街を仕切る組合長だった。
「またあなたか…一体いつも何処から入っている?」
 ふらりと現れては必要な時に助言を加える謎多き男。舌は肥えている様で以前は料理勝負の審査員なんかも務めたほどだ。
「勿論玄関だが…それはさておき、乾。おまえは天然の氷が欲しいのだろう?」
 彼特有の微笑を浮かべて――組合長はゆっくりとした口調で尋ねる。
「それはそうだが、あなたの助言はかり…」
「まぁ聞け。おまえも聞いた事があるだろう…あの氷職人、爆裂雹山先生の噂を」
「爆裂、雹山だと…!?」
 拒否しようとしていた乾だったが、組合長の一言で態度は一変する。
 爆裂雹山(ばくれつ・ひょうざん)――話の通り氷職人であるのだが、彼は術を使うのではない。方々の山を巡り、氷室をその都度自力で作っては気に入った山で気ままに氷を作るのだという。そして、その氷は驚くほど透明で純度が高く、かち割にすれば溶けにくくカキ氷にすれば口解けのよい絶品の味わいを有していると聞く。
 それは一重に彼の目利きによるものだった。山の天辺の雪が残る地帯で湧き水を探し、絶妙の温度管理の中作られる氷…それは自然の息吹を封じ込めた究極の一品となる。
「今、近くに来ているのか!」
 思わず乾が声を荒らげ問う。
「ああ、向かいにある山にいるそうだ…今年はそこで作っているらしい」
 どこで聞き込んできたのか組合長が言う。
「そうか…それはぜひ手に入れたいものだが、あの人は普通の交渉には応じないと聞いている」
 記憶が正しければ金ではなく力が彼のポリシーだと…そうなれば乾に勝ち目はない。
「そうだ。己の氷を扱うならば力で示せと…雹山先生を打ち負かす事ができれば分けて貰えるそうだな」
 腕を組んで乾を見守りながら彼は言う。
「だったら俺ではなくあれに言えばいいでしょう?」
 向かいの店のライバル料理人――彼ならあるいは。いや、彼でも無理だろうが、乾よりは力はある。
「諦めるのか? 雹山の氷だぞ?」
 だが、組合長はさらに彼を煽る。どうやら今回は彼にどうしても請け負って欲しいらしい。
 それに料理人ならば気にならない筈はない。幻に近い氷が手に入るチャンスなのだ。
「はあ……あなたという人は。私を使って彼の氷を食べてみたいだけでしょう?」
 ちらりと視線を送れば、組合長は微笑を浮かべたまま頷く。
(「確かにあいつでは氷のような繊細なものの扱いは無理だろうな…」)
 乾は苦笑を浮かべたまま、ギルドに向かうのだった。


■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
莉乃(ib9744
15歳・女・志


■リプレイ本文

●雹山
「ばっばけもんだーーー!!」
 そんな悲鳴を氷調達隊が耳にしたのは山に入って暫くしての事だった。
 雪が残るであろう場所を目指して――華御院鬨(ia0351)はわざわざ屋根付の台車で雹山の元へと向かう。けれど、実際の所…正確な居場所は判っておらず捜索は難航しかかっていた為、ここでの状況変化は有り難い。
「誰が化けもんじゃ! お主と同じ人間じゃろうが!」
 悲鳴に続いて今度は別の声に振り向けば、巨体の男が脅える男に迫る。
「貴様は?」
 そこで声をかけたのは雲母(ia6295)だった。
 何処か風格さえある立ち振る舞いで愛用の煙管と眼帯が凄味を演出している。
「なんじゃ、仲間がおったか? うぬらもわしの氷目当てかの?」
 口振りからこの男が雹山らしい。ムキムキマッチョの長身男は焼ける素肌を気にもせず、獣の皮を羽織り腕を露にしている。
「仲間ではないどすが、あんさんが氷職人の雹山さんどすか?」
「いかにも、わしが雹山だ。そしてその腰抜けが今日一人目の挑戦者だった男だの」
 情けないかな雲母の背に隠れていた男だったが、気付けば今がチャンスとばかりに一目散に逃げ出し始めている。
「うにゅ? この人が雹山なりか? 氷な感じっぽくないなりね…?」
 そこで平野譲治(ia5226)が首を傾げた。どうやらアイスゴーレムのような姿を想像していたらしい。
「わしは人間だぞ、ボウズ……と名を知っていると言う事はうぬらもあれと同じ目的か?」
 その様子を見取って譲治の頭に手を置くと、一行に視線を滑らせる。
「察しがよくて助かります。私達もあなたの氷が頂きたく参上しました。ですからお手合わせ願えませんか?」
 丁寧な言葉で一礼し、まず初めに前に出たのは莉乃(ib9744)だ。
「ほう、一対一でか? 束でかかってきた方がよいと思うがの」
 集まっている面子は子供に見える二人に、着物を着込んだ女形、そして威圧感を感じさせる佇まいの女の計四名――見た目だけで判断するのはよくないが、そういわれても仕方のない面子かもしれない。
「いえ一人ずつで…あの、武器は構いませんか?」
 莉乃の得物は長巻。けれど、雹山に意向に合わせたいと確認する。
「おう、構わんぞ。一番得意なものでかかってくるがよい」
 その言葉に彼女は長巻を握り直す。但しあくまでも傷つける目的ではない為、布で鞘を固定し万が一があっても問題ないように備えている。
「見くびられたものだの」
「すいません…では正々堂々、全力で行きますっ!」
 カチャリと音がした。それと同時に莉乃が距離を詰める。
(「じっくり観察させて貰おうか…」)
 雲母は含みのある微笑を浮かべて二人を見守る。
 譲治は筆と墨と紙を取り出し、何やら記録を始めたようだ。
「てやぁぁ!!」
 莉乃の技…それは我流の長巻剣術に他ならない。動かぬ雹山にまずは正面から切り込んでゆく。ガッと鈍い音がした。それは雹山が莉乃の剣戟を受けとめた音――篭手もないのに直で鞘を押し戻す。そしてすぐさま踏み込み、彼女の横腹を雹山の肘が襲う。けれど、
(「予測済みです!」)
 それをうまく身体を回り込ませる形で避けて、今度は彼女が横腹を狙う。
「ほう」
 雹山は明らかに関心の声を上げた。そして再び動きを止める。
「なんでッ!…ッ!!?」
 思わず声が出た。見切っていたにも関わらず相手は動かなかったのだ。だが、その理由はすぐに彼女にも判る事となる。なぜなら動く必要がなかった。続け様に後方から突きを繰り出すが、彼の元には届かない。
「わしにこれを使わせるとはの!」
 雹山が静かに笑う。彼のこれとは腰に下げていた剣の様に長く頑丈な鋸だった。
 さっきまでは安全の為か刃の部分に布が巻かれていた為、正体が謎に包まれていたが今なら判る。莉乃の剣戟を受けて布が緩んだようだ。
「なかなかの巻き打ちだの…だが、そのスピードでわしに勝てぬ」
「えっ!?」
 後は一瞬だった。大きな巨体が風の如き速さで接近し、彼女の間合いに入ると僅か二振りで彼女の鞘を大きなヒビが入り、そして――十を数えぬうちに鞘が悲鳴を上げた。
「最後までやってもよいが、もう諦めよ…業物がおしい」
 僅か数分の出来事――しかし、彼女も実力の差を悟る。
「私の負けです……鬨さん、後を頼みます」
 彼女は割れてしまった鞘と共に長巻を仕舞って、後を託すのだった。


●戦う訳
「今度はえらく別嬪さんが相手かの」
 鋸を手にしたまま、雹山が鬨を見つめ言葉する。
「やる前に一つ聞きたいことがあるどす。あんさんは氷職人なのに強さを試すんに何故どす?」
 視線は至って真剣で黒夜布『レイラ』をショールのように扱いつつ彼が問う。
「うぬはどうしてだと思う?」
「判らんから聞いてるんどす。強さとは戦って勝てる事ではありやせんし、戦うとは戦闘だけをする事ではありやせん。うちの強さは、うちの芸で人々を楽しませる事が出来るどす。あんさんの強さは氷職人として発揮するもんやないどすか?」
 その純粋な言葉に雹山はすくりと笑う。
「そうさの…理由が聞きたいというなら教えよう。わしの氷は自然の力を借りて作った大切なもんだ…それを無駄にして欲しくない。だから試す…ここから持って降りる力もない奴に渡して駄目にするのは惜しい…それだけだの」
「でしたら飛空船とかで」
「自然のもんは自然のままでなくてはならん!」
 莉乃の言葉を遮るようにこの考えだけは譲れないらしい。
「名物はその時そこで食べるからうまいのだ。これは氷も然り…百歩譲って持ち帰る事は許している。ならば鮮度を損なわず持ち帰る事が出来る人間を選んで何が悪い」
 つまりは彼が試すのは持ち帰る事の出来る人間を見極める為らしい。
「わかりましたどす…ならば、認めて頂くだけどす」
 さらりとそう言って――始まったのは戦いというには余りにかけ離れた光景だった。

 大男と着物美人…さながら、獣に変えられた王子の出てくる物語の一場面のようだ。
 それは鬨の武器が衣であり戦法も舞をベースにしており、加えて彼女は雹山に自分の芸の強さをアピールするつもりらしく、こんな構図が出来上がっている。
「落ち葉は力任せの攻撃では当たりまへんどす」
 横踏と虚心の併用でひらりひらりと避ける彼女に雹山も勝手が違うのかペースを筈かに乱されている。
「こういう相手は初めてでの」
 そう言って雹山はまたもや動きを止めた。どうやらこれが彼の戦い方らしい。
「でしたらお見せするどす…これがうちの強さ!」
 彼女はそういうと衣を一層優雅に靡かせて、それに乗せたのは紅焔桜――。
 動かない彼を包むようにその炎は火柱のようにも見える。赤と黒のコントラストがとても美しい。
「うむ、芸に生きる熱き炎…しかと受け取った!」
 その中で雹山はぽつりと呟くが、勿論倒れはしなかった。
(「防御強化のスキルでも使っていたか?」)
 一瞬身体が輝いたのを見逃さず雲母は推理する。皮の羽織は燃えてたが、雹山は元気のようだ。
「わかった。とりあえずうぬの力は認めよう」
 がしりと肩に手を置き、雹山が鬨に言う。だが、ここで終わらない。まだ二人残っている。雲母等は久々の好敵手の予感に何か滾るものを感じている。
「貴様、私とはやらないつもりではないだろうな?」
「おいらも遊びたいなりっ♪」
 二人の声に雹山が振り返る。
「おう良いぞ! 元はわしも開拓者の端くれ…嫌いではないからの」
 久方振りの歯応えのある相手に雹山も楽しんでいる様だった。


「私は一度しか攻撃しない。その一撃に耐えられれば貴様の勝ちでいい」
 自分の力量を知っているからこその条件。いつになく神妙な面持ちで煙管と眼帯を知り合いである譲治に預ける。彼女がその二つを外す時はすなわち本気と言う事だ。判る者なら彼女から立ち上る闘志がどれほどのものか悟る事が出来ただろう。雹山とてそれを感じ取り、鋸を構え直す。
 そんな第三戦、それは僅か数分でけりが付いた。
 勿論動いたのは雲母が先、さっきの二戦で収集した情報を元に雹山の弱点は大方目星は付いている。
(「そこを狙う!」)
 それを目指して、まず発動したのは夜――相手の時が止まった。その三秒が実力者同士では命取りになるのは必然。彼の動きが止まったと同時に極北を発動。見えた弱点はやはり腰。背後に回り込むと、意識を脚へと集中させる。そこで雹山が復帰した。気配で彼女の位置を悟る。
(「間に合うか!」)
 用意しているのは絶破昇竜脚――当たればあの巨体であろうとも只では済まないだろう。
「ふんっ!!」
 だが、雹山も負けてはいなかった。肉体を活性化させ、彼女の蹴り位置に身構える。腕だけでは流せないと悟ると、鋸の刃幅の部分も加えてガードに入る。
「いいだろう、止めて見せろ」
「おう、止めてやるさぁ」
 二人の声と共に吹き抜ける風。下から上へ、雲母の脚からは蒼い閃光が走り、鋸諸共雹山を蹴り上げる。一瞬火花が散ったようにも見えた。そして、それに続いて山中に響く爆音。
「やったか?」
 一斉に飛び立っていく鳥の群れを見つめ言う。
「流石に肝を冷やしたの…」
 だが、雹山はそれでも倒れはしなかった。打上げられそうになる直前で身を引いたらしく力だけを上に流したとみえる。土埃や小石で多少の身体や顔に傷は出来ているものの足腰にも問題ないらしい。
「まだ私の上がいたとはな…」
 微笑を浮かべ、雲母が背を見せる。それが彼女の答えなのだろう。
「凄いなりっ。雹山、雲母に勝ったなりー♪」
 雲母の実力を何より知っている譲治が驚きを隠しもせず言う。
「今のは八割だったんだ…さて、お前の番だぞ」
 そんな譲治に少しの言い訳をしつつ、笑って頭を撫でてやり彼を促す。わかったなりっと彼も軽く笑顔を返して、トリは譲治が努める。
 彼はなぜか大荷物だった。背負ってきた荷物には水とヴォトカが詰まっている。
「やっと最後かの」
「それじゃあ行かせて貰うなりよー!」
 軽く息を吐き出した雹山に対して、譲治の先制はとても意外なものだった。


●下山
「なっ! 一体何のつもりだ!」
 突如投げつけられた水物の類…瓶のままやら勺に汲んでと様々であるが、譲治はひたすら彼に持参した水物を投げつける。
「水遊びは他でやれ…って酒はいかん! 勿体無いぞ!」
 次から次へと…大男の戸惑う姿が何処かお茶目でもある。
「一体何をするつもりどす?」
 思わず鬨からもそんな言葉が…。
「あれはあれなりに考えがある筈だ。見守ってやろう」
 だが、雲母は心配していないようだった。煙草の煙を燻らせる。
「そろそろなのだ! 喰らうなりっ!」
 そこでやっと譲治の行動が一転した。荷物を投げ切ったらしい。護符を掲げて、発生させたのは雷閃だ。
「ほう、感電狙いかの」
 様子を見取って酒瓶を片手に雹山が呟く。
 けれど、これ。当たらなくては意味がない。闇雲に放つばかりでは駄目なのだ。始めの男を入れれば、これが五戦目の筈だというのに身軽に避けて近付いてくる雹山に譲治がばたばた駆け出す。だが、逃げ切れないと悟ると次に仕掛けたのは黒い壁。
「のぉ!」
 それに思わず雹山が尻餅をついた。その隙にもう一度雷閃を発生させる。
 しかし、なんと彼は――
「おー、凝ってたのかの。身体が楽になったわ」
 と雷撃を受けてもけろっとしているではないか。

『やっぱり化け物…』

 始めに聞いた言葉が皆の脳裏に蘇る。
「あわわ、効かないのだ? だったら逃げるなりー!」
 譲治もこれには吃驚して再び逃走を開始する。
「鬼ごっこかの」
 雹山はそういうと童心に返ったように彼を追い掛け回し…更には、
「もう隠れる場所もないぞ」
 なんと拳一つであの結界呪術『黒』の壁を破壊して見せたのだ。
「あうぅ〜〜、これじゃあ勝ち目がないのだーー!!」
 わたわた走る譲治だったが、最後は襟首を捕まれて……勝負は幕を下した。


 だが、実の所雹山もかなり消耗していたらしい。
 彼曰く『個人で戦わず、もし団体できていたとしたら危なかった』と語り、力量としても申し分ないと言う判断で氷を少しだけではあるが譲って貰える事となる。
 彼の作った氷室に案内され、彼らは更に驚く事となる。
「すごくきれいです」
「ずーと先まで見えるなり」
 天然の洞窟を利用したそこはとても涼しく、切り出された氷がキラキラと輝いている。
「ここに保管しておけば、下がどれだけ暑かろうと簡単には溶けん」
 去年の秋頃から仕込み、冬のうちに固める。そして春までに氷室となる場所を見つけ整備し、春が来ると同時に氷を移す。それを一人でやり切っているのだから大したものだ。
「あの、こちらの麻袋に入れて帰ろうと思うのですが他に溶けにくい措置などありますか?」
 早速切り出された氷を袋に詰めつつ、莉乃が問う。
「氷は溶けるもんだ。溶かしたくなきゃ、早く帰るのが一番…わしがいいルートを教えてやるかの?」
 にやりと笑って雹山が言う。
 この時彼らは気付かなかった。彼の常識が一般人にとっては非常識だという事を……。


「あー…必要以上に疲れました」
 それが正直な感想だった。というのも雹山が教えてくれたルートと言うのが実に単純ではあるが、相当な急斜面の超危険コースだったのだ。彼の体力と技術があれば簡単なのかもしれない。しかし、今回が初めての彼らにとっては地獄への下り坂に匹敵するほどの道であり、降りるというよりも半分以上勢いに任せて滑って降りていたような気がする。
「大切にしろと言う割にはあの運ばせ方は乱暴どした」
 乾のカウンターに突っ伏して鬨が言う。

「待たせたな。出来たばかりの新作かき氷だ」

 そこへ待望のカキ氷が到着した。オマケに白玉と茹で小豆が添えられている。
 皆の希望のシロップをかけて、スプーンで掬う。

   サクッ

 耳を刺激する嬉しい音が彼らの期待を膨らませる。そして一口。

『ん〜〜〜〜〜〜♪』

 広がったのは自然の大地。木陰に隠れて密かに湧き出た水が徐々に流れをゆくような清涼感。そして口に広がったかと思うと甘い淡雪のように口溶け消えてゆく。

『これが本当の氷…』

 ガリガリとした食感はなく、何処までも柔らかい。
 雹山自身の努力もあるのだろう。ここまで不純物を含まないようにするには水の運搬にも相当な注意が必要となる。
「やはり違うな、爆裂雹山」
 こっそりそれを頂きながら組合長も満足げだ。乾もその味に目を見開き、何か考え始めている。
 そして、この日限定の雹山のカキ氷は飛ぶように売れて――乾は決意する。
「当分店は閉める」
 そう書き残して、彼が行った先は雹山の元。そして、暫くすると登山客の間では小さな噂が流れ始める。

「あの山で絶品のカキ氷が食えるらしいぞ」

 運ぶのが問題であるならば運ばなければいい。
 折角のうまい氷を見過ごす等出来ない。乾は雹山に自分の技術を見せて説得し、今年の夏限定でタッグを組んだようだった。