【鍋蓋】特級なべぶたん
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/24 23:21



■オープニング本文

●親友
 鍋蓋長屋の屋根に上り、新海はぼんやりと空を眺める。
 長屋の修理に手持ちの鍋蓋をつぎ込んだおかげで、今手元に残っているのは僅か数枚。
 それを大事に神棚に飾って、次の依頼はどうしようかと考えている。
「いい天気さね〜」
 流れる雲に頬を撫でていく風…そのどれもが心地いい。
 何も急ぐ事はない、ゆっくりやれ。とそう自然が声をかけてくれている様な気さえする。
 実は彼――現在、鍋蓋改良に少なからずの限界を感じていた。
 鎧に始まり、苦無に手裏剣と色々試してみたし、一部は商品化もされている。
 そして時には玩具という路線も開拓し、羽子板的な使い方を子供達がしていたのを目にした事もある。
 その後には屋根瓦という道にも広がり、この長屋が『鍋蓋長屋』と呼ばれるようになったのは勿論それに由来する。
 けれど、ここまでなのだ。
「まな板、判子…どれもぱっとしないさね…」
 木製である事を活かしつつの再利用――形状も余り変えずにどうにかしたいと思うが、そこに拘り過ぎるとどうしても利用先は限られてくる。
「いよっ、久方振り! どうだい調子は?」
 そこへ思わぬ人が来訪した。
 ここのところ仕事が忙しかったようで顔を合わせていなかった彼の親友・鍛冶屋の男である。
「あんたも見ないうちにたくましくなったさねっ。見違えたさぁ〜」
 そんな嬉しい訪問者に新海は機嫌よくお茶を出す。
 そして今までの積もる話に花を咲かせ――それは深夜まで続いていた。


「なぁ、新海。だったら気分転換に引き受けて欲しい依頼があるがどうだい?」
 酒を交わしながら、鍛冶屋の男が赤い顔で言う。
「俺は別に構わないけども…どんな依頼さぁ?」
 そんな彼に新海もほろ酔い気分で答える。
「それはな…なべぶたの輸送なんだよなぁ」
「鍋蓋! なら簡単そうさね〜」
 以前は高価な鍋蓋を輸送した事があったが、その時も無事終えている。その自信からか彼があっさり請け負う事を快諾する。
「そうかぁ! じゃあやってくれるかい! ありゃあ結構な重労働だよ?」
 そんな彼を見つめて、鍛冶屋の男はにやりと笑う。
「重労働ぅ? 冗談きついさぁ〜」
 だが、新海はその笑みの正体に気付かない。
 口約束でも交渉は成立――新海の知らない落とし穴が明日彼を待っている。
 

●なべぶたの実態

「な、なななな…」

 鍛冶屋の男に連れられてやってきたのは養豚場。
 そこで飼われている巨大生物を前に新海は仰天する。

「どうだいっ! これが鍋豚……新種のブランド豚よっ!!」

 ばばーんと大袈裟に紹介して見せて、鍛冶屋は新海の反応に満足げだ。
「なべぶたって…鍋の蓋の事じゃなかったさねっ!」
 酔っていたとはいえ、普通『なべぶた』と言われれば『鍋蓋』を想像するだろう。
「ああ、そうとも。鍋用に適した豚…だから鍋豚だ。正式名称は『なべぶたん』だってよ」
 だがしかし男は悪びれることなく笑い、いつかのお返しなのか新海の背中をばしんと叩いてみせる。
 ここは彼の友達の養豚場らしかった。最近一部で人気が出始め、この場所だけでは飼育が追いつかず隣の山に牧場を作り、そちらでも飼育を行うらしい。その為の輸送に新海が借り出されたようだ。
「ここにいるうちの三十匹を大型の馬車に乗せて輸送してほしいってさ。簡単でしょう?」
 わざわざ最後の部分を強調して男が言う。
「た、多分…さね…」
 そう答えた新海だったが、正直な所を言えば答えはノーだ。
 なべぶたんの一匹の大きさは子象程度もあり、加えてその巨体に似合わず俊敏な動きを見せている。
「あんたが輸送してくれるんだってね。よろしくさんだよ」
 そこへ養豚場の主人も現れ握手をしてしまえば、いよいよ断り辛くなる。
「あぁ、そうそう…なべぶたんは少し気性が荒いのが特徴でして…猪の血も混じってますんで、取り扱いには重々注意して下さいね」
 その言葉に新海の脳裏にはいつぞやの思い出が蘇った。
 それは駆け出しの頃、ケモノの猪に追い掛け回された記憶である。
「こ、これは…一人じゃ無理さね…」
 その記憶がフラッシュバックすると同時に、新海はそう言いギルドに駆け出すのだった。


■参加者一覧
梓(ia0412
29歳・男・巫
ガルフ・ガルグウォード(ia5417
20歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
金剛寺 亞厳(ib9464
26歳・男・シ


■リプレイ本文

●黒微笑?
「…お鍋専用のぶたさん…」
「わー、煮込みに最適な豚さん。どんな味がするのかなー?」
「久しく肉を口にしてないでござるよぅ…」
 未知の豚・なべぶたんの味を想像しつつ集まった開拓者達はそれぞれその豚に思いを馳せる。
 時間はまだ朝の五時――なぜこんなに早いのかといえば勿論訳がある。
 気性が荒く取り扱いに注意の豚をスムーズに馬車に乗せるには…。
 その作戦として考え出されたのは原始的であるが、もっとも有効と思われる餌を使った誘導である。養豚場から荷台まで餌をまきおびき寄せる。動きが速いと聞いているから自力ではなかなか難しいと考えたのだ。
「うまくいくといいですが…」
 まだ太陽が見え始めたばかりの空を見て誰かがポツリと呟く。
 だが、そう簡単には問屋が卸さなかった。豚とて馬鹿ではなく、餌の時間は同じとあってもいつもと違う場所にまかれている餌には警戒を示す。少し近付くものの、匂いなのか空気なのかで何かを悟って、それ以上は進もうとしない。
 そこで追い立てるように男勢が豚のいる中へと踏み込む。 
「おらー、どうしたどうした! 腰が引けてるぜ! なんなら手伝ってやろうか!」
 そんな中、物怖じしているのは新海だった。やはりまだあのトラウマが残っているらしい。それを知らない梓(ia0412)はからかうように声をかけ、背後から腰を掴むと豚の方へと引きずってゆく。
「ちょっと本当に苦手なんさね〜〜」
 そんな彼の行動に涙目の新海であるが、仕事であるから仕方ない。
「ただの豚です、師匠。相手にとって不足なし…気合入れて行きましょー!!」
 馴染みで師匠と慕ってくれるガルフ・ガルグウォード(ia5417)からもそう言われては逃げる事も出来ない。
「そうさね…ただの、ただの豚さぁ…」
 ごくりと息を飲みつつ、必死にあの時の恐怖を振り払う。
(「相変わらず面白い奴だぜ…くくくっ」)
 梓は内心そう呟きながらさらに彼をけしかけた。なんだかこれはもう子供のやり取りだ。
「全くあの方達は何してきているのやら…」
 そんな二人を見つめて、事情を知っている和奏(ia8807)が溜息をつく。
 しかしそんな彼にも奇妙な気配を感じ振り返れば、そこには彼の鮮やかな着物の袖をはむはむする鍋豚がいたり。
「あー、すみません。これ、食べ物じゃないんで」
 けれど元来そういう事には無頓着なのか、怒ることなく淡々と言葉を紡いでみせる。
「今日はお天気のようですが、その前に作戦の見直しが必要かもしれませんね」
 そこへ主人に丁寧な挨拶を済ませた鈴木透子(ia5664)が現れて、軽く頭を抱える。
 それもその筈彼女の横では、
「豚とはいえこんな良きものを食しているでござるかー!」
「うわこら! それだけは駄目だぞ――!!」
 と叫ぶシノビが二人。一人は大食が原因で村を追い出された金剛寺亞厳(ib9464)が餌である林檎を見つめ生唾を飲み、もう一人はあれだけ意気込んでいたものの大事にしているらしい鍋蓋を豚に狙われ必死に死守してようとしているガルフの姿があったからだ。
「仕方ないなー…ここは神音が一肌脱ぐよー。ぼすぶたさんはどこかな?」
 そこで痺れを切らして立ち上がったのは元気娘の蓮神音(ib2662)だった。
 この手段は余り使いたくなかったが、このままでは埒があかない。
 養豚場の主人に聞いてボス豚と対峙する。そして、
「そこのぼすぶたさん、かかってくるんだよー」
 彼女は指先をくいくいさせてその豚を挑発する。それにボス豚も気付いたようだった。けれど、

 ぷいっ

 相手は彼女に興味なし。顔を背けて『ちびに用はない』とでも言いたげだ。
「うぬぬ……神音を馬鹿にするとは…いい度胸なんだよー」
 内心ふつふつと湧き上がる怒りを抑えて、彼女は静かに笑う。
「何か、不吉なオーラが見えるでござる…」
 それに気付いて亞厳の呟き。
「ふふふ、ふふふふふ…」

 バシュンッ

 そして、その後に放たれたのは空気撃。あえて外して、豚の真横を風が吹き抜ける。
「あ、あれ…結構本気じゃね?」
 それを知って、一頭を除いた誰もが停止した。
 その一頭とは勿論ボス豚――さっきのを宣戦布告とみたのか振り返ると同時に、猛スピードで彼女に向かって突進を仕掛け、しゃくりの体勢。だが所詮は獣――裏一重でかわされ二発目の空気撃を撃たれれば一溜まりもない。転倒した先の馬車の方へ転がり込んで行く。
「ふう、完了だね。さぁ他のみんなー、ゆー事聞いてくれるよね♪」
 そして何事もなかった様に彼女は残りの豚達に爽やかな笑顔を向ける。
 その後は早かった。ばたばたと豚達が馬車に飛び乗ったのだ。馬車に置かれた餌を遠慮げに突きながら、身体を低くしている。
「凄い効果さぁ…」
「しかし、これでいいのか?」
 疑問の残る方法ではあったが、ともあれ馬車は牧場に向けて進み始めた。


●チャンス
 一台につき鍋豚は六頭――草原の長閑な風景を味わいながら一行は街道をゆっくり進む。
「成程、根菜系のでんぷん質が多いものが好きなのは、豚さんも馬さんも一緒なのですね」
「拙者も好きでござるよ」
 予備の餌を眺めながら言った和奏に後方の亞厳が林檎を手にして答える。
「あの、それは…」
 それを不思議に思って尋ねれば、
「いやーなぜだかこの子達が鼻で差し出してくれたので貰っておいたでござる♪」
 と彼は嬉しげだ。朝の一件、どうやらよっぽど物欲しそうにしていたのかもしれない。
「ブタは見た目に反して賢いそうです。ですからそういう事もあるかもしれません」
 その話を耳で捉えて、じぃーと鍋豚の様子を観察しながらの透子も会話に入る。
「そう言えばご主人さんから聞きましたが、なべぶたさんもふつうの豚さん同様とても鼻が利くそうです」
 そんな彼女に興味を示すことなく、マイペースに和奏が続ける。
「そりゃあこれだけでかい鼻してりゃあ利いて当然だわなぁ!」
「そうですね。でしたら尚更好都合です」
 がははと笑う梓の後にぽそりと加えて…どうやら彼女の鍋豚観察には訳があるらしい。そう、彼女…外敵からの襲撃を鍋豚の様子で悟れないかと考えているのだ。勿論、和奏と新海が定期的に心眼にて警戒してはいるし、彼女自身も人魂の準備はしてあるが、それでも注意する事に越した事はない。
「あ、暑いですか? でしたらお水を差し上げます」
 さすがに出発からずっと観察していれば、豚の気持ちも判ってくるようで…日も照り出した為、ばて始めている鍋豚達に用意していた柄杓で水をかける。
「へー、気遣いできてるなあ」
 そんな彼女の行動にガルフが感心した。
「神音も追い込みの事ばかりで考えてなかったよー」
 そんな会話が展開される中、

 ガリガリ ガリガリッ

 神音の馬車の隅で、馬の蹄の音に混じって密かに計画は進行していた。

『このままではやられる!』
 
 なぜ運ばれているのか判らぬ不安。そして、あの娘の力…逃げなくては。
 目が覚めた時からボス豚はそう思い、地道に柵を齧っているのだった。


「そろそろ林に入ります。重々気を…ってあ!!」
「何か降ってくるでござる!!」
 予め輸送進路から危険地域を割り出していた和奏の声も虚しく、先に動いたのは敵の方――。
 上空から聴こえる甲高い奇声――ぐんぐん近付いてくるシルエットを見取れば、その正体は子鬼である。
 木に登って彼らを待ち伏せしていたらしい。突然の襲撃だったが、一行は冷静に身構える。だが、豚達はそうではない。
「暴れないように、ですか。これは難しそうです」
 飛び降りてくる子鬼をひとまず一匹、秋水で一閃するが数が多いと裁ききれず、何匹かが鍋豚の背中に飛び降りちょっかいをかける。
「わわわっ、ちょっ、やめなよー!」
「可哀想だろうがーっ!!」
 それを前に慌てて子鬼を引き剥がそうと荷台に入るが、動揺する他の豚に阻まれて中々思うように近付けない。
「あっ、ちょ…裾ひっぱんなー!」
 わたわたする豚達に引っ張られふらつくガルフ。荷台も軋み始めている。
「大人しく頼むでござるよ…!!」
 亞厳が慌てて声をかけるが、パニック状態の豚にはやはり届かない。
「まずは子鬼を…手分けしないとこのままでは馬車自体も」

「ブッヒーーーー!!」
『ええっ!!』

 透子がそう言いかけたその時、事件は起った。
 今が好機と見取ったか、あのボス豚が柵を壊し飛び出したのだ。神音の荷台から悲鳴が上がる。
「ちょっ、まっ!! こんなときにぃーーー!!」
 まるで自由を求めるが如く、一目散に今来た街道を逆走する。それに続いて、残りの豚達も駆け出していく。
「うえーー! どうしよう!!」
 戸惑う神音に、
「まずはえいっ」
 透子が行く手に白壁を展開。しかし、鍋豚も負けてはいない。瞬時にその壁を避けて逃げていく。
「待つさぁ!!」
 そこで飛び掛ったのは新海だったが、
「うわぁぁぁぁ!!!」
 いつかの二の舞――ボス豚の尻尾を掴んだはいいが、そのまま一緒に引き摺られて行く。
「ここはシノビのお二人があれを追いかけて下さい。残りはこちらを」
『わかった』
 同時に起こった騒動に和奏は的確な指示を飛ばして、まずはこの場の鎮圧にかかる。
「こういう繊細なのは苦手なんだがなぁ!」
 ガタイのでかい梓が豚の背から子鬼だけを狙って木刀を打ち付け引き剥がす。
 するとその一撃に堪らず豚から落ちる子鬼達――そこを残りの三人が仕留める。勿論豚達への配慮も忘れない。瘴気に返す際は出来るだけ豚の目につかないように心掛ける。実力のある面子とあって、そう時間はかからなかった。だが、問題はこの後である。
「もう大丈夫ですよー」
 とりあえず積んでいた餌を出して宥めてみるが、豚達の心は落ち着かない。
「どうしたものでしょうか…」
 一匹一匹撫でてやりながら透子も思案する。
「こういうこともあろうかと、じゃーーん!」
 そこで神音が取り出したのは横笛だった。
 ふぅと一呼吸置いた後、口に当て演奏を始める。
 朝のあれとは裏腹に、それはとても優しい響きで――その音色に小鳥も耳を傾けて、気付けば豚達も静かに彼女の笛を聴いているのだった。


●誠意
 一方こちらは追跡班。
 逃げ出した鍋豚は全部で六頭――幸い、ボス豚を追っている様であるからバラけておらず有り難い。
「やっぱり力の圧力では駄目でござるな!」
「豚の気持ちがわかるのか?」
 共に早駆で鍋豚達を追いかける亞厳にガルフが問う。
「判らんでござるが、食事は神聖なるもの…その食材たるそれにも命がある以上、敬意を払わねばならんでござる」
 と彼なりの哲学を語れば、
「へー…深いぜ」
 とガルフがその言葉の意味を思案する。しかし、あまり考えるのは得意ではないようで、
「それって攻撃できないって事だろ! どうするんだ?」
 追い続けて疲れるのを待つ?
 体力には自信のある彼だが、それでは日が暮れてしまいそうだ。
「然らば、これを」
 そこで亞厳が取り出したのはさっき貰った林檎だった。それをみてガルフも持参していた煎餅を取り出してみる。
「鍋豚殿――!! さっきは失礼したっ、神音殿も多分本気であった訳ではござらん。だから戻ってきて欲しいでござる! 今から行くのは以前の場所より住みよい場所…この林檎を差し上げるでござるからどうか許して欲しいでござるーー!!」
 スピードを上げて前に回り込むと両手を広げ、衝突される覚悟で亞厳が説得に入る。
「俺もこれやるから…運動不足なら俺が相手してやる! だから、なっ」
 それに続いてにかりと爽やかな笑顔でガルフも前へ。けれど、

 ドーーーン

 やっぱり急には止まれなかった。回避するにも距離が足らず、勢いも殺せず二人は遥か彼方に飛ばされる。

『あーーーーーー!』

 そして、二人の悲鳴が重なっていた。
 けれど、二人は諦めず、鍛えられた身のこなしは本物できれいな着地を成功させ、再び豚達の前に出る。そしてまた、

 ドーーーン

 それが何度続いただろう。ボス豚もさすがに疲れを見せ始める。
「二人とも……」
 その様子を見取って新海も動いた。必死で背によじ登り、
「もういいんじゃないさぁ? 怖がらせるつもりはなかったさね…早く新しい場所に連れて行く為に仕方なかったさぁ。あの時本当の事を言ったとして、あんた普通に来てくれたさぁ?」
 耳元でボス豚に聴こえるように、出来るだけ穏やかに新海が言う。
「ブヒー…」
 その心が通じたのか日が傾きかけた頃、
『えっ…』
 前に立ちはだかった二人の前に豚達がぴたりと止まって…二人の顔をぺろりと舐める。
「わかってくれたでござるか…」
「ブヒー」
 動物と人間――会話はできなくとも何かが伝わった、その瞬間だった。


 そして、その後は時間こそかかったものの無事馬車のメンバーと合流を果たし、牧場へと駒を進める。
 さすがはボス豚――残りの五頭も彼の掛け声一つで素直に引き返す事を決めてくれたらしい。合流地点へはそれぞれの背に跨り、暴れる事もなかったと言う。
「無事到着…ここが新しい新天地でござる」
 夕暮れを少し過ぎて、牧場へと到着した頃には星が見え始めていた。
 ちなみに神音とボス豚の関係であるが、戻った際にまだ奏でていた笛の音を聴いて何か察したらしい。不貞腐れた顔はしていたボス豚だったが、もう怒ってはいなかったようだ。
「三人から聞いたよ、朝はごめんねー。ここでお別れだけど楽しかったよ」
 しんみりした顔でそう言われて、一言「ブヒッ」と返したボス豚である。
 だが、実際のところ神音の荷物の中にはさり気無く調理用の山姥包丁が入っていたのは勿論秘密だ。
「それでは我々はこれで…」
 牧場に運んできた鍋豚達を放して、彼らは一路帰路につく。

 そして、戻った先にはお待ち兼ねの鍋豚料理。
「えーと、人は生きる為には食べなくてはならんでござる! だからここは有り難く食べるでござるー!」
 さっき運んでいた豚ではないとはいえ、どこか気が引ける気もするが折角の料理を食べない訳にはいかない…いや、久し振りの肉だ。食べなくてはばちが当ると亞厳は思う。
「仕事とこれとは別だよねー! そういう訳でいただきまーす♪」
 そういうのは神音だ。他のメンバーも業を背負いつつも、やはりここは美味しく頂く事にする。
「おいしいです…」
 持ち帰りは許されなかったが、解けるような味わいに思わず声が出る。
「美味いもの食って、しっかり寝ればまた明日も頑張れるってな!」
 そこに混じって鍛冶屋の男が新海に声をかけた。
 どうやら彼、少なからず新海の鍋蓋改良への行き詰まりを心配していたらしい。
「そうだ、師匠! 少し小ぶりな鍋蓋で帯留めとかどうですかね?」
 それはガルフも同じ様で料理に舌鼓を打ちつつ提案してみたりと、食べたり話したり忙しそうだ。
 そこに養豚場の主人が追加を持って現れて、

「どうだい! うちのなべぶたん!! きっとはやると思うだろ?」

 彼の言葉に誰もが笑顔で頷いていた。