【浄土】人というもの
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/18 07:11



■オープニング本文

●誘惑する女
 アヤカシの駆逐と拠点建設の為の動きが半ばを過ぎ、段階は焼き討ち準備へと移され始める。だが、ここにそれを良しと思わない者も少なからず存在する。

「本当に信用出来るのか…私は認めんぞ」

 王同士が決めた事とはいえ、確執は深い。納得がいかないと思う者がいない訳ではない。
 それに実際のところは東房が北面に協力しただけの事…あちらは見返りに何をしてくれたというのだ。未だ東房の民は貧困している。アレだけの協力をしたのだから、米所である北面は我々にもっと尽力を尽くしてくれてもいいではないか。
 山里の朽ちた掘っ立て小屋で男は一人そんな事を思う。

「だったら力を貸そうかい? 私も納得、言ってないんだよねぇ」

 そこへ現れたのは銀髪の女だった。色白の肌に薄い布を纏っている。

「おまえは?」
「怪しいものじゃないよ…ただ私も私の主もこの状態が気に食わないだけ。ここだけの話、芹内王はきっと裏切るよ…焼き討ちが終わって新しい拠点が出来たら、その拠点は間違いなく自分の統治下に置こうとするに違いない」

 その言葉に男が眉を寄せた。そして、凍えるような冷気が男を包む。温かくなり始めた筈だというのに、妙にここだけが冷たく感じる。

「なんだって…で、では」
「そう、あの王はあんな顔して欲が出たのさ。アヤカシも今なら勢力は衰えている。そして、今なら東房との関係も良好…どさくさに紛れて新たな土地を拡大し、あわよくば東房諸共なんて」
「そっそんな馬鹿なっ!」

 しかし考えられない事ではない。表情の読めぬ芹内王の事だ。直接会った事はないが、噂では朝廷貴族側との板挟みにあって苦労していると聞く。少しでも威厳を回復する為、以前の領土を取り返そうと目論んでいるのかもしれない。

「このまま焼き討ちして本当にいいものかねぇ…私と協力すればどうにか出来るかもしれないよ?」

 腰まである長い髪を靡かせて、女は男の肩に手を添える。

「それにあんたいい男だ。ここで朽ちるのは勿体無い…いい夢見たくないかい?」

 そしてもう一歩近付いて、今度は腰に手を回し始める。

「あんたは私に従えば英雄になれる…東房を救った英雄に……天輪王もさぞあんたを高く評価するだろう。今はただの名も無き人かもしれないけど、上手くいけば次期王になんて話も夢じゃないと私は思うよ…」

 冷静に考えれば突拍子もない事なのだが、男の思考はすでに女の元に落ちている。

「王か…それはいい。私はまだこんな所で終わる人間ではない…」

 女の言葉に酔いしれるように、男は不気味に笑う。

「さぁ、じゃあ初めようかい? 王の犬達の殲滅を」
「ああ、そうだ…この土地を焼かせはしない」

 男は驚くほど冷たい彼女を抱きしめ、男の熱は解け始めていた。


●燃えない山

「一体どうなっている?」
 焼き討ちの依頼を受けて出発した者達が尽く山で行方不明となっている。
 アヤカシの駆逐は行われていた筈だ。なのにどうして? ギルド職員に疑問は募る。
 しかし、それだけではなかった。腕利きの開拓者が行った時の事。確かに木に火を放ったというのだが、次の日になると放った筈の場所が燃えていないと報告されてしまうのだ。

「確かに放った筈なのに…」

 狐につままれた様な顔で彼らが呟く。
 他にも同様な事件が多発し、あろう事か変な噂も流れ始めているようだ。

「きっとこれは山神様の祟りじゃ…山自体が瘴気に呑まれてアヤカシと化しているのかも知れねぇ…」

 魔の森が存在するとはいえ山ごとアヤカシ化等ありえない。しかし、一般人には恐怖が募り関わりを避けようとする傾向がある。何度やってもうまくいかない焼き討ちとあってはそう考えてしまうのも仕方がない。

「逸早くどうにかせねば、焼き討ち自体が危うくなるかもしれん」

 このままでは折角準備してきたのが水の泡…今を逃せばいつになるかわからない。

「誰でもいい。なんとしても焼き討ちを成功させてくれ!」

 ギルドの切なる願い――その依頼は赤字で大きく張り出され、緊急を要しているようだった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
レイス(ib1763
18歳・男・泰


■リプレイ本文

●里
 奇妙で手掛かりの少ない依頼――やはりそういった依頼となると担い手に名乗りを上げる者はそう多くない。
「東房に援軍を請いにいった身としては、この流れは止めたくないな」
 別の依頼で使者を務めたのだろう泰拳士の羅喉丸(ia0347)が僅かに拳を握り締め言う。
「……人が消え、火が燃えない。アヤカシが邪魔をしていると思うのですが……さて」
 何から始めるべきか? 同じく泰拳士のレイス(ib1763)が思案する。
「レイス、あたしの執事なんだからもっと考える!」
 そう言ったのは騎士のフィン・ファルスト(ib0979)だ。
 二人は主従の関係を結んでおり、彼女の手足となり戦う事がレイスの役目である。
「フィンちゃんは唯一の主ですよー。だから頑張ります」
「フィンちゃんとは何よー! 主に向かって……こ、この犬の分際でー!」
 突然の言葉に顔を赤らめる彼女。少なからず秘めた想いがあるのかもしれない。
「まずはこの近くの朽ちた里に行って見ましょうか?」
 そんな二人のやり取りに一時緊張を緩めていたが、地図を片手に巫女の菊池志郎(ia5584)が軌道修正に入る。
「そうですね、何も無くても休憩ポイントにはなるでしょうし」
 本当に小さな里――情報では朽ちてからまだそれ程経っていないというが、かなり寂びれているらしい。
「魔の森の影響でしょうか?」
「さぁ、しかし行ってみる価値はある。だがその前に行方不明者の情報も必要だ。詳細は…」
「それならここに」
 少しでも多くの手掛かりが欲しい。そう思うのは皆同じ様でレイスがギルドに調べて貰っていた資料を取り出し渡す。
「これまでに数十名が行方不明か…行った時の詳細については霧が濃く辺りは薄暗かったと」
「帰還した開拓者の話によると、確かに松明で草木に火をつけたそうです。それまでの行軍ではアヤカシは確認されず、うっすらとした瘴気だけが辺りを包んでいたとか。後は時折何かの気配を感じた気がしたと」
「何かの気配?」
 腕利きといってもレベルは皆20そこそこ。しかし、この手の依頼を何度もこなしている常連チームで信頼の置けるものだったという。
「念の為そのメンバーに詳しい事を聞いてみましたが、はっきりと確認が出来た訳ではないから答えられないと。巫女の瘴索結界でも一瞬瘴気の塊を感知したようですが、すぐに消えて判らなくなったようです」
 聞き込みの証言も曖昧でおぼつかず、ここはいよいよ行ってみるしかない。
「しかし厄介ですね…瘴気感染が心配です」
 魔の森に隣接するとなっては避けられない事。マスクでいつまで持つか。迅速な行動が求められる。
「行って何もなければ試し焼きでもして様子を見よう。そうするしか方法はない」
「そうですね、魔の森外周に油を流して…それで焼ければOKだし」
 作戦は決まった。油壺の確認をしつつ出発を急ぐ。
 そんな彼らは気付かない。彼らを見つめていた人影があった事を…。



 朝日山城から里に向かう道は思いの外険しい。
 事前に来た開拓者達によって荒縄は張られていたが、それもなかなか大変だった事だろう。
「あそこに見える里がそれか?」
 行き着いた先に小屋のような建物を数戸見つけて羅喉丸が言う。
「こんなところでも人は住んでいたんですよね?」
 野晒しになった家を確認しながら志郎が言う。
 鍋や食器の類は既に持ち出されているらしかった。住んでいた者は瘴気感染を恐れ、すでに移住していると聞く。
「俺達みたいな者が来た時の火種の跡はあるようだが、それ以外は特になさげだな」
「と言う事はここは関係ないと?」
「さぁ? なんともいえま…ん?」
 そう言いかけたレイスだったが、少し離れた場所にまだ辛うじて残っている小屋を見つけ、彼が走る。
 それに続いた三名だが、そこはただの道具入れのようだ。斧や鋸…そして、床には藁が敷かれている。
「道具入れに藁?」
 狩りに出るなら相棒は犬の筈…ここは小屋であるから暖取り用とも思えない。
「ねえ、この藁綺麗過ぎない?」
 そんな中違和感を抱いてフィンが言う。
「そう言えば何かで抑えられたような跡もあります…」
 ――とその時だった。かさりと外から音がして、一同が駆け出す。
 するとそこには一人の男――猟師のような毛皮の外套を羽織って一目散に逃げ出していく。
「追いかけますか?」
 レイスが問う。ここで彼を見失えば手掛かりを失ってしまう。けれど、罠という可能性もある。だが、
「うわぁぁぁぁ!!」
 悲鳴が上がって――開拓者として見捨てる訳にはいかない。
「行きます!」
「ああ」
 レイスを先頭に三人も追いかける。小屋に入った時とは違い辺りには霧が立ち込め、徐々に視界を奪っていく。
「まずいですね。瘴気が濃くなっている…」
 志郎の呟き――しかし、どうする事も出来なかった。


●霧
「止まって頂きます」
 距離を詰める為、走りにくい傾斜の中でレイスが地面に沿うような形で斜めに跳躍する。そして、旋蹴落の構え…だが、手応えは得られない。それどころか足元には粘泥が現れ、彼の足を取り込みにかかっている。
「くっ、いつの間に…」
 そう思って引き剥がそうとするが、数の暴力に負けて、顔にも飛び掛られゼリー状の軟体が呼吸を阻む。
「レイス!!」
 そんな彼を目の当たりにしてフィンが悲鳴を上げた。
「ちっ、やはり罠か」
 判った所で敵の手中――仲間についたそれを取り払うので精一杯。足元はおぼつかず、反撃も思うように行えない。それでも少しは有利に運ぼうと、木を蹴り砕いて足場とし時に闘布『舞龍天翔』を自在に操りなんとか体勢を立て直そうと立ち回る。
 まずはレイスの元へ――彼を傷つけないよう気をつけて、核を狙う。
「たぁぁぁ!!」
 そして、フィンも。粘泥を削ぐ様に攻撃すれば、スキルの効果で一部塩と化す敵。
「ここは危険です。一旦引きましょう…」
 遅れて到着した志郎が皆に叫んだ。瘴索結界で感知している数は少なくとも十を超え、辺りに漂う瘴気も濃さを増している。
「しかし、あの男は?」
「ふふふ、あんなのを気にしているのかえ…まずは自分の命であろうに」
 じりじり詰め寄る粘泥を見つめて言った羅喉丸の言葉に聞きなれぬ声が返事する。姿は見えなかった…ただ、声と共に辺りに吹き荒れたのは雪の粒。
「雪女なの?」
 その旋風に耐えながらフィンが言う。
「さてねえ…おや、そこの男はいい顔をしている。そろそろ代え時…殺すにはおしいわねぇ」
 男とは一体誰を指していたのか判らないが、声が皆を挑発する。
「僕は、嫌です、からね…主が、いるもので…」
 そんな女に律儀に返したのはレイスだ。喉を擦りつつ、何とか無事らしい。
「まあよい。あの男でも事足りる…邪魔者は消えて貰うまで…いけ、食事だよ」
 そこで女は粘泥をけしかけて、己も皆に吹雪の攻撃。
「ちっ!」
 それを察知し羅喉丸は拳布を枝にかけ跳躍した。聞こえる声の大きさから女はそう遠くには居ない筈だ。ならば接近する事が出来れば、こちらにも勝機はあるかも知れない。
「志郎、探れないか?」
 目視では限界がある。霧と瘴気に阻まれて、彼に尋ねる。
「残念ですが、こう瘴気に囲まれては…しかし、もう少し山を降りれば判るかも」
 きっとこの濃さは魔の森にかなり近い場所だ。地図を頼りに降りている暇はないが、少しでも下れば瘴気の薄い場所に行けるかも知れない。
「どうするの!」
 踏み止まるように剣で応戦を繰り返しながらフィンが問う。
「ここは場所が悪い…けど、このままでは動けない。かくなる上は…」
 そんな折、ちらりと背負う荷物が見えた。里に置いてきた物もあるが、念の為と一部背負って来ていた焼き討ち道具だ。
「時間を稼いで下さい! 策があります」
 そこで彼は素早く準備にいる。
(「…焼き討ちの実行場所とは少し外れているかもしれませんが、背に腹は変えられない」)
 持参していた道具の中から火薬を取り出す。
「そういう事ですか。でしたらお守りします!」
 それに気付いて、レイスが彼の護衛に立ち回る。けれど、粘泥自体も普通のものではないようだった。時折身体を輝かせると、岩の様に固くなり応戦する。柔と剛…なかなか出来た作戦である。
「いけないねぇ…火遊び等」
 そして、女も志郎に気付いたらしかった。彼の作戦を止める為、ついに姿を現す。真っ白い肌にストレートな銀の髪――確かに雪女を思わせる。そのどこか妖艶な姿に一般人であれば簡単に魅了されただろう。だが、
「俺にそれは効きません」
 近付いてきた彼女に手にしていた松明に火をつけ差し向ける。けれど、彼女には届かない。ふわりと身を宙に投げ出し……
「なにっ!」
 けれど、そこで予期せぬ事が起こったようだ。
 辺りに漂うのは肉が焦げる独特の匂い――志郎が差し出した松明の先にはさっきの男の姿がある。
「何でっ!」
 思わずフィンからも声が上がる。女を庇うように、男は体が焼かれてなお笑っていたのだ。
「なんだか、よく判らないですが今のうちです!!」
 志郎は松明を放し、すぐさま油壺をぶちまける。そして、皆に後退を促す。
「あなたはもしや…」
 その間も男は焼かれたまま立ち尽くしている。
「ごめんなさい。貴方は救えなくて…」
 志郎は焦げていく彼にそういい残して山を下る。幸い、粘泥と女は彼らを追って来なかった。
 やはり水属性があるのか炎が苦手らしい。そして、消火を優先したというのもあるだろう。
「おのれッ! だから人間というのは嫌いなのだ!!」
 女の言葉――それは男に向けられたものだったようだが、幸せな事に男には届いていないようだった。


●判った事は
 朽ちた里に戻った彼らは、比較的まだ原型を残している小屋を探して状況を整理する。
「あの男は…あの様子ですとあの女に利用されていたのでしょうね。あの発言から術もかけられていたのだと思います。けれど…もしかして彼は」
 言葉には出さなかったが、アヤカシに操られてなおどこかに本人の意思がまだ生きていたのかもしれない。その想いはとても強いもので彼女の術をも上回ったのだとしたら、それは凄い事だ。
「ちなみにあそこは焼き討ちの指定地区だったのでしょうか?」
 特徴のない山であったし、闇雲に追いかけさせられた為判断のし様がない。だが、あそこで彼女らが追ってこなかったという事はそうだったのかもしれない。
「これででも原因ははっきりしたわ。あの女アヤカシと粘泥が妨害していた。霧の発生も意図して彼女が仕組んでいると考えた方が自然よ」
 吹雪を起こす事が出来るのだ。霧の発生も可能かもしれない。
 自分達がそうだったように瘴気の多い場所に誘い込まれれば、瘴索結界を使っても位置ははっきり特定しにくくなる。それを利用して、アレの餌とされたのだろう。
「他に生存者はいないのでしょうか?」
 ぼんやりと志郎が言う。
「さてな。では、腕利きの開拓者が何もされなかったのはどういう事だ?」
 出来なかったと言うにはどこか違和感を感じる。
「直接あの女に聞くのがいいだろうが、アレはアヤカシだったとするならやはり勢力を削がれるのを恐れての妨害工作だろうな」
「ほほう、半分正解かねぇ」
『ッ!?』
 そこに突如あの女の声がして小屋から飛び出すと、間髪入れずに小屋は凍結し、小屋が氷室と化す。
「そちらから来て頂けるとは有り難い事ですね」
「知られたからにはほおっておけないからねぇ」
 レイスと女のやり取り…消火を終えたのか粘泥も待機している。
「今度はさっきのようにはいかないわ!」
 そこでフィンが駆け出した。狙いは勿論女だ――騎士剣『グラム』を振り上げる。
「おや、怒ってるおるのか?」
 そんな彼女を軽くあしらい女は笑う。
「半分とはどういうことだ!」
 その後に羅喉丸も続いて、足場が平坦であれば問題ない。取り巻きの粘泥の核を狙って拳を打ち込んでゆく。
「僕も負けてられません」
 レイスもそれに加勢した。さっきのお返しとばかりに背拳を使ってカウンター。
 状況は逆転、開拓者優勢だった。女の吹雪は確かに強力であったが、不意をつかれなければ耐えられないものではない。志郎も仲間の傷をみて、閃癒でサポートすればたった四人でも彼女と互角に渡り合い、粘泥の数は徐々に減り始める。
「ちッ、しぶとい奴らよっ!」
 打撃に強いとは言えない女のスキル。徐々に焦りが見え始める。
 そして、味方を増やすべく羅喉丸に忍び寄る。
「ねえ、あんたは世界を欲しくないのかい?」
 妖艶な光を宿した瞳――人を惑わせるそれは女のスキルの一つだ。しかし、
「そんなもの必要ない」
 羅喉丸の意思は強かった。あっさりと断り、女に腕を回し拘束する。
「今だっ!!」
『はい!』
 その声に残りの二人が応える。レイスがあの時同様跳躍し、旋蹴落をお見舞いする。頭は僅かに反れたが、肩を砕くような凄まじい一撃に女が目を見開く。
「魔の森を減らすチャンス…逃す訳にはいかない!!」
 そして、その後にフィンが続いて…羅喉丸が腕を放すタイミングに合わせて上から下に。
「ッ!!!!!!!!?!?!?」

   どさっ

 女はそこで膝を着いた。痛烈な連撃に言葉も出ない。
「止めを!」
 そう思ったが、それは叶わなかった。最後の力を振り絞るように吹雪を発生させ、その風に紛れてその場から消えてゆく。
「……とり、逃がしたか」
 ひどく疲れた。戦闘の後には着た時より更に荒れた情景が残っているばかりだった。


 そして、焼き討ちはどうなったのか。
 やむ終えなかったとは言え先に使ったしまった分は消された為、指定された範囲全部を焼く事は叶わなかった。それでも原因は解明されたのだから大いに収穫はあったと言える。あの後別働隊が動いて、残りの部分の焼き討ちは成功し、粘泥は一掃出来ていた事を知る。
「取り逃がしたのは無念だが、ひとまず進めたからよかった」
 女の理由がそれだけではなかったらしいが、逃げられては調べようがない。
「あの男…後から調べましたら、北面と東房の協力反対派の一人だったそうです」
 とこれは志郎だ。男の顔を覚えていたらしい。
「と言う事は仲良くさせたくなかったというのもあるのかもね」
 レイスの傷の手当をしながらフィンが言う。
「ふふ、仲がよろしい事で」
 ともあれ彼らのおかげで噂は広がらずに済んだのは大きかった。


 だが、あちらは…
「そう、失敗……私の部下はホント役立たずばかりね…」
 角を持つ金髪の女が言う。
「あの方にどう報告するつもりですか? 水恋の時といい、今回といい…こう失敗続きではいけないでしょう」
 青年の言葉に女が奥歯を噛む。二人の前にはあの女が傷を負ったまま、控えていた。
「彼女はどうするつもりで?」
「知らないわよ。無能なものは要らないでしょう…」
 冷ややかな言葉に女が動揺する。
「そうですか」
 その様子を楽しみながら、青年はくすりと笑うのだった。