脅威を掬い取り、写す筆
マスター名:長谷 宴
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/01 20:06



■オープニング本文

●恐怖の写し手
 それは紛れもなく、アヤカシ退治の場であった。だが、その光景は異様と言っていい。1つは、屈強な開拓者がアヤカシの攻撃を凌ぐばかりで、まったく攻めていかなかったこと。鬼のアヤカシも弱くは無いが、相手にしている開拓者と較べ実力の差が明らかであるにも関わらず、である。
 そしてもう1つ異様なのが、とある幼げな少女の存在だ。まあ、資質重視の開拓者のこと、一般人から見れば若すぎる自分で開拓者としての活動を行っている者もいることにはいるので、それ自体は特別おかしなことではない。だが、異様なのはその行動だ。すぐ近くで、触れれば怪我間違い無しの武器が振るわれているにも関わらず、彼女が持つのは武器ではなく絵筆、盾でなくパレットである。すぐ傍に剣がつきたてられているものの、明らかに戦いに赴きにきたとは思えぬ風情。だが、彼女は、そんなことなど気にせず広げられたキャンバスに集中し絵筆を走らせ、時たますぐ近くの鬼の様子を確かめるように視線を動かすのみ。そのような異常な時間がしばらく続く。鬼の攻撃が稀に正面で打ち合うサムライに当たることもあるが、すぐさま控えと入れ替わりその隙に回復、そして後退のための待機、という動き乱れが無い、少女のもとに刃先が向くことは無い。だが、やがてそのような時間にも終焉がやって来た。少女が絵筆を置き、「んーっ」と一声、固まった体を解すように伸ばしたあと、外見に見合わぬ口調で戦う開拓者達に告げた。
「ご苦労! もう片付くて良いぞ、体をほぐすのに嵐桜も混ぜてもらう!」
 絵筆を剣に持ち替えた少女は仰々しく、それでいて闊達に言い、鬼へと駆ける。青白い光を帯びた少女の剣が、鬼に突き刺さった――。


●少女とアヤカシ
「だが、やはり嵐桜は退屈なのだ! 出来に不満なのだ!」
「へえ、そうかい。ここを右に出て二つ目の角を曲がったところに嬢ちゃんが楽しめそうなお店があるよ!」
 そういってギルドのカウンターで仁王立ちする少女――号は嵐桜――に、対面する係員は興味なさ気、ぞんざいに扱う。
「なっ‥‥またお前はそうだ! 嵐桜のことを知っていながら子ども扱いして馬鹿にする! 上司に言いつけてやるぞこの不良係員!」
「はいはいっと‥‥。ほら、飴やるから落ち着けって」
「なっ‥‥そっ、そういうのが馬鹿にしていると!」
 変わらぬ係員の対応に激昂する嵐桜だが、その視線は飴に注がれている。ほくそ笑む係員。
「はっはっはっ、そんなこと無いって嵐桜センセ。ほら、とりあえず座りになって」
 勧められた椅子に、幼さが残るというか大部分が幼さの可愛い顔をむすっとさせながら腰掛ける嵐桜。ついでに係員の手から飴をむしりとることも忘れない。なんだかんだで静かになる嵐桜。年の功というか何度も相手してきたことによる慣れというか。
「まあ良い、今日は飴に免じて恩赦してやる‥‥。それで、いつもの用件なのだが、あるか?」
「『絵になる脅威』で依頼料が難易度の割に悪いっつーか足りてなくてお前が金の力で介入できそうな奴だろ? まさにグッドタイミングだな、ついてるぜ」
「何だ? そう勿体つけずに早く明かせ?」
「『泥塊獣』。芸術の道に生きるお前なら知っているだろ、凌世の作品だ。その行方不明となっていた1つがアヤカシとして出現した」
「凌世‥‥あの陰気で妄執に満ちた男の作品か! 人の心をかき乱し、不安を植えつける像を作ることに心血を注いだあの者の作品がアヤカシとなったか!」
 嵐桜の目つきが鋭くなり、舌なめずり。獲物を見つけた獣の目。
「あぁ、しかも体長2メートルを越す、背には無数の手、棘に覆われた尾、鋭い爪を持った蜥蜴のような四足の獣型らしい。アヤカシが入ることでそれらも好きに動かせるみたいだ、まったく、こうなることを前提に作ったみたいな厄介とおぞましさだ。大好物だろう、こういうの?」
「‥‥久々に喜悦に打ち震えているぞ、嵐桜は! やはり本物の恐怖はアヤカシではなく人の手でこそ表せるというか! 紹介ご苦労、私もかませてもらうぞ! さあ、速やかに人を集めろ!」


■参加者一覧
香坂 御影(ia0737
20歳・男・サ
真田空也(ia0777
18歳・男・泰
天雲 結月(ia1000
14歳・女・サ
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
雲野 大地(ia2230
25歳・男・志
玲瓏(ia2735
18歳・女・陰
佳乃(ia3103
22歳・女・巫
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫


■リプレイ本文

●芸術家・作品・理由
「現われたか‥‥! 確かにあの触れ回るような悪趣味、凌世の作品に相違ない!」
 それは、明らかな異形。形容する嵐桜の言葉に、思わず何人かの開拓者は頷いた。基本的な形は世の動物からとったにしても、背に生える腕、過剰な攻撃性能を持った四肢などは通常の生き物の摂理とは異なった様であった。アヤカシですら、ここまでの異様さは感じさせない。
「それにしても、人を愉しませるのとは逆の目的で像を造る、というのはいささか興味深いお話ですね」
「‥‥そうでもない。所謂芸術を志す者のきっかけはそう前向きなものばかりでない。現に、この嵐桜も、だ」
 佳乃(ia3103)の言葉に、返す嵐桜の言葉は、どこか暗さを伴っている。そんな彼女を疑問に思った、斎 朧(ia3446)が問い掛ける。
「あら、嵐桜さんにとってアレは心躍る題材、というわけでないのですか?」
「興奮はする。猛りはする。そういった意味では是だ‥‥。確かに嵐桜が一番満ち足りた時を過ごせるのは恐怖・脅威の体現者と対峙することによってだ。ただ、単純に描きたい、とはまた違うな」
「え、それってどういうこと嵐桜ちゃん? 普通に面白い試みだと思ったんだけど、どう違うの?」
 道中見せていた威圧的というか、仰々しさがなりを潜めた様子の嵐桜に、開拓者達は戸惑うが、それを気にしないものが1人、天雲 結月(ia1000)が持ち前の明るさで彼女に尋ねる。
「かいつまんで言えば、嵐桜が嵐桜であるために描かなくてはいけない、描かなくてはいられない、といったところだ。‥‥それと、嵐桜は結月よりお姉さんだ、何度も言っている」
「あ、うん分かってるよ嵐桜ちゃん。完成したら見せてね、騎士としてもすっごく興味あるっ!」
「‥‥‥‥」
 年上だといわれても、雰囲気的にちゃん付けが自然なので何が問題だか理解していない結月だった。屈託の無い笑顔での、呼ばれ方が変わらないままの返答に、さしもの嵐桜も反論を諦める。
(ふむ、酔狂でもないのか‥‥嵐桜、開拓者であり幼き絵描きとして覚えておこう。‥‥さて)
 そんなやりとりを脇目で見ていた香坂 御影(ia0737)も、嵐桜に対する認識を新たにしつつ、視界に捉えた標的へと意識を集中する。
「そろそろこなすか、自分達の仕事を。絵は、そのあとゆっくり拝見させてもらう」
「‥‥任せた。期待している」
 その言葉をきっかけに、アヤカシ退治の幕が静かに上がった。開拓者達は武器を構え、打ち合わせに基づいた位置取りを、嵐桜は画材道具を手にアヤカシの姿を安全に見渡せる場所へと移動を開始する。


●懸念・布陣・強靭
「‥‥ん、時間稼ぎするつもりか?」
 布陣に付く冒険者を見て嵐桜は首をかしげる。乱戦にならないのは有り難い
が、あくまで本筋は退治。両立は簡単で無いと分かっているからこそ彼女は細かい注文を出していない。
「さ〜てお人形さんよ、久々に秦拳士っぽく戦えるんだ、トコトンつきあってもらう、ぜっ!」
 そう言って駆け出す真田空也(ia0777)、傍に控えるのは結月。二人が敵の引き付けを担当するようだ。その後ろには回復や支援を務める開拓者が控える。
(1人ずつ相手にするつもりか‥‥しかも、結月の位置、私を庇うことも想定している? 気を遣わぬよう言っておくべきだったか?)
 嵐桜の心に過ぎったのは悪い予感だ。しかし、いくら自らも開拓者とはいえ今は客分のようなもの、戦略や戦術に口を出すわけにいかない。
(確かに、複数でかかれば一度に戦線が崩壊する危険もある、か。まあ良い、早く嵐桜が描き上げれば問題ない‥‥)
 杞憂に終わればよいが。後ろ髪を引かれる思いながら、嵐桜は目の前に広がるキャンバスの白へと意識を切り替え、没頭してゆく。


「うぉっ、あぶねえっ!」
 アヤカシの爪が空也の襟元を掠めていく。鈍そうな外見に似合わず速さがある上、威力も洒落になら無いものがあるのは、頬を撫でる空振りの時の衝撃の風で伝わってくる。
「注意が逸れないのはありがたいんだけどな!」
 お返しとばかりに、手甲を纏った拳を叩き込むが、背に生える無数の手が阻み、威力を届かせない。そこに襲いかかる尾の攻撃。体を反転させ加速の付いた、重い一撃。
「‥‥っ! 避けきれないのか!?」
 一瞬、動きを止めるほどの衝撃が届く。軽く腹部をかすっただけ、失敗ともいえない回避だった。だが、それでも軽くないダメージが空也に残った。
「フォローする、一旦退いた方がいい」
「っと、追撃はさせません!」
 御影が珠刀を構え庇う位置に進み、雲野 大地(ia2230)のロングボウから放たれた矢がアヤカシの動きを阻もうと飛来する。だが、矢は背の腕を一本砕くも掴み取られ、爪の重い一撃を捌くだけで御影は手一杯。
「今は手薄‥‥危険だけど、仕方ないわね」
 続く攻撃の前に、アヤカシの攻撃の勢いを和らげようとする玲瓏が呪縛符を向ける。出現した式はその動きを束縛するが、構わずアヤカシは突っ込んで来る。彼女、玲瓏(ia2735)を目掛けて。
(狙われた!? 不味い!)
 回復や後方支援を担当する開拓者と、前衛や囮を担う開拓者の間に位置取っていた玲瓏だが、守りの薄さは後衛と変わらない。符の射程が長くないため近接しない程度に近付いたが、それは前線に綻びが出ればすぐさま危険が生じる位置。背に冷たいものを感じながら、短刀を構える玲瓏。分が悪いのを自覚してはいるものの、黙ってその攻撃の餌食になるわけには行かない。
「させない‥‥白騎士が相手になろうっ!」
 だが、玲瓏が短刀を振るうことは無かった。アヤカシの進路に結月が割り込み、その一撃を受けきった。相変わらず重く速い攻撃ではあるが、結月の腕も劣らず確かなものである。呪縛符による動きの鈍りが攻撃を甘くしたのも助けとなっている。
「さて‥‥ここで僕がやられるわけにはいかないよね」
 先ほど、割り込む際に使用した咆哮を受けたアヤカシの注意は、完全に結月に移っている。正面から向かい合うことで、その威圧感を改めて結月は認識する。間違いなく強敵だ、と。ガードを構える腕と珠刀を握る手に力が入る。
 ――そして交錯。爪が、尾が次々と襲い掛かかってくるのを、受け止め、また捌く結月。
「うん? もしかしてあれが『白騎士』の由来か‥‥だとしたら呼び始めた者は意地が悪いな‥‥」
 既に頭にその様が入っているのか、筆を滑らせながら戦況を見た嵐桜はそう零す。ジルベリア風の衣装だと思ったが、随分無防備な作りである。特に、後方からの視線に対して腰下膝上が。最も、当然ではあるが嵐桜の視線はそのために向けているのではない。
「結月様の傷を癒します――神風恩寵」
 佳乃が借りた風の精霊の力が、結月の受けた傷を消していく。防御を固め、攻撃を受ける手腕を持つ結月も、わずかの間に傷を刻まれてしまう。
「俺の弓より威力はあるはずだが‥‥これでもまだ、届かないか」
 一方のアヤカシは、未だ衰えが見えない。作戦上仕方ないともいえるが、空也から借りた秦弓での攻撃も功を奏さない様子に王禄丸(ia1236)は舌打ちする。
「持久戦になりそうですね。こちらの回復も限りがありますので、お気をつけて」
「あぁ、囮で全部力使い果たしても構わないつもりで行ってくる」
 感情を感じさせない笑顔で、恋慈手を使い傷を塞いだ朧の声を受けながら、空也が再び前線に復帰する。その巨躯の脇に突き立てられた拳に、アヤカシは尾を振りかざし空也と結月二人に応戦。その攻撃を何とかいなした結月はガードを構えつつ距離を取る。代わってアヤカシの正面には再び空也。
「人手を増やせば一度に怪我人が増える危険、減らせば負担が大きくなる‥‥厳しいですね」
 その様子を見て、朧は零す。微笑が張り付いた表情には窺える感情は無いが、芳しくない状況だとの認識は伝わる。


(やはり圧されるか‥‥今はまだ上手く連携が機能しているものの、どこかが綻べば危うい)
 視線を落とし、手元の絵の進捗を確かめた嵐桜は1つの決断をする。完成したといえば嘘になるが、既に姿は殆ど頭に焼き付いているし、完成までのそれなりの道筋は付いた。囮の行動により、アヤカシの攻撃対象がほぼ固定されて観察しやすかった影響もある。そして今、自分の行動が退治の枷になっているとしたら、それは解かなくてはならない。
「遠慮は結構、嵐桜を気にかける必要は無い! 汝等が実力、そのアヤカシに思う存分見せ付けてやれ!」


●攻勢・回復・追撃
「再生されると厄介だ‥‥一度に貫かせてもらう」
 弓を長槍に持ち替えた王禄丸も接近戦に加わる。霊力を帯びた突きの一撃がアヤカシを、いや攻撃を阻もうとしたアヤカシの腕を貫く。返す爪の一撃も引き戻した槍が弾く。牛の頭骨を模した被り物に、その巨躯は見掛け倒しでは無く、圧し負けない力強さを持っている。彼が空けた防御の隙をつき、開拓者たちの攻撃が続く。このままいけるか、と攻勢を強めようとするその刹那、意表をついた行動や予期せぬ攻撃が無いかを警戒していた佳乃の声が届く。
「皆さん気をつけて‥‥爪の攻撃で砕いた岩を手が拾っています!」
 直後、投擲体勢に入るアヤカシの腕が視界に入る。単純だが、力に応じて威力と射程が増し、腕の数による弾の多さが捌くことすら困難にする攻撃。鎧を着込んでいればともかく、薄手の者には確実な痛手が待っている。
「やはり厄介ですね、その腕は。封じておきましょう」
 が、その石はアヤカシの手から零れ落ちることになった。朧の力の歪みがアヤカシの背部を覆う。それを見た佳乃が成る程と続く。本体と違い硬さの無い腕は次々と捻れ、軋み、その機能を鈍らせる。
「好機ですね。一気にいってしまいましょうか」
 アヤカシの抵抗が削がれたのを見て、更に玲瓏が砕魂符で畳み掛ける。


『――――ァ! ――――ァァア!!』
 始めてアヤカシの口が開き、苦悶のためか言葉に出来ない、単なる音の衝撃波ともいえる咆哮を轟かせる。初めて見せた、アヤカシ反応らしい反応。そして、何本もの腕が砕けた背に現われる変化。役に立たなくなった腕を突き破るように新たな腕が背を覆う。アヤカシの能力が一つ、回復。だが、新たな腕の一本が宙を掴んだ次の瞬間、深々と矢が突き刺さり砕けていく。
「足は分厚くてとても縫えませんが、腕なら砕けます。どうです?」
 返事が無いことは分かっていながら矢を放った大地はアヤカシ言葉を放った。止まることの不利を悟ったか、回復もそこそこに再びアヤカシは開拓者たちへの突撃を再開する。
(これは‥‥嵐桜は不要だな)
 念のため剣を抜き放っていた彼女は、戦いぶりを観察してほっと息をつく。警戒は解かないながらも、再び剣を筆に持ち替えることにした。


 先に耐えられなくなったのは、アヤカシであった。背の腕は僅か数本を残すのみ、本体の表面にも無数の傷がつき、表情はなくとも限界の近さを開拓者達も感じとっていたので、驚きはしたが、意表を付かれたと言うほどではない。すぐさま追撃と逃走阻止へと移行する。
「まったく、囮で疲れたからあとは全部任せたかったんだがな!」
 まっさきに追いついた空也の拳がアヤカシを打つが、軽く身をよじり振り払おうとする程度で目立った反撃が無い。限界が近いのは確かのようだ。もっとも、それは開拓者たちも似たようなものだったが。特に、練力の限界が近い。
「岩人形の亜種だと考えれば時間をかければ再生される! ここで倒さなければ禍根を残すぞ!!」
 様子を確認した嵐桜が武器を手に開拓者達に向けて叫ぶ。いざとなれば、自分が阻むという意志の表れ。だが、もとより開拓者達はアヤカシを逃すつもりはなく、そのための想定もしてあった。
「これで限界、ですが逃すわけにはいきませんしね」
「8人でどうにかできる依頼、嵐桜さんの手を煩わせたくは無いですしね」
 残りの練力を振り絞った、巫女二人による力の歪みがアヤカシを襲う。それでも逃走しようとするが動きは自然と鈍ってしまう。
「今更逃がすわけにはいかないな‥‥どうあっても食い止めさせてもらおう」
 そこに、追いついた御影の強打がアヤカシの体を抉る。その巨躯に1つ、大きな罅が入る。
「だから相手はこの僕、白騎士だよっ!」
 さらに続くのは結月の刀による一撃と咆哮。これにより逃走しようとしていたアヤカシは再び反転、その表面に新たな亀裂が走ることになる。攻撃を受け止めようとしていた腕は、斬撃の直前、飛来した大地の矢が砕いていた。
 そして、精霊剣を使用した王禄丸の一撃がアヤカシを貫く。すでに、受け止める腕はなくあっさりとその中心へと突き刺さる。が、それでも動きを止めないアヤカシはまとめてなぎ払おうと大きく振り回した尾の一撃。だが、その必殺の一撃は、傷を厭わぬ結月が止めた。衝撃にふらつくも、崩れ落ちはしない。直前に放たれた玲瓏の呪縛符も、その助けとなったのだろう。
 そして、それはアヤカシ最後の反撃となった。もう一度尾を振る前に、爪を振り上げる前に放たれた開拓者の攻撃がアヤカシを、泥塊獣を砕き、地へと、無へと返していった。


●芸術家・開拓者・作品
「うむ、出来たぞ! 閲覧を許す!」
帰途、朧の提案で甘味処に寄り道することになった一行は、そこで嵐桜の作品を目にすることが出来た。といって本完成ではなく、細かい仕上げは残っている。それでも、出先での作業は一区切りということらしい。それにしても、費用は嵐桜持ちであるものの、随分な上機嫌だ。まあ、通りがかった時に嵐桜の目の色が変わったのをみてすかさず提案した寄り道だったので、当然といえば当然だが。本当は手を貸してもらった場合のお礼として奢りを、と思っていたけどまあこれはこれで、とは朧の内心。
「嵐桜先生、すごいわね。臨場感があるというか、生きているみたい。いつか、そちらの分野でも一緒に仕事をお願いさせて欲しいわ‥‥。もっと世に広めていけると思うし」
 開拓者の中でも、語り部であり、表現者でもある玲瓏は、ひときわ入れ込んだようだ。熱心に語りかける彼女に、嵐桜は一瞬、寂しげな笑顔を浮かべたように見えた。
「嵐桜を退屈させない仕事なら、大歓迎だ! ‥‥ただ、大衆『向け』は無い。大衆に伝えたい、とは常日頃思案しているが」
 その答えの意味を聞き返すことは、出来なかった。それは、嵐桜の顔がとても切なげで尋ねるのが憚られた――とかそんな理由では決してなく、僕を描いてほしいといった結月のスカートを突然の突風が捲っての騒ぎ、とか、甘味処に不釣合いすぎて客避け状態の王禄丸、とかによる主人の追い出し攻勢をくらったとか、そんな理由だとか。