屍車(ししゃ)の道
マスター名:長谷 宴
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/07 23:20



■オープニング本文

●開拓者は読み飛ばしても構わないプロローグ
「なーなー姉ちゃん、竜買ってくれなうぶほぉあ!?」
「寝言は寝て言え愚弟。砕くぞ」
 背後から姉に話しかけた弟に、返事より早く帰ってきたのは裏拳である。日々増していく威力をまさに痛感しながら、苦悶の声を上げ転がる弟。そこに、「うっせー潰すぞ」と踏みつけの追撃。悲鳴も上げれずにただ転がるしかない弟。
「‥‥で目ェ覚めたか? ならとっとと裏に行って馬車への積み込み手伝って来い」
「や‥‥はい、意識は飛びかけてるけど目は覚めてるのでお願いですから話を聞いてくださいお姉さま」
 あと、殴る蹴るより上の脅しがあるからと言ってファーストアクションでの暴行も勘弁してください、とも付け加えたかったが、目線が怖かったのでやめておいた。ヘタレたのでは無く賢明な撤退を選んだのだと信じたい弟。
「あ、話ってなんだ? 竜なんてバカ高い上に輸送に使いづらいものをどうしろと? 商品としては値上がり傾向だから資産としては悪くねーが、ノウハウの無いウチが扱うにはリスクが高すぎる」
「うっ‥‥で、でも速さが足りないと思うんだけうわっとぉ!?」
 あっさり理詰めで却下されるも、なお粘ろうとする弟に襲い掛かる目にも留まらぬ速さの鉄拳。体が学習していなければ‥‥砕けた? 潰れた? ぞっとする弟。
「速さが足りねーのならねだるよりもどうにかする方法を考えろ愚弟。というかそんなに早くしてーならさっさと仕事にとりかかれ阿呆」
「やっ、でもアヤカシとかケモノのせいで使えない道とかもあるし、僕のせいだけともいいきれない可能性があると言いましょうか‥‥」
 抗弁しながらも既に撤退して仕事に取り掛かる準備を始める弟。姉が次の一撃を放つため拳に息を吹きかけるのを目の当たりにしたためだ。仕事柄身体は頑強になっているはずだが、それを上回る速度で威力を増されていく姉の打撃は刷り込まれた恐怖そのものだ。
「そうやってすぐ他の原因を探して反省しない! 一度性根を叩き直さないといけねーよだな。――ん、アヤカシ? ケモノ? そういえば‥‥」
 攻撃態勢に入ったまま思案に入った姉。それに安心して撤退をやめ話しかけたのが弟の失敗だった。
「ん、姉ちゃんどーしたんぐぼぉあぁ!?」
「いいからとっと仕事行け愚弟! とっと終わらせて帰って来いよ明日はお前神楽の都まで出張だかんな!」
 弟が意識を失う前に耳にしたのは、明日の自分の予定の変更通知、そしてその後に続いた他の店員への指示であった。何でも同業他社への手紙とか役所とか‥‥。その意味を考える前に一瞬のホワイトアウト、再起動(姉の拳とも言う)したのでその日は弟には理解できなかったけれど。


●開拓者にとってのプロローグ
「アヤカシ退治‥‥はまあ当然のことなんですが、この道でいいんですか? 周辺に人の住んでいるところもないし、利用価値はなさそうなんですが? というか、ここに本当にアヤカシが?」
 その日、持ち込まれた依頼に対する係員の疑問は至極全うだった。いくつかの商会が名を連ねているのに、あまり利益が見えない内容。更にアヤカシは生物とその恐怖を主な糧にして生きていく以上、荒野のような無人の街道に用は無いはず。――最も、アヤカシが無人の荒野にしてしまうことはよくあるけれど。
「あー、その疑問については、確かこっちにねーちゃんの用意してくれた補足事項が。何か、アヤカシが居るって分かったのは最近のことらしいんすけどね」
 そう言って、頭を掻きながら運び屋の青年は説明を始める。曰く、件の地域は元々、近くにケモノが現われるようになったということで一般に使われることは無くなって久しく、悪人共の根城になってるとかの噂なども出るほどに荒れ、避けられていたらしい。その道を使えば移動距離こそ短縮できる町いくつかあるものの、施設も無いので別の街道さえ使えればということで見向きされてこなかったらしい。
「ところがね、ちょっと前に遊んでたか何だかで時間が無くなった馬車が、その道に向かったのが目撃されたんすよ。一応町の人間は止めたらしいんすけどね。で、調べてみたらどうやら目的地着けてないらしいことが判明したんす。その上」
 後日、蒼白な顔をしたチンピラがその道から帰ってきたのだ。「馬車のバケモノが‥‥屍が‥‥みんな轢かれて‥‥」とうわ言のように呟いて。始めは気味悪がられるだけだったが、実質の今回の依頼元である、運び屋の中核を担う青年の姉が問いただした結果、ギルドに持ち込まれたということらしい。
「その馬車――というか荷車は、馬も御者も無しに突き進み、人を轢いていくんす。避けようとしたら動く屍がすがり付いてきてそれを阻む。そして、屍が増えていった‥‥らしいっす」
「屍と荷車に瘴気が入り込んだタイプのアヤカシ、ですね。確かにほうっておけない事件ですが‥‥何故、貴方達が依頼を?」
 受付嬢の質問に、青年は少しの間上を向いて唸った。
「その道が使えれば時間短縮出来るし、いつアヤカシが町に向かうかも分からないからこれを機にお偉いさん巻き込んで退治しとけ、っていうねーちゃんは言ってたっす。でも、やっぱり本音は‥‥」
 運び屋として、アヤカシに憑かれた車が人轢いてるのを放っておけないじゃないっすか。彼は、そう答えた。


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
天川 真言(ia2884
20歳・男・志


■リプレイ本文

●理由
「はあ、出来ればもっと依頼人さんと話していたかったかな、安神での花火の準備で忙しそうでなければなぁ」
 残念そうな軽口を叩くに割に、飄々とした雰囲気が崩れないのは、サムライの井伊 貴政(ia0213)。自他共に認める紳士で女好きな彼としては、アヤカシ退治と女子との親睦を深める交流は切り離せない要素である。が、流石に彼とて女子要素皆無一名既婚者一名の面子では本懐を遂げることが出来ない。だからせめて、と話に聞いていた依頼人の姉に、といったところなのだろうがどうやら運び屋は戦場もかくや、という忙しさだったようだ。
「ま、確かに姉弟そろって難儀とも言えるほどのひたむきさだからの。興味を覚えるのはさもありなんと言ったところか。実際、俺もそういったところが気に入って受けたようなところがあるしの」
「男気溢れる格好良さですよね、確かに。譲れないもの、矜持があるんでしょうね」
親睦はともかく、依頼人の言葉への関心については小野 咬竜(ia0038)や天川 真言(ia2884)も同意する。もっとも、時任 一真(ia1316)が
「ま、日々弟さんと仕事に向けられているらしい気性の荒さはともかく、優しい人だよねぇ」
と、言うように、その印象は各人によるが。ただ、姉弟の今回の件の捉え方と行動、その動機が開拓者達の種火になったのは、共通しているのだろう。


「――と、ルオウ、落ち着きなよ。こう何も無いんじゃあ姿見せればすぐだよ?」
「いやー、だって車のアヤカシなんてやっぱり気になるだろ。一応依頼人さんに似たような型の車は見せてもらったけど、実際に単独で動くとなるとねー」
 と、忙しなくキョロキョロと辺りをうかがう様を一真に窘められたのはルオウ(ia2445)。まだ好奇心旺盛な少年でもある彼は、物怖じせずアヤカシの出現を待ち構えていた。もっとも、落ち着き無く見えても一人前の開拓者、浮き足立っているわけでもなくしっかりと心身の備えがある。
「ま、確かに見回る必要もなさそうだけどさ。こうも瘴気の痕跡が見えてくると」
「この辺りが受けた説明と一致する場所ですね。心眼で探ってみましょうか?」
 あからさまな景色の変化はアヤカシの印とも言える。生命の気配が激減するからだ。だからこそ通常の生物を含まずに済み、察知の精度が上がる心眼の使用を、真言は考慮に入れたが、どうやらそれは無用だったらしい。
「まったく、アヤカシってのは何でもアリだな」
 カラカラとうそ寒い回転音とともに現れたその影に、開拓者の視線が集まった。馬も無く道を走るその屍車を見て厄介そうに呟くのは志士、柄土 仁一郎(ia0058)。更に周囲から、地中から、屍のアヤカシも湧き出てくる。同時に、開拓者達の纏う空気は、天儀の人々と生活を守る、自負と誇り、そして覚悟のある張りつめたそれに入れ替わった。


●群れ
「全部で15体、一人頭3体と言ったところだな。抵抗されていれば別だが周囲に潜んでいる屍はもう居ないようだ。見える分だけで全てのようだな」
 心眼を発動した仁一郎が敵の数を伝えながら長槍「羅漢」で近付いてきた屍を貫き、払う。死体に憑いたタイプのアヤカシだったらしく、抵抗らしい抵抗も出来ず、攻撃にその身を削られていく。
「クハハ、震えるぞ、この程度の敵でも血が騒ぐのう、仁一朗!! では、手筈通りに行くぞ。 ――るぅぅぁあああああ!!!」
 目の前の屍を長巻で叩き切った咬竜が、後方に飛びずさりアヤカシの包囲から抜け出つつ放ったのは咆哮。荒野に響き渡る雄たけびに、無秩序に動く屍人たちの注意が、そして耳を持たないものの空気の振動かそれとも気迫を感じとったのか、屍車の先が咬竜に向く。出来れば車と分けて気を引きたかったが、流石に始めから混戦状態では分離して注意を引くことは難しい。そして始まる屍車の突進。だが、屍人の妨げを受けないよう距離を取った咬竜はその攻撃をかわしきる。速度があるとはいえ、目標となっていることと距離があれば対応はそう難しい攻撃では無い。更に、
「相手はこっちさ、おいで!!」
 回り込み、業物と長脇差の二刀を構える一真の咆哮。その移動力ゆえ屍人の群れから離れていた車だけがその範囲となり、アヤカシは決定な分断に持ち込まれる。

「では、そちらはお願いね。なるべく早くこちらを片付けて合流するわ」
 手甲を纏った拳で人の死体を元にしたアヤカシを討つのは秦拳士の嵩山 薫(ia1747)。必要最低限の武具のみを身に付け、軽やかに戦場を闊歩し敵を打ち据えるその様は正に拳舞。動きの鈍いアヤカシはとても追いつくことができない。が、その群れの中から抜き出て襲い来る動きの違うアヤカシ。食屍鬼と呼ばれるタイプであり、屍人との発生の差――憑いたものが死体か瀕死体か――が決定的な戦闘力の差を生じさせている。
「他のと比べれば肉体はまだ変わりはありませんが、それでもこうなっては魂も浮かばれないでしょう――終わらせてあげるわ」
 だが、そうは言っても所詮は数しか能の無い屍人と比べた時の話。開拓者にとって障害となるのは耐久力ぐらいしかない。薫の旋風脚が食屍鬼を捉え、地面と引き合わせた。
「なるほど、そういうのが普通の人間の速度と変わんない連中か。分かりやすくて助かるぜ。‥‥っと、言ってるそばからかよ! ちっ、あんま連発はできねぇけどしょうがねぇ!」
 咬竜の元へと向かう屍人を打ちすえ、負担が大きくならないようバックアップしていた巴 渓(ia1334)がその様子に納得したように言葉を漏らす。と、注意のそれたそこに食屍鬼が組み付こうと近付いてきたので、彼女は旋風脚を放って難を逃れる。
「組み付かれると厄介ですし、やはり能力の高い者から狙っていったほうが良さそうですね」
 そんな光景を視界の端に収めつつ、真言は刀を閃かせた。その狙いは、これまで攻撃を回避している間に動きの良し悪しを測ることで絞っている。回避を許さず食屍鬼を裂いたその一撃は、無痛覚ゆえ動きには反映されないものの確実にアヤカシの生命力を削っていく。
「後で必ず悼む‥‥だから、今は許せよ」
 炎を纏った槍が屍人を貫く。沈痛な面持ちながら、仁一郎の手が緩むことは無い。全力を以って倒すことだけが救いだと分かっているからだ。と、槍を引き戻す前を狙ったのか食屍鬼が襲いかかる。如何に近づけまいとしても、攻撃が集中し、更にその数が多いとなれば思うとおりに運ぶとは限らない。それも理解していた仁一郎は慌てず横踏を使いアヤカシの手から逃れる。そこへ振りかざされるのは咬竜の長巻。鈍い音に地面と屍が激突する音が続く。
「折角の共闘だからの。背中は任せるぞ、仁一郎」
「咬竜の傍が一番大変なんだがな‥‥まあ、いい」
 刃が閃き、拳が唸る。開拓者達の熾烈な攻撃の前に、耐久力がとりえの屍アヤカシ達も徐々にその数を減らしていく。


●屍車の道
「うぉっと、あぶな!」
「――っ、こっちは掠りましたよ」
「‥‥こっちは、手が痺れそうだけどね」
 屍車を押し止める開拓者は三人。貴政、一真、ルオウ、で全員がサムライだ。まあ、そもそも今回の依頼を受けた面子の半分がサムライであることを考えるとそれ自体は不思議でもない。ただ、回避による時間稼ぎを行うとなると多少の面倒がある。正直、対屍人班と比べると避けに向いている面子とはいい難い。最も、回避の得意な者が向こうの戦いに向かったため、囲まれて数で押されてそう簡単に捕まることはなくなり、こちらも万が一直撃してもそう簡単に倒れずに済むという利点も出来ているが。更に、向こうの戦場に乱入しないよう正面から相対し押し止める力があるという側面もあるので、人選自体は間違いでは無い。実際、多少の手傷や負担は覚悟しつつ、一真は敢えて避けでなく受けに回っている。
「ほら、何度でも受けてあげるよ」
 屍車、再びの突進。それを一真が十字組受を使いおしとどめ、その隙に攻撃をかわした二人による攻撃。単なる力比べではそこは開拓者とはいえ人で、相手は車の上にアヤカシであるので、たとえ強力の助けがあっても押し切られてしまう。だが、攻撃を受け止めることでその突進を断つことは可能で、更にその瞬間ならば図体のでかい車は良い的である。
「うおりゃぁ!」
「こうでどうです!?」
 両脇から放たれるルオウの手斧と貴政の刀による攻撃が屍車に傷を刻む。が、相手もアヤカシ、なすがままには去れずすぐさま向きを変え、開拓者を振り払い離脱。追いすがる攻撃は届かない。
「さて‥‥そろそろ正面から受けるには腕が悲鳴を上げすぎているけどどうしようか? 避けていいかな?」
「ま、そろそろいいんじゃないでしょうか。全員が強力使って止めてみるっていうのも一つの手ですけど」
「車なら止まってるうちに転ばせちまえばいいと思ったけど、そう上手くはいかなかったしなー」
 飄々とした表情ながら、負担の蓄積した両腕に不安を隠しきれない一真。それに応える貴政とルオウも余裕とは言い難い。「受けたらマズイ一撃」を繰り返され、かつ後方にも気を配るとなると肉体だけでなく精神も疲弊せざるを得ない。
「避けたとしても注意がこっち‥‥というか時任さんに向いている以上、攻撃の方向さえ誘導できれば避けていいと思いますよ。――っと、また来そうですね」
「なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな。――大事なのは、託された思いを遂げることだからね」
 一真の構えが受けのそれから攻撃のものに切り替わる。そこへ猛烈な勢いで迫る屍車。方向転換を許さず、かつこちらも攻撃を受けない距離まで引き付けて避けるため、腰を落とす開拓者達。気を張り詰める、一秒が一時間にも感じる時間が再来する。
「――車の迎えはありがたいし、もう若くは無いと自覚しているけど、地獄行きの車に乗るほどではなくてよ?」
「新技炸裂だな。喰らいな!」
 その緊張を破る気功波を放ったのは薫と渓だ。突進の最中、横っ腹に攻撃を受けた屍車は体勢を崩し、攻撃の勢いは削がれ狙いは逸れる。
「よっしゃあ、あとはこっちだけか!」
 屍人達を片付け合流する仲間の姿に、車班の三人の疲弊は吹き飛び勢いづく。狙いの逸れた攻撃を易々とかわし、攻撃を叩き込む。そこに続くのは駆けつけた仲間の攻撃。
「もう楽には走らせませんよ」
「動きは封じさせてもらう」
 真言の刀が車輪に喰いこみ、仁一郎の槍が突き刺さる。そこに、
「ゆっくりと力を溜めていいぜ、それまで持たせる!」
 渓の拳がなおも動こうとする屍車の出鼻を挫く。そこに襲うは力を溜める余裕の出来たルオウと貴政の地断撃。更に、
「もう走らせないわ」
 最後の練力を使った薫の空気撃、そこから続く旋風脚が決定的な綻びを生み出す。そこに叩き込まれるのは、開拓者達の止めの一撃。
「やっぱ最後に壊すなら斧だろ」 
「さっきは見得を切れんかったからの。今やらせてもらうぞ」
 各々の全力の攻撃が叩き込まれ、最後に咬竜とルオウの成敗! が屍車をアヤカシという頸木から解き放った。
「ッ、し。討ち取ったりィ!」

●轍
「残ったのは、車の轍だけ、か‥‥。アヤカシに憑かれたものの宿命とはいえ、こうして見るとさびしいものだねぇ」
 役に立てただろうか、託された思いは果たせただろうか。戦いのあとに残った景色を見ながら、一真は自問する。
「遺品も、遺体も残らないのも因果応報‥‥とはいえど、アヤカシに人の道を踏み外させられた事は不憫だものね」
 だからこそ、せめてもの黙祷を。他の者も、薫に続いた。


 月日はめぐり、吹きすさぶ風が、降りしきる雨が、道行く人の歩みがいつかこの轍をも消すだろう。だが、それでも轍は、証は残るだろう。その望まぬ道行きを止めた開拓者、そして彼らに思いを託した者達の心に。