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■オープニング本文 都から遠く離れた山間の村。 数十人の村人たちが細々と暮らすその村には、古くから伝わる『ならわし』があった。 四方を山に囲まれ、日が当たる時間も僅か。作物は育たず、常に食べるものが不足する生活。しかし、不思議と『飢える』ことはない。 村に言い伝えられる『ならわし』さえ、守っていれば――。 「皆の衆、満月の刻じゃ!ヌシ様じゃ!ヌシ様が現れるぞ!」 今日は山間の村に僅かばかり姿を現す月が、その身を全て見せる満月の晩。 「もてなしの準備をするぞ、皆手伝え!」 村の男衆が慌しく、祭壇と捧げ物の準備をする。 「目の見えぬヌシ様の為、火を灯せ!此処にいらしていただくのじゃ!」 ヌシ様――。 その村に伝わるならわしの一つ。 『満月の晩に村へと降りてくるヌシ様に供物を供え、満足して山へと帰っていただく。すると、村は次の満月まで飢えることはない』 「爺ちゃん、ヌシ様はもうすぐ来る?」 少年は傍らの祖父の着物を掴んで揺さぶった。 「そうじゃな、もうすぐいらっしゃるじゃろう。この村に月明かりが届く時間は僅か。その間にいらっしゃるはずじゃ」 「ヌシ様は、月明かりのある間しか来れないの?」 「うむ、ヌシ様の目はとても悪く、昼の明かりの下では動くことは出来ぬ。しかし、夜の漆黒の闇でも夜目が利かず動くことは出来ないのじゃ。じゃから、満月の柔らかい明かりのときだけ、山を降りていらっしゃるのじゃよ」 「そっかぁ、その間はずっと動けないからお腹がすいてるんだ。食べ物を沢山お供えしないといけないんだね」 「そうじゃな。その代わり、ヌシ様はわしらに生き延びるだけの食物を与えてくださる。ありがたい事じゃ」 ドオォーーーン、ドォォォーーーーン 遠くから、村の大地を揺るがすような音が響いた。 「おお、ヌシ様じゃ!ヌシ様がいらっしゃるぞ!」 「もてなしの準備を急げ!」 祭壇に沢山の供物を。それが見えるように近くには大きな焚き火を灯し。村人たちは離れた場所にひれ伏した。 「ヌシ様、どうか供物をお召し上がりくだされ」 村の入り口で歩みを止めた『ヌシ様』へ歩み寄ると、長老は己の身の丈の3倍はあろうと思われる『ヌシ様』へと供物を勧める。 グァァァオ 『ヌシ様』は巨体を震わせ一声あげると、焚き火の明かりを頼りに村の中へと入り込んだ。 「聞いたか、アヤカシに襲われた山間の村の話」 「おお、あの村人がアヤカシに食われたという、あの話か」 「そうそう、どうやら生存者が居たらしい」 「なんと‥‥!で、その生き残った人は」 「どうやら開拓者ギルドに保護されたと聞くが‥‥、『ヌシ様』が乱心して、村人たちを食い殺した。と言っておるらしい」 「アヤカシが、ヌシ様じゃと‥‥?」 その頃、ギルドの掲示板には獣のアヤカシの討伐依頼が張り出されていた。 |
■参加者一覧
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
言ノ葉 薺(ib3225)
10歳・男・志
龍水仙 凪沙(ib5119)
19歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ● 『ヌシ様』と呼ばれ、崇め奉られていた存在。 その討伐に向かった開拓者達は、再び現れるはずの『ヌシ様』を迎え撃つべく、襲われた村で準備を進めていた。 「ヌシ様ねえ‥。小さな村じゃよく聞く話だが・・。ま、妖だって理解してるなら事情を説明せんで済むのは楽でいいか」 鬼灯仄(ia1257)は煙管から煙を燻らせ、未だ生々しい傷跡を残す村を眺めた。 足元に散らばる木材を拾い集め、薪の準備を続ける。 同じように、御凪祥(ia5285)も廃材を拾い集め、それらを一箇所に纏める。 「アヤカシも常に人を食わねば居られぬという訳じゃないんだろうな。だからこそ、今回の様な事が起きた訳で。それを思うとアヤカシの生態ってのは不思議だな」 「ヌシ様なぁ…ま、所詮はアヤカシだし、崇められるような大層なもんにはなれなかったって事かな」 ぼそりと呟くと、ブラッディ・D(ia6200)は二人が拾い集めた廃材を村の外へ運ぶ。篠田紅雪(ia0704)も手伝い、村の中と外を行き来している。 言ノ葉薺(ib3225)と龍水仙凪沙(ib5119)は、あらかじめ持参していた松明を村の外に転々と並べていく。 『ヌシ様』が山を降りてくるときに目印になるような、道筋。これで、移動ルートは一本だけとなったはず。 暗がりでの戦い。その中でも更に暗い場所に潜伏して狙撃を行う事となった茜ヶ原ほとり(ia9204)は、鏃や矢羽根を黒く染めていた。 月明かりや焚き火の灯りに照らされても、一瞬たりともその姿を見せぬよう、万全の準備を整える。 ほとりの隣では、新咲香澄(ia6036)が『ヌシ様』に奪われた魂へ祈りを捧げていた。 「被害にあった人の冥福を祈ります、弔いがわりにアヤカシを退治するよ!」 伏せていた瞼を開きほとりを見やると、思いを改めて口にした。 満月が中空に昇り、村にも柔らかな月光が降り注ぐ。 村の入り口には焚き火が炊かれ、其処へは松明での道が出来上がっていた。 凪沙は村の外へと出たままだが、残る開拓者達は思い思いの場所で『ヌシ様』を待ちかまえていた。 仄は、『ヌシ様』が来なければ何もできまい。と、 皓々と光を放つ満月を肴に酒を口に運ぶ。 「いい月だねえ、あんたも一杯どうだい?」 先ほど共に廃材を拾った祥へと声をかけると、彼も傍らに腰を下ろした。 薺二人から少し離れた場所で満月を仰ぐ。そう、今日は満月――。 「――血が騒いでしまいますね。これも灼狼の性ですか」 ドオォーーーン、ドォォォーーーーン 遠くから響く音、その音は徐々に此方へと向かってくる。 「さて、ぼちぼちおいでになるかね」 開拓者たちは一斉に村の外へと飛び出した。 ● 松明で作られた道に誘われて、其れは姿を現した。 巨大な、熊―――。 松明で照らされた瞳に生気はなく。しかし、狂気に満ち溢れたかのように赤く光り。 かつての『ヌシ様』が瘴気に侵され、『アヤカシ』と成り果てた事を示していた。 最早、人々に崇められ、敬われていた『ヌシ様』は居ない。其処にいるのは、ただの『アヤカシ』―――ならば、倒すまで。 「グアァァァォウッ」 一歩。松明の道へと入り込もうとしたアヤカシは、大きく咆哮をあげ身悶えた。 凪沙がアヤカシの到来を察知し、すぐさま仕掛ておいた地縛霊が襲いかかったのだ。 「ガァァァァッ」 苦しみ悶えるアヤカシは、逃れるように先にある村へと進もうとする。 しかし、村の前では燃え盛る炎に照らされ、開拓者たちが待ち構えていた。 「さって、ショータイムだぜヌシ様!」 ブラッディが一際大きく声を上げる。 それが、アヤカシへの合図となった。 「ガァァァァッ!!」 アヤカシはブラッディを見つけると、怒りの咆哮をあげ突進する。一気に彼女へ詰め寄り、その太い腕を振り下ろそうとした瞬間、その足元で何かが蠢いた。 「グアァァァァッ」 凪沙が仕掛けたもう一体の地縛霊が襲いかかったのだ。 「やっ‥‥!」 まんまと二つの罠にかかったアヤカシに、凪沙は手を叩いて喜びそうになる‥も、自制する。 「よし。手負いの相手こそ警戒しろ。師匠の言葉だったよね」 抜かりなく、しっかりと、アヤカシを倒す。 自らを落ち着かせるように呟くと身構えた。 満月と炎に照らされた戦場。次にアヤカシの目に留まったのは紅雪。 紅雪目がけて、アヤカシは太い腕を振り下ろした。 「く‥っ」 紅雪は咄嗟に『翠礁』で重く太い腕を受け止める。 しかし、その衝撃はギリギリと『翠礁』を軋ませながら重さを増していく。 「ヌシよ、こちらを見ろ!」 響く声と同時に陽の光が辺りを照らす。 祥の斜陽がアヤカシを怯ませ、その隙に紅雪がアヤカシの腕を弾き斬りつけた。 「グァァァオゥ!!」 陽の光に目を眩まされ吠え猛るアヤカシの手の中、大きな気が溜め込まれた。 「気をつけろ、気弾が来るぞ!」 ある者は身構え、またある者は自らを囮にしようと動く。 その中で大きく響く鈴の音。 「ほらよ、こっちだ!」 仄は身に纏った派手な羽織を閃かせ二度三度と体を揺らし、身に着けた鈴を鳴らす。 アヤカシは鈴の音に導かれるように、仄の方へと振り返る。 注意を引きつける事に成功した事を悟ると、仄は更に鈴を鳴らしながら後ろへと下がる。 「鬼さんこちら、鈴鳴る方へっ♪ってとこかぁ!!」 「ガアアアォッ!」 仄は天高く鈴を放り投げた。その音に誘われ、アヤカシは空高く気弾を放つ。 当然、その弾に当たるものは居らず。 防御に回っていた開拓者たちは再び攻撃を開始する。 「さあ、ボクの火輪は甘くないよ、どうかなぁ?」 香澄は火輪をアヤカシの太い胴目がけて放つ。それにブラッディと紅雪があわせる。 「――っ、ガァァァァッ」 眩い光と、重なる剣閃と重い打撃。今までの攻撃ではよろめかなかった身体が、大きく傾いだ。 「よし、こっちもあわせるぜ」 仄が火種を作り出し、アヤカシの顔近くへと浮遊させる。 火種を手で払おうとするアヤカシの足へ、祥の『人間無骨』が雷を纏って突き刺さった。 アヤカシは足にかかる激痛に、祥へと腕を打ち下ろす。 「危ない!」 「まかせて」 暗がり、香澄の後方から声が聞こえる。 空気を切り裂く音。ほとりの黒く塗りつぶした矢が、火種が照らしたアヤカシの弱点――目を貫いた。 ● 「月が隠れます」 雲が月を覆うように流れ出し、先ほどより暗くなりはじめた戦場。焚火の影から涼やかな声が響く。 今までアヤカシの洞察に努め冷静に戦場を見守っていた薺は、機を見抜いていた。 手にした『張翼徳』が赤い燐光に包まれ、光源の補助を務める。 それに従うように、凪沙は夜光虫を天へと放った。 それは、アヤカシの頭上へと留まり光を放つ。少し離れたところでは祥の斜陽を発動させ、光源を補助する。 薺は改めてアヤカシを見据えた。 知性は僅か、気弾での攻撃を回避することは難しくない。そして攻撃する力も奪われ、今や手負い。 「アヤカシは最早立っているだけで精一杯。光で目を眩ませて、まずは足を。みなさん合わせてください!」 「おねぇ、行くよ!」 香澄は後方控えるほとりに声をかけると火輪をアヤカシの顔目がけて放った。 その声と共に、ほとりの矢がアヤカシへと襲いかかる。 炎に抗うアヤカシを追いかけるように矢は軌道を変え、追い詰める。 そして、更に一閃の光。 「雷雲より来たりて光を供に疾れ!」 闇を進む矢を援護するように凪沙の声が響き、雷鳴が光る。 「雷撃に焼かれて散れ!」 漆黒の矢と雷撃はアヤカシの片足を砕き、大きな地鳴りと共に崩れ落ちる。 「気弾に備えてください!」 倒れ伏し、直接的な攻撃を封じられたアヤカシは気弾を手に生み出す。その動きも見抜いたように、薺の声が飛ぶ。 「おねぇ、ボクが守るから攻撃はまかせたよ!」 香澄はアヤカシの気弾の前へと立ちはだかる。 「こちらだ!」 同様に、祥もアヤカシの注意を引こうと声を上げる。 気弾は炸裂し、香澄を飲み込んだ。しかし、彼女はその場に堪えると反撃の火輪を放った。 アヤカシは火輪を手で打ち払うと再度気弾を手に溜め込む。 「次が来ます」 「くそっ」 祥は連続の被弾を避けるべく香澄を庇おうと動き、ほとりもアヤカシ目掛けて矢を放つ。 そして、アヤカシへ駆け込む影が二つ。 「消えていただきますってか!?」 「――消えろ」 ブラッディと紅雪だ。 渾身の力を込めた拳と刃がアヤカシの腕を落とし、気弾を消滅させる。 「ガァァァァァ!!」 「偽りのヌシに終末を‥‥」 薺は手を閃かせ、眩い煌きに彩られた蛇矛を構える。 燐光が舞い散り、アヤカシの首に『張翼徳』が打ち込まれる。 やがて、アヤカシの口から咆哮が途切れ――。 「終わった、か‥」 紅雪は霧散したアヤカシを見送ると、詰めていた息を吐き出した。 ● 「うん、大丈夫。特に被害は及ばなかったようだよ」 香澄は村の様子を確認すると、仲間へと報告する。 そして、村へと再度向き直り、手を合わせる。 「今後このようなことが起こらないように‥‥」 アヤカシに奪われたいくつもの命。かつての『ヌシ様』を変貌させたもの――。 これからも、このような敵は幾度も出てくる。自分たちが守らなければと、誓いを深く胸に刻む。 その後ろでは、ほとりが凪沙にしがみついていた。 「無事でよかったぁ〜」 後方から歯がゆい気持ちで凪沙を見ていたのか、安堵の声をあげている。 凪沙も顔を綻ばせ、ほとりを受け止めた。しかし、ふと――真剣な面持ちへと還る。 「アヤカシを倒したとしても、ヌシ様の加護も無い村に村人は戻ってくるのかな。ただ飢えるだけかもしれないのに、故郷というだけで。そう考えると、人の逞しさを感じるけど、やるせなさも覚えるよ」 凪沙の呟きにほとりは顔を上げる。 「だって、それが故郷っていうものだよ」 例え飢え果てていつかは捨てる地だとしても、自分たちが愛し、生きてきた地を捨てるのは『アヤカシの所為』ではない。 土地を愛し、慈しみ、そして終わるときは自分たちの手で幕を下ろそう。それが、自分たちを生み育ててきてくれた故郷に対してできること。 「こうして事件は終わり、世界は何事もなく巡る――。この行き先に何を見出すか。それが私達の使命ですかね」 村人たちの使命が、この土地へと戻る事ならば。開拓者たちの使命は――。 |