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■オープニング本文 ●子供心 「三郎太、三郎太は何処じゃ!」 苑姫は、城中を走るような勢いで突き進み、勢いよく襖を開け放つ。 「おお、苑。どうしたのじゃ」 愛娘の突然の来訪に、執務中の父は目を細め出迎えるがキッと睨みつけると、 「父上に用は御座いませぬ!三郎太は何処におりまするか!」 一息で言い放ち、目的の者が居ないことを知ると部屋を後にする。 「殿、何事でございますか」 突然の喧騒に何事かと家臣が慌てて駆けつけると、その場には最早城主しか居らず。 「いや、苑姫が参っただけじゃ。ほんに‥‥いくつになっても三郎太から離れようとせぬ‥‥。困ったものじゃな‥‥」 「・・・・三郎太!三郎太は何処じゃ!出てまいれ!」 遠くから姫の声が聞こえてくる。その声を聞きながら城主である父親は大きくため息を零した。 あちらこちらの襖を開き、障子を開き。城内を駆け巡る姫に近づく男の姿があった。 「――お呼びで御座いますか、姫様」 狂気にも似た叫びで我が身を呼ぶ声にも慣れた様子で、姫の前に跪く。 「おお、三郎太。何処に居ったのじゃ!わらわの傍を離れるでないと、言うたであろう」 「失礼致しました、少々呼ばれておりまして」 「えぇい、わらわより大事な用などない!いいか、三郎太、そなたはわらわの傍に居ればいいのじゃ!」 「‥‥かしこまりました。姫様のお言いつけとあらば、喜んで」 三郎太は苑姫へ向き直ると、深く頭を下げた。 ●娘心 「わらわに縁談!?嫌じゃ、そんなもの受けとうない!」 「ですが姫様、これは殿が決められた事です。和平のために、姫様には嫁いで頂くと」 「嫌じゃ!わらわは嫁いだりはせぬ!父上へ断って参れ」 「苑姫様、ですが・・・・」 その言葉をたしなめようとした家臣――三郎太を、苑姫は静かに、しかし熱の篭った瞳で見つめる。 その瞳は今までとは違い、真剣な情を秘めていた。 「三郎太、判っておろう?わらわはそなたと離れとうない」 「・・・・姫様」 「けれど、わらわはそなたとは添い遂げられぬ身・・・・それは判っておる。だからせめて三郎太、傍にいておくれ・・・・。わらわの傍に、ずっと・・・・」 「姫、様・・・・」 「多くは望まぬ・・・・わらわはただそなたと共に在れれば、それで十分じゃ・・・・」 姫としての身分、また想い人の身分、添い遂げることが出来ないことはわかっている。けれど、傍に居たい。 幼いころから秘めた想いは、もう抑えることは出来ず、苑姫の心から溢れ出していた。 「姫様――」 想いを告げられた三郎太は、ただ黙って俯くしか出来ずに居た。 ●女心 「――何故じゃ、苑」 娘が縁談を嫌がっているとの伝えに、父である城主は娘の部屋を訪れた。 「父上!わらわは嫁になど行きとうございませぬ!」 「だから何故じゃと聞いておる。苑、そなたはこの国の城主の娘。国を守るために嫁がねばならぬのは、幼い頃からわかっておったであろう。それが何故じゃ?――もしや、好いた男でもおるのか」 「――っ」 「わかっておるならば。とでも言いたげな顔じゃのう?――あれは駄目じゃ、身分が違う。お前がいくら望んでも添い遂げることは許さぬ」 「‥‥わかっております。だからせめてこのまま城に・・・・三郎太の傍に・・・・!」 「駄目じゃ。それにもう――三郎太は居らぬ」 「なん‥‥ですと?父上!?」 「家臣の分際でこのような事は以ての外。本来ならば斬って捨てるところであったが、今までの働きもあるからのう。‥‥わしが地方の豪族の娘との縁談を用意してやった。今頃は祝言の最中であろう」 「な‥‥っ」 想い人が自分ではなく他の女と祝言をあげる。その言葉に体中の血液が沸騰せんばかりの嫉妬の念が胸に渦巻く。 扇を持った苑姫の手がわなわなと震え、怒りに血走ったその瞳はじっと父である城主を見つめている。 「じゃから‥‥、のう苑や。国のためじゃ、諦めて嫁いでくれ。三郎太も最後までお前に幸せになって欲しいと申しておった」 湧き上がる感情に打ち震える苑姫を無視するかのように話しを進めると、父は部屋を後にし、苑姫だけが残された。 「‥‥‥‥三郎太は、わらわより他の女を選んだと申すか‥‥?幼い頃よりあれだけわらわの傍に居るように申して‥‥、わらわの想いも告げたというに・・・・。・・・・それでも他の女と添い遂げると申すか‥‥?わらわに、他の男と幸せになれと、申すか・・・・。・・・・わらわを―――捨てるのか」 静かになった室内で、苑姫はよろよろと立ち上がり、手にした扇を握り締める。 「‥‥許さぬ‥‥そのような事‥‥絶対に許さぬ‥‥!」 硬く握りしめた扇が、バキリと音を立てて、折れた。 ●想い乱れて 「アヤカシが出たという情報が入りました。討伐をお願いします」 ギルド職員が開拓者たちに今回の依頼の内容を伝える。 「その町には美しい女性のアヤカシが現れるそうです。生前はかなり高い身分に居た女性だったようで、美しく豪奢な着物を身に纏い美しい声音を使って、気に入った男性を次々に殺めていくそうです」 「殺すのは、男だけなのか?」 集まった開拓者の中の一人が問いかけると、ギルド職員は頷く。 「恨みのあまり瘴気を招き寄せてアヤカシになってしまったのか‥‥男性しか狙わないそうです」 今回の依頼を聞いていた男性の開拓者たちがざわめくのを鎮めるようにギルド職員の声が続く。 「アヤカシの力ですが、今までに得た情報をお伝えします。まずは、目当ての男性を呼ぶ声。非常に美しく甘美な響きを持つその声が耳に届くと戦うことが出来なくなるそうです。さらにその声には錯乱させる効果もあるようです。以前アヤカシに遭遇した人々から、魅了された男性が錯乱し、仲間たちを攻撃したと言う情報が入っています。万が一、仲間が錯乱した場合の対処法も考えておいたほうがいいでしょう。また、手にした扇を使っての近距離からの攻撃もあります。・・・・それから最後に必ず注意していただきたいのが・・・・アヤカシは勝機が見出せない場合、魅了した相手を道連れにします」 以前討伐に向かった者たちは、道連れによって仲間を失っていると、ギルド職員は告げる。 「その町にはかつて城があり、治めていた城主の娘である姫君が思いを遂げられずに命を絶った。と、いう話があります。・・・・もし、このアヤカシがその姫君だとすれば、悲しい話ですね・・・・。ですが、念は断ち切らなければなりません」 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
鞍馬 涼子(ib5031)
18歳・女・サ
猪 雷梅(ib5411)
25歳・女・砲
赤い花のダイリン(ib5471)
25歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●遭遇 「これから、アヤカシの討伐を行う。その間は決して家から出ぬようにな」 まもなく夜の帳が降りる村。皇りょう(ia1673)が手に灯りを提げて家々を回り、声をかける。 猪雷梅(ib5411)あらかじめ確認していたアヤカシの出現場所。その付近の住人を戦いに巻き込まないためだ。 「さて‥‥。かつて姫であったというなら、せめてこれ以上その地位と名誉を汚す事のないように、断ち切ってみせましょう」 辺りへの声がけが終わった事を確認すると、志藤久遠(ia0597)が思いを込め、瞼を伏せる。 「じゃあ、アヤカシを捜索するぞ」 ゴオオオオオオオオ!!! 突然辺りを暴風が包み、開拓者達は巻き上がる砂埃に視界を奪われる。 「‥‥三郎太‥何処じゃ‥」 風が止むと、開拓者の眼前には美しい女が立っていた。紅に縁取られた美しい唇から、甘やかな声が紡がれる。 ザンッ! 「まずは一撃‥‥」 捜さずして現れた討伐対象に呆然とした開拓者達だったが、即座に攻撃の手を打った鞍馬涼子(ib5031)の斬撃に正気を取り戻す。 「まさかすぐ出てくるなんて!」 水鏡絵梨乃(ia0191)と雪斗(ia5470)は瞬脚を発動し、一気に射程内へと詰め寄る。 「このアヤカシ化した女性は生前何があったんでしょうかね?‥‥気にはなりますが、ソレはソレ。新たな悲劇を未然に防ぐ為‥‥動きを封じさせて貰います!」 ペケ(ia5365)の体から影が延びアヤカシの身に纏わりつく。 「邪魔を‥‥するでない‥‥!!」 影に囚われたアヤカシが大きく腕を振るうと纏わりついていた影を振りほどき、唇を開く。 呪声が響こうとした瞬間を見て取った雷梅の弾丸が、アヤカシの胸を貫いた。 「厄介なバケモンだな。さっさと始末しようぜ」 弾丸がアヤカシにヒットしたのを見届けると、雷梅は視線の隙を狙って物陰へと身を潜める。 それにあわせるように赤い花のダイリン(ib5471)は、自らが標的にならぬようアヤカシと距離をとる為に集団から離れ後方へと位置を取った。 ●標的 雷梅の攻撃によろめきつつ、アヤカシは爛々と光る瞳で一点を見つめる。その先には一番後方に控えた――ダイリン。 「三郎太‥、其処へ居ったか‥‥」 「三郎太じゃねぇよ!俺の名はダイリン!人呼んで赤い花のダイリン様よ!」 自分を見つめる瞳に身震いしながらも攻撃体勢のまま、ダイリンは声を上げる。 「へっ!俺の理想は高いんだ!怨み辛みでアヤカシになったような奴の誘惑なんざ何でもねぇぜ!‥‥多分な!」 耳栓のおかげでアヤカシの声も殆ど聞こえない上に距離もある。この距離ならば、砲術士である自分のほうが圧倒的に有利なはず。 気合を入れるダイリンを見つめるアヤカシ。その視界に絵梨乃が立ち塞がった。 「ねぇ、苑姫だよね?聞いて。三郎太も苑姫と同じ想いだったと思う。でも、苑姫には国を継いでほしかったから縁談を受けたんじゃないかな。三郎太の、苑姫の幸せを考えた決断だったと思う」 「‥‥三郎、太‥‥」 絵梨乃の発した『三郎太』の言葉に、アヤカシの視線が動く。 「おぬしが三郎太を奪ったか‥‥!」 言葉が終わるか終わらぬかのところで、苑姫の声が絵梨乃の脳を侵した。アヤカシの標的は、ダイリン。つまり彼との間に立ちはだかるものは、全て敵―――。 己との間に立ち塞がるものは許さぬとばかりに、アヤカシの声が襲いかかる。 「あ‥‥」 大きく目を見開いたままの絵梨乃の体が恐怖に震え始める。 「水鏡さんを後ろへ!」 久遠とりょうは恐怖に震える身体を引き寄せ、庇うように前に立つ。 同時にその横から、アヤカシめがけて鋭い蹴りが繰り出された。 「‥‥三郎太か?」 凄まじい速さで繰り出された蹴りを手にした扇で受け止めると、雪斗を見つめる。 「く‥‥っ」 雪斗の表情が曇った。攻撃を受け止められたから――否、それだけではない。アヤカシの手には雪斗の耳から抜き取った、耳栓。自分へと標的が替わった事を悟る。 「三郎太‥、わらわと一緒に参れ‥‥」 アヤカシの口元から響く甘美な音色に抗おうと、雪斗は動きを奪われそうになる身体を動かそうと試みる。 「三郎太‥、そなたはわらわと共に居ればいいのじゃ‥‥」 「‥‥っ」 頭の奥までアヤカシの甘い声に蝕まれると、雪斗の動きが止まった。 ●念断 「目ェ覚ませ馬鹿野郎!」 雪斗の動きから魅了された事を察すると、建物の影に隠れ隙を狙っていた雷梅が飛び出す。 しかしそれよりも早く、涼子が動いた。 「ええい、目を覚ませ!!」 その声に虚ろな視線を向けた雪斗の頬に涼子の拳がめり込んだ。 「今度こそ!思い通りにはさせませんよ!」 再びペケの影が大きく動くと、次の攻撃に入ろうとする口を塞いだ。 「これ以上は、大人しくしてもらおう」 りょうが振り上げるた刀は暗闇の中に輝く夕陽。瞬く間にアヤカシの攻撃力を奪っていく。 「貴様ら‥邪魔をするでない‥!」 雪斗を庇うように立ちはだかる開拓者に、アヤカシが大きく身体を震わせ叫びを上げる。 「効きません。――この刃、扇1つで止めきれるというのなら、止めて見せなさい」 久遠は呪いの声を振り払い、薙刀を閃かせる。 アヤカシの身体を斬りつけた軌跡を追うように、紅い燐光がキラキラと舞い散った。 「かわいそうだが、これ以上被害者を出すわけにはいかないんだ。倒させてもらうよ」 絵梨乃の脚から青い龍が生まれ咆哮が響き渡る。龍はアヤカシの喉に噛み付き、刃を食い込ませた。 「お‥‥」 喉に強烈な攻撃を受け、アヤカシが苦悶の声を上げる。その声を掻き消すように、遠くから放たれたダイリンの弾丸がアヤカシの喉元を貫く。 「が‥‥」 喉から声を出す事は叶わず、アヤカシは恨みの篭った瞳で開拓者たちを睨みつけた。 しかし、攻撃に転じようとする身体をペケの影が締め付ける。 「動かないでください!」 「そう簡単にやられるかよ!」 ダイリンの気合と共に、後方から仲間たちの間を射抜くように弾丸が駆け、アヤカシを貫いた。 「‥‥鞍馬さんありがとう。目が覚めた」 雪斗はいまだ痛みの残る頬に顔を顰めつつ、動きを封じられたアヤカシを見据える。 「どうしてこうなったんだろうな‥。全く、誰がアンタをこんな姿にした?好きだった相手か?それとも家族か?‥違うだろ、アンタの道を決めたのはアンタ自身だ!」 一気に言葉を吐き出し跳躍すると、アヤカシの脳天めがけて踵を叩き付けた。 「ぉ‥あぁ‥」 アヤカシの体が左右にぐらぐらと揺らぐ。しかし、それでも反撃しようと再度高く声を響かせた。 「耳障りなんだよ、その声!」 雷梅の叫びと共に巨大な空気の弾丸がアヤカシの脚に着弾する。アヤカシは声を途切れさせ、その場に倒れこんだ。 「く‥‥、は‥‥」 美しい着物を血に染めたアヤカシは、地を這うように動き出す。その瞳は、雪斗をじっと見据えていた。 熱く、情念の篭る瞳。喉を撃たれ、胸を撃たれ、最早立つ事も出来ぬ体で、雪斗――否、三郎太を見つめ、震える手を伸ばす。 「さ、ぶ‥‥ろ‥‥っ」 「やらせはせぬ!」 瞬間、アヤカシが伏す地面が大きく波打つ。淡々と言い放った声とは裏腹に、涼子が放った衝撃波は凄まじくアヤカシを宙へと持ち上げた。 次いでペケの伸ばした影の腕が、アヤカシを地へ縫いとめた。 「ぐ‥‥が‥ぁ」 苦しげに呻く声に、先ほどまでの甘やかな響きは無く。 「一歩踏み出せば変えられたハズだろ。誰かの操り人形じゃない、自分の意思さえ貫いていれば‥」 「もう終わりにしよう。きっと三郎太は、苑姫がこんなことをするのを望んでいない」 哀れむように、雪斗と絵梨乃が地に伏したアヤカシを見つめる。 「ぉ‥の、れ‥‥‥ゆるさぬ‥ぅぅ‥‥」 「ぴーぴー喚くんじゃねえよ、うるせえな。下らねえことで命ムダにしやがって。バカなんじゃねえの!」 「くたばりやがれ!」 そのわずかな静寂を縫い、地に縫いとめられたアヤカシ目掛けて、ダイリンと雷梅の弾丸が撃ち込まれる。 「御覚悟を」 りょうは一時瞼を伏せると、頭を弾丸に撃ちぬかれたアヤカシの身体に、精霊力を武器に纏わせた刀を突きたてた。 ●哀悼 「あー、私そういうの興味ねえからお前らよろしく頼むわー」 戦い済んで、アヤカシの過去を調べようとしたペケに雷梅は手を振る。 雷梅のかつての主人。己に「生きろ」と言って腹を切らされた彼人を思えば、例えアヤカシの過去を知ったとしても同情も理解もできない。 そんな思いを敢えて仲間には語らず、雷梅はへらへらと笑った。 雷梅をその場に残すと、開拓者たちはアヤカシ討伐が済んだ報告と言う名目で近隣の家を訪問する。 すると、訪れた家からかつての姫の墓の場所を聞き出すことが出来た。 「こっちらしいぜ」 ダイリンがその場所へと案内すると、其処には苔むした墓が一つ。 「恨みの余りアヤカシになるとは、何とも不憫な。‥‥今考えても詮無き事だが、せめて常世では一緒になれていると良いな」 誰も弔う事もなくなって久しいと思われるその墓石に、りょうと絵梨乃が花を添え、手をあわせる。 「立場あるものならば、心押し隠し人のために尽くすが当然のこと。ただ、その立場に生まれた事だけは、憐れみましょう」 久遠も地へと膝を付き、手を合わせる。 「アヤカシならねば討たねばなるまい。‥‥しかし元は人間‥‥。せめて成仏できればよいが‥。‥‥弔いくらいにはなるだろうか」 「そうですね、きっとなります」 ペケは涼子と並ぶと鼻と口を覆っていたマフラーを外し、墓石へと手を合わせた。 雪斗の手には、古ぼけた書物。何処からか借りてきたらしい其れの頁を捲ると溜息をつく。 「どうやら、三郎太は婚礼に向かう途中‥‥アヤカシに襲われて、亡くなったらしい」 開拓者たちの間を息を呑むような空気が漂った。 「なんだよそりゃぁ。まぁ三郎太に軽く同情したくなるね。自分トコの姫さんに言い寄られちゃ、そりゃ首を横には振れねぇわ。それで城主からは厄介者扱いされちまうってんだからなぁ」 「いや、しかし‥‥私も御家の為と意気込んではいるが、こ、恋というものを本当に知った時、そしてそれが叶わないとなった時に、同じ事を言えるかどうか‥‥」 ダイリンの言葉に、当主としての立場を持つりょうは、複雑な表情を浮かべる。 身分に添わない相手に恋をして、アヤカシになるしかなかった姫。 愛する姫の幸せを願い、国を追われ――その挙句に、命まで落とした墓標すらない男。 二人へ思いを馳せ、絵梨乃は空を仰ぐ。 雪斗は書物を閉じると、タロットを一枚引いた。 「せめて安らかに‥だな。女教皇の正位置か‥‥まぁ、手向けにはなるだろう」 戦いの最中己に向けられた情念の瞳。あの瞳が開かれる事は、――もう、無い。 |