薔薇姫
マスター名:叢雲 秀人
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/25 00:13



■オープニング本文

 東房の外れには、いくつかの山村が点在する集落がある。
 都からもだいぶ離れた地で生活する彼らを、数年前から不思議な事件が襲っていた。

 子供が薔薇に魅入られる――。
 
 集落の中、一つの村で生まれた女の子。
 ある日、手の甲に緑色の粒がついていた。
 それは、花の蕾に似ていた――。

「お父様、彩(あや)は、もうすぐ居なくならねばならぬ」
「彩、どうした。藪から棒に‥‥お前は私の娘だ。居なくなってはいかんぞ」
「でも、呼んでいるの。――薔薇のお姫様が」
「薔薇のお姫様?何を馬鹿なことを言ってる。そんなものは居ないから寝なさい」
 父親は娘の戯言だと、宥めてその日はやりすごした。
 
 数日後、事態は急を告げる。
「彩!その手は」
「咲いたの‥‥。だから行かなくちゃ」
 娘の手の甲には真っ赤な薔薇が花開いていた。
 それを見つめる娘の瞳は、どこか生気が無く虚ろで。
 父と母はあわてて娘を住居奥へと追いやった。
 村人達に姿を見せることが憚れる事も去ることながら――本当に、どこかへ行ってしまいそうだったから。

 しかし、それでも――娘は姿を消した。


 翌年、別の村。
「なんだ?この緑の――」
 父親は、息子の頭についている緑の角のようなものを見つける。
 その子もやはり、薔薇が咲くと姿を消した。

 少年が姿を消した翌年、また別の子供の肩に蕾。
 付近の村での珍事を噂で聞いた父親は、蕾をつけた娘を座敷牢に入れた。
 薔薇が咲いても、そのままに。
 すると娘は泣き叫んだ。
「痛い、薔薇が痛い。薔薇の姫様のところへ行かせて!」
「痛い痛い、薔薇に吸われてしまう。早く、姫様のところへ――!」
 座敷牢へ入れられた娘の肩の薔薇は日々成長し、やがて薔薇に吸いとられたように小さくなって、娘は亡くなった。
 娘の体に遺された、瑞々しい輝きを放つ薔薇からは、紅い滴が零れた。

 その村で、更に怪異が起こる。
 
 娘の葬儀を行う朝、村人が家を訪れる。
 家の中では、娘の亡骸から伸びた薔薇の蔦で巻かれて父と母が死んでいた。
 そして、それを見つけた村人も蔦に襲われる。
 蔦を払い、慌てて逃げ帰った村人は救いを求め、討伐隊が組織された。
 家を絡め取るように蔦は浸食し、討伐隊を追い払う。
 かくなるうえは燃やすしかないと、討伐隊は家に火を放ち蔦を焼き払った。

 轟々とした炎に巻かれる家の屋根に、何者かが飛来した。
 美しい着物に長い髪、髪の先には大輪の薔薇を幾つも咲かせた女の姿。
 女は屋根を突き破り家に入り込むと、何か抱えて空へと飛び去った。
 後に残ったのは焼け落ちた家と、焼け焦げた蔦。
 両親の亡骸は燃え尽き骨となり、娘の姿は――無かった。

 その後、討伐を行った者たちは次々と死を遂げる。
 その躯には必ず、薔薇の蔦が絡み付いていた。

 そして、今年。
 ある村に住む娘の手の甲に、また緑の蕾が――。


「アヤカシに魅入られた娘を助けてくれ」
 青柳新九郎は開拓者たちへと告げる。
「言い伝え、というもので確実ではないのだが、恐らくはかなり力のあるアヤカシが関与していると思われる」
 娘の手に蕾が芽吹いたのは2日前。
 蕾はまだ花が開くほどの大きさではないが、娘は既に正気を失いつつある。
「言い伝えの通りであれば、間もなく花が開き。――娘は『薔薇のお姫様』とやらの元へと行こうとするだろう」
 その先に待つのは、どのような状況か――それは想像に過ぎないが、いい結果でないのは確かだろう。
「この蕾はおそらく、瘴気を蕾の形にしたものではないかと思われる。瘴気を植え付けられた子供は徐々に瘴気に浸食され、花開いたときには薔薇姫に魅了されるというものだろう」
 しかし、と新九郎は言葉を続ける。
「娘を助けてほしいという、両親からの依頼だ。万が一アヤカシが出たとしても、その討伐は依頼の限りではない」
 無理に闘いを臨むことはない。
「娘を正気に戻せれば、その蕾が何であるのか本格的に調べることも可能だと思う。まずは開拓者ギルドへ連れてきてくれ」
 新九郎はそう告げると瞼を伏せた。


■参加者一覧
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
林堂 一(ia1029
28歳・男・陰
空(ia1704
33歳・男・砂
夏葵(ia5394
13歳・女・弓
ラクチフローラ(ia7627
16歳・女・泰
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
モハメド・アルハムディ(ib1210
18歳・男・吟
千鶴 庚(ib5544
21歳・女・砲


■リプレイ本文

● 
「じゃあ、村の近辺を探って来るわね」
 ユリア・ヴァル(ia9996)は、夏葵(ia5394)と共に村を後にし、近辺を探索する。
(薔薇姫がこの近辺しか出現しないことを考えると、棲家が近くにあるはず‥‥)
 気配だけでなく、目視で確認できる異変がないか、注意深く確認していく。
「じゃあ、俺も人魂を飛ばしておくな」
 林堂一(ia1029)が天へと三光鳥の姿をした式を放つ。
 ユリアたちの結界に三光鳥が引っかからぬよう注意しながら、結界の外へと進ませた。
 空(ia1704)は借用した荷車を引き、娘の家へと向かう。
 その脳裏を掠める思考。其れを頭を振って打ち消す。
(薔薇か‥‥まァ、今は考えても仕方無ェな)
 隣を歩く千鶴庚(ib5544)も、ある考えが頭から離れずに居る。
 其れは、先の戦いで遭遇した『薔薇姫』と名乗るアヤカシ。
(薔薇のお姫様の言い伝え、‥‥生気を吸う薔薇と蔓。あの薔薇姫なら‥あの時飛ばされた種みたいな物も気になるわね)
 蔦の屋敷に出現した薔薇姫と、今回の薔薇が関わるものだとすれば――。
「‥‥新九郎さん。今まで被害に遭った子達の齢の頃や、村の位置は分かる、かしら」
 青柳新九郎(iz0196)は、空の引く荷車の後ろを押しながら答えた。
「被害にあった子供たちは、齢10〜16程度。ここから数刻で行けるような村全てで起きている事件だ」
 どこかの村が抜けているということもなく、近隣の村全てで起きている。という言葉に、庚は小さく頷いた。


 出迎えた両親は奥の間に開拓者達を導く。
「娘は其処の部屋に居ります。昨夜から酷く暴れるようになり、柱に縛り付けざるを得ませんでした」
 襖を開いた先、床の間の柱に娘は胴を括られていた。自らを戒める帯をほどかぬように手首も拘束された姿で目は虚ろ。
「マーザーラ‥、まだ、咲いてはいません」
 娘の手の甲をいち早く視認したモハメド・アルハムディ(ib1210)は、まだ開いてない蕾に安堵し、娘へと近づく。
「‥‥」
 モハメドの動きを追うように、娘の視線が動く。
「鳳・陽媛と言います。よろしくお願いしますね」
 娘が反応したことに気付くと、鳳・陽媛(ia0920) は名を名乗った。
「ぅ‥‥ぁ‥」
 娘は頭を振り、柱に括られた身を捩る。
「モハ。歌、頼む」
 一は歌を促す。
 流れ出す歌声は怯える娘の心に響き、些か落ち着きを見せた。
「大丈夫。怖がらなくて良い。‥‥話は、できるか?」
 怯えさせないように注意を払い、声をかける。
「‥‥ん」
 歌の力か、虚ろな瞳に些か光を宿し、娘は小さく頷いた。
「俺等な。あんたを、助けたいのよ」
 手に蕾を宿したがために、得体の知れないものに徐々に浸食されていき、己を失っていく。
 挙句、父母に縛られ柱に括られた。
 娘の蕾は、苦しみや悲しみや恐怖も吸い取って育っているのではないか――。
 一は少しでも娘の心に響くよう、声をかけ続ける。
「‥‥なぁ。名前は?」
 すぐ傍に陽媛が座り、娘の手を取る。その暖かさに娘は、ほぅっと息を吐き。
「‥‥‥沙菜」
 ぽつりと、声を漏らした。
「沙菜。いい名だな。――なぁ。俺等に、あんたを護らせちゃ、くんねーか?」
「沙菜さん‥‥しっかり、助けてあげるから‥生きるの」
 頷く娘を見止めると、娘を柱に括りつけた帯をほどきにかかる。
 今まで様子を見ていたラクチフローラ(ia7627)は、娘の手の甲の蕾を見つめた。
(薔薇はキレイでも体から咲いたらイヤ、かな。髪から生えるのだってイヤだよね)
 あんな人目に付く場所に蕾を付け、どんな気持ちだったのだろうと考える。
 娘を無事に開拓者ギルドに連れて行かなければ――と、拳を握った。
「これから娘さんを開拓者ギルドへ連れて行きます。荷車に乗せてからは身体を拘束し、術により眠らせることになると思います」
 庚は、道中で錯乱し、暴れたり逃げ出そうとしたりせぬようにの配慮だと、両親に告げる。
 娘を刺激せぬよう声をかけることを控えた両親。娘と別れの言葉も交わせずに、両親は唯々頭を下げた。
「――娘さんを助けたい心は御両親と同じです。お守りとか持たせたい物があれば持たせて頂いた方が、‥心強い」
 庚は沙菜が大事にしていた香袋を受け取った。
「どうか‥‥娘をお願いいたします」
 娘にかけられぬ言葉を香袋に託して、両親は開拓者たちを見送った。


「これを」
 村の出口で合流した夏葵とユリア。
 あたりの様子には特段大きな変化もなく。また、足跡などの異常も見られなかったと告げる。
 ユリアの懐から出てきたのは、手袋と香水。
 既にモハメドの歌で安らかな寝息を立てる娘の手に手袋を被せ、百合の香りの香水を振る。
 両親から託された香袋は娘の懐に。百合と相まって、柔らかな香りが娘を包む。
「私も薔薇は好きだけど、薔薇なら誇らしく咲いて欲しいわね。‥‥寄生して咲くなんて許しがたいわ」
 手の甲の蕾を見て取ると、怒りを押し込めるように手袋で覆う。
 気休めかも知れないが、少しでも追手から逃れやすくなるのならば――。
「行くか」
 夏葵とユリアが調べた安全ルートを、まずは娘を護衛する班が荷車と共に移動を開始する。
 新九郎が荷車を引き、囲むように開拓者たちが集う。
「モハメドさん、無理はしないで下さい。いざとなったら加護法を使ってみますから」
 眠りを維持する為、歌を奏で続けるモハメドに陽媛が声をかける。
「‥‥ショクラン、ありがとう」
 歌の合間に微笑み、まだ大丈夫と、告げる。
 後方には、これから遭遇するかも知れない脅威を抑える班が距離を置く。
「なっちゃん。がんばろう、気をつけて」
「うん、気を付けてね」
 陽媛は自分と班を違える夏葵と、旧知の仲であるユリアに手を振り。
「‥‥チヅ達も、気をつけてな」
 前方、を進む一は振り返る。
「大丈夫。護って見せるわ」
 一の言葉に頷きを返し、庚は長銃を握った。
「行こう。少しでも早くギルドに連れて行かないとね」
 助かったかもしれないのに、手遅れになるのは避けたいとラクチフローラが小走りに駆けだした。


 一行はギルドへの最短ルートを進み、娘は昏々と眠っている。
 辺りには百合の香水と、香袋が放つ香りが漂う。
「このまま何もなけりゃいいけどな」
 あたりの様子を伺いつつ、空は呟く。
「あぁ。でも薔薇姫が出たら出たで、空は何か訊く事あるんだろ?―――と、来る」
「来たわよ」
 荷車に合わせて進んでいた一、後方を進むユリアが同時に察知する。
 ――其れは空からやってきた。
(来たわね――薔薇姫)
 庚は女を正面から見据える。
 豪奢な着物に長い髪。髪の先には無数の薔薇を咲かせ。
 傍らには、巨大な狼を従えて――其れは以前にも見た姿。
「見知った顔が居るのう‥‥」
 アヤカシ――薔薇姫――は、ゆっくりと地に降り立つと、開拓者たちを見渡した。
 舞い降りた場所は、荷車の先。
 後方で構えていた薔薇姫班は、大きく距離を置いたことになる。
「‥‥チッ」
 空は小さく舌打ちをする。先に立たれては進むのに邪魔だ。しかし――この機を使わずに、いつ問うか。
「薔薇の姫に恐れ多くも尋ねたい」
 一歩前へ出ると、空は薔薇姫に問いを投げる。普段とは違ったその口調に、真剣な心が見えた。
「蔦の屋敷で止めを刺したアヤカシを復活させたその御業、死人を生き返らせる事は――」
「‥‥そなたも反魂の法を探す輩か?」
 赤い唇の端を上げると、薔薇姫は空の心を探ろうとしているかのよう微笑う。
「『ある』と答えたらどうする?――我と共に来るか?」
「――ッ」
 返答し難い問い。空は言葉を詰まらせた。
 数瞬の間。割り込むように夏葵が声を上げる。
「あなたは何故こんなことをするのですか!?」
 弓に矢を番え、其れは威嚇するように薔薇姫の額へと向けられていた。
「邪魔な娘。今はその男と話している、黙って居れ」
 薔薇姫の手が宙を泳ぐ。
 メリメリメリ。
 音と共に夏葵の足元に地割れが走った。
「危ない!」
 ユリアが夏葵の腕を引き、その場から引き離す。
「どうだ、男。‥‥私と来るか?」
 薔薇姫は再び空に視線を移した。
(‥ッ、引くか…まだ、チャンスはある。‥絶対何時か吐かせてやる‥)
 これは誘いだ――問いに真面に答える気などない――。空は些か逡巡した後、薔薇姫へ忍刀を構えた。
「ふ‥‥。其れが返事か」
 薔薇姫は先ほどの笑みを消すと、にやりと肉食獣めいた笑みを浮かべる。
「では、娘を頂いていこうか。その娘は放っておいても直に私の手に落ちる。庇っても無駄だ」
 手を離せ、と、娘を庇うように手をかけていた一へ向け手を振る。
 手に誘われ、薔薇姫の傍らにいた狼が突進する。
「く‥‥っ」
 一は咄嗟に狼へと霊魂砲を放つ。しかし、狼の勢いは止まらない。
「下がって!」
 ユリアの声が響く。一は反応するように一歩下がり。
 開いた隙間に入り込んだ槍が狼の鼻先を抑え込む。
 ガゥン!
 狼を抑えられ、次の手を打とうとする薔薇姫の長い髪から煙が上がる。
「また‥‥お前か」
 最後方で銃を構えた庚。その顔に見覚えがある、と、忌々しげに口の端を釣り上げた。
「ずっと、狙っていたのよ」
 視認してから薔薇姫だけにターゲットを絞っていた庚は、狼へと注意が向いた隙を逃さず、彼女の薔薇を撃ち抜いた。
「‥娘さんは渡さないわ。‥今まで連れ去った娘達も、ね」
 硝煙を立ち上らせたまま銃を構え、挑発気味に笑う。
「生気を吸わなきゃ姫君の美貌も保てないのかもしれないけど‥ね?」
「――っ」
 その言葉に、薔薇姫の表情が変わった。
「我の美貌を愚弄するか!」
 手をぶんと振る、すると先ほど地割れが走った地の底から薔薇の蔦が湧き出るように飛び出してきた。
「危ない!」
「早く荷車を端へ!」
 怒る薔薇姫の注意が庚に向いた隙に、娘班は荷車を安全な場所へと移動させ、その周りを囲む。
 ただ一人、狼に分断された一を除いては。
(安い挑発が効いたものね)
 庚はあからさまに己へ怒りを向ける薔薇姫と対峙する。
「我を愚弄する女‥‥許さぬ」
 薔薇姫が一声高く吼える。それは獣のような唸り。
 ガァウ!!
 ユリアの槍から回避した狼は庚へと向かう。
 その間に割って入ったのはラクチフローラ。
「先へは行かせないよ」
 自らを高めるように鷹の姿を象った動きで狼を威嚇。
 ガァッ!
 行く手を阻まれた狼はラクチフローラへと飛び掛かった。
 
(今だ!)
 班の仲間と分断された一は、空へと目で合図をする。
 娘班は一気に駆け出した。
「ヤッラー‥、間に合って下さい」
 娘のために戦う術を捨てたモハメドは、仲間たちを危惧しつつも祈りを込めて歌う。
「行くぞ!」
 追手を警戒し殿を駆ける空は、薔薇姫の問いを心に残しつつも撤退に尽力し。
 逆側を回り込んだ一が合流し、戦場から脱出した。

「無様ね。顔の事を言われたぐらいで、我を忘れるなんて」
 ユリアは、陽媛達への道を断つように薔薇姫の脇に回り込んで武器を構えた。
「そんなに大事なもの?美しさが――」
 美しさ――そんなものの為に、娘たちは苦しんできたのか――。今まで目の当たりにしてきた娘たちを思うと、腸が焼き付きそうになる。
「――煩い」
 薔薇姫は再び吼える。
 その声に狼が反応し、庚の右腕に飛び掛かった。
「くっ」
 狼を振り払おうと庚は腕を振る。逆の手を薔薇姫が指差した。
 シュル。
 地面を割って伸びた薔薇の蔦。庚の武器は蔦に絡まれ引鉄にかけた指は蔦に取られる。
「庚様!」
 夏葵が庚を拘束する蔦に向かって矢を放つが、庚を避けようとするため思うようには当たらない。
 ユリアは薔薇姫へと襲いかかった。
「甘い‥‥。このような力で我に勝てると思うたか。‥‥我が力との格の差を思い知るがいい!」
 攻撃を簡単に受け流すと薔薇姫は手を上げた。街道の地面に大きく亀裂が走り地が揺れる。
「危ない!」
「何かに掴まって!」
 地面から無数の薔薇の蔦が生えだし、開拓者たちに襲いかかる。
 夏葵とラクチフローラは地を転がって地割れから逃れると、街道脇の大木にしがみ付く。
 地割れの中心では蔦に絡め取られたままの庚。盛り上がり、砕ける土の粉じんに塗れていく。
「庚!」
 薔薇姫に接敵していたユリアは地割れを回避しながら庚に向けて手を伸ばす。
「く‥‥」
 蔦が絡まる手を、声の方に伸ばす庚。
「美しさだけではない‥‥此れが、娘達から得た力だ。女‥‥、もし次に会えば容赦はせぬ」
 地割れの音が響き、蔦が暴れ狂う。薄れ行く意識の中、庚の耳に届いた言葉。
(娘達から得た――力?)
 かろうじて指先が届いたユリアの手に引かれ、庚は蔦の群れから脱出した。


「チヅ達は、大丈夫かな」
「‥‥大丈夫だろう。そう簡単にやられるタマじゃねェ」
 心配そうに街道の先を見やる一に、空は答える。
 けれど、薔薇姫の力を見たわけではない己もまた、その身を案じていた。
「着いた。娘を寝かせる場所を作ってくるから、降ろしておいてくれ」
 新九郎は開拓者に声をかけ、自らはギルドの中へと駆け込んだ。

 ギルド奥の一室に備えられた寝具に娘を寝かせると、空は問うた。
「手はあるのか?」
 娘より生えた薔薇の蕾、対処する方法があるのかと、新九郎へと詰め寄る。
「いや‥‥やってみなければわからぬ。空殿は白梅香の効果を気にしておられたが、其れにしても効果があるかは未だ未知数だ」
 其れはこれからの対処次第になるだろう、しかし何もせず放っておくわけではない、死力を尽くすと新九郎は返した。
『うわっ』
『なんだ!?血まみれじゃねぇか!!』
 にわかに部屋の外が騒がしくなり、バタバタと人の足音が響く。
 それと同時にドアを叩く音。
「誰だ」
「開けて。庚の傷が酷い」
「――っ」
 扉を開けると、酷く傷を負った庚。それを支えるユリアの怪我も決して軽いものではない。
「部屋に入れ。まずは手当を――」
 一とモハメドが手を伸ばし、庚を娘の隣に寝かせ、ユリアを座らせる。
「ヤッラー‥‥、なんてことだ」
 やはり、この人数で無事に凌げるようなアヤカシではなかったと、一同は理解する。
「薔薇姫に逃げられました。‥‥恐ろしく強い敵です」
「薔薇姫が戦場から去るときに、地面から凄い量の蔦を呼び出した。庚はそれに絡め取られ、地割れに巻き込まれて‥‥」
 夏葵とラクチフローラ、二人はかわるがわる状況を伝える。
「ユリアは、それを助けようとしたんだ」
「そうか‥‥何にせよ、命だけでも無事でよかった」
 開拓者たちは一先ずの無事に息を吐く。
「庚は、暫し休養が必要だろう。その間に蕾の解明を急いでおく」
 新九郎は決意したように、そう告げた。
「そうだな、よろしく頼む」
 
『‥‥此れが、娘達から得た力だ』
 庚の意識はまだ眠りの淵に落ちたまま。脳内で響く薔薇姫の声に、時折苦しげな呻きを漏らしていた。