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■オープニング本文 先の依頼で開拓者たちが得た情報によって山中を進む、青柳新九郎(iz0196)。 アヤカシに囚われ、生気を吸い取られ続けていた娘たちの手がかりを追っていた。 「娘たちを攫っていた山賊の隠れ家より、東の方角であれば此方で間違いないはずだ‥‥」 アヤカシを退治してくれたら、娘たちは必ず助けて見せると開拓者たちと約束した。 新九郎は約束を果たすべく、棒のようになりつつある足を前に進める。 すると、まるで壁のように生い茂る薔薇の蔦と出くわした。 「‥‥なんだ、この蔦は‥」 新九郎は、まるで行く手を阻むように広がる薔薇の蔦に怪訝な声を上げた。 野生の植物にしてはあまりにも広がりすぎたその薔薇に、何か怖気のようなものを感じる。 「‥‥」 ふと、生い茂る蔦の向こうに『何か』があるような気がした。 新九郎は蔦の一部を刀で切り開くと道を作り、その先へと歩を進めた。 「なんだこれは‥‥蔦の、洞窟のような‥‥」 頭上、両脇、足元へと広がる蔦に、新九郎はなお一層、不気味さを感じつつそれでも深部へと向かう。 この先に何かある。その気持ちは揺るがぬものだった。 蔦に脚を取られ、棘に傷つきながらも新九郎は進む。 時に邪魔な蔦を刈り取りながらの作業は、決して容易ではなかったが、それでも『引き返そう』という気持ちは起きなかった。 「この先に娘が居る‥それは間違いない」 蔦の中を進む間に、予感は確信となっていた。 明らかに、自然のものではないこの薔薇の蔦。 『何か』の力が影響しているのは、明らかだった。 だとすれば、この先に待つものは自分の目的の娘たちである可能性は高い。 ならば、進まねばならない。 それが、己の為すべきことなのだから――。 数刻、歩みを進めた。 永遠に続くかと思った蔦の回廊は、唐突に終わりを告げる。 そして、新九郎の目の前には開けた景色と一軒の屋敷。 「此処か‥‥!」 此の屋敷を護ろうと、蔦は生い茂っていたのだろう。 建物の周りを囲むように群生する薔薇。 はやる気持ちを抑え、新九郎は屋敷を注意深く見やり、耳を澄ませる。 「声は‥‥聞こえぬか」 苦痛にうめく声などが聞こえれば其処を目安に動こうかと考えたがその様子はない。 屋敷を注意深く見たところでも、建物奥までの様子はわからなかった。 「‥‥入ってみるか」 中の様子がわからぬ以上それしかあるまいと、用心の為だと刀を抜く。 新九郎は足音を抑えるように入り口から一歩脚を踏み入れた。 『入っては‥‥いけません‥‥』 扉がギィと音を立てて開いた時、声が聞こえた。 「――!」 娘の声が聞こえたと、新九郎は戸口に立ったまま辺りを見回す。 『‥お帰りください‥‥食われてしまう‥‥』 「床下か!」 再度聞こえた声に、新九郎は娘の居場所を悟った。 「大丈夫だ、もう行者のアヤカシは退治した。私は助けにきたのだ」 床へと膝を付き、声をかける。床下の声の主は一瞬息を飲んだ気配を見せたが、すぐ言葉を返す。 『そうですか‥‥。けれど、それでも無理です‥‥私たちを助けることはできません‥‥』 諦めにも似た声に、新九郎は拳を握り締めた。 「何故だ、我はそなたたちを、必ず助けると」 床板を外そうと、仕掛けを探り床に手を這わせながら、娘たちを少しでも力づけようと声を上げる。 「駄目です‥‥私たちはもう助かりません‥。どうか、貴方様は食われることなくお逃げください‥‥」 「いかん、気弱になるな。我が必ずや―――」 グルルルル‥‥。 得体の知れない呻き声に新九郎は言葉を区切り、顔を上げた。 「く‥‥っ」 床下に気を取られすぎていたか、そう思ったときには遅く。 新九郎は狂気に犯された狼に幾重にも取り囲まれていた。 「――娘たちを救うためには、まずは狼を倒さなければならない」 場所は変わって、開拓者ギルド。新九郎は開拓者たちの前に姿を現した。 屋敷から逃げてくる際に負った傷だろう、身体のあちこちに絆創膏や包帯を巻いている。 「狼の数は恐らくは、20体ほどか‥‥。とにかくキリがない」 刀で応戦し、狼を倒した新九郎が逃げて帰らざるを得なかったのは、その数があまりにも多かったからだ。 「限られた時間ではあったが、踏み入った屋敷の様子では、娘たちが囚われている床下には狼は入れないはずだ」 床板は簡単に外れるようにはなっていなかったし、自分の重さでも其処は抜けなかった。 狼の重さでは、踏み抜くことは出来ないだろう。 「狼を退治すれば、ゆっくり屋敷の中を調べることが出来るだろう。そうすれば床下へと入り娘たちも救出できる」 このようなことになって不甲斐ないが、どうか手伝って貰えないだろうかと新九郎は告げた。 「屋敷までは私が案内する。娘たちを救うため、狼を退治してくれ」 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
空(ia1704)
33歳・男・砂
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
ラクチフローラ(ia7627)
16歳・女・泰
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
千鶴 庚(ib5544)
21歳・女・砲
リトゥイーン=V=S(ib6606)
27歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ● 鬱蒼と茂る薔薇の蔦。 東西南北から絡むように生い茂る其れは、開拓者たちの行く手を阻むように四方に広がっている。 「此処が我が侵入した場所だ」 青柳新九郎(iz0196)は、空(ia1704)へと場所を指示した。 「ここ、ねェ‥‥」 空は蔦をしげしげと見つめる。 蔦は先日切り払われた場所も生々しく、先へ進む道を未だ残していた。 (先の依頼でこの先にある屋敷の主――アヤカシ――は、退治されたはず。アヤカシは退治されたッてのに、残ッてるのか。原因は狼なのか、また別に居るのか‥) 「いくぞ」 開拓者たちは蔦の中へと入り込んだ。 蔦の洞を進む中、千鶴庚(ib5544)は一本の蔦に触れる。 (――脈打つ感じはないわね) 急ぐ足を止めることなく考える。 (この蔦自体がアヤカシということはない。それなら‥‥早く、行かなくちゃね) 先の依頼。碌でもないアヤカシは娘たちを囚え、悲しみや苦しみを喰らっていたと知った。 アヤカシを倒した今でも囚われたままの娘たちを救うため、庚は短銃に火薬を詰め込んだ。 ● 突如として、蔦の回廊は終わりを告げる。 到着したのは、新九郎がかつてきた場所。 開拓者たちは目的の屋敷の姿を見止める。 「こんな所に何日も閉じ込めてですか‥食事や水分はその間どうしていたのでしょう‥」 水津(ia2177)は、蔦の中から出るとポツリと呟く。 外界とは閉ざされたような、場所。 (保存食を置いて行ったのか‥差し入れする存在があったのか‥それとも娘さん達が‥‥) 考えれば考えるほど胸が痛む。 「早く助けてあげないとね」 水津の傍らに立つラクチフローラ(ia7627)は、思いを改めて声にした。 「ええ、今度こそ助けます」 先の討伐で屋敷の主であると思われるアヤカシを討伐した鳳珠(ib3369)も、その言葉に賛同するように頷く。 「結界を張ります」 舞うように手を翻し瘴索結界を張った。 狼たち以外のアヤカシを探ろうと神経を集中し、それに合わせ、空も辺りの音に耳を澄ます。 「これは‥‥、狼以外を探そうとしても無理です。数が‥‥」 鳳珠の手が震える。 「すげェ数だなァ」 二人の反応に開拓者たちは辺りを見回す。 ガサガサガサッ 辺りの茂みから一斉に飛び出す黒い塊。 気配を感じとられたことを察知した狼たちは、屋敷を囲むように配置する。 「狼はイヌ科…やっぱり番犬ですか」 娘たちを囚えておくための番犬として、狼は存在しているのではないかと、三笠三四郎(ia0163)は考えていた。 「救出するには、警戒網を崩すしかなさそうですね」 「さくとやって家に帰って寝るわー。あ、ちゃんとやることはやるわよ」 リトゥイーン=V=S(ib6606)は、面倒そうに掌に火の玉を灯す。 (あーぁ‥。‥楽そうな依頼だとおもってたのだけど、案外大変そうねぇ) 宣戦布告のように、眼前の狼へと火の玉を叩きつけた。 その一撃が戦闘の合図だった。 狼は屋敷を守る数頭を除き、一斉に開拓者たちに飛びかかる。 その数、およそ20体。 「どうしてこんな数が‥」 雪斗(ia5470)は、己に飛び掛かる数体を巻き込むように吹雪を放つ。 「群れない生き物ではないけど、コレは異常だ」 多数の狼を相手にし、最早陣形などはあったものではない。 開拓者たちは各々に群がる狼を相手にし、迎え撃った。 「――――!!」 先手、三四郎は猛々しい咆哮をあげた。 その声に引かれるように数体の狼が三四郎へと向かっていく。 己を餌に引き寄せた狼。一体、また一体と切り倒していく。 「挽肉に変えてヤる‥」 空は狼へと向かった。 前衛としての位置を確立するため、また忍刀「暁」の能力を最大限に発揮するため。 己へ向けて跳躍した狼の懐へと潜り込むと、瞬時に急所を貫いた。 次いで、少し離れた場所で高い声が飛んだ。 「鷹の気高さを思い知るがいい!!」 ラクチフローラが猛々しい鷹を模して狼を威嚇する。 ガァァァァァッ。 開拓者優勢に思えたその時、戦場の片隅で狼の凄まじい声が響いた。 群れの中で一際大きく吼えた其れは、周りの狼よりも遥かに大きな体躯を震わす。 「あれが――」 「アヤカシか」 開拓者たちがアヤカシ化した狼の存在を認識する。 瞬間、其れは地を蹴り大きく跳躍した。 「あぶない!」 アヤカシ狼は、炎を放ったばかりのリトゥイーンへと圧し掛かり押し倒す。 リトゥイーンの身長をも超える体躯は、彼女の四肢を抑えつけた。 アヤカシ狼は大きく口を開き、リトゥイーンの首へと迫った。 「ギャァァァンッ!!」 リトゥイーンの首筋に牙が刺さるその瞬間、庚の銃が火を噴いた。 アヤカシ狼は右肩に被弾し、地へ転がった。 ● 頭であるアヤカシ狼が倒れ、残る狼は普通の獣。 とはいえ、リトゥイーンは先ほどのアヤカシ狼の攻撃により、回復に些か時間がかかる。 そして何より、狼たちの数。開拓者たちの状況はさして変わってはいない。 その空気を変える声が響いた。 「術での戦闘が難しそうな場所です‥私は体術に自信があるわけではないのですが、姿を消して不意をつくくらいは出来るでしょうか‥」 水津は静かに囁くと狼の眼前に香水の容器を叩きつける。 割れた容器から流れ出した香水の香りが辺り一面に散り。 その中で水津の体がかき消えた。 狼は消えた標的を探そうと辺りを見回す。 頼りの嗅覚は今はマヒし、水津の姿を探すには耳と目しかない。 しかし姿を見つけることは出来ず――。 その僅かな隙をついて雪斗の風の刃が狼へと突き刺さる。 次いで、庚の連撃を受け被弾し、動きを止める。 「もう、大丈夫です」 怪我の回復を終えた鳳珠が立ち上がる。 「ありがとう」 鳳珠に次いで立ち上がるリトゥイーンの怒りの炎が、狼へと襲いかかった。 ザンッ! 此方では大きな剣戟が響く。 「獣臭ェんだよ!」 戦場の逆側、空と三四郎は背中を合わせるように立ち、狼たちと対峙する。 「数が減れば匂いも減りますよ」 三四郎はその身を翻すと、狼たちを一気に薙ぎ払った。 ギャゥン! 刀傷を深く受け、地に転がった狼の息を止めるのは空の手裏剣。 二人は、一手一手確実に狼の数を減らしていった。 一気に減った仲間の数に、残された狼は吼え声を上げる。 「あわせていくわよ」 数が減ったことで狼たちが屋敷内へと逃げ込むかも知れない。 庚はリトゥイーンとラクチフローラへ声をかけた。 「了解」 ラクチフローラが一気に狼たちへ詰め寄り、その後ろをリトゥイーンの炎が追いかける。 狼たちが後ろへ下がろうとした足元へ庚の弾丸が着弾し、退路を失わせ。 「これでとどめよ!」 「あわせるよ」 炎へと乗せるように雪斗の吹雪が狼たちへと襲いかかる。 ラクチフローラへと飛びかかかろうとした狼は撃たれ。 代わりに突進した狼は雪斗の吹雪の餌食となる。 そして、吹雪を咲けた狼を庚が着実に撃ちぬいていく。 「早く、助けたいのよ」 庚の視線が狼が入口を固める屋敷へと向く。あの中には、きっと目指す娘が――。 「とッとと倒せ、娘の声が弱くなってるぜェ」 周囲の音を聞き漏らさぬように、超越聴覚を使い続けていた空が叫ぶ。 「――っ」 その声に、開拓者の攻撃は一層高まり、残り僅かな狼は追い込まれていく。 三四郎がラクチフローラと合流し仲間たちの前に立ち、狼を斬り払い、打ち砕いていく。 「これで最後っ!」 ガァウッ!! 最後に残された一頭が、ラクチフローラ目がけて襲いかかる。 「‥‥私がいます」 狼の真横に姿を現した水津が首元へと短剣を突き立てる。 「もらった!」 動きを止めた狼の顎をラクチフローラが蹴り上げて。 「終わりましたね」 ● 「‥‥蔦‥?これが‥彼らを引き寄せていた原因‥なのか‥?自生してるにしては何か引っかかるな。」 外で守りを固める人員を残し、屋敷へ入り込んだ数人の眼前に再び薔薇の蔦。 雪斗は怪訝な声を上げた。 「罠はなさそうだけどなァ」 周囲を確認した空が次いで歩を進める。 その傍ら、庚が床へと膝をつく。 「ねぇ、娘さん。狼は全部倒したわ」 其処は、かつて新九郎が娘と会話した場所。 見えずとも、床板の下に居る娘が見えるかのように声をかけた。 「‥‥本当に?」 空の聴覚なしでも聞こえた声に、開拓者は娘たちの生存を確認し、安堵する。 「ええ、もう大丈夫よ。ねぇ、…風や光の差し込む箇所はあるか、どの程度の広さか、娘さんの人数。それと、何処から入れられたか、判るかしら…?」 庚は脅かさぬよう、ゆっくりと娘へ話しかける。 「此処は、真っ暗‥。‥‥けれど、上に開き戸があるはず‥。私たちは、‥五人。‥一人は、もうすぐ‥‥」 娘が悲しげに言葉を詰まらせる。 「‥‥大丈夫。その一人もあわせて、必ず助けるわ」 庚は強く声をかけると、立ち上がった。 「上に開き戸。探しますか」 「ええ、手分けして探すしかないわね」 開拓者たちは屋敷内へと散った。 ギィ。 「ここ、変な音がするよ」 探索を開始して程なく、廊下奥を歩いていたラクチフローラが声を上げる。 一か所だけ、音が違う床があった。 「此処か」 「開きそう?」 「面倒くせェな、これでいいだろ」 空の一刀が煌き、床板を叩き斬った。 ガラガラと床板が下へと落ちて、見つかるは地下の部屋。 「ッヒヒ、貸壱なァ」 ゲラゲラと笑いつつも、空は周囲の様子を伺い罠の類を探り、中の無事を確認する。 罠がないことがわかると、開拓者たちは地下へと降り立った。 「それにしても、なんで床下なんだろう。悪趣味なのかな」 暗闇の中、ラクチフローラは松明を灯し慎重に進む。 地下と言っても部屋の体を成さぬ其処は、土を掘り抜いただけの空間だった。 しかし、それもすぐ訳を理解した。 「――っ」 四方を土に囲まれた、日も差さぬ場所。 その奥に娘たちは居た。 ――植物の根に、その身を絡め捕られ、土の壁に縫い付けられた姿。 「こんな‥‥っ」 娘たちの体に絡み付く無数の根。 其れが、彼女たちの命を吸い取っているかのようにも見えた。 「今、助けてあげる」 余りの姿に、娘たちをこの様な状況にした『何か』に対して燃えるような怒りを覚える。 けれど、今は娘たちの救出が先だと、庚は唇を噛み締めながら彼女たちを拘束する根を取り去って行く。 蔦の呪縛から解かれた娘たちは鳳珠が引き継ぐ。 岩清水を与え、傷を負った娘には癒しを施していった。 「甘酒もあります。飲めるようならどうぞ」 ラクチフローラも並んで傷の手当てをし、水を与えていく。 最初は警戒していた娘たちも、開拓者たちの気遣いに徐々に安堵の様子を見せ。 開拓者たちは娘たちを外へと連れ出した。 「‥‥眩しい」 館の外、久しぶりに見る日の光に娘たちは顔を顰めた。 けれど、その光は解放された証。 「本当に‥‥ありがとうございます」 彼女が、床下から返事をしてくれていたのだろう。 娘たちの中でも少し大人びた娘が頭を下げる。 「ともあれ、無事で何よりでした。――皆さんは何のために、ここへ連れてこられたかはご存知ですか?」 三四郎は、今回の事件を何かの儀式ではないかと考え、問いかける。 「‥‥‥」 娘たちは一様に首を横に振る。 「私たちは‥別々のところから連れて来られました。それからずっと‥‥あの地下で、根に囚われて呪詛のようなものを聞かされ続けていました」 「呪詛‥‥」 「苦しみや悲しみを捧げろと‥、そう言われていました‥」 「誰に?」 「‥‥行者のような男に」 先の依頼で退治された人型アヤカシの事だろうと、庚と鳳珠は思う。 山賊に囚われ、捧げられた彼女たちは人型アヤカシに生気を吸い取られ続けていたのだろう。 「狼に気付いたのはいつ?地下に居たのに『喰われる』と分かったのはどうして?」 「‥‥狼は、私たちが連れて来られた時からいました」 自分たちを見張るように。時には地下に連れて来られる時もあったと、娘が応える。 「と、したら‥‥操られていたって事よね。操られて娘たちを喰らう狼‥‥」 操られていたのなら、件のアヤカシを倒した時に元へと戻っているはず。にも拘らず、なぜ未だ此処に狼が――。 「でも‥狼に喰われた娘はいません‥」 「え?」 思いがけぬ娘の言葉に声を上げた。 「じゃあなんで『喰われる』って?」 ラクチフローラは自分の懸念が当たったかと娘へと詰め寄る。 「喰われるのは‥狼にではありません」 「違うの?じゃあ行者のアヤカシに?――それも違うわよね」 人型のアヤカシは大きく口をあけ、人間を喰らうことができた。それを案じてであれば、新九郎が『倒した』と告げたことで解消されているはず。 ならばまた別の何かが――? 「それは――」 (‥終わり‥‥か‥。‥今一、パッとしないな‥‥) 仲間たちが娘へ質問をしている脇で、あたりの様子を伺っていた雪斗はタロットを捲った。 「魔術師の逆位置‥これ以上何もなければいいんだが‥」 雪斗は辺りを見回す。 「行きましょう。もしかしたら他のアヤカシがいるかもしれない」 「娘さんたちの話だと、まだ得体の知れない『何か』が居る可能性があります」 庚等、娘たちの質問に当たってたメンバーが、雪斗同様あたりの警護に当たっていたリトゥイーンと新九郎に声をかける。 今回は救出が最優先である。怪しい気配がある以上、此処に長居をすべきではない。 「来る途中の集落で、帰りに大八車を貸してもらえるように話をつけておきました」 そこまで頑張りましょう、と、鳳珠が声をかける。 娘たちは、あるものは背負われ、あるものは抱きかかえられ、屋敷を後にする。 ――その時。 気配を察知した空の忍刀と三四郎の刀が唸りを上げ、何かを弾き返した。 剣先にあたったのは、小さな粒。 「‥‥種?」 地に転がった数粒の種子。 其れが飛んできた方角を見やる。 「――いつの間に」 娘たちを救出した屋敷の屋根に、傷の癒えたアヤカシ狼が居た。 そして、その傍らに。 「女‥‥?」 美しい着物を纏った、髪の長い美しい女。 髪には無数の薔薇が咲いている。 「まんまと娘を助け、種も弾くか。――だが、此処からは逃げおおせぬぞ?」 屋根の上の女がニヤリと笑う。 すると屋敷の壁を突き破り、薔薇の花を咲かせた蔦が一斉に開拓者へ襲いかかった。 「逃げるぞ!」 「早く、こっち!」 抜け道を確保したリトゥイーンと新九郎は急ぎ叫ぶ。 開拓者たちは切り開かれた蔦の道へと飛び込み、襲いかかる蔦から逃れた。 殿を務める三四郎は駆けながら振り返る。 (これは、大きな事件になるかも知れませんね) 「今回は一つ貸しにしてやろう‥‥我が名は薔薇姫(いばらひめ)。いつかまた会おうぞ‥」 真っ赤な薔薇に埋め尽くされた美しい娘は、髪に纏う薔薇と同じ赤い唇を笑みの形にして呟いた。 |