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■オープニング本文 ● 幾つもの小さな足音が、紅葉の始まった早朝の森に溶けていく。 「来んなよ、リューレ」 少年の一人が振り向き、足下に落ちていた小石を拾うと、後ろに投げつけた。 目の前に転がった石を無表情なまま眺めているのは、縦長の虹彩を持つ碧眼の少年だった。幾重にも頭に布を巻き付け、粗末な麻の甚平に身を包んだ少年は、その場に足を止めて前をゆく少年達をじっと見つめている。 「帰れっつってんだろ」 「仲間達だけの秘密の場所に行くんだよ」 「自分の家もないくせに」 リューレと呼ばれた少年に、様々に言葉が浴びせられる。リューレは足を止めたまま、じっと真っ直ぐ正面を見つめて動かない。 「お前は関係ないだろ」 一人の小柄な少年が小石を拾い、大振りな動作でリューレ目掛けて投げつけた。小石は真っ直ぐに飛び、咄嗟にリューレが掲げた右手に当たって地面に落ちる。 リューレが無表情に右手を見ると、そこから垂れ落ちるほどの血が流れ出した。 泣きも怒りもしないリューレに、少年達は思わず黙り込んだ。気まずい沈黙が辺りに流れる。 「‥‥帰らないお前が悪いんだからな!」 石をぶつけた少年が精一杯強がり、リューレに背を向けて歩き始めた。残る少年達も、どこか気まずそうに小柄な少年に続く。 少年達の姿が見えなくなるまでその場に立ちつくしていたリューレは、懐から取り出した汚い布を傷口に簡単に巻き付けると、少年達の消えていった方向へと歩き出した。 ● 「お、おい、どうすんだよこれ」 大柄な少年の発する不安げな声が、遮るものの殆どない平原に広がり、消えていく。 「道、間違えたんじゃないのかよ」 「間違えてないよ! こっちで合ってる筈だよ!」 「でも、こんなに歩いてるのに、街なんて全然見えて来ないじゃないかよう」 両脇を抱えられた少年が、その場にへたり込んだ。その足は、痛々しいほどに青黒く腫れ上がっている。 「おい、座るなよ! いつまで経っても街に着かないだろ!」 「道、間違えたんだよ‥‥もう歩けないよ‥‥」 へたり込んだ少年が、泣きそうな顔で訴える。 「俺、聞いたことあるよ‥‥この平原には、時々アヤカシが出るんだって。ここ、昔どっかの国が戦ったあとで、今でもそういう鎧が転がってたりするって」 「そんなこと、あるわけないだろ! ただの噂だよ!」 小柄な少年が怒鳴る。 と、その目が、恐怖に引きつった。へたり込んだ少年の向こう、たった今抜けてきた森の奥から、小さな影が彼目掛けて真っ直ぐに近付いてきているのだ。 だが、その恐怖の表情は、すぐに驚愕の表情に変わった。その影が人影であること、そしてその正体が見覚えのある少年であることが、解ったのだ。 「リューレだ!」 小柄な少年が叫ぶと、それに気づいていなかった少年達が、一斉にそちらを向いた。 リューレはまっしぐらに少年達に駆け寄ると、両膝に手をつき、荒い息をつく。 「り、リューレ、何でお前、こんなところにいるんだよ!」 「お前、街までの道、解るのか?」 リューレはそれに答えず、青黒く腫れた足を抱えてへたり込んでいる少年の前にかがみ込んだ。その眉が、悲しそうにひそめられる。 「痛いんだよ‥‥さっき、石を踏んづけて捻っちゃったんだ」 へたり込んだ少年は、涙目で訴えた。リューレは一つ頷くと、側に落ちていた木の枝を拾い、迷わず頭に巻いた布を取り去った。 彼の頭頂部から、背中まで届く灰色の長髪と共に、青灰色の毛に覆われた動物の耳が飛び出した。 少年達がリューレを仲間はずれにしていた理由の一つがこれだった。リューレは、獣人なのだ。 リューレは木の枝を添え木にして、手際よく少年の足を固定する。 「あ、ありがとう‥‥」 手当をされた少年は、どぎまぎしながらリューレの顔を見つめた。 リューレは首を振り、一同の顔を見回すと、次いで辺りをぐるりと見回した。 「‥‥なにしてんだ?」 「‥‥あっち」 リューレはようやく口を開いた。途端、少年達がぎょっとしてその口元を見つめる。 「お、おい、リューレ。お前、ひょっとして‥‥」 リューレは何も言わずにすたすたと歩き出した。一同は顔を見合わせ、へたり込んでいた少年に肩を貸して、リューレにただついていく。 リューレが足を止めたのは、平原に生えた横幅のある木の根元だった。 一同が巨木の影に入ると、リューレは言った。 「登って」 「な、何でだよ」 「泣いたり、叫んだりすると、アヤカシが来るから。登って、助けが来るまで静かにしてて。肩車すれば、怪我してても、上がれるでしょ」 少年達が、幾度めだろうか、顔を見合わせた。 「助けって‥‥」 「僕が、助け呼んでくるから。動いちゃだめだよ」 言い残し、リューレは平原を駆け出した。 残された少年達は、呆気に取られたまま、立ちつくしている。 リューレの姿が豆粒のように小さくなったころ、大柄な少年が慌てて怪我をしている少年を肩車し、木の幹に捕まらせる。 その尻を幹まで押し上げてやりながら、細身の少年が呟いた。 「俺、リューレの声、初めて聞いた」 「俺も」 小柄な少年が頷く。 「‥‥あいつ、女だったのか」 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
和奏(ia8807)
17歳・男・志
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
リーディア(ia9818)
21歳・女・巫
龍水仙 凪沙(ib5119)
19歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ● 横幅のある木が、時折小刻みに動く。 「そもそも、あいつ、本当に助けを呼びに行ったのかな‥‥」 青黒く腫れた足を抱え、木の枝の上で少年が呟いた。大柄な少年がぎょっとする。 「どういうことだよ」 「いつもの仕返しにさ‥‥」 「しっ」 小柄な少年が、人差し指を口の前に立てた。 「何だよ」 少年の表情が、険しくなる。 「‥‥下、見ない方がいい」 「な、何で?」 「アヤカシがきた」 小柄な少年は青ざめ、下唇をきつく噛んでいた。 「ど、どこ!?」 大柄な少年が辺りを見回し始める。 「見るな! だまって寝てるくらいでいいんだ」 小柄な少年がそれを制止した。 「リューレが言ってたの、俺も聞いた事ある。アヤカシは、俺たち人間がオビえたりコワがったりすると、寄ってくるんだって」 「俺も、見えた」 細身の少年は、葉陰から辺りを見回して呟いた。 「けっこう、数いるよな‥‥」 八方どちらを向こうとも、その視線の先には緩慢に蠢く人影があるのだった。 ● 小さく薄い唇を真一文字に引き結んでいるリューレが、顔を上げた。 「アンタがリューレ?」 サングラスにマフラーという一風変わった出で立ちの少女、鴇ノ宮風葉(ia0799)が、扉を開けて中を覗き込んでいた。風葉は人差し指と中指を揃えて立て、リューレに笑顔を向ける。 その後ろからひょっこりと顔を覗かせたのは、身の丈五尺強にして、全長八尺近い長大な野太刀を担いだ青年、雪斗(ia5470)だ。 次いで、雪のように白い肌と涼やかな目元、良くできた人形のように端正な顔立ちをした青年、和奏(ia8807)が入室する。 「これか。なるほど、少々入り組んでいるな」 二人は机に広げられた地図を睨んで話し始めた。 続いて入ってきた巫女装束の女性、リーディア(ia9818)が、リューレの様子を見て僅かに表情を曇らせる。 「あら、怪我をされているようですね‥‥」 その手に握られた青い珊瑚の杖が微かに光り、部屋に涼やかな風が吹いた。 リューレが自分の身体の違和感に気付き、腕に巻き付けられた布をほどくと、そこにあった筈の傷はすっかり無くなっていた。その顔が、鳩が豆鉄砲を食らったような表情になる。 と、 「サムライのメグレズと申します。よろしくお願いいたします」 リューレが、更に目を丸くした。七尺を越える長身を白銀の鎧に包んだ女性、メグレズ・ファウンテン(ia9696)が扉を潜って入ってきたのだ。 「あれ、あと一人は?」 開け放たれた扉の奥、誰もいない廊下をちらりと見て風葉が言う。 「お待たせ。あなたがリューレ?」 リューレは、三度目を丸くした。最後に入ってきた龍水仙凪沙(ib5119)の外見が、自分同様普通の人々と違う事に気付いたのだ。 「僕と、同じ‥‥」 「ええ。こちらの凪沙さんも同じ獣人で、それも孤児だった方ですよ。孤児だったのは私も同じですけれど」 リーディアが微笑んだ。 ● 「見ろよ。気付いてないだろ」 震える声を必死に抑えながら、小柄な少年が囁く。怪我をした少年が、震えながら呟いた。 「すぐに見つかっちゃうよ」 狂骨と呼ばれる鎧姿の骸骨達は、木の根元をうろついていた。姿は見えずとも、少年達の気配を感じ取ってはいるらしい。銘々が木に近付いては離れ、離れては近付いている。 「リューレがアヤカシに食われたりしてたら‥‥俺達」 大柄な少年が、目に涙を浮かべて呟く。 と、鎧武者達が一様に辺りを見回しだした。その様子に異常を感じ取った小柄な少年は、木の周囲を見回してはっと息を呑む。 他の鎧武者達とは明らかに違う、暗い赤を基調とした大柄な鎧武者が、近付いてきていた。大柄な鎧武者の兜の下、眼窩に宿る赤い光が、確かに彼らを見上げている。 足下の鎧武者たちが、ゆっくりとその頭を持ち上げた。いくつもの赤い光が、木の上で息を潜める少年達を射抜く。 幾ばくかの肉片を残した幾つもの下顎骨が、からからと音を立てながら動いた。 ● 「‥‥暗くなる前に済めば良いのだがな」 林の中を早足に進みつつ手の中のカードをめくり、雪斗は呟いた。その茶色い右目と違い、左の赤い目は動きが鈍い。左の視力が無いのだ。 「ふむ、運命の輪の正位置‥‥か、悪くない結果だ」 「雪斗くん、何ノンキこいてんの」 列の中程から飛び出した風葉が、雪斗にしがみつき、首を締め上げる。雪斗は顔をしかめ、風葉の腕を軽く叩いた。 「風葉。遊ばない」 「あによ? だって緊張してても仕方ないでしょ?」 風葉は色気の漂う少し厚い唇を尖らせた。 前列を歩く和奏が辺りを見回しながら呟く。 「街の皆さんに聞いた限りでは、ここからあと半里ほど。何とか日没までに目的地には着きそうですね」 「アヤカシの気配は?」 最前列で森の枝葉を切り払い、道を造っているメグレズの問いに、リーディアが首を振る。 「私の結界に反応はありませんね‥‥少年達も心配です。急ぎましょうか」 「日が落ちる前でも、アヤカシは出てくるよ」 リューレが、ぼそりと呟いた。 その肩には真新しいブリオーが、その頭には笠が乗っていた。メグレズが気を利かせて、買い与えてくれたのだ。 最初は遠慮していたリューレだったが、受け取ってからは余程気に入ったのか、森の中で木の枝などに引っかけて傷をつけたりしないよう、大切に扱っている。 「詳しいね、リューレ」 凪沙の言葉に、リューレはふと伏し目がちになった。 「前に通ったから」 「‥‥そうですか。お陰で、私達も助かりますね」 同じ境遇を味わっていたリーディアと凪沙は、リューレの態度に、悲しいもの、他人が無神経に触れてはならないものを、敏感に感じ取っていた。 「リューレは、私には眩しく見えるな。真っ直ぐに生きてて」 凪沙のほっそりとした手が、リューレの頭をそっと撫でる。リューレは何か言いたげな様子で暫く二人の顔を見上げていたが、やおら口を開いた。 「ありがとう」 詮索をしなかった事なのか、褒めてくれた事なのか。リューレは能面のように無表情で、その感謝の真意は解らない。 雪斗にたしなめられて列に戻ってきた風葉が、気軽に言う。 「帰ったら、その子達も感謝するんじゃない? ていうか、今回のリューレの行動を見ても心を動かさないなら、そんな子は友達にするべきじゃないよ」 「友達?」 リューレが、顔を上げた。 リーディアの柔らかな微笑みが、上から降ってくる。 「ええ。友達に、なれますよ。リューレさんのお陰で、私達がその子達を助けに行けるのですから」 「友達‥‥」 リューレはその言葉を、初めて手にする硝子細工を扱うかのようにそっと、口の中で復唱した。 ● 立て続けに発せられる鈍い音が、半ば没しつつある夕日に照らされた平原に広がり、消えていく。 「ど、どうするんだよ」 暗紅色の大鎧は、他の鎧武者たちの後方に居て、腕を組んだまま、薄汚れた下顎骨をかたかたと鳴らしている。笑っているようだ。 骸骨武者達は、曲がり、或いは折れた太刀を銘々に振り上げては、少年達が身を隠している木の根元に振り下ろしている。 最早、木の幹の三割ほどは削り取られ、木屑となって地面に降り積もっていた。 少年達の心に広がり始めた恐怖と絶望が、鎧武者達を俄然勢いづかせていた。木の幹が鋭い音を立て、微かに傾ぐ。 瞬間、少年の視界から、骨鎧の姿が消失した。 「‥‥?」 小柄な少年の目が、幾度も瞬きをした。 一瞬の間隙を経て、二〜三丈離れた場所から、金属音が発せられる。 鞠のように吹っ飛ばされた骨鎧は、仲間の狂骨達を巻き添えにし、地面に激突していた。 「やはり瘴気‥‥魂も行き場は似ているのだな」 全身の筋肉という筋肉を覚醒状態に置いた拳騎士の雪斗が、一気に距離を詰めながらの箭疾歩で渾身の突きを叩き込んだのだ。 「彼方へ還れ‥‥願わくば二度と黄泉返らぬよう‥‥」 自分の身体の1.5倍はある長大な斬竜刀を構え、雪斗が呟いた。 「数が多い。メグレズ、頼む」 雪斗の声が終わるよりも早く、木の葉をびりびりと震動させるほどの咆哮が平原に轟く。 メグレズの咆哮だった。狂骨達は完全に少年達の存在を忘れ、乾いた音を立てながら狂骨達が向きを変えると、開拓者に向けて突進を始めた。 メグレズは白銀の鎧に夕日の赤光を浴びながら、中央に宝珠が仕込まれたベイル「翼竜鱗」を高々と掲げる。 折れ、曲がった刀で幾度もの斬撃がメグレズの身体に浴びせかけられるが、そのことごとくが「翼竜鱗」と「鬼神丸」の十字組受に食い止められ、有効打とはなり得ない。 「さてさて。後輩クンの引き立て役になってあげるのも、先輩の役目よね? 雪斗くん」 風葉は笑ったが、敵の攻撃を一手に引き受け、掠り傷の蓄積し始めたメグレズを「閃癒」で癒す事は忘れない。 「まぁ、アタシはアタシで目立つ気だけど。くふふっ!」 「骨鎧、未だ活動中です。油断なさらずに」 両手の平から精霊力を展開し、七丈四方に瘴索結界を結んだリーディアが鋭い声を発した。 「骨鎧、受け持ちましょう」 鬼神丸の柄に精霊力を叩き込み、和奏が構えを取った。刀身の帯びている霊気が和奏の精霊力に反応し、霧のごとき白い燐光を発する。 和奏が刀を振るや、瘴気に対して熱狂的な破壊力を有する光が蛇のように地を滑り、あれよという間に骨鎧に絡みついた。途端、骨鎧の身体を形成する骸骨が、音を立てて蒸発し始める。志士の高等剣技の一つ、白梅香だ。 リーディアが続けて注意を発する。 「前方、西北西より狂骨二体接近‥‥凪沙さん、後方、南東より同二体。全体で、計残り八体です」 「南東二体、確認! 師よ、与えて頂いた技、使います!」 凪沙は二枚の符を人差し指から薬指の間で一枚ずつ挟み、手首を鋭く返して宙に放った。符は空中で突如回転を始め、白い円盤と化す。 半身になった凪沙の手の動きに合わせ、符が宙を走り始めた。地表すれすれを滑空する燕の動きで、南南西から歩いて近付いてくる狂骨二体の右大腿骨下端を通過し、地面に突き刺さる。 一瞬の間を置いて乾いた音と金属音が響き、身体を支えられなくなった狂骨達がその場に崩れ落ちた。 両手と左足で地を這いずり、尚も開拓者に近付こうとするが、その動きは緩慢そのものだ。 「リューレ!」 木の上から、叫び声が聞こえた。凪沙の側にぴったりとついて離れずにいたリューレが、遠慮がちに小さく手を挙げた。 ● メグレズの左手が、最後に残った小柄な少年の身体を、軽々と受け止めた。 僅かに傾いた木の周りには、十領以上の錆び付いた鎧が転がっている。 「無事に帰るには皆の協力が必要なんだ。絶対守るから、冷静にね」 凪沙は、一人一人に岩清水を配りながら、噛んで含めるようにして子供達を諭していた。 「痛かったでしょう。よく我慢しましたね」 リーディアの手に握られた青珊瑚の杖から吹いた風が、怪我をした少年の足を撫でる。 「‥‥え? あれ」 少年が、目を丸くして足を眺めた。 「痛くない!」 「治ってる! 凄え!」 少年達は、口々に叫んだ。その目は、ウサギのように真っ赤に充血している。 「他の子達も、もう大丈夫ですよ」 リーディアは微笑んだ。 「近寄ってくる姿はありませんね‥‥」 和奏の目に精霊力が集中している。心眼だ。 「リューレさん。日没後、アヤカシが増えるようなことは?」 言われ、リューレは首を振った。 「昼も夜も、出る時は出るし、出ない時は出ない」 「はい雪斗くん、夜光虫」 風葉の手の上で符が小さく丸まって幾つもの明かりとなり、雪斗の前をゆらゆらと泳ぎだした。 「リューレ、アヤカシの出る辺りは解る? そこを抜けるまでは、コレで行こう」 「そうそう。お腹が空いたでしょう? 甘いモノを食べるときっと元気が出ますよ?」 和奏の手が、甘刀「正飴」を差し出した。 「あ、ありがとう‥‥」 小柄な少年の手が、おずおずとそれを受け取る。 六人の開拓者が、それぞれに帰路の準備をしつつ、少年の手がそれをどうするのか、さりげなく注視していた。 果たして少年の手は、それを四つに折った。うち三つを仲間の少年に手渡す。 風葉がつかつかと少年達に歩み寄ろうとしたが、雪斗の手がそれを制止した。 小柄な少年は自分の手に残った四分の一を、ためらいがちに、更に半分に折っていた。が、それきり、全く動けなくなってしまう。 リューレは、それに全く気付いていない。街の方角をじっと見つめ、日の沈んだ平原を安全に抜ける進路取りを考えているようだった。 いつでも火をともせるよう松明を準備した凪沙が、そっと小柄な少年の背中を押した。 少年は驚いて凪沙の顔を見上げたが、凪沙に頷いて見せられると、やがて意を決したかのように歩き出した。リューレが、その姿にようやく気付く。 「あいつら、腹減らしてるからさ‥‥俺の、半分やるよ」 リューレは目を丸くし、目の前に突き出された飴を見つめている。 「‥‥お、俺も、俺も腹減ってないからさ。俺のも」 「俺も、半分でいいよ」 少年達が、次々に自分の飴を半分に折り、リューレに差し出し始める。 リューレは暫くぽかんとして開拓者達の顔を見上げていたが、やがて幾度も瞬きをし、少年達の顔を見つめた。 「僕‥‥」 「良かったじゃん」 風葉が微笑む。風葉だけではない、他の五人もだ。 「みんな、‥‥みんな、僕」 リューレの目から、一気に涙があふれ出た。リューレは、絞り出すようにして、涙声を発した。 「僕、みんなと、友達に‥‥なりたい‥‥」 ● 「メグレズさん」 帰路のこと。 赤い目をしたリューレは、買い与えられた真新しい笠を、おずおずとメグレズに差し出した。 「うれしいけど、これ、僕‥‥なくても、大丈夫な気がする」 「そうですね。私もそう思います」 メグレズが笠を受け取ると、リューレは、こぼれ落ちそうな笑みを口元に浮かべた。が、すぐに不安そうにブリオーを摘み、上目遣いにメグレズの顔を見上げる。 メグレズはリューレの前にかがみ込み、優しくその頭を撫でた。 「笠はお引き取りしますが、そちらのブリオーは大切に着て頂ければ、私も嬉しいですよ」 リューレの顔が、ぱっと明るく輝いた。 「うん!」 「皆さん。もうじき、街ですよ。お疲れでしょうけれど、頑張って下さいね」 リーディアが、穏やかな声を掛けた。 「皆さん、リューレさんにしっかりお礼を言いましょうね」 「ありがとな、リューレ!」 小柄な少年が、いの一番に声を出した。 「お陰で、助かった!」 「お前、男より勇気あんな!」 「今度、一緒に秘密の場所行こうぜ!」 「よしよし。少しは褒めてあげよう」 凪沙が満足げに笑う。 「世の中、いろいろあるのですねー‥‥」 和奏が、しげしげと五人の子供達を眺めている。 「大事にならなくて何より‥‥今はそれで重畳、だな」 「だね」 雪斗と風葉が顔を見合わせて笑顔を浮かべた。 街の灯は、もう目の前だ。 |