侠客、猛る
マスター名:村木 采
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/13 17:41



■オープニング本文


「いいな、期限は十日後だ」
 顔を青黒く腫らした男が、土壁に寄りかかって倒れ伏している。三人組の男の一人、中央にいる小男が、倒れた男に唾を吐きかけた。
「十日経って立ち退かねえなら、手下五十人連れて、中にいるてめえらごと、このボロ家打ち壊しにかかるからよ」
 三人は、大股に玄関へと向かった。倒れた男に、二人の少年がすがりついて号泣している。
「泣くな、父ちゃんなら大丈夫だ」
 口の中を切っているのか、唇の端から血を流しながら男が二人の頭を抱え込んだ。皮肉っぽく口をゆがめ、小男が顔だけで振り返る。
「泣かせるねえ。ま、さっさと出て行く支度をしなよ。‥‥行くぜ」
 小男は大男二人を従え、あばら家を出て行った。
 二人兄弟の上の子が、父親の足にしがみついて、ぽろぽろと涙をこぼす。
「父ちゃん、ごめん、ごめん。おれ弱くて、何もできないよ」
「馬鹿野郎、お前らはまだ何もしなくていいんだよ。大人になった時、ああいう連中に心を折られない男になればいいんだ」
 男は覚束ない手足で立ち上がろうとし、その場に倒れ伏した。
「痛え‥‥畜生」


「あの外道、叩っ殺してやる!」
 背中まで届く黒髪を総髪にした、三十路と見える男が吼えた。
 男の前では、顔を青黒く腫らした男が布団で横になって手当てを受けている。年端も行かぬ少年が二人、その両手を握り締めていた。
 男は兄弟の頭に両手を置き、力強く言った。
「安心しな坊主。この永徳一家が、おめえの家、きっちり守り抜いてやっからな」
 兄弟は小さく頷く。赤く泣き腫らした目から、もう涙は流れていない。
「今度という今度は、堪忍袋の緒が切れたぜ」
「剣悟郎親分」
 その時だった。壮年の狐獣人が、静かにふすまを開けた。縦に細長い虹彩を持つ目、そして尻から伸びる太く柔らかな尾が人目を引く。
「ちょっくら、良いですかい」
「仁兵衛かい。おうよ」
 剣悟郎と呼ばれた男は頷き、屈みこむと、二人の頭を荒っぽく撫で回し、立ち上がった。
 母屋に戻った剣悟郎を、仁兵衛と呼ばれた先ほどの獣人をはじめ、彼の子分達数十人がずらりと整列し、一斉に頭を下げて出迎える。
「話は聞きやした」
 仁兵衛が進み出て、口を開いた。
「あの子供らの家を守ることにゃ、あたしも賛成ですぜ。それができなきゃ、あたしら永徳一家の信用はガタ落ちでしょうから」
「おう。心配するない、俺がじきじきに守りに行ってやらあ」
「しかし、留守はどうされるんですかい」
 仁兵衛に言われ、剣悟郎はぐっと言葉に詰まった。
「こっちの志体持ちは、剣悟郎親分とあたしを入れて五人。あっちは金にあかせて、その倍の志体持ちがいやがるんですぜ」
 剣悟郎は腕を組み、唸る。
「瀧華一家は、全面戦争を仕掛けてきやすよ。あの子供らの家を志体持ちが守ってりゃ、子供らの家は瀧華の本隊が、この屋敷は残りの子分が襲う。親分達が屋敷にいりゃ逆だ。永徳一家は全滅だ」
「‥‥泣き言ぁ聞きたくねえぜ」
「違いやすよ」
 仁兵衛は拳を畳に付けて片膝をつき、ニヤリと笑った。鋭い犬歯が、ちらりと覗く。
「あたしに、策がありやす。手勢十名ばかり、あたしの好きに選ばせて頂けやせんかい。見事、あの子供らの家を襲いに来た連中、一人残らずあの世に叩き込んでご覧に入れやすぜ」


 カジカガエルの美しい鳴き声が、中庭の池から聞こえてくる。
 剣悟郎の屋敷の離れに、十人ほどの男が集まっていた。
「おめえらを選んだにゃあ、わけがある」
 仁兵衛が選んだのは、どれも先代からの古参の手下達だった。よく言えば老練、悪く言えば老いぼれだが、いずれ劣らぬ命知らずで、剣悟郎に絶対の忠誠を誓う者達だ。
「単にあの子の家を守ろうってのは、無理だ。だがよ、瀧華の連中を道連れにする事ぁできらあ」
 言われ、一同の顔がきりりと引き締まった。
「あの子らにゃ悪いが、敵を家の中に誘い込んで、あたしらごと煙で燻製にしてやんのよ。ただ家に火を放つんじゃ逃げられるかも知れねえが、四方から来る煙からは逃げられめえ」
「なるほど」
 すっかり頭の禿げ上がった壮年の男が、不敵に笑った。仁兵衛は頷く。
「出入りまでの十日、この仁兵衛が指揮を執ってると派手に触れ回りゃ、志体持ちの三人や四人は必ずこっちに回るだろうぜ」
「面白え。いいぜ? 俺っちも剣坊のために死のうじゃねえか」
 雪のように白い髪を束ねた隻眼の老人が言う。
「しかし、燃えた子供らの家はどうすんでえ」
 仁兵衛は苦笑し、答えた。
「あの世に金は持っちゃ行けねえ。残った俺の金を使って、親分に建て直して頂くってことで、あの子らには帳消しにしてもらおうや」
「おうおう、残す金のある奴ぁいいねえ、気障な死に方ができらあ」
 古参の手下達が、晴れやかに笑う。
「後は、親分達が瀧華の本隊に勝ってくれることを信じるだけだ」
「そうさな、俺らも散々生きた。そろそろ先代の付き添いに行っていい頃だ」
 離れの障子越しに、男達の明るい話し声が外に漏れていく。
 微かな物音と共に、中庭の茂みの中から、二つの小さな影がそっと駆け出していった。
 その小さな手には、僅かばかりの金と、町までの道が記された地図が握り締められていた。



■参加者一覧
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
空(ia1704
33歳・男・砂
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
明王院 浄炎(ib0347
45歳・男・泰
風和 律(ib0749
21歳・女・騎
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
十六夜 椛(ib3376
15歳・女・サ


■リプレイ本文


「畜生、何でこんなに戦力がいやがる!」
 瀧華一家の親分、琢郎が歯ぎしりをした。
 樹邑鴻(ia0483)の後ろを通ろうとした侠客のこめかみを、その右拳が揺らした。流れるような動きで鴻の右足が軸足を払い、宙に浮いた侠客の身体を、背中による体当たりが吹き飛ばし、侠客の列に叩き込む。
「おいおい、どこへ行こうってんだ?」
 それだけの動きを、真後ろの敵に対して一度も振り向かずに、鴻はして見せた。
「あんな健気な子供達を泣かせる訳にはいかないんでね。勝手にやらせて貰うぜ? 親分さんよ」
 鴻が不敵に笑う。
 両手両足に肘、膝、肩、背中、額まで使う鴻の華麗な戦い方に対して、より荒っぽい戦い方をしているのが空(ia1704)だった。
「青二才共が、潜ってきた修羅場の数が違ェんだよ…」
 目の前の相手が防御していようがいまいが、乱撃を叩き込み続けるのだ。その一撃一撃が、的確に急所を狙ってくる。数十秒前まで我が物顔で子分に命令を出していた侠客が、情けない悲鳴を上げた。
「一丁前に堪えてンじゃねェよ、三下が!」
 空の青い瞳が僅かに輝きを帯び、精霊力が両手に集中した。それに呼応し、愛刀「餓鬼早早」の切っ先が文字通り火を噴く。
 遂に堪えきれなくなった侠客が、炎を纏った餓鬼早早に額を割られ、その場に卒倒した。
 空は倒れた侠客の手足を踏み折り、苦痛を与えておくことも忘れない。
 その時、
「き、き、汚ぇ! 反則だろこの女!」
 屋敷の裏手から、悲鳴が上がった。
 風和律(ib0749)の戦い方は二人のどちらとも対照的だった。彼女の分厚い鎧の前には、短刀や白鞘の薄刃など爪楊枝も同然だ。律の身体には、傷一つつかない。
 それをいいことに律は、防御を完全に捨てた豪快な一撃で、当たるを幸い、相手の防御の上から有無を言わさず薙ぎ倒していくのだ。
 志体持ちであれただの侠客であれ、剣の平で横薙ぎに吹っ飛ばし、後ろにいる侠客をも巻き添えにしていく。
 彼女が愛剣「ヴォストーク」を一度振るう度に、確実に瀧華一家の侠客が数人ずつ、地を這った。
 三人に薙ぎ倒されていく侠客達の姿は、もはや雀蜂に蹂躙される蜜蜂の群れも同然だった。


 その頃、丘の上、剣悟郎の屋敷を見下ろす位置にぽつんと立つ子供たちの家。
 そこを包囲していた瀧華一家の侠客達に、今、大混乱が起きつつあった。何の前触れも無く背後から焙烙玉が投げ込まれ、手練れの開拓者達が切り込んできたのだ。
 焙烙玉を投げ込んだ張本人、千代田清顕(ia9802)は木の幹に腰掛け、髪を摘んで、鼻歌交じりにその様子を見物していた。
 宿奈芳純(ia9695)がぬかりなく記録しておいた、子供の家の近辺の地図と辺りを見比べ、丁度木の下を駆け抜けようとする女性に声を掛ける。
「あ、椛さん。行くならもう少し右に進んでくれるかな。家の戸口は琥珀君と芳純さんが行ってくれてるから、裏口を頼むよ」
「しゃァ! 偵察お疲れ!」
 威勢良く答えた十六夜椛(ib3376)は不敵な笑みを浮かべると、言われた通りの方向へと走り出した。父親から受け継いだ極道の血がそうさせるのか、普段の礼儀正しい椛とは完全に別人だ。
 椛が大きく息を吸い込み、肺の中で止める。
 次の瞬間、辺り一帯の空気がびりびりと振動した。彼女の口から、裂帛の気合いが咆哮として迸ったのだ。
「女相手にビビってんじゃねえよ、底が知れてんなぁ瀧華の衆はよォ! テメェら、股間にぶら下げてんのは風鈴か何かか!? ああ!?」
 侠客達は額に青筋を浮かべ、思わず足を止めた。
「野郎! あいつだ! あいつをやれ! 叩っ殺せ!」
 志体持ちだろうか、目つきの鋭い侠客の指示で、子分達の標的が変わる。
 仁王立ちした椛は「朱天」一振りを大上段に構え、並み居る子分達を峰打ちで叩き伏せ始めた。
「サムライはやることが派手だねえ」
 樹上から椛を茶化していた清顕は、彼女を無視して家に向かうよう数人の子分に指示している侠客に気づいた。樹から飛び降りるが早いか、身構える侠客達の間を早駆ですり抜け、その目の前に姿を現す。
「あんた、志体持ちだね」
「な、何だてめえ!」
 ぎょっとして立ちつくす男を前に、清顕は右手で忍刀「風也」を抜き、一回転させて目の前に構えた。
「あんたたちに恨みはないけど‥‥これも仕事でね」
「‥‥野郎!」
 侠客は抜き身の刀を構えようとし、そのまま刀を取り落とした。
「悪く思うなよ」
 清顕は自由になった左手で髪をかき上げて笑った。侠客は肩の激痛に顔を歪めている。
 右手の忍刀に意識を向けさせ、その隙に左手で苦無「獄導」を放ったのだ。更に次の瞬間、清顕の容赦ない蹴りが「獄導」を根本まで男の身体に突き刺した。
「俺は正面きって戦うよりも、こういう不意打ちが得意でね」
 男は肩を押さえ、その場に崩れ落ちた。
 直属の指揮者を失い、数人の侠客がうろたえ始めた。
「さて、あっちは‥‥」
 視線を移すと、椛が大上段に振りかぶった「朱天」に意識を向けさせ、志体持ちらしき侠客の股間を蹴り潰していたところだった。新陰流だ。
「運が良かったなテメェら。本当ならぶった斬って沈めてるとこだぜ」
 白目を剥き、口から泡を吹いて悶絶する侠客の顔を椛が踏みつけ、吐き捨てた。
「さァて、屋敷の方は片付いてる頃かァ?」


 参謀の影政の指示で、瀧華一家は剣悟郎の屋敷から引き上げ始めていた。
 憤懣やるかたない琢郎の肩を掴み、影政が彼を諫める。
「親分、志体持ちが数人でも残ってりゃ、まだ何とか‥‥」
「解ってんだよ、ンな事はよ!」
 琢郎が怒鳴る。
 その目が遠く剣悟郎を睨み付けると、忌々しげに地面に唾棄し、踵を返した。
 瀧華一家を全滅させる事が目的ではない開拓者三人は、あえて深追いをしない。
 潮が引くようにして瀧華一家が引き上げて行くのを見ながら、剣悟郎は大きく息を吐いた。
「やれやれ‥‥お前さん達、まずぁ礼を言うぜ」
 言うが早いか、自ら三人の開拓者に膝をつく。
「俺達だけじゃ、正直勝てたかどうか怪しいもんだ。かたじけねえ」
「剣悟郎。悪いが、それどころではないぞ」
 律が説明しようとした時、空が、明後日の方角を向いて顎髭をしごきながら、聞こえよがしに呟いた。
「あァ、そうそう。とある可哀想なガキの家に今日襲撃する奴等が居てなァ、共倒れ玉砕覚悟の死ぬ気で対抗する奴が居るンだとさ」
「‥‥何だと」
 剣悟郎が、弾かれるようにして立ち上がった。
「おい、おめえさんよ。そりゃあ‥‥仁兵衛が、瀧華の連中を道連れに、死ぬ気だってことか」
「口は悪いが、そいつの言うことは全て本当だぜ? 親分さん」
 言ったのは、彼らの乗ってきたギルドの馬三頭を引いてきた鴻だった。
「空、律。まだ子供たちの家に火は掛けられてない。急ごうぜ」
「解っている。全く、世話の焼ける話だな‥‥」
 律は頷くと、鎧を着たままで、踏み台を使うこともなく、悠々と鞍に跨った。
「おい、ちっと待ってくんな!」
「悪いが、待っている暇はない。剣悟郎、貴方も来て貰いたい。仁兵衛は、完全に心中覚悟だ」
 律は言うと、馬上から剣悟郎に手を差し伸べた。
「乗れ。覚悟を決めた侠客を引き戻すのに他人の言葉だけでは足るまい」
 剣悟郎は一瞬躊躇ったが、やがて頷き、律の手を借りてその後ろに跨った。
「飛ばしてくんな、姉ちゃん!」
「百も承知だ!」
 律は叫び、三人は同時に馬腹を蹴った。


「仁兵衛さん。禅一、宗二の兄弟から依頼を受けてきた者です」
 重傷の身体で馬を飛ばしてきた芳純が、覚束ない足取りで家の中へと駆け込んだ。その視界の端に、まさに今、生け垣を乗り越えようとしている侠客達の姿が映る。
「‥‥あんた、一体?」
 見慣れぬ風霊面に、仁兵衛達は思わず身構えたが、
「詳しい話は後で」
 芳純は言いながら、肉の削げ落ちた左手で式札を口の前に翳した。
 式札が芳純の呼気に解け、瘴気が無数の蛇のように空中をはい回る。それらは庭に飛び降りた侠客達の前に集結すると、加速度的に色を増し、巨大な白い壁を形成した。
 結界呪符「白」だ。壁越しに、侠客達の戸惑いと焦りの声が聞こえてくる。
 芳純は家の土壁に寄りかかって一息つくと、面を外して笑顔を見せた。
「兄弟に頼まれて、皆さんを守りに来たんです」
「そのお身体で、ですかい」
 ようやく事態を飲み込み始めた仁兵衛が、すっかり息の上がっている芳純を、半ば呆れて眺めた。芳純は苦笑いを返す。
「ええ。どうしても、放っておけませんでね」
「折角来てもらった所悪うございやすがね、ここぁ、じきに煙に巻かれやすぜ?」
 仁兵衛もまた、苦笑いを返した。
「燻製になりたくなけりゃ、早いとこお逃げなせえ」
「そうですか? でも、子供たちはこう言っていましてね」
 芳純は怯みもせず、青白い顔で微笑んだ。
「『仁兵衛のおじさん、死んじゃイヤだ』」
 仁兵衛達が、はっとその動きを止める。
「家に火をつけずに、私たちの戦いを利用しこの家を守って下さい。お願いしますよ」
 有無を言わせぬ強い口調で芳純が言った時、やにわに、戸口の辺りが騒がしくなった。
「おーい、芳純。生きてるかい」
 明るいというよりは陽気、陽気というよりは元気な声が、戸口から呑気に響いてくる。羽喰琥珀(ib3263)だ。
「生きてますよ。庭は封じました。怪我をしたなら、治しますよ?」
「こっちは問題ねーよー」
 気楽な琥珀の声とは裏腹に、戸口の有様は凄惨だった。
 虎縞の耳と尾を持つ少年、琥珀が、その身体には不似合いな二尺六寸以上もある刀を、抜きもせずに背負って立っている。
 立っているのは、彼一人だけだ。その場にいる彼以外の人間は、全て戸口の前で血反吐を吐き、呻いている侠客達だった。
「こんなガキが志体持ちで、しかも永徳の負け戦に手を貸すたあな。世も末だぜ」
 言いながら、琥珀を遠巻きにしている侠客の列から進み出たのは、着流しに大小二本差しの、中年男だった。
「おっ、少しは歯ごたえがありそうじゃん」
 琥珀は嬉しくてたまらないと言ったふうに指を鳴らした。
「せいぜいウタってな。じきに首と胴が泣き別れするんだからよ」
 着流しの男は、刀を抜いて八相の構えを取る。
「そう来なくっちゃ」
 琥珀は言ったが、その両手は頭の後ろで組まれており、構える気配さえ見せてはいない。
「抜かねえのか」
「抜くよ」
 言葉とは裏腹に、琥珀は頭の後ろに手を組んだままで笑顔を見せている。
「抜けよ」
「抜くさ」
 着流しの表情が、ちらりと怒りを帯びた。
「‥‥そうかよ!」
 着流しの両腕が、琥珀に刀を振り下ろした。侠客達にそう見えた時、琥珀の身体はそこには無かった。
「おっさんさー」
 鍔鳴りの音がかちりと鳴る。琥珀は落胆の表情で、数秒前とはかけ離れた場所に居た。左半身の低い姿勢で、刀は既に鞘に納まっている。
「やっぱつまんないや」
 着流しは、脇腹から血を噴き、その場に崩れ落ちた。
 遠く、複数の蹄の音が、少しずつ家へと近づいてきた。


「子供達に守られた様なもんだぜ、あんた等は。もっとしっかりとしろよ?」
「面目ねえ」
 剣悟郎はあぐらをかいたまま両拳を膝の上に置き、鴻に深々と頭を下げた。
「俺達に頭を下げる事はないさ。下げるなら、あの子供らにしてくれ」
 くすぐったそうに、清顕が言う。
 椛が呆れ顔で付け加えた。
「もう少し自分の立場ってやつを自覚すんだな。纏め上げるやつがいない任侠集団なんざ遠くないうちにチンピラに成り下がるぜ?」
 仁兵衛は剣悟郎の隣で、返す言葉もなく首をすくめた。その右頬は、ものの見事に青黒く腫れている。
 あのあと駆けつけた剣悟郎が、仁兵衛の無事を確認した途端、体重の乗った渾身の正拳で仁兵衛の頬骨をへし折ったのだ。
「その覚悟は見事‥‥とは思うが、やはり独りよがりだったな」
 出された茶を両手で行儀良く飲みながら、律が言った。
「例え家は直したとしても、そこにあるのは子供ら家族が大事にしようとした『思い出のある我が家』ではない」
「手厳しゅうございやすね」
 仁兵衛は苦笑した。
「ホント、心中するにしても、他人の家まきこむなよなー。第一、剣悟郎は家を守るって約束したんだろ? 燃やしちまったら‥‥だからこれはオモチャじゃなくて、俺の尻尾なんだってば!」
 琥珀は困惑しきった声をあげる。
 今回の依頼人、禅一と宗二は、余程琥珀の耳と尻尾が気に入ったらしい。猫じゃらしに飛びつく猫のごとく、頻りに「外して」「僕にもつけさせて」とねだっている。
 子供たちが怖がる風霊面を外した芳純が、さらりと切り出した。
「そうそう。今回の報酬ですが、私は辞退しておきますよ」
「報酬? そいつぁ‥‥」
 剣悟郎を制して、芳純が笑った。
「あれは、子供達が家中を探し回り必死でかき集めた貴重なものでしょう。彼らの願いを叶え、笑顔を見る事が私の報酬です」
「いや、そいつなんだがな」
 剣悟郎は掌で顎を撫でながら頷いた。
「こんな小っこい子供らに救ってもらったんじゃあ、永徳一家の名折れだ。ギルドに話をしてな、依頼料は全額子供らに返させて、俺らからの依頼って事にさせてもらった」
「あ、そうなんだ。じゃ、俺もらっとくよ」
 琥珀は笑顔になる。
「‥‥しかし、私は別に‥‥」
「貰っておけ。不払いが起きるようだと、ギルドの面子に関わるかも知れん」
 律の言葉に、芳純は渋々引き下がった。
「で、今後はどうなんだァ、三倉はよ」
 顎をなで回しながら、空が聞く。
「さあて。瀧華も今回は引き下がったが、何せ金のある連中だ。人を雇おうと思えば、また雇えるだろう。今暫く、ゴタゴタは続くだろうな」
「ま、何かありゃァ、お人好しの開拓者が来てくれんだろうぜ」
 空が笑った。律が茶化す。
「お前のような、な」
「ヘッ、俺ァ戦えりゃそれで良いのよ。もしかすっと、瀧華の方に雇われてるかも知れねェぜ」
 どこまで本気か解らない表情で、空はそっぽを向いた。
 律がその目をじっと見て、何事かを言いそうになったが、あえて口を噤む。
「ともあれ、今回は本当に、有り難うございやした」
 言い、仁兵衛は立ち上がると、背後の襖を引きあけた。
「げっ」
 鴻が思わず声を上げる。襖の向こうの大広間には、所狭しと侠客が並んでいたのだ。
 仁兵衛と剣悟郎が、深々と頭を下げた。続いて、侠客達が一斉に。
「どうぞ皆様。以後、良き旅を」