|
■オープニング本文 ※上のイラストは登場キャラの脳内イメージです。実際の映像と著しく異なる場合がございますが、ご了承下さい。 ● 「もう、勘弁ならねえ」 風螺は吐き捨てた。 「毎年言ってるのが解んねえのか、旦那。俺の毛はあんたの為にあるんじゃあねえんだ」 「馬鹿言いねえ、別に減るもんでもあるまいに。半刻も経てば元通りになる毛をちっと刈られたくらいで、けちけちするない」 白髪から狐耳を生やした老侠客、岸田仁兵衛は鼻で笑う。 弁柄色の毛を風に靡かせながら、風螺は太い眉を器用に動かし、苦み走った表情を見せた。 「減るんだよ、気分的にな」 「ならいいじゃあねえか」 仁兵衛の突っ込みに、風螺は微塵も動じない。仁兵衛は更に追い打ちをかける。 「毎年言ってるがねえ風螺、お前さんの毛と違って、あたしが出してるお前さんの飯代は、気分どころか本当に財布の中から減っていってるんだよ」 「ぐっ」 痛い所を突かれ、風螺は口籠もった。 が、仁兵衛の家に転がり込んで数年。風螺も、最早その程度で引き下がる程やわなもふらさまではない。 「もふら一匹の飯代も渋るようじゃあ、侠客の名が泣くってもんだぜ、旦那」 「タダ飯喰らい自身が言ってなけりゃあ、説得力もあるがねえ」 仁兵衛も動じない。 「自分の食い扶持も払えねえなら、そりゃあ身体で払ってもらう他はねえだろう」 庭の風螺と部屋の仁兵衛は縁側を挟んで低い笑いを上げた。 「そうかい、それならもうあんたの世話にゃなんねえよ。俺だって、自分の食い扶持くらいは自分で稼いで見せらあ」 「六十二回目の家出かい」 「馬鹿言いねえ。今までのお遊びとは訳が違え、正真正銘の家出よ」 風螺は言い、じりじりと後退っていく。障子の前に立った仁兵衛は、後を追わない。 「あばよ、旦那!」 十丈離れた所で、風螺は一気に踵を返して走り出した。 仁兵衛は軽い溜息をつき、障子を閉めて部屋に戻る。 「さて、残った仕事を片付けて……風螺の野郎は、また開拓者の皆さんにお任せするのが良いかねえ」 文机の前に座り、帳面を開いて眉根を寄せる。 暫し、風の音と筆を走らせる音ばかりが部屋に響いた。 「全く……場所代を貰いすぎてる馬鹿がいやがる。ちっと叱っておかねえと……」 ぶつぶつと呟きながら手を動かす仁兵衛の耳が、ぴくりと動いた。 ちらりと視線を動かすと、逃げ出て行った筈の風螺が右前足で襖を開け、中を覗き込んでいる。 仁兵衛と目を合わせた風螺は、気まずそうに目を伏せた。 「……ちっと寒いんで、着るもんと風呂敷を一枚、貰っていっていいもふ……?」 「ちったあ意地ってもんがねえのかい、お前さんは」 仁兵衛は呆れ返り、書き物に戻った。 ● 武天は侠客の町、三倉。 ここを二分して争う侠客一家の一つ、永徳一家。その参謀を務める神威人、岸田仁兵衛の家に、もふらさまの風螺は居候していた。 もふらの身でありながら侠客にかぶれ、一丁前の侠客気分を味わいたい風螺は、毎冬彼の毛を刈って袢纏を作りたがる仁兵衛から侠客ごっこをしつつ逃げ回るのが恒例だ。今や一人と一頭の追いかけっこは、永徳一家の縄張りの風物詩として定着しつつある。 そして永徳一家の縄張りには、その追いかけっこの最中に限って適用される「掟」があった。 「な、何だいこりゃあ」 鍋の材料を買い込み、大根の葉が飛び出した籠を提げた仁兵衛は目を丸くした。 両手に余る数の人々が、仁兵衛の屋敷の前に列を成していた。誰もが綺麗に糊の利いた羽織や華やかな振袖、小袖を着込んでおり、相当羽振りの良い者達だと窺い知れる。 「お、来たきた。仁兵衛さん」 「仁兵衛さん、ちっと悪いんですがね」 「仁兵衛さん」 「仁兵衛さん‥‥」 一斉に彼を取り囲む人々を前に、仁兵衛は眉をひそめた。 「みなさん、こいつぁ一体何の騒ぎなんで?」 「冗談言っちゃいけませんよ、仁兵衛さん。風螺ちゃんとの追いかけっこが始まったんでしょう」 恰幅の良い中年女性が、満面の笑みで言う。 「え? ええ、そりゃあ」 「風螺ちゃんがね、うちの翡翠を持っていったの」 「うちは簪」 「うちは印籠」 「うちは紅」 仁兵衛の手から、鍋の材料が入った籠が落ちた。 「そういうわけなんで、例年通り‥‥」 「仁兵衛さんに、一割増しで買い上げて頂くということで」 「こうしてお屋敷に伺った次第でして」 そう。追いかけっこの最中、風螺が縄張りの商店で品物に手を出した場合、迷惑料も込みで仁兵衛が一割増の品代を支払うことになっているのだ。 これまで風螺が手を出していたのは必ず食品であり、どんなに追いかけっこが長引いても被害額が千文を越えることは無かったのだが、 「十四人分合わせて、176800文になります。あ、いや、一割増なんで194480文。端数切って190000文で構いませんよ」 算盤を弾く音を聞きながら、仁兵衛の中で何かが切れた。 |
■参加者一覧
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
烏丸 琴音(ib6802)
10歳・女・陰
イーラ(ib7620)
28歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 「翡翠や簪は物次第だが、天儀の紅は高ぇよな」 薄葡萄色のシャツに若竹色の薄い外套を羽織った、こちらも身の丈六尺近い金髪の青年、イーラ(ib7620)が紙を眺めて唇をへの字にする。 「女に貢いでるんじゃないだろうね」 三倉の人々よりも頭一つ高い身体に長着を着流し、外套を羽織った青年、千代田清顕(ia9802)が笑う。 「これだけ見ると女物ばかりだが、そうなると印籠が少し浮くな‥‥」 「なるほど」 「人が物を手に入れる時には、何がしかの背景があるんだよ。ただの気分だったり、深い訳だったり」 紙を丸め、イーラは腕を組む。 「イーラさんから見て、今回の背景は?」 「俺の読みじゃ、単純に金。蒼馬と芳純の故買屋って読みが、一番確実と見た」 と、 「清顕隊長だ!」 「隊長! 今日は何すんの!?」 清顕の姿を見つけ、三倉の少年達が声を挙げた。 「た、隊長?」 清顕が紫色の目を丸くして、駆け寄ってきた少年達を見回す。 イーラが腕を組んで呆れ顔を見せた。 「何だそりゃ」 「‥‥いや、俺もよく‥‥」 珍しく狼狽えている清顕の周りに、八名の子供が輪を作る。 既に三倉では顔なじみになり、しかも子供達に幾度も繋ぎをつけていた清顕は、本人のいない間に子供達の「隊長」に祭り上げられていた。 衆目を集める長身の青年が、子供に囲まれて隊長呼ばわりされている姿は、ちょっとした見せ物だ。 「いや、イーラさん、逃げないでくれよ」 「隊長さん、指示をどうぞ?」 イーラは笑いを堪えながら物陰に隠れて耳目を逃れている。 清顕は軽く咳払いをし、威厳のある低い声を作って子供達を見回す。 「あー、諸君。今日の任務は、仁兵衛さんの所のもふら、風螺の捜索だ。一昨日から今日までの風螺の行動を掴んできた者には、報奨として焼き芋の中を二つ。特に今日の居場所を知らせてくれたら、焼き芋の大を四つだ」 『はい!』 子供達はばらばらに敬礼をする。 「散開!」 清顕が手を叩くと、八名の子供達は文字通り八方に散っていった。 物陰から出てきたイーラと共に、くすくすと笑う声の中、平静を装いながら清顕は足早に歩き始めた。 ● 「ああ、はいはい、来ましたよう」 故買屋の老婆は、何やら嬉しそうに目を細めた。 「風呂敷にあれこれ詰めましてねえ、この婆でも、よおく覚えてますよう」 「やはり、ここでしたね」 天井の低い故買屋の中で身の丈八尺近い身体を屈め、宿奈芳純(ia9695)は手に持った烏帽子を回す。 「食い扶持云々の話をしていたようだし、盗った物を換金しようと考えたわけだ。‥‥つくづく、もふらの癖にアクティブな奴だな」 龍の刺繍がされた袍に羽織を着た蒼髪の青年、蓮蒼馬(ib5707)は腕を組んだ。こちらも、中腰のままで居るのに疲れて胡座をかいている。 「もふらとは思えない逃げ足ですからね」 昨年の追いかけっこに参加していた芳純は端正な顔に苦笑いを浮かべる。 老婆は皺だらけの顔を更にしわくちゃにして笑う。 「物はぜえんぶ取ってありますよう。素性のはっきりしない品ですから、商売柄ねえ」 「全く‥‥風螺は、あなたに救われたな」 「いいええ、だって風螺ちゃんのすることじゃないですか」 老婆はくすくすと笑う。 「ときに、その後風螺の行方は知らないか」 「風螺ちゃんですか? 今日は半刻か四半刻前に来ましたよう」 「四半刻前ですか。惜しい所ですれ違ったのですね‥‥急ぎましょうか」 芳純が、空色の神衣の裾を手で払い、天井に頭をぶつけぬよう出口へ向かう。 「意外に早く捕まりそうだな。お邪魔をして申し訳ない」 「いいええ、お気になさらず」 老婆は皺だらけの手でゆっくりと通りを指差した。 「そこの通りを左に曲がって、大通りの方へ行きましたよう」 「ありがとうございます」 言い残し、芳純は店の外に出るや人魂を放った。 ● 「うー、寒いっ寒いっさぁむーいっ」 天儀には珍しい褐色の肌に映える白いマントとバラージドレスが、サフィリーン(ib6756)の跳躍にあわせてひらひらと踊る。 アル=カマル生まれの彼女に、天儀の寒さは堪えるらしい。鳥肌の立った両腕を手でこすりながら、店の前から立ち上る白い湯気と出汁の香りに近寄っていく。 「わぁ〜温かい♪ これなぁに?」 中年女性は、三倉では滅多に見ないアル=カマルの少女を見て目を丸くした。 「あら綺麗なお嬢さんね。開拓者の人? おでんは初めてかい」 湯気を上げながら細かく震える牛筋串が、サフィリーンに手渡される。 花浅葱の目と共に、笑顔の花が開いた。 「美味しい! ほら琴音ちゃんも一つ、美味しいよっ」 早速財布の紐を緩めたその視線の先に、いるべき少女がいない。 「あれ、琴音ちゃん?」 人々の視線を集める巨大な鳩の着ぐるみは、慌てて辺りを見回すサフィリーンの隣になく、地面に落ちた青黒い石粒を辿って通りを歩き始めていた。 鳩の首の部分には穴が空いており、そこから烏丸琴音(ib6802)の愛らしい顔が覗いている。 「あ、目印‥‥」 石粒は、インクで染色された干飯の破片だった。サフィリーンの視線が、物陰に潜んでいる袍姿の青年、蒼馬を捉える。 蒼馬が指二本で指し示す方向には、サフィリーンの読み通り香りに釣られ、鼻を鳴らして通りをうろつく風螺がいた。 「ぽっぽー、風螺の親分を見つけたのです」 「もふ!?」 振り返った風螺は、巨大な鳩‥‥の首から覗く琴音の顔を見て、慌てて通りの壁際まで後退った。 「は‥‥ハトもふ!? ヒトもふ!?」 「ふわふわのハトなのです。親分は子分を連れているものなのです。だからハトが子分になるのです」 暫しの沈黙。 だが尾羽をふりふりと動かしている琴音を見ている内に、風螺は他愛なく上機嫌になった。 「そ、そうかそうか! まあ、子分になりてえんなら、してやらねえ事もねえもふ」 「ぽっぽー、嬉しいのです!」 琴音は風螺の背にしがみつき、顔をこすりつけた。どさくさ紛れに右羽根がばたばたと動き、地面から浮かび上がるようにして現れた白い小鼠が、後方のサフィリーン目掛けて走り出す。 「ぽっぽー、それで親分、どうするでやんすかなのです」 「ん、これからか? まあ、あれだな。仁兵衛の旦那に、今までの借りを利子つけ‥‥て‥‥」 得意満面の風螺だったが、その視線が前方上を見て仰天した。 「あ、あのノッポ、去年の!?」 三倉の人々よりも頭三つほど抜きんでた烏帽子が、風螺の低い視点からでも覗き見えたのだ。その手を離れた白い小鳥が、冬空へと舞い上がっていく。 「や、やべえ、子分、逃げるもふ!」 「? どこに逃げるのです?」 「いいから早くするもふ!」 きょとんとしている琴音の右羽根を咥え、裏通りへ引っ張り込む。 その時、風螺の背後で少年の声が叫んだ。 「鳥が見えた! あっちだ!」 「副隊長! こっちです!」 「副隊長かよ」 ぼやきつつ革靴を砂利で横滑りさせて、若竹色の外套を羽織ったイーラが物陰から風螺の進行方向に飛び出した。 「あ、あのノッポの仲間もふ!?」 風螺は慌てて門を曲がろうとし、今度は急停止した。 高々と掲げられた、両の鳥嘴拳。足袋を履いた左足の指二本だけですっくと立ち、右の膝頭は鳩尾の高さで真っ直ぐに天を指している。 「ももももふ!?」 いつの間にか裏通りへ回っていた蒼馬の黒い双眸が、風螺を睨み下ろしていた。 と、あちらこちらへ急激に羽根を引っ張られた琴音が、お尻から地面に着地してころころと転がり、仰向けになってしまう。 羽根が暫しの間ばたばたと動き、ぴたりと止まった。 大きな紫の瞳が涙ぐむ。 「親分、起きれないのです‥‥」 「な、何やってるもふ!?」 「見捨てないでなのです‥‥」 「早く起き‥‥もふ!?」 と、風螺の眼前に白い閃光が走った。 「もふ!?」 光は、質量を持っていた。琴音に駆け寄ろうとして激突した風螺が引っ繰り返る。 芳純の必勝達磨が、白い眼窩から放った光だった。それが風螺の眼前に壁として立ちはだかり、その進路を塞いだのだ。 引っ繰り返った風螺の身体に、商店の屋根から飛び降りた清顕の影が覆い被さる。 地面を転がる風螺のたてがみが、清顕の左手で鷲掴みにされた。 「すげー、隊長かっこいい!」 「さすが隊長! 目標、確保!」 人混みに混じっていた子供達が手を叩いて騒ぐ。 物陰から蒼馬が拍子抜けした顔で現れ、風螺の首にしっかりと麻縄を巻き付けた。 「皆さん、お疲れさまなのです」 右の羽根を支えとして、器用に短い足を動かし、鳩の着ぐるみが立ち上がる。 「琴音ちゃん、大丈夫? あ、ちょっと擦り傷できてる」 駆け寄ってきたサフィリーンが、琴音の黒髪を丁寧に払い、頬に滲み始めた血を拭ってやる。 「だ、騙したもふ!?」 「さ、行くぞ」 狼狽える風螺を引きずり、縄を握った蒼馬は眉一つ動かさずに通りを歩き始めた。 ● 「まあ、一杯飲め」 風螺は即座に引っ立てられず、毛氈敷きの席に縄で繋がれていた。 琥珀色の茶を啜り、白い息を吐きながら、イーラが顔をしかめる。 「あのなあお前さん、毎回仁兵衛さんに尻拭いさせてんの知ってるかい?」 同じ焙じ茶を啜りながら、蒼馬がその後を引き取って続けた。 「お前が盗った物の代金を、仁兵衛殿が一割増しで払っているのだぞ」 「‥‥もふ!?」 風螺の目と口がこれ以上ない程に開かれた。 「だ、旦那が払ってたもふ?」 「知らなかったようですね」 芳純の言葉に、風螺はおろおろと開拓者達を見回す。 「お、俺の人徳じゃなかったもふ!?」 「‥‥そういう方向に行っていたわけですか」 芳純が瞑目し、イーラがもう一つ白い息を吐く。 「黙って同居人の迷惑手前で被って恩にも着せねぇ‥‥漢じゃねぇか」 「尤も今回ばかりは、もふらの開きにしてやると、烈火の如く怒っておられますよ」 芳純に言われ、風螺は震え上がった。 「ひ、開きもふ‥‥?」 「19万文だからね」 清顕が呆れ顔で頷く。 「開拓者が20回ほど仕事を請けて、漸く得られる金だ。品だって店が懸命に商いをして仕入れたんだよ」 「う‥‥」 漸く自分のしでかした事を理解したのか、風螺はおろおろと開拓者達の顔を見比べている。 「仁兵衛さんが怒るのは当たり前なのです」 着ぐるみを脱ぎ、白と青のエプロンドレスに着替えた琴音が小さな唇を尖らせた。 「仁兵衛殿が怒っているのは楽の多寡だけではないと俺は思う」 蒼馬は風螺の前に置いた皿に、もふ殺しを注いでやる。 「侠客を気取りながら堅気の衆を困らせた事に怒っているんじゃないか?」 「どどどどうしたらいいもふ‥‥?」 芳純が身を屈め、風螺の目を正面から見据える。 「風螺さんも、任侠でしたら逃げずに筋を通しなさい」 「す‥‥筋‥‥やっぱり、開きもふ? 切腹もふ?」 「ごめんなさいはしないとダメだと思うのです」 琴音がぴしゃりと言う。 「全くだね。悪いと思ったら、まず誠心誠意頭を下げるのが男ってものさ」 清顕が襟巻きを首に掛け、立ち上がる。 「仁兵衛さんと店に謝ろう。俺達も一緒に謝るからさ」 「‥‥はいもふ‥‥」 心なしか全身の毛を垂れさせ、風螺が項垂れる。 「うんうん。良い子良い子」 サフィリーンは風螺の頭をなで回すと、にっこり笑って立ち上がった。 「風螺ちゃん、自分で稼ぐってね」 褐色の足の収まった猫足のサンダルが、地面を踏みしめた。 右腕の前から胸を跨ぎ左腕の後ろへと流れるジプシークロースが前後に回転し、一枚のクロースがまるで二枚に分かれたかの如く踊る。 上半身と下半身が別の生き物のようにうねったかと思うと、旋風のように全身で回転し、空中で二つ折りにされたクロースが上半身を覆い隠す。 ほんの数分の踊りだったが、既に茶店の前にはちょっとした人だかりができていた。両手を腿の前で重ねてばね仕掛けの人形のようにお辞儀をするや、十名を越える観客から一斉に拍手が起こり、青いヴェールの中に次々と硬貨が投げ込まれていく。 「‥‥ね? こんな感じ」 サフィリーンは片目を瞑って見せた。 ● 「‥‥というわけなのです、お爺分」 「いや、爺分は‥‥まあ、構いませんがねえ‥‥」 「仲直りしてほしいのです」 愛らしい少女にじっと見つめられ、地に突いた杖に両手を重ね、縁側に腰掛けた仁兵衛は溜息をついた。 お白州に引き出された罪人の如く、仁兵衛の屋敷の庭に風螺は小さくお座りをして耳を垂れている。 「ほら、お前も。今回も借り作った分、キッチリ詫びな」 脇に片膝を付いたイーラが、風螺の頭の毛を掴んで頭を下げさせる。 「その‥‥旦那に、今までの飯代くらい利子つけて突き返してやると思ったもふ‥‥その、今まで散々、飯も菓子も食ったもふし‥‥」 「ある意味利子つけて返ってきたがねえ」 仁兵衛はすっかり呆れ顔だ。 「今まで仁兵衛さんが金を払っていると知らずに、自分の人徳で見逃してもらっていると思っていたそうで」 普段は表情を変えない芳純も、今回ばかりは少々呆れ顔だ。 「そんな真似して人徳も何もあるもんかい。常識で考えねえ」 「ごめんなさいもふ‥‥全部返してきたもふ‥‥」 「当たりめえだ」 仁兵衛は鼻を鳴らす。 池の端の岩に腰掛けた清顕が苦笑した。 「まあ、売り言葉に買い言葉‥‥ならぬ買い行動って事で、許してもらえないかな。毛を売るなり、迷惑掛けたお店で売り子するなり、地道に稼いで返すそうだから」 すっかりしょげ返って何も言えない風螺の頭を撫でつつ、サフィリーンが仁兵衛の顔をちらりと覗き込む。 「仁兵衛お爺ちゃんもね? 職人さんに毛の格好いい刈り方を習って、風螺ちゃんに刈って貰いたいって思われる工夫とか、どうかな?」 「‥‥ふむ」 サフィリーンの提案に、仁兵衛は意表を突かれた顔で突き出した顎を摘んだ。 「そいつぁ名案だねえ」 「でしょ♪ 毛を貰って仁兵衛お爺ちゃんも温かくて、風螺ちゃんも毛だけでご飯食べられて!」 手を打ち合わせ、サフィリーンは浮き浮きと言う。 が、 「くっくっく‥‥嬢ちゃんの言う事ぁ、全く筋の通った話だ。風螺、覚悟はできてんだろうねえ」 アヤカシも裸足で逃げ出す不気味な笑みを浮かべて、仁兵衛が腰を上げる。 「か、覚悟もふ!?」 反射的に逃げようとした風螺の首っ玉を、易々と清顕が捕まえた。 「勿論大歓迎、いつもより毛も沢山進呈するってさ。な? 風螺」 「お前も男だろ。落とし前くらいきっちりつけなきゃな」 イーラが、風螺の下半身を押さえ込む。 「ま、待つもふ!? 姉ちゃんは、格好いいって言ったもふ!? 旦那、覚悟って何もふ!?」 「なあに。ついでだ、金を稼ぐのに役立つ格好にしてやりゃあ、なお良いわけじゃあねえか‥‥」 仁兵衛は懐から短刀を出し、わざとゆっくり風螺ににじり寄っていった。 背に「反省」と文字を刈り込まれ、ジルベリアで言う「プードルカット」にも似た毛型にされた風螺が、様々な店先で二足歩行をし自棄糞に踊る様が三倉で話題になるのは、その数日後の事であった。 |