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■オープニング本文 ● 薄暗い部屋に、引き戸から細く光が差し込んでいる。 光は、中の老人の禿頭と、僅かに刃の欠けた一口の刀を強く照らしていた。 胡座をかいた大柄な老人は、忌々しげに舌打ちを漏らす。 「てめえ、こいつで強かに棟打ちをしやがっただろ」 「解るんですか」 老人の前に立つ青年は目を丸くした。 片目を閉じ、老人は刀の棟を光に当てて眺め回す。 「相手は‥‥ジルベリアの鎧を着ていやがったな。或いは南蛮胴だ。肩当てか脇か、その辺にぶち当てやがっただろ。てめえが持ち主じゃ刀が気の毒ってもんだ。馬鹿が」 露骨に悪態をつかれた青年は鼻白んだ。 「な、何ですかいきなり」 「てめえその様子じゃ、何で刃こぼれが起きたか解ってねえな」 じろりと老人の丸い目が青年を睨む。 「‥‥ぼ、僕の力が強すぎたから」 「このタコ助が!」 老人の左手が電光のように傍に転がる鞘を掴み、青年の額を突いた。目から火花を散らした青年は土間に尻餅をつき、首を振る。 「何するんですか!」 「刀ってのはなあ、前が固く、後ろが柔らかくできてんだ。前の刃鉄の衝撃を、中の芯鉄、後ろの棟鉄がしなって受け流すようになってんだよ! 柔らかい棟の方からぶん殴ってみやがれ、棟鉄と芯鉄の歪みが固い刃鉄に負担掛けちまうだろうが!」 老人は一気にまくし立てた。 「‥‥は‥‥はあ‥‥」 「てめえの使い方が悪いから刃が欠けたんだ、解ったかこのオタンコナス!」 青年は尻餅をついたまま髪を掻き回し、頭を下げる。 「すいませんでした。それで、その‥‥これ、直りますか」 老人の手がぴたりと止まった。 「おい。てめえ、今何つった」 「え? いや、だから直りますかって」 胡座をかいていた老人の足が、ゆっくりと地面を踏みしめる。立ち上がると、老人の身の丈は六尺を越えた。 「‥‥直りますか、と抜かしやがったな」 「は、はい」 危機を感じた青年は、尻餅をついた姿勢のまま後ろに下がり始める。 老人は茎を両手で握り、横薙ぎに刀を払った。咄嗟に仰向けに倒れた青年の鼻先を、銀光が掠める。素人剣術ではない、訓練された動きだ。 「この俺に向かって、直ります『か』だあ!? てめえそこに座りやがれ、叩っ斬ってやる!」 「あ、危ないですよ!」 青年は土間を転がり、振り下ろされる刀を紙一重で避けた。刃は水瓶を断ち割り、中の水を土間に撒き散らす。 「殺す気ですか!」 「おうよ、当たりめえだ!」 土間に飛び降りた老人はわめき、更に刀を振るう。青年は引き戸を突き破って表へ転がり出た。 「てめえ、この刀綺麗ーに研ぎ直して、その首叩き落としてやるからな! 絶対に取りに来いよ!」 「こ、こ、こんな所、二度と来るもんか!」 怒鳴る老人にわめき返し、青年は衆人環視の中、這々の体で逃げ出した。 ● 「笑い事じゃないですよ」 腹を抱えて笑う女将と酔っぱらい達を前に、泣きそうな声で青年は訴えた。 「あれ、僕の大切な刀なんですから」 「それ、喧好さんの前で言っちゃだめよ。ああ可笑しい」 目尻に涙さえ浮かべ、女将が青年に忠告した。 「大切な刀なら何でを粗末にしやがんだっつって、また刀振り回すぜ、あの爺さんは」 「一回それで顔に傷こしらえて逃げてった奴がいたな」 酔っぱらい達が大笑いする。 「先に言っておけば良かったわねえ」 「酷いですよ。どうしよう‥‥」 「ご免」 宿に、胴間声が響き渡った。 女将と客が一斉に間口の方向を向く。 「こちらの宿に、野沢太平さんてお客さんはいらっしゃいますかい」 そこに立っているのは、筋骨隆々の飛脚だった。青年が顔を上げる。 「はい?」 「そちらさんが、野沢さん?」 「そうですけど‥‥」 飛脚は頷き、鈴のついた状箱を下ろすと、中から一通の文を取り出した。 「文を預かってますんで、こちらを」 女将が飛脚の手から文を受け取り、差出人を見て目を丸くする。 「喧好さんからよ」 「え、あの爺さんから?」 「そう」 女将から手渡された紙を、青年、太平は恐る恐る開いた。飛脚は会釈を一つ送ると、鈴の音を鳴らして夜の町へと消えていく。 『この辺りの街道沿いに賊が出る。連中を一人残らず殺さずに捕まえてきたら、刀は返してやる 児嶋喧好』 書かれているのは、それだけだ。殴り書きではあるが、なかなかの達筆である。 太平は途方に暮れた顔で呟いた。 「‥‥これ、刀無しでやれってことですかね」 「まあ、素手でとも、刀を使わず、とも書いてないから‥‥いいんじゃない? 何なら、貸してあげましょうか? 刀」 「お願いします‥‥」 力無く呟く太平を残し、女将が一度勝手口を出て、蔵へと向かった。 残された酔っぱらい客が、気楽に猪口を掲げる。 「大変なことになったなあ、若えの」 「冗談じゃないですよ‥‥僕はあの爺さんのお客なのに、何でこんな目に‥‥」 肩を落とし、太平は眉間を親指で揉んだ。 「‥‥僕は愛刀の為に死ぬ事になるんだろうか‥‥」 「ま、あの爺さんに研ぎを頼んじまったのが運の尽きと、諦めるこった」 「他人事だと思って‥‥その賊って、盗賊ですか? 商家の土蔵を狙うような?」 猪口を空けた男は、手を振った。 「盗賊というか、山賊というか‥‥山じゃないけどなあ。街道でも人気の無い辺りに出て、旅人の身包み剥いでいくんだ」 「人数とか、解ります?」 横の男が口を挟む。 「商人が数人で徒党を組んでいても襲われたって話を聞いたぜ」 「両手の指じゃとても足りねえって話も聞いたな」 「‥‥そんなの、僕一人じゃ無理に決まってるじゃないですか‥‥」 泣きそうな顔で太平は机に突っ伏す。 「刀、あったわよ。誰も使わないから、好きに‥‥あら」 古ぼけた刀を携えて勝手口から顔を出した女将が、机に伏して泣いている太平を見て目を丸くする。 「なあに山ちゃん、また若い子いじめた?」 「ち、ちげえよ、俺じゃねえ」 「俺でもねえぞ。俺らは本当の事を言っただけだ」 しどろもどろで、酔っぱらい達が首を振る。女将は太平の脇に刀を置き、腕を組む。 「全く、未来のある青年一人を、よってたかって‥‥」 「よってたかって?」 勢いよく、太平が顔を上げた。 「そう言えばこの手紙‥‥一人で、とも書いてないですよね」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
カメリア(ib5405)
31歳・女・砲
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 川の音。鶸が頻りに啼いている。 木箱を詰んだ荷車の輪が、軋みを上げた。 「ははぁ‥‥身を隠せるといたしましたら、あの岩場ということになりますでしょうか」 簡素なマントが風に揺れる。銀の首飾りを着け、大きな宝珠が填められた短剣を差した青年、ディディエ・ベルトラン(ib3404)が、細い手で皮の帽子を押さえた。 「岩場から目につく場所で休憩を取りましてですね〜、相手をじらしてみようかと〜」 「解りました」 荷車を引く青年、九法慧介(ia2194)は頷き、川原へと進路をずらす。 その身体は弓掛鎧に陣羽織、泰兜で物々しく武装し、一団でただ一人の護衛であることを物語っている。 川原の石で揺れ始めた荷箱から、一人の女性が飛び降りた。 「喧好さん、刀がとーっても大好きで大切、なんですね♪ 解りますよぅ‥‥」 セーターの上に丈の長いコートを羽織った女性、カメリア(ib5405)が、愛しそうに懐の短銃を撫でる。 キャスケットから零れる栗色の髪が風に浮かび、肩に掛かった。 「許して貰えるように頑張りましょうね」 「ううう。はい‥‥」 情けない声を上げ、後ろからついてくる青年、太平は頷く。 「野沢さんは大変な方に関わってしまいましたね‥‥」 街道沿いにまばらに立つ木々の葉が、赤や黄色に変わりつつある。市女笠を持ち上げてその様を眺めながら、巫女袴に外套を羽織った少女、柊沢霞澄(ia0067)が肩にかかる銀髪をそっと撫でた。 「ご老人は何かの意図を依頼に込めていると思いますよ‥‥?」 「意地悪じゃないんですかねえ」 「あら。良い品を大切に末永く扱う術を教えてくれようとしていると思っては如何ですか?」 巫女袴に白い小袖、簡素な四尺ほどの棒を杖にした黒髪の美女、明王院未楡(ib0349)が、小首を傾げて見せた。 「価値を知る人から見れば、粗末な扱いを看過できないって事かも知れませんよ」 「うう‥‥」 「まあ俺も喧好さんに怒られそうだからなあ」 慧介は快活に笑った。 「殺さないようにしようと考えると、鞘で殴るか峰打ちぐらいしか思い浮かばないよ」 「ね? ですよね?」 勢い込んで太平が頷く。 「だからといって、また峰打ちをしてご老人のご機嫌を損ねないで下さいね‥‥?」 霞澄は眉を八の字にして笑った。慧介が愛刀の柄をそっと撫でる。 「俺も、もしコレを没収されたら泣いちゃうからね‥‥頑張るよ」 「慧介のように場数を踏んでいればまだしも、殺さずに敵を制するのはかなり難しい」 荷車の横を行く青年、蓮蒼馬(ib5707)が、太平の刀の柄を指差した。 「もし真剣を使うなら柄頭で鳩尾を突いてはどうだ」 泰服に水干という一風変わった着こなしで、物々しい武具は一切持たず、気楽な商人を装っている。 だがしなやかに無駄なく鍛えられた身体には隙というものが見受けられない。 「‥‥柄頭で‥‥こんな感じですか」 言われ、太平は鞘を握り、刀の柄頭を前へ突き出す。 「そうだ。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と言うぞ」 「ううう‥‥できるかなあ‥‥」 「木刀でも良いと思いますよ? 命を落としてしまっては、元も子もありませんから」 未楡に言われ、太平はしょんぼりと辺りに転がっていた木切れを拾う。 風が吹き付け、薄野原がざわめいた。 ● 一行が簡単な食事を摂り、陽が僅かに傾きだした頃。 「やれ!」 突如、薄野原から怒鳴り声が上がった。 『応!』 薄の陰から刀や槍が生え、一斉に街道へと飛び出してくる。 その数、十六名。河川敷の一行目掛けて殺到する。 細く愛らしい悲鳴を上げ、カメリアが荷車の陰に飛び込んだ。未楡は助けを求めるかのように左右を見渡し、慌てて武装した慧介の後ろに逃げる。 霞澄は驚きの声をあげかける口を小さな左手で隠し、右手でさりげなく慧介の身体に触れる。途端、慧介の身体が鎧の下でぼんやりと光った。 「護衛の優男! 刀を捨てやがれ!」 先頭を切って走る男が怒鳴る。 「慧介。いるか」 車輪に腰掛けていた蒼馬は、煙管を咥えたまま川原に飛び降りた。 「薄野原にはいないかな‥‥ただ、岩場に一人。後ろからの狙撃に気をつけて」 慧介は素早く面頬を取り付け、腰の「秋水清光」を抜いた。 一際早い足運びで先陣を切る男の、袈裟懸けに振り下ろす刀が、力無く地に転がる。 男の右手首と共に。 出篭手に切り落とされ血を噴き上げる腕を見て、呆然としている男の脇腹に、慧介の膝が突き刺さった。肝臓を蹴られた男はその場に崩れ落ち、悶絶し始める。 「野郎、良い度胸だ!」 「囲んで畳んじまえ!」 賊が無様な恰好で振り下ろす逆袈裟の一刀を屈んで躱した慧介は、踏み込んできた賊の足に刀を突き刺す。 横手から飛びかかる賊の刀に、鉄扇「刃」が触れた。 商人になりすまし、狼狽えるふりをしていた蒼馬だった。鍛え上げられたしなやかな腕が、男の肘に蛇の如く絡みつく。 次の瞬間、男は上下半回転して宙に浮いていた。 男が顔から地面に落下し、悲鳴を上げる。蒼馬は突き出される槍の穂先を、閉じた鉄扇で跳ね上げる。 鉄扇が甲高い金属音を立てた。 下段から振り上げられた槍の石突きを、上体を反らして躱す。鉄扇で胸を突かれてたたらを踏んだ賊は、足をもつれさせて盛大に引っ繰り返った。 袴の帯が、鋭利な刃物で切り裂かれている。 蒼馬は槍の石突きを跳ね上げざま鉄扇を開いて帯を切り、慣性を利用して閉じ、胸元を突いていた。 その時、破裂音が川面を揺らした。 「九法さん‥‥!」 「問題ないよ」 左腰から血を溢れさせて地を転がった慧介だったが、霞澄の加護結界の力もあり、動きに支障があるほどの怪我にはなっていない。 だが負傷で動きの鈍った慧介の傍を離れ、賊が荷車を取り囲みに掛かった。 「大人しく‥‥しやが‥‥?」 荷車の裏に回った男が、口を半開きにしたまま動きを止めた。 車輪の前に片膝をつき、教本通りの膝撃ちの姿勢で狭間筒を構えている、カメリアの姿があった。 その白い頬は黒く艶やかな銃身に寄せられ、敵の身体とフロントサイト、そして栗色の右目を一直線に結んでいる。 男が目を剥いたのと、狭間筒「八咫烏」が火を噴くのが、全く同時だった。銃身に充ち満ちていた練力が爆発に指向性を持たせ、不可視の力の通り道を作っている。 巨人の手に薙ぎ倒されるかの如く、男は地面に叩きつけられた。 カメリアの傍に立つ霞澄の手が榊の杖を振るう。巫女袴が、小袖が、千早がはためき、その背から舞い上がる無数の十字型をした煌めきが、彼女の周囲へと撒き散らされた。 光に触れた慧介の腰から、出血が止まる。 「‥‥川越しに岩場まで行くのは現実的ではございませんですねえ、はい」 短剣を抜き、ディディエは白銀の刀身を秋の陽射しに翳す。 「眠るのと痛いのと縛られるのですとねぇ、お好みに合いますのはどういったものになりますでしょうか?」 川越しに、岩場で銃に弾を込めている男へ声を掛ける。男は答えず、銃口から流し込んだ弾と火薬を槊杖で突き固めた。 「これは、お任せということでよろしいでしょうかねぇ」 ディディエは半身になり、左手で短剣を突き出した。 短剣の刃が風上に向かって煤のような黒い粒子を吐き出す。粒子は風に逆らい、虫の大群の如く、銃を構えた男へと殺到した。 自分が術に掛けられていると男が気付いた時には、最早黒い粒子がその周囲を完全に包囲していた。 粒子は男の口へ、鼻へ、耳へと雪崩れ込む。恐慌に陥った男が誤って引き金を引いたのか、虚しく燧石の叩かれる音が響いた。 三つ数える間に男はすっかり黒い粒子を吸い込み、苦しげな表情で寝息を立てていた。 「お、おい、こいつら‥‥開拓者だ! 全員開拓者だぞ!」 賊の一人が叫んだ。既に半数しか残っていない賊はそれを聞き、一気に浮き足立つ。 その時、鶴の鳴き声を思わせる裂帛の咆哮が辺りに響いた。 霞澄とカメリアの前で杖を構えた未楡だった。 四尺に寸を詰めた棍を突き、引く。突き、払う。引きに合わせ踏み込もうとした男の額が三寸に渡って裂けた。 遠心力のついた棍に触れると、人の皮膚は、裂ける。 派手に溢れ出した血に視界を塞がれた男の右頬が、棍に砕かれた。その身体が左に倒れ、別の賊と激突する。 未楡の身体が反転し、自らの腋下を通した四尺棍が男の鳩尾を突く。背後に回っていた、今や未楡の目の前に立つ男の槍は、反転した棍に弾かれて虚しく中空を貫いた。 だが、未楡の咆哮を振り切り、薄野原へと駆けていく者が二人。 「蓮さん、お手数ですがお願い致しますです〜」 ディディエの短剣から、猛禽の姿をした光の塊が飛び立った。ディディエの左手の動きを忠実になぞり、光の鳥は蒼馬の右肩に舞い降り、溶けて、全身へと吸い込まれていく。 「助かる」 蒼馬が逃げる賊を追って駆け出した。その足が、脛が、膝が、腿が、白く透き通る羽毛のごとき精霊力を撒き散らし、蒼馬は獲物を狙う翡翠のごとく地表を滑っていく。 尋常ならざる速度で近付いてくる足音に、街道に一歩踏み入れた男が振り向いた。 その視界が、影に包まれる。 被っていた笠で男の視界を塞いだ蒼馬は、左手を地に突き、右足で男の両踵を刈っていた。回転の勢いを殺さず蹴り上げた足首を右手ですくい上げる。 空中で上下反転した男の下腹部に、蒼馬の右肘が突き刺さった。 残る一人は、今や薄野原の目の前だ。 「逃げちゃ駄目、ですよぅ」 珊瑚色の唇を尖らせたカメリアが、銃を構える。 距離は約十七丈、南東の軟風。標的は等速移動中。 着弾まで約0.3秒。狙いは、敵の1.85m左。 右の人差し指が引き金に掛かった。 火打宝珠が火花を飛ばし、銃口から赤い炎と共に煙が噴き上がった。一瞬遅れてカメリアの身体が揺れるが、細くしなやかな足が柔らかく衝撃を吸収し、銃口は完璧なまでに銃弾と正反対の方向へ下がる。 水飴の中を歩くかのごとき速度で動く男のふくらはぎは、閃光と化した弾丸に自ら当たりに行くかの如く動いている。弾は脛を砕き、脛当てを叩き割って、街道に転がる石を粉砕した。 男は悲鳴を上げ、地面に転がった。 「武器、捨ててくださいね〜、なるべく遠くに♪」 白煙の上がる銃口を掲げ、カメリアは二人残った賊へ微笑んだ。 ● 階段を駆け上がる音が響き、勢いよく襖が開いた。 「捕まえてきましたよ!」 太平だった。後から、開拓者達がゆっくりと階段を上がってくる。 「らしいな。通りで騒いでるぜ」 喧好は口許に笑みを浮かべ、刀の鞘尻を掴んで突き出した。 「ほれ。あんだけ欠けてたんだ、研ぎ減りしてるのは諦めろ」 「やった!」 太平は刀を受け取り、目を閉じて両手で強く握り締める。 鴨居を潜ったカメリアが、畳に膝をついて小首を傾げた。 「でも、どうして生け捕りだったんです?」 「それは、俺も気になっていた」 買ってきた酒瓶を喧好に手渡し、蒼馬も頷いた。 「何か意図があっての事なのだろう」 「何にでもな、使い時ってのがあんだろ」 喧好は歯で酒瓶の蓋を開け、中の酒を旨そうに呷る。 「刀を抜く時は斬る時。斬りたくねえなら別の物を使やいいんだ」 「ね?」 未楡が微笑んでみせた。太平はすっかり恐れ入り、深々と頭を下げる。 霞澄が小さく頷いた。 「道具は飽くまで、人が使うものですから‥‥制作者の意図を理解してより良い扱いを‥‥という事でしょうか‥‥」 「よく解ってるじゃねえか」 喧好は笑ってもう一口酒を呷る。 未楡が、困ったように笑った。 「もし彼が一人で挑んでいたら、どうなさるおつもりだったんです」 「そんな身の程知らずの馬鹿はくたばっちまえ」 喧好は呵々大笑した。 と、恐る恐る刀を差し出す手があった。 「あの‥‥喧好さん、俺の刀も‥‥見て貰えるかな」 慧介だった。喧好は、もぎ取るように慧介の刀を受け取り、抜き放つ。 その刀身を一目見た途端、その口が舌打ちを漏らした。 「大分研ぎ減りしてやがるな」 怒鳴られると覚悟して正座した慧介の目を、しかし喧好は盗み見た。 「‥‥ふん。だが大した腕前だ」 「え?」 声を挙げたのは、慧介ではなく太平だった。 「解るんですか?」 「峰打ちの跡があるのに、撓えも疲れ映りも無えからな」 「‥‥しなえ? つかれうつり? って、何ですか?」 カメリアが目を輝かせ、身を乗り出す。 「刃鉄に皺が寄るのが撓え。刃鉄が研ぎ減って、芯鉄が出てくるのが疲れ映り。刀を使ってなきゃ、なかなか聞かねえか」 喧好はカメリアの抱く狭間筒を見て唇を歪める。 「峰打ちをすりゃ刀が曲がって撓えが出る、刃が欠ける。刃が欠けりゃ、谷に合わせて刀を研ぐ。研げば疲れ映りが出る」 解説を聞き、カメリアは一層目を輝かせ、聞き入っている。 喧好は鞘に納めた刀を慧介に突き返した。 「研ぎは最小限にな。手前の腕前でも撓えが出るようになったら、刀の寿命が近い。刀と一緒に御陀仏する前に、感謝して新しい刀に変えるこった」 「あ、はい」 狐に摘まれたような顔で刀を受け取る慧介に、喧好は不機嫌そうな顔を見せた。 「褒めてねえからな」 「あの、お茶です。あとお客さま」 年端もいかぬ少女が、大きな盆に八つの湯呑みを乗せて入ってくる。 続いて、ディディエが部屋に顔を出した。 「遅くなりました。刀は返して頂けましたですか〜」 数珠つなぎにした山賊を役人に引き渡してきたのだ。太平が満面に笑みを浮かべ、刀を掲げて見せた。 「何よりでございましたね、はい」 ディディエは安堵の笑みを浮かべ、胡散臭げに自らを見上げる喧好の前に立った。 「さて。それでですね、参考までに伺わせて頂きたく、ええ」 「あん?」 「峰打ちはお嫌い、命を取るのもお嫌いとなりますと〜‥‥後は飾っておくぐらいしかですね、用途が見当たらない気が致しますですが‥‥」 ここまでの話を聞かされていなかったディディエの罪なき言葉に、場が凍り付く。 太平と慧介が、じりじりと後退り始めた。 「あ、あのっ、ディディエさんっ」 慌てたカメリアが口を開いた瞬間、太平の前髪が一房、両断された。 閻魔の形相となった喧好が、自分の脇差を抜いて仁王立ちしている。 「‥‥おいてめえ。今何つった」 「な、何で僕なんですか!」 顔色を変えて太平が後ずさる。 「ちょっと、下に行きましょうね〜」 未楡が、少女を抱き上げて廊下へ駆け出した。 蒼馬が窓を開けて宙へ身を躍らせ、通りに着地する。慧介、霞澄、カメリアがそれに続き、太平は盛大に尻餅をついて土煙を上げた。 「てめえ、逃げんじゃねえ、戻って来い!」 未楡に続いて階段を駆け下りたディディエ目掛け、喧好は小柄を投じた。銀光がディディエの銀髪を一房貫き、柱に突き立って細かく震える。 「てめえ、今度会ったら三日三晩刀の話聞かせてやっからな! 忘れんじゃねえぞ!」 「お、お達者でなによりと申しましょうか〜」 ディディエは玄関を転がり出ると、先を行く仲間を追って通りを走り出した。 |