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■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文 ● 「光広様がですか?」 武天は水州、刀匠の里、理甲。 里長の屋敷の隣に住む好枝が、小首を傾げた。 「うむ。今ひとつ、里に溶け込みきれていない気がしてな」 鍛冶で火照った上半身を冷たい秋風に晒し、里長にして刀匠の重邦は、好枝の手渡した麦入りの握り飯に噛みつく。 「弟子達の中では、早くも一目置かれ始めているが」 「あら。まだ炭切りもしていらっしゃらないでしょう?」 好枝が目を丸くした。 「炭切り三年と、重邦様が以前仰っていたではありませんか」 「うむ、それがな‥‥刀匠を志すか否かも解らぬし、ひとまず光広に鍛冶の工程を見せているのだが」 重邦は自らの「隠し子」、光広の顔を思い出し、唸る。 「焼きを入れる蔦丸の火が私に比べて僅かに強い事を、炎の色を見ただけで言い当てた」 鋼を赤める炎の強さは、刀匠の仕事の中では要諦の一つだ。師が数多の刀を鍛える中、傍でそれを目に焼き付けるというただそれだけが、何と難しい事か。 「色に対する感覚が、驚くほど鋭い。刀についてどれだけ父親に‥‥いや」 「はい?」 重邦が言い淀み、好枝が瞬きをする。 隠し子として理甲の里に転がり込んできた光広だったが、実の父親は重邦ではなく、彼が嘗て交友のあった或る刀匠だった。 だがその事実を知っているのは数名の開拓者、そして重邦と雲雀だけに限っている。 「いや、ただの言い違いだ。どれだけ刀について母親に教えられていたかは知らぬが、あの色に対する感覚は驚異だ」 「重邦様のお子として、素晴らしい事ではございませんか」 「うむ」 重邦は頷き、憂い顔で工房を眺める。 「だが、里の子供達とは殆ど遊んでいないようだ。里に来てまだ日も浅い、無理からぬことではあるのだが‥‥私か雲雀の傍にいるばかりでな‥‥」 好枝は湯気の立つ湯呑みから薄い茶を一口啜った。 「でも、よろしいではございませんか。活発なお子も、穏やかなお子も、個性というものですわ」 「それは‥‥まあ、そうか」 苦笑した重邦は、上半身に作務衣を着直し、新たな握り飯を頬張る。 「言い出したら、雲雀の気が強すぎるのはもっと心配だしな。光広と足して二で割ると丁度良いのだが」 重邦は頭を掻き、作務衣の上を着直す。 と、やおら好枝が手を打った。 「ご心配でしたら、重邦様。秋祭りをしてみてはどうですか」 「秋祭り?」 おうむ返しに言う重邦に、好枝は悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。 「元々この理甲は、刀匠の里。鍛冶に用いる火と水を使ったお祭りが昔あったと、祖父から聞いた事があります」 「火と、水‥‥」 「里が二つに分かれ、攻め手が狼煙銃で的を狙う。受け手は水鉄砲で狼煙銃を狙うのだそうですわ」 「ほう」 重邦の目が、やにわに輝きだした。こういった合戦ごっこには、幾つになっても心が躍るものらしい。 「開拓者の皆さまをお呼びして、思い切り、光広様には里の子供達と遊んで頂くというのはどうでしょう」 ● 「‥‥だって。光広兄ちゃん」 物陰に潜んで聞き耳を立てていた雲雀は、新しい兄の光広、そして愛猫‥‥もとい、愛猫又のハバキと顔を合わせ、愛らしく頬を膨らませた。 「聞いた? 気が強いとか、元気がないとか。失礼しちゃう。そういうこと言うなら‥‥」 「こっちにも、考えがある?」 「そういうこと」 雲雀とハバキはほくそ笑んだ。 露骨に恐れをなした光広が、一筋の汗を垂らしながら二人、いや一人と一匹を見る。 「雲雀さん‥‥何を企んでるんです」 「わたしはともかく、光広兄ちゃんのカゲグチなんてゆるせないからね。こっぴどいめにあわせてあげなきゃ」 雲雀の小さな拳が、狭い掌に打ち付けられる。 愛らしい小さな音が、光広には鞘走りの音にさえ聞こえた。 「光広兄ちゃん、とりあえず蔦丸兄ちゃんと、あと里の男の子をみんなをよんできて。今からシタジュンビしなきゃ。ハバキにも働いてもらうからね」 「いいよ」 ハバキは二つ返事を返し、白く長い毛に覆われた身体を雲雀の顔に擦りつけた。 「いいこいいこ。わたしは友達みんなといっしょに、水でっぽうで父ちゃんを狙う役になるからね。開拓者のみんなが来るなら、父ちゃんの仲間になってもらおっかな」 雲雀の指に首を掻かれ、ハバキは心地よさそうに目を細める。 「でも雲雀さん、開拓者の方というのは、物凄く強いですよ。色々な技も持っていますし‥‥」 「ホウコウとかシンガンとか、抜足とかカゲマイとかでしょ? 大丈夫! そうやって、ユダンしてきたところがネライメ」 雲雀は不敵な笑みを浮かべた。 「たたかいっていうのはね、強い方がかつんじゃないの」 「いや、ですが‥‥」 「ごちゃごちゃ言わないの」 雲雀はぴしゃりと言った。 「光広兄ちゃん、父ちゃんにあまく見られてるのよ! ちょっと見返してやろうとか、思わないの!」 「‥‥まあ‥‥思わないことはないですが‥‥でも、僕は招かれざる‥‥」 「思うんでしょ! はい、じゃあきりきり働く!」 重邦は工房に、好枝は屋敷に、それぞれ戻っている。雲雀は手を打ち合わせた。 「はい、みんなよんできて!」 「いや、でもですね‥‥」 「返事は『はい』!」 「‥‥はい」 里に来て一月足らず。すっかり妹の尻に敷かれている光広だった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 「楽しそうですね‥‥こういうお祭りに参加した事が、あまりないものですから‥‥」 薄手の巫女装束に千早を羽織った少女、柊沢霞澄(ia0067)が、動きやすいようまとめた銀髪に螺鈿の櫛を挿しながら微笑んだ。 「でも、光広さんはまだ少し硬さがあるでしょうか‥‥この機会に他の子供達とも打ち解けると良いですね‥‥」 「それじゃ、雲雀ちゃん達が苦戦するよう頑張るとしようかな。戦いが激しいほど、乗り越えた時に絆は深まるものだし」 弓掛鎧に陣羽織、泰兜に面頬という完全武装の青年、九法慧介(ia2194)が、拳で嬉しそうにタワーシールドを叩いた。子供の背丈から放たれる水鉄砲など、これ一枚でどうとでもできそうだ。 「だな。大人げなんざ無しに、全力で勝ちに行くか」 咥え煙管から上る煙と、肩に掛けた傾奇羽織が風に靡く。鬼灯仄(ia1257)が右手に持った鉄傘は、まさにこの祭にはお誂え向きだ。二名の装備は、言葉よりも雄弁に、彼らが勝ちに来ている事を物語っていた。 「それで、鬼島さん」 重邦が不安げに尋ねる。 「本当に、やるのですか」 「愚問。雲雀が相手であるならば本気を出さねばならん」 祭に出るとも思えぬ金色の鎧に紅樺色の羽織。茶筅髷の下を通すようにして鉢金を締めながら、鬼島貫徹(ia0694)は低く答えた。 作務衣姿の重邦は、なおも躊躇う。 「しかし‥‥」 「里の子供達がもしも活躍して俺達を撃破したとしたら、雲雀はその男児に惚れてしまうやも」 「やりましょう」 重邦の目が据わった。 「でも、重邦さん」 広場の大半を心眼の範囲に収めた慧介は、深刻な顔を見せる。 「敵の数は二十名前後と聞いていたんですが‥‥」 「はい」 「心眼で調べると、この辺りだけで三十近い気配が」 「さ、三十?」 重邦が素っ頓狂な声を挙げた。 「おっさん、この里、そんなに子どもいるのかよ?」 土の汚れが落としきれなくなってきた脚絆に手を当て、伸脚をしていた羽流矢(ib0428)が、重邦の顔を見上げる。こちらも青いシャツに野袴という軽装だ。背の「貴方を応援し隊」の刺繍がどこか可笑しい。 「そんな馬鹿な‥‥大人が参加して、ここに全員集合でもしていない限り‥‥」 重邦は左手で顔の下半分を覆って考え込む。 慧介は広場を囲む民家や地面を指差す。 「その辺りの家にちらほら。それから‥‥地下にも結構いますね。穴を掘って、潜ってます」 「心眼は、生物かアヤカシなら何にでも反応してしまいますからね」 動きやすい普段着に鋲が打たれたスパイクシューズという驚異的な軽装の少年、御調昴(ib5479)が、大きな翼を武者震いさせる。 側頭部には、二対の白い角。龍の神威人なのだ。 「恐らく、犬や猫、小鳥などを配したのでしょう。籠を用意したというのは、その為ではないでしょうか」 「い、いつの間に‥‥」 「まさに、真剣勝負‥‥気合の入りようを見ている限り、油断は禁物ということになりそうですね」 昴は表情を引き締め、火縄に着火した。緑色の煙が、立ち上り始める。 「私の予備の火縄は、羽流矢さんにお渡ししておきますね‥‥」 「了解っ」 面持ちに緊張が走り始めた霞澄から火縄を受け取り、羽流矢は白い歯を見せる。 鉄傘を右肩に担ぎ、仄は口の端を持ち上げた。 「さあて、一仕事やらかすか」 ● 開拓者がまず狙ったのは、広場の中央に据えられた的だった。 櫓の上で、光広の手が赤旗と白旗を振り回す。 どうやら紅白の旗の左右、上中下を組み合わせて合図としているようだ。次いで広場を囲む民家から、三人の少年少女が水鉄砲を構えて走り出てくる。 開拓者六名と、ただの子ども三名が、秋晴れの空の下、睨み合った。 広場に野太い声が轟く。 「みんな、騙されてはだめッ!」 身の丈六尺近い茶筅髷の中年男が、金色鎧の左腰に手を当て、右手で遠くの櫓を指差していた。 アヤカシをも威圧する鬼島の胴間声が、女言葉で更に怒鳴る。 「櫓の私は偽者で、ここにいる私こそが本物の雲雀なのッ!」 広場に、鉛よりも重い沈黙が漂った。 「開拓者のマホウで、身体だけ取り替えられちゃったのだッ!」 語尾が惜しい。しかし似ている。微妙に似ている。雲雀の仁王立ち、そして雲雀の口調に。 だが声を発しているのは茶筅髷の中年男だ。 仲間達は、必死に太腿をつねり、唇の裏を噛んで無表情を保とうとしているが、肩が震えている。鬼島の物真似は、見事、仲間への悪魔の心理攻撃と化していた。 真っ先に昴が噴き出し、笑い出す。次いで、民家の陰に潜んでいた羽流矢が落ちた。 噴き出す声で子供達に気付かれ、民家の中から水鉄砲の狙撃を受けた羽流矢は、間一髪差し出した足で水を遮りながら、叫ぶ。 「き、鬼島さん、じゃない、雲雀ちゃん、見つかっちゃったじゃないか!」 逃げ回る羽流矢を、子ども達は深追いしない。民家の中に引っ込み、次の攻撃の機会を窺う。 「子供達よ、鬼島殿の言う事は事実だ! 攻撃をしてはならん!」 重邦が怒鳴りながら、歩み出た。子供達は、果たして動かない。 開拓者達が一斉に地を蹴り、鬼島の大音声が響き渡った。 「行くわよッ!」 この一言で、昴の後ろを走る仄が落ちた。的目掛けて走りながら、大笑いを始める。 竹の折れる音、そして派手な水音と共に、仄の下半身が地面に埋もれた。 落とし穴だ。中に張られた水に下半身を浸した仄は、笑いながら慌てて穴の縁に手を掛けた。長身に鎧を纏った仄の体重は、前を走る軽装で小柄な昴に比べ、容易に落とし穴の蓋を突き破れる。そこを突かれたのだ。 慧介の心眼が見つけた、地下の気配に注意を払っていたこと。昴と同じ道を通っているという安心感。鬼島の心理攻撃。三つが、彼の命取りになった。 「仄兄ちゃん、予備の火縄と弾をッ!」 鬼島の怒声を聞き、落とし穴から上がりかけていた仄は笑いながらずるずると逆戻りしていく。子供が一人駆け寄り、水鉄砲を構えた。 慌てて開いた鉄傘に、猛然と水が掛けられる。 「鬼島の旦那‥‥頼むから、やめてくれ‥‥腹痛え‥‥」 櫓の上で光広が手旗を振るい、高々と振り上げる。地面が裂け、砂を弾き飛ばして、麻縄が持ち上がった。その両端は、民家の戸口へと巧妙に隠されながら繋がっている。 慧介、昴の二人は易々とそれを跳躍してやり過ごしたが、鬼島の前を走る重邦はものの見事に引っ繰り返った。顔から地面に突っ込んだその上半身が、見えなくなる。 重邦の着地点には、落とし穴が掘ってあった。穴から生える重邦の尻を踏み付け、鬼島は的へと走り寄る。 一足先に的へ駆け寄った昴の前に、少年が立ちはだかっている。昴は微かに笑い、竹筒から発射される水に正面からぶつかっていった。 少年は目を瞠った。翼に守られているのではない。水は、確かに火縄に掛かっている。にも関わらず、火が消えない。煙が上がり続けている。耐水防御だ。 昴は、狼煙銃を構えた。彼は既に、この狼煙銃の性質を見抜いていた。 狼煙の弾自体に推進力があり、射撃の反動は殆ど無い。だが低速の弾丸が重力に逆らうこと、揚力を持つことは期待できない。的の上を狙い、緩やかな放物線を描かせることで、確実な的中が狙える筈だ。昴は的の一尺上を狙い、引き金を引いた。 軽く濁った音が響き、火に包まれた弾は白い煙を吐きながら、狙い通り的へ近付いていく。 「‥‥あれ?」 見事的中した筈の狼煙弾は、しかし、的を外れた。いや、的が外れた。 「み、御調君?」 狼煙銃を構えていた慧介が、瞬きをする。 「糸です! 凧糸!」 一瞬にして仕掛けを看破した昴は、意地になった子供に水を浴びせられながら的の端を指差す。 棒に固定されていたかに見えた的には、凧糸が取り付けられ、中空を通って民家へと伸びていた。 昴は舌を巻いた。水の張られた落とし穴。その補助としての縄。否応なしに地面へ意識を向けさせ、的を動かす為の糸に気付かせなかったのだ。 「俺が切るっ」 水鉄砲の攻撃から屋根の上へ逃れていた羽流矢が屋根を蹴った。茅葺きの屋根から屋根へ、鳥のようにその身体が飛び移っていく。 その間に、予備の竹筒から水を補給しようとする子供を昴は抱き上げ、地を這う麻縄を引いてその両手を縛り上げてしまった。 「はい、残念」 「うー」 広場を四半周ほど、糸の真横に回るべく民家の屋根を伝って飛び移った羽流矢の手が懐に伸びる。 距離は六丈強。目標はただ一本の凧糸。羽流矢の大きな目が細められ、花弁の如く薄い手裏剣が空を切った。 微かな煌めきが、凧糸を掠める。 沈黙。 「外したか」 残る二人の少年と少女を、鬼島と慧介が捕らえながら呟く。 直後、的から伸びる凧糸が切れて宙に跳ねた。 それを確認した仄の身体から、紅梅色の光の粒が躍り上がった。粒は小さく花弁型に寄り集まり、銃口から的へと繋がる光の架け橋を形作る。仄の銃口が火を噴き、狼煙弾から燃え移った炎を纏って、的は地面に落ちた。 「まず、一つですね‥‥」 一息ついた霞澄がふと視線を移し、顔色を変えた。 落とし穴に上半身を突っ込んだ重邦が動かなくなっていた。 仄の予備火縄、狼煙弾二つ、重邦の全火縄、全狼煙弾、使用不能。重邦、戦闘不能。 ● 「九法、どうだ?」 直径十丈ほどの池の中に立てられた的を木々の幹の間から見やり、仄が呟いた。 池全体、そして外周の木々を心眼の「視界」に収めようと、慧介が池に近付いていく。 「生き物の気配は、池の中だけかな‥‥魚か、子供か、います」 何ごとも起きない。風と共に池に立つ波紋が、何とも不気味だ。いつでも援護に向かえるよう、一同が慧介に続く。 その時、単独行動を取っていた羽流矢が或る事に気付き、声を上げた。 「皆、やばいっ!」 仄が、真っ先に地を蹴って後方の地面へと転がった。 池へと伸びる、木の根や下生えで隠された縄、そして光広の手旗の動きに一行が気付いた時には、既に遅かった。頭上の葉陰から無数の硬い音が発せられ、木の幹に沿って配置された竹筒や甕がひっくり返された。 慧介は滑らかな樹皮を右手の握力だけで掴み、そこを支点として身体を引き寄せた。左手がタワーシールドを掲げ、瓶から落ちる水を完璧に受け止める。 鬼島は下がるのではなく前方へと身を投げ出し、危うい所で難を逃れていた。 激しい水音が、秋空に響く。 霞澄が、小さく鼻を啜った。 「‥‥すみません‥‥やられてしまいました‥‥」 運悪く木の根に足を取られた彼女は、白銀の髪から爪先まで、見事水浸しにされていた。 「あの、‥‥あの、柊沢さん」 自分に水が効かないと知らせるべく、わざと水を被った昴が、顔を赤らめて視線を背ける。 「?」 事態に気付いた霞澄の顔に、一瞬で血が上った。 小袖や袴がべったりと身体に貼り付き、控えめな胸や細くなまめかしい脚の形が顕わになっていた。特に濡れた小袖は色が薄く、肌の桜色がうっすらと透けて見えている。 慌てて身体に貼り付く衣を剥がそうとする霞澄の顔に、茜色の布が掛かった。 「そいつでも羽織ってな」 仄だった。肩に掛けていた傾奇羽織だ。 地面に落ちて煙を上げる煙草を見て、水滴の一つも浴びていない仄は名残惜しそうにぼやく。 「ああ、勿体ねえ。まだ吸えたのによ」 空になった煙管を咥え直し、仄は霞澄の脇を抜けて池の畔に立った。 「子供は池の中か」 「今縄を引いた子は、あの蒲の茂みの中です」 心眼を開いた慧介が表情を引き締める。 水を恐れる必要のない昴が、水飛沫を上げて池に飛び込んだ。 「羽流矢さんの反対から同時に攻めましょう」 昴は背の翼も併用して、器用に泳ぎだす。 対岸からは野袴を履いたままの羽流矢が上半身裸で池に入る。狼煙銃は脱いだシャツでくるみ、頭に乗せている。点火したままの火縄は、生地に直接触れないよう手裏剣で天幕を作っているようだ。 慧介と鬼島が池に下半身を浸し、顔を見合わせた。 「‥‥これ、結構下、柔らかいですね」 鎧を着込んだ慧介と鬼島の足は、脛の中程まで泥の中に潜り込んでいく。 単衣に腕輪だけという身軽な仄は易々と池の中を進んでいたが、ふと振り返った。 「巫女さん、肩車してやろうか‥‥と思ったが、火縄も弾も濡れちまったか」 「すいません、弾一発しか残っ‥‥鬼灯さん!」 霞澄が叫ぶよりも早く、その目が見開かれたのに反応し、仄の肩で鉄傘が開いた。水中に潜り竹筒で呼吸をしていた子供が両手で跳ね上げる水は、虚しく傘に弾かれる。 「水遁とは思わなかったなあ」 慧介の盾が起こした波を顔面に浴び、少年は思いきり水を飲んで噎せ返った。 仄は慎重に爪先で足場を探る。穴が掘られてはいないようだ。 鬼島が胴間声を張り上げた。 「私、開拓者のマホウで身体だけ変えられちゃったけど、雲雀なんだからッ!」 「‥‥鬼島さん‥‥それ、まだやる気ですか」 慧介の言葉に、鬼島は低く笑った。 「有能な指揮官が采配を振るう以上、ちびどもも一騎当千の兵として扱う覚悟。なんだから」 取って付けたような語尾に、別の少年が跳ね上げる水を盾で防ぎながら、慧介は笑いを噛み殺した。 が、一同の笑みは、直ぐにひきつることになった。 「‥‥多くねえか‥‥?」 一人。また一人。水中から、子供達が顔を出す。五人ほど、広場から駆け寄ってくる。総勢十二名。 その全員が、池という無尽蔵の弾薬庫の中で開拓者達を包囲し、水鉄砲を構えていた。 櫓を向いていた彼らの視線が、開拓者達、大柄な三名と羽流矢に分散する。 「‥‥みんな、逃げて下さい! ここは僕が!」 子供達の狙いに気付いた昴が叫ぶ。昴を狙わず、池の的も捨てて、昴以外の火縄と弾を潰す気だ。 臓腑を震わせる鬼島の大音声が、水面に同心円状の波紋を生んだ。 「私を狙ったらゼッコウだからねッ!」 一瞬の沈黙。四名の水鉄砲の斉射が、容赦なく鬼島の顔面と手元を襲った。 「ぜ、ゼッコウだと言っているのが‥‥」 鬼島の身体から立つ煙が、消えた。別の四名の斉射は、仄と慧介を襲う。 「やば、やばい」 羽流矢もまた、青くなっていた。二人の子供が水鉄砲を撃ち、更に二人が彼目掛けて泳ぎだしている。 「九法さん、ごめんそれこっちに投げて! ここで的に何か仕掛けられてたら、負けるっ」 「そ、それ? どれですか」 左右から浴びせられる水から盾と背中で狼煙銃を守り、慧介が目だけで羽流矢を見る。 「寄越せ!」 狼煙銃の火を消された仄が、慧介の腕から盾をもぎ取った。 その右腕が異様なまでに膨れ、太い血管が浮かび上がる。 「ほれ‥‥よっ!」 風が、唸りを上げた。 鬼腕の力で放たれたタワーシールドは猛烈な回転をしながら、三尺ほども水飛沫を上げて水面を滑走し、羽流矢の両腕に収まる。頭上の狼煙銃に飛沫は掛かるが、シャツに遮られて煙は消えない。 羽流矢の足が木製のタワーシールドに掛かり、そこを支点として一気に浮上した。秋の陽射しに、脚絆の蹴立てた水飛沫が細かく輝く。 だがその時、泳ぎ寄った子供の手が跳ね上がり、羽流矢の野袴を掴んだ。 野袴を脱がされかけた羽流矢の狼煙銃は、思い切り狙いが逸れた。間一髪放り投げた銃が岸に落ち、水面に立っていた羽流矢の身体は水中へと落ちる。 「や、止めろ、そこは止めろ」 仄が痛切な悲鳴を上げる。水中に潜った少女が、何かを狙っているようだ。 「早く上がって下さい‥‥! この距離では、氷霊結も‥‥」 霞澄が悲しげな声を上げる。 「解ってますけど! 鎧の重量で‥‥」 「偽者のわたしを捕まえてくれたら良い物をあげ‥‥」 池のぬかるみに足を取られた慧介と鬼島の顔と身体、盛大に水が掛かる。前後左右から二人を包囲した子供達は水鉄砲を使わず、両手で水飛沫を浴びせていた。 仄は羽流矢に倣って狼煙銃を岸の霞澄に投げ、更に予備を投げようとした所で、敢えなく子供達に飛びつかれて水中へ沈む。 練力で火縄を守っていた昴の銃が、煙を噴き上げた。 燃え落ちた的が水面に触れて異音を上げる中、開拓者達は這々の体で池を離脱していった。 ● 翼を細かく動かして水を切りながら、昴は金髪を掻き回した。 「子供達の攻撃は、水鉄砲半分、罠半分という感じですね」 「咆哮対策だと思います‥‥。人は咆哮で引き寄せられますが、罠は解除できませんから‥‥」 「忍眼対策でもあるんだよな。罠は忍眼で発見できるけど、人間は発見できない」 服を着終えた羽流矢が腕を組んだ。 「しかも、人間を発見できる心眼対策に、魚や動物を配置して目くらまし‥‥」 「下手な城郭よりも遥かに手強いですよ」 昴が唸る。 鬼島が鼻を鳴らした。 「使える弾丸と火縄はどうなっている」 仄が、大きなくしゃみをした。 「まず広場で的を撃った俺の弾、糸で的を動かされて外れた御調の弾が消えただろ。それから俺の予備弾二つ、火縄が濡れた。重邦は溺れかけて戦力外」 鬼島は、弾丸を表す丸を十八個、火縄を表す波線を十二本地面に描き、そこに×を重ねていく。 「この時点で、弾は十四個。火縄は十一だ。問題は、池だったな」 「だな」 身体を拭いてシャツを着ながら、羽流矢が嘆息する。 「後回しにするか‥‥雲雀ちゃんを攫ってからにするべきだったかもなあ。勝っても負けても恐れ入るよ、本気で」 羽流矢の木枝が、地面の丸と波線に更なる×をつけていく。 「池では俺の弾が外れて、昴くんの弾が当たって、二つ消費。罠で霞澄さんの弾と火縄、予備の弾が一つ濡れた。池で濡らされたのが、俺と鬼灯さんの予備の火縄、弾丸。俺が預かってた火縄もか。鬼島さんと九法さんは火縄と弾全部‥‥」 仄の羽織で濡れた服を隠した霞澄が、小さくくしゃみをする。 「火縄は残り四本、弾は三発ですね‥‥」 慧介は唸った。 「残り一つを落とすにも心許ない上、残りの火縄三本は一分ほどで消えてしまいますよ」 「真剣に不利な勝負になってきたな」 仄が、心底嬉しそうに両手を擦り合わせた。 「点火していれば、煙でこちらの居場所は丸わかりですし‥‥その間、雲雀さん達は時間稼ぎをしているだけで良いわけですから‥‥」 霞澄が深刻な顔を見せる。 「事前の作戦通り、俺が雲雀ちゃんを攫ってみる。指揮官さえいなくなれば‥‥」 「うむ。俺と九法、柊沢は火縄の煙が無い以上陽動としては役に立つまいが、盾くらいにはなれるだろう。昴には必要なかろうが、火縄の残っている鬼灯、羽流矢は守らねばな」 太い両腕を組んだ鬼島が唸る。 羽流矢が一同を見回した。 「霞澄さん、俺より先に的に近付いてくれるかな。俺が火縄を投げるからさ」 「いえ‥‥私は火縄が無くとも、火種で着火できますから‥‥」 慧介が手を上げた。 「それなら、僕が仄さんの盾役として近付きますから、受け取りますよ。弾、貸してもらえますか」 鬼島が太い両腕を組み、鼻を鳴らす。 「加えて俺の心理攻撃が効かん。なかなかどうして訓練されているようだな」 「‥‥あの‥‥それなんですが」 霞澄は、遠慮がちに手を挙げる。 「どうした」 「先ほど、ちらりと見えたのですが‥‥」 「うむ」 「子供達は、耳に、綿を詰め込んで栓をしています‥‥」 気まずい沈黙が、六名の間に降りる。 「つまり、効いてた‥‥いや、聞いてたのは」 「全く聞こえていなかったことはないと思いますが‥‥」 遠慮がちな上目遣いで、霞澄は鬼島を窺う。 「その、‥‥一言一句聞き取れていたのは、私達だけ‥‥かと‥‥」 仄は頬を掻く。 「なるほどな。紅白の手旗で信号を出していたのも、そのせいか」 鬼島は、自信満々にふんぞり返った。 「そんなことだろうと思っていたのだ」 仄の手にしたハリセンが、鬼島の頭で小気味よい音を立てた。 ● 「池で見えた煙の色からして、着火した火縄は残り四半分もないですね。一分もすれば切れるでしょう」 「すげえ。解るんだ」 「ええ。そういう火縄にしてもらいました」 光広の仕掛けた最大の罠こそが、その火縄だった。 「予備の火縄を岸に置いておいたり、途中で火縄を切って取っておいたり‥‥あとは前後逆に火縄を使われたりすると、厄介でしたが」 「昴兄ちゃんは残っちゃったね。どんどん、つっこんでくると思ってたんだけど」 「そうですね‥‥残念ですが、確保できませんでした」 光広は唇を噛む。櫓の下で子供達が小さく項垂れる。 「ごめん‥‥」 「あ、いえ、ごめんなさい。そういう意味じゃないんです。僕が甘くて。全員が一塊で掛かってくるとも、鎧を脱いでくるとも、思っていなかったんです」 光広は慌てて両手を振った。 雲雀は悔しそうに唇を噛む。 「一斉に来るなら、みんなを池に集めておけば勝ってたかもね」 「手痛い読み違いでしたが‥‥それでも、戦況はこちらに有利です」 櫓の傍に潜んでいる少年少女が、勢いよく頷く。 「昴兄ちゃんは罠でカクホできなくても、皆で一斉にかかって。ぜったい、火ナワと弾を持ってるはず」 光広が、ちらりと櫓の下を見た。 「この柵を見れば、恐らく羽流矢さんも‥‥」 「そうだね」 雲雀は武者震いをした。 「ですが、油断大敵です。最後まで気を引き締めて、勝ちに行きましょう」 雲雀は頷き、子供達と共に綿を丸めて耳へと詰め込んだ。 ● 「鬼島さんと九法さんは鬼灯さんと一緒に。傘と盾で前方左右からの攻撃を防いで下さい、鬼島さんが後ろから罠などからの救助を」 昴が後方から指示を出す。その場にいるのは五名、先人の為のような人数だ。 櫓の下には、十名を越える子供達。 「家の中にも、気配がありますよ」 盾を翳し叫んだ慧介が、傘で反対側を守る仄と共に落とし穴の蓋を踏み破った。が、間一髪で落下を免れて体勢を立て直し、再び走り出す。 水鉄砲が仄の火縄目掛けて放たれるが、鉄傘とタワーシールドに阻まれる。気を利かせた子供が一人、二人、傘の先端に手を掛けた。 仄の腕が膨れあがり、獣じみた声がその口から漏れだした。子供達の体重が掛かった傘は、腕力だけで支えられてびくともしない。鉄で補強されていなければ、傘自体がへし折れていただろう。 櫓の下で待機していた子供達の動きが慌ただしくなる。 「ふ。とうとうこの時が来たか‥‥」 五人と別方向に回っていた羽流矢の脚絆が砂を巻き上げ、猛然とその身体が的目掛けて突っ込んでいく。 「柊沢さん、僕同様、三人の足跡を踏みながら進んで下さい」 昴と霞澄が歩調を合わせて前進を始めた。 羽流矢の蹴立てた砂煙を裂くようにして、埋められていた麻縄が持ち上がる。一瞬遅い。 突進する羽流矢に、四条の水が打ち出される。うち二発を避けた羽流矢は、踏み込む足下の違和感に気付き、地に身を投げた。砂煙を上げてその身体が地を滑り、沈み込んだ落とし穴の蓋は虚しく水飛沫を上げる。 残る二発のうち一発が不運にも、羽流矢の振り上げた火縄を直撃した。 「‥‥ごめん、やられた!」 舌打ちする羽流矢には目もくれず、目の前の子供が竹筒から水を補給し始めた。羽流矢の唇が笑みの形を取り、石を括り付けた麻縄に手が伸びる。 人海戦術を前に、仄と慧介が死守していた火縄は風前の灯火、いや水前の灯火だ。 麻縄が風を切った。 括られた石が櫓の梁と柱の間に引っ掛かる。羽流矢は柵に駆け寄り、縄の一端を結わえ付けた。その身体が柵を蹴り、縄を伝って、櫓の壁に取り付いた。 「羽流矢兄ちゃん!」 雲雀が水鉄砲を発射する。水を恐れる必要の無い羽流矢は、水を浴びても涼しい顔だ。 「さぁどうする?」 櫓の壁に手を掛けた羽流矢が笑い、両腕に力を込める。その身体が、華麗に一回転した。 「‥‥あれ?」 羽流矢の両足が、櫓の床ではなく宙空を掻いた。 その身体は、どういうわけか、櫓の外に浮いている。 すまし顔の光広の手には、抜き身の守り刀。 その足下には、床から伸びる、断ち切られた麻縄。 櫓の壁が、外れるようになっていたのだ。 羽流矢の視線が、笑顔で手を振る雲雀の視線と交錯する。 「ソウダイショウをねらえばって、思うよね。そのために、サクもほどかずに残しておいたし」 「思ったよおおぉぉ‥‥」 声と共に、壁板を掴んだまま羽流矢は背中から地面に落下していく。 咄嗟に受け身を取った羽流矢の頭へ、麻袋を切り開いて作られた布が掛けられた。 櫓上の蔦丸の仕業だ。 「うわ、うわ」 視界を塞がれた羽流矢の右足に二人、左足に一人、右腕に一人、子供達が取り付き、麻縄を巻き付け始めた。 「こ、この、このっ」 羽流矢の左手が、子供の脇をくすぐる。子供は身を捩って笑い出し、地面に転がり落ちた。 だが、その間に羽流矢の両足が縛り上げられた。子供達はお返しとばかりに羽流矢の脇をくすぐり始め、その身体に縄が巻き付いていく。 火縄と弾を持っているのは、昴だけだ。蔦丸が櫓を飛び降り、光広が柱を伝い降り、子供達と共に昴に殺到する。 その時だった。 「全ての火縄が濡れるまでは決着でなく‥‥狼煙銃を使用して的を破壊しなければならない‥‥」 身体から煙が立ち上っておらず、子供達に相手にされないまま櫓に近付いた霞澄が、銃を抜いた。その掌に、一つの火種が浮かび上がる。 「これは、違反ではありませんよね‥‥?」 火は狼煙銃の火蓋の中に吸い込まれていった。 白い影が、空中を横切った。 ● 慧介が、くしゃみを一つした。 「重邦さんは‥‥?」 「さっき目が覚めて、今は焚き火してます」 昴が鼻を啜って呟く。 「池が難敵でしたね」 「手分けしていらっしゃると安易に思っていたんですが。まず池に来たお二人か三人を戦闘不能にしようと。その後、櫓と広場を落とした後に池へ来た方を各個撃破‥‥」 光広は笑う。 「でも、火種という手があったんですね。火縄が無くなった時点で撃てないものと決めつけていました」 服を乾かした霞澄は、はにかみがちに微笑んだ。 「ですが、私も予想していませんでした‥‥まさか、伏兵がいるなんて‥‥」 「はい、ハバキ! ごほうび!」 「ありがと」 仔猫又のハバキは当然のような顔で、焼いたツグミの肉に噛みつく。 完全に子供達の意表をついた霞澄の最後の一発だったが、櫓に潜んでいたハバキが霞澄の腕に飛びついて狙いを妨げ、ただ二寸の差で弾は的を外れたのだった。 逃げ回っていた昴も、蔦丸と光広、そして十名以上の子供に追い回され、落とし穴を避けてまでは櫓へ近づけず、お縄になっていた。 「あの、鬼灯さん。有り難うございました‥‥あの、汚してしまって‥‥」 霞澄は借りていた茜色の傾奇羽織を仄に返すと、丁寧にお辞儀をする。 「なぁに」 仄は羽織を肩に掛け、旨そうに瓶から古酒を煽って軽く手を振り、縁側に腰掛けた鬼島に杯を勧める。 「しかし、今まで多くの強敵と戦ってきたけど‥‥」 湯呑みを両手で回しながら、慧介はしみじみと呟いた。 「あれ程の結束を誇る敵にはお兄さん会った事無いなぁ」 光広は誇らしげに笑った。 「皆のお陰です」 「光広くんの合図も、ばっちりだったよ!」 「サクセン、カンペキに決まったしな!」 子供達が、口々に声を上げる。 光広が目を丸くしていると、 「雲雀とサクセンで戦えそうな奴、初めて見た!」 「光広、これから俺達のグンシやってくれな! グンシ!」 「これで女に勝てる!」 今まで雲雀に煮え湯を飲まされっぱなしだった少年達が、やんやと騒ぎ立てる。 照れ臭そうに俯く光広の鼻先に、湯気を立てる山吹色と小豆色の物体が差し出された。 「ほれ、光広半分っ」 「あ、焼き芋! 兄ちゃん俺も!」 「羽流矢兄ちゃん、あたしも!」 「光広ばっかずるい! 半分よこせ!」 羽流矢の囓っていた焼き芋はあっと言う間に子供達の口の中へと消えていく。光広の受け取った分も同じ運命だ。 「わーっ、沢山焼いてるから落ち着けってっ」 「みんな、取り合いしない! あっちで焼いてるから!」 雲雀の声で、動きを止めた子供達の視線が一斉に重邦の焚く火へと向く。 「こら待ちなさい、まだ生‥‥」 「重邦さま、早く!」 「銀杏! 重邦さま、銀杏やいて!」 子供達は、一斉に庭の焚き火へと押し寄せた。 それを見送った雲雀が、ふと小さな手を打ち合わせる。 「そういえば、貫徹おじさん」 「うむ?」 満足げな顔で仄の古酒を杯に受けていた鬼島が、横目で雲雀を見る。 「広場とか池とかで、なんかどなってたけど、あれなんだったの?」 仄の口が、盛大に酒を吹いた。 微塵も動揺せず、鬼島は正面から雲雀の目を見る。 「雲雀。世の中には、大人になって初めて解る事もある」 「‥‥仄兄ちゃんが、すごく笑ってるんだけど」 仄は激しく噎せ返り、杯から酒をこぼしている。 「腹筋‥‥痛え‥‥」 慧介、昴も焼き芋を喉に詰まらせ、笑いながら胸を叩いていた。羽流矢に至っては、思い出し笑いだけで腹を抱えている。 霞澄が顔を赤くして笑いを堪えながら、苦労して声を絞り出す。 「雲雀さん‥‥知らない方が良いのではないかと‥‥」 「なあに? 気になる! すごく気になってきた! 教えて!」 霞澄の白い腕に飛びつき、雲雀がねだり始める。雲雀を真似て、ハバキが霞澄の空いた手にじゃれつき出した。 「ああ、腹筋が‥‥明日は筋肉痛かなあ」 目尻に涙を浮かべ、慧介が喉に残った芋を茶で流し込んだ。 「まあ、光広くんが打ち解ける手伝いにはなれたかな」 「そうですね。全力で当たっただけに、勝てなかったのは悔しいですが」 呼吸を整えた昴が、焼き芋にかじりつく。 仄は笑った。 「なあに。戦いってもんは、強い方が勝つんじゃない」 所業がばれて平謝りに謝る鬼島、面白がって雲雀の口まねをし始めた子供達、顔を真っ赤にして怒る雲雀、何故か正座して叱られる重邦を、仄は顎で指した。 「楽しんだもん勝ちだ」 |