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■オープニング本文 ● 竜三。本名竜介。姓は不明。恐らく二十代後半。十年前に侠客の町「三倉」に現れるまでの経歴も不明。名家の出身だとも、身寄りがなく人買いに売られてきたとも、元犯罪者だとも、開拓者崩れだとも言われる。 少年期の終わり頃、傷を負った身体で永徳一家の三下を五人叩きのめし、止めに入った親分の剣悟郎に殴りかかって敗北。腕前を見込まれて永徳一家の仲間入りを果たした。 この十年で背と腕前は驚異的に成長したが、性格は変わらず無愛想でひねくれ者。剣悟郎の言うことには従うが、参謀である仁兵衛の指示にさえ素直には首を振らない事もしばしば。 最近は紙屋の一人娘と仲良くなり、大分丸くなってきたとの噂。 ● 「ええ、あたしも困ってましてねえ」 永徳一家の老参謀、岸田仁兵衛が白髪から伸びる狐耳を摘んで口をへの字にした。 「先だって一家のもんに『用事ができた、数日中には戻る』てんで、荷物をまとめて家を出たらしいんですがね。街道に出たのを見た奴は一人もいねえ、それどころか町の反対側で見たって奴がちらほらいると来た」 「ていうことは、山に入ったんですか」 花浅葱の振り袖を着、肩で綺麗に髪を切り揃えた女性が、眉をひそめた。 「まあ奴も町一番の泰拳士だ、おっ死んじゃいねえと思うんですがねえ」 「仁兵衛さんは心配じゃないんですか! 何が起きてるか解らないじゃないですか」 「いや、綾さん、あたしも探しにゃあ出たんですよ」 今にも噛みつかんばかりの剣幕で身を乗り出した女性、藤野綾に、仁兵衛は慌てて手を振る。 「綾さんにとっても大事な恋人でしょうがね、あたし達にとっても大事な仲間なんだ」 「こ‥‥! こ、ここ恋人じゃ、まだ‥‥」 恋人と言われ、途端に綾の顔に血が上った。ひとまず座布団に戻った綾に、仁兵衛は呆れ顔を見せる。 「‥‥まだ恋人じゃないんで?」 「ちょ、そ、ま、でも」 しどろもどろで綾は視線を泳がせる。 「まあ、どっちでも大して変わりはねえでしょう。で、ええと‥‥そう。あたしをはじめ、志体持ち四人で鉱山から二里四方は探したんですがね、手がかりは何も無しでさあ。あたしらもあんまり町を放っちゃあおけねえ、一旦切り上げて帰ってきた次第で」 「何か、竜三さんの持ち物も見つかったりとか‥‥」 「してねえんで」 仁兵衛は困り果てた風に耳の裏を掻く。 「まあ、また何か解ったら誰よりも先にお知らせしますんでね。そこはお約束しますよ」 「‥‥はい」 綾は肩を落とし、立ち上がる。 その背に、仁兵衛がさりげない声を掛ける。 「あんまり早まった事をしねえで下せえよ。綾さんに何かあったんじゃあ、あたしらが竜三に叩っ殺されちまう」 「‥‥はい」 綾は唇を噛んで、そっと頭を一つ下げると、襖を開けて部屋を出て行った。 襖が閉じられてから暫くして、ぽつりと庭から声が届いた。 「困りやしたねえ」 庭を箒で掃いていた小男、蜘蛛助だった。仁兵衛が個人的に使っている情報屋だ。 「困ったよ。綾さんなら何か知ってるんじゃあねえかと思ったんだがねえ」 仁兵衛は嘆息する。 「蜘蛛助。真朱さんから続報はねえんだね」 「へえ。瀧華に捕らえられてるようならすぐに知らせて下さるそうですがね、今のところは何も」 真朱とは、彼ら永徳一家と対立する侠客集団、瀧華一家の幹部の一人だ。以前、縁あって仁兵衛と若干の繋がりができたのだった。 「アヤカシに食われたってんなら、遺品の一つや二つは見つかるだろうしねえ」 「そもそも竜三兄さんがアヤカシに食われるようなタマじゃあありやせんや」 「だねえ」 蜘蛛助と仁兵衛は揃って嘆息した。 「仕方ねえ、またあの方々に頼んでみようかねえ」 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
ルー(ib4431)
19歳・女・志
ライア(ib4543)
19歳・女・騎
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)
48歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 「行方不明、か‥‥物騒な世であるから、ままある事なのかもしれぬが、無事であって欲しいところだな」 額に汗の珠をびっしりと浮かべ、オーバーコートの裾をしきりに動かして風を作りながら、木漏れ日に金髪を輝かせたジルベリアの女性、ライア(ib4543)は呟いた。 「腕は立つとの事だが、これだけ戻らんとな。綾嬢の為にも早く見つけてやりたいものだが」 蘭が描かれた服の上に羽織を着た青い髪の青年、蓮蒼馬(ib5707)が、面頬の内側を伝って下端にぶら下がった汗を拭う。 「‥‥川の流れが、変わったのだな」 ライアが呟く。 彼女の足下には、申し訳程度に水が流れる溝があった。元はそれなりの流量があったのだろうが、今は木々の間を縫うように下草の帯が走っている。 元は西へと鈎型に流れていたであろう水が、今は北へと直進していた。 膝上の高さまで生い茂った下草を覗き込み、蒼馬が呟く。 「茂みが掻き分けられた跡に、蜘蛛の巣がないな。半日、せいぜい一日前というところか」 「このまま南へ向かっているか?」 蒼馬は大きく息をつき、頷いた。 二人は足を速め、誰かが掻き分けた下草の跡をなぞりながら、斜面を南へと上がっていく。 「‥‥折られた枝の葉が、まだ緑色だ。やはり人が通ったのは、つい最近だな」 「竜三だといいが」 森の切れ目が、見えてきた。 二人は木漏れ日の中から、直射日光の下へと足を踏み出した。 「‥‥これは」 森を抜けた二人の前には、正に名の通りの池が広がっていた。 空の色を写しているのか、はたまた水自体の色なのか、鏡のように木々を写す水面は、濁りの全くない透き通った青緑色だ。 「‥‥水底まで4〜5mといったところだが、驚異的な透明度だな。水底の砂が湧き水で舞い上がる様まで見て取れる」 ライアが、革手袋をした指で池の端を指差した。 「池の中に比べて、縁の苔が少ない。湧水量が増したのか、最近水位が上がったようだ」 ライアから離れた蒼馬は、池を反対方向に回り始めていた。 「こちらには足跡だ。鹿、猪、熊。これは‥‥人の足跡だな」 「ここに竜三殿が居たことは間違いないと思って良さそうだな」 「足跡は、野生動物と人のみ、か‥‥」 蒼馬は首を傾げ、青い髪を一房、人差し指に絡めた。 「どうされた、思案顔で」 「何か、足りない気がするが‥‥」 「何が?」 「それが俺にも解らん」 蒼馬は腕を組み、空を睨む。 その時だった。 「誰だ」 二人の正面、池の向こう側の木陰から、声が発せられた。 蒼馬が組んだ腕を解き、ライアが背中の剣に手を伸ばす。 「竜三殿‥‥か?」 地面から六尺を越す高さに、ぬっと三白眼が現れた。 元から人相は悪いのだろうが、頬は痩け落ち、目の下には隈が色濃く浮かんで、より悪い人相になっている。両拳、肘、膝には、血染めの布が巻き固められていた。 「お前が、竜三か? 仁兵衛殿から依頼を受けた開拓者だ」 「開拓者?」 竜三は眉を顰めた。 「要らん。帰れ」 「そうもいかないのだ。親分が子分の苦境を放っておいたとあっては、一家の名折れではないか」 ライアに痛い所をつかれ、竜三は口ごもる。 「せめて手当てをさせてもらえまいか。その手足、怪我をしているのだろう」 ● 日が中天を過ぎ、傾き始めていた。 二の倉は、十年の時を経て森に飲み込まれつつあった。しかし、一つ一つの倉は朽ちかけていながら、それを覆う蔦は枯れかけ、黄色く変色している。 「綾さんたちを置いて、理由もなしに消えてしまう人ではないと、ひろいは思うのですけど‥‥」 胴丸の上に外套を羽織った茶髪の少女、拾(ia3527)は、涸れ川の前で小さな唇を尖らせた。 「だが綾に暗い顔をさせた段階で、竜三の行いは非難されて然るべきだな」 金色の大鎧の上に陣羽織を着ながら、汗一つかいていない茶筅髷の男、鬼島貫徹(ia0694)は、朽ちた倉庫の扉に白墨で×印を残す。 「人と遭遇することを避けるために、隠れているのかも知れんが‥‥心眼に反応はあるか?」 「何も感じないのですけど‥‥でも何だか、いやな感じなのです。この辺り」 鬼島は油断無く辺りを見回し、辺りを吹き抜ける風に耳を澄ます。 「嫌な感じとは?」 「なんていうか‥‥ここにいたくないのです」 拾は、視線を横に向けた。 そこには幾つもの穴が掘られ、その周りに一枚ずつ、倉から剥がしてきた細板が転がっている。 「その穴に関係あるかも知れないのです‥‥穴をほるだけなら、板はこんなにいらないと、ひろいは思うのです」 「穴を掘った日と、竜三がここを通った日が違うようだしな」 拾は、大きな目を瞬かせる。 「‥‥何で、ちがうってわかるのですか?」 「足跡には、葉が落ちているものが少なからずあったな。多少の雨で葉が落ちる季節ではない。つまり昨日や今日の足跡ではない」 空の倉庫の扉を閉じ、鬼島は再び白墨で×印を残す。 「だが、そこの土は乾いていない。それこそ昨日や今日掘られた様子だ。これが、拾の言う『嫌な感じ』に関係あるのか‥‥」 顎を摘んで考えていた鬼島は、ふと視線を下に移した。 「あの足跡と土を見ただけで‥‥すごいのです!」 拾の大きな瞳が、尊敬の眼差しで鬼島の顔を見上げている。 「ひろい、そんけいしちゃうのです!」 「何、馬齢を重ねてきた中で、多少は役立つ事もあったというだけだ」 鬼島は良い気分で胸を張る。足の長さが違う拾は、跳ねるような小走りで鬼島の後をついて歩いた。 「ばれい? ばれいしょなら知ってるのです!」 鬼島は大口を開けて呵々大笑する。 「‥‥馬齢を重ねるというのはだな」 そこまで言ったところで、突如鬼島は口を閉ざした。 拾もまた、手にした杖を身体の正面に翳している。 二人の耳には、確かに何者かの声が届いていた。 笠の下で拾の瞳にぼんやりと精霊力が宿った。その小さな口が、大きく息を吸い込む。 「竜三さん! 綾さんも、一家の人達もとても心配しています!」 拾の声が、朽ち始めた倉庫の間を反響しながら駆け抜け、消えていった。 返事はない。拾の唇が真一文字に引き結ばれた。 「まだだ‥‥」 「来やがれ‥‥」 倉の陰から一人、また一人と、土で汚れた着流しの男達が姿を現した。手には思い思いの武器を持ち、虚ろな眼窩には赤い光を宿している。 囲まれてはいないが、両手で数えるほどの数だ。鬼島は舌打ちを漏らした。 「十年前に死んだ者達か。仮に志体持ちとすると、少々数が多いな」 「‥‥一度、みなさんと合流した方が良いと思うのですっ」 拾の頭に被った笠が、鬼島の背に触れた。 「俺が敵を引き寄せる。敵の前で両手を空けるのは度胸が要るだろうが、紙紐を結ぶ役を頼む」 「わかりましたっ!」 拾の手の中で、杖が乾いた音を発し始めた。 「まずは入り口に着いてからだがな。そこまで、背中は任せたぞ」 鬼島の大きな手が、拾の笠の上に乗った。それだけで拾の瞳に気迫が漲る。 「ひろい、がんばります!」 鬼島の横手から槍を突こうとした男の身体が、突如硬直した。 「ひろいたちが探しているのは、あなた達ではないのですっ!」 朽ちつつあるアヤカシの身体を、黄檗色の小さな蛇が這い回っていた。 父の名が刻まれた杖の頭から、白銀の刀身が生えている。鋒には、たった今放たれた電撃の残滓が踊っていた。 目標を変えて突き出された槍と共に、アヤカシの両腕が前方へと転がる。 地面に突き刺さった戦斧を軽々と引き抜き、鬼島がアヤカシの腹に大砲のような蹴りを撃ち込んだ。 「行くぞ拾!」 「はいっ!」 ● 「竜三君にも理由や考えあっての失踪だと思うがね」 真紅のサーコートに身を包んだ中年男性、ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)は人差し指と中指で眼鏡を掛け直した。 「まあ、それはね。触れられたくない事は誰にだってあるだろうから、詳しいことを言わずに出発したことはどうこう言うことじゃないんだろうけど‥‥」 忍装束の上にマスケッターコートを羽織り、前頭部にゴーグルを掛けた韓紅の髪の女性、ルー(ib4431)が頬に人差し指を当てて嘆息する。 二人の前には、崖にぽっかりと開けられた鉱道があった。 「彼にとって、この山は何かいわくのある所なのだろうか」 「鉱道がアヤカシに襲われたのが十年前で、竜三が三倉の町に来たのも十年前」 鉱道に数丈入った辺りで屈み込んだヴァレリーは、カンテラで地面を照らす。 「何かあるとみてよさそうでしょ?」 「誰しも他人には計り知れぬ事情を抱えているもの、か」 ヴァレリーは翳りのある笑みを口許に浮かべた。 「地面がひび割れているな」 「元は、もっと湿った地面だったということ?」 「中は今でも湿っているかも知れんな。このような暗く危険な所にわざわざ入って行くとは思えん。どっこらせ」 ヴァレリーは掛け声と共に立ち上がった。 「‥‥竜三、居る?」 ルーの声が、鉱道の暗闇に吸い込まれていく。 鉱道の奥から返ってくるのは、幾重にもなった木霊ばかりだ。 「声も、物音も聞こえないね‥‥」 「地面に足跡もないようだ。彼は泰拳士だそうだが、瞬脚を使おうとも、足跡を残さずにここを通過する事は不可能だろう」 その時だった。 ヴァレリーは軽く目を瞠った。いつホルスターに手を伸ばしたのか、ルーの右手には黄金色の宝珠がはめ込まれた短銃が握られている。 風の音に紛れ、何者かの声が聞こえてきたのだ。 「ルー君も聞こえたかね」 「ヴァレリーも?」 ルーは前後左右に限らず、上下まで含めて視線で探っている。 「‥‥踏ん張らねえか!」 今度は、明確な声だった。眼鏡の奥でヴァレリーの目が閉じられ、意識が瞬時に四方へと拡散する。 「40m四方には居ない。音の聞こえた方へ」 「了解」 ルーは銃の引き金に指を掛け、ヴァレリーは降魔刀の鯉口を親指で切ったまま、慎重に足で茂みを分けて進む。 「竜三君か? 私たちは仁兵衛さんに依頼された開拓者だ」 探りを入れる尋問官のような静かな問いかけに、別のだみ声が答える。 「俺達が守らなきゃ、誰が町を守んだよ!」 「言われるまでもねえ!」 声ははっきりと聞き取れる程になっていた。一人や二人のものではない、剣戟も聞こえてくる。 二人の進む速度は、早足から駆け足へと変わっていた。 木陰で激しく動く武器が見える。二人は、眼前に広がる光景に絶句した。 天儀風の、着流しや野袴姿の男達が手に手に武器を持ち、互いに殺し合っている。 その誰もが、身体を朽ちさせつつある、屍体系のアヤカシなのだった。 「通しゃしねえよ、アヤカシども!」 「あいつはまだ逃げきってねえかも知れねえ、踏ん張らねえか!」 どこか呂律の回らない口で、アヤカシ達は怒鳴り合っている。 「何、‥‥これ‥‥」 「互いをアヤカシと思いながら、戦っているようだね」 うち一体が、二人に気付く。 「新手だ! 怯むんじゃねえぞ、若え連中と、これから生まれてくるガキのためだ!」 「あいつを生かして逃がすのが、瀧華の罪滅ぼしと思いねえ!」 ヴァレリーは眉間に皺を寄せ、降魔刀の柄に薬指と小指を掛けた。 その上体が反り返り、屍体とは思えぬ動きで踏み込んできた野袴姿の拳が空を切る。 瞬きを一つする間に、降魔刀はその刀身を鞘から現していた。 順突きの勢いのままヴァレリーの後方へ抜けた野袴姿が、胸から血と膿を吐き出して崩れ落ちる。 「数は多くないけど」 破裂音が響く。 咄嗟に目を転じさせたヴァレリーの目に、白煙を上げる銃口が映った。刹那、背後で重い音が響く。 銃口を下ろし、背後に回っていたアヤカシを撃ったルーが辺りを見回した。 「目的は竜三を連れ戻す事だし、敵しかいないようなら逃げるが勝ちじゃないかな」 「同感だね」 ヴァレリーは心眼の反応と視界で蠢くアヤカシの数を瞬時に照合し、頷いた。 ● 「しかし無茶をするな」 蒼馬は竜三の手に巻き付けられた血染めの布を剥がし、唸った。分厚い拳だこが剥がれ、肉がはっきりと露出している。肘も膝も、程度の差はあれ似たようなものだ。 「何故一人でこんな所に?」 竜三は答えない。傷口に滴を掛けられても、呻き一つあげずに地面を睨んでいる。ライアは手近にあった石を清水で洗い、渡された薬草を手早くすり潰した。 「竜三殿。綾殿という女性も貴方のことを心配しておられる」 「解ってる」 「ならば、なぜ」 蒼馬は傷口に止血剤と薬草を塗布すると、見る間に竜三の手に包帯を巻きつけていく。 「俺の問題だ」 竜三は微動だにせず、感情を押し殺した声を漏らす。 「何も言わずに行ったなら、何でもない風に帰ってこないといけないでしょ」 ライアと蒼馬が、顔を上げた。 胸に掛かる韓紅色の髪を払いながら、ルーが池の端に現れた。ヴァレリー、そして戦斧を担いだ鬼島、杖をついた拾も一緒だ。 「‥‥あんたらの仲間か」 「綾さんも心配しているのですっ」 拾が愛用の杖を握り締めて訴えた。 鬱陶しそうに拾の顔を見た竜三の悪人顔が、訝しげな表情を浮かべる。 「‥‥以前、会ったか?」 「はいっ、竜三さんが綾さんと‥‥はわわわわっ」 初対面の時に変装していたことを思い出した拾は、両手で口を塞ぐ。 事情を知らないヴァレリーが、二人の会話を遮って竜三に尋ねた。 「あの殺し合うアヤカシ達を知っているのかね」 竜三は口を閉じ、自分に視線を向ける六人をそれぞれに睨み返した。 「とりあえず姿を消した理由を話す気はないかね。力になれるかもしれん」 ぽつりと、ルーが呟いた。 「十年前の事件に、関係あるの?」 「知ってるのか」 「場所と、時系列を考えただけだけど」 図星を衝かれたか、竜三は言葉に詰まった。 重い沈黙の中、池から流れ出るせせらぎの音だけが辺りに満ちる。 蒼馬は一つ溜息をつくと、懐から小さなお守りを摘み上げた。 それを竜三の腿の上にぽとりと落とす。 「‥‥何だ」 「読んでみろ」 蒼馬は膝に薬草を塗布しながら言う。 「お前にもお前の事を案じてくれる、心繋がりし者達がいるのではないのか?」 竜三の大きな手が、小さなお守りを摘み上げた。 そこに刻まれた文字を、竜三の目が追う。 「どんな事情があるのかは知らんが、手伝える事があるならば、仁兵衛殿の代わりに手伝わせて貰いたい」 「‥‥仲間なんだ」 竜三は絞り出すようにして言った。 「ここを襲ったアヤカシを退治した時、一緒に戦ったんだ。一番若かった俺を、小さい頃に売られてきた俺を自由の身にしようとして逃がして、死んだんだ」 竜三は白い包帯を巻かれた手で、顔を覆う。 「あいつら、自分が死んだ事を理解できてないんだ。今でもまだ、あいつらだけで‥‥未練で自分たちがアヤカシになりながら、町を守ろうと、俺を守ろうと‥‥戦い続けてたんだ」 それは、血を吐くような叫びだった。 「あいつら、何度倒しても‥‥何度倒しても立ち上がってくるんだ。俺じゃ倒せねえ‥‥俺じゃ成仏させてやれねえんだよ! 畜生! 畜生!」 |