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■オープニング本文 ● ここは武天、刀匠の里理甲。 灯明の動きに合わせ、二つの影が壁の上で揺らめいた。 「重邦様」 里長である野込重邦の前に、元シノビである蔦丸が片膝を付き、深々と頭を下げている。 「本当によろしいのですか」 「構わん」 重邦は静かに頷いた。 「しかしこのようなこと、雲雀様に知れましたら‥‥」 「それでもだ。それでもなお、私は父親として、やらねばならぬ。例え卑怯なようであってもな」 重邦は重々しく独りごちる。 「それが、本当に雲雀様の幸せに繋がるのでしょうか‥‥」 「それは問題ではない」 伏し目がちに、そして控えめに自分の意見を述べる蔦丸に、重邦は断固たる口調で言った。 「いや、敢えて言おう、私自身のためだと。私は私のために、このはかりごとを是が非でも成功させてみせる」 部屋に、重い静寂が降りた。 「ですが、雲雀様にとって初めてのお雛様です。たばかるのは、気が‥‥」 蔦丸の言葉を掻き消すかの如く、軽くけたたましい足音が屋敷の端から近付いてきた。 重邦が目に見えて狼狽え、蔦丸は引きつった顔を咄嗟に伏せる。 襖が、勢いよく開いた。 「こら父ちゃん!」 重邦の娘、雲雀だった。その眼光の鋭さ、額に浮き上がった血管、さながら般若の形相である。 「ひ、雲雀。どうしたのだ、騒々しい」 「オヒナサマ、どこ!?」 「ひ、雛人形なら、だだ大事に飾ってあるががが」 「白々しいこと言わない! もう分かってるんだから!」 重邦の前に仁王立ちになった雲雀は、重邦の顔を指差した。 「父ちゃん、私にウソついたでしょ! おとなりの好枝おばちゃんに聞いたんだから! オヒナサマは、すぐに片付けないとイキオクレになるって!」 重邦と蔦丸は視線を泳がせた。 「今すぐかたづけなさい!」 「‥‥生憎だが、それは無理だ」 途端、雲雀の小さな両手が重邦の両肩を掴んで前後に激しく揺さぶった。 「父ちゃん! 私がイキオクレになってもいいの!?」 「悪いが、雲雀。既に、お前の、雛、人形は、里の、外に、隠して、飾って、ある」 されるがままに身体を揺さぶられながら、重邦が幸せそうな笑顔を浮かべた。 「既に、罠の、達人も、雇った。ハバキを、連れて、いようと、お前、には、辿り、着けない、ぞ」 「イイカゲンにムスメばなれしなさい!」 雲雀の顔は般若から閻魔へと変貌し、その小さく細い手は重邦の首を締めあげはじめた。 「ぐえ‥‥もう、遅い‥‥決してお前を‥‥余所の男どもには、くれてやらん‥‥」 「父ちゃん! 私のこと、母ちゃんにたのまれたんでしょ!」 「‥‥頼まれたから、私は‥‥雲雀に悪い虫が‥‥つかないよう‥‥」 「そういうことじゃないでしょ!」 重邦の顔が青紫色になり、口から泡を吹いた。白目を剥き、首が力を失って垂れ下がる。 「し、重邦様! 雲雀様!」 慌てて駆け寄った蔦丸が雲雀の手を解く。重邦は、どこか満足げな顔で失神していた。 しばらく荒い息をついていた雲雀だったが、やがてその目が蔦丸を見た。 その小さな口が開かれるよりも早く、蔦丸は頭を床にこすりつける。 「申し訳ございませぬ」 「‥‥まだなんにも言ってないけど」 「今回ばかりは、重邦様のお言いつけを破れば破門と、きつく言い渡されておりまして」 雲雀は深く溜息をつき、天井を仰いだ。 「母ちゃん、ごめん‥‥野込家は私の代でおわりかも‥‥あ、そうだ」 何か閃いたのか、雲雀が小さな手をぽんと打った。 「蔦丸兄ちゃん。こないだのカンナナガシでかせいだお金、まだあるよね? ちょっと出しなさい」 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
藍 玉星(ib1488)
18歳・女・泰
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 「ん、丸太には仕掛け無しかな」 忍装束に厚司織の筒袖、毛皮の外套を重ね着した少年が、丸太に何か塗っていないか確認している。 既に理甲の里とは顔なじみになりつつあるシノビ、羽流矢(ib0428)だ。 「私もそう思います。此岸にも川の中にも、罠は無さそうですね」 緑青色の髪に菫色の瞳、忍装束に外套を羽織った小柄な女性、ライ・ネック(ib5781)が呟く。その目にも、練力が宿っていた。 「私、物凄く雲雀ちゃんの気持ちが分かる気がします」 丸太の安定を確認しながら、龍袍の方に簑を掛けた女性、桂杏(ib4111)が呟く。 「重邦さんと同じ雰囲気が兄様からも‥‥」 ただ切り出してきた丸太を川の両岸に掛けただけの橋だ。忍眼を発動した桂杏の目にも、橋自体に違和感はない。 「しかし重邦さんだけというならばまだ納得は出来るのですが‥‥」 普段着に二重毛皮の防寒胴衣だけという軽装の女性、鹿角結(ib3119)が人頭大の石を丸太の手前に放り投げ、苦笑した。胸元から時折覗く紅色のさらしが、雪のように白い狐の耳と尾に映える。 「一人娘いうのに加えて忘れ形見なら、そりゃ、大切アルよなあ‥‥」 胸と腹を鎖で覆った蘭華鎧に虹色の外套を羽織った両把頭の少女、藍玉星(ib1488)がぼやく。 「で、貫徹。一つ聞いてもいいアルか」 「言ってみるがいい」 「何で脱いでるか?」 玉星の視線の先で、茶筅髷の男、鬼島貫徹(ia0694)が筋肉質の肉体を晒していた。毛で編まれたらしい褌一丁で、胴巻や面頬、鉢巻などを畳んで重ね、その上に巨大な戦斧を乗せている。 斧の柄尻には、雲雀から借りてきた猫又、ハバキが両前足でぶら下がっていた。 鬼島は顎で川を指した。 「一見、雪解けの冷たい水に見えるな」 「見えるアル」 「それが罠師の狙いだ。‥‥これは、実は温泉なのだ」 辺りに、鉛のごとく重い沈黙が訪れる。 「‥‥湯気、立ってないアルよ?」 「外見に騙されてはならん」 鬼島は自信満々に川へと足を入れた。顔を歪めるでもなく川の中程まで進んでいき、その身体を肩まで川に沈める。 「‥‥ど、どうですか」 桂杏が恐る恐る尋ねる間に、鬼島は額に幾本かの青筋を浮かべつつ、口の両端を上げた。 「良い湯だ。実に」 目が笑っていない。 人頭大の石をもう一つ拾ってきた結が、両手で大きく反動をつけ始めた。 「あちら側も調べたら、渡りましょうか。丸太を」 向こう岸に放り投げられた石は重い音と共に着地し、砂煙を舞い上げた。 ‥‥一瞬の間を挟み、向こう岸の地面が崩落した。 「あ、なるほど」 丸太に乗り、一定以上進んだ時点で向こう岸の地面が重みを支えきれなくなる仕組みだったのだ。沈んだ丸太の先端は、流量の増した川に沈み、流され始める。 その先には鬼島の顔面があった。 ● 「鬼島さん、本当に申し訳ありません」 「何、気にすることはない」 強靱な筋力に物を言わせて丸太を押し退け、好機とばかりに飛び出してきた村木隊の面々を片っ端から川に投げ込んだ鬼島は、鼻に詰め込んだ布きれをいじりながら答えた。 辺りは森になり、木漏れ日を浴びて下生えが生い茂っている。 「居るな」 「居ますね」 特に感覚の鋭敏な鬼島、そして結が視線を動かすことなく呟いた。続いて羽流矢とライ、最後に桂杏と玉星が、それに気付く。 歩みを止めない一行の進行方向から、複数の気配が漂ってきていた。微妙に殺気が混じっている。 「村木隊、ですね。大の大人が揃いも揃って、なんと言いますか‥‥」 結は困惑気味に笑い、人差し指で頬を掻く。 「ま、ここはあたしが何とかできると思うのココロ」 玉星が薄い胸を張り、他の五人から一歩前へ出た。 「何か策が?」 「任せるネ」 その細い肩を、羽流矢の手が軽く叩く。 「じゃ、任せるよ。俺が下を警戒しとくから、誰か上警戒しといてくれよな」 「でしたら、私が上を」 「弓で目を鍛えていますし、僕も」 桂杏と結が名乗り出た。 「‥‥で、どうするんだ?」 玉星は笑いを噛み殺し、大声で言った。 「しかし雲雀を結婚させないとは、村のモンも可哀相ネ」 玉星は大きな目を片方閉じて見せた。得たりと、羽流矢が相の手を入れる。 「何で?」 「『オラが里の雲雀ちゃん』が」 「うん」 「『うちの嫁の雲雀ちゃん』になるかも知れんのに」 「‥‥」 川に漂った沈黙よりも更に重い、息苦しいほどの沈黙が森に訪れた。 そよ風が、木立の間をすり抜けていく。 「その可能性を潰されてるアルもんなあ」 獣道の両脇で、何かが動き出した。 「お、おい!?」 「うちの太郎の着物買いに行ってくる!」 「うちの一造、重邦さまに弟子入りさせてくる!」 二人の男が里に走り出すのに合わせ、辺りから数多くの男達が立ち上がり、その後を追う。 「待て慌てるな、これは敵の罠だ!」 「うるせえ、どけ!」 「どけじゃねえよ、戻れ!」 村木隊は、雲雀と同年代の息子を持っているものと持っていないもの、二つに分かれて仲間割れを始める。 その様子を醒めた目で眺めていた一行は、やがて飽きたかのように進軍を再開した。 「‥‥あ、そこ、縄が張ってありますから気を付けて」 桂杏が、蔓草に偽装して木々の間に渡してあった縄に気付いて注意を喚起する。同じく落下系の罠に警戒していた結も、同種の罠を発見した。 「こちらにもあります。触らないように」 「‥‥岩を乗せた網が降ってくるんですね」 「これ、獣道から外れたら踏むように虎挟みが仕掛けてあるな」 下生えをより重点的に注意していた羽流矢が、縄を避けようと茂みに入ろうとし、慌てて戻ってくる。 第二地点、何事も無く突破。 ● 渋紙色の地面から雑草が芽吹き始めた斜面には、鋭く尖った岩が幾つも生えていた。 「落石に注意ですね」 理穴の足袋を直しながら、桂杏が呟く。 「だが相手は、意表を突く事を得意とする罠師という話。意表をつかない罠というのも、或る意味意表をついているだろう」 「成程。流石、場数を踏んでらっしゃいますね」 ライに褒められ、鬼島はふんぞり返った。 「これでも星の数ほど修羅場を潜ってきた」 「私も、負けていられませんね」 ライが一行の中から一歩進み出た。瞳に練力を集中し、急斜面を眺める。 「罠は‥‥無いように見えますね」 「無い? 一つもか?」 ライは入念に斜面を見回していたが、やがて息をついて首を振る。 「ええ。特に、落とし穴なども‥‥」 「‥‥成程な」 歩み出た鬼島が、片足で斜面を叩いた。 桂杏が、怪訝そうな顔を見せた。 「どうされました?」 「この斜面は、傾いているように見えるな」 「はい。私にもそう見えます」 「だが実は傾いているのは、この地面ではなく周囲の地形なのだ」 一同の間に、生暖かい笑いが広がる。 「は‥‥はあ」 「目の錯覚を利用した巧妙な罠だが、俺には通用せん」 一行に漂う微妙な空気など気にも留めず、鳩のように胸を張った鬼島は、地面に対し垂直を保ちながら斜面を登っていく。 慎重に岩の安定を確かめながら、結が呟く。 「‥‥特に、足場の岩が緩められたりもしていないようですね‥‥」 そうして一行が、斜面の半ばを越した時だった。 不自然な体勢の鬼島を追い抜いた羽流矢が、超越聴覚で物音を捉えた。 「みんな、待った」 「む?」 「上から、物音が聞こえた」 訝しげな顔で、一行が顔を上げる。ライは既に身構えていた。 「明らかに‥‥」 「村木隊、だよな」 ライと羽流矢が、嫌な予感に駆られて顔を見合わせる。 急ぎ斜面を登り切ろうと足を速めた瞬間、斜面の上端に、二桁にも登る村人達の頭が覗いた。 めいめいに、巨大な麻袋の口を斜面へ向けている。 「総員、構え!」 村人達が、一斉に麻袋の尻を掴む。 「ああ、これは‥‥」 桂杏が、顔を引きつらせる。 「これはもう、罠というか‥‥」 「攻撃、だよなあ」 同じく顔を引きつらせた羽流矢の額を、一筋の汗が流れる。 「里のため雲雀ちゃんのため! やれ!」 『応!』 男達が袋の中身をぶちまけ始めた。 中にめいっぱい詰め込まれていた人頭大の石が、一斉に斜面を転げ落ち始める。 「そこまでするかよ!?」 羽流矢は足に練力を集め、高々と跳躍した。次いで桂杏が早駆で冷たい仲春の空気を裂き、危険域を瞬時に離脱する。 一瞬前まで彼らのいた空間を、転げ落ちてきた岩が通過した。鬼島の茶筅髷に掴まろうとしたハバキがバランスを崩し、白い毛玉となって斜面をころころと転がり落ちていく。 「わあ」 緊張感の無い悲鳴に、真っ先に反応したのはライだった。 三角跳びで地を蹴り岩を蹴り、枯葉をびっしりとくっつけて転がって行くハバキを拾い上げ、砂煙を上げて踏みとどまる。 が、その真後ろで岩同士がぶつかり、軌道が不規則に変わった。不自然な体勢からでは躱しきれず左の額に岩の直撃を受け、ライは斜面に打ち倒される。 流れた血で視界の半分を塞がれたライの死角から、更に岩が落ちかかった。 その前に、虹色の小さな影が飛び出した。 「砕(スイ)!」 愛らしい気合いの声が響き、岩が空中で真っ二つに割れた。 「怪我、無いアル?」 玉星だった。霊拳「月吼」が回転する岩の窪みを正確に突いたのだ。続けて転がってきた岩を左の拳で横にいなし、右の蹴りで斜め上後方へと蹴り飛ばす。 蹴り上げられた岩の落下点に、一人、もっとも上からの圧力を防ぐのに適していない体勢で斜面を登っている男がいた。 三地点目にして、鬼島貫徹、まさかの脱落。 ● 森の木々が途切れ、空間が開けた。 「た、助けて! 助けて下さい、これ、この猪!」 野良着姿の中年男性が、小柄な猪に追い回されていた。木の周囲を回り、何とか噛みつかれたり突き飛ばされたりはせずに済んでいたが、少しずつ猪までの距離が縮まっている。 「罠は村人かな、猪かな」 「‥‥猪まで仕込みとは思い難いですが、さて」 羽流矢と結が、額を付き合わせて囁く。 「どなたかが念のため助けてあげて、残りは祠に急ぎましょうか」 「じゃ、俺が」 羽流矢は事も無げに言い、地面に落ちている小石を拾うと、小さく鋭い動きで体重を乗せた一投を放った。 石は一直線に猪へと向かい、その背にぶつかった。それなりに痛かったのか、鼻息も荒く猪は振り向き、開拓者達に向かって突進を始めた。 開拓者目掛け、猛烈な加速の付いた鋭い牙と硬い鼻が肉薄する。 剣だこのできた手が牙に添えられ、その軌道を逸らしながら、桂杏の身体が横に跳んだ。牙の先端は、桂杏の龍袍の裾を破っただけに終わる。 日焼けに縁の無い白い肌、そして白い布を覗かせながら、桂杏がふわりと着地した。 目の前の桂杏の姿が消え、その背後の羽流矢目掛けて更に猪は突進していく。 「皆! ここは俺に任せて先に行くんだ!」 「わかりました」 結が、至極平静な声を返した。 「行きましょう」 「え、ホントに行くの!?」 苦笑しつつも茶色い大きな目を丸くし、猪を引きつけながら後退を続ける羽流矢が叫ぶ。 「はい。よろしく」 「あーもう、わかったよ! 先行っててくれ!」 「お願いします」 結はにっこりと笑い、足早に広場の奥へと進む。 「すぐ追いつくからな!」 小さくなっていく羽流矢の声を聞きながら、一行は足を速めた。 小走りに隣をゆく桂杏に、玉星が声を掛けた。 「桂杏、下着見えてるアルよ?」 「はい? ‥‥ああ、これですか」 桂杏は破れた龍袍の裾から覗く薄手の白布を摘んで見せた。 「これ、ローライズですから」 「ろーらいず? ‥‥何アルか、それ」 「下着じゃないから恥ずかしくないんです」 ● 「や、これは皆さま、この度はお手間を取らせまして‥‥」 重邦は余裕の笑みを浮かべながら一行を出迎えた。 「こちらの雛人形、お返ししておきます。きちんと蔵にしまっておいて下さい」 重邦に真新しい雛人形を手渡すライは無表情を決め込んでいたが、目が笑っていた。 「は、では確かにお預かりしました。きちんとしまっておきましょう」 「あまり残念そうではありませんね」 ライに顔を覗き込まれ、重邦は笑う。 「いやいや、とんでもない。私の冗談でお手数をお掛けしまして‥‥お茶を入れますので、ささ、中へ」 「じゃ、お言葉に甘えちゃおうかなっ」 どこか浮き浮きとした声音で、羽流矢が後ろ手に隠していた袋を出す。 「はい雲雀ちゃん、これ」 「え?」 袋を手渡された雲雀は目を白黒させ、中を開いた。 「‥‥あ! おひな様!」 「な、何!?」 途端、重邦が色を失って振り向いた。 「あれ、でも父ちゃんに渡したおひな様は? あれ? あれ?」 「重邦さん、『重邦さんの』お雛様はきちんとお返ししましたよ」 桂杏が同情混じりの目で、重邦の肩を叩いた。 羽流矢が雲雀の前に屈み込む。 「まさか祠が二重構造になってるとは思わなかったよ。こっちが、雲雀ちゃんのお雛様だろ?」 「うんうん! そうそう!」 雲雀は跳び上がって喜んでいた。 「やった! さすが開拓者のみんな!」 一足先に逃げ帰っていたハバキを下に下ろし、雲雀は本物の雛人形を大切そうに受け取る。 「みんな、ありがと!」 「素直で良い子アルなあ」 玉星は肩に担いだ猪を下ろし、雲雀の頭を撫でた。 「雲雀は、シシ鍋、好きアルか?」 「あ、ボタンナベ!?」 「それそれ。お土産に獲って来たネ」 「やった! 今日はごちそうだよ、ハバキ!」 「ごちそう? 猪、美味しい?」 「美味しいよ! 好枝おばちゃんに捌いてもらお!」 雲雀が浮かれる一方、重邦は恨みがましい目で鬼島を見た。 「‥‥この度は、‥‥ご迷惑を‥‥」 渋々礼を言い始めた重邦の背を、鬼島の大きな手が幾度も叩いた。 「同じ娘を持つ父親として、野込の気持ちは痛いほど良く分かる」 「うう‥‥鬼島さん‥‥どうして‥‥」 「だからこそ、雲雀が嫁ごうがどうしようが全く関係ないのだ」 鬼島は満面の笑みを浮かべている。 「は‥‥は!?」 「大切なのは俺の娘だけであって、他人の家の事情などは知ったことではないのだ! クハハハハ!」 哄笑をあげる鬼島を前に、重邦は涙目で偽物の雛人形を抱え立ちつくしている。 失意に沈む重邦に結がそっと耳打ちをした。 「まあまあ、重邦さん。押して駄目なら引いて見よ、とも申しますし」 「鹿角さん‥‥」 重邦は、はたと何かに気付いたのか、顔を上げた。 「押して、駄目なら」 結が頷いて見せる。 「距離をとるようにすれば、雲雀さんの方が寂しがって離れたがらないかもしれませんよ?」 「蔦丸! 私は旅に出る! 旅に出るぞ! 支度を、今すぐ!」 「し、重邦様!? お気を確かに!」 「雲雀、私は里を離れるぞ! 後のことは‥‥」 「ばか言わないの! 蔦丸兄ちゃん、父ちゃんつかまえて! 次のノーヒン、しあさってでしょ!」 「離せ蔦丸! 破門にするぞ!」 「なりませぬ重邦様! 旅になど出られたら、里の者は飯の食い上げにございます!」 騒ぎ出した三人を眺め、羽流矢がぼそりと呟いた。 「なんつーか、似たもの親子‥‥」 |