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■オープニング本文 ● 「良い匂いだな」 旅のサムライが腰の大小を脇に置き、たらいに張った水で足を洗いながら、青白い顔をほころばせる。 「味噌煮込みか何かか」 「あ、いや、すいません、その、旦那さんにお出しするもんじゃあないんですが‥‥」 宿の老人が身体を小さくして頭を掻く。 「うちの馬鹿息子が帰ってくるもんですから」 「ほう」 サムライは受け取った手拭いで足を拭きながら、面白がった様子で応じた。 「好物というわけか」 「ええ。志体を持ってるのを鼻に掛けて、散々馬鹿をしてたんですがね。三年ばかり前ですかねえ、アヤカシに襲われてた所を、旅の開拓者の方に助けて頂いたらしくて」 言葉こそ溜息混じりだったが、しかし老人の目は穏やかだった。 「らしい、というと?」 「いや、森の中で偶然助けられたって話ですが、その方は名も告げずに行っちまったんだそうですよ。それであの馬鹿息子、開拓者になるなんて息巻いて、家をおん出たんです。全く‥‥」 サムライの、血の気の薄い口元が思わず綻ぶ。 「主人、随分と息子が可愛いと見えるな」 「へ?」 老人は目を瞬かせた。 「目が輝いている」 ややあって、皺だらけの顔に照れ笑いを浮かべる。 「馬鹿な子ほど可愛いってやつですかねえ」 サムライは僅かに口元を緩ませ、荷を担いで宿に上がり込んだ。 預かった笠を両手に持ち、老人が先導する。 「息子が本当に開拓者になって、幾つか仕事して、ちゃんと他人様の助けになれる男になったら、我が家に伝わる脇差をくれてやると言ってありましてね。今日か明日、受け取りに‥‥」 サムライの表情が、ぴくりと動いた。 「脇差‥‥刀を?」 「え? ええ」 「‥‥気を付けろよ? なんでも近頃、刀を持った鬼が、更に良い刀を求めて辺りをさすらっているという話だ」 老人は、半ば以上白くなった眉をひそめた。 「刀を持った鬼?」 「ま、主人がそう心配する必要はないと思うがな‥‥」 サムライはあてがわれた部屋の畳に腰を下ろし、大きく息をつく。 「心配ないって事は、お侍さん、お強いんですな」 「いやいや、俺なぞ開拓者としては三流だ。第一、病を患っていてな」 「病?」 老人が反射的にサムライから一歩下がる。 サムライは穏やかに手を振った。 「案ずるな、人に移る病ではない。それで、何の話だったか‥‥そうそう、何でもその鬼、『刀を寄越せ』が口癖らしい。サムライや志士、シノビばかりを狙うという話だ」 「はあ‥‥。また、物好きなアヤカシもいたもんですねえ」 老人が苦笑すると、サムライは肩を竦めた。 「とはいえ一般人でも斬られはするようだ、もし出たら一目散に逃げるんだな」 「あまり脅かさないで下さいよ」 老人は苦笑した。 「ま、取り敢えずお茶をお持ちしましょうか。お侍さんは、お仕事でこちらへ?」 「俺か? ‥‥何。俺はちょっと、手紙を届けにな」 サムライは咳き込みながら、悪戯っぽく笑った。 ● 瘴気の流れてくる方向へと、蹄の音が駆け寄っていく。 「おい、何があったんだよ! おい!」 身の丈六尺はある青年志士が、馬から飛び降りた。 集落は壊滅していた。 どの建物も大なり小なり破壊されていたが、それらは棍棒や馬蹄によってではなく、火を掛けられるのでもなく、全てが刃物によって行われていた。 「‥‥親父? おい、親父! どこだ!」 馬を柱の残骸に繋ぎ、壁の「断面」を見て、青年は色を失う。 宿の土壁が、五尺ほどに渡って切られていた。塗り込まれた竹の格子は、そのまま竹槍としても使えそうなほど、鋭く滑らかな断面を見せている。 正面から斬られたらしい、うつ伏せに倒れたサムライの遺骸の様子からして、事件が起きたのは半日から一日前というところだろうか。 「‥‥確か‥‥確か、地下室が」 壁を切り開かれた食料品店へと走り出した青年が、むき出しの地面に妙な金属片を見つけた。 それは、刃物で切断された透かし鍔だった。先刻のサムライの物だろうか。その形に記憶を刺激されて、青年はそれを拾い上げると考え込んだ。 だが彼が該当する記憶を呼び覚ますより早く、 「刀を寄越せ」 背後から吹き付けてきた殺気に気付き、弾かれるようにして振り向いた。 そこには、二体の鬼が居た。獲物は一体が野太刀、一体が長刀。 青年は愛用の長刀を抜いて上段に構え、怒鳴った。 「‥‥お前達か! 親父をどこへやった!」 「刀を寄越せ」 片方の鬼が長刀の鯉口を切り、左の太い足を前に出すと、右肩に刀を担いで肩八相の構えを取った。 美しい刀だった。身幅は広く重ねは厚く、地金は遠目で見えないが、しかし華やかな丁字乱れ刃が、長く広い刀身を彩っている。 「寄越せ」 鬼は太く長く鋭い犬歯を覗かせ、繰り返した。 「刀を、寄越せ」 鬼達の真横に繋がれた馬が、恐怖のいななきを上げた。 青年は一足飛びに鬼の長刀の間合いへ飛び込み、怒りを込めた横薙ぎの一撃を繰り出す。巌流の一太刀を見舞い、そのまま横へとすり抜ける気だった。 だが青年は、無様に転倒した。慌てて立ち上がろうとし、体勢を崩して、初めて右手に力が入らないと気付く。 右の下膊がざっくりと斬られ、どくどくと鮮血を流していた。 「篭手払い‥‥!?」 道場で彼が散々師に叩き込まれた、繊細な技だった。それを、アヤカシが使ったのだ。その事実が、怒りに駆られた彼の頭を妙に冷静にした。 その身体を、今度は衝撃波が吹き飛ばした。その技も、彼は見たことがあった。サムライの技、地断撃だ。 地に倒れ伏した青年には目もくれず、鬼は彼が取り落とした刀を拾い上げ、眺めている。 彼は馬に這い寄り、鐙に手を掛けて立ち上がった。 手綱に通した左腕で脇差しを抜き、馬を繋いだ革紐を切り離す。解き放たれた馬は、彼の身体を引きずって全力で走り始めた。 青年は、馬に引きずられながら、確かに見た。更に三体、打ち刀を手にした鬼がいるのを。 |
■参加者一覧
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
千見寺 葎(ia5851)
20歳・女・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
守紗 刄久郎(ia9521)
25歳・男・サ
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ● 「止血剤、符水、包帯、薬草。ん〜これだけあれば大丈夫かな?」 身の丈六尺を越える長身を漆黒のローブに包んだ青年、守紗刄久郎(ia9521)が銀色の目で机の上を眺め回した。 その隣では、二人のシノビが思案顔でそれを見下ろしている。 「‥‥この食料品店の地下に、部屋があるんだね?」 確認を取ったのは、忍び装束の上に戦袍を羽織り、多節棍を肩に掛けた青年、千代田清顕(ia9802)だ。 「潰していなければ‥‥」 机の前に座った青年志士は、力無く呟いた。 「サムライ以外に遺体は見なかったなら、血の臭いも?」 「感じましたが、濃くはなかったと思います」 「生存者がいる可能性は高そうですね」 もう一人のシノビは、少年の姿をしていた。顔立ち、声、体型、どれを取っても男女どちらにも思われる。千見寺葎(ia5851)だった。 「本当ですか」 「ええ。ですが、急いだ方が良さそうですね」 手の中で漆黒の匕首「烏」を回転させ、葎はアサシンマスクの下で呟く。 「出発前に、一つ聞いておきたい。あんたが貰う予定だった脇差し、何か曰くのある品なのか」 クレセントアーマーの背にマントを下げ、全長八尺ほどの十字槍を脇に抱えた青年、御凪祥(ia5285)が淡々と聞く。 「曰く‥‥? いえ、名物だとは聞いてますが、特別な由来や逸話の類は聞いていません」 祥は無言で頷くと立ち上がった。次いで、一行の中でも頭一つ高い長身を白銀の鎧で覆った琥珀色の髪の女性、メグレズ・ファウンテン(ia9696)が。 「鬼退治承りました」 その鎧には、翼竜紋の入った盾と打刀が金具で取り付けられている。遠目には、殆ど彫像のようだ。 「必ずや」 「お願い、します」 青年の口から、疲労しきった老人のような掠れ声が漏れた。 「俺‥‥まだ、親孝行とか‥‥してなくて‥‥」 「安心しなよ。きっと皆生きてるさ」 清顕は軽く青年の背を叩いた。 ● 家々が軒並みずたずたに斬り裂かれた村は、鎌鼬が暴れ回ったかのようだった。 葎は眉を顰め、数日前に壊滅したばかりの集落を眺め、囁く。 「そちらはどうですか」 隣にメグレズ。そして人形のように整った端正な顔立ちと白い肌、大鎧に陣羽織という出で立ちの青年、和奏(ia8807)。そして離れた建物の陰に、銀色の獣耳と尾を持ち、弓掛け鎧に陣羽織を着て鉢金を巻いた女性、鹿角結(ib3119)。 ややあって、清顕の囁きが葎の耳にだけ届いた。 『いる。打ち刀を持ってるが、大将じゃないね。そっちは?』 「います。こちらも同じです」 葎の視線の先で、打ち刀を手にした鬼が瓦礫に腰掛けている。 「単独ですね。作戦通り行きましょう」 『気を付けなよ』 「そちらこそ。超越聴覚はそのままで」 『了解』 葎はメグレズに目で合図を送った。メグレズはベイル「翼竜鱗」と鬼神丸を握り、和奏は鬼神丸を両手で握って、平然と物陰から歩み出る。 程なくしてその存在に気付いた鬼は、ゆっくりと立ち上がった。 「刀を寄越せ」 ベイルを前に、鬼神丸を脇に構えて、メグレズは鬼へとにじり寄っていった。和奏は下段に構えたまま、鬼の様子を窺っている。 甲高い音と共に、光条が鬼の腕を突き抜いた。 結の湾弓、「夏候妙才」の放った矢だ。腕を抜けた矢は脇腹に深々と突き刺さり、右腕の動きを封じている。 葎の両手が四つの印を結び、同時に天地を指差した。 メグレズと和奏が、鬼に向かって突進した。鬼は乱杭歯をむき出し、左腕一本で打刀を振るった。その目の前の地面がめくれ上がり、衝撃波がメグレズ目掛けて躍りかかる。 メグレズはベイルを前に翳し、地断撃の衝撃波を強引に突き抜けた。その陰になって鬼から見えない位置を、和奏が疾駆する。 衝撃波を突き抜けたメグレズの前で、鬼は血に塗れていた。その下半身を地面から生えた無数の針が貫き、血を噴き上げている。 裏術・鉄血針が、鬼の地断撃の正確さを失わせていた。 振り下ろされた柄尻にのベイルが衝突した。右腕を添えたベイルが、渾身の力で鬼の刀を真上へと持ち上げる。 がら空きになった胴を、和奏の鬼神丸が豆腐のように易々と刺し貫き、切り裂いた。 ● 「さて、俺の太刀はあんたの御眼鏡に適うかな? ‥‥やらんけど」 全長八尺にもなる斬竜刀「天墜」を右肩に担ぎ、立てた左人差し指で刄久郎は鬼を呼んだ。 「刀を寄越せ」 鬼は低い声で唸り、刄久郎へと大股に歩み寄っていく。 「刀を狩る鬼ね‥‥良い刀はアヤカシを呼ぶくらい血を吸ってるってことかな」 刄久郎の隣で肩に巻いた自在棍を手にした清顕が呟く。 「先手を取って攻撃ですっ!」 清顕の横一丈、三度笠の切れ目から右目で距離を測っていた燕一華(ib0718)が、大きく一回転させた薙刀「巴御前」を逆袈裟に振り上げた。 「刄久郎兄い、清顕兄い、お願いしますねっ」 「応!」 刄久郎が左手を天墜の柄尻に添え、地を蹴った。 鎌鼬が鬼の左肩の肉が抉り取った。負傷をものともせずに鬼は刀を握り、角を翳して刄久郎へと突進する。 金属の擦れ合う音と共に、その足を絡みつくものがあった。 清顕の自在棍「土鬼」だ。鬼は大きくつんのめり、辛うじて転倒を防ぐ。その視線が横に逸れ、刀が明後日の方角へと突き出された。 その先には、「人間無骨」を翳して横手から疾駆してきた祥がいた。 「眼は悪くないらしいな」 人間無骨の枝が鬼の刀を受け流し、その穂先で弧を描いた。梃子の原理で振り回された刀身が鬼の身体から離れる。 鬼の胸を槍の穂先が貫き、刄久郎の天墜が鞠のようにその首を刎ね飛ばした。 「‥‥あ?」 予想していたよりも遙かに歯応えのない敵に、刄久郎は祥と顔を見合わせた。 「葎さん。こっちは終わったけど、そっちは?」 『‥‥その様子だと、そちらも対して手強くなかったみたいですね』 「刀を寄越せ」 清顕を始めとする二班の顔に緊張が走った。 『千代田さん?』 葎の声が、緊張を帯びる。 打刀を持って赤い鎧を着た鬼、そして簡素な胴巻だけをまとった野太刀と長刀の鬼が二体、建物の陰から姿を現した。 「‥‥三体、こっちに来てる!」 『すぐ合流します!』 ● 「刀を寄越せ」 野太刀を持った鬼と、刄久郎は一対一で渡り合っていた。 天墜を地面に突き刺して横薙ぎの一撃を受け止め、流し、鬼が野太刀を引くのに合わせて全身の力で逆袈裟に斬り上げる。 続く両断剣の一撃は野太刀の十字組受けを押し切り、鬼の額を僅かに割った。 「‥‥刀に魅入られた鬼なのか?」 長刀と打刀を持った二体の前には、祥がいた。二班の中で唯一刀を持っている刄久郎に、三体の鬼が押し寄せようとしていたのだ。 人間無骨の石突きが打刀を持った鎧鬼の脛を狙い、弾き上げられる。その勢いで下を向いた穂先が、鬼の喉元を掻き斬ろうと襲いかかった。 鎧に逸らされて穂先は空を切ったが、大きく弧を描いて祥の手元へと戻っていき、鎧鬼の追撃を牽制する。攻防一体の技、水仙だ。 全く振り向こうとしない祥に振り上げられた野太刀と交差するように、黒い影が舞い降りる。 三角跳で二人の間に割って入った清顕が、自在棍「土鬼」で野太刀を受け止めていた。 自在棍を押し切ろうとした鬼の腕を掠め、頬と胸板を黒い影が撃ち抜く。 早駆で合流した葎の苦無「烏」だった。頬は眼を狙った一投が外れたのだろうが、胸部は雁下と呼ばれる急所を的確に貫いていた。 石突きで鎧鬼を突き飛ばした祥の十字槍が長刀の鬼の肩を突き、祥は鎧鬼が飛び退いた方向へと跳躍する。 刄久郎と野太刀、祥と打刀、清顕と長刀が、一対一となった。 「清顕兄い、行きますよっ」 既に精霊力を練り終え、「巴御前」を左脇に構えて時を窺っていた一華が叫ぶ。丁度地に足を着いた清顕は受け身を取りながら身体を伏せた。 地を這うかのような低い姿勢から、薙刀の切っ先が歪みの無い曲線軌道を描いた。 その動きに呼応して、長刀の鬼の胸が左脇から右肩へと切り裂かれる。 清顕は伸び上がりながら「土鬼」で宙を泳いでいる長刀を弾くと、棍の先端を後方へと繰り出した。 鬼と清顕の視線がかち合い、直後、鬼の後頭部に何物かが激突した。 「鬼は外ってね」 清顕の頭の後ろを通り、左肘を始点として死角を衝いた、「土鬼」の先端だった。 「さっさと村‥‥いや、この世から出て行きなよ」 後方から攻撃を受けたと勘違いした鬼は横っ飛びに身を投げた。その胴が、薄紅色の光によって地面に縫い止められる。 結のガトリングボウだった。弓懸けを填めた右手が弦を引く度に、心臓が血液を送り込むかのごとく、薄紅色の精霊力が黒い湾弓へと送り込まれていく。 立て続けに弦から放たれた赤光の矢の一本は弾き飛ばされたが、二本は野太刀の鬼に突き刺さった。 恐怖の混じった怒りの声を上げ、鬼が剣気を放った。短く持った槍で鎧鬼と鍔迫り合いをしている祥を目掛け、獲物を振り上げる。 だがその右手が、振り上げられた勢いそのままに上方へと飛んでいった。 銀光の動きは最小限だった。乱戦の横手から現れた和奏が、鬼のそれとは比較にならない正確無比な篭手払いを打ち、その手首を切り落としていたのだ。 「お待たせしました」 とぼけた口調で和奏は言い、唇の端をすっと持ち上げた。その間にも鬼神丸の刃は奔り、鬼の膝と肘を切り裂いている。 「そんなに刀が欲しけりゃあ‥‥」 刄久郎の身体が限界まで捻られ、ローブが鬼の視界を遮った。天墜が金赤の輝きを反射する。鬼は左の拳を、マント越しの当てずっぽうで、刄久郎の脇腹に叩き込む。 だが刄久郎の動きは、止まらない。 「飛燕陽華の輝きをご覧あれ、ですっ!」 天墜の反射した金赤の光は、一華の掲げた薙刀の「斜陽」の輝きだった。 「くれてやらぁ!」 全身の筋肉を躍動させた一撃が鬼の頭骨を叩き割り、肩を通って脇へと抜けた。 同時に、祥と鍔迫り合いをしていた鎧鬼が、白銀の衝撃を浴びてその場に転倒した。 ベイルを翳したメグレズの突進だった。 「遅くなってすみません」 受け身を取った鬼が怒りの咆哮を上げ、メグレズに払い抜けを叩き込もうとする。 メグレズのベイルと鬼の打ち刀は真っ向から激突し、彼女とすれ違おうとした鬼の足が、その場に止まった。 「あのサムライの方の遺志を、汲まなければ‥‥」 アサシンマスクの下で薄い唇を噛み、葎が印を結んでいる。 鬼の下半身に無数の針が貫き、鮮血を噴き上げていた。鬼は身体を捩って突き刺さった針をへし折ったが、しかしメグレズが大きく前進して至近距離を保ち、力と力のせめぎ合いが始まった。 身の丈七尺の赤い鎧の鬼と、七尺を越える白銀の鎧のメグレズ。双方の視線が空中で衝突し、刀とベイルが軋みを上げる。 メグレズの喉が細く長い呼気を漏らし、鬼神丸の帯びている霊気が熱気となって炎を噴き上げ始めた。一方の鬼の右足が、僅かに浮く。 その膝がメグレズに叩き込まれようとし、力無く地に落ちた。 和奏の一太刀が滑るようにして鬼の大腿部を通過していた。更に返す刀が鬼の胴を切り裂く。 片足を失って体勢を崩した鬼の胸を、炎の塊と化したメグレズの鬼神丸が両断した。 ● 「ありがとうございます! ‥‥本当にありがとうございます!」 青年はむせび泣く父親の両肩を軽く叩き、開拓者達に深々と頭を下げた。 村人の多くは村を脱出しており、残る数名は食料品店の地下へと難を逃れていた。聞けば、サムライが鬼達を一人で引き付け、村人の脱出と避難の時間を稼いでいたのだという。 「サムライの男性は、村の外れに埋葬させて頂きました」 再会を喜び合う父子に、メグレズが淡々と告げた。 一華が、懐から手紙を取り出す。 「身元が分かるものはお持ちじゃなかったんですけどね、こんな物をお持ちでした」 「それは‥‥手紙ですか?」 青年が訝しげな顔をする隣で、その父親が頷いた。 「そういえば、手紙を届けに来たとおっしゃってましたね。命を救ってもらったお礼だ、その手紙、私が何とかして届けましょう」 「そうですか? じゃあお願いしますね」 一華は、その手紙を父親に渡した。 和奏が、青年の手に金属片を握らせた。 「亡くなったサムライの方には申し訳ないですが、中を読ませて頂きました。息子さん宛てです」 感情を殺した和奏の端正な顔は、まるで能面のようだった。 「‥‥晴斗に?」 親子は顔を見合わせた。和奏は頷き、伏し目がちになる。 青年は手の中の金属片‥‥一部が欠けた鍔を見て、徐々に顔色を変えていった。 「あ、あの‥‥俺、やっぱりこの鍔‥‥見覚えが」 「あるだろうな」 刄久郎の銀色の瞳が、憂鬱そうな光を湛えていた。 青年は矢も楯もたまらず、手紙を開いた。 手紙の内容は、簡潔だった。 自分が青年を助けて以後、数年ぶりにこの地を訪れること。ずっと以前から自分の身体が病魔に蝕まれていると知っていたこと。身寄りのない自分が生きた証を残そうと青年を助け、開拓者になれと言い残していたこと。 青年が本当に開拓者になったことを風の噂で聞いたこと。身勝手な理由で他人の子どもに危険な仕事を薦めてしまい後悔していること。 手紙は謝罪の言葉と共に一度そこで終わっていたが、違う紙質のものが一枚、最後に追記として添えられていた。 「死を間近に控えて思う。人は天に与えられた生を全うすべきだと。君がもし開拓者の道に生き甲斐を見出してくれているのならば、君が君の生を全うする道は、開拓者の道だったのだと思う。その道を十全に歩みきるためにも、君は決して、大往生以外の死を迎えてはならない」 青年は、呆然としていた。 「その手紙を書いた本人が、アヤカシに斬られるとは‥‥皮肉な、そして壮絶な生だな」 鞘に納められた槍を肩に担いで座っていた祥が、ぼそりと言う。 銀色の耳を髪に伏せた結が、そっと首を振った。 「無辜の人々を守るために、最後の命の炎を燃やされたのだとしたら、彼は選んだ道を十全に歩みきったのだと、僕は思います」 「俺‥‥あの人に、一度しか会ってなくて。本当のこと言えば、こんな手紙託されても‥‥実感、湧かないけど」 青年は、手の色が青白くなるまできつく、鉄製の鍛え鍔を握りしめた。 「でも、俺、自分が目指した道も、目指した人も、間違ってなかったんだなって‥‥それだけは」 「あの人みたいに良い開拓者になりなよ」 清顕の紫色の瞳が、穏やかな光を湛えて青年を見ていた。 「彼のように命を落とすんじゃなく、自分もしっかり生きてさ」 「はい」 青年は鍔を胸に当て、唇をきつく噛み締めた。 「あの、皆さん」 青年から手紙を渡されて読んでいた父親が、顔を上げた。 「このサムライの方が埋葬された場所を、教えて下さい。‥‥村の守り神として、末永く奉らせて頂きたい」 「もちろん。この寒さだ、温かい物でも供えてやったらどうだい」 清顕は微笑んだ。 「欠け鍔の志士」と呼ばれる男が開拓者として一部に知れ渡るようになるのは、今暫し先の話である。 |