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■オープニング本文 ● 「金工鍔ですか。鉄地に松と雁の図‥‥作りからして、あの松金の鍔ですかな」 「うむ」 羽織袴に茶筅髷の男は、肘置きを使って頬杖をつきながら、一つ頷く。心なしか、笑いを噛み殺しているようにも見えた。 その前に座った、額の広がりだした中年男は、手渡された鍔をじっと見つめている。 「ふむ‥‥鉄の色、独特の松の図、確かに松金と‥‥おや?」 中年男は、ぴたりと手を止めた。顔を上げた岩崎の視線が、茶筅髷の男のそれと交錯する。 「‥‥讃左右衞門様もお人が悪い」 「流石は岩崎。見抜いたか」 讃左右衞門と呼ばれた茶筅髷の男は、大きく膝を打った。 「贋作ですな」 「それよ。雁の図が、妙であろう」 岩崎‥‥代官の岩崎哲箭は、肩の力を抜いた。 奥右筆の一人、小林讃左右衞門は意地が悪く、人を呼び出す時というのは決まって何かあるときだと、相場が決まっていた。 「しかしこれほど精巧な贋作を、どうなさいました」 岩崎の問いかけに、小林は低く笑う。 「何。この間、腰物奉行の田沢が若年寄に進呈し、飛ばされたのよ」 「それが、何故ここに?」 「贋作と指摘したのが、この俺だからな」 小林は呵々大笑した。 「贋作が見抜けぬ者を、腰物奉行に置いておくわけには行かぬ。若年寄は烈火の如くお怒りになってな、田沢は代官へと一気に左遷よ」 岩崎は苦笑いをした。 「田沢も、まあ間の抜けた所はありますが、善人ではございましょう」 「それは否定せんが、アヤカシとの戦乱の世、あまり重職にあっても害があろう」 小林はまだ笑っている。 「田沢殿も、お気の毒に‥‥」 岩崎は眉を八の字にし、小林の笑いが収まるのを待った。 ● 小林は息の続く限り笑っていたが、やがて大きく息をつくと、岩崎の手から鍔を受け取った。 「それで、だ。今日お主を呼び出したのは他でもない」 「は」 表情を改めた小林に、岩崎は知らず居住まいを正した。 「代わりに、お主を腰物奉行に推挙しようと思う」 「‥‥は!?」 岩崎は目を丸くした。 代官といっても様々、禄高にして千石から数十石の者までいるが、岩崎は禄高百石。腰物奉行と言えば禄高七百石とも言われる。禄高七倍など、どう考えても異様な出世だ。 「讃左右衞門様。一体何を企んでらっしゃるのですか?」 「おいおい、人聞きの悪い事を言うな。お主の目利きの確かさを知らぬ者は辺りにおるまい。他に適任は居らぬと申し上げておいた」 「はあ‥‥」 今ひとつ実感が湧かないのか、岩崎は寂しくなった頭を人差し指で掻き、頷く。 「今の所領は、そのままお主が治めれば良い。加えて与えられる所領については、追って沙汰があろう‥‥但し」 小林は、意地の悪い顔をした。 来た、と岩崎は直感した。 「実は明後日、この城に盗賊団が忍び込むという予告状が舞い込んでいてな」 「‥‥つまり、それは‥‥」 「うむ。一つ、お主の器量を試す機会として、活用させてもらおうと思う。そやつらを、捕らえてくれい」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
アルクトゥルス(ib0016)
20歳・女・騎
ルーンワース(ib0092)
20歳・男・魔
リン・ヴィタメール(ib0231)
21歳・女・吟
シア(ib1085)
17歳・女・ジ
カメリア(ib5405)
31歳・女・砲
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
アーニー・フェイト(ib5822)
15歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 笛の音にも似た悲しげな声、そしてガラスを金属で引っ掻くような、トラツグミの声が聞こえる。 「三方に玉砂利、裏山に落ち葉。カスミのアイデアで、濠の外にも篝火と玉砂利。空でも使わなければ、簡単に侵入は出来ないはずだけどね」 身の丈は四尺ほど。金髪にウシャンカを被り、ヴァーミリオンの瞳をした少女、アーニー・フェイト(ib5822)が仄白い息を吐いた。 「ジルベリアにも怪盗とかゆーのが予告状だしてたけどさ。バカだなあ。自信あろーがなかろーが盗みってのはこっそりやるもんだよ」 退屈そうに手の中でくるくると宝珠銃「皇帝」を回していたアーニーだったが、ふと気付いて隣を見た。 「随分新しい銃だね」 目の前にちらつかされた銃に思わず目を奪われていたカメリア(ib5405)は、仲間が焼いてくれた蛸型のクッキーを囓りながら頷いた。 「狙撃用に射程の長い子を買ったんです。高かった、ですけど‥‥」 「幾ら?」 「‥‥三万文。お陰で、残り百文しかないのです」 カメリアの胡桃色の瞳が、幸せそうに細められる。 「でも欲しかったのです。八本足全部、捕まえるですよぅ」 「変わった人だね‥‥」 呆れながら言う彼女の背後、「司」の字の一画目の「跳ね」の辺りで、閃光が走った。次いで、破裂音。 アーニーはそちらから聞こえる物音に意識を向けた。 カメリアは銃架を引きずって爆発のあった方角に銃口を向ける。その目が、延焼しだした植木を背景に動く人影を捕らえた。 「人の物を盗むのは」 胡桃色の瞳が片方、瞼に隠された。右目に映るフロントサイトの影に、小さく映る人影が重なった。 「めっ、です」 何かの気配を感じたか、その足が止まった瞬間、その銃はこの世に誕生して初めて、人間に向かって火を噴いた。 人影はもんどりを打ち地面に薙ぎ倒された。空撃砲だ。咄嗟に声を上げた。 「ほ‥‥砲術士だ! 建物の陰‥‥」 破裂音に遅れること一瞬、人影の右足から血が噴き上がった。 単動作で装填を終えたカメリアの第二射だった。足を封じられた男に城の人間が押し寄せ、縛り上げる。一つ目の呼子笛が城内の空気を震わせた。 アーニーの目に精霊力が集中し、紅樺色の瞳がおぼろげに輝いた。 八方をぐるりと見回し、舌打ちを漏らす。 「‥‥これ、ひょっとして四方から来てない?」 「本当ですか? 二人ずつだと、蔵にまで到達しちゃう、かもですね」 「櫓でのんびりしてる場合じゃないね‥‥皆! 四方から来てるよ! 1時、3時、5時、10時方向!」 アーニーは叫ぶと「皇帝」の銃身を口に咥えた。外套を脱いで荒っぽく撚り、櫓の支柱に絡める。 「え? ええ!?」 カメリアの目が丸くなる。 「あと頼んだよ!」 アーニーの小柄な身体が櫓から飛び出し、支柱沿いに地面へと滑り降りて行った。 ● 城内は俄に騒がしくなっていた。 「‥‥仕事、だね。じゃ、頑張るか」 大きなマリンブルーの目をくりくりと動かし、ルーンワース(ib0092)がは自分の身長を上回る魔杖「ドラコアーテム」を脇に構えた。 龍の口から漏れだした霧が雪のような白い髪を持つ赤い瞳の女性を包む。 ルーンワースの青い瞳は、松の影に隠れた二つの人影に向けられていた。 「サンキュ。行ってくるわ」 アルクトゥルス(ib0016)が軽くなった身体で同田貫の鯉口を切り、猛然と地を蹴った。 殺気に気付いたか、二つの影が木陰から左右に散る。夜目にも鮮やかな白い影がそれを追い、迷わず右に方向転換すった。 「!?」 アサシンマスクで顔の下半分を隠した男の目の前に、踊り狂う白い髪が肉薄した。咄嗟に突き出した右手の甲を、白金の盾の角が砕く。 だが首を狙って振り下ろされた同田貫の峰は、男の左肩に止められた。 「ルーン!」 振り向くことなく、アルクトゥルスが叫んだ。右手を砕かれた男は地面を転がり、白騎士から距離を取る。 だが声を掛けられるまでもなく、ルーンワースは反対に逃げた男を追っていた。城内の土塀に飛びつこうと身体を沈み込ませた男の身体に、篝火を受けて橙色に輝くきらめきが絡みついた。 咄嗟に宙へと跳び上がり逃れようとした男が、そのままの姿勢で身体を強張らせ、腰から地面に墜落した。 その忍装束は白く凍り付き、硬質の音を立てていた。半身で愛杖の龍頭を突き出していたルーンワースの身体に、再び精霊力が集まっていく。 「こ、この‥‥」 危機を感じた男が、懐から苦無を投げる。だが「フローズ」で動きの一部を封じられた一投は、見当違いの方向へと消えた。 龍の瞳を象った宝珠が小さく明滅を繰り返し、男の目が釘付けにされる。 数秒の後、龍の瞳が光を失うと同時に、男の両目もまた光を失い瞼の裏に隠れていた。 「くそ、まさか開拓者の力を借りるとはな」 右手を潰された男は何とかその場を逃れようと辺りを駆け回っていたが、アルクトゥルスが滑るようにしてその後を追い、容易に城内の土塀の角に追い詰めていた。 「自己顕示欲強すぎなんだよ」 呆れ顔でアルクトゥルスが言うと同時に、男の手が閃いた。白金の盾が鋭い音を立て、苦無を受け止める。 その隙に男は地を蹴り、アルクトゥルス目掛けて突進した。頭を低くして腰に飛びつき、体重差で押し倒そうと試みる。 が、その顔が突如として跳ね上がった。グランドヘビーブーツの膝が、その顎を痛打したのだ。 脳を揺らされてもなお踏みとどまり、辛うじて倒れるのを堪えた男だったが、その爪先をブーツの踵が踏み抜いた。痛みに仰け反った顔面を、容赦なく同田貫が薙ぎ払う。 顔から血を噴き上げながら倒れた男に、アルクトゥルスはすまし顔で声を掛けた。 「安心しろ、峰打ちだから」 「聞いてませんよ、アルクトゥルスさん」 眠り込んだ男を縄で縛り終えたルーンワースが言い、二度続けて呼子笛を吹いた。 ● 「予告状なんて、随分人を馬鹿にした盗賊ね‥‥」 泰拳袍の上から水帝の外套を羽織った少女、シア(ib1085)が篝火の明かりを受けながら走る。青い髪に赤いヘアバンドが鮮やかだ。 「恐らく何人かは陽動で来るでしょう」 深紅の忍び装束に鉢金、二重の外套を着たライ・ネック(ib5781)が、シアにぴったりついて併走していた。 「騒動を起こし侵入を試みると思われます」 「何か、聞こえたの?」 「ええ、悲鳴が。それから、誰だ、こんな所に撒菱仕掛けやがって、と」 超越聴覚を起動したままでライは唇の片端を持ち上げて笑い、城内の土塀に手を付いて易々とそれを乗り越えた。 「リンさんのお陰ですね。足を痛めている筈です、そう遠くへは行けないでしょう」 「四方から来たそうだし、早くこっちを終わらせて、他に回らないとね」 疾駆する二人の視界の奥、裏手の山の手前で、二つの影が動いた。 近付いてくる二人に気付いたのか否か、そそくさと共に物陰へ消えていく。 「回ります」 「よろしく」 二人はそれだけで意思疎通を完了し、走ってきた勢いそのままに二手に分かれた。 シアが人影を追って角を曲がると、 「げっ!」 角の先で声が発せられた。大八車の陰に入ろうとしていた二つの人影が、足を引きずるようにして走り出す。 シアの身体が、真っ直ぐに突進した。人影は焙烙玉を取り出したが、それに点火する余裕さえ与えず、少女の身体は二人の目の前に到達する。 もう一人の人影は忍刀を抜いていた。突き出された切っ先が、シアの青い髪の中を空過した。 シアの身体は、何の前触れもなく右に倒れていた。 右手が地につき、左足が鞭のごとく男の腿を痛打する。 そこから逆回転を始めたシアの右上段回し蹴りが男の側頭部を狙った。 その一撃は、撒菱で足を痛めていた男が蹴りで体勢を崩して空を切ったが、シアの攻撃はまだ終わらない。空中で更に身体を半回転させたシアの左踵が、仰け反った男の鼻を叩き潰していた。 前歯を地面に撒き散らしながら、男はその場で大の字に伸びてしまう。 「ち、畜生! 開拓者か!」 残った男は焙烙玉を放り出し、逃げ出した。その足下に一条の閃光が突き刺さり、男はもんどりを打ってひっくり返る。 「お目当ての蔵でしたら、そちらではありませんよ」 土塀の上に立った、ライの獄導だった。男が懐から苦無を取り出した時には、その姿は土塀の上から掻き消えている。 瞠目し辺りを見回した男の両肩を、後ろから抑える両手があった。うち片方には、苦無が握られている。 「逃げ切れませんよ」 男はゆっくりと両手を挙げた。 シアが、二度続けて呼子笛を吹いた。 ● 軽い破裂音と共に蔵の扉が解錠され、ゆっくりと開いた。 篝火と月明かりで明々と照らされた城内に比べ、蔵の中は闇に閉ざされていた。中に入ってきた二人の人物は、明かり取りの窓から入ってくる僅かな明かりを頼りに、壁際に山と積まれた木箱に近付いた。中でも頑丈な作りの、鉄で補強された箱に手を触れる。 再び軽い破裂音がし、箱の蓋が僅かに浮き上がった。破錠術だ。 二人は勢い込んで中を覗き込み、思わず声を発した。 「空!?」 顔を見合わせ、それぞれが別々に隣の箱に飛びつき、破錠術を発動した。 二人の顔から、見る見るうちに血が引いていく。 「‥‥ま、まさか‥‥この中の殆どが‥‥」 「か、空箱‥‥なのか?」 「そうどすえ」 笑いを噛み殺しながら、箱の影から出てくる影があった。 鍔広の黒い三角帽の下で、艶やかな黒髪が微かな月光を受けて光る。リン・ヴィタメール(ib0231)だ。 リンは腰に差してあった白い金属製のフルートを抜き、左の指三本で口許を隠して楽しそうに笑った。 「残念どしたなあ」 「ちっ!」 男の一人がリンに飛びかかろうと地を蹴り、彼女の前に着地することなく空中を平行移動して、空箱の山に頭から激突した。 「あまり人は傷つけたくありませんが‥‥」 蔵の入り口の傍に現れた人影が、僅かに陰のある表情で呟いた。その手に握られた榊の杖から拡散していく精霊力の残渣が、月光を受けて白くきらめく。 その名の通り霞色の髪と瞳、薄桜色と赤の巫女袴を着た少女、柊沢霞澄(ia0067)だ。 精霊砲に薙ぎ払われた男は、ただの一撃で気絶していた。 残る男が、逃げ場を探して蔵の中を見回す。 「世の体制に不満があって憂さ晴らしのように愉快犯的な犯行をしているのかもしれませんが‥‥」 霞澄の言葉が終わるのを待たず、男は空箱の山を駆け上がった。その目指す先に、小さな明かり取りの窓がある。 しかしその右膝が、突如として力を失った。 リンの珊瑚色の唇が、フロストフルートの歌口に触れていた。波打つようにその両手がキーとトリルレバー、トリルキーを操作する。 「夜の子守唄」は男の意識を確実に夢の世界と誘っていった。が、その意識が理性の制御を離れる直前に、男の身体はリンの身体から七丈、子守唄の射程外へと飛び出してしまう。 「うん、もう」 リンはフルートに当てていた唇を舐めて湿らせ、ふくれっ面になった。その間に男は空箱の山を蹴り、窓に飛びつく。 しかしその身体が、見えない手に引きずり下ろされるかのごとく蔵の地面に叩きつけられた。 「逃げたらあかしまへんえ」 リンのフルートから、その外見からは想像も付かない、全身を震わせるかの如き重低音が発せられていた。重力の爆音だ。 一体の重力が増され、男は陸に打ち上げられた魚のように、虚しく地面でもがいている。 その時だった。 「‥‥な!?」 リンと霞澄が振り向いた。恐らく最後の一人であろう男が、入り口の扉を開けて立ちつくしている。蔵の中の様子を見て危機を察したか、咄嗟に扉を閉じた。 「待ちなさい‥‥!」 扉にほど近い場所に立っていた霞澄が、すぐさまそれを追う。 だが扉を開けた霞澄の前で、男は黒い何ものかを辺りにばらまき、走り出していた。 撒かれた物が撒菱だと気付いた霞澄が反射的に足を止めると、乾いた音が辺り一杯に充ち満ちた。 目を丸くした霞澄の前を、モスグリーンのジャケットが駆け抜けた。ウシャンカの下の明るい金髪が、光跡のように視界に残る。 「げっ!?」 アーニーだった。何の迷いもなく、撒菱の上を全力で駆け寄ってくる。 「こ、このガキ、どどどんな足してんだ!?」 辺りに響いた音の正体は、彼女が城の人間に用意させた板きれだった。撒菱を直接踏まないよう板を撒き、その上を駆け抜けたのだ。 負けじと早駆けで十丈の距離を取った男が、不可視の巨人の手に張り倒されるかのごとく地面に薙ぎ倒された。一瞬遅れて、爆発音が聞こえる。 「高い銃、買って良かったです」 アーニーの超越聴覚が、幸せそうな呟きを捕らえた。櫓のカメリアが、空撃弾で援護射撃をしたのだ。慌てて立ち上がろうとした男を、アーニーの早駆けが射程内に捕らえる。 男の太腿から、血が噴き上がった。 宝珠銃「皇帝」の銃口から白煙が立ちのぼる。 「呼子笛、五回聞こえたよね? あと蔵の中に二人、あとこいつで八人かな」 アーニーは言いながら、観念して手を上げた男に近付いていく。 「ガキだって舐めたでしょ? あんたのお陰でこっちは楽できたよ」 「アーニーはん、やりますなあ。頭か九本目の足がいなければ、これで依頼完了どすな」 リンが手を鳴らし、板きれを渡って嬉しそうに少女に近付いていく。 「‥‥あの‥‥」 何かに気付いた霞澄が、遠慮がちに手を上げた。 「あれ‥‥」 「どないしはったん、霞澄はん?」 「‥‥燃えてます‥‥よね‥‥」 リンとアーニーの顔が不吉な予感に彩られ、恐る恐る霞澄の細い指が差す方向を振り向いた。 裏山に敷き詰めた落ち葉に、焙烙玉から引火して赤々と燃えていた。 ● 「消火活動までご苦労だった」 小林の労いの言葉に、岩崎はただただ頭を畳にこすりつけた。 「誠に、申し開きの致しようもなく‥‥」 「城を燃やすなとは言っておらなんだしな。非常に忠実に、的確に賊を捕らえてくれた」 小林の笑顔は、引きつっていた。岩崎は生きた心地もしない。 「まあ、幸いにして水桶を用意してくれた者が居たからな。小火騒ぎで済みもした、俺も一月の蟄居謹慎で済んだ」 岩崎は額にうっすらと汗をかきつつ、更に額を畳にこすりつける。 「もし拝領した宝や金子が奪われなどすれば、腹を切らされる所だったのだから‥‥幸運だったと思っておこう」 「‥‥申し訳ございませぬ」 「そう小さくなるな。お主の腰物奉行昇進はどうやら確定したぞ。一千石に加増されると」 小林が、僅かな殺気すら漂わせながら満面の笑顔で告げる。 「‥‥一千? 腰物奉行は七百石と伝え聞いておりますが」 「俺の所領から、三百石をお主に譲り渡す事になった。自分の城で失火を起こす者を蟄居謹慎だけで済ませては、このアヤカシとの戦乱の世において害があろうとな」 先日自分の言った台詞を、逆に自分が浴びせられたらしい。 「それは、何とも‥‥」 「お前、当面苛めてやるから覚悟しておけよ」 小林は青筋を浮かべ、そう笑うのだった。 |