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■オープニング本文 ● 武天は水真の地、刀匠の里、理甲。 里長にして刀匠である野込重邦は、瞬きを繰り返した。 「鉄穴流しを、やってほしい?」 「はい」 理甲の傍を流れる川の下流、鹿原村の長は頷いた。 重邦の愛娘、雲雀が小首を傾げる。 「カンナナガシ? って何?」 「岩を川に流して砕き、砂鉄を採ることだ」 鉄穴流しは、破砕した岩を上流から流し、途中に幾つも作った「洗い場」と呼ばれる池に流し込む。川を下る過程で石となり砂利となり砂となった岩は洗い場で攪拌され、その比重の違いによって、砂鉄とそうでない砂に分離されていくのだ。 しかしこの鉄穴流しには、問題がある。砂鉄を分離され残った砂が下流へと流れて行き、田畑の用水路を詰まらせ、川の水質を悪化させてしまうのだ。 「そんな事をすれば、あなた方のように下流に住む人々がお困りになるのでは?」 「いえいえ、むしろ鉄穴流しをして頂けると、我々が助かるのです」 「助かる? 土砂が下流に堆積してしまうでしょうに‥‥」 「はい。それを利用して、棚田を作りたいのです。休耕期の今の内に」 鹿原村の長は、にっこりと笑った。 ● 弱々しい陽射しが、屋敷の縁側に降り注いでいる。 「そのカンナナガシって、いきなりやってうまくいくの?」 縁側で足をぶらぶらとさせながら、雲雀が隣の父親を見上げた。 「うむ‥‥池の作り方はこの里の庄介老人が解るようだし、選鉱ならば私にもできなくもないが‥‥」 重邦は、頭の後ろで手を組んだ。 「里で使える程の砂鉄は採れまいなあ。第一、砂鉄から玉鋼を採るには、たたらを作らねばならん。採った砂鉄はどこかの町に売り払うのが関の山だろう」 白い毛玉とも見える猫又のハバキが、糸のほつれた鞠を転がし、飛びつき、のし掛かり、一緒に地面に転がっている。 その姿を眺め、重邦は嘆息した。 「ハバキの母親も機嫌を損ねぬように気も遣わねばならんし‥‥」 もとは野生の猫又だったハバキだが、ひょんな事から理甲の里で暮らすことになったのであった。 その母親は、未だ理甲の里の近くに住んでいる。勘違いではあったが、昔理甲がたたらを稼働させていた頃、「人間は山を破壊する」と苦々しい思いで里を見ていたのだと言う。 「でも引き受けちゃったし。第一このままだと、里のお金、本当に底ついちゃうでしょ」 「う‥‥うむ‥‥まあな」 自分の刀の斬れ味については誰よりも自信を持っている重邦だったが、売れ行きについては銘を入れずにおいた方がまだ売れる自信があった。 現に、刀の善し悪しの判る一部の者は喜んで買うのだが、なかなかその評判が広がらない。 弟子達の衣食住、刀の材料費、運搬費、工房の整備費、嵩む一方の支出に対して、収入は増える様子がなかった。 「カンナナガシができる人を、さがしてきたら?」 「まあ、採石のできる人間が居ると心強くはあるが」 「じゃ、また開拓者の人におねがいしようよ! シカハラの村長さんが、お金は出してくれるっていうし!」 雲雀は小さな手を打ち合わせ、顔を明るくした。何かと里を気に掛け、雲雀を可愛がってくれる開拓者達は、雲雀にとって憧れの的なのだ。 「無茶を言うものじゃない。向こう数ヶ月、延々岩を割ってもらうわけにもいくまい」 「う‥‥」 言葉に詰まった雲雀の頭に、重邦の無骨な手が乗った。 「開拓者の方々には、火薬の運搬を手伝って頂く」 雲雀の愁眉がさっと開いた。 「開拓者の人、くるの!?」 「町で火薬を受け取り、蔵まで護送して頂くだけだが。それと鹿原の村長が言っていた山賊の所在がわかれば、別途その退治もお願いせねばなるまい」 重邦の言う「山賊」とは、近頃中流から下流域で出没するという一味の事だった。 理甲に火薬の購入資金、はては護衛を雇う資金まで提供して収穫を増やそうとする鹿原村では、農作物を買い取りに来る商人などが時折襲われるらしい。 砲術士を擁するその山賊は神出鬼没、一日の内に数里離れた場所で旅商が襲われることもあるという。 山奥に来てまで奪うほどの蓄えがない理甲の里には無縁の話だが、火薬や砂鉄が溜め込んであると知れれば、そうも言っていられなくなるだろう。 「どうも、面倒な事になりそうな予感がするな‥‥」 重邦は、うそ寒そうに身体を震わせた。 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
十野間 空(ib0346)
30歳・男・陰
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
ソウェル ノイラート(ib5397)
24歳・女・砲
十 砂魚(ib5408)
16歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ● 「りょうちゃん」 外で微かに雪がちらつく中、竹串が器に触れる音が、ひっきりなしに店内に響く。 「行きの道でも思ってたんだけど‥‥私の顔に、何かついてるかしら」 「む? 深山殿と私、同じ武芸者なのに‥‥あ、いや、その」 慌てて銀色の瞳を下の角皿へ向ける皇りょう(ia1673)の仕草に、椿の描かれた赤と桃色の振り袖で、深山千草(ia0889)は綻ぶ口元を隠した。 袂から覗く白い指には、微かに香り立つかのような色気がある。 「そ、それはそうと、予想される襲撃地点だが」 縁が見えなくなるまで竹串の並べられた細い串入れに、店中の視線が集中していた。が、りょうも千草も意に介さない。 「最も危険なのは、里へ向かう山道に差し掛かる地点と見るが。最も人が潜伏し易く、街道に身を隠す場所が少ない」 「確かにね」 両手を湯呑みで温めながら、千草が薄紅の引かれた唇を少し尖らせた。 「往路とここまでの復路、上空に怪しいグライダーや龍もいなかったし」 「それで空を見ておられたのか」 「神出鬼没なんでしょう? 移動手段に川を利用すれば人目につくわ。だとしたら、一番最初に思いつくのは‥‥」 「空、と」 りょうが得心のいった顔で頷く。 「取り敢えず行きの道で調べて解った目撃情報だけでも、代官様に書面でお知らせしておいたのだけど」 千草の言葉尻に被せるかの如く、 「邪魔するぞ」 コルセールコートの上から毛皮の外套を羽織り、異形の大斧を携えた茶筅髷の男、鬼島貫徹(ia0694)が暖簾をくぐった。 続いて、一癖も二癖もありそうな面々が暖簾をくぐる。 七尺はある巨躯を白銀の鎧に包み、刀を腰に差した琥珀色の髪の美女。 全長四尺超の銃を抱え、輝く様な柔らかい毛を持つ狐の耳と尾を生やした少女。 ジルベリア人らしい白い肌に紫色の瞳、自分の身長ほどもある布包みを抱えた振り袖の女性。 身の丈六尺ほど、合口を二口腰に差し、白い毛皮の帽子を被って眼鏡を掛けた男性。 唯一野袴姿の男性が、普通すぎて却って目立っていた。 「え、あ‥‥六名様でよろしいですか」 「うむ、見ての通りだ。それと運び荷を湿気させたくない、葦簀を借りるぞ」 「どうぞどうぞ」 店主は二つ返事で、壁に立てかけてある葦簀を手で差した。 「砂糖」と書かれた木箱を乗せた車が、鬼島の手で葦簀の下へと押し込まれる。 「おや。そこの二人も開拓者と見えるね」 その間に、布包みを抱えた白い肌の女性、ソウェル・ノイラート(ib5397)が店内を見回し、声を上げた。 「これも何かの縁だろ。あの二人と相席しても良いかい?」 「相席ですか? 他のお席も空いておりますが‥‥」 「‥‥構わぬよ、店主。構いませぬな、深山殿?」 りょうの向かいで、千草も微笑んだ。 「もちろん。さ、皆さま、お掛けになって」 「私達、砂糖を運ぶ途中ですの。皆さまは、お仕事帰りですの?」 狐耳の少女、十砂魚(ib5408)が白々しく聞く。 「うむ。まあそんな所だ」 「どんなお仕事でしたの?」 会話をしている卓の下で、毛皮の帽子に眼鏡の男性、十野間空(ib0346)が手を動かす。 その手が千草の手と紙の交換をしていた事に気付く者は、店内には一人もいなかった。 「‥‥そうですの。山賊の調査に」 「うむ。往路で代官殿に山賊の情報をお伝えしたのだが、同心がそれを元に鹿原村の近隣を捜索している途中、不審な一団を発見したそうだ」 「そういえば」 長身を鎧に包んだ女性、メグレズ・ファウンテン(ia9696)が口を開いた。 「それらしき影を、ここに来る途中で見ました。平均的な、身の丈五尺ほどの男達でしたが‥‥中に何かを隠しているのか、いやに丈の長い簑を纏っていましたね」 「おう、主人。勘定はここに置くぜ」 店で酒を呷っていた客が、荒っぽく小銭を置いて立ち上がった。 一行が、微かに口元を緩めて視線を交わし合う。 男が店を出て行った後で、鬼島が声を殺して笑った。 「山賊の手の者と見えるな」 「メグレズ殿、その情報は真なのだな」 「間違いありません。私が一人後方を歩いていて目にしましたから」 メグレズは自信をもって頷いた。 ● 冬のささやかな陽光を、薄雲が意地悪く遮っている。 「あの売れない刀匠がいる里、あるだろ? あそこで鉄穴流しをやることになってな」 「鉄穴流し。ふうん」 茶色の髪を毛糸の帽子に押し込み、腰に細い忍刀を差した青年が、寒そうに肩をそびやかしながら紙に何やら書き記している。 「今言った山賊対策として、火薬を運ぶ護衛を探してるってわけだ」 「ああ、そういやそんな山賊の話、俺も聞いたっけな‥‥」 青年と見えたのは、羽流矢(ib0428)だった。 「神出鬼没なんだって?」 「そうなんだよ。数十人で一気に襲って、あっと言う間に積み荷を奪っていくんだとさ」 「どんな所で襲われるんだろう」 「そりゃあ、大人数が身を隠せる場所だわな。森だとか岩場だとか‥‥こないだ田川屋の一行が襲われた時は、鹿原に向かう山道に差し掛かったところらしいし」 「‥‥なるほど」 羽流矢は書き物を終え、 「しかし兄ちゃん、熱心というか‥‥何だ、お前この話聞いたことなかったのか」 「や、この町は初めてなんだよな俺」 羽流矢は言い、紙を折り畳むと頭を掻いた。 ちょうど千歳緑の紋付きを着た銀髪の女性が後ろを通ろうとし、羽流矢の身体にぶつかってしまう。 「これは失敬」 「ごめんごめん」 羽流矢は小さく舌を出して軽く頭を下げた。銀髪の女性は小さく頷いただけでそのまま立ち去っていく。 「何だ兄ちゃん、開拓者の割には抜けてるなあ」 照れ臭そうに人差し指で頬を掻き、羽流矢は心なしか色の変わったように見える紙を懐に仕舞った。 その視線の先で、確かに銀髪の女性は袖の中から紙を一枚取りだしていた。 ● 復路も終わりに近付いた、七日目の昼。 「何の心配も無く冬を越して、春の喜びを信じていられる‥‥当たり前の幸せを、お里の皆さんに差し上げたいものね」 千草は、荷車の上で木箱同士を結わく紐の張りを確かめながら呟いた。 山賊の襲撃もなく、一行は理甲の里へと続く山道に差し掛かっていた。 「しかし、これ程素晴らしい刃物を鍛える腕と‥‥」 蔦丸の差し料を借り、薄雲越しの陽光を刀身に乗せて、十野間が呟く。 その視線が、居並ぶ仲間達をちらりと見た。 「彼らの様な腕利きの武芸者らへの人脈がありながら、評判が広まらず売れ行きが悪いなんて言うのは何とも勿体ない話ですね」 十野間の視線は、再び刀身に戻った。刃に映る上空を観察することも忘れない。 「なかなか、重邦様の鍛えが定まりませんで。代官の岩崎様も性急なところのあるお方ですから、取り敢えずできた刀は世に出せと‥‥」 蔦丸が頭を掻いた。 「これでよし、と。さ、行こうか」 手を叩いて土を落とし、ソウェルが重そうに布包みを抱え上げた。 街道に空いていた大きな凹みに手頃な石を放り込み、車に加わる衝撃を最小限にしていうのだ。 「りょうの言ってた危険な場所に差し掛かるからね。気を引き締めていこうか」 ソウェルは布包みの中の感触を確かめ、呟く。 砂魚が辺りをぐるりと見回した。 「片側は崖、片側は岩がちな山肌。私でも、ここで狙いますの」 「うむ。土地鑑があり、かつ組織立って動くことのできる相手の庭で、油断する愚は犯すまい」 鬼島が顎に手を当て、異形の大斧を前後に、ついで左右にゆらゆらと動かした。 後方に五丈ほど距離を取って歩いている、志士二人組への合図だった。メグレズは鬼島の大斧が視認できるよう、五町ほどの距離を取って一人後ろを歩いている。 「どれ、私も辺りを調べましょうか。後ろからでは解りづらいこともあるでしょう」 十野間の手が符を二つに破った。その断面から溢れ出した瘴気が凝集して白い小鳥となり、空へと羽ばたいていく。 果たして、後方の二人から反応は返ってこなかった。心眼に反応があれば石を投げるか、呼子笛を鳴らすかの合図がある筈だ。 だが小鳥型の人魂を上空に飛ばした十野間の顔が、引き締まった。 「‥‥います! 巽の方角、距離およそ三十丈!」 砂魚が外套を放り捨てた。中に隠してあった長銃「バイエン」が、薄い陽光を反射して剣呑に光る。 「後方からの心眼では、範囲外か」 鬼島が武天の呼子笛を口に咥え、思い切り吹いた。後方の志士二人が猛然と地を蹴り、あっと言う間に本隊との距離を詰める。 と、破裂音が一帯に響き渡り、鬼島から一丈ほど離れた場所で地面が弾け飛んだ。 直後、 「ボケてんのか爺さん! 空砲でいいっつったろ! 人に当たったらどうすんだ!」 怒鳴り声が響く。 「そ、そう怒るな。儂にも人に当たらぬよう打つくらいの腕はある」 一行は顔を見合わせた。 「‥‥何だか、想像してたのと違うねえ」 言いつつ、ソウェルは瞬時に「バイエン」の銃口へ火薬を流し込む。 「やっと見つけたぞ、解りにくい偽装してくれたな! 行くぞ! 続け!」 『応!』 声と共に、十数名の男が立ち上がり、山肌を駆け下りてきた。 「意外に少ないですね」 のんびりとした十野間の声に、ソウェルが応じた。 「案外、流した情報に躍らされたんじゃないかねえ」 「かも知れませんねえ」 ● 「すまんなあ、姉ちゃん‥‥あ、心配しなくても大丈夫だからな、命も金も奪わんし、怪我もさせん、もちろん拐かしもせん。ちょっと休んでてもらうだけだ。な」 小太りの中年男が、目の前に立つ一人の女性を見上げた。 白銀の龍兜が、薄く白く輝く雲に溶けていきそうだ。 メグレズが、後方から来た四人組の山賊に絡まれているのだった。 「生憎と、笛で呼ばれている。早く仲間と合流したい」 メグレズは鎧の金具に掛けていたベイル「翼竜鱗」を左手に持った。 「なあ、止めようぜ物騒なことは。な? 俺達も怪我させたいわけじゃないんだ」 「何。私に遠慮は要らない」 ゆっくりとベイルが掲げられる。男達が舌打ちを漏らし、銘々に刀や槍を抜いた。 そして、刀の表裏、槍の前後を返す。峰と石突きを使おうというのだ。 「変わった山賊だ」 メグレズは唇の端に微苦笑を浮かべる。 「珠のお肌にゃ傷を付けねえから、勘弁‥‥」 言い終える事もできず、旧式マスケットを担いだ男が地面に接吻をした。 「再起不能にはしないから、許してくれ」 ベイルで軽く顔面を張っただけだったが、は見事に脳を揺さぶられ気を失っていた。白銀の鎧が霞み、何が起きたか理解できずに立ちすくむ男達が、綺麗に地面に薙ぎ倒される。 瞬時に男達の目の前に飛び込んだメグレズが、ゆっくりと顔を上げた。 四人の山賊らしき男達は、回転斬りの衝撃波であっさりと気を失っていた。 ● 冬の冷え切った空気が、低く震動した。 「この大たわけが!」 鬼島の咆哮だ。真っ直ぐ火薬に向かっていた山賊達の目が怒りを帯び、鬼島の方向を、そしてその仲間の開拓者達へと向く。 「‥‥撃ってきたのはあっちですのね」 弾丸と火薬を装填した砂魚が、教本通りの立ち撃ちの姿勢で愛銃「クルマルス」を構え、目に焼き付けた射線の始点を探す。 その目が、点になった。 「‥‥お爺さんですの」 「爺さん?」 おうむ返しに言い、ソウェルが目をこらす。 「‥‥本当だねえ」 岩陰に立っているのは、簡素な胴巻姿の禿頭の老人だった。 「ま、山賊には違いないけど‥‥あたしがやるから、砂魚、向かってくる連中を頼むよ」 「はいですの」 砂魚はこっくりと頷き、銃口の角度を下げた。 先陣を切る男の胸、フロントサイト、そして砂魚の右目が一直線に並ぶ。 破裂音と共に、煙を噴き上げた胸甲を軸として四半回転し、背中から地面に落ちた。 「一撃必中ですの」 次弾の装填を始めた彼女の脇で、ソウェルの銃口が火を噴いた。 硬く乾いた音と共に長銃が山肌を転がり落ち、一瞬遅れて老人の倒れる重い音が聞こえてきた。 「‥‥全力で峰打ちをすると、刃が欠けるぞ」 殲刀「朱天」を地面に刺し、鞘を抜いたりょうが、打ち掛かってくる刀の峰を易々と鞘で受け止めた。 力任せに右下へと押し込んでくる力を利用し、鞘がふわりと刀の上に乗る。 勢い余った刀が地面を打つよりも早く、りょうの鞘が山賊の顎を打ち据え、昏倒させた。 「銃を持っているのは‥‥あのご老人一人のようね」 腰の殲刀「朱天」の鯉口を切った千草の目が細められ、剣呑な光を放った。 鞘走りの音が、悲鳴に掻き消される。 山賊達の遙か前で刀を抜いた千草だったが、その正面に立った山賊が腕から血を噴き上げて屈み込んでいた。 「桔梗」を放った千草に山賊が刀の峰を打ち下ろすが、千草は慌てず「朱天」の鎬を合わせ、その軌道を逸らしながら下へ叩き落とした。 手応え無く刀を地面に打ちつけた山賊は、朱天の柄尻に鼻を痛打されて仰向けにひっくり返る。 破裂音が響き、りょうの傍の山賊が二人、胴巻に銃弾を浴びて血反吐を吐きながら倒れる。ソウェルと砂魚の援護射撃だ。 二人を迂回して鬼島へと向かう山賊二人が、地を蹴り、屈み込んだ。 横薙ぎに振るわれる鬼島の斧を上下に躱そうと試みたものらしいが、杓文字形の金属塊は空気の抵抗をものともせず、二人の身体を平の部分で吹き飛ばす。 斧の過ぎ去った後の空間に飛び込んだ山賊が、鬼島の腰に飛びつこうとした。 だが、鬼島の右手指が山賊の親指を易々と掴んだ。山賊の手首が、肘が、あっさりと可動域の限界まで動かされる。 「クハハ、たかが山賊と思っていたが、その意気や良し!」 山賊の身体が右腕を中心に一回転し、腰から地面に落ちた。 火薬箱に掛けられた防水布に飛びついた山賊が、布を掴んだまま真横に一丈ほど吹っ飛び、肩から地面に激突する。その脇腹には、青白く透き通った生首が噛みついていた。 十野間の霊魂砲だ。 残る山賊は二人。ものの数十秒で、山賊達は殆ど壊滅していた。 「ぬ、あたたた‥‥」 ソウェルの一撃を受けた筈の老人が、頼りない足取りで立ち上がり、辺りを見回した。 いつの間にか、下に転がり落ちた筈の長銃が消えている。 その身体から、血は出ていない。弾丸を込めず、練力と火薬だけで空気の塊を発射する「空撃弾」だったのだ。 「く、くそ‥‥」 山賊達に指示を出していた男が、胴巻の上から胸を押さえつつ、山のある方角へと駆け出した だが、 「もう一人いるんだな、これが」 岩陰からぬっと飛び出した腕が、男の首根っこを捕らえた。 羽流矢だった。その左脇には、老人の長銃が抱えられていた。いつの間にか銃を回収し、指揮をしていた男の傍へと忍び寄っていたのだ。本当の神出鬼没とはこのことだ。 逃げようと踏み出した右踵が蹴飛ばされ、出足払いを掛けられた男は岩で強かに腰を打ち、悶絶する。 「‥‥ま、待った‥‥! 今は、今だけは見逃してくれ‥‥!」 羽流矢に腕を極められながら、男は叫んだ。 「必ず返すから、頼むから火薬を分けてくれ!」 「‥‥は?」 一行の目が、点になった。 |