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■オープニング本文 ※上のイラストはイメージです。実際の映像とは多少異なる場合がございますが、悪しからずご了承下さいませ。 ● 「どうしても、やんのかい」 寒風吹きすさぶ中、声の主は低く呟いた。 刃物を手にした老人‥‥褐色の毛に覆われた耳を白髪の上にぴたりと伏せた侠客、仁兵衛が目の前に立っている。 「そろそろ覚悟を決めるんだねえ。風螺」 仁兵衛は猫背になって刃物を構え、風螺を見下ろした。 風螺は、静かに首を振る。 「逃げ切ってみせるぜ。俺ぁもう、あんたの言いなりになるのはご免だ」 「馬鹿を言うない。西の湿地帯で泥まみれになってたお前さんを拾って、ここまで育ててやったのは、他でもないあたしじゃあないか。その恩を忘れたかい」 風に舞い上げられた枯葉が地面に落ち、乾いた音を立てる。 「確かにあんたにゃ世話になったが、こればっかりは駄目だ。俺にも、譲れねえもんがある」 「いっぱしの口を聞くねえ」 仁兵衛は顔をしかめて腰をさすり、一歩前に踏み出した。 風螺が、一歩後ろに下がる。 「よくよく考えてみりゃあ、俺ぁあんたに搾取され続けてきたんだ。日々の飯をダシにしてな。卑怯な野郎だよ、あんたは」 「卑怯たぁ聞き捨てならないねえ。タダ飯喰らいは、あたしゃ嫌いだ。お前さんのおまんまだってロハじゃあない。その分のお手伝いを頼んでるだけじゃあないか」 「駄目なもんは駄目さ」 風螺はもう一度首を振った。 冷たい風が、弁柄色の毛を揺らす。 「なら、あたしも力に訴えるしかないねえ」 「おっと。真っ向からやったって勝てねえのは、この数年の対決で百も承知もふ…承知よ」 言い、風螺は素早く振り向くと走り出し、迷い無く川に飛び込んだ。 「な‥‥」 「暖かくなってきたら、また会おうぜ、仁兵衛の旦那!」 すぐに風船のごとくぷかりと水面に浮き上がり、もふらの風螺は得意顔で流されていく。 掌に収まるほどの小さな刃物‥‥剃刀を右手に持ったまま、仁兵衛は呆然とそれを見送った。 ● 「‥‥今年は逃げられちゃったんですか?」 「ええ、何ともお恥ずかしい話で」 仁兵衛は腰をさすりながら、紙を土塀に貼り付けた。そこには達者な筆遣いで、もふらの風螺が描かれている。 「あら上手。‥‥風螺ちゃんもねえ、ちょっとくらい毛を刈らせてあげたっていいじゃないねえ。一日かそこらでまた生えてくるんだから」 「まあ、あいつも楽しんでやすからねえ。侠客かぶれのあいつにとっちゃ、数少ない侠客ごっこの機会で‥‥痛ててて‥‥」 仁兵衛は腰をさする。 「大丈夫、仁兵衛さん? 風螺ちゃん、逃げ方が年々賢くなっていくものね」 「さすがにこの腰じゃ、川に入れやせんからねえ」 隣家の女性と二人、仁兵衛は苦笑した。 紙を貼り終え、ゆっくりと腰を伸ばして溜息をつく。 「最近じゃ、あたしじゃなく風螺に肩入れする方がいらっしゃるようでねえ。風螺の居場所を聞くと、頓珍漢な方向を教えられることもしばしばでさあ」 「永徳の縄張りに住む皆には、恒例行事だものねえ。皆、楽しんでるのよ」 「こっちからしてみりゃ、毎年大人しく毛刈りをさせてもらいてえんですがねえ」 仁兵衛は、勢いよくくしゃみをした。 「あら。風邪?」 「いや、大丈夫だと思いやすがね」 勢いよく洟をすすり上げ、白髪を掻き回す。 「どうも、湯たんぽ代わりの風螺がいないんで、夜中寒くていけませんや」 「お大事にね。毛が刈れたら届けてね、その日のうちに仕立ててあげるから」 「いつもありがとう存じやす」 仁兵衛は会釈を交わし、再びくしゃみをしながら歩き出した。 「いけねえいけねえ。早いとこ奴の毛で袢纏を作らねえと、本当に風邪を引いちまう」 |
■参加者一覧
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
ノルティア(ib0983)
10歳・女・騎
西光寺 百合(ib2997)
27歳・女・魔
ルー(ib4431)
19歳・女・志
三太夫(ib5336)
23歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 「たえちゃんち、今年はふうらちゃんを手伝うんだよね!」 「ね、名前は? キレイなかみの毛ね!」 銀髪に翡翠色の瞳という三倉には珍しい容姿、加えて愛らしいフリルシャツとスカートのお陰で、あっと言う間に少女達の人気者となってしまったノルティア(ib0983)に、矢継ぎ早に言葉が浴びせられる。 「あ、あの‥‥もふらさま、色、何で同じ‥‥してるの?」 人見知りの激しいノルティアは、狼狽え気味に小さく手を挙げて少女達を制し、聞く。 「二丁目はみんな、ふうらちゃんを逃がすらしいわよ」 「ねえ、その服かわいいわね! どこで売ってるの?」 「ふうらちゃんと同じ色にしてるの!」 人が人を呼び、一言に対して五倍、十倍の言葉が返ってくる状況で、ノルティアは目を白黒させてしまう。 賑々しい少女達を後目に町の少年達は、 「テンコ! 一!」 「二!」 「三!」 「四!‥‥」 規律正しく、元気な声を上げている。 彼らの前にはシノビ装束に身を包んだ身の丈六尺の青年、千代田清顕(ia9802)がいた。その紫色の瞳は、楽しそうに輝いている。 「いいかい、風螺君や風螺君を隠してる大人を見たら、俺達に教えてくれ」 「うん! キヨアキタイチョー!」 清顕は頷くと一人一人の肩を叩き、噛んで含めるように言い聞かせる。 「君たちだけに頼む極秘指令だ。大人には内緒だよ」 「うん!」 「お礼はお汁粉でどうだい」 「お汁粉!? 本当!? やるやるやる!」 少年達は一斉に沸き上がる。 が、背後で少女達が一斉に振り向いたのに気付くと、瞬時に冷静さを取り戻した。 「何だよ、女はあっち行ってろよ」 「言われなくたって行くわよ! ばーか!」 少女達は、ノルティアと共に角を曲がって消えていく。 「ボクも、協力。してみたい。クッキー‥‥食べる?」 「うんうん、してして! ‥‥って、クッキー? なあにそれ?」 「ふうらちゃんね、今二丁目のあたりにいるって‥‥」 少女達に混じって街角を曲がっていくノルティアは、清顕と小さく頷き合った。 ● 饅頭屋の傍には筵が敷かれ、その周りには人だかりができていた。 「そうかい、今年は開拓者を雇ったのかい」 「風螺ちゃん、逃げ切れそうにないねえ」 饅頭を振る舞われた人々が、相好を崩して語り合っている。 人だかりから頭二つ分は飛び出した巨漢、宿奈芳純(ia9695)は、細かい字で何やら書き記した紙を紙縒にすると、左手で符を握り潰した。 手を開くと、そこには小鳥の姿を取った人魂が生まれていた。その足に手早く紙縒を結ぶと、すぐさま空に放つ。 「おう、早く代われよ。いつまで入ってやんでえ」 町民の一人が、苛立った声を発した。 筵の上に、何故か高級布団が敷かれている。 「しょうがねえな‥‥いやあ姉ちゃん、こりゃいいねえ」 もふら布団から這い出た男は、襟ぐりを大きく開けたジルコンフォームの上に毛皮の外套を羽織った西光寺百合(ib2997)に声を掛けた。 「でしょ?」 百合はもふら饅頭を食べ終え、白魚のような指をちろりと舐めて笑った。 芳純が一同を見渡す。 「実はこれで風螺さんを包んでみたいんです。布団の中ですやすや眠る風螺さんの姿、見たいと思いませんか?」 おお、と町民達から感嘆の声が上がる。 「そこで、一緒に風螺さんを喜ばせるお芝居をして頂くために、もふらさまをお貸し願えませんか?」 「ん? そりゃ構わねえが‥‥何なら、うちのもふ助を使うかい」 まさに今布団にくるまって至福の表情を浮かべていた男が、手を上げる。 「おい、もふ助。ちょっとこっち来な」 「もふ」 男に手招きされ、人混みを掻き分けて、もふ助と呼ばれたもふらが芳純の前に現れた。 「お前、ちょいと協力してやらねえか」 「協力もふか?」 もふ助と呼ばれたもふらは、きょとんと小首を傾げる。 百合が、もふ助の前に屈み込んだ。 「そうなの。悪いんだけれどちょっと協力してもらえない? あとでイイコトしてあげるから♪」 百合は屈んだまま男に向き直った。 自然と男の目の前に、胸元の白い肌が晒される。 「いいでしょ? 飼い主さん」 「そ、そりゃあもう! いいよな、もふす痛えええ!」 布団から覗いていた足を妻に踏みにじられ、男が身もだえをする。 「じゃ、決まりね」 百合は手の甲で口元を隠し、くすりと笑った。 ● 「ちょっといい?」 庭先で中腰になり、盆栽の剪定をしていた青年が、ふと顔を上げた。 青年を上回る身の丈六尺弱の女性、ルー(ib4431)が、垣根から微笑みかけていた。 「な、何でえ?」 「何だか、町が浮き足立っているように見えるんだけど?」 「ああ、そりゃあ‥‥痛ってええ!」 青年は誤って自分の指を切り、悲鳴を上げた。コートの上からでも解るルーの胸のふくらみに、目を奪われていたらしい。 「大丈夫?」 「おお‥‥で? 何だって?」 「町が浮き足だってない?」 「お、おう。何せ仁兵衛さんと、もふらの風螺の追いかけっこの最中だからな。皆、どっちかに肩入れして楽しんでんのよ」 指を押さえて痩せ我慢をしていた青年の目が、東の方角をちらりと見る。 「ふうん。そういえばその辺りで、色を塗られたもふら様を見たけど。これも追いかけっこの恒例?」 途端、男が僅かに視線を泳がせた。 ルーの金色の瞳が、青年の顔を凝視する。 「お、おう。まあな‥‥姉さんもどっちかに肩入れすんのかい」 「まあね」 金色の瞳が、青年の仕草、身体の向き、視線の方角を抜け目なく探る。 青年はその瞳を直視できず、明後日の方角を向きながら言った。 「そうかい。‥‥なら教えてやるよ、さっき風螺が西の方に走っていったぜ」 「ルー? 何か解ったかい」 柔らかく気品のある三太夫(ib5336)の声が、背後から掛けられる。 「ええ。このお兄さんが教えてくれたわ」 「どっちだい」 「東ね」 ルーは断言した。 「このお兄さん、さっきから身体が東を向いてる割に、顔を東に向けないようにしてるから」 「そうかい。子供達は嘘をつかないねえ」 三太夫は満足げに笑い、烏羽色の髪を掻き上げた。 「どれ。じゃああっちで一芝居打つとしようか」 連れ立って東へと立ち去っていく二人の美女を、青年は盆栽の幹にまで鋏を入れながら、呆然と見送った。 ● 一陣の風が、「風螺捜索隊」と大書した数本の旗をなぶって吹き抜けて行く。 その下で、一頭のもふら‥‥もふ助を取り巻くようにして、開拓者が言い争っていた。 「本気なの!?」 「風螺ってぇもふらに拘らなくてもよ、要は毛が必要なだけじゃねえのかい」 清顕が、下卑た口調で言う。 「演技派シノビ」の二つ名は伊達ではない。しゃがみ込んで唇の片端を歪め煙管をふかす姿は、さながら瀧華の三下のようだ。 「依頼が失敗なんて事になっちゃあおまんまの食い上げだ。姐さんたちが黙ってりゃあ分かりゃしないよ」 「賛成ですね。この際このもふらでもいいんじゃないですか?」 芳純も淡々と、低く渋い声で賛意を示した。 「いいねえ‥‥この必殺毛刈り忍、黒牡丹の三太夫の手にかかりゃ、あっと言う間さ。やっちまおう」 隠神刑部の外套に身を包んだ三太夫が、皮肉っぽい笑みを浮かべる。 百合が、もふ助を庇うようにして手を広げた。 「馬鹿言わないで! こんな寒空の下で、こんな可愛いもふらを丸裸にするなんて!」 「依頼は、風螺さんの毛を刈ることよ?」 砂埃に目を細めながら、ルーもまた、毅然と芳純を睨み上げる。 だが、 「旦那も誰の毛かはわかるまいよ。同じ色に染められちゃあねえ」 年齢不詳の美貌にいびつな笑みを浮かべ、三太夫が舌なめずりをした。 ノルティアがふてぶてしい笑みを浮かべ、頷く。 「もう。この子で、良い‥‥思う。ぶっちゃけ、ボクも‥‥疲れた」 「ノルティアまで‥‥」 「風螺さんの分、まで。楽しんじゃおうよ? 刈るなんて、言わないで。隅から、隅まで。一本ずつ‥‥ぷち、ってさ」 「冗談は止して。そんなことさせないわよ」 ルーが宝珠銃「皇帝」の銃把に静かに手を伸ばす。 ゆっくりと、百合の白い左肩に清顕の手が触れた。 「そこをどきな別嬪さん方。なぁに、すぐ済むさ」 「四対二ですよ? 無駄な抵抗はお止しなさい」 なおももふ助にしがみつく百合の右肩を、芳純の大きな右手が掴む。 その手に、ルーの宝珠銃「皇帝」が突きつけられた。 「数の暴力には負けないわよ?」 「この子は何も悪くないわ! 逃げたもふらが悪いのよ!」 もふ助を抱きしめ、百合が涙ながらに首を振った。 その時だった。 「‥‥逃げたたあ、聞き捨てならねえな」 肉球が、地面を踏みしめた。 開拓者達が、一斉に振り向いた。 太く、短い足。大きくつぶらな瞳。険しく皺のよった、黒い鼻先。不格好に右に反った尾。そして何より、弁柄色の体毛。 「おう、もふ助。ここぁ俺が引き受けらあ、早えとこ逃げな」 「ふ、風螺さん‥‥」 もふ助が、どこまで演技なのか、目に涙を浮かべて風螺を見つめる。 三太夫のいる辺りから流れてきた木の葉が、静かに地面を叩いた。風螺の肉球跡が、消えていく。 「おう、この風螺、逃げも隠れもしやしねえ! 今すぐもふ助とそこの姐さん達を離しな!」 「離して、お前さんの毛が刈れる保証もねえのにかい」 清顕の口から漏れた煙が、風に流されていく。 「風螺さん、もふ助さんを助けてあげて!」 百合の叫びに、風螺は鷹揚に頷いた。 ルーと百合がもふ助を連れてゆっくりと開拓者四人から離れ、代わりに風螺が彼らと相対する。 折からの風が、一際強く吹き付けた。 「風螺さん。例えもふらさまとは言え、貴方一頭で勝てないのは自明の理。大人しく掴まってはどうです」 「勝てないと解ってても戦わなきゃなんねえ時が、男にはあんだろ」 自虐的な笑みを浮かべ、風螺は右前肢で目に掛かる前髪、もとい、毛を掻き上げる。 その首っ玉を、隣に並んだ百合の細腕がしっかと捕まえた。 「風螺さん見っけ」 「美しき嘘」の本領発揮、先刻までの涙はどこへやら、満面の笑みが風螺の首の横で花開く。 「もふ?」 風螺が一瞬素に戻り、慌てて首を振った。 「‥‥何だと?」 「ごめんなさいね、風螺さん」 「悪く思わないでね。私達もお仕事だから」 百合とルーが、風螺の首を両腕で捕らえた。 「だ、騙したもふ!?」 開拓者四人が、無造作に近寄ってくる。風螺は、百合とルーを引きずってのろのろと走りだした。 だが風に混じって、黒い影が風螺の周囲を蠢く。 「仁兵衛さんが風邪ひきそうだ。観念してお縄になりなよ」 早駆で瞬時に距離を詰めた清顕だった。風螺は慌てて方向転換したが、その行く手を、風に流れてきた一枚の符が遮る。 風螺が瞬きをする間に、符は躍るように身をくねらせ、巨大な白い壁となって立ちはだかった。芳純の結界呪符・白だ。 なおも諦めず裏路地に駆け込もうとした風螺に、鋭い声がかけられた。 「待っとくれッ!」 三太夫だった。 声は切羽つまり、その目には微かに涙が浮かんでいる。 「待っとくれよ‥‥頼むよ、風螺‥‥」 「そ、その手には乗らねえぞ。先に力に訴えてきたのぁ、旦那の方だ」 言いながらも、風螺は足を止めてしまった。百合とルーがその隙に背に跨る。 三太夫は続けた。 「‥‥そうせざるを得なかった事情も、察しておやりよ。あんたが戻らにゃ旦那はこの冬を‥‥くっ‥‥」 その頬から細い顎へと、一筋の涙が伝い落ちた。 「‥‥あんたは知らねえだろうが、仁兵衛の旦那は‥‥旦那の身体は‥‥」 三太夫は地面に膝をつき、両手で顔を覆った。 風螺の顔が、きりりと引き締まる。 「‥‥おい。まさか、仁兵衛の旦那、どっか悪いんじゃあねえだろうな」 「悪いよ‥‥悪いんだよ。だから、頼むよ‥‥」 三太夫は滑白い足を惜しげもなく晒して横座りになり、噎び泣き始めた。 幾度目かの風が、一行を撫でていく。 風螺は、静かに四肢の膝を折って地に伏せた。 「ちっ! それならそうと、早く言えってんだ」 一同は顔を見合わせた。 「いいのかい」 「この俺の毛で良けりゃ、幾らでも刈って行きやがれ!」 歩み寄る開拓者達に、風螺はそっぽを向きつつ答えた。 「さすが仁兵衛さん家のもふらだ。漢だねぇ」 清顕が笑顔で風螺の頭を軽く叩くと、風螺は自慢げに黒い鼻を鳴らした。 ちょこんと風螺の顔の前に屈み込んだノルティアが、微笑みかける。 「風螺さん‥‥ありがとかな? 助け、来たとき。かっこよかった」 「はん。こう見えて、俺も永徳一家の一員よ」 「ぬくもふな世界へようこそ」 大人しくなった風螺を、膂力のある芳純とノルティアがもふら布団でくるむ。 「お、おお‥‥おおお‥で、に、仁兵衛の旦那は、どこが悪いもふ?」 「ん? ああ、風邪ひきそうなんだとさ」 三太夫は、小悪魔の笑みで答えた。 「‥‥もふ?」 もふら布団の感触に恍惚となりかけていた風螺の口がぽかんと開く。 次の瞬間、毛の上からも解るほど血管が浮き上がった。 「‥‥さ、詐欺だ! さ、詐欺じゃねえか! おいそこの女、こっち来いもふ!」 三太夫は聞く耳を持たず、鼻歌まじりに歩き出す。 ノルティアが、もふ助の鼻筋を静かに撫でた。 「怖いこと、言って‥‥ごめんね。協力、してくれて。ありがと」 「いいもふ、いいもふ! ノルティア、もふもふ上手もふ。また来てもふ?」 「うん。また、来る。‥‥思う」 「おう、もふ助! この野郎てめえ! 今度会ったら覚えとけもふ! 肉球がすり減るまで引っぱたいてやるもふ‥‥」 ノルティアに頭を撫でられ、気持ちよさそうにしているもふ助に怒鳴りながら、布団で茶巾包みにされた風螺は町民達の拍手の中、開拓者一同に運ばれていった。 ● 「人を雇うたあ卑怯な手を使いやがって」 余程気に入ったのか、四肢を後ろに伸ばしてもふら布団にくるまり、太巻きのごとき姿になって風螺がぼやいた。 弁柄色の袢纏を着、火鉢を左右に置いて書き物をしながら、仁兵衛が答えた。 「あたしも暇じゃないんでねえ。それくらいは大目に見な」 「来年は俺も人を雇って、逃げ切ってみせっからな」 「そりゃ構わないがねえ。あたしの懐から金をちょろまかさないでおくれよ」 百合に処方してもらったウコギ茶を飲み干すと、仁兵衛は筆を置いて立ち上がった。 「寝るか、旦那」 「そうだねえ」 風螺は器用に転がってもふら布団から出ると、その布団の端を咥えて引っ張り、敷き布団に重ねた。 貰い物の温石を布でくるんだ仁兵衛は、風螺とともにいそいそと布団に入った。 「‥‥おい旦那、あの陰陽師に腰は治してもらったろ。ちっとそれ、こっちに寄越しな」 「治してもらったって、寒いもんは寒いんだよ。ほれ風螺、離しな」 「俺だって、毛がまだ生え揃ってないから寒いんだ‥‥そう引っ張るない」 「この湯たんぽは、あたしが貰ったんだからねえ。お前さん、ちっと我慢しな」 言い合いながら、仁兵衛と風螺は布団の中で湯たんぽを奪い合う。 今日も、三倉の夜は平和に過ぎていくのであった。 |