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■オープニング本文 ● 武天、水真の地は刀匠の里、理甲。 満月が、中天に差し掛かろうという時間。 「蔦丸兄ちゃん」 囁き声が、刀匠見習いの蔦丸に掛けられた。今日教わった事を書き留めていた蔦丸は跳び上がって振り向く。 部屋の入り口に立っていたのは、袢纏の中に白い愛猫ハバキを抱いた、里長の娘・雲雀だった。 「これは、雲雀様。どうなさったのです、こんな夜更けに」 「おねがいがあるんだけど」 雲雀は、真剣な顔で言う。 「お、お願い? 私にですか? ‥‥取り敢えず、こちらへどうぞ」 蔦丸は小筆を置き、接ぎの当てられた座布団を雲雀に差し出す。 雲雀はハバキを両腕で抱きしめて暖を取りながら、ちょこんと座布団に座った。 「聞いてもらえる?」 「‥‥はあ。私に出来る事でしたら、何でも」 雲雀の腕の中で、ハバキが身動きをする。 「さむい」 「ん」 雲雀は袢纏の前をきっちりと閉じ、ハバキを包み込んだ。ハバキは雲雀の喉元に顎をこすりつけ、気持ちよさそうに目を閉じる。 「蔦丸兄ちゃんに、このお手紙、出してほしいの。父ちゃんにはナイショで」 言い、雲雀は袢纏の袖の中から、一通の手紙を取り出した。 「蔦丸兄ちゃんも、ぜったいに中を読んじゃだめだよ」 その表には、『拝』の字に横棒が一本足りなかったが、「サンタクロース様 野込雲雀拝」と書き記してあった。 ● 翌朝。 「そうか‥‥雲雀がこれを」 弟子達と共に炭切りをしている雲雀に知られぬよう、屋敷の陰で里長の重邦は呟いた。 「よくぞ、雲雀の夢を壊さずにおいてくれたな」 「いえいえ。して、如何致しましょう」 重邦は、しみじみと雲雀の書いた手紙を見返した。 そこには、こう記されていた。 『サンタクロースさんへ。 初めまして。私は、水真という土地の、理甲に住む女の子です。 毎年、年のせになると、サンタクロースさんが子どもにほしい物をくれると聞いて、お手紙を書きました。 父ちゃんのきたえに、できるだけにてる小刀がほしいです。 本当は、父ちゃんがきたえたのがほしいけど、父ちゃんのきたえたのは、里の大事なしゅうにゅうげんだから、がまんします。 今まで、一つの家に住んでなかったから、サンタクロースさんのおくり物をもらえなかったけど、住む家ができたから、今年はほしいです。 あと、できたらハバキにもかわいい首輪をあげて下さい。ハバキは、私といつも一しょにねてる、白くてちっちゃくてふわふわの、猫又です。 お願いばっかりでごめんなさい。もし、水真の近くに来ることがあったら、考えて下さい。たびをまくら元に置いて、待ってます。 野込 雲雀』 「雲雀様にかようなご心配を掛けてしまう、我々の力不足。情けのうございます‥‥」 「蔦丸、お前が気に病む事ではない。売れる刀を鍛えられぬ私の力不足こそが根因だ。許してくれ」 「重邦様‥‥」 大の男二人が、屋敷の陰でそっと目頭を押さえた。 「重邦様。雲雀様のお望み、必ずや」 「うむ、叶えてみせよう」 涙ぐむ目を擦り、重邦は顔を上げた。 「よし。私が、普段と違う作風で小刀を打つ。数年、十数年経った頃、雲雀がそれを私の作だと気付けば」 「‥‥なるほど、一度の贈り物で二度驚かれますな。流石は重邦様、妙案です」 「よし、早速鍛えに入る。蔦丸、相槌を頼む」 「はっ!」 ● 正午。 「し、しし重邦様! 重邦様!」 塩をふっただけの握り飯を頬張り、猫又の首輪の色に悩んでいた重邦は、自分の名を呼ぶ声に気付いた。 「一大事でございます、重邦様!」 息せき切って駆け付けてきたのは、蔦丸だった。 「どうした」 「重邦様、雲雀様が! 雲雀様が、知ってはならぬ事を!」 荒い息を吐きながら、蔦丸は叫ぶ。 「知ってはならぬ事?」 「さ、里の! 里の子供達が! 雲雀様に、『サンタなんていない、親が枕元にそっと置いておくんだ』と!」 重邦は、握り飯を取り落とした。 「雲雀様も疑念を抱かれて、ならば当夜、寝たふりをしてサンタの正体を見極めて見せると、息巻いていらっしゃいます!」 重邦の顔が青くなった。 「あ‥‥あの娘の意志力だ、やると言ったら必ずやるであろうな‥‥」 「御意」 「早く寝ないと、サンタクロースは来てくれぬと言えばどうだ?」 「いえ、ですから寝たふりをなさるのでは‥‥またハバキ殿が乗り気になってしまい‥‥元々夜行性のハバキ殿ですから、必ず雲雀様を起こしておくと」 重邦は取り落とした握り飯を拾い上げ、丁寧に砂を取り除きながら、唸る。 「足袋に入れて部屋の前に置いておけばどうだ」 「古い屋敷ですから、廊下を通る時の軋み音でハバキ殿が気付いてしまうやも知れませぬ」 「お前も元シノビ。抜き足で何とかならんか」 「つい最近まで野生に生きていたハバキ殿に気付かれぬ自信がございませぬ。恥ずかしながら私、シノビとしては三流でしたし‥‥そのようにこそこそとしては、サンタクロースの存在を怪しませてしまう元では」 「うむ‥‥まあな」 重邦は再び唸る。 「‥‥ならば蔦丸。眠り薬を作ることは‥‥」 「重邦様!」 「解っている、解っている。冗談だ」 重邦は苦笑し、やおら表情を引き締めた。 「‥‥よし、ならばこちらも本気だ。開拓者の方々に頼む」 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
リン・ヴィタメール(ib0231)
21歳・女・吟
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 「誰か助けてー、捕まってしもたー」 『助けてー』 ジルベール(ia9952)と共に、子供達が楽しそうな声を発している。 「何してはるの、ジルベールはん‥‥」 指でこめかみを押さえながら、リン・ヴィタメール(ib0231)が木陰で呟いた。 岡っ引きと泥棒、略して「岡泥」。 追う岡っ引き役と逃げる泥棒役に分かれ、制限時間まで泥棒が逃げ切れば泥棒が勝ち、泥棒が全員捕まれば岡っ引きの勝ち、捕らえられた泥棒は逃走中の泥棒が救助できる‥‥という単純な遊びだ。 「助けに行かはるの?」 「まだですね。もっと沢山人が捕まったら、一気に行きます」 リンの言葉に、忍び装束に身を包んだ桂杏(ib4111)が首を振る。 その時、 「見つけたぁ!」 二人が振り向くと、雲雀を中心とする少女五人が、枯葉を踏みしめながら鶴翼の陣で突進してきた。 「おお、怖」 リンは口元を綻ばせて走り出した。逆に桂杏は、雲雀を疲れさせるために敢えて近付いていく。 と、雲雀が不敵な笑みを浮かべ、リンの逃げていった方向に叫んだ。 「ヒョーテキ、艮の方角! 子と卯の方角よりホカク!」 「‥‥はい?」 桂杏が目を瞬かせていると、 「了解!」 北と西から声が上がる。 「は、羽流矢はん!?」 思わず裏返った声を、木陰の向こうでリンがあげた。 雲雀は左手を腰に当て、右手でびしっと桂杏を指差す。 「ふっふっふ、リン姉ちゃんはカラメテの羽流矢兄ちゃんと男の子につかまったわよ! 残る開拓者は桂杏姉ちゃんだけ!」 「す、末恐ろしい子ね‥‥」 勝ち気な雲雀がそれらしく声を挙げ、狩りで言う勢子役を務めていたのだ。 と、更に妙な気配を感じた桂杏は、横っ飛びに地面へ転がった。黒曜石の輝きを持つ髪が一筋、冬の木枯らしに舞う。 ハバキが、樹上から飛び降りてきたのだ。樹上へ逃れた桂杏を追い、ハバキは幹を駆け上がってくる。 それを見た桂杏はふと思いつき、折り取った枝をハバキの前に躍らせて挑発した。 「ほら、ハバキ、あと少し」 「ふにゃあ!」 猫又というより猫的な本能でも刺激されたか、ハバキは勢いよく枝に飛びつこうとし、足を滑らせ、四肢をばたつかせて木の幹にしがみつく。 その桂杏の背中に、リンの声が掛けられた。 「あと頼んましたえ、桂杏はん」 振り向いた桂杏の目に、ジルベールの傍へと連れていかれるリンの姿が目に飛び込んできた。 桂杏の笑みが、どこか意地悪いものになった。 「‥‥一回だけ、本気出しちゃおうかな」 桂杏は羽流矢(ib0428)の位置を視認し、足に精霊力を集中した。 ● 「22。23。‥‥24! ‥‥にじゅう‥‥あ!」 制限時間まで泥棒達が逃げ切って『岡泥』を終え、一人で球蹴りの練習をしていた雲雀は、前方へと球を蹴飛ばしてしまった。 途端、転がるようにしてハバキが球に飛びつき、前肢と鼻で球を突いて雲雀の元へと運んでくる。 「できるだけ、前傾姿勢を保ってごらん」 汚れの目立ち始めた脚絆を着けた足で球を蹴り上げながら、羽流矢が助言を与える。 「うん、ゼンケーね!」 ハバキから球を受け取り、雲雀は真剣な顔で球を真上に蹴り上げた。 「にーちゃん、ねーちゃん」 ジルベールと共にござを広げた明王院未楡(ib0349)の巫女袴を、少年が引っ張った。 「サンタなんて、いないだろ」 未楡は振り向き、小首を傾げた。 「どうして、そう思うんです?」 「だって、親が置いてくだけじゃん!」 「お父さんとお母さんが先に贈り物を用意してくれたから、サンタさんが遠慮したんかなぁ」 ジルベールが、笑顔で未楡に目配せを送る。未楡は、艶のある唇の両端を持ち上げた。 「大切な人達への感謝の気持ちを籠めて、心のこもった品や言葉を贈り合うのもクリスマスですけど‥‥両親が送ってくれる贈り物とは別に、良い子の元にサンタさんが贈り物を届けてくれる事もあるんですよ」 少年の頭に、未楡の手がそっと乗る。 「でも、サンタなんて見た奴、いないじゃん!」 唇を尖らせる少年に、 「私が今夜サンタをつかまえてはっきりさせてあげるわよ」 球を蹴り上げながら、雲雀が言い放った。 「えー、できるのかよ」 「できるわよ」 球を手で掴んだ雲雀が一睨みすると、少年は途端に口ごもってしまう。 桂杏が、苦笑いをしながら声を掛けた。 「でもね雲雀さん。サンタさんはね、とっても恥ずかしがり屋なお爺さんで、寝ないで待ってる子のお家には入ってこられないらしいの」 「‥‥え? そうなの?」 「私そのことを知らなくて、プレゼント貰いそびれた事があるの。悔しかったなぁ‥‥友達の中でプレゼント貰えなかったの私だけだったし」 「うーん‥‥そっか‥‥」 雲雀は腕を組み、一丁前にしかつめらしい顔を作る。 その時、 「クッキーとブリヌイを焼いてきましたえ」 蟻にたかられないよう、木の枝に掛けていた袋から、リンが手製の菓子を取り出してきた。 「よろしゅうおあがりやす♪」 「くっきー? ぶりぬい?」 きょとんとしている雲雀に、リンはクッキーを手渡した。 「ジルベリアの焼き菓子どす。美味しいどすえ?」 クッキーを初めて目にするらしい雲雀は、おっかなびっくり、クッキーの先端を歯で囓る。 「‥‥甘あい! これ、おさとう入ってるの!?」 「え? それは、クッキーどすから‥‥」 「‥‥こっちの『ぶりぬい』も! 皆、食べてみて! 甘いよ!」 「本当!?」 砂糖があまり手に入らない里の子供達が競って手を伸ばし、リンのお菓子は見る間に消え去ってしまった。 未楡がくすりと笑う。 「それじゃ私は先に戻って、忘年会の仕込みのお手伝いをしてきますからね。後でまた、甘いお菓子を持ってきますよ」 子供達から、歓声が上がる。 甘い物で元気を補給したか、少年達数人が勢いよく立ち上がった。 「羽流矢お兄ちゃん、『サッカー』しよう! 『サッカー』!」 「よーし。じゃ、サッカーの後は大縄跳びもしような。ちゃんと汗拭く布と着替え、持って来たか!?」 「もちろん!」 「ほな、俺らも行こか。さ、雲雀さんも」 「うん!」 ● 「ほんに艶々して。伸ばしたらよう似合いますで」 湯帷子に袖を通し、背中に届く黒髪を手拭いでまとめたリンが雲雀の背後で微笑む。 雲雀はハバキの身体を丁寧に手拭いで拭きながら、乾かした髪をリンにくしけずられていた。 「そうかな?」 「そうですえ」 ちらりとリンが格子窓の外を見た。リンと桂杏が、ジルベリア風の長靴の足跡を庭に付け始めている時間なのだ。 「乾くの、時間かかっちゃう」 笑う雲雀の腕の中で、ハバキが大きく欠伸をした。 「岡泥」で桂杏を追い回し、転がる球に夢中でじゃれつき、しかも湯疲れまで重なり、ハバキは今や夢の世界の一歩手前だ。 一方の雲雀は、「岡泥」で指揮官に徹し、サッカーでもハバキが積極的に球拾いをしていたお陰で、若干の元気が残っているようだった。 「はい、できあがり」 「ありがと、リン姉ちゃん!」 雲雀は勢いよくリンに頭を下げると脱衣所を飛び出し、広間の横を駆け抜けようとして、目を丸くした。 「わ、何これ!」 「ん? ジルベリアではこうしてクリスマスを祝うんやで」 広間で円錐形のトドマツに星形の蝋燭を飾り付けていたジルベールが笑った。 良く見ると星の角が僅かに削れているが、雲雀は気付かない。 飾り付けを手伝っていた未楡が、軽く白い手を打ち合わせた。 「そうそう、雲雀ちゃん。桔梗さんと一緒に、贈り物を作ってきたんですよ」 「家族や友達にも、贈り物をする、日だから」 桔梗(ia0439)が、自分の荷物から取り出した紙包みを雲雀に手渡した。 柔らかいが、しかし手にずしりと来る重さだ。 「開けてもいい?」 桔梗は黙って微笑み、頷いた。雲雀は目を輝かせ、紙包みを開いていく。 「何どすの?」 脱衣所で着替えてきたリンが、後ろからその様子を覗き込む。 雲雀の顔が、ぱっと明るくなった。 「ハバキだ!」 それは、ハバキを象った布製の温石の包みだった。勿論、尾も二股だ。 「ハバキを抱っこしても、足が寒い日もあるだろ? だから、もう一人のハバキ」 「うん! ほら、ハバキそっくりだよ。あったかい!」 雲雀は肩のハバキに見えるよう包みを持ち上げて見せた。 「ありがと、桔梗兄ちゃん! これでハバキも暖かいね!」 「そんなに上手じゃない、けど‥‥使ってくれると、嬉しい」 「うん、使う使う! ね、ハバキ!」 「ん。暖かいの、嬉しい」 ハバキは早くも温石にしがみつき、目を閉じんばかりに細めている。 桔梗は雲雀の頭をそっと撫でた。 「メリークリスマス、雲雀」 「メリークリスマス、桔梗兄ちゃん、未楡姉ちゃん!」 雲雀の小さな手が桔梗と未楡の指を交互に握り、勢いよく上下に振った。 ● 飲み慣れない酒にあっさり酔い潰れた重邦の寝息が、大広間に響く。 「皆、楽しそうだったな。俺も嬉しい」 重邦の身体にそっと毛布を掛け、桔梗が顔をほころばせた。 宴会で着ていたトナカイ服のまま、桂杏が桔梗のぐい呑みに甘酒を注ぐ。 「あまり宴に参加してなかったみたいですけど。楽しめました?」 「うん。俺、どっちかって言うと‥‥輪の外から、皆の笑顔を眺める方が、好きだから」 はにかみがちに、桔梗が頷く。 その時、未楡が、足音を殺して大広間に入ってきた。 「音、本当にしませんでしたよ」 「な? 言うた通りの床板通ると、静かやったろ? 寝室の敷居の溝にも、蝋塗っといたさかい」 ジルベールは上機嫌で杯を傾けた。 「それで、どないどした?」 清酒を舐めて白い肌をほんのりと上気させ、横座りで鼻歌を歌っていたリンが、僅かにとろんとした目で未楡を見上げた。 「リンさんと桔梗さんに寝かしつけられて、寝たふりをしていたみたいですけれど。クリスマスの本を広げて、本当に寝ちゃう寸前ですよ。温石と、暖かいミルクも効いていますね」 「じゃ、そろそろ行くか」 羽流矢が重邦に託された絹の袋を摘み上げる。 「あ、そのまま行くつもりなん?」 悪戯っぽく笑うと、リンは赤い布の塊を取り出した。 「何だ? それ」 「はい羽流矢はん。かいらしいサンタにしてあげますえ」 リンの手が布の塊の一部を取り出し、羽流矢の頭に乗せる。サンタ帽だ。 羽流矢はあっと言う間にサンタ服を着せられ、しかも白い口ひげまで付けさせられてしまった。 「ね、寝てるんだから着替えなくても」 「ようお似合いどすえ」 リンは赤らんだ頬に挟まれた口を猫のようなして笑い、羽流矢の背を軽く押した。 「これで準備万端ですえ。おはようおかえりやす」 「全く‥‥じゃ行ってくるよ」 照れ臭そうに頬を掻き、どこか動きづらそうに羽流矢は歩き出した。サンタ服を着込んでいても、そこは修羅場を潜ってきたシノビ、抜足を使わずとも、忍び足は堂に入ったものだ。 ゆっくりと、足袋越しに伝わってくる冷たい板床の感触を確かめながら、羽流矢は狭い廊下の床板を歩いていく。 既に桂杏が、襖を四半寸ほど開けておいたようだ。灯明の明かりが、微かに雲雀の寝室から漏れてくる。 『ハバキ? ‥‥おきてる?』 『ん』 襖から、呂律の回らない囁きが漏れてくる。羽流矢は慌てて足を止めた。 『ちょっとだけ‥‥、ねてもいい? 何かあったら‥‥』 『ん‥‥』 『‥‥聞いてる? 何かあったら‥‥おこしてね‥‥』 『‥‥』 衣擦れの音を、羽流矢の耳が捕らえた。 そのまま暫く様子を見ていると、やがて襖の奥から安らかな寝息が聞こえてくる。 桂杏の作った隙間から覗き込むと、雲雀の布団は規則正しく上下していた。 聞こえてくる息の長さ、深さからして、狸寝入りではなさそうだ。睡眠時独特の、ゆっくりとした静かな大きな呼吸である。 廊下の先から、鈴なりになって五人が顔を覗かせ、期待に目を輝かせながら羽流矢を見つめている。 羽流矢は暫く迷っていたが、やがて意を決し、そっと襖に手を掛けた。 ● 「元旦まで、この里にいらっしゃれば」 「いや、有り難い話やけど、他にも仕事はあるさかい」 もふらの耳当てをつけたジルベールが笑った。 獣耳カチューシャをつけたリンが、頭を下げる。 「長いこと、おやかまっさんどした」 「とんでもない。今回は、本当に面倒な依頼を致しまして」 深々と頭を下げ返す重邦に、桔梗は首を振った。 「雲雀は良い子だから、サンタが居るなら、きっと来てくれたと思う」 「子供の夢を守る素敵な依頼‥‥でした、ね」 毛皮の外套を羽織りながら、未楡が微笑む。 贈り物を貰った雲雀の喜びようは、尋常ではなかった。 父親の鍛えそっくりの‥‥というか父親の鍛えなのだが‥‥短刀と赤い皮の首輪を見て、雲雀は踊り出さんばかりにはしゃいでいたのだった。 「いつか分かることとはいえ、夢は大事にしたいよな」 「少なくとも今じゃなくていいですよね」 「周囲の大人がサンタを信じさせようと一生懸命になってくれたっていうのも、その子にとって良い思い出になるもんやしね」 毛皮の外套に袖を通した桂杏とジルベールが頷きあう。 桔梗が、ぽろりとこぼした。 「雲雀の笑顔が、俺の誕生日の贈り物になったかな」 「あら、桔梗さんも誕生日でした? 私、あのクリスマスイブだったんですよ」 「え? あ、いや、俺は今日なんだけど」 「何や、水臭いなあ。先に言うてくれたら、二人にもプレゼントを用意したのに」 ジルベールが桔梗の背中を軽やかに叩く。 「そうだったんだ、おめでとう、二人とも!」 「おめでとうさんどす、桔梗はん、未楡はん」 「お二人とも、おめでとうございます」 四人が、口々に二人を祝福する。 と、洗濯を終えたばかりらしい雲雀が、手を真っ赤にして玄関に顔を出した。 「間に合った! みんな、また来てね? 待ってるからね!」 「それじゃな、雲雀ちゃん」 「ん! 羽流矢兄ちゃん、また来てね! 良いお年をね!」 重邦と雲雀の丁寧なお辞儀に送られ、一同は次々と、屋敷の扉を潜った。 冷たく澄んだ空気は視界を霞ませることもなく、遠くに望む白い山並みをくっきりと浮かび上がらせている。 街道に向かって里の中を歩きながら、リンが桂杏の脇を肘で軽く小突いた。 「そういえば桂杏はん、わざわざソリとトナカイの跡まで付けてはったんどすなあ」 クリスマス当日の朝、雲雀は開拓者のつけたサンタクロースの長靴跡、トナカイの蹄跡、ソリの轍を発見して、大いに興奮していたのだった。 だが桂杏は、何度も瞬きを繰り返す。 「え? 轍と蹄跡は、私じゃないですよ? 私はてっきり、リンさんだと」 「桂杏はんとちゃいますの? ほな、羽流矢はん?」 「え、だって俺、あの時重邦さんとおでん食ってたよ。未楡さんとジルベールさんは飾り付けで‥‥え? あれ?」 開拓者達はそれぞれに顔を見合わせ、一斉に屋敷の方向を振り向いた。 ジルベールが、狐に摘まれたような顔で呟いた。 「‥‥重邦さんが先に贈り物を用意してくれたから、サンタさんは遠慮したんかなぁ」 |