ただ君を待つ―血戦―
マスター名:村木 采
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: やや難
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/28 17:16



■開拓者活動絵巻
1

伊砂






1

■オープニング本文


このシナリオは、「ただ君を待つ―想起―」を起点とするシリーズシナリオの一部です。
このOPだけをお読み頂いてもご参加頂くのに支障はないよう作っておりますが、前話「ただ君を待つ―反攻―」以前をお読み頂くと、一層お楽しみ頂けるかと存じます。


 武天の一地方にある町、箔羅。
 かつては農業の盛んな町として、そして数年前からは旅商の集う町として、それなりに名の知られたこの箔羅は、今、きな臭い空気に包まれていた。

 以前の代官が死去し、今の代官、林芳信が派遣されてきたのが三年前。
 林は蔵通りや商人街の形成など重商政策をとる一方、商人達から大いに袖の下を取り、自分の私財に関係ない町民や農民達の税を一気に重くした。
 そこで義憤に駆られた通りすがりの開拓者、駆名が町の人々を組織化して林に立ち向かった。結果、圧政は一部だが食い止められ、双方手詰まりに近い状態が始まった。
 しかし一年前、林が開拓者崩れの傭兵集団を雇い入れた事で、事態が動くこととなる。
 シノビ集団、狐組・猿組・鬼組の入れ知恵で、和解の話し合いに呼び出された駆名達が捕らえられ、人質として幽閉されたのだ。
 これにより町民や農民達の抵抗は封じられ、人々は再び圧政に苦しむ事になった。
 しかし林達も駆名を始めとする指導者達の処遇に手を焼いた。殺せば一揆に繋がる事は自明だが、かと言って解放するわけにもいかない。
 懐柔しようにも、筆頭の駆名が恐ろしく頑固で、どんな懐柔にも拷問にも屈しない。
 結局駆名と他の指導者達を別々に幽閉し、どちらかを奪還すればどちらかの身に危険が及ぶ、という形で、町民達の動きを封じてきたのである。
 だが、その危うい暴政にも、限界が近付きつつあった。
 駆名達の幽閉の半年後、今から半年前。放浪の旅から町に帰ってきた軍学者、鍋島京五が駆名に変わって指揮を執り出したのだ。
 そして開拓者達の助けを借りて軍資金を得、武器と食料を得て、遂に駆名と人質達の同時救出計画が動き出したのである。


「最後の確認だ。偵察からの報せが入ったら、打って出る」
 細い顎に肉の削げ落ちた頬をした青年、鍋島京五が、はっきりと言った。
 落ちくぼんだ眼窩の奥で、黒い瞳が生気を帯び、力強く輝いている。
「俺達は大手だ。ここにいる開拓者の皆さん達と一緒に、派手に暴れてくれ」
 応、と町民や農民達が声を揃えた。
「ここに居る皆さんとは別に雇った開拓者の人に、搦め手の仕事をお願いした。駆名さんと人質達は、彼らが救出してくれる。俺達大手の役割は、真っ向勝負。陣屋の制圧と、代官の林の確保だ」
 言い、京五は床板の上に巨大な紙を広げた。
「知っての通り、陣屋には表門しかない。開拓者の皆さんの力を借りて、正面突破でいく。俺の読みだが、最も人数の多い戦闘専門のシノビ達、鬼組が陣屋を守っているだろう」
「戦闘専門の、開拓者崩れか‥‥」
 一人の青年が、不安げな声を発した。
「そうだ。やばそうな奴を見たら、開拓者の皆さんに任せるんだ。俺達の仕事は、雑魚を蹴散らすこと。‥‥皆、地図を見てくれ」
 京五の指が、陣屋の見取り図が書かれた紙を指さした。
「門を突破すると、左に蹄洗場、正面に役所がある。役所の右奥のこの辺り、幾つも建物が繋がったここが、林のいる役宅。シノビ達がいるのも主にここだろう」
 京五の指が、表門から役宅へと繋がる経路をなぞった。
「主戦場になるだろう場所は、恐らく表門を突破した玄関前広場、役所、役宅。あとはせいぜい役宅の左、中庭くらいか。‥‥それから役所の左のここ、蹄洗場の正面がお白州。ここで尋問や拷問が行われてる。‥‥太助爺さんや勇作が殺されたのも、多分ここだ」
 一同の目が、僅かに暗くなる。
「お白州の奥、中庭の左が倉庫。役宅から表門に抜けるには、役所を通る方法と、中庭・お白州を通る方法がある。林を取り逃がさないようにしたいな」
 その時、一人の青年が駆け込んできた。
「京五さん、報せが入ったぜ」
「どうだった」
「表門は、いつも通りの警戒だ。門の前に守衛が二人立ってるだけ」
 京五は下唇をつまみ、考え込んだ。
 青年の一人が手を挙げる。
「てことは、俺達の一揆に気付いてないよな。だとしたら、一気に役宅まで踏み込めるんじゃないか?」
「解らない」
 京五は首を振った。
「軍資金の調達も、可能な限り隠密裡に行った。だが、狐組の頭領、望月菊ノ介も頭が回る。流石に俺達が軍資金を手に入れて、しかもその翌日、武器の用意まで終えて襲撃が来るとは予想していないだろうが‥‥それでも多少の準備はしている可能性がある。油断するな」
 京五は言い、顔を上げた。
「いいか、みんな。もしここで俺達が負けたら、女子供は、老人は、今以上に苦しい生活を送る羽目になるだろう」
 不安を隠しきれずにいた一同の顔に、力がみなぎり始めた。
「もしここで林や望月達を逃がしたら、俺達と同じ思いをする人々が、女子供や老人が、他の町に生まれる。この町に、意趣返しに来るかも知れない。ここで、禍根を断つんだ」
 京五が、立ち上がる。鎖帷子が、小さく音を立てた。
「今まで三年間、林の悪政に耐えてきた。死んだ者も、殺された者もいた。皆が苦しんだ」
 普段持ち慣れた鍬や鋤を槍に持ち替えた農民達が頷く。
「俺は直接知らないが、皆を支えて、守って、戦ってくれた駆名さんが、林の手で一年もの間幽閉され、苦しめられている」
 算盤や馬の鞭を弓に持ち替えた町民達が、頷く。
「‥‥半年前、俺が放浪の旅から偶然帰ってきたのは、生まれ育ったこの町を立て直すためだと今は信じてる」
 京五は堅く拳を握った。
「今晩、林芳信の暴政に終止符を打つ! 行くぞ!」


■参加者一覧
/ 紙木城 遥平(ia0562) / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / 柳生 右京(ia0970) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 大蔵南洋(ia1246) / 御凪 祥(ia5285) / からす(ia6525) / 一心(ia8409) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / 宿奈 芳純(ia9695) / メグレズ・ファウンテン(ia9696) / 千代田清顕(ia9802) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 明王院 浄炎(ib0347) / 琉宇(ib1119) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 羊飼い(ib1762) / 朽葉・生(ib2229) / ディディエ ベルトラン(ib3404) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 大泉 八雲(ib4604) / ヴェルナー・ガーランド(ib5424) / 袁 艶翠(ib5646


■リプレイ本文


「建物の外に同心が二十人という所ですか。随所に篝火が焚かれていますね」
 身の丈八尺近い巨漢、宿奈芳純(ia9695)が目を開いた。
「縁の下まで、かなりの足音が聞こえてきますねぇ。同心が相当数、中に隠れてますよ」
 ぼさぼさの髪を尾無狐に引っ張られながら、无(ib1198)が呟く。
 京五が表情を引き締め、頷いた。
「後の裁きに関わってくるやも知れぬゆえ先に尋ねおく」
 長髪を簡素に後ろでまとめ、丁字染の紋付羽織を着た男、大蔵南洋(ia1246)が囁いた。
「代官林をはじめ表の身分を持つ者は極力殺さぬ方が奉行の心証が良くなるのか?」
「‥‥そうだね。詮議なしに首を落としたとなると、奉行も報告がし辛いだろう」
「承知した」
 南洋は頷き、そっと愛刀「鬼神丸」の鯉口を切る。
 京五が、弓を抱いた二人を手招きした。
「からすさん、一心さん。あの門番二人を黙らせられるかい」
「任せてくれ」
「やりましょう」
 濡羽色の髪を後ろで束ねた身の丈四尺ほどの少女、からす(ia6525)と純白の陣羽織を着た身の丈五尺半の青年、一心(ia8409)が頷き、共に七尺を越える長大な弓を構えた。もっとも、普通に構えると弓が接地してしまうため、からすの握りは斜めだが。
「さて、奪われし皆の明日を、取り戻しに向かうとしよう」
 一心の弓に並ぶ程の長身を持つ巨漢、明王院浄炎(ib0347)が掛矢を軽々と肩に担ぎ上げた。その隣で、大泉八雲(ib4604)が子供の胴回りほどもある隻腕でグニェーフソードを構える。
「どうか、誰も傷つきませんように。悪い事してきた人達に裁きを」
 赤と白の小袖を着た少女、礼野真夢紀(ia1144)が口の中で呟いた。
 直後、二条の煌めきが、通りの陰から冷え切った空気を切り裂いた。八雲と浄炎が物陰から走り出す。
 二人の足音に振り向いた見張りの喉元と胸を、二人の放った矢が射抜いた。
「行くぞ!」
 京五の掛け声と共に開拓者達が、幾らか遅れて路地から槍を握った町民達が、一斉に駆け出す。
 その場に崩れ落ちた門衛二人には目もくれず、真っ先に門に駆け寄った浄炎が大きく開いた足を踏ん張った。
「子らの世代に、安寧を残さん!」
 高らかな叫び声と共に、掛矢が轟然と振り下ろされる。
 地響きと共に門が揺れ、扉が五寸ほど後方に動いた。その隙間に、ひしゃげた閂が露出する。
 八雲が全身の筋肉を躍動させてグニェーフソードを振りかぶり、振り下ろした。
 悲鳴のような音を立て、門扉の閂が両断される。
 先陣を切る南洋が、迷い無く門を駆け抜けた。
「来たぞ! 出会え!」
 既に襲撃を待ち受けていたか、役所の雨戸が一斉に開けられ、同心達が一斉に飛び出した。
 血戦の火蓋が、切って落とされた。


 町民達が鬨の声を轟かせ、俄仕込みの槍衾を作って、広場の隅に追い立てられた同心達を攻囲し、手早く縛り上げていく。
「磔台があるということは、あと一日、いや半日遅ければ、人質がここに連れてこられていたか」
 京五が呟いた。
「門を確保しろ! 敵を押し出すぞ! 続け!」
 槍を持った同心頭二人が叫び、部下十名ほどを引き連れて京五目掛けて前進を開始する。
 しかしその行く手を、「長曽禰虎徹」を車の構えに握った長谷部円秀(ib4529)と、八尺棍「雷同烈虎」を構えた浄炎が塞いだ。
「ここは通行止めだ」
 円秀の言葉と共に、虎徹の刃が鋭い輝きを発する。
 同心達はたじろいだ。身の丈七尺の大男、浄炎にもだが、熊のきぐるみ「まるごとくまさん」を着込み、全く隙のない構えを取っている、目の前の青年に。
 円秀の虎徹が持つ数珠刃が、暗がりで緋の光跡を曳き始めた。
「この門は決して通さんし、町民も鍋島さんも傷一つつけさせん!」
 光跡は飛蝗が跳ねるかのように緩やかな放物線を描いて同心に滑り寄り、蚤が跳ねるかのように高々と跳躍する。
 紅蓮紅葉を発動した虎徹が一足で同心頭に詰めより、流し斬りの一撃を見舞ったのだ。槍が、同心の両手首から先と共に、広場の地面に落ちた。
 前進した円秀に突きかかろうとした同心頭の刀を、浄炎の八尺棍の上端が巻き込み、手前に引き寄せ、下端が足を絡め取る。
 次の瞬間、同心の身体は棍と共に上下反転し、首から地面に激突していた。
「ぼ、棒が‥‥うねった」
 空気撃の妙技に、志体を持たぬ同心が目を疑う。
 と、京五の傍で、杖を手に辺りの様子を窺っていたディディエ・ベルトラン(ib3404)と朽葉生(ib2229)が、同時に何かに気付いた。
 姿無き殺気が、京五目掛けて襲いかかった。
 甲高い音が、辺りに響き渡る。
 ディディエの聖杖ウンシュルトから溢れ出した精霊力が空中で質量を得、爆発的に膨れあがり、文字通り鉄壁となって京五の前に聳え立っていた。
 その表面には、六枚の手裏剣が深々と突き立っている。
 生の杖、フロストクィーンに精霊力が集い、圧縮され、藍白の電撃となって先端の宝石に絡みつき、瞬時に上空へと消えた。
 一瞬の間を置き、上空から墜落してきた電撃は、庭木の影から手裏剣を投じたシノビの全身を撃ち抜いていた。
 さらにそのシノビの足と肩を、悲鳴の如き甲高い音と破裂音を伴い、二条の閃光が撃ち抜く。
「戦場において足が動かない事は死に等しい」
 町民の用意した梯子で門と蹄洗場の屋根に登った、からすの矢とヴェルナー・ガーランド(ib5424)の銃弾だった。
 袁艶翠(ib5646)もまた、ヴェルナーの隣で、煙管と銃口から白煙を立ち上らせながら援護射撃を始めている。
「駆名殿か‥‥たしか香伊奈殿の待ち人の名前‥‥こんな所にいたんですね‥‥」
 からすの隣で、一心が呟く。
「一心殿、件の駆名殿とお知り合いか?」
 大弓の余った下半分を屋根の下に張り出させたからすは、数歩動いて距離を取りつつ、一心に声を掛けた。身体の小柄さを気にする必要のない屋根の上は、からすにとって絶好の射撃地点と言えた。
「いえ、駆名殿の帰りを待ち侘びていらっしゃる方と」
「そうか。無事に帰らせてやらねばな」
 からすは微笑み、強弓を放った。長刀を持った同心が胸を射抜かれ、地面にその身体を縫い止められる。
「直接お救い出来ないのは残念ですが‥‥微力ながら全力を尽くさせて貰いましょう」
 一心もまた、屋根の上を移動しながら狩射を繰り返す。
 瞬間、同心達を薙ぎ倒していた円秀の背中から、夥しい血が噴き上がった。
「!?」
 激痛にのけぞる円秀の背後で、影が一つ、月明かりに消えていく。
「影舞だ! 背後を取らせるな!」
 からすの声が終わるよりも早く、その姿が浄炎の傍に現れた。
「やらせません!」
 六節で瞬時に矢を番えた一心の瞬速の矢が、シノビの右腰を撃ち抜いた。更にからすの響鳴弓が、寸分の狂いすらなくその左膝の皿を撃ち抜く。
 とどめに浄炎の棍の一撃を胸に浴び、シノビは広場に倒れ伏した。
「円秀殿! ご無事か!」
 からすが叫ぶ。
「致命傷にはほど遠い! 気遣い無用に願う!」
 だが、言葉に反して円秀の声には、張りがない。
「礼野さん、治療を!」
 京五の声に反応し、屋敷に入ろうとした真夢紀が広場へと戻ってくる。その時、突如として高笑いが上げられた。
「これが鬼組の戦いだ!」
 広場に倒れていたシノビだった。笑い声を掻き消すかのように、周辺にいた町民達目掛けて爆炎が飛散した。
 焙烙玉で自爆したのだ。
「皆さん!」
 真夢紀が悲鳴を上げる。
 爆炎が収まった後には、数人の町民が尻餅をつき、或いは転んでいたが、その誰もが問題なく動いていた。致命傷ではないようだ。
「もう、あたしの誕生日に仲間が死ぬなんて、勘弁です!」
 真夢紀は町民達に駆け寄った。


 役所に群がる同心達の中を瞬時に切り抜け、奥の役宅に飛び込んだ南洋は、顔を微動だにさせず、上から振ってきた忍刀を受け止めた。更に横から突き出された忍刀を、脇から飛び出した燐光が受け流す。鬼啼里鎮璃(ia0871)の愛刀「蛍」だ。
 天井裏から降ってきた鬼面の男は、南洋と鍔迫り合いながら、低い声を発した。
「鬼組が副頭、野上甚三郎」
 南洋は顔色一つ変えず、左腕を峰に添えた鬼神丸を押した。
「深慮遠謀の武。大蔵南洋」
 その剛力に、野上の顔色が変わる。
 南洋の背中に、残る鬼面のシノビが斬りつけようとしたが、その軌道は「蛍」の燐光に寄り添われて変化し、無人の空間を裂くだけに終わる。
「野暮は止しましょう‥‥と、シノビに言っても無駄ですか」
 「蛍」で攻撃を受け流した鎮璃は肩を竦めた。
 役所から二人を追ってきた同心達が助太刀に入ろうとするが、
「ビスミッラ!」
 腹に響く重低音が屋敷に響き渡り、激しい家鳴りが始まった。役所の玄関奥に向けて、モハメド・アルハムディ(ib1210)が重力の爆音による攻撃を開始したのだ。同心達は重力に抗しきれず、犬のように四つん這いになる。
 南洋が深く息を吐いた。漆黒の瞳が更に暗く沈む。
 野上の足が浮き上がり、その身体が土壁に叩きつけられた。
「副頭!」
 シノビの左手が対峙する鎮璃の皮大鎧を掴み、右手の忍刀がその隙間を狙った。「暗」の一撃が、鎮璃の脇から血の花を散らせる。
 が、鎮璃の紫色の目は全く怯む様子を見せない。「蛍」の燐光が、シノビの右鎖骨から右脇へと通り抜けた。シノビの絶叫が役所の中に響く。
 十字組受けに使われていた南洋の左手が鬼神丸の柄尻を握り、野上の両腕を上へと持ち上げていった。
 南洋の右膝が野上の股間に叩き込まれた。
「!?」
 白目を剥いた野上の頭部に、鬼神丸の刃が雷光の如く落ちかかった。
「の、野上様!」
 唐竹割の一撃で後ろの土壁ごと前頭を断ち割られ、ぴくりとも動かなくなった野上に、重力の爆音から逃れた同心が駆け寄ろうとする。
 だが、
「命惜しくば、退け!」
 役所から飛び出してきた二人の男が、それらを槍の柄で薙ぎ払い、忍刀で蹴倒した。
 十字槍「人間無骨」を脇に構えた御凪祥(ia5285)と、右手に忍刀「風也」、左手に苦無「獄導」を握った千代田清顕(ia9802)だ。
「宿奈さん、敵はどうだい」
「確認できる限り、役宅にはシノビ二名。同心は白州へ移動中」
 直立すると頭が屋根にぶつかってしまう芳純が、中腰で現れた。
「役宅右奥から、中庭に動いています。‥‥もう一人います、恐らくそれが代官でしょう」
 二人は頷きそのまま役宅の奥へと駆け抜けていく。
 それを見届け、モハメドの作り出す重力から逃れようと外へ向かう同心達を見ながら、芳純が声を掛けた。
「鬼無里さん、大事ありませんか」
「ええ、大丈夫です」
 鎮璃は脇に止血剤を振りかけ、応急処置を始めていた。その目が生気に満ちている事を確認するや、南洋もまた負けじと役宅の奥へと駆け出す。
 瞬間、閃光に包まれた芳純は左腰に灼熱感を感じ、振り向いた。
「宿奈さん!」
 鎮璃が声を上げる。
 風魔閃光手裏剣だった。どこに隠れていたのか、後背七丈ほどの距離に、鬼面のシノビが立っている。
 芳純は額に脂汗を浮かべながらも巨大手裏剣を捨て、更に次なる射撃に入ろうとするシノビを、左手の符で指し示した。
 符が、一瞬にして妖しい暗紅色の霧となって消滅する。
 シノビが、左手で手裏剣を抜いた。瞬間、それは始まった。
 半透明に透き通ったみすぼらしい姿の女性が、全身から血を流しながら男にすがりついていた。その口から、犠牲者にしか聞こえない絶叫が瘴気として耳に流し込まれ、シノビが悲鳴を上げる。
「この陣屋で殺された人達の怨念と嘆き、たらふく味わって下さい」
 刀を拾った鎮璃が、無防備になったシノビを一刀のもとに斬り捨てた。
「宿奈さん、一度役所を出て、治療を」
「大した傷ではありません、それより役宅を。結界呪符『白』を置いたら、私も後を追います」
 鎮璃は一瞬迷ったが頷き、南洋達の後を追って役宅へと踏み込んだ。


 複数名の咆哮によって同心の大半が集まり、最激戦地となっていた白州の上には、月光を浴びて更に白く輝く、身の丈七尺超の美丈夫がいた。
「急ぐと思うな。これこそ我らが歩み。死地を思うな。こここそ我らが生きる地」
 美丈夫と見えたのは、長身の女サムライ、メグレズ・ファウンテン(ia9696)だった。その声を聴き、町民達が鬨の声を上げる。
 志体持ちを含む同心達が次々にメグレズへと斬りかかるが、翼竜鱗と鬼神丸との十字組受でその殆どが受け止められ、殆どが掠り傷、せいぜい軽傷に終わっていた。
 それでもメグレズの身体には傷が蓄積していたが、その表情には寸毫の迷いも見られない。
 背後から彼女に振り下ろされた薙刀が、空を切った。
「ちわーす、開拓者が正義のデリバリーに来てやったぜこの悪党!」
 篝火を受け赤茶色に輝く髪を乱した、村雨紫狼(ia9073)だった。その足下に、切り離された薙刀の刀身が落ちている。
 傷から流れ出た血と返り血に塗れたその両手には、一振りずつ殲刀「朱天」が握られていた。
「出張りだか何だか知らんが、生かして返すな!」
 志体持ちらしい同心が紫狼に打ち掛かるが、左の「朱天」はやすやすと野太刀を受け止め、巻き上げた。がら空きになった脇腹を右の「朱天」が薙ぎ、更に左の「朱天」が肩口を切り裂く。
 崩れ落ちた同心の前で、紫狼は右の「朱天」で高々と月を指し、大見得を切った。
「弱い奴を泣かせる野郎は、俺が許さねーーぜ!!」
 その紫狼の脇で、同心の刀がやすやすとへし折られ、持ち主と共に白州に突っ込む。
「御前ら此処で嫌な事全部終わらせろぁ!!」
 八雲だった。既にその身体は血だらけだが、八雲自身は一切気にする素振りを見せない。
「大泉さん! 神楽舞の支援があるからって無茶せずに!」
 紙木城遥平(ia0562)が気遣わしげに声を掛けるが、聞いているのか、いないのか、八雲はメグレズと紫狼に肩を並べ、同心達の中へと突き進んでいく。
 斬りかかってくる同心の刀を精霊の小刀でいなし、遥平は首を傾げる。
「‥‥全く。いい加減、結構な傷になってる筈なんだけど」
 その目が、白州の端、木の一点で留まった。土色の装束に身を固めたシノビが木の幹で仰向けになり、苦無を手に門の方角を窺っている。
 その右手が振りかぶられた瞬間、白く輝く球体が木の幹をへし折った。シノビは咄嗟に掴まるものを捜すが、敢えなく白州に落下する。
 遥平が白霊弾を放ったのだ。
 直後、遥平の脇を一筋の閃光が走り抜け、琥龍蒼羅(ib0214)が、同心を逆袈裟の一刀で斬り伏せた。
 左手で懐から符を取り出した蒼羅の黒い瞳が精霊力を帯び、月光を反射して妖しく輝く。
 シノビが慌てて体勢を立て直し、今度は遥平に向けて苦無を振りかぶる。
「おのれ貴様!」
 だが、苦無が放たれるよりも早く蒼羅の符が電撃となって爆散し、地面に落ちた。
「符には‥‥こういう使い方もある」
 地に落ちた電撃は、離合集散を繰り返し、一見でたらめに跳ね回りながら、シノビの腰に食らいついた。電撃に打たれたシノビは身体を硬直させ、今まさに投じんとした苦無を取り落とす。
 更にもう一発ずつ、遥平の白霊弾と蒼羅の雷鳴剣を浴びせられ、シノビは完全に気絶した。
「‥‥そろそろ白州と役所は制圧できますかねぃ」
 門の傍、京五の後ろに陣取った羊飼い(ib1762)が、掌で符を握り潰し、指を開いた。途端、手の中で小鳥に姿を変えていた符が夜空に飛び立ち、中庭へと飛んでいく。
「中庭は、まだ戦闘中ですかぁ。芳純さん、怪我してますねぇ‥‥」
「皆、怪我をしたら無理をするな! 歩ける内に帰ってくるんだ!」
 京五が怒鳴る。
「歩けない人を優先してこっちに運んで下さい! ああもう、手が足りない! 无さん、その包帯下さい!」
 役所・役宅の支援に向かおうとしていた真夢紀だったが、重傷を負ったヴェルナー、艶翠、そして八雲の治療をしている内に、今度は町民達の治癒に追われていた。傍にいた祥、ディディエ、无も同じだ。全員に魔法や技能を使っていては練力が追いつかないため、軽傷者には止血剤や包帯、薬草を使って応急処置を行っている。
「はいはーい、そこぉ、何で今門を通る必要があるんですかぁ?」
 羊飼いが、門を抜けようとする町民を呼び止めた。血に濡れた服を纏った人物と、それに肩を貸した人物だ。
「け、怪我人が‥‥」
 肩を貸している方の男が、隣の男を指差す。
「それじゃ、巫女さんに直してもらいましょうねぃ」
「い、いや、そこまでしてもらわなくても」
「今戦力が減ったら困るじゃあないですかぁ」
 羊飼いの目は、全く笑っていない。
「‥‥くそ!」
 血まみれの服を着た男が門に向けて駆け出したが、三歩と進まぬ打ちに盛大に転倒した。
 羊飼いの手にした藁人形の口から一筋の糸が垂れ、それが呪縛符となって男の足に絡みついていた。
 二人は、あっさりと周囲にいる町民達に取り押さえられる。
 京五は男の顔を検めた。
「‥‥林じゃないな。悪いが、少し縛られて大人しくしていてくれ」
「じゃ、僕が夜の子守唄で眠らせておこうかな」
 愛器「サンクトペトロ」で騎士の魂を演奏していた琉宇(ib1119)が曲目を切り替えた途端、逃げだそうとした男達二人は誰かに膝を蹴られたかのごとく、その場に崩れ落ちる。
 その時、突如銀髪のサムライ、柳生右京(ia0970)が京五の襟首を掴み、ディディエの打ち立てた鉄壁の陰に放り投げた。
「?」
 尻餅をついた京五が目を白黒させていると、右京が左の頬から血を流しながら、乞食清光の鯉口を切った。
「前線に出過ぎるな・・・一般人のお前が生き残れる程、戦場は甘くない」
 右京が静かな声を、京五に掛ける。
 すると、笑みを含んだ声が、それまで誰もいなかった筈の空間から発せられた。
「よくぞ、その程度の怪我で済ませたものだな」
 忽然と、鬼面の男が右京の前に現れる。右京は唇を歪ませた。
「鬼組か」
 鬼面の男は、腰の忍刀さえ抜かずに構えを取った。開拓者達が一斉に身構える。
「いかにも。鬼組が頭領、白木弦常。鍋島京五が首、貰い受ける」
「ふん‥‥鬼組のシノビ、手並み拝見といくか」
 右京の息吹が、深く長い、異様なものになる。
 だが右京が動くよりも僅かに早く、白木が動いた。
 袈裟懸けに乞食清光を振り下ろす右京の身体に、白木の身体が絡み付いた。瞬時に背後へと回った白木は一瞬にして斜め上へと加速し、庭に植えられた木で跳ね返り、更に上空へと舞い上がる。途中から落下した右京の清光が、白州に突き刺さった。
 一瞬の空白を置き、右京の身体が頭頂部から白州に激突する。噴き出した血が白州を深紅に染めた。
「‥‥化け物め」
 右京に飯綱落としを掛けた筈の白木が、その場に膝をつく。
 噴き出した血は、右京のものではなかった。白木の左肩は、飯綱落としが始まるよりも先に、右京の両断剣で断ち割られていた。
「久々だよ、私にそんな技を入れた男は。しかも左肩を割られ、右腕一本で」
 右京は手を使わず、首の力と身体のばねだけで白州に起き上がる。
 その金色の瞳は、月の光を受け、愉悦に揺れていた。
「まあまあの腕前だ。誕生日の相手としては、さほど悪くなかった」
 右京の右足が、白州に刺さった清光を蹴り上げる。その柄は、吸い込まれるようにしてその手に舞い戻った。
「言い残すことはあるか」
「貴様ほどの男に、斬られる、ならば‥‥悔いは」
 白木の左手が閃き、右京の喉元目掛けて忍刀が突き出される。が、その一太刀は右京の耳を裂いただけに終わり、乞食清光が静かに振り下ろされた。


 十字槍を脇に抱えた祥の前で、大紋姿の男が壁に背を預けて立ちすくんでいた。その前に、鬼面のシノビ二人が忍刀を構えている。
 祥が、口にくわえた呼子笛を長く一度、短く三度鳴らした。
「く、くそ‥‥!?」
 壁伝いに中庭へ抜けようと試みた林が、たたらを踏んで立ち止まった。行灯の明かりの中へ析出されるように、影舞で姿を消していた清顕が現れたのだ。
「どこへ行く気だい」
 清顕の左手から放たれた苦無「獄導」は林の顔には当たらず、空しく畳に突き刺さった。清顕に斬りかかろうとしていたシノビが、足下に刺さった苦無につんのめり、踏みとどまる。
 畳一枚の幅に、立っている人間は誰もいない。
 継ぎ足で林とすれ違った清顕の右爪先が、畳の縁に刺さった。
 僅かに清顕の身体が跳躍し、それに合わせて役宅の畳が跳ね上がった。苦無は、足止めだったのだ。
 畳を蹴り上げた勢いのまま清顕の足が弧を描き、林の後頭部に振り下ろされた。その一撃で、あっさりと林が昏倒する。
 それが、合図となった。
「破!」
 奥のシノビが起き上がった畳目掛けて螺旋を放った。
 畳を撃ち抜いて突如現れた螺旋の一撃に、清顕の左上腕が一部抉り取られ、派手に血を噴き出す。起き上がった畳が、螺旋の勢いで清顕の方向へと倒れた。
 祥の前に立ったシノビもまた、螺旋の一撃を放った。
 その一撃を祥は右半身を引いて躱したが、手裏剣の帯びた気の塊は祥の右鎖骨下を抉りながら背後の土壁を破砕し、座敷の畳に大穴を開ける。
 祥は右半身を引いた勢いで十字槍を横に振るい、その穂先でシノビの左腕を切り裂いた。更にその勢いで半回転すると、槍の石突きでシノビの腹を突き、忍刀の間合いの外へと弾き出す。攻防一体の技、水仙だ。
「諦めたらどうだ、外道共」
 濛々と上がる埃の中、祥は右半身に戻りながら言う。
 十字槍の穂先が、左右へ不安定に動き続けている。鶺鴒の構えを変化させた、葉擦の構えだ。
「抜かせ。貴様等とて、金のためなら進んで手を汚す、同じ穴の狢ではないか」
「まあ実際、やることが汚いのはシノビだから結構」
 清顕は左手の獄導を、祥の前に立つシノビに放り投げて寄越した。
「!?」
 二人のシノビが、同時に目を剥いた。
 獄導の描く放物線に注意が向いた一瞬の間隙を縫って、死角へと消えた人間無骨の穂先が、獄導を投げられたシノビの首筋を裂いた。
 奥のシノビは、激痛に硬直している。清顕の左足が床から浮いた畳を蹴飛ばし、爪先を潰したのだ。
 猛然と踏み込んだ清顕の「風也」が、シノビの腹を抉った。
「けどあんたらみたいに魂まで薄汚れちゃ潮時さ」



「雪が降ったら絵になりますねぇ」
 懐の尾無狐で手を温めながら、白み始めた空を見て无が呟く。
「事後処理があれば、手伝いますが?」
「そうかい? じゃあ、頼んでいいかな」
 京五が、懐から二通の書状を出し、无に手渡す。
「この書状を、奉行と、それから目付の所に届けてもらえないか。先日押し込んだ屋敷で无さんが調べてくれた、人身売買とその仲介についても記してある」
「ちゃっかりしてますねぇ。承知しました」
 无が冷えきった眼鏡を直し、苦笑する。
 林は、気絶したまま後ろ手に縛られていた。
「これからが、大変ですね」
「まあ、新しい代官が何とかするさ」
 京五は笑った。
「‥‥貴方も、手伝うんでしょう?」
「まあ、軽作業くらいは手伝うけどね。俺は軍学者だよ、為政者じゃない。一段落したら、また放浪の旅に出ようかな」
 ぽかんとしている无を残し、京五は町民、農民達の前で両手を口に当てた。
「皆、さっき報せが入った! 人質も無事救出されたらしい!」
 一瞬の後、陣屋を盛大な歓声が満たした。
「駆名さんも、無事なんだな!」
「無事さ。今年で、辛い年越しは終わりだ! 来年から、苦労はまだあるだろうが、町の生活を少しずつ立て直していこう!」
 町民達の歓声が、もう一際大きくなる。
「もし新しい代官が馬鹿なことしたら、こんな事になる前に、開拓者の皆を雇って袋叩きにしろよ!」
 槍を打ち鳴らし、口笛を吹き、踊り出す者もいる中、京五は声の限りに怒鳴った。
「開拓者の皆、また何かあったら手伝ってくれるよな!」
 人々の歓声の中、開拓者達もまた、声を振り絞って鬨の声を上げる。
 京五は安堵の笑顔を浮かべ、声を裏返しながら怒鳴った。
「皆、来年もよろしくな!」