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■オープニング本文 ● 四方の山はすっかり色づき、少し冷たくなり始めた風が辺りを吹き抜けていく。 ここは武天、水真の地。廃村寸前から立ち直りつつある刀匠の里、理甲。 「やめなさい! かわいそうでしょ!」 鋭い声が、藁葺きの家がまばらに立つ里に響いた。 「げ、ヒバリ」 「男が、よってたかって小さな子いじめて! はずかしいと思わないの!」 腰に両手を当て、作務衣姿の雲雀は、自分よりも一回りは大きい少年達を睨み付けた。その眼光と勢い、そして後ろに並ぶ少女達の無言の圧力に、少年達はたじたじとなる。 「だ、だって、こいつ、きっとアヤカシだぜ」 「お前、こんなネコ見たことないだろ」 少年達は、あからさまに雲雀に怯えながら、目の前の猫の首根っこを掴んで持ち上げた。 長く、柔らかく、細い毛に全身を覆われた、純白の仔猫だった。瞳の色は、空を思わせる済んだ水色だ。だが、具合でも悪いのか、ぐったりとしている。 「いたい‥‥」 猫が、力無く呟いた。 その尾は、長く、二股に分かれていた。 ● 「あら珍しい。猫又ね」 重邦の屋敷のすぐ隣に住む中年女性、好枝が、すり潰した魚や鶏肉を混ぜた餌を必死に食べる猫を見ながら、感心したように呟いた。 「ねこまた?」 「そう。精霊のご加護を受けて生まれた、一種のケモノね」 「アヤカシじゃないのね?」 板間に寝そべり、猫又の前に肘をついた雲雀が嬉しそうに好枝を見上げる。 「違うわよ。まあ、生意気な性格を持ったものが多いし、獰猛なことも多いけどね」 「ドウモウ?」 「気が荒くて、攻撃的‥‥ってところかしら」 「ふうん。ドウモウ、ね。ドウモウ‥‥」 雲雀は呟き、つんつんと食事中の猫又の耳を突ついた。 猫又は顔を上げ、食事の用意をした雲雀の手に味が残っているのか、今度は雲雀の細い指を舐め始める。 「あはは。くすぐったい」 「‥‥獰猛でも何でもなさそうね」 好枝は頭を掻いた。雲雀が床に顔をくっつけ、下から猫又の顔を見上げる。 「おいしい?」 「おいしい」 「元気出た?」 「まだ」 「たくさん食べてね」 「たくさん食べる」 「どっかいたいところ、ない?」 「ない」 雲雀が嬉しそうに猫又と会話をしていると、 「雲雀。猫を連れてきたと聞いたが」 襖の奥から声がし、次いで襖が音もなく開いた。 入ってきたのは、簡素な作務衣に筋肉質の身体を包んだ、中肉中背の男性だった。 「あら、重邦様」 好枝が深々と頭を下げた。 「父ちゃん! 見て、かわいいでしょ!」 雲雀は目を輝かせ、猫又を突ついた。 「‥‥これは? 猫又というやつか?」 「だと思います」 「話に聞いたことはあるが、この目で見るのは初めてだな」 重邦はしゃがみ込み、興味深そうに純白の猫又を見つめた。 雲雀は勢いよく板間に正座し、両手を合わせた。 「父ちゃん、この子、かってもいい!? いいでしょ、ねえ! おねがい! 一生のおねがい!」 「‥‥うむ‥‥」 重邦は、渋い顔になった。 「しかし、この子にもきっと親はいるだろう。親から引き離してしまうのは不憫だ」 それを聞いた途端、雲雀はふと真顔に戻った。数秒後には今までの明るさが嘘のように意気消沈してしまう。 「‥‥そっか‥‥この子にも、父ちゃんと母ちゃんは、いるよね‥‥」 「うむ。引き離してしまうのはな‥‥。雲雀の気持ちは解らないこともないが」 猫又は、親子の話を聞いているのかいないのか、一心不乱に皿に盛られた餌を食べ続けている。 「ねえねえ、猫さん。父ちゃんと母ちゃんのところに、かえりたい? ‥‥よね、やっぱり‥‥」 「どっちでもいい」 猫又は、さらりと答える。 「え?」 「な、何?」 親子は、耳を疑った。 「おやじは会ったことないし。おふくろは、俺は俺の好きにしろって言ってたし」 猫又は、長い舌で口の周りを舐め、今度は隣に置かれた皿から水を舐め始める。 「おやじもおふくろも好きだけど、ヒバリも好きだ」 やにわに、雲雀の目が輝き始める。 「ほんと!?」 「待て待て待て。ちょっと待ちなさい、猫又よ」 重邦が、猫又に顔を近づけた。 「猫又には、獰猛な者も少なくないという。君のお母上が、我々を人攫い、いや猫攫い、いや猫又攫いだと勘違いしたら、この里はお母上の恨みを買って、えらいことになってしまうのだが」 「ああ、なるかもね」 「親元に戻しましょう」 「うむ」 重邦と好枝が深く頷き合う。雲雀が、勢いよく首を左右に振った。 「だめ! ぜったい! 私、この子といっしょにくらすもん! 私が全部めんどう見るから!」 「いいよ」 猫又はあっさりと頷いた。 「‥‥猫又よ。せめて、それならご両親の許可を得てからにしてはくれまいか」 「それ、むり」 猫又は水に飽きたのか、再び食事に戻った。 「何故無理なのだ」 「散歩してたら足すべらせて、川に落ちて流れてきたから、どこにおふくろがいるか、分かんない。どっちも巣の中に引きこもってること、多いし」 重邦と好枝は、青ざめた顔を見合わせた。 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
神咲 輪(ia8063)
21歳・女・シ
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
无(ib1198)
18歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ● 「亀の形の岩が‥‥この、辺り。だとしたら、片道二里くらい、か」 誌公帽子を被った法衣姿の桔梗(ia0439)が呟く隣で、无(ib1198)が眼鏡越しに、紫色の瞳で地図を見つめる。 「蔦丸さん。仔猫又が、大きな杉の木を見てるようなんですが」 「ええ、この岩の近くにありますよ」 蔦丸の声を聞きながら、桔梗がやおら縁側に出て目を閉じた。両目に精霊力が凝集していく。 二日後までの天候を知る、あまよみだ。 「‥‥大丈夫。天気は、崩れない」 「しかし、往復四里ですか。雲雀さんの足で進む事を考えると、日帰りが難しそうですねぇ」 「そうじゃ、なくても‥‥あの様子、だし」 二人は頷き合い、賑々しい開拓者数人を横目で見た。 「開拓者が連れてるのは見掛けたけど、間近で見るのは初めてだな」 シノビ装束の少年、羽流矢(ib0428)が、茶色く大きな瞳で仔猫又を覗き込んでいた。 仔猫又は、桔梗に借りた獣の毛布が余程気に入ったらしい。その中でくるりと身体を丸め、その感触と暖かさを満喫している。 「名前は‥‥白いから、白? 安直すぎるか‥‥じゃ、皓で!」 「こう? どんな意味?」 「白く、汚れがなくて、輝いてるってとこかな」 「きれい! 皓君? 皓君がいいかな?」 同じくシノビ装束に身を固めた長身の青年、千代田清顕(ia9802)もまた、興味津々と言った風で猫又を覗いた。 「この子、撫でてもいいかい?」 「‥‥猫さん、いい?」 「痛くしなければいいよ」 細く柔らかな毛に覆われた耳の裏を清顕の指先に撫でられ、仔猫又は目を細めた。 「何だか話が随分先行してるけれど‥‥雲雀さん、この仔が病気になっても、言う事を聞かず君を困らせても、ずっと一緒に居る覚悟はあるかい?」 「もちろん!」 雲雀は小さな拳をきゅっと握った。 「よし。じゃ、そうだな‥‥小丸、とかどうだろう」 「そっか。ちっちゃいし、まん丸だもんね。かわいいかも!」 ぬばたまの黒髪の下で、青とも緑ともつかぬ青磁色の瞳を不安げに瞬かせ、神咲輪(ia8063)が小さく手を上げる。 「ね、猫さん‥‥どう? 少しは元気になった?」 「うん」 仔猫又は、こっくりと頷く。 「私も、撫でていいかしら? 本当は抱っこしたいけど‥‥」 「だっこ、いいよ」 「ほ、本当?」 仔猫又は雲雀の腕から短い前肢を伸ばした。輪は割れ物を受け取るようにそっとそれを受け止める。 輪はすぐに、とろけんばかりの笑顔を浮かべた。 「もうね、もうね‥‥暖かいの。ふわふわで、軽くて、ぽかぽか暖かいの」 気持ちよさそうに目を閉じ、すっかり白い毛玉と化した仔猫又は、喉をごろごろと鳴らし出した。 「ね、この子の名前、風花なんてどう?」 「かざはな?」 「晴れた空をちらちらと、風に舞うように降る雪のこと」 「んー! それ、きれい! 猫さん、雪みたいにきれいだもんね」 「では私からは、白砂という名を。白州などに見られるように、白い砂は潔白と神聖さ、偽りのなさを象徴するもの。いかがであろう」 摂清袴の上から千歳緑の紋付を羽織っただけという軽装の女性、皇りょう(ia1673)が提案する。 「それも、それも素敵! さすがりょう姉ちゃん!」 「‥‥重邦さんには、一泊二日になりますと言っておきましょうか」 「そう、だね」 ● 激しい水音についで、重い地響きが、陽の傾き始めた木立の中を反響して消えていった。 「こんな所か。もう少し休むか?」 腕まくりをし、大人の胸ほども高さのある巨大な岩を、易々と木立の中に転がした鬼島貫徹(ia0694)が後ろを振り向く。 「んーん、大丈夫! ありがと、貫徹兄ちゃん」 急流をものともせずに川を渡るメグレズ・ファウンテン(ia9696)の肩から雲雀が勢いよくお辞儀をする。 「何、子供が動物を飼うのは何より教育になる‥‥それより、そろそろ休まなくても良いか」 「ん! 歩くの、なれてるから!」 雲雀は右手で胸を叩いた。が、途端に身体の平衡を失ってしまう。 その肩を、白銀の手甲に覆われたメグレズの手が、しかと抑えた。 「落ちないように気を付けて下さいね」 「はい。ありがと、メグレズ姉ちゃん」 雲雀の小さな右手が、メグレズの手を手甲ごしに握る。 残る左手には、清顕が持ってきた芋幹縄の味噌汁が入っていた椀が握られていた。既に中身は、雲雀と仔猫又で分け終えている。 「流石は雲雀殿。礼もわきまえているのだな」 影のごとく、雲雀から一歩半の距離を保って歩き続けてきたりょうが、一人満足げに頷く。 「りょう。貫徹を、手伝わないの?」 先に川を渡り終えていた桔梗の言葉に、りょうは視線を逸らした。 「探索、力仕事とそれぞれに得意とされる方が揃っているようなので、私は雲雀殿の護衛として控えていた方が良いかと」 「本音は?」 「‥‥決して私的な感情ではないぞ。断じて」 露骨に視線を泳がせたりょうの様子に、一同が笑い出す。 「いいよ、私、りょう姉ちゃん好きだもん!」 「何と嬉しい事を‥‥」 りょうが顔を緩ませる。 と、 「あら?」 輪がふと声を挙げた。 「どうしました? ‥‥おや」 无が、次いで気付いた。 鬼島の転がした岩は、木の根元にぶつかって止まっている。その木の幹に、びっしりと傷跡がついているのだ。 「あれ、爪研ぎの跡じゃないかしら」 「私もそう思いますねぇ」 眼鏡のずれを直し、无が頷く。 「猫さん。この辺り、お母さんの縄張りじゃないかな?」 輪に尋ねられ、メグレズの肩から降りた雲雀の懐で、仔猫又は首を振った。 「わかんない。おれ、巣の近くしか歩いてなかったし」 「見てみましょうか」 无の手元から、一枚の符が滑り落ちた。符は、中に生き物でも入っていたかのように地上で暴れ出し、あっという間に猫の形を取る。 猫型の人魂は素早く木を駆け上がり、辺りを見回しながら、一本一本の枝を跳び上がっていった。 「‥‥ああ、見えますね。大きな杉があります」 「どれどれ」 羽流矢と輪、清顕の三人のシノビが一斉に地を蹴り、我先に木の枝を蹴って高所へと駆け上がっていく。 既に暗視を発動していた清顕と羽流矢が、背中合わせで南北を眺めやった。 「どうだい? 清顕さん」 「あるね。北東方向に、確かに杉の木がある」 「‥‥あれ?」 超越聴覚を発動した輪が、声を上げた。 「どうされた? 輪殿」 「‥‥ひょっとして、近くにいるかも」 りょうとメグレズが、鞘付きのままの刀と「翼竜鱗」を構え、雲雀の側にそっと歩み寄った。 「輪さん、羽流矢さん。そのまま超越聴覚と暗視を。俺は忍眼に移行する」 「了解」 清顕の声に、樹上の二人が頷く。 次いで、桔梗の清杖「白兎」が雲雀に触れた。その先端から飛び出した精霊力が、まさに兎の如く彼女の身体を跳ね回り、加護結界を展開する。 「解ってますね? 鎌鼬の十丈ですよ、猫又の最長射程は」 无の言葉と同時に、 「人間が、何しに来た!」 甲高い声が、木立の中から響いた。 仔猫又が、雲雀の懐からひょっこりと顔を出す。 「おふくろ、おれ、おれ」 「やっぱり! うちの子を攫ったな!」 「ち、ちがうよ! いじめられてたのを、助けてあげたの!」 雲雀が叫ぶが、 「いじめただと! やっぱり人間、猫又をいじめ‥‥」 精霊力が、木立の一点に集中していく。 「北北西、椚の木の陰だ!」 清顕の声と共に、 「話を聞けっての! 心配なら引き篭もってないで探しに来いよなっ」 凛とした声が、猫又の声を遮った。樹上から飛び降りた羽流矢だった。 「私達は敵意のある者ではありません。武器も、この通り置きましょう」 メグレズが、腰の刀を地面に落とし、静かに両手を挙げる。 次いで、輪が樹上から飛び降りた。 「驚かせてごめんなさい。でも、本当に私達、喧嘩をしにきたんじゃないの。ね、猫又さん?」 「おふくろ、雲雀たちは、おれをお腹いっぱいにしてくれたし、撫でてくれたし、抱っこもしてくれたんだよ」 ● 戦闘態勢を解いた親猫又と一同は、熾した火に当たりながら、暖を取っていた。 「お父さんは、良いんですか?」 「父親は、この子が生まれる前にどっか行った」 无の言葉に、輪の持ってきた鰹節を囓っていた親猫又はあっさり答える。 おずおずと、雲雀が親猫又に声を掛けた。 「あの、お母さん、それで、一緒にくらしてもいいですか?」 「助けてくれたのは解ったけど、人間は嫌いだ。すぐに木を切る」 「木を?」 一同が顔を見合わせた。 「松炭のことであろうか?」 「松炭ですね」 刀に造詣の深いりょうとメグレズが頷き合う。刀を鍛えるためには、松の木を切り、炭にする必要がある。 猫又は毛を逆立てた。 「松ばっかりじゃない! 昔は、椚も、樫も、木楢も!」 一同が顔を見合わせた。 「どういうことだ?」 「あの、それ」 雲雀が遠慮がちに手を上げる。 「私たちが里に来る前は、たたらがあったから‥‥」 「‥‥ああ、なるほど」 无が、得心顔で頷く。 「聞いた事がありますね。たたらには、膨大な量の炭が必要になると。その為の伐採でしょう」 「自然破壊、か」 鬼島が厳しい顔で唸った。清顕も肩を落とす。 「それなら、人間が嫌いでも仕方ないかな‥‥」 「でも、でも、この辺りは水がゆたかだから、森は三十年くらいで元にもどってたって」 雲雀が、必死の顔で抗弁する。 「はげ山は、いつも里のまわりに一つか二つしかなかったって、蔦丸兄ちゃんが‥‥」 「え?」 泣き出しそうな雲雀の顔から親猫又へと、一同の視線が移動する。 「おふくろ、そうなのか?」 親猫又は暫く焚き火を見つめていたが、やおら視線を泳がせた。 「‥‥そんな気もする」 ● 「あら。お母さんは許してくれたの」 洗濯物を腕に掛けた好枝が、玄関に顔を覗かせた。 「うん!」 白い毛玉を大切そうに抱え、雲雀は満面の笑顔で頷いた。 「お前、今まで育ててくれてありがとうとかさ、言わなくて良かったのか? ‥‥って、俺も言った事無いか‥‥」 羽流矢がぽりぽりと頭を掻く。 桔梗が、そっと仔猫又の耳の裏を掻いた。 「名前も、決めてあげないと、だな」 毛玉にうっすらと線が浮かび、目が開いた。 「雲雀が決めてくれていいよ」 「ほんと? じゃあね‥‥どうしよう‥‥」 「ハバキ、というのはどうだ」 鬼島が、顎を摘んで提案した。 「鞘の中で刀身が鞘に当たらぬよう、支えておく金具だ。一重ならず二重も尊ばれている点など、猫又の二股尾と掛けてみたが」 「ハバキくん。かっこいい!」 雲雀の目が、俄然輝き出す。 「では、志を磨く、志摩はどうでしょう。腕を磨かれるお父上や雲雀さん、鉄を鍛え磨く里に相応しいかと」 「それも、里にいいことありそう! 猫さん、これにしちゃう?」 「待って。ゆう。友と書いてゆう、は、どうだろう。人と、人の間を、結う。優しい、優。楽しく遊ぶ、遊。ゆうは、素敵な意味が多い」 「友くん。友くん?」 仔猫又が、ぱちりと目を開けて雲雀の顔を見る。 「あ、はんのうした!」 「じゃ、私からも。白くてふわふわして雲みたいだから、わた雲とかどうです?」 「うんうん! ふわふわだもんね! みんなすてき! んー、あと、小丸と、皓と、風花と、白砂。じゃあね、じゃあね‥‥」 散々悩んだ末に、雲雀は勢いよく顔を上げた。 「うん! ハバキ!」 ● 「いいかい、ハバキが誰かを傷つけないように、雲雀が気を付けて」 旅支度を整えた桔梗が、雲雀の頭にそっと手を置いた。 「雲雀がもし誰かを憎いと思い、ハバキにそれが伝わったら、誰かと喧嘩になったら、力を振るってしまうかも。雲雀が傷付けたいと思わずとも、ハバキが雲雀を大切に思うゆえに」 「うん! 絶対に、喧嘩させないね!」 「いい返事だ」 桔梗の目が、穏やかに微笑む。 「雲雀殿。猫又は希少な生き物だ。金目当てに狙う輩も多いやも知れぬ。散歩も宜しいが、くれぐれも周りに心配を掛けぬようにな」 「はい!」 りょうの珊瑚色の唇も、すっと笑みの形を取った。 羽流矢が、猫じゃらしで猫と遊びながら言う。 「確かに人の前では、会話しない方がいいだろうな。人の多い所では籠に入れるとか‥‥ていうか、里でのびのびさせといた方が良いと思うな」 輪が、雲雀のさらさらの髪をそっと撫でた。 「怪我してないか毎日見てあげた方が良いかな。お風呂も、最初は嫌がるだろうけど、できれば習慣付けて」 「ん! お風呂、一緒に入ろうね!」 ハバキはこっくりと頷く。 「良いですか、雲雀さん。全部面倒を見るという事は、今後その猫又さん絡みの全ての事は貴方が責任を負うという事です」 雲雀の前に屈み込んだメグレズが、そっと雲雀の両肩を持った。 「そうでなければ里の人達は猫又さんを受け入れないでしょう。その覚悟はありますか?」 「ん! がんばるよ!」 雲雀が、真っ直ぐにメグレズの目を見つめ返して頷く。 鬼島が、荒っぽく雲雀の頭をかき回した。 「まず手始めに、里の者達皆に猫又を見せてやることだ、人によっては警戒の対象になるやも知れんからな」 「ん! 猫さんがかわいいところを、見せてあげればいいんだね」 鬼島が、唇の片端を上げて頷く。雲雀は、未練がましく羽流矢の猫じゃらしを見上げているハバキを抱き上げた。 「じゃ、まず男の子達に、あやまらせてやろうっと!」 「‥‥どうも、お世話になりました」 一礼して、清顕が屋敷から出てくる。重邦に、彼の鍛えた刀を見せてもらっていたのだ。 「あ、清顕兄ちゃん」 「お、雲雀さん。この仔と君はこれから家族だ」 清顕が、じっと雲雀の黒目がちな目を見つめた。 「君がお姉さんだね」 「うん! 弟ができちゃった!」 雲雀の顔に、笑顔が弾けた。 「私とナイも、友人であり家族です」 尾無狐のナイが、するりと无の頭によじ登る。 「きみとその子も、そういう関係がいいんじゃないですかね。話をしたり、良い事悪い事を教えたりね」 と、りょうが自信満々に切り出した。 「さて。実は猫又と聞き、出立前に我が家の猫又、真名殿から、役立ちそうな智慧を覚え書きとしてしたためて頂いたのだが‥‥」 「え、本当!? さすがりょう姉ちゃん!」 りょうは雲雀の前に屈むと懐から一枚の紙を取り出し、四つ折りになっていたそれを開いた。否、開いてしまった。 『情操教育の一環として、春画を与えると良いのじゃ』 「‥‥‥‥の一‥として、はるが?を‥‥あ」 後ろから覗き込み、読める部分だけを音読し始めた雲雀に驚き、りょうが慌てて紙を破り捨てる。 「あ! りょう姉ちゃん、何で破っちゃうの? はるがってなあに?」 「‥‥ひ、雲雀殿は、まだお気になさることではないぞ。うむ」 「まだっていうことは、大人になると気にすることなんだ」 冷静なハバキの突っ込みにりょうは目を泳がせ、雲雀は更に目を白黒させる。 屋敷の前から弾け出した笑いは、里に広がり、秋の空へと吸い込まれていった。 |