刀匠、再び悩む
マスター名:村木 采
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/08 19:46



■開拓者活動絵巻

■オープニング本文


 冷気を帯び始めた秋の風が、夜の屋敷に吹き込んでくる。
「鹿追山の森ですが、既に枯れ出しておりました」
 刀匠、野込重邦の弟子の一人、蔦丸が、まだ新しい青畳に片膝をついて報告した。
 理甲の里。
 名もない刀工の集う山間の小さな村だったが、近場の松林が枯れて炭が取れなくなり、人を呼べるほどの刀工がいるわけでもなく、火床の火はついに消えようとしていたのが、先日までのこと。
 しかしこの水真の地で代官を務める岩崎哲箭が、旅の刀匠、野込重邦を里の中心として招き、開拓者達の助力を得たことで、ようやく再建への道を歩み始めたのだ。
 座布団にあぐらをかいた里長、野込重邦が、厳しい顔で唸った。
「更に南に来たか。もし進路が西にずれれば、次の満月までにはこの里の松林がやられるな」
「御意。さすれば、この里の鍛冶は再び危機に見舞われるかと」
 蔦丸の表情は暗い。
「枯れた森の様子は、その山向こうと同じか」
「はい、早駆にて見て参りました。地に時折穴が開き、その奥は扁平な大穴に続いております。穴の中には人骨・獣骨が多数」
 蔦丸は、シノビとして開拓者を志しながら刀工へと転身した変わり種だ。
 重邦は口をへの字に曲げた。蔦丸は続ける。
「森の地中を掘り進み、獲物を待ち伏せて穴に引きずり込む。やはり例のアヤカシでございましょう」
「このままでは当地の松林は言うまでもなく、松林で働く炭焼き達も危険だな」
 二人はともに口を閉ざす。部屋に吹き込む風が、少し強くなった。
 幼く、高い声が凛として言った。
「父上、やはりカイタクシャの方のお力をかりねば」
 それまで重邦の隣に座って沈黙を守ってきた彼の一人娘、雲雀だった。重邦はやんわりとそれをたしなめる。
「しかしだな、雲雀。アヤカシが必ずこちらに来るとは限らぬし‥‥」
「きたらどうするのです」
 雲雀はぴしゃりと言った。
「今の松林をつかえるようにしてくれた、カイタクシャの方のおきもちが、むだになってしまいます」
「まあ、それは、確かに‥‥そうだが」
 重邦が言葉を濁す。
「里のみなさまをまもることも、わたしたちのお役目です。何とかしましょう。そうですね、父上」
 雲雀は身を乗り出し、重邦に迫った。
「むう‥‥そうは言うが」
 重邦はそれでも良い顔をしない。
「今、この里にそれほどの蓄えがあるわけでは‥‥素材の砂鉄も高いし、弟子達はよく飯を食うし、ここのところ米も値上がりしているし」
「代官のいわさきさまに、おかりすればいいでしょ!」
 雲雀は、ぴしゃりと言った。
「いい!? ‥ですか!? ここまできて里をアヤカシにつぶされたら、父ちゃ‥‥父上はせっぷく、あたしもしばり首ですよ! 里のみんなだって、いのちだけ助かってもセーカツできなくなんのよ! ‥‥のですよ!」
 蔦丸は笑いを噛み殺した。流浪の旅の中で何くれとなく父親の世話を焼いてきた雲雀は、いちおう里長の娘として言葉遣いを学び始めこそしたが、二言三言口をきけば、結局素に戻ってしまうのだ。
 まだ決断を下せずにいる重邦を前に、雲雀は普段通りの口調になって、小さな手で床を引っぱたいた。
「いい!? 父ちゃんがてがみをかいて、つたまる兄ちゃんにとどけてもらいなさい! わかった!?」
「う、うむ、そうだな」
 重邦は精一杯威厳を保ちながらも、雲雀の眼光に気圧されて頷いた。
 蔦丸は、しみじみと思った。今この里がもっているのは、重邦ではなく雲雀の力のお陰に違いないと。


■参加者一覧
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
鷹碕 渉(ia9100
14歳・男・サ
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
羽流矢(ib0428
19歳・男・シ
无(ib1198
18歳・男・陰


■リプレイ本文


 重い音が、昼なお暗い森に反響して消えていく。
 枯れ枝をすり抜けた陽光を浴びて金髪を鮮やかに輝かせながら、佐久間一(ia0503)が八尺近い長柄鎚を振り下ろしていた。
 繰り返される鎚の音に、何かの崩落する音が続いた。一は、目に精霊力を集中して辺りを見回す。
「地上に、敵の気配はなし‥‥无さん、人魂で調べた通りですよ。縦穴、ありました」
「蔦丸さんに聞いた通り、幾つかの穴がまとまっていますね。余程巨大か、或いは複数が寄り集まってと考えるのが妥当でしょう」
 伊達眼鏡を人差し指で持ち上げながら、紫色の瞳で地図とにらめっこをしている細身の青年、无(ib1198)が呟いた。
「穴同士の距離が離れているなら、一体しか出て来られませんからね」
「落とし穴に見えるのも、蔦丸が言ってた通り、かな。入り口の形は乱れて、奥の形はどの穴も一定、だから」
 応えたのは、桔梗(ia0439)だ。小柄で細身の身体に整った顔立ち、艶やかな黒髪、一見すると少女のようにさえ見えるが、歴とした男である。
 理甲の松林から北東へ二里。明らかに変色し枯れ始めた森に、開拓者達はいた。
「台車が転がらないのが、誤算だったがな‥‥‥‥」
 身の丈五尺強の小柄な少年剣士、鷹碕渉(ia9100)が嘆息する。
 風呂桶に石を詰めて台車に載せたは良いが、何せ森の中だ。台車がまともに押せず、一が念のためにと持ってきた長柄鎚の出番となったのだ。
「何にせよ、敵はこの一帯に追い込まれている筈ですね。咆哮を使いますが、準備はよろしいですか」
 七尺超の長身を目にも鮮やかな白銀の鎧に包んだ女サムライ、メグレズ・ファウンテン(ia9696)が、穴の前に屈み込み、深呼吸を始めた。
「‥‥貫徹。何で一人だけ後ろにいる、の?」
 桔梗が心底不思議そうな顔で尋ねる。
 最後列を大股に歩く、大斧を担いだ偉丈夫、鬼島貫徹(ia0694)が顎を撫でた。
「謎の大跳躍によって、びょいーんと頭上から降ってくる可能性も無いとは限らない。後方、上方への警戒も必要であろう」
「‥‥あるかなあ」
 桔梗が半ば呆れ顔になる。
「うむ、俺も恐らくないと思うが、ことアヤカシ戦闘に関して、無駄な手間は惜しむものではない。相手の数が有限である以上、誰か一人が敵を察知すれば良いのだ」
 鬼島は自信満々に言い放った。
「‥‥」
 一同の寒々しい空気をいち早く読み取った鬼島は、即座に話題を変えた。
「それより、羽流矢。今のところ、音はどうだ」
「いや、何も」
 耳に精霊力を集中している茶髪の少年、羽流矢(ib0428)は首を振った。
「瘴索結界、地下にまでは効かないとは、ね」
 桔梗がため息混じりに言う。
 无が放った人魂が穴の中に入った時、初めて判明した事実だった。縦穴から横穴へと入った途端、人魂の瘴気が瘴索結界に反応しなくなってしまったのだ。
「地下には心眼も効かぬようだしな。羽流矢殿、頼りにさせて頂く」
 気楽に言ったのは、銀髪のサムライ、皇りょう(ia1673)だ。鎧も身につけず、千歳緑の紋付羽織に摂清袴、額に鉢巻を巻いて腰に刀を一口差しただけという、驚くべき軽装である。
「お、俺にあんまり頼られてもなあ」
 羽流矢は頭を掻いた。
「ま、じゃ、皆位置についてよ‥‥」


 メグレズは大きく息を吸い込むと、穴の中に向かって咆哮をあげた。辺りの空気が、木々の葉が震え、そして大地を伝わり、木々の根が震える。
 普段から通りの良い声だが、腹に力の籠もった咆哮となると、どこか妖しさの漂う魅力がある。
 メグレズは即座に穴から離れ、大盾を構えた。
「どうですか、羽流矢さん」
「‥‥」
 羽流矢は目を閉じ、精神を集中している。秋風が、羽流矢の柔らかな茶髪をくすぐる。
 一同が固唾を呑んで見守る中、じりじりとする時間が過ぎていく。
 と、羽流矢の目が大きく見開かれた。
「来た! このまま出てくると、正面は‥‥」
 羽流矢は目を開け、鬼島を見た。
「鬼島さん!」
 瞬間、地面にぽっかりと開いた穴から、猛烈な勢いで黒く光沢を帯びた長大な身体が飛び出した。
 それを予期していたかのごとく、白銀の鉄塊がその前に立ちはだかった。鍬形の大顎を思わせるアヤカシの牙の先端が、逆五角形の大盾、ベイル「翼竜鱗」の宝珠が発する力場に阻まれ、弾き飛ばされる。メグレズだ。
 頭部が弾かれ、バランスを取っているアヤカシの足が数本、吹き付けた銀光に切り取られ、地面に落ちた。早駆で側を駆け抜けざま、羽流矢が忍刀「蝮」で斬りつけたのだ。
「こりゃでかいな」
 それは、あまりにも巨大な百足だった。全長は四丈ほどもあり、その体節の一つ一つから二対ずつ生えた長短の足が、ざわざわと一斉に蠢いている。
「クハハ、馬鹿者め。追い詰められたのは貴様の方だ、アヤカシッ!」
 鬼島は余裕の笑みさえ浮かべながら後退し、百足を穴から離れた場所へと誘っていった。百足はそこに追いすがり、頭部から生えた一際長い牙を鬼島に打ち込もうとする。
 瞬間、木々の枝が滝のごとく百足に落ちかかった。
 樹上に息を潜めていたりょうだった。珠刀「阿見」から立ち上る精霊力が白い光跡となって百足に襲いかかり、頭部から二つ目までの体節が、濡れた紙のごとく易々と両断される。
 断ち割られた頭部から、勢いのない噴水のごとく体液を噴き出し、百足の全身が動きを止めた。
 りょうは、大きく息を吐いた。
「理甲の里も災難続きだな。ようやく復興の兆しが見えたかと思えば、今度はアヤカシとは」
 百足の頭部を断ち割った「阿見」の刀身を優雅に一回転させ、鞘に納める。
「冗談ではなく、一度お祓いを受けた方が‥‥」
「踏み躙れ、岩首!」
 无の叫びとともに、大地を揺るがす轟音が、りょうの真後ろで響いた。りょうがぎょっとして振り向く。
「ご油断なさるとは、りょうさんらしくありませんねぇ」
 尾無狐のナイを懐に隠しながら、无が大きく息を吐いた。
 りょうの目の前には、落ち武者の首をそのまま象ったかのような、巨大な岩があった。そして、それに潰された、傷一つない巨大百足の頭部も。
 何が起きたのか理解できていなかったりょうだったが、
「残った身体の先端が頭に変化したんですよ。その分、短くなっているでしょう?」
 无の言葉でようやく事態を飲み込んだ。うんざりした顔で再び刀を抜く。
「ひょっとして‥‥頭だけでなく、体節を全部潰さないと、退治できぬのか」
「成せばなる。成せなければ‥‥‥‥死ぬだけだ」
 渉が百足の後方から左足で跳躍し、地を滑るかのごとく、百足の下半身に直閃の突きを放った。一撃の重さは無いが、その分素早く的確な狙いで、その切っ先は体節の隙間に滑り込む。
 だがその軌道は、あるはずの無い「牙」によって、微妙に逸らされてしまった。
 岩首に潰された甲殻が瘴気となって霧消し、下半身の先端が新たに頭部になっていたのだ。意表を突かれた渉は、襲いくる百足の牙を受け止めきれず、鎧の両脇に噛みつかれ、空中に持ち上げられてしまう。
 毒を注入された渉の身体が弛緩し始め、手にした太刀が地面に落ちた。
「八寒地獄の第七、鉢特摩の蓮花、皮を裂き肉を切る酷寒、我が刃に!」
 抜き放たれた一の「鬼神丸」が紅蓮紅葉の紅い燐光を纏い、渉に噛みついている頭部の甲殻を切り裂いた。落下してきた渉の身体を、早駆で駆けつけた羽流矢が受け止め、離脱する。
「桔梗さん、頼むよ!」
「もうやってる、から」
 桔梗の身体が、蝶のように軽やかに舞う。途端、羽流矢に抱かれた渉の身体が僅かな光に包まれ、手足に力がこもった。桔梗は百足から距離を取りながら、今度は閃癒の舞を始める。
「獲物はこっちですよ!さぁ、来なさい!」
 一は挑発したが、三分の一ほどに切断された下半身、正しくは下半身だった百足は、勝機がないと判断したのだろう。一気に後退し、穴の中へと引き返していってしまった。
 一方メグレズとりょうは、頭を逐一潰す作戦に出ていた。自分自身も高い攻撃能力を持つメグレズだが、軽装のりょうに攻撃を任せ、完全に防御に徹している。
 事実、大盾を利用した十字組受とクレセントアーマーによる文字通り鉄壁の防御は、有効打らしい有効打を許していない。
 しかしその時、猛烈な殺気を感じたりょうとメグレズの身体が、反射的に動いた。声のした方向とは反対方向へ、同時に身体を投げ出す。
 殺気と重い音、熱狂的とさえ言える不吉な気配が、唸りを立てて行き過ぎた。
 後方から放出された練力が、りょうの銀髪とメグレズの茶髪を揺らす。
「‥‥?」
 受け身を取って膝立ちになったりょうは顔を上げ、背筋に冷たいものを感じた。
 不満げな音と共に木が地面に倒れた。そこを這い上がろうとしていた百足は、その幹ごと完全に両断されている。
 周囲に警戒しつつ機を見計らっていた鬼島が、蜻蛉の構えから、大斧による「鬼切」を見舞ったのだ。
「鬼島殿‥‥我々が躱し損ねたら、どうするおつもりだったのだ」
 引きつった表情のりょうに対し、
「なあに、躱せたのだから良いではないか」
 鬼島は豪快に笑った。
「爆発に気をつけてください! いきます!」
「どれ、私もひとつ、いきますかね」
 一と无が、それぞれに手にした焙烙玉を、下半身が変化した百足の逃げ込んだ穴に放り込む。
 爆音が、森の空気を揺らした。


「あ、はるや兄‥‥はるやさん! りょうさん、ききょうさんも!」
 里の屋敷で一同を迎えた雲雀の顔がぱっと明るくなり、丁寧に頭を下げた。
「先だっては、おせわになりました。どうか、里でごゆるりとおつかれをおいやしになって下さい」
「また、しっかりとしたお嬢さんだなぁ」
 无が紫色の瞳を丸くした。その肩にしがみついた尾無狐のナイが、彼女に対抗意識を燃やしたか、どことなく背筋をぴんと伸ばしている。
 聞き慣れない雲雀の敬語に、羽流矢もまた目を丸くしていた。
「雲雀ちゃん、どうしたんだ? 悪いものでも喰って‥‥」
「ことばづかいをベンキョウしてるの!」
 一発で素に戻り、雲雀が顔を真っ赤にした。
「あああっごめんごめん、うんちゃんとお嬢さんっぽい話し方になって来てるよ、努力家だな、雲雀ちゃんは」
 必死に雲雀の機嫌を取る羽流矢を後目に、隣に立つ重邦は訝しげな顔をする。
「あの‥‥穴を掘り起こしでもなさったのですか」
 重邦が疑問に思うのも道理だった。何せ、八人の内六人が、体中を土と泥で汚しているのだ。
「焙烙玉を穴に放り込んだら、ですね」
 一が鮮やかな金髪についた泥を払いながら、苦笑する。鬼島が言葉を引き継いだ。
「地盤が緩くなっていたらしくてな‥‥あちこち陥没するわ、木は倒れてくるわ。陥没自体は一、二尺だったので事なきを得たが」
「メグレズが不運だった、かな。重い鎧を着て、しかも、陥没した横穴の真上に立ってた、から」
 軽装で、汚れの少ない桔梗が気遣わしげに言う。
「まあ、お陰で穴に逃げ込んだアヤカシも潰れたのが確認できましたから」
 白銀の鎧の下半分をすっかり泥で汚したメグレズが笑った。
「アヤカシを倒しても穴は残ります。松林は無事でしたが、まだ生きている森の穴を塞ぎ、以後の安全確保を行いたく存じます」
「そのようにして頂けますと‥‥猟師が山に入ることもありますし、木材を取りに松林以外に入山することもありますので‥‥私を始め、村の者もお手伝い致しますので」
 重邦は恐縮することしきりだ。
「現場の穴の分布です。丸は開いたままの穴、×は塞いだ穴です。これを参考に」
 メグレズは懐から手帳を取り出し、細かな字がびっしりと書き込まれた地図を破り取ると重邦に手渡した。
「やれやれ。持って行った荒縄が役立ったのが、不幸中の幸いでしたかねぇ」
 无が眼鏡を持ち上げながら笑った。
「そうだ、これ、松茸と舞茸。お祝いがてら、みんなで食べようと思って、採ってきた、から」
 桔梗が、後ろでに抱えていた包みを差し出す。
 雲雀の歓声が、すっかり高くなった空に溶けていった。


「随分長いことお世話になってしまったな」
「いいえ。いつでもまたおよりになって下さい。皆さまのおかげで、この里はながらえたようなものです」
 雲雀は深々と頭を下げる。
「それにしても、雲雀殿はますます立派になられて‥‥私にこのような妹がいれば‥‥」
 笑顔で頻りに頷きながら、りょうはぶつぶつと呟き始めた。
「頼もしい妹を持ったものだ‥‥そんな、お姉様、私なんて‥‥うむ、良いな。良いぞ‥‥」
「りょうさん、現実に帰ってきて下さい。雲雀さんが怯えてらっしゃいますから」
 だらしなく口元をにやけさせ始めたりょうに、呆れ顔の一が声を掛ける。
「う、うむ。ではそろそろ出立するとしようか」
「そうしたい、んだけど、ね‥‥」
 すっかり旅支度を調えた桔梗が、ちらりと屋敷の奥の間を見た。
「おお‥‥‥‥良く詰んだ小板目肌に地沸強く、地景よく表れ‥‥これは? ‥‥‥‥失礼ながら、疵、ですか。刀の価値を損ねてしまうのでは」
「矢疵ですな。ある開拓者のお方にお貸しした際についたものです。実戦で激しく使ってもなお他の疵がない事は、刀にとっては強靱さの証になりますから」
 普段寡黙な渉だったが、目を輝かせながら重邦の講釈に耳を傾けている。その隣には、興味津々の无が手帳を片手に座り込んでいた。
「ちなみに、これで如何ほど?」
「こちらですか? そうですな、お試しにご使用頂く程度の出来ですし、何より当地では拵えもお付けできませんので、三万文といったところですか」
 无の眼鏡がずり落ち、重邦が訝しげに首を傾げた。
「‥‥何か?」
「いえ‥‥経費で一口、見繕わせて頂こうかと思ったのですが‥‥流石に、いち図書館にそれだけの経費請求は‥‥」
「はは、なるほど。いや、まだ数を鍛えていないものですから、なかなか‥‥」
 重邦は眉を八の字にして笑う。
「无兄ちゃんのトショカンに『ぷれぜんと』できるように、沢山おしごとしないとね! うでは本物なんだから!」
 玄関から无と渉を呼びに来た雲雀の小さな手が、重邦の尻を叩いた。
「おや、雲雀。言葉遣いは良いのかな」
「いいの! メグレズ姉ちゃんに、気にしなくてもいいよって言ってもらったし!」
 雲雀は満面の笑みで言った。
「そうか‥‥まあ、いいか」
 重邦も微笑み、雲雀の頭を軽く叩くと、立ち上がった。渉と无が合流し、玄関に並んだ一同に、深々と頭を下げる。
「どうぞ皆様、大したお構いもできませなんだが、これに懲りず、またいらして下さい」
「また来てね、お兄ちゃん、お姉ちゃんたち! あとおじちゃん!」
 一瞬の沈黙。
「‥‥それは、俺のことか」
「かんてつ兄ちゃん!」
 鬼島の苦渋の表情を見て、雲雀は咄嗟に言い直した。一同に、さざめきのように笑いが広がる。
「何か困ったことがあったら、またおねがいするから、来てね! 困ったことがなくても、あそびに来てね!」
 雲雀は満面の笑みで、大きく両手を振った。