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■オープニング本文 ここは北面、仁生の都。 由緒正しき家柄に生まれ、誉れ高き上級志士である小杉翔太は自室にこもり、己の無力さに身を震わせていた。 彼はここ最近、礼儀を重んじる彼らしからぬミスが目立っている。 先日は芹内王の面会を終えて下がろうとした際、なぜか袴が脱げてしまうという粗相をした。ふんどし一丁になった小杉を見た禅之正は一笑に付したが、家老は別室に呼び出して小一時間の説教を食らわせる。小杉はすっかり肩を落とした。 これを境に、絵に描いたようなミスを連発する。 付き合いで釣りに行けば、常に他人と糸を絡ませてしまい、ついには疫病神扱い。懇意にしている志士への贈り物に上等の足袋を包んだはずなのに、相手が開けると機械仕掛けのビックリ箱。剣の稽古に出向けば、一度振っただけで木刀が根元から崩れ去るという‥‥もはや冗談としか思えない出来事のオンパレード。 一連の出来事を思い出しながら、小杉はポツリと呟く。 「そうだ‥‥潔く腹を切ろう‥‥」 思い立ったが吉日。彼はすぐさま白装束に着替え、部下の中村と横田に「急ぎ、舞台を整えよ」と命じる。 「え? 今、腹を切ると申されましたか?」 中村と横田が驚くのも無理はない。しかし小杉は本気だ。こうなったら庭先でも構わんと脇差を持って、とにかく切腹を急ぐ。それを部下は必死で止めた。 「いけませぬ、いけませぬ! そのようなことで命を落とせば、ご先祖が嘆きましょうぞ!」 「ええい、離せっ! 私にはもう耐えられぬ!」 いつもなら血気の勇を戒めるほど立派な人物なのに、度重なる恥を受けたせいか、すっかり冷静さを失っている。 「そ、そうだ! 今ですね、石鏡で名の知れた巫女にお祓いをお願いしております! せめてそれまではお待ちください!」 横田の言葉を聞き、小杉はピタッと止まる。ようやく収まったかと嘆息したが、それも一瞬のこと‥‥ 「お前‥‥そうだって言っただろ。適当な言い訳を、今ここで考えたな?」 もはや何を言っても聞こえない主人に向かって、中村は「御免!」と言いながら棍棒で頭をドツく。無理やり気絶させると、部屋の柱に縛りつけて暴れるのを阻止。その隙に、横田と善後策を練ることにした。 一連の騒動を「偶然」の一言で片付けるには、かなり無理がある。もしかしたら主人を貶めようとする者がいるのか‥‥中村は腕を組んで唸った。 すると横田は「知り合いにシノビがいる」と言い、彼に密偵を頼んでみてはと勧める。中村も横田も、調査は得意ではない。ふたりはそのシノビを頼って、本人が住むという村へと出向いた。 日もとっぷりと暮れた頃に、草崎流騎(iz0180)と面会。さっそく話を持ちかけた。すると相手は難しい顔をしながら、人差し指で頭を掻く。 「中村殿、横田殿。その話の裏は聞いております。小杉家を目の敵にする近藤家の秀忠殿がシノビを雇い入れ、行く先々で粗相をするように仕向けているそうです」 ふたりはあっけに取られた。近藤家の世継ぎである秀忠は、天儀でも稀に見るバカ息子として有名である。どうやら主人は、いつとも知れぬうちに彼の恨みを買ったようだ。 「金さえ積めば、そのくらいやってのけるシノビもいるでしょう。ふふふ、小杉殿にとってはいい迷惑でしたな」 そう流騎は笑い飛ばすが、主人は真に受けて切腹しようとまで思い詰めている。横田はその旨を伝えると、流騎は盛大に茶を吹いた。 「ぶはっ! げほっげほ‥‥なんと、そこまで思い詰めておいでか。それは聞き捨てならん」 「流騎殿、友達のよしみで頼みたい。どうか近藤のバカ息子も、同じように恥を掻かせてやりたい‥‥なんとかならぬものか」 流騎は腕組みして、しばし思案に暮れる。 「ならば、小杉のお屋敷に秀忠をお迎えしなされ。理由は何でもよろしかろう。相手は暗愚ゆえ、小杉殿のお辛そうな顔見たさに出てきます。秀忠の雇ったシノビは前日までに捕えておきますので、当人への辱めは私が用意した連中にやってもらいます。ご心配なく。きっと飛びっきりの嫌がらせを用意してくれますよ」 横田は中村と顔を見合わせ、力強く頷いた。そしてその日が来るまでに、主人の調子を元に戻さねばと張り切る。汚名返上するその時まで、切腹はお預けだ。流騎もすぐさま開拓者ギルドに内密の依頼を出した。 |
■参加者一覧
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
朱鳳院 龍影(ib3148)
25歳・女・弓
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
藤吉 湊(ib4741)
16歳・女・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
鏡華(ib5733)
23歳・女・陰
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●前夜の仕込み 主人の無念を晴らさんとするイタズラ作戦は、開拓者の口添えもあってドーンとスケールアップした。 まずは横槍を入れるであろう厄介者の排除をすべく、草崎流騎(iz0180)が近藤秀忠の屋敷に潜入。すぐさま屋根裏にスタンバイする。彼はここ数日で、シノビをごっそり減らした。今日は最後のふたりを捕らえるのみである。 本日は羽喰 琥珀(ib3263)と藤吉 湊(ib4741)、鏡華(ib5733)も同行。流騎とは別の任務を実行する。 「流騎〜、屋根裏がこんなにデカいと仕事も楽だろ〜?」 琥珀が屈託のない笑顔を浮かべると、流騎は微笑みながら「おっしゃる通り」と頷く。すぐ下は秀忠の私室だ。流騎はこの場をみんなに任せ、音を立てずに移動する。 「んっふっふ、今回はおもッきり楽しませてもらうで〜」 湊の仕事は早い。すでに秀忠の履物に仕掛けを施していた。鼻緒や靴紐に切れ目を入れ、不吉な予感を煽るのである。趣味が悪いと聞いていたので、さほど探すのも難しくなかった。 続いて、鏡華が人魂を部屋に侵入させる。 「漆黒の甲虫よ、今こそ汝の力を示せ‥‥なんてね♪」 式が形作られると、琥珀は大喜び。その姿は誰もが苦手とする、黒くてテカってる憎いあんちくしょう。隙間から部屋に入場し、静かに飛んで秀忠の顔に着地する。 「なんじゃ、む‥‥むひぃ〜〜〜!」 虫の中でも強烈なインパクトを放つ甲虫は、鏡華の意のままに秀忠を追う。その操り方がすごく嫌らしい。相手を隅に追い込まず、逃げられる余裕を持たせているのだ。琥珀と湊は、とにかく笑いを堪えるので必死。 「あわわ! 誰かっ! 誰かおらぬか!」 頼みの綱であるシノビ連中は、すでに流騎が抑えているから助けには来ない。さらに慌てたのを見計らい、鏡華はゴキブ‥‥いや失礼、甲虫のいる場所から大龍符で虚像の龍を出現させた! 「ゴガアァァァーーーッ!」 「うぴぇえぇぇーーーーーっ!」 絵に描いたような驚きっぷりを惜しみなく披露する秀忠。ご主人の変調に気づいた使用人が駆けつけたのを察知し、鏡華は人魂をさっと消した。もちろん大龍符の効果も一瞬で消えたので、証拠はどこにも残らない。 当然のことながら、秀忠と使用人の押し問答が始まった。 「き、貴様! な、何をしておった! この私が大ピンチに陥っておったのに‥‥ま、まったく使えぬ奴め!」 「そう申されましても、お部屋には見たところ何もございませんので‥‥」 相手がもっともなことを言うたびに、秀忠は地団太を踏んで怒った。こんなやり取りが続けば、さすがの使用人も呆れてしまう。そのシュールな状況が、湊のツボに入った。 「怖いくせに偉そーにするから、まったく信用されてへん‥‥ぷぷっ!」 彼女の解説を聞き、琥珀も必死に笑いを堪えた。そして「さっさと寝ろ」とばかりに、使用人は布団を引く。秀忠は拗ねながら、金銀のガウンを着て床に就いた。 「‥‥ま、寝た頃に金縛りは王道ですね」 鏡華は「狐は騙すのが本分ですから」と言いつつ、イタズラにも精通しているらしい。ようやく寝入った秀忠に呪縛符で束縛、一瞬にして現実へと引き戻す。 「のあっ! も、もしや、これも龍の‥‥?!」 いちいち大仰なリアクションを披露する秀忠を観察しているだけで、不思議と幸せになれるイタズラ獣人トリオ。この観察は流騎が去った後も続けられた。 ●お祓いの日 夜が明けて、仕返しの当日となった。 秀忠のお目覚めは、湊が演出。あらかじめ用意した辛子汁を、目覚めそうな秀忠の口に向かって垂らす。 「んっふっふ、銭の穴を通して油を注げる、このうちの妙技をじっくりと味わうがええわ」 徹夜したというのに、このハイテンション。なんとも心強い。彼女はピチョーンと一滴‥‥見事、口の中に落とした。 「んがもげぶぇっ! がばぼえげばぁー!」 秀忠の悶え方は、もはや大アヤカシも真っ青。表情も豊かで、顔面のパーツが細かく動くほどである。琥珀はもはや我慢の限界。いよいよ息をするのも苦しくなってきた。 そんな湊はダメ押しに、鼻の穴にも辛子汁を垂らす。これを食らってからの秀忠の乱心は、もはや人間のものとは思えぬ狂気となり、屋敷中を巻き込んでの大騒ぎとなった。 これを見届けた後、獣人トリオは屋敷を脱出。道中で大いに笑ってから小杉の屋敷へと戻り、最後の打ち合わせを行う。そう、作戦はこれからが本番だ。 小杉のお屋敷では、主人の翔太を小部屋に隠して準備万端。琥珀は小姓の扮装をし、宿奈 芳純(ia9695)に廊下を歩く場所を相談する。芳純は錆壊符を使い、秀忠の歩く床板を強酸でもろくした。 「羽喰さんはくれぐれもこの上を通らないよう、お気をつけください」 「もちろん! 楽しみを台無しにすることはしないぜっ!」 秀忠を騙す楽しみは、誰よりもよく知っている。琥珀はウインクして答えた。そこへ中村氏が駆け寄ってきた。どうやらターゲットがご到着らしい。 「あの、バカ息子が来たのですが‥‥いつもの勢いがないというか、なんというか」 「まーまー、大丈夫だって。おだてりゃ元気になるタイプだから。ほら、中村氏も持ち場について!」 中村は「そうですか」と言いながら歩き出すと、琥珀も小姓の振りをしてツンとおすまし。静々とついていく。 秀忠が小杉のお屋敷に招かれた口実は「最近の不幸を巫女に祓ってもらう」という内容だった。本人は怯えている翔太を笑ってやろうと思っていたが、今や立場は逆転しつつある。 それを証拠に、玄関に姿を現した秀忠の顔色は、どう見てもよろしくなかった。 「ようこそ近藤様。主人の身の上を案じてのご足労くださいまして‥‥」 「お、おう‥‥この辺では秀忠くらいしか頼れないと思うての‥‥」 胸は張っているものの、声はすっかり怯えている。秀忠は鼻緒の切れた虎柄の草鞋を脱いで、屋敷に上がった。ここで小姓の琥珀が、わざとらしく話しかける。 「おやおや、鼻緒が切れております。これは縁起の悪い‥‥」 「こ、これっ。余計なことを申すでない! すみませぬ、入って間もない者で礼儀がなっておらず‥‥」 中村氏も琥珀の芝居に乗り、さらに不安を掻き立てる。秀忠は「縁起など無縁じゃ」と虚勢を張り、屋敷に上がった。 青ざめた秀忠を引率し、まずは客間へと案内する。底の抜ける廊下の手前で客人に道を譲りながら、何となしに話しかけた。 「秀忠様は、お祓いなどに精通されているのですか?」 「ま、まぁ、それなりに‥‥」 そう答えた瞬間、メリメリという音を立てて秀忠の体が床に沈んだ! 「んごあっ! あーっ! あーっ!」 「先ほどまでは何事もなかったのに、なぜ‥‥」 「これ小姓、手を貸さんか! 秀忠様、引き上げますぞ!」 だんだん小芝居がうまくなっていく中村氏。琥珀はそれが面白くて仕方ない。ここは笑わずに踏ん張り、なんとか客間へと引っ張った。 ●仕掛けの連続! 客間には巫女服で着て「巫女見習」に扮したリィムナ・ピサレット(ib5201)と、本業が巫女の笹倉 靖(ib6125)が待っていた。 「リィムナと申します。笹倉より世話役を仰せつかりました‥‥ポッ♪」 お世話役は頬を赤らめ、秀忠に見惚れた素振りを見せる。やっと自分になびく人間が出てきて、秀忠もご満悦だ。しかし巫女が男なのが、どうにも気になったらしい。 「これ、そこの者。お主、本当に巫女か?」 「あ? 俺? 巫女っすよ? 嫌だなー、男の巫女もいるんだってー。それにしても近藤様は出来たお人ですねぇ! 小杉様をお救いになるためとはいえ、無事では済まないお祓いに来るなんて、なかなかできないもんっすよ‥‥」 これには秀忠よりも、お供の者が青ざめた。相手の機嫌がよくしておいて、一気に奈落へと叩き落す。これがドッキリの極意。靖はその辺を心得ていた。 「まぁ、何があっても、俺がちゃんと祓って護るから安心してください! ああ、お付の方は横田氏から説明があるので、そちらを聞いていただけます?」 もちろん注意事項などありゃしない。ここから先は秀忠だけに的を絞って罠にかけたいので、しばらく登場を控えてもらうための口実だ。彼らが通される別室では、すでに湊や鏡華がロープを持って待ち構えている。 横田氏は「こちらへどうぞ」とお供の者を退場させ、靖もリィムナにその場を任せた。かわりに琥珀が入ってきて、お茶を差し出す。 「こちらは秀忠様のためにご用意した高級茶でございます」 「おお。こういう贅沢品は好みじゃ。よく冷えておる。その方が飲みやす‥‥いや、なんでもない」 どうやら辛子汁で口が焼けているらしく、熱い茶は飲めないようだ。琥珀は下を向いて笑いを我慢する。 しかし相手が茶を飲み終えると、勝手に仕掛けが発動。なんと湯呑が割れてしまう。琥珀はすぐさま演技に入った。 「大丈夫でございますか‥‥ああっ、割れた湯呑がさらに割れたっ」 2つに割れたのが4つになれば、誰もが落ち着いていられない。秀忠は白目を剥いた。 「う、うーん、こ、これはいったい。いかがいたしたもの、か‥‥うーん」 この瞬間、リィムナがアムルリープを発動させた。秀忠はゆっくりと崩れ落ち、すやすやと眠る。本人は夢の中で「気絶した」と思い込んでいることだろう。 彼女は足袋を脱ぎ散らかし、髪をボサボサにすると、琥珀に近くに呼び寄せた。 「あとはてきとーに合わせてね!」 「そういうの、大得意だぜ!」 リィムナは準備オッケーとばかりに秀忠を蹴り飛ばした。頭に手をあて、ゆっくりと起きるオッサンに向かって悲鳴を浴びせた。 「いや、いやぁー! 秀忠様が‥‥いきなり人が変わったようになって! とにかく靴下をよこせ、足袋よこせと叫びながら‥‥!」 「なっ! そ、そんな高尚な趣味なんぞないわ! 何を言う、小娘!」 「しかし私が駆けつけてから、ずっと足袋を見て喜んでおいででしたよ。秀忠様、どうかなされたのですか?」 小姓の言葉を聞き、思わず「ほ、本当か!」と問い質す。いよいよ秀忠は、冷静な判断とは無縁な世界に足を踏み入れた。琥珀は「そうですよ」と大きく頷き、ここぞとばかりに提案する。 「‥‥どうでしょう、秀忠様もお祓いを受けては?」 心の中では「してやったり」と舌まで出して大喜びの琥珀だが、相手にそれを察するほどの余裕はない。秀忠は「ぜひ頼む」と答え、厠に行こうと立ち上がった。 その様子を人魂で窺っていた芳純は、相手が廊下に出た瞬間を狙って幻影符を放つ。すると秀忠は袴を脱ぎ、ふんどし一丁で庭に立ち尽くした。 「き、きゃあーーーーーっ!」 リィムナの悲鳴は、今度こそ本物。琥珀はさっと障子を閉め、正気に戻るまで放置プレイの刑に処した。 ●トドメの一撃 いよいよお祓いの時を迎えた。無言の翔太の横に、心配そうな面持ちの秀忠が座る。 目の前では、靖が懸命に破邪の剣と神楽鈴を振って、ウソのお祓いの儀式を行う。リィムナと琥珀もちょこんと座り、しばし成り行きを見守った。 ここでも芳純が物陰から幻影符を使い、秀忠に幻影を見せる。そのタイミングで、さまざまな色の布を着た朱鳳院 龍影(ib3148)が悪霊として登場し、場を大いに盛り上げた。 「我は、赤き龍の‥‥瘴気じゃぞ‥‥」 地を震わすような声を肌で感じ、秀忠はもはや錯乱状態。手元に置いた刀を抜くが、芳純がすかさず錆壊符で使い物にできなくする。鞘から抜けば、錆びた塊が落ちてくるばかり。 「あ、あああ、ああああーーーーー! な、なんとかせい、巫女の男!」 「ご安心ください。最強の開拓者を用意しております」 靖の言葉とともに、恵皇(ia0150)が部屋に入ってきた。豪快な笑い声を響かせつつ、指をポキポキと鳴らす姿はなんとも頼りになる。 「おお、頼んだぞ。あの悪霊、この秀忠に害を加えんとしておるのじゃ‥‥!」 「はっはっは、心配するな! 俺は対アヤカシ400戦無敗の男だからな」 そう言いながら、腕をブンブン振り回していると‥‥龍影がゆらりと手を開く。そこからは衝撃波が放たれたのだろうか‥‥たったそれだけで、恵皇は広間の畳に転がって動かなくなった。 「む、むぐわぁ‥‥」 あっという間の敗北に、靖は「ああっ! 恵皇ほどの男がぁー!」と叫ぶ。その靖も謎の力で吹き飛ばされ、血反吐を吐いて倒れた。 龍影はゆっくりと秀忠に迫る。大きく揺れる胸も、たわわに熟れた尻も、すべて恐怖に感じるというのだからもったいない話だ。そこへリィムナが割って入り、儀式の前にセイドで作った痺れ薬を秀忠の前に差し出す。 「これは魔を滅ぼす霊薬です。今すぐ飲めば、あの瘴気もへっちゃらです!」 「で、でかした、ぞ‥‥んぐ、ぷはぁ! これでなんとか‥‥ぐぬぬ、お、おかしいぞ、体が! 体がー!」 まるで昨夜の金縛りが再現されたかのよう‥‥秀忠も恵皇たちと同じく畳に倒れると、リィムナが駆け寄って足袋で額の汗を拭いながら、今の状況を丁寧に説明する。 「いけません! 隠し事をしている者には精霊力がマイナスに働き、体が痺れてしまうのです。もしやとは思いますが、秀忠様は何かよからぬことをされたのではございませんか?」 秀忠は迫り来る龍影を退けるべく、翔太にした嫌がらせのすべてを白状。きちんとした謝罪をするから、なんとか命だけは助けてほしいと懇願する。それを聞いた翔太は、ただただ立ち尽くした。 被害者本人が聞いたところで、お芝居は終わり。リィムナは秀忠にマジックキャンセルを施し、さっさと麻痺を治療した。 「ほらっ、もう謝れるんだから! 頭を畳にこすり付けて、しょーたに謝りなさい!」 秀忠はしばし何が起きたのか理解できず、ただ周囲を見渡すばかり。部屋では恵皇がむっくりと起き上がり、龍影は靖に芝居用の布で口元を拭くように勧めている。 「も、もしや、演技が悪いのや瘴気なども、すべて‥‥」 「今回はウソでお芝居だったけど、これっていんがおーほーだぜー?」 小姓から虎の子に戻った琥珀が、軽く説教する。 「人の不幸ばっか喜んでっと、そのうち本物のアヤカシに憑かれることもあんだぜ。それは嫌だろ? 実際に嫌がってたし」 それを言われると、秀忠はぐうの音も出ない。すっかりしょげた相手を見て、靖は呆然としている翔太をキッと睨む。 「アンタも、あんま人に心配かけんなよ? こんな小物にやられんな。気ぃ張りすぎなのかな、アンタは」 これからは中村・横田両氏という忠臣の働きに応える主君ぶりを見せねばならぬと、靖はいつもの調子で言い聞かせた。 こうして開拓者たちはもちろん、金で雇われたシノビ連中や近藤家の者の前で、秀忠は翔太に対して正式な謝罪を行った。 翔太も自分の弱さを認め、秀忠の手を取りながら「これからはお互いに、強き心を持てるようにがんばりましょう」と声をかける。 かくして腹切り寸前にまで追い込まれたイタズラ事件は、さらなるイタズラによって無事に解決した。 |