【殲魔】掃討魔の森・北面
マスター名:村井朋靖
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや難
参加人数: 18人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/20 18:36



■オープニング本文

●決断
 その日、神楽の都にある開拓者ギルドの本部には、大伴定家をはじめとするギルドの重鎮らが勢揃いしていた。
 上座に座る大伴定家の言葉に、誰もが耳を傾けていた。春の穏やかな日和の中、ギルドのその一室だけがぴんと緊張に空気を張り詰める。話し終えた大伴の二の句を継いで、一人のギルド長が声を上げた。
「護大を破壊すると……そう仰られましたか!?」
「いかにも」
 しんと静まり返った部屋に、大伴のしわがれた声が続く。
「三種の神器を、知っておるかの」
 ギルド長であれば知らぬものはない。朝廷が保有している、神よの時代より伝わる三つの道具のことだ。それぞれに、名を、八尺瓊勾玉、八咫鏡、そして天叢雲剣と言う。これらは、公には朝廷の所有であった筈だが、いずれも、実のところ朝廷の手元に存在していなかったらしく、新たな儀を拓くに従って回収されてきた。
 朝廷の説明によれば、この三種の神器を揃え護大の核を討つことで、護大を完全に滅ぼせるというのである、が。
「その核と目される心の臓は、冥越の阿久津山にあると言われておる」
 ギルド長らが顔を見合わせる。
「冥越と申しますと、先の、大アヤカシ黄泉の最後の言葉……」
 大伴が頷く。全てを知りたければ冥越の阿久津山へ行け――黄泉はそう告げて息絶えた。せいぜいもがき苦しむのだな、とも言い添えて。その言葉がどうしても頭を離れない。それが単なる悔し紛れの捨てぜりふであれば良いのだが、果たして、大アヤカシがそのように卑小なまやかしをうそぶくものであろうか。
「いずれにせよ、次なる目標は冥越国である。各ギルド長は各国に戻り、急ぎ準備に取り掛かってもらいたい。しかし良いかの……ゆめゆめ油断してはならぬぞ」

●火事場騒動
 合戦の舞台となった紙結ノ森が赤く燃える……燃え続けている。
 瘴気の淀みをも焦がす紅蓮の炎が魔の森に放たれ、もうどれだけの時間が経っただろうか。黄泉という主を失った領地は、その姿を変えようとしていた。
 志士・緋赤紅(iz0028)もまた、一軍を率いて作戦に参加。我が名を示すがごとき場所に立ち、いささかの風情を感じている。
「我先にとアヤカシの地を進む様は、まるで我等のようだ」
 その炎と同じく、緋赤は北面軍の先頭に立っていた。しかしその彼女が見据えるのは、真南の方角。卦谷ノ森を望む位置に布陣し、住処を追われたアヤカシと、それを招き入れようとするアヤカシを討つ。それが緋赤らに与えられた任務であった。

 現在、東房と冥越の国境付近にある魔の森焼却は、主に東房側が指揮している。この後、連合軍は冥越への進攻を行うので、そのルート作りを行っているのだ。
 その際、北面軍は紙結ノ森の南部に配された。無論、延焼の促進も任務に含まれており、わりと忙しいのだが、そちらは陰殻のシノビ・草崎流騎(iz0180) と草崎刃馬(iz0181) の協力もあり、事は順調に進んでいる。
「私の仕事もそろそろか!」
 先述のシノビは、妙な情報を携えて北面側に参陣した。何でも「東房に根城を持つ天荒黒蝕が、手駒に使えそうなアヤカシを探している」という。
 確かに黄泉を失った紙結ノ森周辺のアヤカシは、いわゆる「根無し草」だ。頼る当てもなく彷徨っているところを、連合軍や開拓者に発見され、ことごとく最期を迎える。しかし天荒黒蝕はうまく落ち延びた者を懐柔し、戦力の補強を行おうという腹積もりだそうで……
 なるほど、口のうまい天狗なら確かにやりかねない。だが、にわかに信じがたい話だ。緋赤にしてみれば「天荒黒蝕が大軍を率いて攻めてくる」という方が、まだ合点が行く。わざわざ火事場泥棒に徹する意味がわからない。
 猪突猛進を絵に描いたような志士の感想を聞き、諏訪方のシノビ・流騎は、穏やかな口調で「裏付けがあります」と切り出した。
「つい最近の話ですが、天荒黒蝕は甲骸なる上級アヤカシが窮地に陥ったと知るや、すぐさま使いの者を差し向けております。今の紙結ノ森はそれと状況が似ていますので、おそらくは同じ手を使うと思われまする」
 これに、弟の刃馬も言葉を続ける。
「天荒黒蝕は面倒が嫌いだから、こういうことは必ず部下にやらせる。それに連合軍相手に一か八かの勝負を仕掛けるとは思えない。ま、大将の考えるような展開は、まず起こらないだろう」
 それを聞いた緋赤はひとつ頷き、「よしわかった」と答える。
「どの道、敵に戦力をくれてやるのはマズい。私たちはお迎えの天狗を討つから、そっちはアヤカシの撃破を頼む」
「わかりました、背後はお任せします。どちらか一方を封じれば、天狗の目論見は崩れましょう」
 乾いた音が響く森の中で、彼らはそれぞれの任務をこなすべく動き出した。

●赤面の使者
 実はこの時、すでに隻眼の黒鋼天狗・才筆が手勢を率い、北面軍の手前まで迫っていた。
 しかし迎えの話が知れているのか、やや敵軍は横に長く布陣しており、魔の森に入るには迂回するしかない。
「才筆の」
 もうひとりの天狗、硬磁が声をかける。
「これは厳しい布陣じゃ。どちらかが軍の目前で騒ぐ必要があるぞ」
 それを聞いた才筆は、唇を噛む。状況の厳しさ故ではない。彼は何らかの感情を心に秘めていた。
「私が行こう。そなたは迂回して奥へ行き、任務を遂行せよ」
「わかった。よき巡り会わせがあればいいが……」
 硬磁は部下に合図を送ると、北面軍の隙を突くべく移動する。
「この才筆、二度も不覚は取らぬ」
 天狗は強く獲物を握ると、音もなくゆっくりと前進。いよいよその身を、北面軍の前線に晒そうとした。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 鷲尾天斗(ia0371) / 柚乃(ia0638) / 劫光(ia9510) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / ニクス・ソル(ib0444) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / 刃兼(ib7876) / ジェーン・ドゥ(ib7955) / 破軍(ib8103) / 秋葉 輝郷(ib9674) / 草薙 早矢(ic0072) / ジェラルド・李(ic0119) / 麗空(ic0129) / 理心(ic0180) / 結咲(ic0181


■リプレイ本文

●思惑を胸に
 静かに焼けていく魔の森の中にあって、このひとときだけはやたらと和む。
 柚乃(ia0638)は、久々の再会となった北面軍の大将・緋赤紅(iz0028)に駆け寄り、お近づきのハグをする。
「お凸さーん、お久しぶりです!」
「おお、久しぶりだな」
 豪胆が服を着たような性格の紅だから、部下の前でも柚乃を受け入れる度量はあった。
「もっとお似合いの髪形があるのでしょうけど、これこそがお凸さんたる由縁ですよね!」
 話は髪型なのに、平手で軽くてしてしされるのはお約束のオデコ……側近たちは皆、必死に笑いを堪えるが、それでも上官から視線を外さない。
 それを微笑ましく見ていた刃兼(ib7876)は足袋の紐を結び直し、太刀「鬼神大王」を持って立つ。
「逃げ惑うアヤカシ達も、死に物狂いで掛かってきそうだし……油断せず、行こうか」
「なら、蹴散らせばよいです?」
 小首を傾げて尋ねるのは、今も紅のオデコで遊ぶ柚乃。なるほど、この少女の覚悟も相当なものだ。北面兵は今一度、気持ちを引き締める。
 そこにやってきたのは、魔の森の延焼促進を担うシノビ兄弟、草崎流騎(iz0180)と草崎刃馬(iz0181)だ。
「大将が部隊を貸してくれたから、俺たちもそこそこやれそうだぜ」
 忍装束姿の刃馬がそう言うと、兄の流騎も「ご配慮いただき感謝いたしまする」と頭を下げる。
「お預かりしたからには、必ずや任務を果たしましょうぞ」
「おう、気をつけろよ」
 紅と握手し、しばしの別れを惜しむ流騎。そこへ静々と結咲(ic0181)がやってきた。少し沈んだ表情にも見える。
「お、頼れる戦士の登場だぜ!」
 刃馬は結咲に「今回も頼むな」と声をかけるが、少女から返ってきた答えは意外なものだった。
「……ごめん、ね……今度は、絶対、ボクが、護る」
 その言葉は、後悔を含んでいた。先の戦いで陽動を担った兄弟が怪我をしたのだが、結咲はそれに責任を感じたらしく、今になって謝罪をしたのだ。とはいえ、あの時は兄弟が望んで死地に飛び込んでいる。特に気にすることはないのだが……
 流騎はその小さな肩に、そっと手をやる。
「その言葉が、そしてこの体がぬくもりを覚えているうちは、まだ大丈夫。心配には及ばぬ。結咲殿こそ、御身を大切にいたせよ」
 結咲は素直に頷いた。流騎も彼女と長い付き合いになる。この言葉がどこまで通じるかはわからないが、自然と言葉に出た。
 そこに現れたのが、天狗を追う役目の麗空(ic0129)。刃馬はこの少年を捕まえ、さっと耳打ちする。
「おい、麗空。結咲ちゃんが無理しないように言っといてくれよ」
「うん、おせわのひとにいっとくね〜」
 刃馬はお世話する人と聞いて「誰だろう」と周囲を見渡すと、端正な顔立ちの青年が一歩前に出る。いわば彼はふたりの保護者で、名を理心(ic0180)という。刃馬は彼にも駆け寄って、「無茶は禁物」を諭すように念を押した。
「ふたりの保護者って呼んでいいかわかんねぇけど、とりあえず頼むな」
「……死なない程度には、ね」
 なるほど。この子供たちにして、この保護者あり、か。刃馬は素直に渋い表情を見せるが、結咲は理心に寄り添う形で立っているのを見て、信頼関係にはあるのだろうと推測し、とりあえずその場から離れた。
 戻ってくると、麗空が待ち構えていた。口には呼子笛を咥えている。
「これ、ピピーってなったら、にげたカラスのあいずね!」
「逃げたカラスとは、まさか才筆か? それは大いにあり得る」
 流騎があごに手をやって思案していると、才筆を隻眼にした張本人・秋葉 輝郷(ib9674)が神弓「八幡」の具合を確かめつつ「二度も逃すような事をするつもりはない」と静かな気迫を込めて言った。
「となると、麗空殿の役目は重大だな」
 流騎が目を細めて言うと、麗空は少しだけ呼子笛を吹いて、周囲に音色を聞かせた。これが鳴った時、戦況はいかなる状況になっているのだろうか。
 少年と同じく天狗を追う羅喉丸(ia0347)は追随する兵に対し、あるお願いをしていた。
「……ということだ。その時はよろしく頼む」
 兵士たちは剛健質実を絵に描いたような泰拳士の言葉を信じられずに戸惑うが、本人がそのまま立ち去るところを見ると、やはり起こり得ることなのだろう。彼らは顔を見合わせ、「よし」と頷き合った。

●流浪のアヤカシ
 北面軍の北側は今もじわりと炎が燻り、周囲を赤々と照らしていた。
 ここを行く宛もなく彷徨うアヤカシの姿は、なかなか新鮮に見える。連中は住処を追われ、ただ逃げ惑うのみだ。これがかつての冥越では人間たちがその立場であったのだから、その心中は察するに余りある。
 もう逃げ場がないのなら、せめて行き先を与えてやろうと、流浪のアヤカシ群を退治する開拓者の一団がその腕を振るう。
 犬の首が巨大化したアヤカシ・犬神は宙を舞いながら逃げ惑うが、フェンリエッタ(ib0018)が放つ雷鳴剣には為す術がない。
「刃兼さん、今です!」
 敵が高度を下げたところに刃兼が狙いを定めて跳躍し、抜刀と同時の払い抜けを披露。完全に地に落ちれば、理心が呪声をぶつけ、あっさりと消し去った。
 これに呼応するかのように、結咲が二刀を振りかざし、もう1匹へと迫る。
「……ボクが、相手、だよ」
 それぞれに霊戟破と荒童子を付与させ、無残に顔面を切り裂くと、後方に控えていたジェラルド・李(ic0119)が指示を出す。
「後ろにもう1体……」
 ジェラルドは超越聴覚にて敵の位置を把握しており、まさに万全の体制。しかし結咲は身動ぎもせず、犬神の牙を真正面から受けを試みるが、避け切れずに左肩を負傷。それでも淡々と二刀を振るい、見事に敵を叩き落す。これにジェラルドが示現で高めた命中力で刺突を繰り出し、一気に片をつけた。
「……ふん。俺が教えたことは覚えているな。無駄な傷を負わないように受け流せ……」
 すでに傷を受けた少女に向けて、あえて過去に与えた教訓を反芻するジェラルド。あの頃から性根は変わっていないようだが、受け流しに転じた点を考慮してか、厳しい言葉は発しなかった。
 そんな結咲は言う。
「ボクは、退かない、よ……敵、倒す、まで。理心は、必ず、護る」
 彼女の言葉を遮るかのように、討ち漏らした犬神を輝郷の矢が音を立てて飛ぶ。その頭が貫かれると同時に、彼はまた矢を番える。心眼「集」により、鬼道験者率いる妖鬼兵の群れを発見したからだ。
「餌が見つかってお喜びのようだが、それは大きな間違いだ」
 先陣を切る妖鬼兵の足元めがけて矢を突き刺すことで、一瞬の隙を生む。そこへ刃兼が一気に間を詰め、回転切りで応戦。敵の一角を崩した。
「―――悪いが、おいそれと合流はさせないぞ!」
 敵陣の奥へは、柚乃がボルケーノで対応。もっとも厄介な鬼道験者をも捉えての発動は、情け容赦のない一撃といえよう。しかも噴き出した炎は魔の森の延焼さえも促進する作用も持っていた。
「塵か薙ぎ払いか、切り刻みか……多々迷いましたが、焼き尽くしにしました」
 残りを潰す目的で駆け出していたジェラルドは「どれも結果は一緒なんだろ?」と思いながらも、長巻直し「松家興重」を存分に振るう。目指すは鬼道験者。大上段からの構えから鋭い一撃を放ち、文字通り一刀両断にして見せた。
「それでは北面の皆様、よろしくお願いいたします!」
 フェンリエッタの呼びかけに応じ、厄介者が消えた一団を全滅させるべく、後方支援の北面軍が殺到。戦力としては開拓者に遅れを取るかもしれないが、そこはうまく連携し、妖鬼兵を討ち果たした。

●強敵を退けよ
 同じく北側に展開してはいるが、天狗が合流を望む有力アヤカシとの戦闘に特化したチームもまた、北面軍の精鋭を連れて魔の森の奥を巡回していた。
 そこに現れたのが、なんと血祟鬼。炎を嫌って駆けていたらしい。これを見たユリア・ヴァル(ia9996)は、北面軍に退路を断つように願い出た。
「指揮官クラスは各個撃破よ♪」
 受け持つべきアヤカシが出れば、確実に仕留める。それが彼女たちの作戦だ。篠崎早矢(ic0072)はいい位置に陣取り、さっそく強弓「十人張」の威力を披露。しかし血祟鬼の下半身は、馬そのもの。回避には自信があるらしく、ステップを踏むかのように矢を避け、ユリアに迫る。 そこに盾をかざして割り込んできたのが、彼女の夫であるニクス(ib0444)だ。
「守る戦いこそ、騎士の本分だ。ユリア、存分にな」
「ええ、任せてちょうだい」
 討伐を任されたユリアは、スピードで負けないためにアクセラレートで俊敏を底上げ。それを正直には用いず、遮蔽物の多い魔の森の特性を活かして立ち回り、あっという間に背後を突く。
「鬼さんこちら♪ 手の鳴る方へ♪」
 しかし馬には、強烈な後ろ蹴りがある。血祟鬼も例外ではなく、ユリアに向かって渾身の一撃を放った。ところがユリアは月歩を乗せた状態で凌ぐと、まるで示し合わせたかのように正面からニクスが黒鳥剣でちょっかいを出す。さらに側面からは天の眼帯をした砂迅騎・鷲尾天斗(ia0371)が魔刃「エア」を持って迫った。
「カッカッカァッ、さァて久し振りに大暴れスッかなァ」
 狂眼に凶笑を浮かべたその顔は、実に楽しそうだ。まずは挨拶代わりに馬の胴体を切り裂き、戦いの感触を確かめる。
「まァ、この場はお姉さんに任せるぜェ」
 人語を解する血祟鬼は、思わず後ろを見る。そこには徒手空拳のユリアが息を整えて立っていた。立ち昇るオーラは金の輝き……尋常ではない何かが起こることは、誰の目にも明らかである。
「冥土の土産に食らっておきなさい。五神天驚絶破繚嵐拳!」
 頑強な肉体を内側から蝕むように砕く最強の拳の前に、さすがの血祟鬼も膝を折った。そこから立ち上がろうとするが、早矢の放つ矢がついに脚を貫き、ここで勝負あり。ニクスが急所を狙っての刺突を、天斗が近距離で魔槍砲「翠刃」を胴体から頭を貫くエグい角度に構えた。
「悪いが、天狗とは地獄で会うんだな」
 ふたりの攻撃をもろに食らい、血祟鬼は瘴気となって消え去った。

●天狗を呼ぶ声
 この頃、天狗に対応する班から連絡が入った。そう、麗空の呼子笛が鳴ったのである。
 アヤカシ残党を倒す一団は、ここで二手に分かれることになった。天狗との因縁に終止符を打つ者と、このままアヤカシを退治する者。
 誰よりも早く、理心が口を開いた。
「……行くんじゃないのか? さっさと行け」
 理心が言葉を向けたのは、結咲に対してだ。特に目も合わせず、呼子笛の鳴った方角をあごで差すだけだが、何が言いたいのかはよくわかる。少女は友達のいる方を見て「……うん」と頷いた。
 フェンリエッタは「女の子ひとりで魔の森を歩くのは危険ですから」と微笑みながら、結咲を護衛する名目で輝郷に同行を依頼する。
「しかし、この場はどうする」
「俺は……あの矢が貫くべきは、さっきの犬神じゃない気がしたんだ。だから……」
 刃兼にそう言われ、輝郷は「ありがとう」と素直に礼を述べた。刃兼も「この場は任せろ」と返す。
 ジェラルドは結咲に対し、短く声をかけた。
「……ふん。面倒なことになる前にさっさと決めろ……」
 天狗の撃破を為せば、事態は大きく前進するはずだ。だから仕留めて来い、そう声をかける。ふたりが離脱した直後、またしても妖鬼兵が現れるが、ジェラルドは早駆で一気に間合いを詰め、先頭を豪快に切り捨てた。
「……天狗までの道を切り開いてやる」
 その脇を理心の氷龍が駆け抜け、さらに兵の侵攻を阻む。
「天狗はともかく、ここも厄介なことにならないといいが……」
 アヤカシの中でも知恵のある天狗は、開拓者でさえ何を仕掛けてくるか予想がつかない。残った者はそれぞれに心配するが、今は目前の敵に集中する。柚乃も節分豆を食べながら、次に備えた。
 この場はジェーン・ドゥ(ib7955)が砂迅騎としての才能をフルに発揮。戦陣「砂狼」により突撃路を示し、兵を率いているであろう鬼道験者の奇襲に備える。
「狙うは鬼道験者です! 幻惑の戦法を封じれば、おのずと勝利は見えてきます!」
 彼女が示したラインに向かって、柚乃がサンダーヘヴンレイを放つ。これによって妖鬼兵が吹き飛ぶと、鬼道験者の姿が見えた。後は楽なものである。刃兼とジェラルドの接近をアシストすべく、ジェーンはサリックによる銃撃で足止めを行い、接触を果たせば自らも一気に前進。狙うは鬼道験者である。
「チェックメイトです!」
 刃兼とジェラルドが妖鬼兵に対して煌かす刃の間を巧みにすり抜け、ジェーンは怨敵の前へ。敵は驚きからか奇声を発するが、彼女は容赦なくスタッキングを敢行。何もできなくなったところを、まずは無銘業物「千一」で胸を割き、さらに短銃の弾を浴びせた。
「皆様、今です!」
 ここに手ぐすね引いて待っていた北面軍が突入すれば、この戦闘もめでたく勝利となった。
 ただ、度重なる戦闘に晒されているため、フェンリエッタが精霊の唄で仲間たちを癒す。こういった連携もあり、この後も残党の討伐は順調に進んだ。

●才筆との戦い
 草崎兄弟が出現を予告した天狗が、南を向いた北面軍の真正面に出てきた。しかしあまりに露骨な登場で、さすがの紅も眉をひそめる。
「ま、何かあるだろうな」
 才筆と遭遇したことがあるという劫光(ia9510)は、おもむろに陰陽二刀小太刀を抜いた。そしてこちらも素直に、正面から歩み寄る。
「よう、才筆! 眼の調子はどうだよ!」
「おかげさまで、冷静さを保つにはちょうどよいわ」
 引き連れた仲間に指示を出し、北面軍を相手に戦闘を開始。自らも長棍を握り、劫光と対峙する。
「陰陽師の剣とは、また異なものよ」
 才筆は試しに突きの連打を繰り出すが、やはり武術は天狗が上か。劫光はやや押され気味で、その身に打撃を何発か受けてしまう。しかし反撃に出れば勇ましく、鋭い剣筋で才筆を翻弄。相手も舌を巻く。
「なるほど……命知らずというわけではないか」
「まだまだ!」
 劫光は追撃するが、特に変わり映えのしない攻撃に終始……しているように見せかけた。ここで最後の一太刀に爆式拳を挟み、すっかり油断した才筆に一撃を見舞うことに成功する。
「うお、ぐあっ!」
 武器が式によって爆発するとは、まさに想定外。才筆は思わず上空へと逃げ、まずは視界が奪われていないかを確認した。隻眼の才筆にとって、これは死活問題である。
 しかしそれを確認させてくれないのが、熟練の開拓者。椿鬼 蜜鈴(ib6311)がアークブラストで飛行の邪魔をすれば、ユウキ=アルセイフ(ib6332)はアイシスケイラルで動きの鈍化を狙う。
「天狗、か……以前の合戦の折りには、随分と世話になったものじゃて……本人とはいかずとも、礼はせねばなるまいて」
「ここは必ず食い止めて見せます」
 上空への逃げが難しいことを知ると、才筆は長棍を振りかざして他の天狗に対し、何らかの合図を発した。それが何を意味するかはわからないが、少なくとも敵は北面軍から離れようとはしない。
 これを見た破軍(ib8103)は獲物を構え、「いよいよか」と前に出た。霊剣と太刀の二刀流。まずは真打登場とばかりに、北面軍の前線を攻め立てる天狗に対し、まずはタイ捨剣によるトリッキーな攻撃で敵の虚を突く。
「さて、ひとつ、楽しませて貰うか……」
 豪快に地面を蹴り上げ、飛び上がったところから繰り出すキック。さらに袈裟切りと来れば、誰でも驚こうというもの。地面に叩き落とされた後は弐連撃でずたずたに切り裂かれ、後始末を兵に任せ、自らはゆっくりとした歩みで次の天狗を狙う。
「大将の首は取れずとも、指揮系統の麻痺させることはできるし、撤退の契機を生むこともできる」
 威風堂々の開拓者を足止めすべく、今度は2匹の天狗が破軍に襲い掛かるが、これは蜜鈴の格好の的。それぞれにアークブラストとアイシスケイラルをぶつけ、失速したところをまた破軍に攻められ……しまいには「打倒・才筆」を掲げる羅喉丸が準備運動とばかりに躍り出て、これを金剛覇王拳で粉砕。質で勝る才筆隊の精鋭を、徐々に削っていく。
 こうなると才筆も舐めてはいられぬと、劫光に苛烈な攻めを加えた。これを耐え凌ぐ劫光に対し、ユウキはレ・リカルでフォロー。これに劫光は内心笑みを浮かべる。この回復は才筆の目を欺くのには効果的すぎた。
「よろしい、お主では役不足であることを教えてやろうぞ」
 才筆は得意の多角的な攻撃で、劫光を翻弄し始める。それでも劫光は二刀だけを振るって応戦するに留めた。
 彼は天狗の腹の内を知っている。敵は自分に「術を使え」と誘っているのだ。確かに使わねば、ただ負けるだろう。むしろ使ったなら、勝ち目は大いにあるはずだ。しかしそれは今ではない。一気呵成に攻め立てることができるであろうその時が来るのを待つ。
 劫光は耐えに耐えた。そして才筆が右の枝へと移動する瞬間を見極め、突然として式を発動する。
「才筆、覚悟!」
「ははは、その手は食わぬ!」
「……誰がお前を狙うと言ったよ!」
 放たれた白狐が行く先は、才筆が次に使うであろう太い枝。得意の攻撃に転じ、何の仕掛けもなく時を過ごしたせいで、わずかながら死角に対する警戒に隙が生じたのだ。次の瞬間、才筆は足を踏み外し、地面スレスレまで下降する。
「ぬう、小癪な……」
 そのまま勢いよく上空へ飛び出そうとした才筆は、どうにも理解できぬ方向からの声を聞く。それはまるで、自分がここに来るのを待っているようであった。
 声の主は羅喉丸である。
「お前は天荒黒蝕より強いのか」
 この言葉は、才筆への問いかけではない。「今から確かめてやろう」という一方的な宣言であった。
 次の瞬間、気力と練力が入り混じったすさまじい衝撃波と共に、羅喉丸の猛撃が繰り出される。その術は「詩経黄天麟」、鋼鉄のごとき打拳の連打は泰練気法・弐の連続使用によるもので、もはや並のアヤカシでは太刀打ちできぬ技だ。北面軍の兵士、他の天狗でさえ、この瞬間は意図せず手を止め、奇妙な音を不規則に奏でる羅喉丸と才筆の方を黙って見つめた。
 そして、唐突に音が止んだ。技の使い手である羅喉丸は、なぜか肩で息をし、疲労困憊の表情で才筆に告げる。
「た、耐えたか……なかなかだな、才筆……」
「む、があぁぁ……」
 そう言いながら、羅喉丸はなんと地面に突っ伏した。一方の才筆も口から肩から瘴気が漏れ出るほどのダメージを受けており、もはやマトモに動けそうにない。
 この時、両軍が一気に動き出した。紅は大声で叫ぶ。
「これが羅喉丸の言ったマズい状況だ! 早く回収せよ!」
「才筆様を守れ! この場を退かねば!」
 戦場が騒がしくなるが、開拓者の意志は揺るがない。変わり果てた姿になった才筆を救おうとする天狗に対しては、蜜鈴がアイアンウォールで行く手を阻止。ここに破軍と羅喉丸救出のために動いていた北面軍が殺到し、足止めを図る。
「わらわの読み通り、かのう」
 これこそ最大の好機と踏んだ劫光は、才筆に毒蟲を用いて行動を阻害。
「あとは任せたぜ!」
 その声を聞き、麗空が結咲と共に登場。心眼「集」を使い、周囲の敵を念入りにチェックした後で巌流を用い、絡踊三操で傷ついた肩を抉るように突く。
「にげたカラス、ゆるさない〜!」
「ウゴ、そ、その声は……」
 その背後から結咲が忍び寄り、渾身の力を込めて背中を二刀で切り裂く。
「ぐはっ!」
「……ボクの、声、覚え、てる?」
「ぐおっ……あ、あの時の、女子、か……執念、深いな、なかなか……」
 それでも才筆はその場から逃れようと必死にもがく。しかし麗空が羽を使わせまいと、瞬風波で抉った後、なんと瘴気が立ち昇る背中に貼りついた!
「カラスはね〜、たべられるんだよ〜?」
 そう言いながら、麗空は本当に首筋に噛み付く。こうなっては、さすがの才筆も冷静ではいられない。とにかく少年を引き剥がそうと躍起になる。
「こ、こいつ……じゃ、邪魔するで、ないわ……!」
 小柄な麗空を振りほどくのは難しい。そこで才筆は勢いよくバックして、少年を魔の森の木に打ち付けて剥がすことを考えた。その作戦は功を奏し、麗空は「むーっ!」という残念そうな声を響かせながら、自分の背中からいなくなった。
「き、帰還できるかわからぬが……ひとまず、うぐ」
 自分の額に鋭い痛みが走る。次の瞬間、それがもうひとつやってきて、才筆から光を奪った。
「お前には言ってなかったな。俺はお前を、二度も逃がすつもりはない」
 声の主が輝郷だと知り、才筆は笑った。ただひたすらに笑い続けた。輝郷は何も言わず、霊剣「迦具土」を胸に突き立て、才筆を無に返したのだった。

●硬磁との戦い
 ユリアたち有力アヤカシと対峙する班もまた、すでに天狗との戦闘になだれ込んでいた。
 しかしアヤカシの引き抜きという役目であるため、手勢は才筆よりも少ない。現地で調達するという算段もあったのだろうが、開拓者との交戦状態になった後に出会える訳もなく、徐々に劣勢となっていた。
 後衛の早矢が矢を射かけ、ユリアと天斗が前衛に立ち、敵の反撃をニクスが捌く。この鉄壁の陣を崩せない以上、天狗に勝ち目はないのだ。
 今でこそ騎士の矜持に則って守備に徹しているニクスだが、反撃の際に秋水を用いれば、まさしく一刀の元に天狗を切り伏せることも可能である。しかし今回は徹底的にサポートに徹しているため、心眼を駆使し、敵の数なども丸裸にするなどの活躍が光った。
 残すは硬磁と天狗数匹となったところで、天斗が堂々と首領・硬磁の前へと出る。
「さァさァさァ! この鷲尾天斗が、大将首を貰いに来たぞォ! 首置いてけェ!!」
「ほほう、なるほどな。我が名は硬磁、いざ参る」
 硬磁は長槍をギリギリまで長く持ち、天斗の魔槍砲に備える。しかし彼は魔刃「エア」も持っており、遠近どちらも対応が可能。この切り替えの瞬間を狙うべく、羽も駆使して多角的に攻撃を仕掛ける。
 一方の天斗は、魔槍砲一辺倒。これ自体も遠近両用となるため、無理に魔刃は使わない。相手が飛ぶものだから、次第に距離が測りにくくなってきた頃を見計らい、硬磁はなんと長槍を投げる。
「くっ、洒落た真似すんじゃねェか!」
 無論、これをそのまま天斗に刺すつもりはない。長槍は地面に突き立てられただけ。次の一手はどうなる……ふたりの読み合いは激しさを増した。ところが突如、その横から天狗が吹き飛ばされてきて、あの長槍をどこぞへと転がしてしまう。
「あ、ゴメ〜ン。ちょっと邪魔だったのよね、それ」
 これを仕組んだのは、ユリア。硬磁は思わぬハプニングで、一瞬だけ動きを止めてしまう。これを見逃すほど、今の天斗は甘くはない。
「手柄首は頂きだなァ、オイ!」
 ボーク・フォルサーによる底上げに加え、間合いを詰めた後、二丁乱舞による槍と魔刃の同時攻撃でもって、硬磁の鎧はおろか瘴気を帯びた肉体をも打ち砕く。
「グガホァ! ふ、不覚を、取った……」
 しかし、まだ硬磁は健在であった。しかもさっさと踵を返し、ひたすら西へ西へと落ち延びようとする。
「逃げんのか、硬磁さんよォ! まだ手下が1匹いるんだぜェ? 武人っぽく喋る割にはずいぶんとらしくもねェな!」
「て、天荒様にお伝えすることが優先されるのだ。お主の論に聞く耳は持たぬ」
 これを聞いた天斗はおろか、ユリアたちも苦い顔をする。この手の判断が冷静にできるのは、さすが天狗といえよう。ユリアは北面軍の精鋭に対し、硬磁は追わないように提案。自分たちはあくまで中級アヤカシの撃破に集中する旨を改めて告げた。

●北面軍の勝利
 天狗を率いていた才筆が撃破され、硬磁も単独で逃走したことにより、北面軍はアヤカシ側の結託を阻止に成功。
 北面軍も順調に魔の森のアヤカシ残党を消滅させ、焼却に関しても滞りなく遂行した。しかし天狗の大将・天荒黒蝕はいまだ健在である。彼が本気で牙を剥くのは、はたしていつの日か。