【狂餌】多骸の甲を穿て
マスター名:村井朋靖
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/24 12:04



■オープニング本文

●序文
 熟練の開拓者ギルド職員の言葉。
『真実とは幻。今に至るまでの道程で手にした、小さくてたくさんの事実を再構築することで、真実はやがて姿を現すのだ』

●魔の森、突入
 幾度となく北面・佐竹村を襲った甲骸の部下「世国死相」を討ったとの報は、近隣に匿われていた村人たちを大いに喜ばせた。
 また時を同じくして、国境を越えた先にある東房も、合戦において長年国土を蝕んできた瘴気を振り払うという成果を得た。これでいよいよ、甲骸の進退は窮まったと言えよう。
 長く本件に携わってきた草崎兄弟の弟・草崎刃馬(iz0181)は、声高に「今が攻め時だ」と兄に訴える。
「甲骸を討つなら今しかない。背中から出てくる蛭や蛞蝓は小さくて厄介だが、部下と呼べるほど強くもない。強い酸を吐くこともわかってるんだ」
 あの薄気味悪い眷属の姿を思い出したのか、兄である草崎流騎(iz0180)の眉間にしわが寄った。
「兄上、何を考え込んでいる! 何か気になることでもあるのか?」
「確かに考えていることはある。が、今は早急に動くべきだ。刃馬、ギルドに連絡だ。魔の森に踏み込み、甲骸との因縁に決着をつける」
 刃馬は「待ってました!」とばかりに駆け出そうとしたが、兄はなかなか動こうとしない。
「お、おい、急ぐんだろ……?」
「ああ。しかし我々がこの状況を掴んでいるのなら、他のアヤカシも知っているはずだ」
 それを聞いた弟は「あっ」を声を上げ、兄と同じ表情を浮かべた。どうやら刃馬にも、彼の考えが読めたらしい。
「まさか、助け舟を出す奴がいるってのか?」
「今の東房は、アヤカシに不利だ。そんな状況で甲骸を自陣に引き込めるのなら、多少の面倒には目を瞑るだろう」
 面倒という表現を使ったが、甲骸が要求するのは新鮮な餌くらいだ。正直、どうとでもなる。
「となると……増援への対応も考えるべき、ってことか」
「お迎えの当てに心当たりはあるが、ここと手を組まれると非常に困る。だからその前に、甲骸だけでも倒すべきだ」
 そう言いながら、流騎は弟の肩を叩いて急がせた。そして外に出ると、鬱蒼と生い茂る森の木々に目をやる。
「連中は、頭が切れるからな。甲骸を招き入れるなんて、朝飯前だろう」
 だから今は、スピードを大事にしなくては。後のことは現地で考えよう。流騎はそう心に決めた。

●使者、来る
 一方、魔の森。
 草崎兄弟が目指す地点のわずか奥に、まだ甲骸は居座っていた。彼の機嫌は決して悪くないが、例の怠惰が顔を出したようで、佐竹村から撤退した後、何も考えずにボーっと暮らしていたらしい。
 そこに現れたのは、細身の鴉天狗。部下の数名を引き連れて飛来し、甲骸の前に出るとうやうやしく礼をする。
「これはこれは、甲骸様。お初にお目にかかります。我が名は才筆。ご覧の通り、天荒黒蝕様にお仕えしております」
 さすがの甲骸も、珍客の来訪に驚く。
「天荒様の部下がどうした?」
「今、東房の状況が芳しくなく、我々も苦慮しております。そこで甲骸様にご助力いただけないかと思いまして」
 世の中の情勢に疎い甲骸に対し、才筆は丁寧に状況を説明した。
「……というわけでございます。今に開拓者どもは、東房の魔の森を焼きましょう」
「それは面倒だな」
 一応の理解は示すが、明らかに興味なさげな返答をする甲骸。
「我ら天狗は、この領土を失うと困ります。甲骸様も餌を得づらくなるのは困りましょう」
 さすがの甲骸も佐竹村の反撃を憶えているのか、「それは困る」と呟いた。
「そこでご提案でございます、甲骸様」
「提案?」
「我らが領土においでくださいませ」
 甲骸は、魔の森を流離うアヤカシだ。彼に由来する土地はないので、移動そのものは苦にならない。それに天荒黒蝕は自分よりも格上のアヤカシだし、「従え」と言われれば従うのみだ。
 しかし、彼にはそれ以上のこだわりがある。餌の確保だ。
「来いというからには、それなりのもてなしはあるか?」
 才筆は「やはり、そうきたか」と心の中でニヤリ。
「もちろんですとも。今の甲骸様は、食事の調達にご不便をお感じの様子。もし私でよければ、お世話させていただきます」
 これさえ保証してもらえれば、もうこんなところに用はない。甲骸は「わかった」と、首を縦に振った。
「おお、それは助かります。それでは早速、我が領土へ参りましょう……」
 才筆がそう言いかけた刹那、南西の方角を探っていた部下が慌てて戻ってくる。
「どうした、騒々しい。甲骸様の御前だぞ」
 彼は狼の顔をした部下を戒めつつも、報告を急がせる。
「は、申し訳ございませぬ。しかし今、ここに開拓者たちが迫っておりまする!」
 それを聞いた才筆は、色を失った。彼は天荒黒蝕の名代であり、指示を全うする立場にある。もし道中で甲骸を失えば、天荒の信頼をも失ってしまう……ここから先は、予測も計算も効かぬ領域。まさに将としての才が問われる場面だ。
 まず、才筆は引き連れた部下に指示を出す。
「お前たちはこの場に残り、開拓者の足止めをせよ。これは東房の戦場での汚名をそそぐ好機ぞ」
 続いて、偵察をしていた天狗には、別の任務を告げる。
「お主には援軍の要請を頼む。甲骸様を領土へお連れするための大事な任務だ。とにかく急げ」
 彼は「承知!」と答えると、すぐさま北東に向けて飛んだ。おそらく、そちらに一団がいるのだろう。
「甲骸様は、私と共に北へ向けて移動いたしましょう。いざという時は戦いますので、お覚悟を」
 才筆がそういうと、甲骸はケタケタと笑う。
「何を言うか。そこまでして我が口元に迫るというなら、そやつの全てを喰らうまで」
「ははは、参陣前に手柄を立てようとは、まさにアヤカシの鑑でございますな。それでは参りましょう」
 才筆の案内で、甲骸は北へと動き出す。その場に残された天狗たちは武器を構え、敵の襲撃に備えた。

●黒き翼
 開拓者を導くようにして先頭を行く刃馬は、勝負服である緑の忍装束を風になびかせて走る。
「チッ! 兄上の読み通り、甲骸じゃない誰かがいやがる……」
 前方に立つ影がフワッと宙に浮かび上がると同時に、流騎が「やはり天狗か」と呟く。
「ここから先は、皆様にお任せします。存分に戦ってくだされ!」
「詳しい状況がまだ掴めねぇが、とにかく甲骸だ! 頼んだぜ!」

 甲骸、天狗、そして開拓者……佳境を迎えた戦いの火蓋が、切って落とされる。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
劫光(ia9510
22歳・男・陰
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
イデア・シュウ(ib9551
20歳・女・騎
秋葉 輝郷(ib9674
20歳・男・志
麗空(ic0129
12歳・男・志
結咲(ic0181
12歳・女・武
ミヒャエル・ラウ(ic0806
38歳・男・シ


■リプレイ本文

●行く手を阻む者
 魔の森に巣食う敵影を発見するや、秋葉 輝郷(ib9674)と麗空(ic0129)が距離を見計らって、心眼「集」で数を確認。
「アヤカシが4体、か」
「うん、あってるとおもうよ〜」
 それを聞いた劫光(ia9510)が「よし」と呟き、梟に模した人魂を飛ばした。敵が天狗と知り、すぐさま周囲に伝える。
「妖天狗2、狼天狗2の編成か」
 甲骸の追跡にあたるイリス(ib0247)は軽く頷いた後に指を二回鳴らし、同じく超越聴覚を使うミヒャエル・ラウ(ic0806)と連携。小声で即席の作戦を立てる。しかし『未来を建てる者』とも呼ばれるミヒャエルにすれば、これは造作もないことか。
 全員が人伝に作戦を聞き、しっかり把握したところで、劫光が天狗の前に躍り出て「ここは任せろ、先に行け!」と叫ぶ。
 それを見た妖天狗は、それぞれに真空刃を発動。劫光はこれを受けるが、その表情は曇らない。これに合わせて狼天狗がフワッと宙を舞い、別方向へ動くイリスたちを牽制しようとした瞬間、口元を布で隠したフランヴェル・ギーベリ(ib5897)がそれを制した。
「重装備の鎧武者が飛ぶとは思うまい」
 先に放たれた風は、ただの涼風。今、巻き起こるは流星の衝撃。天歌流星斬で1匹の翼を滅し、即座に地面へ叩き落す。体が地面を跳ねたところに、劫光が疾風の白竜を放てば、もはや勝負アリ。早くも1匹が片付いた。
 一瞬の出来事に戸惑う天狗を尻目に、甲骸追跡班が固まって動き出す。ところが、天狗の足止めする者もこれに混じって移動。敵の虚を突くべく、静かに背後へと回った。
「幻術は厄介なのでね」
 ミヒャエルが裏術鉄血針で、サポートに徹する妖天狗の目を潰す。そこへ麗空が躍り出て、絡踊三操で頭を殴った。
「わるいこは、バーンだからね〜!」
 声は聞こえども、姿は見えず。狙われた天狗はむやみに武器を振るうも、少年は木々を利用した多角的な動きで回避する。
「こ、小癪……うぐ」
 言葉半ばで、紅い炎のオーラに包まれた矢が胸を貫く。輝郷の弓術だ。その傷から瘴気があふれ、そのまま消え去った。

 輝郷は冷静に次の矢を番え、次の目標を狙う。とはいえ、天狗の足止めに残った開拓者は5人。敵はすでに2匹で、結果は火を見るより明らか。フランが手加減なしの飛翔を再び繰り出し、アタッカーを担う狼天狗から断末魔を引き出した。麗空は最後の1匹に向かって木の枝から飛び掛るが、相手は薙刀で防ぐ。
「カラス、とどめだ〜!」
 ここは自分が決めるんだと、麗空は攻め手を緩めない。そこにフランが鑽針釘を投げて決定的な隙を作ると、天狗はまた輝郷の矢の餌食となった。
「世話好きのアヤカシか。ま、いつまでも相手するつもりはない」
 彼の声を聞くべき天狗たちは、すでにこの場から消え失せていた。
 麗空は武器を脇に抱え、狼煙銃を上に構えて撃つ。これが行く手を遮る敵を倒した時の合図であった。

●追っ手の策
 友達の麗空が放ったであろう狼煙を見て、結咲(ic0181)は小さく頷く。そして天狗駆を使い、甲骸への道案内を依頼された草崎流騎(iz0180)と草崎刃馬(iz0181)についていく。
 兄・流騎は「そろそろか」と、あらかじめ用意した血臭い瓶の蓋を開いた。これは甲骸を留め置くための策として用意されたが、はたして効果はあるのだろうか。弟・刃馬は結咲から狼煙銃を預かり、甲骸発見時に上空へ放つ役目を任された。

 追跡班本隊からやや距離が開いた頃、ついに奇妙な2人組の背を発見。甲骸は見紛うことなき特徴的な姿なので、刃馬はすぐさま狼煙銃を上空に向けて撃つ。
「兄上! しばし遊んでやろうぜ!」
「あちらさんも、それなりに楽しんでくれるといいんだがな」
 彼らの任務は、あくまで時間稼ぎ。甲骸の触手が届かない範囲から火遁や雷火手裏剣を放つというアイデアは、今こちらに向かっている麗空の提案だ。適度なチョッカイ、火を織り交ぜた攻撃、ほのかな血の香り……これらが甲骸を虜にする。
「おお、最上の餌だ。これは喰らわずにはおれん」
「甲骸様。こやつらの狙いは、あなたです。十分にご注意くだされ」
 腹ペコで興奮した甲骸が、格下である才筆の諫言を聞き入れる訳がない。天狗も「この場の戦闘はやむなし」と考え、錫杖を手に邪魔なシノビへと向かう。
 ところが、その目前にふっと結咲が現れ、二刀を振りかざした。
「キミに、足止め、の……邪魔、させない」
 才筆は「おのれ!」と突きを連打。しかし天狗駆のおかげもあり、少女の足は止まらない。結咲は敵の注意を惹きつけるため、あえて初手で荒童子である程度のダメージを負わせた。
「貴様ら、最初から甲骸様を狙って……!」
 しかし、結咲は首を横に振る。
「……ううん。キミも、倒す、よ。みんな、護る、為に」
 それを聞いた才筆は、改めて攻め手を思案する。
 足止めするということは、部下はやられたと考えるべきだ。しかし彼らの狙いは、あくまで甲骸。少女が自分を付け狙うのは、自分が甲骸に加勢するのを防ぐため……
 そこまで読んだ彼は、徹底的に結咲を狙うことにした。甲骸とはあえて連携せず、しばらく様子を見る腹である。
「女子、覚悟せよ」
 才筆は跳躍や飛行を駆使し、より立体的な動きで結咲を翻弄。的確な打撃をその身に何度か食らわせたが、肝心の少女は怯む気配がない。相変わらず木々を利用し、淡々と天狗へと向かっていく。才筆は彼女の本質を知るわけもないので、ただ単に付き合う格好となったが、後にこれが尾を引くことになろうとは想像だにしていなかった。

●援軍来る
 追跡班は、狼煙銃の地点をあえて迂回する形で到着した。
 磐石の後衛を務める柊沢 霞澄(ia0067)は傷ついた結咲を見るや、すぐさま白霊弾を放って才筆を妨害。少女に体勢を整えるタイミングを与える。
「ここから先は、お任せください……」
 そう呟いた後、もう一発白霊弾を撃ち込み、天狗の虚を突く。霞澄の隣にはイリス、目前にはイデア・シュウ(ib9551)が控え、アレーナ・オレアリス(ib0405)は、すでに甲骸との間を詰めていた。
 その前に、イリスが先制。額のサークレットを介して『怠惰なる日常』を奏で、それを甲骸に向けて響かせる。普段から面倒が嫌いな性格という評判なので、イマイチ外見からは判断しにくいが、効果は得られているようだ。戸惑うイリスを見て、イデアは「ああいう奴なんだ」と解説した。

 囮を引き受けた草崎兄弟もさすがに無傷では済まず、鞭のような触手攻撃をその身に受けていた。それでもまだ足止めができているのは、これまでの経験を活かした作戦のおかげだろう。しかし、到着直前に眷属たる蛭や蛞蝓が甲羅から出てきたせいで、安全な距離が無力化され始め、徐々に追い込まれていた。
「お待たせしました。今ここで、甲骸との禍根を断ってみせましょう」
「た、助かったぜ! 兄上、俺たちは小物の退治に専念しよう!」
 そう言うが早いか、アレーナは自分に迫る脅威をハーフムーンスマッシュで一気に蹴散らし、そのまま魔槍「ゲイ・ボルグ」を操り、距離を置いて攻撃。甲骸がこれを引き抜かんと触手を伸ばすが、逆に殲刀「秋水清光」で斬りつけられた。
「うぼぉ! やりよるわ……」
「この白薔薇は、何者にも染められぬ気高き花」
 アレーナは悠然と立ち回って見せるが、これはもちろん計算の上。北進を続けていた甲骸の行く手を阻むべく、常に北を背にして攻撃を仕掛ける。
 歌のせいで覇気を失っている甲骸は、懲りずにまた眷属を使うが、これまたハーフムーンスマッシュの餌食に。貴重な時間の浪費を気にした才筆が、大声で甲骸にそのことを伝える。
「甲骸様、これだけ新鮮な餌が揃っているのです。すべてを喰らってから、悠々と合流を果たしましょうぞ」
 これは才筆にとって、大きな賭けだ。また援軍が来るとするならば、今のうちにこの5人を片付けないと状況的に詰んでしまう。悠長にお食事されても困るが、今は甲骸という実力者を本気にさせるしかない。吉と出るか凶と出るか……天狗は結咲の攻撃を避けつつ、最善と思われる手を打った。

 この言葉に、甲骸は俄然やる気を出した。そしてアレーナに素早くも重いタックルを繰り出して後ずさりさせ、一気にイデアらの元へ突進。イデアはペンタグラムシールドを構えつつ、前へ。オーラファランクスの効果を発揮し、攻撃に備えた。
「こんな状況ではあるけれど、自分はやる気ですよ」
 この場面は、まさに騎士冥利に尽きる。そんな彼女に対し、甲骸は眼前でジャンプ。全身で圧殺しようとするが、うまく盾で受け流される……が、これはあくまでフェイク。その後で無数の触手が鞭のようにしなり、華奢なイデアの体を容赦なく叩く。いくらかは盾で防いだが、一撃が重い。さすがは賞金首と言ったところか。
「イデアさん……!」
「大丈夫です。霞澄様、イリス様は下がって……やるな、甲骸。しかし、必ず戦い抜く!」
「活きがよすぎるのも考え物だな。少し弱らせるか」
 甲骸は距離の縮まったイデアとアレーナに触手で攻撃し、その体力をわずかずつ削り取っていく。ネチネチした嫌らしい攻撃は、時間が経てば効いてくるだけにバカにはできない。イデアは再びスキルを発揮するも、わずかにダメージを受けてしまう。
 才筆もこれをチャンスと踏んで、とっさに結咲に幻覚をかけようとしたが、そこは武器を弓に持ち替えたアレーナの射撃に阻まれ、惜しくも未遂に終わった。

●その絶望は
 甲骸はここぞとばかりに眷属を大量に這わせ、後衛の霞澄とイリスをも狙おうとする。ここで草崎兄弟が後衛のサポートに周り、水際で接近を阻止するが、イデアとアレーナの手も止まってしまった。周囲に硫酸の匂いが充満しつつある。
 ここに流星が、再び輝きを放った。それは最後の援軍が到着したことを意味する。
「ぼげぁ!」
「やはり、まだ援軍がいたか!」
 合流前に梵露丸を食べて練力を回復したフランが、一瞬のうちに甲骸の左肩をバッサリと斬りつけた。さらに回転切りで蛭や蛞蝓を片付ける。
 怒った甲骸は触手でフランの頬を強く叩くと、少女は射るような目で敵を見やり、即座に切っ先が分身する柳生無明剣を連続で放つ。次の瞬間、奇妙な悲鳴が魔の森に轟いた。
「むぼぎゃあぁぁ〜〜〜!」
「こ、甲骸様!」
 甲骸討伐が脳裏によぎり、才筆は結咲を蹴飛ばして救助を試みるが、その翼に一本の矢が刺さる。これはアレーナではなく、輝郷が葛流を使って放った矢であった。
「邪魔はさせない」
 彼の持つ弓の射程は非常に長く、才筆では手出しができない。少し思案する敵に向かって、結咲が足を切りつけた。また攻めてくるのかと才筆は身構えるが、少女はあっさりと甲骸に向かっていく。
「し、しまった!」
 結咲が才筆を執拗に狙ったのは、あくまで役目を果たすため。それが輝郷と交代になった今、執着する理由はどこにもない。甲骸に向かう敵の数を増やしてしまった才筆は、思わず唇を噛んだ。

 一方、劫光は本当に才筆しかいないかを人魂で確認。イリスら後衛にも話を聞いて確信を得た上で、甲骸に向かって氷龍を放つ。
「道は作る。行けっ!」
 同じタイミングで、イリスが今度は『泥まみれの聖人達』を歌い、味方を鼓舞する。
「さあ、時はきた。勇者ここに集いて闘いに臨まん! 剣をとり、亡き人の無念、ここに晴らしましょう!」
「やかましい〜〜〜!」
 甲骸が眷属を出しつつ暴れ出したかと思えば、ミヒャエルが番天印で螺旋を繰り出す。それはアヤカシの口に強烈な鈍痛を与えた。
「よく喋る口だな。少し黙ってもらおうか」
 そこへ道を開くべく、オーラファランクスで固めたイデアがアヘッド・ブレイクで甲骸の目前へ。眷属の接近を阻みながらも、怨敵に一撃食らわさんと隙を伺う。
「そろそろ決着をつけなければいけませんね」
 甲骸はまた頬を狙おうと振り上げた触手を見切り、イデアはグレイヴソードの効果を発揮。さらに気力で威力を上げた一閃を振り抜く。
「はぁーーーっ!」
「ぶげっ!」
 イデアを狙った触手は見事に切断されると、瘴気となって消え去る。
「勘違いしてたみたいだけど、喰らい尽くされるのは、お前の方です」
「ナメクジ! もう、にがさないっ! お〜し〜お〜き〜!!!」
 麗空はダメージの大きい左側に向けて瞬風波を食らわせ、自身も勢いよく突進。そして連結した絡踊三操による平突をぶつけ、ついに甲骸を仰け反らせた。
「こーもり、いま〜!!」
「麗空、ありがとう……キミは、ここで、ボク達が、倒す、よ。逃がさ、ない……」
 なんと友達の肩から三操の上を軽やかに走り、敵の急所まで接近。霊剣には荒童子を乗せて振り下ろし、忍刀には霊戟破を乗せて切り上げる。
「うごおおぉぉ〜〜〜!」
 甲骸は巨躯の左側を庇うように引くと、甲羅の削れた部分を覗かせた。これを見た劫光は、絶好機に今一度、白狐をぶつけようと動く。
「また会ったな、甲骸。今度こそキッチリ引導を渡してやる! 抉れ、疾風の白竜!」
 以前とまったく同じ状況、そしてまったく同じ結果……甲骸の悲鳴は、悲嘆はおろか怨嗟をも含むほど、ややこしくなっている。
「うごあぁがあぁぁ! がはぁ、ああ……」
 大きく傷ついた左側からも、二度抉られた甲羅からも大量の瘴気が吹き出ている。ここにまだ、白薔薇の騎士が攻撃を加えるというのだ。その手には、秋水清光が握られている。
 ここに至り、開拓者の誰もが、いや才筆までもが、じっと甲骸を見つめた。
「甲骸、覚悟!」
 オウガバトルによる白きオーラを身に纏い、さらに聖堂騎士剣によって強化された刀が、甲骸の崩れる左側に突き刺さった。
「ムボ! ウ、ウゴアァ……」
 そこは徐々に塩化していくと同時に、他の部位は瘴気となって形を崩さんとしている。甲骸の最期だ。
「も、もはやこれまでか。開拓者、勝負は預けた」
 才筆は甲骸に注目が集まるのを狙って逃走を図るが、輝郷ほどの者がそれを見逃すはずがない。渾身の一矢は右目を貫き、才筆の視界を奪い去った。
「うぐっ! む、むぅ。こ、この傷は、戒めとして残しておく、か……」
 天狗が逃げ去ると同時に、甲骸は音もなく崩れ落ちた。その場に残されたのは、一握の塩だけであったという。

●甲骸討伐
「終わりましたね……」
 霞澄は味方の傷を閃癒で回復した後、そう呟く。その言葉に、誰もが深く頷いた。そこには笑顔もある。

 長きに渡り、北面と東房の国境付近の村を恐怖に陥れた上級アヤカシ「甲骸」の討伐は成った。