|
■オープニング本文 ●序文 数多の遺跡に挑み続ける、隻眼のサムライの言葉。 『長く生きただけでは、人として輝けない。命短くとも、精進すれば必ず輝く』 ●敗者の運命 佐竹村から撤退を余儀なくされた山賊団だが、その逃走劇は悲惨の一言に尽きる。 なんとか生き残った山賊も、自分がいずれ首領である世国死相や甲骸の餌にされるのは明白。ひとりが意を決し、隙を見て離脱を試みようとするも、それを機敏に察知した死相がナイフを投げる。 「ぐはっ!」 心の臓を貫かれた離反者は、その場に倒れこむ。あっさりと絶命できたのが、唯一の救いか。 「そこの者、それを拾って来なさい。甲骸様に捧げます」 さっきまで仲間だった者を担げと言われても、さすがに戸惑いを禁じえない。その人間らしさが、その弱者の躊躇が、アヤカシの死相には気に入らなかった。 その刹那、死体がもうひとつ増える。ドサッという鈍い音を立て、死体の上に死体が覆い被さった。 「さっさとやるのです」 残された部下は心の底から怯え、生きた熱を失いつつある仲間を背負った。 死相の性格を考えれば、山賊の運命はさほど変わらない。今日死ぬか、明日死ぬか……それほどしか差はないが、冷静な判断のできない今、彼らはただ従うしかなかった。 とはいえ、死相の心中も穏やかではない。信頼を置く自分、死相をひとり失っており、甲骸に差し出す餌も圧倒的に不足。明らかに状況が悪い。 『ここは、甲骸様を言いくるめるしかないようですね』 彼の姿からわかるように、死相は甲骸から生み出された存在ではない。両者はあくまで主従であり、利害が一致した者同士なのだ。主従はアヤカシとしての格、利害は餌となる人間の部位が違うが故に成立している。 そんな彼は、先ほど殺害した山賊を「佐竹村から得た人間」に偽装し、甲骸を現地に引っ張り出す作戦を計画する。死相に残された手段は、もはやこれしかなかった。 ●甲骸、動く 「甲骸様を佐竹村に向かわせる? それは難儀ですねぇ」 魔の森の潜伏先で甲骸の世話をしていた死相は、露骨に嫌そうな顔をした。しかし同じ顔をした男の事情を聞けば「仕方ありませんね」と言うしかない。 「見張り役の死相が倒れたので、今頃はアジトが空になっているでしょう」 「餌の代わりもないなら、もはや攻めるしかない、ですか……」 ふたりの死相は腹を決め、甲骸の説得に当たることにした。 「甲骸様、此度ご用意したものは、佐竹村なる土地より用意した上等な餌でございます」 山賊の武装を剥いだだけの人間を、上等な村人として献上する。無論、これはウソだ。 ところが、食わず嫌いをしない甲骸は、これを食い散らかしながら「上等?」と尋ねる。 「同じ顔が同じように言うと、なんとなくそう思えてくるから不思議だな」 周囲には、奇怪な音が響く。 「願わくば、甲骸様に佐竹村までご足労いただきたく……」 「ん? なぜ、ここまで持って来ん? 死相よ、約束が違うぞ?」 ふたりは「やはりそう来たか」と心中で呟く。 実は甲骸、異様なまでの面倒臭がりで、滅多に自分から動こうとしない。何を勧めても「気が乗らん」の一言で済ますほどの出不精なのだ。 「いえ、此度は趣向を変え、我々の捕らえた活きのいい人間を召し上がっていただきたいのです」 「今回の餌は特別ではございますが、いささか鮮度が落ちておりますので」 平然と嘘を並べ立てる死相に言いくるめられ、ついに甲骸は「今回だけだぞ」と頷く。 「よかろう。死相、佐竹村へ案内せい」 うまく口車に乗せた死相だが、こうなると彼も「ある覚悟」を迫られる。甲骸を連れて歩くとなると、もはや一蓮托生。どこにも逃げ場はなくなる。うまいこと事態が転ばない限り、危険な綱渡りは永遠に続くのだ。嘘の上塗りがバレても同じ。もし甲骸の怒りを買えば、死相いえども命はない。 『しかしそれでも……開拓者どもに復讐せずにはおられぬ』 死相は大きなリスクを背負い、再び開拓者との戦いに挑むのであった。 ●追跡者 草崎流騎(iz0180)は捕らえた山賊を連れ、彼らのアジトである洞窟へと足を踏み入れた。しかし、時すでに遅し。死相はおろか、生き残った山賊の姿さえ見つからなかった。 奥に設置された座敷牢に敷き詰められた畳を見て、流騎は不意に嘆息する。 「ここに里々の人間を入れていたのか。さぞ怖かったろうに」 今は松明の火で照らされているが、各所に明かりを灯す場所があった。普段は明るかったと思われる。 その近くに、立派な装飾の施された椅子が佇んでいた。ここで死相は、皆の恐怖を喰らっていたのだろう。流騎は目を瞑り、静かに首を横に振った。 彼が想像することに疲れ、いったん洞窟の外に出た。そこへ、弟の草崎刃馬(iz0181)が駆け寄る。 「兄上、そいつが言ってた場所に大八車があった。もう二度と使えないように、念入りに壊しといたぞ」 「よし。では、改めて問おう。お主らが分け入るという魔の森の方角は、ここからどの方角になる?」 流騎が山賊に問えば、相手は縄で縛られた手を上げ、指で「こちらの方向です」と答える。 「えっと、佐竹村はこっちだから……」 それに併せて、刃馬が村を指差す。この3点は、1本の直線では結べない位置関係にあった。 「これだと、魔の森から村に行く方が距離は近いか? その辺の距離感はどうだ、お主にはわからぬか?」 再びの問いに、山賊はゆっくりと頷く。 「へぇ、魔の森から村に向かう方が近道かと」 それを聞いた流騎は「わかった」と答えると同時に、刃馬が推論を語った。 「死相は、ここに戻らない。行くなら、佐竹村だ。素敵な御仁を連れてな」 「しかし甲骸は、目撃例の少ない賞金首。初遭遇の際、餌を求めて移動しているようだったとの記録がある」 「最近まで死相が人間を届けてたんだよな? とすると、出不精か?」 「餌を求めて彷徨うのが面倒と感じるような奴を連れ歩けば、死相もただでは済むまい」 流騎は思案の末、結論を導き出す。 「死相はまた、佐竹村を襲う気か?」 それを聞いた刃馬は、思わず「げっ」と叫ぶ。山賊は遠慮がちに「あり得ますね」と答えた。 「もしかすると、皆さんのことを恨んでいるのかも……」 「おいおい、今度は甲骸がいるかもしれないんだぜ? どっちも来たら、村がめちゃくちゃになるぞ!」 「同感だ。村へ戻ろう。里の者を避難させなければ」 とっさに踵を返す流騎だが、それと同時に気が重くなった。甲骸ほどのアヤカシが相手となれば、村の破壊は避けられない。思わず山賊を縛る縄を持つ手に力が入った。 「兄上、こればっかりは悩んだって仕方ない。命あっての物種だしな」 弟の励ましに、流騎は大きく頷く。 「ああ、そうだな。死相と佐竹村の因縁、断ち切れればよいが」 今回も頼みの綱は開拓者だ。彼らの力なくして、この戦いは征することはできない。第三幕は終結の時か、それとも…… |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
イデア・シュウ(ib9551)
20歳・女・騎
秋葉 輝郷(ib9674)
20歳・男・志
麗空(ic0129)
12歳・男・志
結咲(ic0181)
12歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●壱班の罠 無人となった佐竹村から少し離れた場所で、地面を掘る乾いた音が響く。開拓者たちは最悪の来訪者・甲骸を出迎えるべく、落とし穴を用意。これで行く手を阻む作戦を執った。 「よし、深さはこれくらいでいいか。しかし甲骸とやら、どうにも気に入らないアヤカシだ」 甲骸の手配書と仲間の話を確認した劫光(ia9510)の率直な感想に、秋葉 輝郷(ib9674)も「そうだな」と同調した。彼は道々集めた廃材にヴォトカを染み込ませ、これを穴に投げ入れる。 「はい……ヴォトカ。これで、いいん、だよね?」 罠作りのお手伝いには、結咲(ic0181)も参加。輝郷の指示に従い、仕込みの終わった枝を穴へポイと投げ入れる。 「最後に葉ぶりのよい枝を被せれば完成だ。あとは頼む。俺は火矢の準備をする」 輝郷は少し離れた場所に座ると、準備したさらしを破る。それを鏃に撒き付けた。さらに口の大きい瓶にヴォトカを流し入れれば準備完了。 「劫光、火種は頼んだ」 「ああ、抜かりないぜ」 罠の準備が整った頃、麗空(ic0129)は草崎兄弟に狼煙銃を手渡し、詳しい作戦を伝える。 「これをね〜、上にうつんだよ〜」 兄の草崎流騎(iz0180)は死相の、弟の草崎刃馬(iz0181)は甲骸の偵察と監視を任された。死相発見時は青、甲骸発見時は赤、さらに甲骸の動きに異変があった場合は白で狼煙銃を撃つ。 そんな危険な任務に行く前に、柊沢 霞澄(ia0067)が念のため、ふたりに加護結界を施す。 「加護は一度だけ……なので、無理はダメです……」 兄が「お心遣い、感謝します」と応えると、霞澄は「何もなくても定期的に戻ってきてくださいね」と念を押す。ふたりが戻らない場合、何か起こっていると判断するためだ。 「了解だ。こっちは任せな!」 弟の刃馬がそう言いつつ、兄と顔を合わせると、音もなくその場から消えた。 ●弐班、先陣 草崎兄弟を送り出した霞澄は、弐班の元へ戻る。こちらは世国死相の撃破を目的とするチームだ。 しかしメンバーが集まると、実に華やか。陰陽師のアッピン(ib0840)は「佐竹村の未来を守る女性陣ですわ」と微笑んだ。 「村の地形や建物の配置は把握しました。ここに陣取れば壱班とも合流がしやすく、地の利も活かせます」 彼女が選んだ場所は、村で二番目に大きい広さを有する空き地。周囲に民家があるが、見渡しはよく、地の利を活かすには絶好の場所といえる。 「あとは騎士様にお任せです」 そしてここには、ふたりの騎士がいる。白薔薇の麗人こと、アレーナ・オレアリス(ib0405)。そして白銀のエルフ、イデア・シュウ(ib9551)。彼女らが幾人とも知れぬ死相に立ち塞がる盾となる。前衛はアレーナ、後衛はイデアと、すんなり配置が決まった。アレーナはイデアの瞳を見て「よろしくお願いします」と一声かけ、緊張をほぐした。 突如、青い狼煙が打ち上がる。弐班の面々は武器を構え、まずは草崎の帰りを待った。 「おいでなすった! 死相の数は2!」 当初の手はず通り、発見したのは兄・流騎。報告を伝える最中にナイフを投げられたが、これをうまく回避。霞澄が施した加護のおかげだろう。 「私は後方の確認が済んだら、弟の援護に回ります!」 「流騎殿、後はお任せください」 アレーナは刀と魔槍を持ち、敢然と死相の前に立ち塞がる。 「世国死相ですね。世に人を仇なす愚妖、天に代わって成敗して差し上げましょう」 この言葉に、死相は同時に不敵な笑みを見せる。 「そんな大言を吐く人間が、心の底から恐れる様をぜひ堪能したいものです……フフフ」 どちらが大言になるのか。まずは言葉を吐いた死相が直剣を抜いてアレーナと対峙、もうひとりが両手にナイフを構えて後衛に牙を剥く。イデアはオーラシールドで投擲を確実に受け流すべく前に出た。 「今回も懲りずに、また来たってわけですか」 双方の接近で距離が縮まり、ナイフはイデアにしか向かない状況に。これを確実に弾き、騎士剣を振るえば、敵も獲物を抜く。 「よろしい、かかってきなさい」 ふたりの騎士、ふたりの死相。これを分断するように、アッピンは結界呪符「白」で壁を立てる。 「誰がふたり同時に相手するもんですか。さっさと各個撃破しちゃいましょう」 「精霊力集積……精霊砲、術式展開……精霊さん、力を貸して……」 霞澄の撃ち出す攻撃は、あまりにも苛烈。死相は感じたことのないであろう衝撃を受け、思わずよろめく。その背後に白壁が迫った。 「くっ、こういうことですか……っ!」 早くも自分の劣勢を思い知るが、もはや引き返せない。死相は守りを固めるイデアに対し、叩きつけるように剣撃を放った。 ●甲骸、現る 弐班の戦闘が始まったものの、壱班はその場を動けない。もし甲骸が弐班を奇襲を成せば、すべてが水泡に帰す。誰もが赤い狼煙を待った。その間、劫光は人魂を使い、周囲の警戒に余念がない。 そこへ死相を発見した流騎が戻ってきた。彼は「死相はふたりで間違いない」と伝え、弟の援護に回ろうとしたその時…… 「あー! あかいの、パーン!」 麗空が空に向けて指を差す。周囲が明るいうちの出現に、結咲は「よかった、かな……」と呟いた。 ところが、刃馬の帰還は恐ろしく早い。どうやら一度戻ろうとした時に発見したようだが、驚くなかれシノビの癖に悲鳴を上げていた。 「おい、あんたシノビだろ! なんで叫んでんだ!」 劫光は叱責しつつも、そちらに人魂を向かわせる……が、次の瞬間、顔が強張った。 「あ、穴を掘って接近してたんだよ! 今度は陸に出たら、木々を使って迫ってくんだぞ! 普通は驚くだろ!」 劫光が見た甲骸は素早くはないものの、立体的な移動で刃馬を追跡。途中まで地面に穴を掘っていたとは、確かに想像しにくい。鞭のようにしなる手は、たまに刃馬の背中を叩いた。 輝郷は神弓「八幡」に矢を番え、麗空と結咲には松明の準備を指示する。それに火を灯すのが劫光の役目。不死鳥の羽根を使えば、あっという間に準備が整う。 「刃馬、最後は飛び越えろ!」 罠の存在を知られてはマズイので、刃馬にだけ伝わる形で合図を出す。彼も手はず通りに穴を飛び越え、おもむろに後ろを振り向いた。すると、甲骸が巨体で押し潰さんと宙を舞っているではないか! 「んげえぇぇぇーーーっ! ……なーんちゃって」 しかし甲骸の着地点は、皆が苦労して作った落とし穴。すさまじい勢いで落下した甲骸は、思わず「ムグワァー!」と叫んだ。 「今だ、火を放て!」 輝郷の合図で松明が投げ入れられると、落とし穴は炎に包まれた。 「ボワァー! こ、これはぁーーー!!」 「甲骸、お前はしばらく黙ってろ」 劫光が輝郷の用意した矢に火をつけると、彼はまだ燃え広がらない場所に火矢を放ち、甲骸をさらなる灼熱地獄へと誘った。 「草崎殿、監視を頼みます。俺たちは死相を片付けます」 「こちらはお任せを!」 壱班は行動の自由を得て、弐班の助太刀へと向かう。この間も甲骸は穴の中で暴れ続けていた。 ●死相討つべし 一方の弐班だが、戦闘は優位に進んでいた。 アレーナは華麗な足捌きに加え、刀と魔槍の長短を駆使した戦法で死相を寄せ付けない。ならばと、死相が壁を迂回してもうひとりと合流を目指すが、白薔薇は天狗礫を放って間合いを詰めてくる。今のアレーナは、まるで舞踏会の注目を浴びる踊り手のようだ。 敵の連携を絶ったと知るや、アッピンは黄泉より這い出る者を発動。死相に対し、死に至る呪いを浴びせる。 「ご、ごはっ! こ、この女ども……只者ではないっ!」 「そんなことないですよ。わたくしは味気ない戦闘しかできない女です」 妖艶の陰陽師は、さらに黄泉より這い出る者を浴びせ、死相を苦境に追い込んだ。そこへ守勢に回っていたイデアが、突如アヘッド・ブレイクで急接近。騎士剣「グラム」に流し斬りを乗せて、全力で急所を狙う。 「自身の恐怖、あの世で味わえ!」 死相の胸を貫いた剣は、勢い余って地面へと突き刺さる。 「ぐおお……ぶはっ……!」 アヤカシは淡い瘴気を吐いたかと思えば、地面に倒れこむ。しかしその前に、形を崩して消え去った。 後衛がひとり片付けたのを知り、アレーナが「次はあなたの番です」と武器を構え直す。 そこへ壱班が援軍として、ふたりの左側から駆けつけた。麗空が心眼「集」を使ったおかげで、思ったより早く到着。死相と初対面となる劫光は、挨拶代わりに白狐を放つ。 「喰らい尽くせ、疾風の白竜!」 白き竜は死相の肌を斬り、体の内側から破壊を促進。後方からは輝郷が常に葛流を乗せた弓で牽制し、その隙に麗空と結咲が間合いを詰めた。 「また、きたの〜? なんかいきても、ダメだよ〜っだ!」 「麗空の、いう、とおり……ボクは、きみ、許さ、ない」 ふたりの信念は、苛烈とも言うべき攻撃にも現れた。 麗空は絡踊三操に巌流を乗せ、死相の背中や足首などの死角を狙う。小柄な体格を活かして敵を翻弄する様は、もはや「麗空さえも絡踊三操の一部」のよう。一方の結咲は、剣と刀で応戦。麗空と連携しつつも、隙あらば霊戟破を駆使し、懐に入って薙ぎ払う。 「ぐは! な、生意気な……」 死相は苦し紛れに剣を振るうが、いつの間にか麗空が攻撃を弾いている。 「……ほら、ボクは、こっち、だよ」 ふたりの連携に手を焼いているところに、アレーナが渾身の突きを放った。トドメは幼子に任せるつもりらしい。 「今ですわ。麗空殿、結咲殿」 「わるいのは、ぜーんぶバーンってするよー!」 白壁を蹴って横っ飛びした麗空は、頭上から絡踊三操を振り抜く。これまで一度として手加減はなかったが、今回は渾身の一撃。死相の脇腹を抉ると、体がくの字に曲がった。 「……わるいこは……さよなら、だよ」 結咲は地面を蹴り、再び懐へ入る。再び霊戟破を纏わせ、まずは忍刀「啄木鳥」を腹に突き立てた。 「ぐはっ……! お、おお……」 その感触を知るや、スッと刀を引き抜き、すぐさま霊剣「荒霊」を逆手に持って斜めに斬る。死相の崩壊はその傷から始まり、しばらくしてその姿を完全に失った。 ●甲骸の逆襲、そして 完璧な手応えを得た結咲は、死相の最期を確認せず、天狗駆を使って甲骸の元へと走り出した。あそこには守るべき人がいる。 「甲骸、ですね……急ぎましょう……」 霞澄は皆と共に、罠を張った場所へと急ぐ。そこには、今まさに罠から抜け出ようとする甲骸の姿があった。 「いいタイミングだ。奴さんのお出ましだぜ!」 刃馬がそういうと、焦げたような匂いと異様な煙を纏わせた甲骸が全員の前に姿を現す。 霞澄は前衛に立つであろうアレーナ、イデア、そして麗空と結咲に加護結界を施した。その間、劫光は人魂で様子を伺っていたが、すぐさま甲骸の異変に気づく。 「手配書通りだ! 背負った殻から無数の蛭が出てくるぞ!」 甲骸がもっとも厄介なのは、手駒となるアヤカシを身に纏わせている点だ。しかし知性はなく、ただヌルヌルと開拓者を目指すのみ。アレーナは道を作るべく、魔槍「ゲイ・ボルグ」によるハーフムーンスマッシュを放つ。 「甲骸への道は、私が切り開きますわ」 白薔薇の騎士が蛭の掃除をすると同時に、イデアが盾を構えつつ前へ。ところがまたしても蛭が湧いて出た。それに加えて、甲骸が左右の手を鞭のように動かし、開拓者の接近を阻んでくる。 「くっ、これでは接近できない」 この触手に掴まれぬよう、イデアは必死に立ち回る。その間も足元に蛭が接近するが、そこは麗空が対応。 「うげぇ〜、きもちわる〜」 少年は瞬風波で蛭を退治し、文字通り道を再度作った。蛭が後衛にまで押し寄せると厄介なので、麗空と結咲が懸命に潰す。 これを見たアッピンは甲骸の右前方に陣取り、結界呪符「白」をやや前方に発動。近くにいた劫光と共に姿を消すが、彼女はすぐさま脇から出てきて、甲骸に黄泉より這い出る者を打ち込む。 「ぐうの音も出せないように攻撃です」 これに怯んだのを見て、アレーナは一気に前進。走りながら天狗礫を一点集中で放ち、厄介なぬめりを削り取る。そして武器が届く範囲に到達すると、オウガバトルを発動。白きオーラに包まれた騎士は、聖堂騎士剣で作り出した急所への攻撃を仕掛けた。 「私の重んじる騎士道は、決して邪悪に屈しません」 強い意志をも乗せた殲刀の斬撃、魔槍の一突き。それは甲骸の肩を焼き、しまいには塩と化して爛れ落ちる。 「グオオオォォォ……さすがは新鮮な人間、活きが違うわ……」 アレーナの放った一撃は、確かに重かった。しかし、それでも甲骸は食いっ気を見せる余力がある。イデアは蛭を切りながら、そして踏みながら前に出て、アレーナの護衛を務める。 弓を使う輝郷は、火矢で応戦。甲骸にとって、火は長く足止めを食った要素であり、これを警戒しての動きが目立った。先ほどの白壁で甲骸の背後へと回っていた劫光は、これを好機と判断。背にある殻へ向け、白狐を放つ。 「削り取れ、疾風の白竜!」 頑丈とされる殻に向けての竜牙は、意図せず敵の隙を突く格好となった。無数の骨で強化された殻だが、その一角を削り落とすことに成功。またそれによって仰け反ったところを見ると、術そのものも効いているようだ。 「よし、これならいける。甲骸、死相の後を追わせてやろう!」 「む? 死相らがやられた? それは面倒だな……」 劫光の言葉を聞いた甲骸の起こした行動は、まさに「意外」の一言。彼は「もう佐竹村に用はない」とばかりに、さっさと魔の森へ向けて逃げていく。行く手を阻む格好で立っていた劫光には目も暮れず、何度か手をぶつけようとして「邪魔だ」とアピール。彼がそれを避ければ、相手の都合などお構いなしに帰っていく。 開拓者も死相からの連戦で甲骸を討伐できるとは思っておらず、奇しくも利害が一致。それでも、劫光は甲骸の行き先をギリギリまで人魂で確認し、アッピンも部下の蛭を酒瓶に捕らえ、次に繋がる何かを得ようとした。 ひとまず、佐竹村の安全は確保された。霞澄は連戦で傷ついた仲間を閃癒で治療し、全員の無事を素直に喜ぶ。 「本当に……よかったです……」 輝郷も「死相を片付けられたのは大きい」と頷いた。こうなると、次は甲骸か。劫光は魔の森へ向かった方角を草崎流騎に伝え、生き残った山賊の証言と突き合わせて、最近の根城を絞り込む。 「なるほど。さほど遠くない場所に、奴は潜んでいたのか」 「甲骸の手の内もわかりましたし、次はいよいよ……ですかね」 イデアの言葉に、アレーナも凛とした表情で頷いた。 甲骸の居場所を突き止めた今、次は討伐か。決戦の時は近い。 |