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■オープニング本文 ●序文 愛を歌う吟遊詩人の言葉。 『知らないことは幸せである。忘れることは救いである。ずっと憶えていることに比べれば』 ●闇の途中 北面と東房の国境付近に位置する山中に、地獄へと繋がる洞窟の入口が存在する。 ここは昔、名のある山賊団が拠点として設置した場所だ。その奥には、堅固な座敷牢まで備えている。 これは山賊にとって、必要なものだ。いわゆる「裏社会」にも掟は存在し、そこから逃げを打つ者を捕らえ、必要な処置を行うことで、彼らも彼らなりに生き延びてきたのだ。その手段は想像したくもないが。 そして今も、この洞窟には山賊は確かに存在し、善良な者たちから搾取を続けていた。 折を見ては山間の村へと繰り出し、自らが生きるための食糧を存分に奪い、挙句の果てに村人まで連れ去る。 山賊は一人ひとりに目隠しを施し、歩けない者がいれば大八車に乗せたり、時には背負ったりして丁寧に運ぶ。道中で移動にもたつくことがあっても、決して危害を加えられることはなかった。実は食糧よりも贅沢な扱いなのだが、彼らはそれに気づけない。 村人の行き先は無論、座敷牢だ。ここは無駄に広く、30人を閉じ込めてもまだ余裕がある。詰め込めば50人は入れよう。ここで半数の者は目隠しを外され、残りはつけたままでの生活を強いられる。 山賊の首領「世国死相(よのくに・しそう)」は、集められた人間を見て、思わず舌を舐めずる。彼は座敷牢の盛況ぶりを見る時が、一番楽しい。 「今日も活きのいい人間が手に入りましたねぇ……ククク」 スラリとした立ち姿に、端正な顔立ちをしたナルシスト。しかしその瞳は、混濁した紫に染まっていた。それはまるで、瘴気が渦巻いているようにも見える。見た目は完全に人間だが、正体は定かではない。 「これ、そこの無能。座敷牢には今、何人おる?」 死相は、自らの手下を「無能」と呼んだ。相手は反論するどころか背筋を正し、直立不動で答える。 「は、はっ。い、今は、24人かと……」 それを聞いた死相は「チッ」と舌打ちする。その瞬間、周囲が水を打ったかのように静まり返った。 「6人ほど足りませんねぇ。明日までにキッチリ用意してください」 「し、しかし! 手近な場所にある村は、ほとんど襲った後でして……」 その言葉を聞いた座敷牢の者たちは、恐怖に慄く。この先、自分たちはどうなってしまうのか……想像に難くないあたり、さらに具合が悪い。洞窟内にざわめきの声が響いた。 「言い訳は結構。足りないなら、あなたたちで補いましょう」 「は? は……ぃ?」 手下は耳を疑った。足りない分を手下である山賊で補うなんて、まずあり得ない。彼は無礼を承知で、慌てて問い質す。 「お、お、お言葉ではございますが、我々は一生懸命、死相様にご満足いただけるように働いて……」 「確かに私は山賊の頭領を八つ裂きにして、あなたたちに従うよう要求しました。しかし大人しく従っているからといって、命まで保証するつもりは毛頭ありません。働きが悪ければ、相応の扱いにしますよ」 死相の淀みない言葉に、さすがの山賊も血の気が引いた。 「いいですねぇ、その震え。とても甘美な味だ……今すぐにでも牢に入れてやりたいところですが、まぁ約束は守りましょう。いいですか、明日までに6人揃えなさい。最低でもね」 目隠しのない村人たちから、文字通り「刺すような視線」を浴びながらも、手下は「ははーっ」と恭しく礼をし、慌ててその場を立ち去った。 死相はそんな無能の姿を見て、不機嫌そうに「フンッ」と鼻で笑うと、不意に座敷牢へと視線を移す。 「あなたたちは、今から震えてなさい。それが仕事です、ククク……」 洞窟の主人は混濁の瞳を輝かせ、人間たちに恐れるよう命じた。彼は大仰な椅子にどっかりと座り、それを存分に味わうために目を閉じる。そう、これが彼の食事。人々の恐怖こそが、世国死相の生きる力。 「ここが終着駅ではないのです。魔の森までは健やかに生きてください」 ●窮鼠を刺す 死相の力に屈服した山賊も、ここへ来て窮地に追い込まれた。明日までに6人以上を誘拐しなくては、見知った顔が座敷牢に叩き込まれてしまう。 しかし、今回の山村襲撃からまったく間が空いておらず、もし行動を起こせば、事が露見してしまう危険があった。 「あと6人を得るのは、正直難しい。今回は凌げても、次はないだろう」 もはや、生きる道はない……仲間たちに動揺が走った、その刹那。 「ならば、いっそ奉行所に見つかればいい」 ひとりの男が奇策を口にした。わざと捕まることで「我々は死相に操られている」と自白する機会に賭けよう。そう語った。だが、いずれにせよ、これも命がけだ。ただ、今の状況よりも希望がある。これに賭けたいという気持ちが広がった。 「いけませんねぇ、そういう相談は」 地獄耳とはこのことか。突如、森の中から姿を現した死相は提案者の頭を小刀で貫く。その断末魔は洞窟内にまで響き渡り、人間は等しく悲鳴を上げた。 「ひっ、ひいーーーっ!!」 「今回はひとりの戯言として見逃してあげましょう。しかし、次は皆殺しですよ?」 「は、はいっ! も、申し訳ありませんっ!!」 「あなたたちの命はいつもこの私、世国死相の手の内にあるのです。それを心しておきなさい。さぁ、さっさと行くのです」 山賊たちは恐怖に駆られ、ろくな策も持ち合わせず、のこのこと人間のいそうな場所へと向かった。 それを見送る死相も愚かではなく、この先の展開を思案し、あごに手をやる。 「ふむ。手駒が足りなくなると、人間の輸送手段に手間取ってしまい、いささか面倒になりますねぇ……さて、この先どうしますか」 ●露見 ところが、山賊の懸念はとうの昔に露見していた。 当初は「山村から村人が消える事件」として調査を行っていた諏訪のシノビ・草崎流騎(iz0180)の手によって、開拓者ギルドへと報告が為されていた。 「山賊が食糧を奪いに山を降りてくるというのはよくある話だが、同時に誰ひとり傷つけずに誘拐するというのは珍しい。それもここ最近は頻発しているという。これは絶対に何かある」 この説明には、ギルドの職員も納得の表情で頷く。 「なるほど。この事件、アヤカシ絡みでなければいいのですが……」 流騎はあまり感情を込めず、淡々と語る。 「ま、アヤカシ絡みだろうな。国境に近い村から順に襲撃されていると仮定すると、次はこの村が狙われる。ここは必ず阻止したい」 そのためには開拓者の力が必要だ。この村の防衛はギルドに正式な依頼として承認され、掲示板に貼り出される。 「さて、いったい何が出てくるのやら……」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
月野 魅琴(ib1851)
23歳・男・泰
イデア・シュウ(ib9551)
20歳・女・騎
麗空(ic0129)
12歳・男・志
結咲(ic0181)
12歳・女・武
ミヒャエル・ラウ(ic0806)
38歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●準備万端 開拓者たちは、次に山賊の餌食となる村へ到着した。その風景は平凡というか、長閑な山村である。 ここが敵に襲われると、いったいどうなるのか。月野 魅琴(ib1851)は、調査を進めていた草崎流騎(iz0180)に尋ねる。 「誘拐された村は、いかなる状態だったのですか?」 「神隠しに近い。ついでに食糧も消えたが」 「なるほど……村人は無傷ですか」 普通に考えれば、利口な山賊ではない。それを聞いたミヒャエル・ラウ(ic0806)は「ふむ」と呟き、村全体を見回す。彼は今、ここを一望できる高い場所を探していた。 「敵の数がわからない現状、まずは向こうの陣容を把握したい」 その言葉に、柊沢 霞澄(ia0067)が小さく頷く。 「人を攫う目的が何か気になります……老若男女問わないとすると、人身売買等の線は薄いですし……」 彼女の推論が自分の思考と近いとわかると、ミヒャエルは一言だけ返す。 「中級か、上級アヤカシ絡みかと」 もし当たっていれば、面倒な話だ。イデア・シュウ(ib9551)は、騎士剣の柄を握り締める。 「どの程度の戦力かはわかりませんが……歯応えがあればいいですね」 彼女は強い言葉を発し、自らを鼓舞する。常に前を向く強さと不敵な笑みに、山賊はどう対するか。 村人たちは「明日は我が身」の自覚があり、開拓者たちの呼びかけにすぐ応じた。 小さな用心棒・麗空(ic0129)と結咲(ic0181)が、村人から避難場所に適当な場所を聞き出し、そこへの引率を開始する。ミヒャエルも適当な場所を見つけ、見晴らしを確認しつつ警備。万全の体勢で村人を見守った。 彼らの行き先は、大きな納屋。最近はあまり使ってないらしく、周囲に草も生えており、身を潜めるには最適だ。この時点では山賊の襲撃はなく、まずは一安心。麗空は「ふー」と息をついた。 「んと〜、ココなら……だいじょうぶ〜?」 村人から「大丈夫です」と返事が来ると、次はもっとも広い場所を尋ねる。ここに山賊を集め、包囲しようというのが今回の作戦だ。 「それなら、村長の家の前ですね。寄合に使ってますので、広さも足場も悪くありません」 青年がそう答えると、結咲がコクリと頷いた。 「……皆を、護るよ。だから、ここに、いて……?」 言葉は少なくとも、気持ちは十二分に伝わる。年老いた村長は「心得ました」と答え、絶対に外に出ないよう注意を促した。そして納屋に置いてあった農具を持つように指示。自衛の準備も万全だ。 麗空は絡踊三操を折り畳んで風呂敷に包み、結咲は桃木剣を袖に入れて隠すと、今度は広場への道筋を決める。ふたりは村の子供を装って、山賊を所定の位置に追い込むのが役目だ。 「こーもり、どっちからいく?」 「……右から、回る、よ。麗空は、左、ね」 囮になるふたりがどう動くかを聞き、他の3人も潜伏先を決める。イデアは陽動から外れた山賊を叩くため、納屋に近い位置に潜伏。霞澄と魅琴は敵を包囲するため、広場の近くで待機となった。 「よろしい。それでは山賊を待つとしようか」 最後にミヒャエルは作戦通りに動くことを確認し、それぞれが持ち場へと散った。 ●逃げる、追う 死相にせっつかれ、山賊は罠の待つ山村へと近づく。無論、マトモな策など持ち合わせていないので、偵察もおざなり。村人がいるとわかれば、即行動に移すほどの安直さだ。 「いいか、食糧は後から取りに来ても構わない。まずは村人を攫え」 リーダーがそう言うと、仲間たちも静かに頷き、いつもの段取りで動き出した。 まず発見されたのは、麗空。もちろん、山賊には「普通の子供」と認識された。 「よし。子供に大人の居場所を聞いて、手早く済ませるか」 敵にとっても、今回の誘拐はリスクが大きい。今後につなげるため、最低限となる6人を攫う手はずで動き出した。強面の男は前に出ず、ここは甘いマスクの男が声をかける。 「ね、そこのボク。村の大人はどこにいるかな?」 「こっちきちゃ、ダメ〜」 麗空は少し後ろへ下がると、山賊は「しっかり者だね〜」と言いながら前へ。後ろの強面も笑いながら、少年の側面に立とうとする。囲まれることに注意を払っていた麗空は、さらに距離を離した。 「ええ〜! オジサンね、悪い人じゃないよ。だから、お話だけでも聞いてほしいな〜?」 「……えっと……にげる〜」 まったく取り合わないどころか、村の奥へと逃げる麗空に対し、山賊も逃がすまいと追いかける。このまま少年を泳がせても、大人のいる場所へ導いてくれるかもしれない。過去にそういうことがあった。だからこの場では、自分たちの正体はまだバラさない。 「いち、にー、さん……おじさん、さん!」 麗空が追っ手の数を調べているとは知らず、山賊はニヤニヤしながら「そうだよ、3人だよ〜」と愛想を振り撒くのだった。 一方、結咲は納屋の右側で鞠遊びをしていると、堂々とした足音をキャッチ。そして、遠くから迫る山賊をじーっと見つめた。 「あ、怪しい者じゃないんだ。ちょっと道を聞きたくてね」 「……こわい、ヒト。いや……きらい」 繊細そうな少女を前に、さすがの山賊も言葉に詰まる。後ろの男は、思わず「こりゃ面倒だぞ」と呟いた。 「は、話をするのはさ、君じゃなくていいんだ。村の大人をね……」 「誰、か……」 結咲は後ろを向くと、さっさと歩き出す。天狗駆も使っているので、悪路でも問題ない。山賊は少女の怯え方が尋常ではないので、追跡するにも少し距離を置いた。 こうして、珍妙な鬼ごっこが始まった。 麗空も結咲も、道半分までは順調に山賊を引き連れてくる。どちらも追っ手が増え、いつの間にか5人ずつの構成になっていたが、この状況はミヒャエルに筒抜け。彼は埋伏りを使っており、発見される危険は極めて低い。 「リーダーにあたる人物が見当たらないが、攫う目処がついたら出てくるということか」 その時を見逃さぬよう、彼は偵察を続けた。 ふたりの子供が少しずつスピードを上げ、いよいよ合流地点へと迫る。臆病な性格を装ったおかげもあり、山賊も途中で手荒な真似をすることはなかった。どちらの応援も合流する際に、何とも白々しく臭い芝居を演じて不自然さをカモフラージュしたが、道の向こうから見知った顔が近づいてくると、その両方が露骨に困った顔を浮かべる。 「あれ? 今日はなんか道を聞く人、多いねぇ〜」 「きっと行商の一団だな。あちらさんも大変だねぇ〜」 それでも麗空はイヤイヤ、結咲はフルフルと首を振る。だが、子供2人を山賊10人で囲むことができれば、もう下手な芝居をする必要もない。ついに麗空と結咲は、山賊の包囲網に捕まった。 「こっちきちゃ、ダメだよ〜?」 こうなればもう、山賊どもは遠慮しない。それどころか手笛を鳴らし、奥の仲間にも合図を送った。人攫いの始まりである。 「さぁ、大人の居場所を教えてもらおうか。手荒な真似はしたくないんだ……」 そう言いながら、今まで隠していた獲物を出そうとする。だが、それは麗空も同じ。彼は銀色に輝く三節棍を器用に操り、巌流を駆使した一撃で足元を穿つ。 「わるい子には、てんばつっ!」 後ろに控えていた山賊は「子供の手習い」と侮っていたが、攻撃を食らった者は骨身に染みる打撃に苦悶の声を響かせた。 「ぐ、ぐぎゃあーーーっ! こ、こいつ、ただのガキじゃねぇ!」 残りの面子も急いで身構えるが、一手遅い。今度は結咲が、桃木剣の柄で手近な者の足を強打。一見すると軽い身のこなしから繰り出される技だが、その威力は折り紙つきだ。 「ぐがっ!」 子供たちは2人の足を止め、次の敵を狙う。しかし囲みを破るには、敵の数が多い。山賊は減った数だけ、その囲みを狭めることで対応した。しかし、これがいけない。目に見える状況だけを鵜呑みにした罰は、すぐに下った。 ●お縄頂戴 ここから先は、開拓者の独壇場だ。 潜伏箇所からさっそうと魅琴が現れ、山賊の囲みを後ろから崩すべく、水吟刀で一人目の足を払う。そしてすぐさま運足と背拳を用い、反撃に備えた。 「き、奇襲だとっ!」 「バッ、バカめ! さっき援軍を呼んだのを知らんのか!」 青年はあごに手をやって微笑みながら、まずは余裕で敵の一閃を避ける。背後からの攻撃も軽くいなし、そのまま手斧を持つ山賊の手を狙って鋭い蹴りを放ち、これを命中させた。 「無傷の誘拐とは……最初は人身売買かと思いました」 今度は文字通り「返す刀」で、背後の敵の脇腹を刺し貫す。山賊は吐血しながら、魅琴の声を聞く。彼は志体持ちだったらしく、致命傷とはならなかったが、もはや自由に動くことはできない。 「が、違いますね。老人はあまり需要があるとは思えません」 話が核心を突いているからか、残された山賊はそれをかき消すかのように奇声を発しながら小刀を振り回す。彼は再び能力を活性化させることでダメージを最小限に食い止めると、敵を水面蹴りを放って地面に転ばせ、着物の裾に刀を突き立てた。 「ひ、ひーっ!」 魅琴は冷ややかな笑みで山賊を見下しながら、意味深に言い放つ。 「……彼らこそが、食糧なのですか?」 彼の片眼鏡に映るのは、怯えた愚かな男の姿だった。魅琴は「もう一押しですね」と呟くと、囲みの内側で奮闘する仲間に目をやる。 奇襲の効果は絶大で、敵は戦意を失いつつあった。あと一押しで村の安全を確保できる。 しかし麗空は、山賊を逃がすつもりはなかった。わずかに後ろへ下がった敵に向かって、容赦なく瞬風波をぶつける。 「にげちゃ、ダメー!」 狙われた男は派手に転ぶが、そんなことは言ってられない。腕の力だけで地面を進もうとするが、そこには結咲が待っていた。 「……キミは、悪い、ヒト。だから……逃げちゃ、だめ」 小首を傾げる仕草こそ子供だが、その思考はすでに立派な開拓者だ。 山賊は改めて、自分の性根が腐っていることを思い知らされるが、今さら変われる訳もないので、今は一縷の望みを持って逃げる。 だが、少女の覚悟はその上を行く。 「それでも、逃げる、なら……斬らな、いと……」 その迷いなき声に絶望を覚え、男は抵抗をやめた。 残った敵は、後ろに控える霞澄の神楽舞「縛」によって満足な動きができないまま、子供たちに打ちのめされた。 「投降してください……このままでは貴方達も危険です……」 巫女の呼びかけに応じ、山賊は援軍を待たずして降伏を申し出た。彼らはひとり残らず捕縛される。 それを待ち、霞澄は戦いに挑んだ者たちの治療を愛束花で行う。その様子は、まるで彼らの成果を花束で祝福するかのようだった。 ●援軍、来ず 時は少し遡る。 仲間からの合図で「人攫いの段取りが整った」と確信したリーダーは、部下2人を引き連れ、誰に遠慮することなく村の中を走っていた。 「ぐは! うごっ……」 ところが突如、部下のひとりが倒れ、首筋から血を流して絶命。リーダーは直刀、部下はナイフを抜いて慌てて振り返る。 そこにはイデアの姿があった。 「弱い人に用はないですから」 彼女はアヘッドブレイクで迫り、体当たりで敵を転倒させ、そのまま命を奪ったのだ。その時、敵の持っていた刃物が当たって腕を切ったが、その傷は浅い。 まさかの闇討ちに動揺するも、部下は「てめぇ!」と言いながら、イデアに襲い掛かる。しかし騎士剣が二度も煌けば、彼も仲間の後を追うことになった。 最後に残ったリーダーは志体持ちの手練と思われたが、死角から放たれたミヒャエルの裏術鉄血針で目を潰されると、イデアが一気に間を詰め、流し斬りを利き腕にぶつけて勝負あり。隙だらけとなった敵の首筋に、すぐさま冷たい剣先を突き出す。 「ぐおっ!」 「少しでも動けば、あなたの命はありません」 イデアが凛とした声を響かせ、ミヒャエルが厳しい現実を突きつける。 「山賊が来ることは予想済みだ。村の周辺にも、さらに伏兵がいる。諦めて降伏した方がいい」 山賊とはいえ、相手は一団を率いるリーダー。すぐさま「降伏する」と伝え、仲間の身の安全を懇願する。その様を見て、ふたりは「自分の推測が当たっている」という予感を得た。 ●死相のその先 広場には、生き残った山賊が集められた。敵の数は、全部で13人。そのうちの5人が命を失ったが、それを咎める者は誰もいない。 「……人をころしちゃうと……じごくに落ちるんだよ〜? ……って、ババがいってた」 戦闘での手加減が苦手な麗空は、育ての親の言葉を口にする。 「……おじさんたちも……リクといっしょにじごく行き〜?」 山賊、特にリーダーはハッとした表情になり、口を真一文字に結んで首を振る。 「違う。お前は絶対、地獄へは行かないよ」 地獄に行くのは、俺たちで十分……彼がそう呟くと、麗空は「ふ〜ん」と答えた。そして彼は心眼「集」を使い、周囲の警戒に専念。友達の結咲もまた、懸命に音を探る。 ミヒャエルはリーダーの言葉が出たタイミングで「正直に吐けば、命は助ける」と前置きし、奇妙な誘拐の目的を聞く。 「我々の首領は、世国死相を名乗る男だ。俺たちの任務は人攫いであって、食糧の強奪はまったく関係ない」 「つまり、死相なる人物が満腹を満たすために、人攫いを命じているということですね……」 霞澄はイデアの腕の傷を癒しながら、この話を聞いている。 「死相は捕らえた人間を座敷檻に入れ、数日経った後に、魔の森へと運び出す」 ここで、ミヒャエルは「ふむ」と頷く。彼は「志体持ちを部下にしているのは、それが理由か」と分析した。 「まさか、死相のさらに上がいるのですか? いったい誰が?」 話の先を読んだイデアが、リーダーを問い詰める。彼は痛む目ではない何かに震えながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「甲骸という、人間の生き血を啜るアヤカシです……」 「や、藪を突いたら、賞金首が出てきたか。何ともゾッとしない話だ」 流騎がそう言うと、魅琴は「大食らいなのも納得がいきますね」と微笑んだ。 「ということは、死相はこの名前が出るのを阻もうと、近くまで来ているかもしれませんね」 「な、何だって?!」 魅琴の推測に、山賊たちは大いに動揺した。この反応に「まだ何かある」と踏んだミヒャエルは、最善の策を用いる。 「ここまで話したと知れれば、命はない。よし、命を助ける約束は果たそう。だから、すべてを話せ」 その後は関を切ったかのように、どの口からも死相の悪事が白日の下に晒された。 「フン。あの子供さえいなければ、無能の口を封じられたものを……」 魅琴の読み通り、死相はこの村まで来ていた。しかし麗空と結咲の監視に阻まれ、リーダーを引導に渡すことができず、自分はおろか甲骸の存在まで明らかにされてしまった。 「ククク……よろしい。近いうちに仕返しをしましょう」 死相は木の陰に隠れ、そのまま拠点へと戻っていく。 賞金首との死闘が、今まさに幕を開けようとしていた。 |