イケメン、飼います。
マスター名:村井朋靖
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/12 05:28



■オープニング本文


 神楽の都で、美形の若年男性‥‥巷で「イケメン」と呼ばれる者たちが、忽然と姿を消していた。
 そのほとんどが周囲に何も告げず、数日後に失踪が判明するため、彼らの行き先はようとして知れない。奉行所にも捜索の届出があったが、いかんせん日が経っており、有効な手がかりが掴めぬままであった。
 この話がどのようにして伝わったのかは不明だが、浪志組の耳に「厄介事のひとつ」として届く。
 伝え聞いたのは、佐久間 虎政(iz0228)。隊士よりイケメンについての講釈を聞いた後、何かのついでにこの件について尋ねるように指示した。
「イケメンはともかく。都には、好事家も多い‥‥気にはなる」
 いらぬ騒動は、早めに収めてしまうが一番だ。彼女の脳裏に、東堂の顔がよぎる。あのようなことは、もうたくさん‥‥そんな気持ちもあったのだろう。その思いを受け、隊士も熱心に聞き込みをした。

 その結果、浪志組は有力な手がかりを得る。
 とある飯屋の給仕が、急に「仕事を辞めたい」と申し出た翌日、煙のように消えたという。野菜市場の界隈で店を営む主人が、そう証言した。
 さっそく虎政は数人の隊士と奉行所の役人を連れ、仕込み前の店へと足を運ぶ。主人は「これはこれは」と言いながら、奥にいた女性に来客に茶を出すように伝えた。その刹那、少しだけ寂しい表情を見せる。
「ご主人‥‥?」
「ああ、いけませんいけません。茶を出すのは、いつも彼の仕事でしてな」
 役人は「お察しします」と答え、気を紛らわすためにも、状況の説明を請うた。
「彼には、病気のおっかさんがおりましてな。若い頃から熱心に働いて、稼ぎを薬にしとったんです」
「孝行息子ですね」
 隊士がそういえば、主人も「ええ」と頷く。手元に茶が来たので、一口啜った後に言葉を続けた。
「ふうっ。それで‥‥最近、とても稼ぎのいい働き口があると聞いたそうで。それで、うちを辞めたいと言ったんです。そりゃ、満足な銭をやれてませんが、長いこと一緒にやってきたんでね。それじゃあ、しばらく休むってことにしようじゃないかと伝えたんです。結局、返事がないまま、翌日に消えまして‥‥」
 その場に集った者たちは、しばし顔を見合わせた。その表情は一様に暗い。手がかりとなる情報が、あまりにも少ないからだ。
「ご主人。彼は普段どこに行ってたとか、そういうのは聞いてませんかね?」
 隊士が苦し紛れに尋ねると、主人は膝をポンと叩いた。
「おお、そういえば。彼は深夜に仕事を終えると、必ずここで握り飯を作って、ちょっと行った先の広場でそれを食うんです。家に帰ると、おっかさんが寝てるので、いつも外で食ってると言ってました」
 これが謎の失踪を解く鍵になるようだ。役人と虎政は「開拓者ギルドにも助力を願おう」という方向で一致する。
 理由は簡単だ。この事件、どうにもアヤカシの匂いがプンプンする。話を聞いた面々は、機敏にそれを感じ取ったのだ。
「うん‥‥大丈夫。後は任せて」
 虎政は主人の肩に手をやり、彼の無事を約束する。だがこの時、彼女はとんでもない計画を弾き出していた。


 神楽の都から南東に4日ほど歩いた森のど真ん中に、場違いにも程がある豪勢な屋敷がドーンと建っている。
 外見はあばら家だが、内装は豪華。その居住性は、神楽の都にある貴族の屋敷も顔負けだ。ただ、どこに行っても薄暗く、無為に不安を掻き立てる。ここに失踪したイケメンたちが囲われていた。彼らは大金と美貌、さらに魅了の術によって、まんまと誘拐されてしまったのである。
 ここの主人は2人‥‥その容貌は、まるで双子の姉妹だ。その正体は「夢魔」。彼女らは自分好みのイケメンを探しては屋敷に誘い入れ、極上の恐怖を心行くまで堪能している。
「うふふ、今日もいい感じに怯えてるわねぇ。いいわよ、今日からは妹のアタシが、まとめて可愛がってあげるわ♪」
 彼女はご機嫌な表情で、毎日の挨拶代わりにそう言うが、実はとてもアヤカシらしい残虐性も併せ持つ。
 姉妹に飽きられたイケメンは、もれなく大広間に控える恨み姫の巣窟・通称「大奥」へと叩き込まれ、不条理な愛を押し付けられながら殺されるのだ。恨み姫も定期的に贄が来るのを知っており、いつしか「来訪者=慕い人」と認識するようになっているのだから恐ろしい。
 たとえ片方の気まぐれでイケメンの数が減っても、もう片方が交代で神楽に行っており、またイケメンを連れてくるから問題ない。つまり飯屋の青年は、深夜にひとりでいるところを夢魔の片割れにたぶらかされ、そのままさらわれた‥‥というわけだ。

 この理不尽なハーレムは、永遠のものかと思われた。
 しかし、肉食系アヤカシ美女の館に、あるシノビの姿が。開拓者ギルドから依頼を受けた草崎兄弟の兄・草崎流騎(iz0180)である。
 虎政は話を聞いたすぐ後から、計画を実行に移した。神楽の都に囮を用意し、これを誘拐させて足取りを把握。アジトが判明すれば突入し、イケメンたちを救出する予定だった。
 ところが外を見張っていると、もう1匹の夢魔が出てくるではないか。虎政は計画を変更し、彼女を神楽の手前まで誘い出し、屋敷の様子を聞き出してからの突入することにした。その間、囮の流騎は危険に晒されるが、背に腹は替えられない。虎政は夢魔の討伐に参加する弟の草崎刃馬(iz0181)に「済まない」と詫びを入れるも、相手は実にあっけらかんとしていた。
「ああ、大丈夫だよ。兄上は女性に免疫がないから。いい感じに恐怖してると思うぜ」

 弟の読みは、正しかった。
 流騎は誘惑に対していちいち大仰なリアクションを取るもんだから、すっかり夢魔のお気に入りになっている。しばらくは「大奥行き」を命じられることはないだろう。
「リューキくんだっけ、うふふ‥‥今日もしっかりウブなんだからぁ〜♪」
「ちょ、ちょっと! そ、そんなに密着しちゃダメ! ふ、不健全ですっ!」
「まーた、こんなに顔を赤くしちゃって‥‥たーっぷり、遊んでア・ゲ・ル♪」
 彼は周囲の目を気にしながら、早く救出に来てくれることを望んだ。
『じ、刃馬の奴! 何が「兄上じゃないと囮にならない」だ! も、もう、限界だっ!』
 本人の認識は現実から大きくかけ離れていると知るのは、はたしていつのことだろうか。


 屋敷の周辺に、開拓者たちが集った。夢魔の姉は虎政らが倒し、あとはイケメンの救出だけ‥‥楽園の崩壊は、近い。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
アーディル(ib9697
23歳・男・砂
明神 花梨(ib9820
14歳・女・武
カルマ=V=ノア(ib9924
19歳・男・砲


■リプレイ本文

●宴の前に
 夢魔の姉を倒した佐久間 虎政(iz0228)は、暗い森の中で獲物を置き、ふうっと長く息をついた。
「あと1匹‥‥」
 その傍らには、浪志組の隊士と奉行所の役人が控える。そこへシノビの草崎刃馬(iz0181)が戻ってきた。
「裏口でもあれば助かるんだがな」
「残念、正面にでっかい入口が見えるだけだ。あそこしか入るしかねぇよ」
 役人の期待を裏切る返事をした刃馬は、ばつが悪そうに頭を掻く。
 しかし救助を担う開拓者にしてみれば、こんなのはよく聞く話。久々に虎政と顔を合わせた羅喉丸(ia0347)は、無事の帰還を心から喜ぶ。
「さて、積もる話は後だ。刃馬さん、超越聴覚は使えますか?」
「悪りぃ、準備してきてねぇんだ。期待を裏切ってばかりで、すまねぇ!」
 さすがに二度のリクエストを阻んだのは良心が痛んだか。刃馬は手を合わせ、必死に許しを乞うた。
「いえいえ、構いませんよ。神は刃馬殿をお許しになります」
 神々しいまでのスマイルでフォローするのは、エルディン・バウアー(ib0066)。そんな輝くイケメンのご尊顔を見たカルマ=V=ノア(ib9924)が、仕事前の一服を吸い込みすぎて、盛大に咳き込む。
「ゲフゲフッ‥‥ったく。よくやるなぁ、アンタ」
 カルマの咳が落ち着かないのを見てか、明神 花梨(ib9820)が背中をさする。
「なんや、けったいな事件やな。イケメンさんに目がないみたいやけど‥‥イケメンってなんや?」
 そう言いながら、彼女は視線をアーディル(ib9697)に向ける。彼もなかなかハンサムだ。花梨は「こーゆーことなん?」と尋ねるが、当の本人はあっさりと否定する。
「俺はイケメンじゃないよ」
 しかし、魔槍砲「アクケルテ」を準備する姿はなんとも様になっている。イケメンは何をやってもカッコよく見えるのか。花梨は続けて、もう一人の注目株なキース・グレイン(ia1248)に注目する。
「なろほど、こういうことか!」
 納得の表情で手をポンと叩くが、すぐさまエルディンに「キース殿は女性ですよ」とツッコまれた。こうなるとイケメンの定義はますます見えてこない。花梨は必死に考えた。
「じゃあ、一ヶの麺ってことなん? それとネギって?」
「ネギはさておき‥‥麺ってことは、ラーメンか?」
 刃馬がトラウマを回避しつつ答えると、花梨は狐の耳をピンと立てた。どうやら答えにたどり着いたらしい。彼女は身振りを加えて嬉しそうに喋る。
「うん! イケメンって、らーめんの仲間やな!」
「イケメン、ラーメン、それちゃうねん! ‥‥どうだ、満足したか? バカなことやってねーで、さっさと行くぞ」
 ツッコミを入れてボケを拾ってやったカルマだが、かなり自分に無理をしたらしく、その後は誰とも目を合わさずに目的地へと歩き出した。どうやら、恥じらいがあったらしい。羅喉丸やエルディン、アーディルはそれぞれに笑いながら後に続くも、花梨は「今のツッコミ、よかったやん!」と遠慮なくカルマへ絡みに行った。

●大奥へ
 屋敷の前に到着すると、開拓者たちは一団となって突入する。怨敵を見つければ、すかさず二手に分かれる算段だ。
 さっそくエルディンはマシャエライトで周囲を照らし、マッピングを開始。アーディルは廊下の幅を確認し、敵の遭遇に備える。
「これだと2人まで、といったところですね」
「そんなとこだな。天儀の屋敷ってぇのは、いまいち間取りとか分かんねぇんだよな」
 ジルベリア出身のカルマは、思わず舌打ちをする。すると花梨が「大奥やのに、手前にあるとか?」と聞いた。すると、カルマは嫌そうな顔をして頷く。
 その可能性は、羅喉丸も捨てていない。また、この狭い廊下で敵と対峙するのは、圧倒的に不利だ。そこで自らが先頭になって扉を開き、すべての部屋に踏み込む役目を担う。恨み姫のお食事処「大奥」が襖で区切られているとは思えないが、そういった場所もすべて確認。エルディンとアーディルのイケメンコンビが、丁寧にメモしていく。
「入口から見て右側には、何もありませんね‥‥」
 アーディルが報告ついでに呟くと、正面に突き当たりが見えた。廊下は左に折れ、屋敷の奥に回りこむ形だ。羅喉丸はすべての襖を開くが、ここまでは生活感のない小部屋ばかり。
「さらわれたイケメンのために用意された部屋、かもな」
 キースがそう言うと、刃馬は「なるほど」と納得。しかし実際には「長期のご滞在はお断り」である。花梨が「流騎さんもそのうち‥‥」と冗談を言うと、愚弟は思わず苦笑いを浮かべた。

 屋敷の奥へと進むと、何やら女性の声が響いてきた。頑丈で冷たい扉から漏れる音は、ある種のホラーである。
「屋敷の最深部へ繋がる場所、か‥‥文字通り、大奥だったか」
 羅喉丸は周囲に目配せをし、仲間に突入の準備を促す。ここで戦うのは、アーディルと花梨、そして刃馬。準備は万端だが、中から男性の声が聞こえた瞬間、羅喉丸は強烈な蹴りで扉をぶち開けた!
「さまよえる怨念! 俺が相手だ」
 高らかに名乗りつつ、瞬脚で一気に部屋の奥まで進入。この部屋だけは石造りの床で、足場はしっかりとしている。おそらく「お食事処」であるのが理由のひとつだろう。
 慕い人を追いかける恨み姫は、全部で4匹。この場に投げ入れられたイケメンもまた4人。しかし恨み姫は、新たに登場したイケメンに狙いを定めた。
『あぁー、おうぉー!』
 見ず知らずの人間に間違えられたらしいアーディルは、思わず無言で首を振る。
「お前らとは初対面だ、人違いだろう」
 敵が真正面に突っ込んでくるところへ、魔槍砲の突きを食らわせる。自分が狙いだから、敵の動きも直線的で読みやすい。少し前に出て、花梨が有利な位置取りができるよう工夫する。
「さすが! アーディルさんは心がイケメンやね!」
 彼女は雨絲煙柳で防御を高め、恨み姫に食われそうなイケメンを救うべく荒童子で攻撃する。その術で敵がのけぞれば、刃馬がすかさず駆け寄り、大奥の入口まで誘導。まずはひとりを回収する。
「うひぃー! こ、怖かった‥‥」
 さすがのイケメンも生命の危機とあれば、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになる。花梨は使い物にならなくなるのを覚悟の上で、持っていた手ぬぐいを差し出した。
「ちゃんと帰したるからな。あんじょう強う生きてや。あんさんたちにも、待っとる人がおるんやろ? 泣いたらあかんで」
 さすがは武僧、まずは人質を安心させる。今のところ、被害は手ぬぐいに収まっていた。
 しかし、刃馬はそれで済まない。恨み姫は怒りを呪声という形に変え、それを彼の脳裏に響かせた。
「ぐっ! 呪い慣れてる、って感じだぜ‥‥!」
 多少のダメージを受けながらも、花梨の元へ一時退避。そこで待っていたのは、お酢の洗礼である。彼女は気付け用として、竹筒にお酢を入れてきたのだ。
「うわっ! 花梨、何すんだ! 痛てて、目が〜〜〜っ!!」
「あ、ゴメ〜ン。魅了されたんかと思ったから、思わず‥‥目が染みても大丈夫や、根性や! 男の子は、これくらいで泣いたらあかん! ほら、また救出に行かな!」
 刃馬が苦しむところへ、先ほどのイケメンがずぶ濡れの手ぬぐいをサッと差し出した。

●怨念根絶
 活きのいいイケメンを襲う恨み姫に対し、羅喉丸は泰練気法・弐を用い、一気呵成の蹴撃を食らわせる。
「同情は無用か。因果応報の意味を知れ」
 正面に向けての回し蹴りに加え、反動を加えて一回転しての打撃。最後は身を屈め、軸足で地を蹴って短く飛び蹴り。これで恨みはきれいさっぱりと消え去る。その後は動きを止めず、他の敵に視線を向けた。
「道連れは多い方がいい」
 アーディルも空間を利した槍さばきを存分に見せつけるが、そろそろお代を頂戴するとばかりに大きく踏み込む。鋭さを増した刺突の前に、幽霊は絶叫だけを残して消えた。
「お、刃馬さんがもう1匹、引っ張ってきたよ!」
「おかげさんで、俺にしか聞こえない声で、ブツブツ文句言われんだよ!」
 イケメンという獲物を取り上げた罰で、刃馬はまた呪声を食らっているらしい。花梨は浄境で刃馬を回復させ、さっきよりも急かした。
「やっと来たな、あとはお任せやで♪」
 アーディルは追いかけてきた敵を迎え撃ち、羅喉丸も残る1匹と対峙。これで救出は達成する。
 この後はもはや、開拓者の独壇場だ。羅喉丸に隙はなく、手傷を負う程度。それまでに敵を片付ける。アーディルは刃馬と組み、さっきよりも有利に戦闘を展開。斬りや叩き伏せなど多彩な攻めで翻弄する。
「はあっ!」
 最後は斬り上げのような形で敵を薙ぎ、勝負あり。花梨が用意していた呼子笛で「ぴっぴろぴ〜♪」と陽気な音を奏でた。
「道に迷ったとはいえ、やりすぎたな」
「さ〜て、うちらはイケメン連れて、いっぺん表に出よか〜♪」
 人質にとって、屋敷からの脱出は望むところ。開拓者の厳重な警備の中、なんとか虎口を脱した。

●奥座敷の夢魔
 花梨の笛が鳴る頃、キースらは広い奥座敷で夢魔と遭遇していた。
 奥にはさらわれたイケメンが5人ほど座らされており、夢魔の喜ぶことを無理にやらされていたらしい。その怨敵の隣には、なんとも情けない表情を浮かべる流騎が、今も彼女に可愛がられていた。その姿は、もはや飼い慣らされたネコである。
「おおっ、これはエルディンさん! 早く助けてください〜!」
「ネギ友の流騎殿を放っておけず、助けに参りました。さ、流騎殿よりも私をどうぞ♪」
 道中を照らしていたマシャエライトが、まるでスポットライトのように動き、魅惑の神父のスマイルを何倍にも増幅する。それを見て感嘆の声を響かせる流騎。このマヌケな絵を、カルマはジト目で見守った。
「‥‥アンタら、なんかすごいな」
 今にも脱力しそうだが、目の前の夢魔は強敵だ。カルマは二丁拳銃を向けたまま動かない。
「あらぁ、イケメンがたくさ〜ん♪ でもね、流騎ちゃんの怯えって、かなりオイシイのよね〜」
「こらっ! 見知った者の前で顔を近づけるなっ! は、恥ずかしいではないか!」
 このやり取りを見たキースは「囮役、お疲れだったな、もういいぞ」と言うが、流騎は相変わらず。カルマは嘆息し「お楽しみのところを邪魔するつもりはねぇんだけどよ」と前置きしながら、キースに解説する。
「あれは流騎の性分だ、演技じゃない。それを証拠に、夢魔はあの恐怖を食ってる」
「正解〜☆ ご褒美にぃー、鈍感なあなたを魅了してあげるわ〜」
 夢魔はキースを魅了しようとするが、彼‥‥いや、彼女は気力を駆使し、これに抵抗する。
「‥‥生憎と、そういった趣味は持ち合わせていないんでな」
「ふん。あなたが女ってことは、わかってるわよ」
 そこへずいっと前へ出るエルディン。まだまだ、無駄なキラキラオーラは衰えない。
「お嬢さん、聖職者の生気の方が甘くて美味しいと思いませんか?」
「こっちはなかなかのイケメンなのよね〜。流騎ちゃんに比べて、どっちがオイシイかしら?」
 本気で悩んでいる夢魔を尻目に、エルディンは聖杖「ウンシュルト」を軽く振りかざし、不意打ちでホーリーアローをどでっ腹に食らわせる!
「うぼっ! こはっ!」
「そんな貴女のハートに、私から神の矢をプレゼント。安らかに瘴気に戻りなさい」
 この隙に流騎は夢魔から離れ、いよいよ本格的な戦闘開始。キースは直閃を使い、体勢を整えようとするところを狙う。
「同じ場所に同じ打撃、ってのはどうかな?」
 キースのパンチは的確に腹を穿つ。夢魔は跳ねるように後ろへ飛ぶが、避けるには至らず、また深手を負った。そこにカルマの強弾撃が追いかけてくるのだからたまらない。
「おらっ、余所見してっと、脳天に穴開けるぞ!」
「あらあら、あなたは私好みなんだけどね。ふふ、そういうのも好きよ‥‥反抗的なとこも含めて、ね」
 夢魔はそう言いながらも、次の一手を打っている。彼女は開拓者にではなく後ろで怯えるイケメンを錯乱させ、奥座敷の混乱を狙ったのだ。精神攻撃に弱い一般人は術中に嵌り、彼らは夢魔の思い通りに動き出す。
「う、うおぉわぁあっ!」
 騒然とする場を沈めるため、キースは錯乱させられた人数をすぐさま把握する。
「後ろの2人か‥‥」
 多少のダメージはやむを得ずと判断し、キースは猛ダッシュ。ひとりを剣気で怯ませ、追ってきた流騎に押さえ込むように頼んだ。
「丸腰で戦えないだろうから、彼らを頼む」
「でも、もうひとりが‥‥!」
 その心配は、エルディンが解消。もう1人をさっさとアムルリープで眠らせ、騒ぎを最小限に抑えた。
「神は私に使命を与えました。アヤカシを倒し、人々を守れと」
 夢魔は開拓者に隙がなさすぎて驚くが、ここでも小賢しさを発揮。カルマの武器を見て「彼は近接戦闘に弱い」と判断し、脇目も触れずにまっすぐ飛んでいく。
「今行くわよ、かわいいイケメンちゃん♪」
 急降下に怯む‥‥のは、あくまで素振りだけ。カルマは散々狙われた腹に向かってフェイントショットを撃つ。
「遠くしか撃てねぇと思ったら、大間違いだぜ?」
 不意に軌道を変えた夢魔を見て、カルマはニヤリと口端を上げ、不敵な笑みを浮かべる。さらに単動作でリロードを行い、迫る敵に照準をゆっくりと定めた。
 その刹那、死角からエルディンがまたホーリーアローを発射。これを脚に食らうと、もう理性を失ってしまう。
「なんで邪魔するのよ、あんたたちっ!」
「それが仕事なんでね」
 払い抜けで一気に距離を詰めたキースが繰り出したアッパーは、隙だらけの夢魔の腹に突き刺さる。最後はカルマが銃が火を噴いた。
「相手が悪かったな!」
 結局、彼の言葉通りになった。夢魔の額に穴が開き、そこから形が崩れていく。これが数々のイケメンを飼った夢魔の妹が、瘴気に戻る瞬間であった。

●成果と反省?
 アヤカシが消滅し、怪しげな屋敷にも平穏が訪れた。
 イケメンは浪志組に保護され、屋敷は奉行所の管轄下に置かれる。流騎を含めたイケメン10人は全員無事。キースは佐久間とその配下の隊士の働きに目を細め、大きくひとつ頷く。羅喉丸も「いい雰囲気だ」と同調した。

 カルマは仕事の後の一服をしながら、流騎をいじって遊んでいた。
「おい、刃馬。今度、兄貴を遊郭に叩き込んでこい。免疫がなさすぎる」
 バッサリと切り捨てられた流騎は、ガックリと肩を落とす。しかし花梨が、戦闘中の刃馬の顛末を話すと、カルマは弟にもダメ出しをした。
「‥‥お前ら、エルディンを見習えよ。俺が呆れるほどの胆力だぞ?」
「いやぁ、そんなことありませんよ。でもアヤカシであれ、女性に好かれるのは悪くないですねぇ♪」
 戦闘中のシリアスさはどこへ行ったのやら‥‥さすがのカルマも、傍にいたアーディルも、開いた口が塞がらない。
「あはは、面白い説法やで♪ どや、ちゃんと身についてるん?」
 これを会得するには、どのくらいの時間がかかるのやら‥‥思わず、男たちは深い溜息をついた。