【初依頼】井戸の移動
マスター名:村井朋靖
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/06 15:13



■オープニング本文

 北面の首都・仁生から少し離れた村に住む若者が、開拓者ギルドの門を何度も叩く。彼はひどく慌てており、ずっと肩で息をしていた。
「おねげぇします! どうぞお助けくだせぇ!」
 ここで受付を担当するひとりの女性は、そんな平身低頭の村人を笑顔で迎えると、すぐに中へ通した。そして彼に香りの立つお茶を用意し、まずは気持ちの乱れを落ち着かせようとする。
「お急ぎになることはありませんよ。さぁ、これをお飲みになって」
 若者は勧められた茶をぐいっと飲み干し、胸に手を置いて大きく深呼吸した。その時「無礼なことをした」と思ったのか、今度は神妙な面持ちを浮かべながら深々と頭をコげる。
「先ほどは軒先でお騒がせしました。実は‥‥うちの村にアヤカシが出て困っとるんです。なんとかしてくだせぇ!」
 アヤカシと聞いては捨て置けぬ。彼女は詳しく話を聞いた。

 若者が住む村は、小高い山のふもとを背にするどこにでもありそうな平凡な村。しかし、その村の奥に鎮座する井戸だけは異彩を放っている。
 使われている石が、とにかく頑丈で小奇麗。なんでも村長の家よりも立派らしい。古くは若者の祖父の代からある井戸で、周辺の村からも「井戸の村」と呼ばれるほど有名だそうだ。
 ところがその井戸、つい最近になって機能を果たさなくなった。原因は老朽化による水枯れで、数年前から徐々に水が汲めなくなっていたらしい。
 そこで村長は新しい井戸を掘ったが、井戸は村の象徴として長く伝えられてきた存在‥‥安易に新しいものに替えるのはどうかと思い、人の目に触れる部分だけでも流用することを思いついた。先祖にご報告をしたりという段階をきっちりと踏み、丁寧に石を崩そうとしたその時である。井戸の中から得体の知れぬ気味の悪い音が響いたというのだ。
「ちょっと透き通ったみたいな体の‥‥そう、あの海にいるような。あんなのがいつの間にか棲んでたんですよ! しかも2匹!」
 山里の村の井戸にクラゲ。係の女性は頷きながら、話の続きを聞く。
「どこから入ったのかは、ちっとわからねぇです。ただ、空は飛べないみたいです」
 それを証拠に、クラゲは井戸の内壁をよじ登ろうと奮闘しているらしい。ただいかんせん陸までは距離があり、2匹が2匹とも我先にと登るため、すんなりとは上がれない。結果的に元の場所へずり落ちてしまうのだ。ただ学習能力はあるようで、このアヤカシが村に降り立つのは時間の問題。そこで足の速い彼が村の代表として選ばれ、開拓者ギルドへと走ったのである。距離は違えども、これは競争。若者は懸命に走り、ついさっきここへたどり着いたのだ。
「あいつらもそろそろ上がってくる頃だと思うんです。どうか‥‥どうか退治してくだせぇませ!」
 井戸の村の懇願を聞き、女性は「大丈夫ですよ」と声をかける。

 かくしてこの仕事は、開拓者たちの手に委ねられることとなった。今も井戸の内壁を、あのアヤカシがせっせと登っている‥‥


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰


■リプレイ本文

●井戸を覗き込めば
 若き村人の願いを叶えるため、開拓者たちがギルドに集った。そして駆けてきた青年を休ませるべく、ゆっくり歩いて村へと向かう。
 今から向かえば、ちょうど井戸からアヤカシが顔を覗かせる頃‥‥「こりゃちょうどええ」とばかりに、志士の天津疾也(ia0019)は笑った。一方、同じ志士の浅井 灰音(ia7439)は首を傾げる。
「クラゲって例えアヤカシであっても、普通は海にいるべきじゃないかな」
 彼女の言い分はごもっとも。陰陽師の宿奈 芳純(ia9695)は神妙な面持ちで静かに頷いた。彼は村人に向かって「陰陽師の宿奈芳純と申します。よろしくお願いいたします」と丁寧に挨拶する。人のいい青年は「こりゃどうもご丁寧に」と頭を下げた。芳純は仲間たちにも会釈し、「敵が井戸から出たところを狙いましょう」と策を提案する。それは先ほど疾也が口にした内容と合致する‥‥皆はそれを了承した。
 そんな中、アーニャ・ベルマン(ia5465)が屈託のない笑顔で場の空気を明るくする。
「困った人を助けたいと思う気持ちは、ベテラン開拓者も新人開拓者も同じですから。みんな一緒にがんばりましょう」
 なんとも心強いお言葉‥‥それを聞いた青年は「なんともありがたいこってす」と感謝を口にした。しかし、開拓者の仕事はこれから。抜かりなく進めなければならない。

 そうこうするうちに、通称「井戸の村」へと到着した。日は頂点を過ぎ、徐々に傾いている。
 青年に案内され、4人はさっそく井戸へ向かう。そこにはお手製の槍を持った村人が数人、見張りのために立っていた。なんでもアヤカシはすでに間近まで迫っているという。それを聞いた疾也は乞食清光を抜き、連中の出現に備えた。
「別に疑うわけやないけど、そこにあいつらおるんか?」
 村人に確認させるわけにもいかぬと、ここは灰音が井戸を覗く。中に水がないからか、少し風が吹いていた。彼女の青い髪が軽く揺れる。ここで彼女は心眼を使おうとするが、クラゲの姿は一目瞭然。せわしなく触手を動かし、せっせと上ってきている。灰音は仲間の方を向いて、右目を瞑りながら状況を伝えた。
「もうそこまで来てる。今に出てくるだろう」
 彼女もヴィーナスソードを抜き、来るべき時に備える。アーニャは夢魔の弓を、芳純は黄泉笏を構えた。
「村の皆さんは避難を。あとは私たちにお任せください」
 芳純に促され、青年を含めた村人たちはここで退場。自分たちの家の中へと一目散に逃げる。開拓者はそれを見届け、再び井戸へ目を向けた。
 確かにこの井戸こそが、村一番の建造物である。疾也は思わず心の中で、井戸の石を値踏みした。その際、人差し指を天に向けて揺らしていたからか、アーニャに「さて、おいくらでしょー?」とツッコまれてしまう。すると疾也は「結構、ええお値段するで」と真顔で答えるではないか。予想外の回答に、灰音も驚きの表情を見せた。

●ぷよぷよ、ぷにぷに!
 そんな高級な井戸から、ついにアヤカシが出現した。触手を使って器用に身体を持ち上げ、ゆっくりとその姿を現す。中に水なんてないのに、なんとも弾力性に富んだお体だ。
 敵の前に疾也と灰音が立ち、その後ろをアーニャと芳純が控える。奇怪というより、珍妙で愉快な動きをするアヤカシを見て、アーニャは「ぷよぷよですね〜」と声を弾ませた。
「もっと小さかったら可愛いのに。うちで飼ってもいいのに‥‥って、冗談ですよ〜」
 さっきの仕返しとばかりに、疾也は笑いながら言う。
「別にええぞ。タダで持ってけ!」
 アーニャは「いりませんよぉ〜」と口で言うより、態度で示した方が早いと思ったのか、さっさと矢を番えてアヤカシに撃ちこむ。
「ぷにぷにさん、村人が困っているので退治されちゃってください」
 矢は素直に命中し、敵は「ピピッ!」という悲鳴を上げた。あの軟体に攻撃しても効果があると知った仲間は、そのまま戦闘を開始する。
 まずは疾也がアーニャが攻撃した敵との距離を詰め、雷鳴剣で挨拶代わりの先制攻撃を仕掛ける。これが命中し、アヤカシは体を濃い青色に染めた。どうやら怒ったらしい。灰音は疾也とは別の敵に向かい、まずは一閃。こちらもまた、体を同じ色に染め上げる。
 その間、芳純は結界呪符「白」を使い、井戸に壁を作って退路を断つ。万全を期すなら四方を囲んでしまうべきだが、そうなると攻めることができなくなる。クラゲは出現してからずっと前を向いており、虚を突くなら1枚でも問題ないと判断。立てた壁は白く、井戸が見えなくなっているので時間は稼げるはず‥‥ここはしばし後ろから展開を冷静に見守ることにした。
 クラゲは疾也に接近して反撃を試みるも、余裕で回避されてしまう。
「やれやれ。あいにく触手プレイなんて特殊な趣味はないんや。ましてや、男のならなおさらやな」
 小さい声で「女性陣なら大歓迎やけどな」と呟いて灰音を見るも、彼女もまた素早い身のこなしで反撃をいなす。疾也、ちょっとガッカリ。この調子ではお望みのシーンは拝めそうにない。

 アーニャはここぞとばかりに、瞬速の矢で敵を射抜く。この攻撃が貫通し、敵に大打撃を与えた。うねうねと身をよじって苦しむクラゲに、疾也も容赦なく秋水を駆使して追い討ちをかける。これを食らったアヤカシにしてみれば、意味もなく苦痛が増幅しただけに思えるだろう。正確無比の神速の刃、それが秋水である。
「ピピーーーッ!」
「ピーピーうるさいなー。まだやられんのか、ん?」
 しぶとさだけは一人前‥‥疾也は思わず口元を上げた。そして触手プレイは御免とばかりに、虚心を使って反撃に備える。
 一方、芳純は二度に渡り、氷柱を発射。クラゲを凍てつかさんとする。その身振りにも力が入る。
「ふん! はっ!」
 その気迫はアヤカシを凌駕し、見事ふたつとも命中。うち一本は貫通した。自分の体に異物が入ったのを知り、クラゲは大騒ぎ。その隙を見逃さず、灰音も苛烈な攻撃を繰り出す。アーニャの攻撃も効果があるので、切り伏せた後に突きを放った。突きは文字通り貫通し、再び甲高い悲鳴が周囲に響く。
「ピーーーーーッ!」
「そろそろ新しい技の実験台になってもらおうか」
 その言葉に恐怖を覚えたのか、クラゲは自暴自棄になって反撃を繰り出すが、灰音は瞬時に虚心の効果を発揮させて回避。もう一体も疾也を攻め立てるが、これも避けられてしまう。大勢は決したように見えるが、まだ油断できない。

●狙い通りの展開!
 芳純は確実に敵を減らすため、氷柱をあえて疾也が狙う敵に向けて放つ。これを合図に、疾也とアーニャも一気呵成の攻撃を繰り出した。
「陸でクラゲ這いずって動き回るっちゅうのも、なんか気味悪いし‥‥これで見納めや!」
「う〜、カチカチに凍ったところをハンマーで割って、カキ氷を作りたい気分です」
 ふたりの性格を如実に現す言葉とともにそれぞれの攻撃を放つ。どちらも敵を一閃し、ついに一匹目のアヤカシを退治した。
 残すは灰音の元にいるクラゲだけ。彼女は容赦なく剣を振るい、その身を刻んでいく。もはや勝負あり‥‥誰もがそう思った瞬間、敵は反転して逃げた。怒りの青もすっかり毒気を失い、その身を揺らしてのたのたと逃走。しかし目の前には白い壁が立っており、逃げる先の井戸がどうしても見当たらない。
「ピ? ピピ?!」
 クラゲは明らかに動揺した。そこにアーニャの矢が地面に突き刺さる。
「逃げようったって、そうは行きませんからね〜」
 それを見た芳純は、自分の策が当たったと知り、素早く氷柱を2本繰り出す。さらに疾也も「真似っこや!」と言いながら、再び雷鳴剣を放つ。男衆の攻撃で青色吐息のところに、ゆっくりと灰音が近づいた。
「この一撃‥‥捉えさせはしない‥‥!」
 トドメの一撃は円月。刃は美しい弧を描き、軟らかい体をたやすく分断する。その瞬間、アヤカシの体は瘴気となって地面に消えた。
 戦いが終わり、芳純は自分が作り出した壁を消す。そして灰音が再び井戸を覗いて新手がいないことを確認すると、村人に事件解決を報告した。

●戦いが終わり‥‥
 かくして井戸に棲むアヤカシは退治された。村人は「これで井戸の移動ができる」と大喜び。その盛り上がりを見て、芳純は満足げに何度も頷く。
「まさに井戸の村ですね。きっとあの井戸が、彼らの心の支えになっているのでしょう」
 それを聞いた疾也は「そりゃ値の張る石、ぜーたくに使こてるもん」と、こちらも納得の表情で頷く。芳純はそれを見て「ふふっ」と笑うと、疾也もまた愉快に笑った。
 そんなふたりの前に、アーニャが湯飲みに入った水を持ってきた。井戸の村と呼ばれるなら、水もおいしいだろうと思い、村人にもらったらしい。ふたりはそれを飲むと、「おお」と舌を巻いた。
「ね、おいしいでしょ? おかわり飲むよね、私も飲むから頼んでくるね」
 アーニャはそう言って、また青年に水をもらいに走る。灰音はその水を使ったお茶と団子を食べていたが、こちらもなかなかの美味。開拓者はしばし、村人の心遣いを堪能した。