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■オープニング本文 ●駆け抜ける少年 夕暮れ迫る神楽の都の大通りは、徐々に人が増えていく。 その往来を掻き分けるように、ひとりの男が息を切らせながら、浪志組の屯所を目指して走る。背の低い彼はうまく人の波をすり抜けられず、幾度となく詫びの言葉を発していた。 「すみません! 急ぎの用ですので‥‥!」 年の頃は十五。言葉遣いと着ている服から察するに、どこかの丁稚であろう。 そんな彼が必死に走る姿を見ると、不思議と誰も咎める気がしなくなるものだ。主人に大事があったのか、客先に用事があるのか‥‥丁稚が急ぐ理由など、そんなものだ。 ぶつかった一瞬こそ気に留めるが、再び歩き出せば、誰もが彼の存在を忘れる。神楽の群集とは、そんなものなのだ。 しかし、彼の走りは止まらない。その脚は車輪のように動き、前へ前へと向かっていく。 「はあっ、はあっ‥‥」 少年の血走った両の眼は、尋常ならぬ何かが起きたことを如実に物語っていた。それを伝えんがため、彼は健脚を活かし、伝え聞いた場所へと走る。 「次を右に折れれば‥‥!」 丁稚が目指す先は、浪志組の屯所だった。東堂俊一が掲げた「浪志組」の看板を目で捉えると、勢いよく中へ入ろうとする。 その時だ。屯所から出てくる男の姿を見ると、喉元にあった言葉が痺れを切らし、勝手に口から出てしまう。 「隊士の皆様、どうかお助けを! どうか、どうか!」 必死の訴えを続ける少年に手を取られたのは、実は隊士ではなかった。浪志組に入隊したという友人を訪ねた客で、シノビの草崎刃馬(iz0181)である。 「おう、坊主。その、言いにくいんだけどよ。俺は隊士様じゃねぇんだ」 「そっ、それはとんだご無礼を!」 慌てて頭を何度も深々と下げる少年を見ていると、刃馬もなんだかやりづらい。 「そ、そんなに謝るなって〜。ダチが隊士やってるから、聞いてもらおうじゃねぇか。な!」 そういって坊主の頭を撫でながら、刃馬は再び屯所の中へと入った。 ●屯所にて すぐに刃馬が戻ってきたのを見て、友人は「おや、入隊する気になったか?」と冗談を口にする。 「お前、外の騒ぎを聞いてたろ? この坊主が御用だとよ」 刃馬は呆れた顔をしながらも、少年が喋りやすい状況を作ってやった。 「隊士様、どうかご主人様をお助けください! 今、アヤカシがお屋敷をうろついておりまして‥‥!」 アヤカシと言われれば、聞かずにはいられない。隊士はもちろん、刃馬もその話に耳を傾けた。 少年が奉公しているのは、豪商である木俣の屋敷。天儀の骨董品を集めるのが趣味らしい。 そんな彼が日課としているのが、高価な布を使っての入念なお手入れ。今日は最近手に入れた蓋のある壷を、満面の笑みで拭いていたという。 ところが、何かの拍子で蓋が外れた。その壷の中から、具合の悪い色の煙がどんどん立ち昇る。それは鞠ほどの大きさになるとは、畳にボチャンと落ち、粘泥となって動き出した。 木俣の主人はすぐに悲鳴を上げたため、家族や使用人への被害は最小限で済んだが、今も粘泥は屋敷の中を徘徊しているという。 「粘泥か‥‥こりゃ厄介だな」 友人がそう呟くのを聞き、刃馬は過去の合戦で相対した大粘泥・瘴海の存在を思い出した。 「坊主、粘泥の色とか‥‥なんでもいいから教えてくれ」 水を飲んで喉を潤した少年に対し、刃馬はまた慌てさせないように気を遣いながら尋ねる。 「ええっと、色は青っぽいかったと思います」 「屋敷の中にはまだ、その木俣のご主人がいるんだな?」 「万が一のことがあれば、お屋敷を固く閉ざすように言い付かってましたので、皆で協力して鍵や雨戸を閉めました。今頃は奉行所の方がお出ましになっているかと」 相手は粘泥。浪志組が出向けば、あっという間に片が付くだろう。さほど難しくない依頼に、ホッと胸を撫で下ろす刃馬であった。 そして間髪入れず、刃馬は出撃の準備を促そうと友人に働きかけようとする。 その刹那、彼は「あーっ!」と大声を発した。どうやら、何か思い出したらしい。 「もしかして木俣って、浪志組の支援をしてるっていう‥‥あの!」 「左様でございます。ご主人様は常日頃から神楽の治安を守るために奮闘される皆様の姿勢に感銘を受け、金銭や武具の提供しておられます。またご主人様は私のような者にも、隊士様のように立派になれと毎日のようにお声を‥‥」 なんとも耳障りのいい言葉が続く。刃馬は腕を組んで聞き入っていると、またしても友人はおかしな声を上げた。 「ちょ、ちょっと待て」 「お前、少しは黙って聞けよ! 坊主はわざわざ、お前を褒めてるんだぞ?」 刃馬がしかめっ面をするが、隊士の顔は明るくない。 「俺はいわゆる真田派ってやつだが、木俣から武具を融通してもらってるなんて話、一度も聞いたことがない。お前の聞き違えじゃないのか?」 「いえ、そんなはずは‥‥東堂様たってのお願いは断れぬと、ご主人様がおっしゃっていましたので」 このやり取りに眉をひそめるのは、シノビの刃馬。友人に「何かあるな」と目配せすると、相手も小さく頷いた。 「ともかくだ! 今は木俣の主人を助けないとな」 刃馬はわざと大声で少年の嘆願を復唱。不穏な話の流れを断ち切った。 「浪志組の隊士にも声をかけるが、アヤカシが相手だから開拓者ギルドにも依頼しよう。刃馬、頼まれてくれ」 「おお、任せなって!」 壷から出てきて屋敷を徘徊する粘泥も相当な困り者だが、不意に舞い込んだ情報もまた怪しげな雰囲気が漂う。 アヤカシが壷から出てきたこの事件、いったい木俣の屋敷からは何が出てくるのだろうか? |
■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
羊飼い(ib1762)
13歳・女・陰
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
仙堂 丈二(ib6269)
29歳・男・魔
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
神爪 沙輝(ib7047)
14歳・女・シ
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●解放に向けて 開拓者たちが木俣の救出に集った。さっそくキース・グレイン(ia1248)が、丁稚に問題の壷がどこにあるか聞く。 「わからなければ、だいたいでもいい」 「は、はい。ご主人様は新しく買ったものは書斎に、お気に入りのものは奥の物置に収めます」 隣で話を聞いていたスレダ(ib6629)は、「書斎と物置のどっちかですか」と呟く。 そこで木俣の保護に向かうA班は、まっすぐ書斎へ。粘泥の撃破を目指すB班は、奥の物置に向かうことになった。 粘泥との初対決を前に、神妙な面持ちの藤田 千歳(ib8121)だが、兄のように慕う玖雀(ib6816)より討伐の指南を受けた。 「精霊の力を借りることができれば、粘泥の撃破はたやすい」 そんな玖雀の伝授を聞き、仙堂 丈二(ib6269)が「粘泥に骨はないがね」とツッコむ。そんな相方をジト目で睨んだが、目の前に千歳がいることを思い出し、すぐに表情を元に戻した。 「さすがは玖雀殿。頼りになる」 「千歳、お前は主力だ。頼りにしてるぜ?」 師弟のような関係のふたりを見た神爪 沙輝(ib7047)は、いつものように草崎刃馬(iz0181)に挨拶をする。 「草崎さん、今回もよろしくお願いします」 彼女が小さくペコリとお辞儀すると、刃馬は「頼むぜ!」と明るく返事する。そこへ刃馬の兄と仕事をした羊飼い(ib1762)も挨拶に訪れ、思ったことを遠慮なく口にした。 「今回はヨロシク。兄の方がイケメンですね!」 「むぐっ!」 明らかに挨拶はオマケ。これを聞かされた刃馬は、驚きすぎて可哀想な表情になったが、沙輝の必死のフォローで何とか正気を保った。 そこに浪志組隊士のアルマ・ムリフェイン(ib3629)がやってきて、この状況を豪快に笑い飛ばす。 「刃馬ちゃんも神爪ちゃんも、元気が一番! 今日もハッスル!」 底なしの元気を振り撒くアルマを見て、刃馬は共感を覚えた。 「おう! イケメンじゃなくても、元気があればいいんだ!」 「その通り! なんでもできるのさ〜♪」 あっという間に意気投合したふたりは、元気に肩を組んで夜道を歩いた。 ●役人と隊士 討伐隊が屋敷に到着すると、さっそく奉行所の役人がお出迎えにやってきた。彼らと浪志組との関係は、お世辞にも良好とは言えない。突入する前から話がこじれると厄介なので、ここは丈二が交渉を受け持った。 「お勤めご苦労様。俺たちはギルドから派遣されたのだが、何か問題はあるか?」 ここで素直に「はい」と答える役人などいない。この時点で話の主導権は、丈二が握った。 「俺たちは浪志組と協力し、迅速な解決に挑む。外の守りは頼んだ」 「わかった。野次馬は家に帰らせてある。そこにいるのは、木俣の家人と本当に身を案ずる連中だ」 羊飼いは「なるほどねー」と言いながら彼らに近づき、使用人のひとりに屋敷の間取りを書いてもらう。そして他の者たちに、ある質問をした。 まずは「骨董品の買い付け先」だが、かなり前からずっと同じ店から買っているとのことだ。商人との仲も良好で、今さら不審なことをするとは思えないと口を揃える。 続けて「浪志組との関係」についてだが、こちらは丁稚が話した内容と大きく異なる点はない。木俣のご贔屓は、東堂俊一だ。 「旦那さんが推してるところもあって、ご近所も東堂一色ですねー」 それを聞いたアルマは、ひとりの隊士として胸を張り、嬉しそうに笑った。 「すぐにこの事件は片付けますよ!」 アルマは用意した南瓜行灯で火を入れると、沙輝もランタンを灯した。 玖雀は暗視を使い、千歳と並んで前へ。その後ろに羊飼いと丈二、そして刃馬と続く。彼らは木俣の主人を保護する任を担う。 「木俣を発見したら、呼び笛を長く吹く。壷を見つけた時は、短く3回吹く。忘れるな」 丈二は全員に合図を徹底させ、役人や隊士にも合図を勘違いして慌てないように伝えた。 ●粘泥の舞 いよいよ屋敷への突入を開始する。先に入るのは、A班だ。 千歳は表の玄関に入ると心眼を使い、敵の存在を探る。羊飼いは夜光虫を操り、物陰や隙間を調べた。それを玖雀が目で確認し、結果を伝える。 「よし、玄関は問題ない」 ここで羊飼いは「浪志が助けに来ましたよー、まだ動かないでねー」と大きな声で呼びかけ、全員で廊下に上がる。その後ろからB班が続くが、彼らとは別の方向を進んだ。 丈二は手帳に書き写した地図を見ながら、要所でムスタシュィルを使い、アヤカシの侵入を察知する。 「暗所を好むとあって、廊下にはいないようだ」 彼は羽根ペンで敵の所在をチェックしつつ、悠然と歩く。羊飼いも夜光虫で手元を照らし、「この辺でいいですかー?」とマイペース。玖雀は「俺たちの必死さは伝わらないか?」と愚痴をこぼすも、丈二は「知らん」と一蹴した。 そこから少し前へ進むと、玖雀は千歳に目配せをする。少年は心眼を使い、その期待に応えようとした。 「む、左の部屋にふたつの生物‥‥」 ここはまだ書斎ではない‥‥となると、粘泥か。それを聞いた刃馬は、すぐさま襖に手をかける。全員が武器を構えたところで一気に開け放ち、前衛が中に入った。 そこは広めの畳部屋。その左右から、粘泥1匹ずつが襲い掛かる。 「浪志組だ、観念しろ!」 千歳は右の敵に名乗りを上げると、降魔刀に精霊剣を付与し、先制の一刀で切り裂く。敵は身を崩しながら畳へと転がるも、奇怪な音を放って威嚇のポーズを取った。 「うわー、粘泥ってかわいくないー。自分、荒事は苦手なんですがぁー」 ゴネる羊使いに対し、刃馬は顔の前で両手を合わせて「そこをなんとか」と頼む。すると彼女は、急にやる気を出した。 「素敵なおニィさんたちときゃっきゃうふふー、ですよねー。期待されてるみたいだからー、手数でなんとかしましょうかねー」 修羅のイケメンを手助けするべく、羊飼いは斬撃符を手裏剣のように連続で飛ばし、アヤカシを怯ませる。 これを見た丈二が、玖雀に奮起を促す‥‥というか、単純に挑発した。 「シノビがお株を奪われてどうする。しっかり働け」 玖雀は本家シノビの意地で雷火手裏剣を飛ばし、粘泥にダメージを与える。 「人使い荒ぇっつーの、お前もちったぁ攻撃しろよ!」 「断固拒否する」 丈二はそう返すが、相方が狙う方は、右の敵に比べて明らかに傷が浅い。そこでアイヴィーバインドを使って絡め取った。無論、発動に成功している。 「ホントに攻撃しないんだな‥‥」 「攻撃は、玖雀の仕事だ」 さすがの刃馬も、玖雀には同情した。その哀れむような表情を見た玖雀は「おい、その苦しそうな表情はやめろ!」とツッコむ。 右の敵は千歳の腹に狙いを定めて体当たりを敢行。これが不運にも命中し、軽いダメージを受ける。左の粘泥は丈二に狙いを定めて移動をするが、そこは玖雀が畳返しで攻撃を阻んだ。 「ったく、見えてんなら防御くらい自分でやれよ!」 羊飼いは敵が迫るというのに、少しも動こうとしない丈二を見て、思わず「いい羊を飼ってるんですねー」と呟く。 「ぐさっ‥‥お、俺は、羊じゃねぇーーー!」 玖雀の心に斬撃符が突き刺さる音がしたかと思うと、無意識に怒りの雷火手裏剣を放った。その威力はすさまじく、あっという間に粘泥を霧散させる。 師匠の技に負けてられぬと、千歳も懸命に刀を振って応戦。ここで稽古の成果が花開く。さらに羊飼いの斬撃符が駄目押しとなり、右の粘泥も煙のように消え去った。 「さて、この先は‥‥」 まるで何事もなかったかのように、丈二は次の地点でムスタシュィルを使い、敵の侵入を伺っている。千歳にはしっかりとしたところを見せたい玖雀だが、ここまでは思い通りではなかった。 ●書斎にて A班は、いよいよ書斎に近づいた。丈二は三度ムスタシュィルを発動させると、問題の書斎付近で侵入者の反応をキャッチする。 「瘴気あり、か。この先が書斎なら、もうひとつあってもいいのだが」 千歳は請われる前に、心眼を使って書斎の方を見る。すると、生物の気配をふたつ感知した。 「気配はふたつ‥‥片方が木俣殿でしょうか」 ここでも刃馬が襖を開いた。 すると目の前に、木俣の主人が傷だらけの姿で転がっている。上等な着物には血が滲んでいるが、致命傷を受けたわけではなさそうだ。 千歳はすかさず士道を使って、木俣に話しかける。 「ご安心を。浪志の者です」 「お、おお‥‥息を潜めて待っておった甲斐が、ありました‥‥!」 丈二はすばやく呼び笛を長く吹き、刃馬に「主人を廊下へ出してくれ」と頼み、アヤカシの居場所を探る。 「玖雀、掛軸の裏だ」 「わかってんなら、攻撃しろっつってんだろ!」 しかし敵は偶然にも、木俣の骨董品を盾にしている格好で、安易に手が出せなかった。千歳も刀を手にじりじりと距離を詰めるが、敵が出てくる気配がない。 だが、刃馬が木俣を引っ張り出そうとした瞬間、粘泥が驚くべき速さで動き出した。それを阻むのは、玖雀の畳返し。つま先で強く床を叩くと、一瞬して畳が起き上がり、敵の移動を妨害する。 「この畳が芸術品ってなら、それはその時に謝るぜ」 羊飼いはとっさに斬撃符で先手を打つと、再び夜光虫を出して粘泥の頭上を照らし続ける。 千歳は「何も傷つけない!」と言いながら、先ほどよりも動作の小さい剣撃で対応。木俣の宝を守りつつ、粘泥を穿つ。今度は1匹しかいないこともあり、あっさりと倒すことができた。 「しかし、壷はどこでしょう‥‥」 皆が武器を構えたまま、問題の壷を探すが、ここにはそれらしき物体は見当たらない。丈二はひとまず木俣の主人を玄関まで戻すことを提案し、用心のために全員で戻った。 ●壷のありか B班はアルマの瘴索結界「念」に加え、沙輝の超越聴覚で万全だ。アルマは鼻を、沙輝は耳をピクピクさせながら移動する。多くの通路に繋がる場所では、スレダがムスタシュィルを仕掛け、背後からの奇襲に備えた。 「むっ! 台所に1匹いるっ!」 アルマが瘴気をキャッチすると、キースを先頭に移動を開始。暖簾だけで仕切ってある台所へと入ろうとすると、沙輝が注意を促す。 「気をつけてください! 風を切る音がします!」 それは粘泥が、キースの入場を待ち切れずに飛び掛った音だ。 しかし彼女は後ろに引くのではなく、前へ進むことで回避。敵がそのまま物陰に隠れてしまわぬよう、咆哮を使って誘き出す。 「お前の相手は俺だ」 肝の据わった声に腹を立てたのか、粘泥はキースへと向かっていく。 うまく誘引できたと知るや、彼女は直閃を駆使して強烈なパンチをぶつけた。ここでも奇怪な声が、開拓者たちの耳に響く。 「さっすが、キーちゃん!」 スレダはホーリーアローを、沙輝は雷火手裏剣を放つが、決着には至らず。しかしフットワークの軽いキースに粘泥の攻撃は当たらず、沙輝が再びの雷火手裏剣を放ったところで霧散した。 「これ以上、好き勝手にさせないです!」 「そうだよね! がんばろう!」 少女の意気を感じ取ったアルマは、ここで瘴索結界「念」を使いなおし、屋敷の奥へと向かう。 その道の途中で、長い笛の音を聞いた。これは「木俣が発見された」という合図である。しかしまだ、壷の発見したという報告はない。 「壷はまだ、見つからねーってことですか」 スレダは首を傾げつつも、手書きの地図をじっと見つめる。もう調べるところも少ない。やはり奥の物置にあるのか‥‥B班は気を引き締めた。 するとアルマから、粘泥キャッチの報が入った。この先の部屋で、2匹が待ち構えているらしい。 さっそくキースが突入すると、物置になっている畳部屋の手前に1匹、奥にもう1匹。どちらも小型だ。その間に問題の壷が転がっている。この壷が何をしでかすかわからない‥‥キースは迷わず咆哮を使った。 「こっちだ、粘泥!」 彼女の気迫が敵意として受け取られ、2匹は同時に猛然と迫る。しかし沙輝が畳返しで手前の1匹を足止めし、その隙にスレダがホーリーアローを仕掛けた。さらに沙輝も雷火手裏剣で攻めると、粘泥はあっという間に消え去る。 アルマは呼び笛を短く3回吹き、壷を発見した旨を伝えるうちに、キースは残った1匹をボコボコに殴った。これにスレダがフローズを仕掛ければ、もはや負ける要素なし。アヤカシは宙で飛沫のように散ったかと思えば、そのまま煙となって消えてしまった。 問題の壷は、スレダの「壊しちゃえばいいのです」の一言で破壊することが決定。沙輝が忍刀「蝮」を突き立てる。 「瘴気は消えなさいっ!」 ガンという鈍い音を立てて割れた壷の中から、わずかに残っていた瘴気が霧散した。 ●疑惑は霧の中 こうして事件は幕を閉じた。 木俣は毒を受けていたので、アルマはすぐに解毒を施す。さらに家人や使用人、仲間の怪我を癒すべく、二度に渡って精霊の唄を奏でた。優しき隊士の活躍に、木俣は手を合わせて感謝する。 「おお、ありがたや。さすがは隊士様でございます」 木俣の口が利けるようになったとわかると、羊使いは彼に質問をしようと、キースはそのやり取りを聞こうと近づく。それを見た丈二は、ふたりに話をさせるために役人の相手を買って出た。 「今しか聞けないこともあるだろう。しっかり聞け」 丈二の計らいに「どうもー」と礼を述べ、羊使いは木俣に話しかけた。 今回の質問に、目新しさはない。彼女は使用人たちに聞いた質問を、木俣に聞いただけだ。ところが主人の返事もまた、少し前に聞いた答えとまったく変わらない。 「うーん、まるっきり同じ答えということは、旦那さんにヤマシイコト無いかな‥‥」 とりあえず、壷の出所を明らかにする必要はある。ここからは奉行所に任せるのが適当だと考え、キースは足止めしていた役人を呼び、木俣から出所を聞くように頼んだ。 しばらくすると壷を売ったという骨董商がすっ飛んできて、木俣の目の前で土下座しながら「あれがそんなものとは露知らず‥‥」と泣いて謝る。どうやら壷の立ち姿がいいというだけで入手し、木俣に購入を勧めたということだ。 それを聞いたアルマは「俊一先生や木俣さんが狙われたわけじゃないのかー」とホッと胸を撫で下ろす。千歳も「よかったな」と声をかけた。 だが、こうなると東堂への疑惑だけが残る。キースは眉をひそめながら、外に待機していた隊士に話を聞いた。 「浪志組での武具の流通はどうなってるんだ?」 「末端の俺たちにはわからん。顔役同士で話し合った結果かもしれんしな。ただ、木俣の主人は浪志組に理解があり、物事を平等に見れる人物だと思う」 「つまり、東堂派だけに贔屓するようには見えない‥‥ということか?」 キースの言葉に、隊士は周囲に仲間がいないのを確かめた上で、大きく頷いた。この疑惑が壷に残った瘴気のように消え去るのは、いつのことだろうか。 |