【北戦】高僧を説得せよ
マスター名:村井朋靖
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/20 01:26



■オープニング本文

●東房の両翼
 開拓者たちの反撃を退けたアヤカシ軍の猛威は、まったく収まる気配がない。このままでは北面の士気も下がりかねない状況であった。
 これ以上の絶望は御免とばかりに、北面は周辺国への援軍要請を検討。そこで「東房」の名が挙がったが、志士たちは一様に渋い顔を見せる。
「たしかに今は、北面存亡の危機である。しかし、あの東房が援軍を出してくれるとは思えぬ」
 そう、北面と東房はいわば「犬猿の仲」。小競り合いを繰り返し、何かにつけて対立するのが今までの常だったのです。
「のこのこと我々が交渉に出向いては、まず話にならんだろう。門前払いを食らって、大切な時を無駄にするだけじゃ」
 ここまで状況が的確に把握できていながら、それでも要請を諦めないのは、たくさんの罪なき者の血が流れているからに他なりません。
「ここは‥‥開拓者に交渉を依頼しよう。東房から援軍が来れば、彼らにとってもよい結果を生む」
「失敗が火を見るより明らかであれば、開拓者に託すより他にないな。これ、そこのシノビ‥‥」
 濃紺の忍装束に身を包んだ諏訪のシノビ・草崎流騎(iz0180)が短く頷くと、手招きした志士の前に近づく。
「東房への案内役、頼まれてくれるか?」
「もちろんでございます」
 流騎は身を屈めて膝をつき、シノビらしい礼で頭を下げた。

 この援軍要請、東房を統べる天輪王にそのまま通したなら、たちどころに失敗する。王が国の体面を守るのは、至極当然のことだ。
 そこで今回は天輪王の腹心であり、派閥の代表でもある高僧ふたりに面会する段取りを組んだ。
 ひとりは「説法派」の時雨慈千糸。こちらは穏健派として知られ、北面との戦いを小競り合いに抑えているキーパーソンである。
 もうひとりが「武僧派」の雲輪円真。王の次に強いと評判の若者ではあるが、原因不明の病を患っており、普段は床に伏せっていることが多いそうだ。
「時雨慈も雲輪も、一癖も二癖もある僧兵をまとめるだけあって、かなり聡明であると聞く。このふたりが意見を衝突させることも滅多にない」
 それを聞いた流騎は、あごに手をやってしばし思案に暮れる。
「雲輪様はもしかするとご病気を理由に、我々の面会を断るやもしれません。ここは天輪王の相談役もされている時雨慈様を説得するのが無難かと‥‥」
 豊富な情報を有する諏訪のシノビの進言は、その場にいる志士を納得させるだけの説得力があった。
「わかった、時雨慈を説得してくれ。あとで書状を渡す。なんとかして、救援の約束を取り付けてくれ」
 流騎は凛とした声で「ははっ」と応えた。だが、心中はそれほど穏やかではない。むしろ不安の方が大きかった。

●無理を承知で
 草崎の屋敷に戻って旅支度を整えていると、話を聞いた弟の草崎刃馬(iz0181)が戻ってくる。その表情は、どこか不満げだ。
「兄上、用心棒はいらないのか? 東房が安全とは言えないぞ?」
 愛用の刀に手をやり、刃馬は同行を志願する。
 ところが、肝心の兄は首を横に振った。
「ははは、その心配はない。東房が開拓者の往来を規制したとなれば、それこそ他国に笑われるだろう。おそらく交渉をする直前までは、来訪を歓迎する言葉に包まれるはずだ」
 問題はその後。北面への援軍を要請するあたりから、状況は一変する。
 説得に参加する仲間たちにも、それ相応の心構えを要求せねばならない。
「今までの付き合いもあって、説得はかなり難しいだろう。さりとてこの話はまとめなければ、アヤカシに太刀打ちできん。如何ともしがたい状況とは、このことを言うのだろう」
 流騎が少し笑うと、刃馬も暗い声で「そうか」と呟く。
「俺は戦場で諜報活動するから、兄上はそっちを頼む。ま、俺向きの仕事じゃなさそうだしな」
「自分の弱いところを知るのは、悪いことではない。説得も諜報も、できると思い込んでやることがもっとも危険だ。その点では私もお前も変わらない」
 己に負ければ、敵も討てない。流騎は弟にそう諭しつつも、自らの胸に自戒としてその言葉を刻み込んだ。

 北面が用意した3通の書状を携え、いつもより改まった服を着た流騎は、開拓者たちを東房へと案内する。
 書状はそれぞれ、天輪王、時雨慈、雲輪に宛てたものだ。そのうちの1通、雲輪への書状は、別の開拓者へと託される。
「さて、我々はこの2通を届けた上で、しかと説得をしなくてはな」
 はたして開拓者たちは、時雨慈を納得させられることはできるのか。


■参加者一覧
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
利穏(ia9760
14歳・男・陰
羊飼い(ib1762
13歳・女・陰
御凪 縁(ib7863
27歳・男・巫
刃兼(ib7876
18歳・男・サ


■リプレイ本文

●それぞれの民
 北面から東房に入り、さらには不動寺へ。水先案内人である草崎流騎(iz0180)を先頭に、開拓者たちは説得の舞台へと急ぐ。
 その道すがら、秋霜夜(ia0979)はせっせと人々から話を聞いた。北面では東房に向かって大八車を押す者たちに、東房では元は北面の民であった老人たちに。その後ろにはからす(ia6525)が控え、彼らの話に耳を傾けた。
 誰もが決まって口にするのは、「此度のアヤカシ侵略は心配」と「東房も無視できないだろう」という言葉。特に後者は、東房の年寄りから聞かれた。
「それは‥‥どういうことですか?」
 霜夜は、素直に疑問を口にする。
「そりゃあ、東房の大部分を魔の森に喰われておるからのう。そこから大アヤカシが出てきても、おかしくはあるまいて‥‥」
 からすは「ふむ」と言いながら頷くと、霜夜に耳打ちした。
「明日は我が身、というわけだ」
 霜夜は冷静を装いつつも、心のどこかで渋い顔をする。そこへ魔の森に追われ、東房へ流れてきたという初老の男が、話の輪に加わった。
「いやいや、お待ちなされ。わしは東房に慈悲ありと信じておる。流れ者に居場所を与えるほどの度量は、簡単に消え去るものではない」
「おう、お主は余所から来たと言うとったの。すっかり東房になじんでおるから、気づかんかったわい」
 ひとりの老人が冗談を言うと、周囲に笑いが巻き起こる。思わず、霜夜もつられて笑った。
「北面より来なさった若人よ。東房のしわがれた爺が、無事を祈っておるとお伝えくだされ」
 彼は天儀天輪宗の教えにある動作で、祈念の礼を捧げる。すると他の老人も、それに倣った。
「ここにも絆はあるのですね」
 霜夜がそう呟き、老人たちに「しかと伝えます」と返答した。
 その様子を少し遠くで見ていた以心 伝助(ia9077)は、利穏(ia9760)に話しかける。
「人と人が争い続けているかと思いきや‥‥でやすね」
「先ほどの大八車に載せられていたのは食糧でしたし、東房の老人があのようなことを口にするのですね」
 利穏は「民間レベルでの騒動は決して多くはない」と判断。さらに「妖鬼襲来によって対立感情が緩和されている」と踏んだ。

 老人から少女らが離れると、また不動寺へ向けて歩き出す。
 そして全員で情報を共有し、それぞれに思案を始めた。修羅の刃兼(ib7876)は、同じ修羅の御凪 縁(ib7863)を相手に話す。
「すでに東房は、国土の半分以上を魔の森に侵食されている。合戦で北面が敗北すれば、瘴気の東房包囲網はさらに強くなるはずだ」
 縁は表情を崩さないまま、小さく唸った。
「なるほど。一時的に東房は国の面子を保てても、その後で失うものが多い。本末転倒だな」
「熱心な僧兵や信者に利はあっても、先ほどの老人たちは失うばかりで、何の解決にもならない。それは時雨慈殿もわかっているはずだ」
 刃兼の推論に、縁は頷く。
 皆がここまで考え尽くせば、あとは聡明と名高い時雨慈千糸の反応を見るばかりだ。縁は「どのような顔をするかな」と言いながら、不動寺の空を見つめる。

●厚遇と冷遇
 不動寺に到着すると、さっそく時雨慈がまとめる説法派の僧兵から手厚い歓迎を受けた。
 彼らは「開拓者は北面から来た」ことを知らないのだろうか。不審に思った羊飼い(ib1762)は、隣にいた保護者の霜夜に本音をぶちまける。
「何にも知らされてないのー、この人たちー?」
「従順な羊さん、ってわけじゃないでしょうけど‥‥」
 すると羊飼いは「じゃあ、今ここでホントのこと囁いたら暴れるかなー」と瘴気のようなジョークを飛ばした。
 それを聞いた流騎は、色を失いながら「絶対にやめて!」と必死にガード。しかし本人の興味は、とっくの昔に東房の建築物へと向けられており、悪さをする気はさらさらなかった。

 会談をする場所は、説法派がよく話し合いに使う講堂である。
 僧兵からは「さぞかしお疲れのことと思いますが‥‥」と前置きされるが、すぐにでも話したい開拓者にとっては好都合だ。鈴木 透子(ia5664)は「よろしくお願いします」と礼をし、開拓者は説法派の待つ講堂へと足を向けた。
 質素でありながら重厚な木造の引き戸の前で、僧兵は「ご来客でございます」と声を張り上げる。すると、ゆっくり交渉の扉が開いた。講堂の真正面には、温厚そうな表情の時雨慈千糸。さらに両脇には、腹心たちが顔を揃える。
「よくぞ参られた。私は時雨慈千糸。横に控えしは、どれも信頼できる者ばかり。何も遠慮はいりません」
 皆が用意された座布団に着く前に、時雨慈は腰を上げ、礼とともに声をかける。腹心もそれに従い、一糸乱れぬ動作で礼を見せた。郷に入れば郷に従え。開拓者たちも座る前に同じ礼をすると、時雨慈が「よくご存知で」と感嘆の声を上げる。ここまでは友好ムードで話は進んだ。

 しかし、流騎が本題である「北面への援軍要請」を口にすると、あっという間に歓迎ムードは吹き飛んでしまう。
 さらに「北面からの書状があります」と言えば、腹心たちは時雨慈が読みもしないうちから、苦虫を潰したかのような表情を浮かべた。時雨慈は「天輪王宛ての書状は、私が預かる」とだけ伝え、自分宛ての書状をおもむろに開く。予想通りの文面だったのか、彼は口を真一文字に結んだ。
「北面がこのような文面を書けるとは、いやはや‥‥」
 時雨慈の遠回しな嫌味を聞き、羊飼いは勢いよく口を開いた。それはまるで「待ってました!」と言わんばかりである。
「正式に北面からの使者は草崎のお兄さんですので、憎けりゃ焼くなり煮るなりどーぞですの」
「なっ! ちょ!」
 言葉にならない悲鳴を上げる流騎を尻目に、透子は説得の口火を切る。
「東房では穏健派の時雨慈さんは、北面との騒乱を避け続けているとお聞きしました。そのせいで僧兵の皆さんから、何かしらのご不満が出ているのでしょうか?」
 搦め手なしのド直球‥‥だが仲間たちは、誰もそれを阻もうとしない。すると腹心のひとりが「我らが不満を!」と怒って立ち上がるが、時雨慈は「構わぬ」と制した。
「東房が国として成り立つ際、両者の間で争いがあった。それは今も起きている。それを制すれば、僧兵も不満に思うかも‥‥のう?」
 彼が同意を求めたのは、透子だけではない。なんと怒った僧兵にも向けられていたのだ。彼は「ご、ご無礼を‥‥」と言い、再び座に落ち着く。
「やはりそうでしたか」
 透子は控えめに返事をするに留める。彼女は相手の不満をすべて吐き出させ、その後に説得を試みようと考えていた。しかし相手は、宗徒に教えを広めるべく代表となった男。交渉の難航は火を見るよりも明らかだ。
 そこでからすは切りのいいところで、「茶を淹れたい」と申し出る。時雨慈はわずかに思案した後に「なぜかな?」と聞いた。
「茶を淹れたい性分なのです。茶菓子もありますので」
 時雨慈は予想もつかぬ申し出に「わかった」と答え、からすの準備を見ながら、透子との話を続けた。

 天儀天輪宗の歴史や教えは王の言葉のみならず、父から子へ受け継がれる意志なども絡み、統一するのは至難の業。時雨慈とは相反する思想を抱く宗徒もまた心ある者であり、その意を汲まぬというのは立場上難しいという。
 続けて腹心からは「北面への支援に二の足を踏むのは、建国時の信念を失ってまでの支援を試みれば、信徒に不安や疑念を与える恐れがある」との声が発せられると、次々と同意の声が上がる。この考え方こそが、説法派の懸念であることがハッキリと浮き彫りになった。

●説得開始
 からすの茶が振る舞われ、しばし幕間となった。
 時雨慈が茶で喉を潤したのを確認し、いよいよ開拓者側が説得に乗り出す。まずはここまで聞くに徹してきた透子が、いよいよ口を開いた。
「陰陽師としてのあたしの見立てなのですが‥‥アヤカシたちは北面とは戦っていません。民を襲っているだけです。芹内王が決戦に討って出ないのも、それが原因だと聞いています」
 芹内王の決断が鈍ったのは、ただの気後れだと思っていた腹心のひとりは「なんと‥‥」と声を失う。
 透子に呼応し、からすは腹心に向かって深く頷くと、時雨慈の方を向いて説得を始めた。
「民が襲われ、防戦一方。現在も戦力が拡散されており、このままではアヤカシに押し切られてしまいます。北面が壊滅すれば瘴気の拡大は免れず、東房は魔の森に囲まれてしまうでしょう」
 魔の森の拡大は、東房にとっても死活問題である。腹心たちは、これまでとは別の意味で渋い表情を浮かべた。
「し、しかし。開拓者は過去も合戦において、よく戦っているではないか!」
 腹心の言葉を聞いた利穏と伝助は、正直に目を伏せた。
「単刀直入に申し上げますと、我々開拓者だけでは力不足なのです」
「戦況は‥‥不利に傾いていると言わざるを得やせん」
 時雨慈は確認のためか、再び書状に目を通す。そしてあることを尋ねた。
「この、戦地からの敗走というくだりは‥‥開拓者で組織された軍のことも含むのかね?」
 これは、時雨慈が即興で仕掛けた問いかけである。
 彼は、いや東房は、今の時点で北面の苦戦を知っていた。それを決して、鼻で笑っていたわけではない。道中で会った老人が話していたように、「明日は我が身」なのだ。だから、積極的に情報収集を行い、戦況を把握していた。とはいえ、不動寺に入った際の出迎えからもわかるように、東房は開拓者に対して悪い印象を抱いてはいない。そんな彼らが恥を捨てて「苦戦している」と告白すれば、この話を真実と受け止めるしかないし、時雨慈としても見殺しにはできない。言葉を仕掛けた彼もまた、心の中で覚悟を決めていた。
 利穏はそれに答える。
「残念ながら、その通りです。私たちの力及ばず、たくさんの民が命を落としました」
 この返答に、誰もが息を飲んだ。時雨慈も「そうであったか」と短く言葉を発する。それでも利穏は、気丈に説得を続けた。
「先の合戦において、後方支援として難民たちの誘導に従事させていただきました。ある者は飢え、ある者は負傷し、ある者は怯え、家族との離別に泣く幼子さえいました。時雨慈様、私は時雨慈様が、そんな人々を見捨てる方になってほしくないのです」
 名指しされた時雨慈は、しばし床に視線を落とした。
 そこへ伝助が、国同士の利を語る。
「ここで東房が救援をなさったとなれば、北面にとっては恩人。芹内王が恩人に刃を向けることはありやせん。援軍は今後起こり得る無益な争いの芽を摘むための一手、とはお考え頂けないでやすか?」
 伝助はこの後「お願いしやす!」と頭を下げた。いよいよ説得は、佳境を迎える。

●決断の時
 時雨慈にしばし思案の時間を与え、修羅のふたりが説得を始める。
 まずは縁が、人間と修羅に関する昔話をした。過去の遺恨は長年に及んだが、最近になって共存の道を選択。今はこのように説得の面々として人間たちと並んで話している。
「遺恨のあった違う種族が共に前へ進むことができたんだ。同じ人間が協力できねぇこたぁねえだろ」
 縁の歯に衣着せぬ物言いも、この段階においてはサッパリしたものに聞こえるから不思議なものだ。
「住み慣れねぇ地で暮らすのは辛いもんだ。北面が蹂躙されれば、次はこの東房だろう。『唇亡歯寒』とは、よく言ったもんだな」
 唇亡びて歯寒し。これは『互いに助け合うべき関係にあるものは一体であり、一方がなくなってしまうともう一方も危くなる』ことを意味する。
 これに同調し、刃兼もまた「同じ苦しみを味わうのであれば、あえて打って出るべき」と意見を述べた。さらに彼は、あることを尋ねる。
「門外漢ゆえ、もしも無礼だったらすまない。天輪の教えは『精霊と人が歩み寄る』ことだと聞いた。精霊がどのようなことを考えるのかわからないが、感情に任せて動くのは‥‥精霊の意に沿うことになるのだろうか?」
 利穏が話す合戦の詳細、さらには伝助の訴え。縁の歴史的事実を聞いて、なおも僧兵が納得できないとあらば、感情が楔となっているに違いない。刃兼はまっすぐな視線で時雨慈を見据えた。これには腹心たちも唸り声を上げる。
 感情に任せて動くのは、実に簡単だ。相手との会話をせずにできる。説法派を掲げる彼らにとって、これこそが信徒への裏切りなのだ。彼らはそれに気づかされたのである。

 そこへ羊飼いが、今まで隠してきた東房への興味を抑え切れずに話し出した。
「自分も天輪宗にはちょー興味あるんですっ‥‥けど、この教えって、土地に縛られるものなんです?」
 これもまたストレートな質問であったが、腹心のひとりが「そんなことはない」と答える。
「でしょうねー。不動寺は聖地として、理解してるのですよ。じゃあ、東房の外の者は救いが得られないってのは、なんだかおかしくないです?」
 これまた、痛いところを突いてきた。刃兼、羊飼いと続けざまにやられ、腹心たちはぐうの音も出なくなる。
 両脇が追い込まれた感に包まれたのを察し、羊飼いは保護者の霜夜に目配せをする。
 少女は慌てて前に出ると、包拳礼で頭を下げ、拳士としての礼を尽くした上で最後の一押しを始めた。
「東房と北面が国として成り立つよりも前に、人はそれぞれの土地で営みを続けていました。あたしは道中、そんな方々の姿を目にしています。人は土地に根ざして生きていくと思うのです。ですから北面という国ではなく、かの地の田畑を守り、その土地に根付いた人たちのため、東房のお力を貸していただけるように、時雨慈さまから王にお口添え頂けないでしょうか?」
 霜夜は懸命に言葉を紡ぎ、時雨慈を見やった。
 彼に注がれる視線は、それだけではない。今まで説得に関わった開拓者、さらには脇に控える説法派の腹心も加わった。

 時雨慈はそれを感じながらも、ゆっくりと目を開き、講堂に響く大きな声で答えを出した。
「北面への援軍を前向きに検討しよう。王と円真の説得は、私に任せてもらう。何、悪いようにはしない。書状は直々に手渡すので、私が預かる」
 説得が功を奏したと知るや、からすは「ありがとうございます」と礼を述べ、お茶を淹れ直したいと申し出る。
「いくら茶を淹れたい性分とはいえ、今の方が美味く淹れられるであろう。期待しておるぞ」
 時雨慈はからすがこの手の話を好まぬことは、茶を淹れる姿から察していたらしい。少女は「ならば、今度はご期待ください」と微笑んで見せた。

 邂逅の茶の湯が振る舞われると、講堂の雰囲気はようやく晴れやかなものへと変わる。彼らの説得は功を奏し、たすきは時雨慈に預けられた。
 かの地では、首を長くして援軍を待っている。この結果を伝えるべく、開拓者は早々にこの地を後にした。