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■オープニング本文 ●来訪者たち 大アヤカシ「瘴海」の撃破で、周辺の村々にひとときの平穏がもたらされた。 しかし傷ついた人々の心は、すぐには治らない。アヤカシに勝ったという実感は、もっと後に感じるものなのだろう。 皆が手を携えて力強く立ち上がるには、まだまだ開拓者たちの手助けが必要なのだ。 決戦の舞台から少し離れた場所に位置する小さな村に、大八車を引いた旅芸人の一座がやってきた。 先頭に立つ青年はおどけた衣装に身を包んでいる。ふとひとりの村人と目が合うや、すぐ赤い玉を取り出してお手玉をはじめた。 相手は泥の片づけに忙しかったからか、しばしムッとした表情を浮かべる。それでも道化師は挫けない。 たまに玉をこぼしそうになって慌てたり、そのうち失敗したりと、メリハリのある動きで気難しい観客を前に奮闘した。 それを遠巻きに見ていた小さな女の子が、「なになに〜?」と言いながら駆け寄ってくる。 「おじちゃん、どーしたのー?」 「僕は旅をしながら、みんなを笑顔にしてるんだ。もし君が笑ってくれたら‥‥僕はそれで満足」 変わった旅人は懐から瞬時に花を取り出し、それを少女に差し出す。ジルベリアの花だろうか。小さなお客さんはチップの代わりに屈託のない笑みを見せた。 そうこうしているうちに、他の村人たちが「何事か」と集まってくる。道化師は紳士の礼を取ると、村長と話がしたいと申し出た。 「もはやここは立派なステージですが、我々はひとりでも多くのお客様に見ていただきたい。そう考えております」 そういうことならと、村長は彼らを自宅に招き入れた。 来客のために出された熱いお茶の数は3つ。その前に道化師の青年とサムライ風の少女、そして幼い子どもが並んでいる。 「ぶしつけな質問で恐縮ですが‥‥旅芸人というには、いささか寂しい人数ではございませんかな?」 村長は率直な感想を口にする。その言葉に過敏な反応を見せたのは少年だったが、誰かの視線を感じたのか、すぐにニコッと笑みを浮かべた。 「この近くを横切る際、粘泥の群れに出くわしまして。その時に座長をはじめ、仲間たちが命を落としました」 いっさい感情をこめず、サラリと言い放つ道化師。思わず村長が「これはとんだ失礼を」と素直に謝る。 「なるほど。それでは芸を披露しようと、この村にいらっしゃったということですかな?」 「ええ、最初からここにも立ち寄るつもりだったんですよ」 少女は物静かな性格なのか、交渉役の言葉に相槌を打つばかり。それでも悲嘆に暮れる様子はいっさい見せない。 「そこの少年、実はこの村で初舞台を踏む段取りでして‥‥」 それを聞いた村長は押し黙り、しばし思案した。 この村には幸いにも甚大な被害は出ていないが、村人の心は疲れ切っている。中には直接的な被害を受けた者も存在し、賑やかな催しに対する反発も予想された。 しかしここの民はいつか笑顔になれるが、彼らはいつどこで笑顔になれるのだろうか。ここを離れれば仲間の墓も遠ざかり、また当てもなく放浪の旅を続けるのだ。水でもない食糧でもない何かを与えるのは、他ならぬ我々の役目ではないか。 村長は意を決し、ポンとひとつ膝を叩いた。 「よろしい。少年の初舞台、引き受けました。ただし、ひとつ条件があります」 快い返事をしてくれた相手に無理は言えぬと、青年は「何でございましょう」と尋ねる。 「合戦の立役者である開拓者の皆さんが、まだこの近くにいると聞きます。彼らをお客として、場合によっては芸人として招き、さらに盛り上げるという考えに賛同してはいただけないですかな?」 「おお、それは素敵なお申し出でございます。大歓迎です」 この時、たった3人の一座は仮初でない笑顔を浮かべた。村長は「これでいい」と安堵する。 ●招待者たち 開拓者への打診しなくてはならないので、宴会の開催は翌日の夜となった。 その話を伝え聞いたシノビの草崎刃馬(iz0181)は、「酒が飲めるのか!」と気をよくする。 「今回の合戦はしんどかったからなー、こういうご褒美は遠慮なく参加するぜ!」 ノリのいい刃馬は、さっそく周囲にいた開拓者たちを誘い始める。得意とする情報の流布も駆使し、参加者を募った。 「そして少年の独り立ち、か。そっちもフォローできたら最高だな‥‥」 さまざまな思惑が入り混じる宴ではあるが、最後はみんなが楽しめれば大成功。刃馬はそう信じた。 「ま、相棒も連れてきていいってことだけど‥‥ちゃんと用意してあるんだろうな、それだけの食い物」 刃馬は「食う奴は食うんだぜ〜」と呟きながら、クククと笑った。それも見世物になれば結構なことだが。 すべての人の心を和らげる宴は、澄んだ夜空の下で行われる。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 无(ib1198) / Kyrie(ib5916) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / キサラ・ルイシコフ(ib6693) / ハルノ(ib7689) |
■リプレイ本文 ●相棒も楽しく ささやかな酒宴に招かれた開拓者たちは、まず村人の表情を見て安心した。 瘴海の件で少しは気落ちしているかと思いきや、騒ぐべきところではしっかりと騒いでいる。心の整理を後に回し、今は愚かなほどに宴を楽しんだ。 その様子を遠くで見ている村長も、ホッと胸を撫で下ろす。そこへからす(ia6525)を名乗る少女が、もふらの浮舟と一緒に歩み寄った。 「今日の宴が賑わっているのは、私にとっても幸いです」 そう言いながら、浮舟の引く荷台の中から天儀酒「武烈」を取り出し、それをおもむろに村長へと差し出した。 「今宵もっとも盛り上がった者に渡してくれ。匿名でね」 「こんな上等な酒を‥‥わかりました。感謝しますぞ」 村長は彼女の意を汲み、匿名で出すことを約束する。からすはひとつ頷くと、売り子の浮舟と一緒に会場を練り歩いた。 「おつまみー、お飲み物、如何でありますかー?」 もふらの呼び込みに反応したのは、志士の和奏(ia8807)。相棒の漣李に与える水を所望した。からすは岩清水を取り、彼に「どうぞ」と手渡すと、少し底の深い皿にそれを注ぐ。 今日の鷲獅鳥は嘴から爪の先、尻尾までお手入れが行き届き、すっかり外行きの姿になっていた。 「クエッ!」 和奏の愛情を感じた漣李は、丁寧に水を舐める。それを見た村人が「余所行きで気取ってやがる」と冷やかすと、漣李は上を向いてツンとおすまし。まるで管狐のように振る舞った。 すると村人の息子が駆け寄り、大きな肉を持ってくるではないか。漣李は「おっ」と言わんばかりにカッと目を見開くも、せっかく威厳ある姿を見せちゃったのでしばし我慢。ここで「食べたい」という欲を見せると、主人の面子を潰すと考えたのだろうか。しかし息子は物怖じせず、鷲獅鳥に向かって「はい!」と肉を差し出した。 「これは‥‥ありがとうございます。漣李、遠慮なく食べていいんだよ」 主人からの指示が出ると、すばやく二度頷いて、まずは肉を丸ごと咥える。そしてみんなに見える位置に下ろし、軽快なリズムで食べ始めた。 「なーんだ、キミは早く食べたかったんだね!」 息子に心中を見抜かれた漣李だが、めげずに食べ続ける。和奏は「そうでしょうね」と言いながら、しばし少年と談笑した。 別の場所では、巫女装束に身を包んだ礼野 真夢紀(ia1144)が、相棒の鈴麗と一緒に食事を楽しんでいた。 彼の好物は果物。無造作にあーんと口を開けると、真夢紀がひょいっと果物を上に投げる。それを見事に口の中へ収め、モグモグと食べるのが鈴麗の特技だ。 投げた場所が少し遠くても、相棒は身を伸ばして難なくキャッチ。それを見ていた村人は「おーっ」と拍手する。これはもはや見世物だ。 「鈴麗も‥‥舞台に出る?」 真夢紀はもしかして一芸に値するかと思って切り出したのだが、鈴麗は小首を傾げて「何が?」という仕草を見せるばかり。はたしてこのコンビが舞台に登場することはあるのだろうか。 舞台には、3人きりの旅芸人一座の先鋒・道化師がお手玉を始めていた。 前の方に陣取っていた无(ib1198)は、芸と同じくらい相棒の尾無狐・ナイを見て楽しんでいる。というのも、彼はどんな芸にも目を丸くし、終わればしっかり手を叩いたりと、とにかく舞台に興味津々。たまに无の持っているリンゴをかじるが、視線は常に前を見ている。 「まだ始まったばかりだぞ、大丈夫か?」 ナイは膝の上で拍手しながら、ご主人の顔を見上げ、今度は无に向かって拍手する。 「ま、確かに。そういう宴でもあるがな」 この宴の本来の意味を忘れるところだった彼は、そっと頭を撫でる。その後もナイは舞台を存分に楽しんだ。 ●舞台の幕が開く 今回の宴は、開拓者から飛び入り参加の申し出があった。その旨を村長が伝えると、会場の雰囲気も盛り上がる。 道化師の後に登場したのは、端正な容姿を持つKyrie(ib5916)と、パートナーの土偶ゴーレム・ザジ。Kyrieはアコーディオンを持っており、舞台の端に立つと大きく身体を前に振ると、軽快な指さばきで演奏を開始する。 ところがザジは踊るどころか、ボーっと突っ立ったまま動こうとしない。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 演奏をやめて舞台中央に駆け寄るKyrieだが、彼は説教を音にしなかった。なぜならこれは、無言劇だからだ。 身振り手振りでザジに指導すると、また同じ場所に立って演奏を再開。しかしまたしても、ザジは思い通りに動いてくれない。 ザジの興が乗らないからかとしばらく演奏を続けるが、相棒はゆっくりと舞台に座り込む始末。さすがのKyrieも演奏をやめ、再びお説教を開始する。 この頃から、観客からもクスクスと笑い声が響き始めていた。Kyrieは「今度こそは」とばかりに演奏を開始するも、ザジは思い通りに動かない。演奏と説教の流れは何度も続くが、ついにはKyrieの方が怒り疲れてしまった。 へとへとになったKyrieは、ザジにアコーディオンを渡し、代わりに目覚まし用の水を持って来いと身振りで指示。ザジは舞台の端から桶に入った水を持ってくるも、ご主人の頭の上からそれをぶちまけてしまった。ベチャベチャになったKyrieは恨めしそうな表情を浮かべるも、ザジが「気にすんなよ」とばかりにやさしく肩を叩く。 それを合図にふたりは仲良く手を繋ぎ、ジルベリアのフォークダンスを踊りながら舞台の袖へ退場した。観客はこのふたりが退場した後も、割れんばかりの拍手を惜しみなく送り続ける。 「観客がいるというのは、ありがたいですね」 Kyrieはザジが持ってきたタオルで髪を拭きながら、先に舞台を終えていた道化師の男にそう話しかけた。相手は神妙な面持ちで頷き、Kyrieに握手を求める。 その輪にザジも入り、演者同士も十二分に盛り上がった。 続いて登場したのは、見た目にも大きい斬竜刀を手にした琥龍 蒼羅(ib0214)。彼が見せるのは剣舞である。 太い丸太を3本束ねたものを舞台の両側から順番に投げ、それを見事に斬るというのだ。 まずは前から飛んでくる丸太に対応し、居合と雪折を発現させて一気に両断。返す刀で後ろから迫る丸太を鋭い太刀筋で切り落とす。あれだけ大きな刀を扱いながらも、隙のない動き‥‥誰もが目を丸くしたが、すぐに拍手が響いた。 「この後は少女による剣舞だ。じっくりと楽しんでくれ」 蒼羅は彼女を招き入れると、自分は舞台を降りて駿龍の陽淵のところへ戻った。彼は熱心に焼き魚を食べていたが、ご主人が戻ってくると翼をはためかせて喜びのポーズを見せる。 「グギャ! グギャッ!」 「お、焼き魚が回ってきたのか。それはよかった」 陽淵のお好みは魚料理。これが来ると、お肉そっちのけで食べ始めるのだ。 これで陽淵のご機嫌は続くと、蒼羅も一安心。からすに岩清水をもらおうと声をかけた。 「悪いが、こっちに水をくれ」 「わかりました。浮舟、岩清水を‥‥あれ、どこに行った?」 からすは自分の相棒を目で探す。 するとさっき美しい琵琶の音を奏でていた柚乃(ia0638)のところで、なぜか足を止めていた。そこにはもふらの八曜丸と管狐の伊邪那、そして浮舟が我先にと食べ物を漁っているではないか。 「もふー! それはおいらのもふ! イザナにはあげないもふー!」 「何よいいじゃない、つべこべ言わないの!」 「それは浮舟がもらった物でありますよ」 3匹のケンカは、もはや子どものケンカ。からすと柚乃は必死で止めるも、なかなか言うことを聞かない。時折、お互いに「すみません」と言いながら、相棒たちが満足の行く決着を模索した。 ●明日に向くために 少女の剣舞が終わると、サムライらしからぬ姿の村雨 紫狼(ia9073)が、相棒の土偶ゴーレム・ミーアを連れて登場した。 この時どちらも、原型を留めぬほどの女装をしている。紫狼はローブデコルテ「白雪」を、ミーアはドレス「ブラウライネ」を着て、お揃いのアンクレットに獣耳カチューシャをつけていた。 それを見た一部の村人は、盛大に酒を吹き出してしまう。 紫狼は自らを「濃霧」と名乗り、精一杯の元気を全面に押し出してアイドルを演じた。もちろん、ミーアも奮起する。 「みんなー、笑顔を忘れちゃダメなのですー!!」 「さあ、派手に飛ばすから振り落とされないでね!」 ふたりは飛びっきり明るいアイドルナンバーを歌い始め、観客には手拍子を求める。酔いも回ってきた頃なので、男たちはやんややんやの大騒ぎ。お望みどおり、ふたりはヒロインとなった。 それを見ていた无の膝の上にいるナイが、くるくると回って踊り出す。 「お前も何かやるか?」 そんなことをさせる気はないが、何気なしに无は呟いた。ナイは見たこともない歌声を聞いたからか、どんどん盛り上がる。无も「これは珍しい」とばかりに、酒を煽った。 アイドルの後は、いよいよ旅芸人一座の少年が初舞台を披露する。 軽い身のこなしで所狭しと動き回り、最後まで危なげなく演じ切った。観客も事情を知っているからか、ひとつの技が決まるたびに大きな歓声と拍手を送る。 その後、幕間で真夢紀が鈴麗と共に登場し、先ほど活躍した少年も助手として舞台に招いた。 「それでは、まゆの相棒が果物を取りますの」 皮を剥いた果物を少年に持たせると、相棒に声をかける。 「りーんれいっ! 今から投げるからね〜っ。技能を使ってもよし!」 それを聞いた鈴麗は「ギャウ!」と頷いた。そして少年はなるべく高く果物を投げる。 すると鈴麗は高速飛行を駆使して、あっという間に果物をパクッと口に収めてしまうではないか。さすがは駿龍。観客も感嘆の声を響かせた。 「投げ方がお上手だったからですの。彼にも拍手をお願いしますの」 真夢紀はうまくフォローして、少年にも花を持たせた。 宴も終わりに差し掛かった。舞台に立ったユウキ=アルセイフ(ib6332)は、駿龍のカルマと共に歌舞伎を演じていた。 蒼羅がリュートを、キサラ・ルイシコフ(ib6693)がフルートを吹くという、一風変わった歌舞伎となったが、そこはご愛嬌である。 薙刀を持ったカルマが中央に進み出ると、間を置いて後ろからユウキがやってくる。ふたりは中央でしばしにらみ合うが、演奏が終わった瞬間にお互いが攻撃を開始。激しい戦闘が繰り広げられる。武器を持った駿龍の攻撃も見所のひとつで、観客たちも熱い声援を送った。 息の合った演舞は10分にも及び、最後はユウキが横笛を吹いて舞台から去ると、カルマも端へと消える。ユウキはカルマから薙刀を預かり、「よくやったな」と声をかけた。 そのまま演奏を引き受けていたキサラが、相棒の迅鷹・リリーと一緒に舞台へ。キサラご自慢の白い翼を広げ、夜の闇を照らすかのようにくるっと一回転。 「キサラ、がんばって吹くから楽しんでね〜」 彼女はオカリナを使って演奏を始めると、村の女性や子どもたちは目を閉じて聞き入る。お酒の入った大人たちも、しばし静かに飲みふける。 ところが、しばらくすると異変が起こる。なんとこの時間に、リスや猫がキサラの周りに集まってきたのだ。どうやら最近覚えた小鳥の囀りを、無意識に使ってしまったらしい。相棒のリリーも思わず不思議そうに小動物たちを見た。 そこへ集まってきたのは、動物たちばかりではない。Kyrieはアコーディオンを持って袖から現れ、柚乃は琵琶、蒼羅がリュートを奏で、即興の演奏会を始めた。その音色は明るく、前向きになれるハーモニー。宴の最後は、穏やかな気持ちになれる演奏で終わった。 ●それぞれの旅路 村長はからすから預かった天儀酒「武烈」を、無事に初舞台をこなした少年に贈呈した。彼は恐縮しながらも受け取り、今後も精進すると誓う。 舞台裏にやってきた无は、旅芸人一座にクッキーや線香花火などを差し入れ、この先の話を聞いた。 「行く先はあるのか?」 「定期的に戻る場所は決まりましたけどね。行き先は風の吹くまま、気の向くまま‥‥でしょうか」 青年はこの村の近くに仲間の墓があることを打ち明けた。この後、キサラが葬送曲を奏でてくれるので、出発前にもう一度お参りに行くそうだ。 「なるほど。とにかく、道中は気をつけろ」 涙はこの宴で拭った。もう、これ以上の悲劇はいらない。一座はもちろん、村人から開拓者に至るまで笑顔になったのだから。彼らも大きく頷く。 「この熱を伝えていくのが、我々の使命です」 道化師は最後の真顔を見せると、それっきり笑顔で接するようになった。 開拓者も舞台に立って盛り上げた宴は大成功を収めた。きっとこの村も、そして旅芸人一座も、新たなる一歩が踏み出せるだろう。 |