|
■オープニング本文 ●箱入り娘の帰還 北面の都・仁生に書斎を構える、今人気の女流作家・西荻アカネ。 現在は「魅力の相棒に迫る!」を執筆中の彼女だが、これまでさまざまなジャンルに挑んできたからか、交友関係がとても広く、一度に多くの情報を得ることがあった。 アカネは過去の依頼でお世話になった、シノビの草崎流騎(iz0180)を不定期に呼んでいる。とはいえ、仕事の依頼を切り出すことは稀だ。 彼女は休憩がてら応接室で、自分の執筆に関係がなく、相手に有益そうな情報を選んで話すだけ。流騎も職業柄、聞いておいた方が何かとお得。呼ばれれば、せっせと足を運んでいた。 この日もお互いに茶をすすりながら話していると、アカネが紙の束から一枚のメモを取り出した。 「あ、忘れてた。流騎さん、かなりいい報酬の出るお仕事があるんだけど‥‥」 「アカネさんの耳は天儀に留まりませんな、はっはっは」 相手が切り出した話を遮る必要もないだろうと、流騎は「ぜひ聞かせてください」と願い出た。 「仁生の名家として知られる天宮のお嬢様が、大病を完治して屋敷へお戻りになったそうなの」 流騎はあごに手をやり、「ふむ」とひとつ頷く。 天宮家の一人娘・桜子は幼少の頃から身体が弱く、数年前に大病を患った‥‥とは、シノビでなくとも知るところだ。 最近は屋敷を離れ、霊験あらたかな場所で療養していると聞いてはいたが、見事に完治して戻ったとはなんとも喜ばしい。 「さぞかし、親御さんもお喜びでしょうな」 「すっかり治ったのはいいんだけど、問題は‥‥別にあるのね」 アカネは深い事情を知っているせいか、ほんの少し顔を曇らせた。 桜子は治療のため、心穏やかな生活を強いられてきたらしい。命の危険が伴う状況で「平静でいろ」とは、言葉にし難い苦痛が伴ったはずだ。 極端に明るくもおとなしくもない年頃の少女にとって、この期間の記憶は見えない傷となり、ついには元気になっても笑みひとつこぼさぬようになったという。 両親が心配するのはもちろんだが、本人も「ひとたび笑えば、あの病が戻ってくるかもしれない」と侍女に漏らしており、今も天宮の屋敷を包む空気はどこか重苦しい。 「その侍女の方がね、すごく心配してるの。まだ快気祝いもしてないっていうし。流騎さん、なんとかならないかしら?」 流騎はこの時、何かを察した。『またとんでもなくバカなこと頼まれるんじゃないか?』という不安‥‥ 「‥‥そのね、体当たりの強烈なギャグとか凝ったコントだと免疫ないかもしれないから。ちょっとしたダジャレとか、シャレとか漫談とかで、みんながクスってする感じのを‥‥」 「ダジャレ? シャレ? 漫談??」 流騎は素直に、白けた顔で反応する。アカネは額に冷や汗を滲ませながらも、必死に説得を試みた。 「べっ、別に私ね。りゅ、流騎さんを困らせようとしてるわけじゃないの。ほらほら、桜子さんのため! 報酬も多めに出るし!」 しかし相手は無表情で「ああ、そうですかー」と音を立てて茶をすするのみ。 「開拓者ギルドに、そういう愉快な方っていないのかなー。わ、私も見てみたいかなー、そういうのー」 あまりにも必死な彼女を見て、ちょっといじめ過ぎたかと反省した流騎は咳払いをした。自分でも驚きのハイテンションと相手の反応を見て、思わずビクッと身を震わすアカネ。 「わかりました。アカネさんがそこまでおっしゃるなら、お引き受けしましょう。段取りは私にお任せください」 「ああ、よかったー。じゃあ楽しみにしてますからね、流騎さんのダジャレ!」 妙な仏心を出したばっかりに、自らも芸人となって出るハメに‥‥流騎は恨めしそうにアカネを睨んだ。 ●笑いの傾向 笑いの祭典が繰り広げられる会場は、天宮の屋敷にある大きな中庭。渡り廊下に椅子を並べ、桜子と両親、そしてアカネが座る。 非常に上品な家柄なので、ソフトな感じの笑いでなければ通用しないとは、アカネに話を持ってきた侍女の弁。 だが、桜子の父は人並みに笑う人で、さらにジルベリアン・ジョークやアル=カマル・トーク、秦国爆笑寄席にも精通しているという。 「参考になるのかわからないが‥‥すぐに笑いそうなのは父、と」 流騎は情報を集めながら、「いったいどうしたものか」と頭を悩ませる。 「家族の仲はとってもいいから、笑い出したら止まらなくなると思うわ。問題は笑うのが怖い桜子さんだけど‥‥」 もっとも高き壁として立ちはだかるのは、やはり桜子か。ここはあと一押しになったらネタだけに頼らず、彼女の心に訴えかけることも考えていいかもしれない。 「ま、大丈夫でしょう。笑ってるのが一番いいってこと、お教えしましょうぞ」 会場を見て、流騎の気持ちにも気合いが入ったか。数日後、この屋敷にて爆笑の舞台が幕を開ける。 |
■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●上品な舞台へようこそ 舞台の最前列となる縁側には、桜子の家族が勢揃い。暗い面持ちの少女の隣に、今回の仕事を斡旋したアカネが陣取った。 この桜子の仏頂面ときたら相当なもので、アカネはもちろん両親も気を遣うほど。出し物が始まるまでの盛り上げも一苦労だ。 「さ、桜子さん。も、もうすぐ始まりますよ〜」 「‥‥‥‥‥ええ」 小さく声を出す桜子。決して不遜な態度ではないのだが、誰もが驚くほどのローテンションである。 その様子を立てかけた板の後ろから見つめるのは、トップバッターの小伝良 虎太郎(ia0375)と草崎流騎(iz0180)。ふたりは顔を見合わせ、しぶ〜い表情を浮かべる。 「おいら、桜子みたいに生きてけない自信ある」 「それは‥‥私も無理かな」 そんな彼女を笑わせろとは、なんとも酷なお話。だから、すでにネタは仕込んである。誰もいない舞台の上手に、白い鳥に真っ赤な鶏冠をかぶせた人形が2体、何か言いたげなポーズで座っていた。 これを仕込んだのは、およそお笑いとは縁遠いであろう少年・利穏(ia9760)だが、最初から周囲に「無視されても泣きません」と気丈に振る舞っている。ちなみにこの人形、あまりにも舞台にマッチしすぎて、セットの一部と勘違いされていた。 「上品な笑いになるか自信ないけど、笑顔でいられるならその方がいいよね。やれるだけやってみるよ!」 「交代が必要なら、すぐに合図ください。こっちで調整しますから」 流騎が命綱ともいえる『参った』のサインを最後に確認すると、出囃子の演奏を担当する利穏と羽喰 琥珀(ib3263)に目配せをした。 「んじゃ、演奏開始だぜ!」 琥珀が旅一座で習得したという横笛を器用に吹き始めると、利穏はベルを奏でてそれに合わせる。いよいよお笑いの舞台が始まった。 舞台の中央へズズイッと進む虎太郎は鍋の蓋を両手に持ち、出囃子に合わせて「ジャーンジャーン!」と口で奏でる。少年の戦いはすでに始まっていた。 「ジャーン! ジャーン! ジャンジャーン! これ、シンバルー♪」 演奏が続く間はその辺を歩き回り、笑顔満面でご陽気に。曲が静まるとわかれば、すかさず壁に近づいて片方の鍋の蓋を引っ掛ける。 「あら〜、今日は満月かしらぁ〜?」 畳み掛けるようにモノボケを連続で仕掛ける虎太郎。桜子のような良家のお嬢様を真似したらしいが、実際に響いたのは素っ頓狂な音程の裏声だった。 見た目と声のギャップにハマり、桜子の父は「プッ」と笑う。そして桜子の反応を確認するが、案の定の仏頂面。これを見た父は、速攻で冷めてしまった。 ここでヘコたれていては、先が思いやられる。虎太郎はどこからともなく西瓜を取り出した。なんとも甘そうな赤みを湛えた西瓜は、すぐに陰殻のものとわかる。 これを目の前にしてニンマリと笑い、虎太郎は一口かぶりつく。そして一言‥‥ 「陰殻の西瓜は、いんがいと美味しい! ねぇ、食べる? 食べる?」 観客の皆さんにそう勧めると、ちょうどいいサイズに切られた西瓜を持ったエルフのジプシー・アムルタート(ib6632)が踊るように登場。そして父の目の前に差し出す。ここは父を狙い撃ちにする作戦のようだ。 虎太郎はもう一口食べた後、「あっ!」と一声上げる。客の注目を向けるいい手段だ。 「もしかしたら、架茂王は鴨が好き‥‥かも〜! なーんちゃってー!」 同じ言葉を3回も絡ませるとなると、これはなかなか難しい。なお『神楽素人芸人協会』が定める認定試験において、この技は初段に昇進する際の必須科目である。 ダジャレを言い終わると、またあのシンバルを用意して「ジャーンジャーン、ジャーン♪」と口ずさむ。そしてぐるっと舞台を一周しながら、演奏に合わせて袖に引っ込んだ。 「なかなかやるな、虎太郎くん!」 流騎がそういうと、少年は両手を頭に回して「それほどでもないよー!」と照れる。なぜこんなに余裕があるのかといえば、実はまだ、彼には奥の手が残されているからだ。 ●駄洒落の青年たち 虎太郎と入れ違いに登場したのは、サムライの九竜・鋼介(ia2192)。なんともさわやかな外見だが、彼もまたやり手である。幕間を埋めるために小噺を披露するのだが、この話し口が達者なのだ。 「陰殻の西瓜が出てたが、季節はもう秋になろうとしてるねぇ‥‥」 先ほどのネタを臨機応変に反映させるところなど、まさに玄人好みといえよう。 「秋といえば、秋の味覚。秋の味覚にもいろいろあるけど、やっぱり果物だねぇ。さっきのも、実にうまそうだった」 ふと父の持つ西瓜に目をやるが、ここはさらっと流す。 「ところで、こんな話がある。武道を嗜む者が友人に聞いた。彼は『私の好きなものを知っているか?』と。すると友人はこう答えた‥‥『葡萄か?』ってな」 きれいにオチたところで、再び鳴り響く出囃子。彼は頭を掻きながら、袖に引っ込む。あまりにきれいにハマったせいか、観客席からは笑いというよりかは納得の声が響いた。 その反応を見た鋼介だが、まったく焦りの色はない。 「まぁ、駄洒落はこういうもんだ」 彼の言葉を聞いた流騎だが、その本質を得るまでには及ばない。それを知るのは、次の出番のことであった。 続いて、金髪のサムライ・利穏が登場。こちらもまたダジャレで攻める。 「先の武天での戦い‥‥苦戦したのは、敵に攻撃が当たらなかったからです。狙ったのに当たらない。なかなか、ぶ、打てん‥‥」 刀を振る動作を交えてのダジャレを披露した後、静かにスッと正しい姿勢に戻る利穏。まだ緊張が抜けてないのだろうか。 ところが、この仕草が父だけでなく、母やアカネにもウケた。確かに「クスッ」と笑ったのだ。利穏はそのままの勢いで続ける。 「北面に、ふたりの男がいました。ある日、ひとりが銭を切らして焦りました」 次から演技パートだが、いかにも子どもらしい仕草が随所に織り込まれ、袖の芸人さんたちの笑いまでも誘った。 「こりゃ困ったぞ!」「大丈夫だ、さっき臨時収入があったんだ」「ほっ、工面できたか‥‥」 いかにも職場でありそうな風景に、父は陥落。ついに声を出して笑い出す。アカネは利穏の仕草という別方向から笑い、場の雰囲気はいよいよ温まってきた。 ここで利穏はいったん袖に下がり、再び鋼介の登場。二度目の小噺に入る。 「男が寄れば、だいたいあんな下らないことやってます。今度もそんなお話‥‥」 利穏の流れを受けるスタイルはそのままに、スルリと次のネタへ。 「ある男が釣果のない男に『釣れますか?』と尋ねたところ、『うるさい、気が散る』と怒鳴られてしまった。まぁ、気持ちはわからなくもない」 桜子の父は、なぜか納得の面持ちで「うんうん」と頷いている。 「すると男はこう言った‥‥『これが本当のつれない返事』ってねぇ」 またうまくオチたところで、さっさと退散。だが二度目ともなると、両親やアカネは同じ反応でも深さが増している。納得の頷きも大きく、笑いの声も大きく‥‥ついでに袖にいた流騎も「お上手ですね」と他人事のように呟く始末だ。 「バカバカしいことも、重ねて聞けば‥‥ってね」 流騎はなんとなく、鋼介の流儀がわかった気がした。あくまで、なんとなくだが。 ●ネギ三昧! そんな流騎にも仕事が回ってきた。もちろん、ひとりではない。いや、正確には1匹と一緒だ。なんと着ぐるみの虎と一緒に、幕間を盛り上げる役目を仰せつかった。 これは虎太郎が用意した「まるごととらさん」で、自分が被っているのだ。彼はカワイイ声で「ニャーン」と鳴く。それを聞いた全員‥‥なんと桜子までもが「あれ?」という表情を浮かべた。 「こらこら、君はトラさんだろ? 猫のマネはやめるんだ」 流騎が説教をしても、トラは「ニャン♪」と返事するばかり。トラを被った猫は愛嬌を振る舞い、縁側にも愛嬌を振りまく。 そして桜子の近くで丸くなり、たっぷりの日差しを受けて満足そうに眠るフリをした。 この時、彼女はどういう顔をすればいいのか悩んでいた。しかしまだ、それを口に出すまでには至らない。 あと一押しが欲しい‥‥流騎はそう思いながら、自分も縁側に向かい、そのまま次の芸を見ることにした。実は虎太郎と流騎は、これが次の演者による仕込みだとは聞かされていない。 ここで真打ち、リィムナ・ピサレット(ib5201)が登場。最年少の少女が仕掛けるのは、なんと落語である。 アムルタートが踊るようにして座布団を運ぶと、リィムナはそこへちょこんと座り、持ってた扇子で膝を叩く。 「お客様の前に座る草崎の流騎、ここでは流さんとお呼びしますが‥‥『根来』と書いて『ネギ』と読む珍しいお名前の友達がおりましてね。大のネギ好きで、寝ても覚めてもネギのことばかり」 なんとも流暢なシャベリに感心する父。そして禁断の言葉「ネギ」を耳にして、思わずビクッと身を震わせる流騎とトラ猫。 先ほど座布団を運んだアムルタートがいつの間にやら流騎の隣に座っており、わざとらしく「どうしたのかな〜?」と小悪魔の微笑みを浮かべる。ふたりはこの時、ようやく気づいた。「しまった、ハメられた」と。 その後も落語は続いた。しかし発音は「ネギ」に力を込めて話すもんだから、前のひとりと1匹がビクつくのも楽しめる。 根来の生業はもちろん禰宜で、社の敷地に勝手にネギ畑を作って上役に怒られる。さらに大のケチンボで、物を買う時は値切りまくるというのだ。 「そんな根来ですが、ある日ネギの味噌汁をご馳走するというってんで、友人一同を家に招いたんです」 思わず流騎は「まだ続くのか」と本音を口にする。その頃にはすでに、桜子一家はおろか女中にまでアカネによるネギ嫌いの解説が広まっていた。 「流さんはきっと美味いのが出てくると待っていたが、いつまで経っても根来が出てこない。すると、台所から物騒な音が聞こえてきた」 物語の流騎は何事かと思い、台所に踏み込むと、根来がアヤカシに憑かれたかのようにネギをかじっているではないか‥‥ と、ここでリィムナは本物のネギを取り出し、根来のマネをし始めた。ネギをかじったり、ペロペロ舐めたりと、なんとも念の入った仕草である。 流騎とトラ猫は「出たぁー!」と叫び、お互いに抱きつく。虎太郎に至っては、たまに右手を「フシャー!」と言いながらせわしなく動かし、必死に猫丸出しであっち行けアピールを繰り返した。 「流さん、ご馳走するネギを嬉しそうに食う根来の頭を叩き、自分で食う奴があるかと説教。しかし根来は、素面に戻ると今まさに作ってる最中だと話す」 落語に耳を傾ける者も、ネギに恐れをなすふたりを眺める者も、じっとオチを待つ。 「ネギの味噌汁ってのは、根深汁っていうだろ? だから、俺がねぶってかじってるんだよ。ねぶ、かじる。根深汁‥‥おあとがよろしい様で」 きれいに落としたところで、リィムナはアムルリープを飛ばし、大騒ぎしそうな流騎を一発で眠らせると静々と退場する。 トラ猫は「キャイン!」といいながら袖へ逃げ、流騎はアカネに揺り起こされて正気を取り戻した。 ●ゲームも踊りも 続いては琥珀が、流騎を引き連れて登場。ここでは数の書かれたカードを使い、言葉を使わずに身振りだけで観客に伝えるという芸を披露すると、桜子たちに伝える。 「流騎、ちゃんと伝えるんだぞー! ああ、口で言っちゃ困るから、これ被って」 無理やり被せられたのは、おかしな表情をしたもふらのお面。どこか誇らしげにも見えるこの顔が、じわじわ効いてくる。 「じゃあ、最初はこれな! よーい、はじめっ!」 この芸では、無駄にシノビの身体能力を使う。身体を丸めたり腕を伸ばしたりして、まさに三面六臂の活躍で桜子たちに数字を伝えようとがんばった。 最初に引いたのは「参」である。彼はエビ反りになって上の形を表現し、その後は足をバタつかせるなどの珍演技も飛び出す。 流騎が必死に表現し始めた頃、琥珀は桜子たちに向けて、大きな紙を広げて答えを見せていた。 「私、全然わかんないなぁ‥‥」 アカネは意地悪にも、流騎に注文をつけた。すると彼も必死になって、いろんなポーズを繰り出す。 「じゃ、そろそろわかったー? 答えをみんなで言ってくれ! せーのっ」 「さん〜〜〜!」 琥珀の正解コールを聞いて安心した流騎は「なんとか伝わったか」と胸を撫で下ろし、面を外しながら「よかった〜」と振り向く。 すると、彼の瞳の奥に「参」と書かれた紙が飛び込んできた。 「え‥‥‥っ??」 あれだけがんばったのに、最初から知ってたなんて‥‥カラクリを知った流騎は、暗い顔で立ち尽くす。その姿からは、ほんの少し哀愁が漂っていた。 ここまでの大仕掛けをしておきながら悪気も見せずに笑う琥珀を見て、桜子がふと微笑む。 「あーっ! 笑ったぜ、今!」 その瞬間を、琥珀は見逃さなかった。すると精神的に立ち直ったトラ猫がきれいな花束を咥えて、桜子の元へ駆け寄る。 「ニャーン♪」 何気なくその花を受け取ろうとした桜子だが、また顔を硬直させる。「笑ってはいけない」という気持ちが顔を覗かせたか。 しかし琥珀は、それを阻止する。 「笑うの無理に我慢すると、身体に毒だぜー。笑うと健康になるんだしさー」 鋼介と利穏も舞台から縁側に出て、最後の一押しに協力する。 「時にはお気楽に、だ」 「辛いことも笑い飛ばせばいいと思います。ね、流騎さん?」 「ソウデスネ」 片言で返事する流騎が場を沸かしたところで、大トリを務めるのはアムルタート。みんなが縁側に出てきたところを見計らっての登場だ。 「最後は私、アムルタート! 踊ります!」 桜子の微笑みを絶やさぬよう、ヴィヌ・イシュタルと笑顔を使い、踊りを始めると同時にバイアオーラも使う。彼女はアル=カマルの歌を口ずさみながら、陽気に踊った。 「アル=カマルの空に月が昇る〜、あれは弓の月、蒼き空〜、右手を振って友を呼べ〜♪ ほら、みんなも右手を上げて!」 桜子の前にリィムナが立ち、元気いっぱいに右手を上げる。 「はい! みぎ〜て〜!」 こうなると桜子はもちろん、両親もつられて真似をする。アカネも、鋼介や利穏と一緒にやった。 「アル=カマルの朝に日が昇る〜、あれは火の調べ、赤き光〜、左手上げて今日を呼べ〜♪」 みんなで踊る曲でありながら、どこか妖艶なステップと異国の風が感じられる。さまざまな印象を抱かせるが、それでも楽しい雰囲気が先行するのは、常に明るく振る舞うアムルタートの魅力がそうさせているのだろう。 「アル=カマルの昼に立ち昇る〜、あれは砂の水、澄んだ記憶〜、右足を踏み出しいざ進め〜♪」 この曲で踊る皆の顔には、自然と笑顔が浮かぶ。声も次第に明るく、大きくなった。それは、この日の夜更けまで続くことになる。 この舞台のおかげで桜子に笑みが戻り、これが絶えることはなくなった。 |