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■オープニング本文 ●泣き虫少年、その名は「武炎」 北面でも名のある道場のひとつ『水明館』の片隅で、今日もメソメソと泣き喚く少年がいる。 志体を持つとはいえ、剣術はまだまだ未熟。並々ならぬ気持ちを持つが、ここを巣立つには早い。そんな評判の少年だった。 彼の名は、間垣武炎。そこそこの名家に生まれたが、父親をアヤカシとの戦いで亡くし、今は母方の屋敷に住んでいる。 いつかは父の仇討ちを果たすことを夢見て、今は一心不乱に木刀を振るう毎日。どんな時も挫けぬ根性が備わっているが、普段から涙を見せるため、同門の子どもはすっかり見くびっている。 ついには武炎の名前に引っ掛けて「泣き虫武炎」、もしくは「ぶえ〜ん武炎」と呼ぶ始末。毎日のように稽古着の袖で涙を拭きながら、道場から帰るのだった。 そんな折、北面の道場が手を結び、武州に迫るアヤカシを退治に向かう話が持ち上がった。 アヤカシ退治と聞き、武炎は勇んで手を上げる。しかし道場には、心配と嘲笑の声が漏れるばかり。彼の心意気は、誰にも伝わらないと思われた。 しかし年老いた道場主・天筒寒山は書斎に武炎を呼び、その心意気を確かめる。少年は言葉に熱を込め、師匠に思いの丈を語った。 「同じ年頃の開拓者がいるというのに、僕はいつまで経ってもこの体たらく‥‥これでは父の仇討ちも叶いません!」 寒山は少年の父の無念を知っていた。それだけに、武炎の申し出が断りづらい。 「お主のような心意気のある者なら、同門の者よりも外の者との方がうまく行くやも知れぬ。よいか。会う者すべてが師と敬い、よく話を聞くのだぞ」 武炎は「はっ!」と気持ちのいい返事すると、寒山は奥の部屋から友人である草崎流騎(iz0180)を呼んだ。 「流騎殿、わしが目をかけておる間垣武炎じゃ。年は十一ゆえ、さまざまな迷惑をかけるであろう」 師が目の前で頭を下げるのを見るや、武炎も「よろしくお願いいたします!」と腹から声を出す。聞きしに勝る根性、いやド根性‥‥思わず、流騎は感心した。 「いやはや、私には真似のできぬこと‥‥まるで十年前の弟を見ているようだ。寒山様は、いつも見所のある若者を育てておいでですな」 武炎は恐縮して顔を赤くし、寒山は「そのくらいしか取り得がなくての」と照れ隠しする。 「間垣殿、生き延びればまた機会もあろう。此度の遠征で本懐を遂げられずとも、諦めてはならぬ。それを肝に銘じるのだ」 「わかりました!」 「無事に水明館へ戻り、さらなる精進をする。父上もそう願っておろう」 子どもに諭すにはまだ早い論理だが、今は理解できずともよい。それとなく伝われば、自分が何を為すべきかがわかる。 寒山は武炎を家へ帰し、旅の支度をするように命じた。 ●怨敵・スライム こうして間垣武炎の保護者となった流騎。ひとまず寒山を安心させるべく、向かう先の脅威を伝える。 「我々は密林の陰に潜む粘泥退治に向かいます。とある村の家畜を食らったとされる敵です。志士である間垣殿には、いささか分の悪い相手かと‥‥」 それを聞いた寒山は、「恐れを知るのもまた修練じゃ」と一笑に付した。 「武炎は功を焦るほどの欲はなく、蛮勇を好むほどの血の気もない。流騎殿の言いつけをよく守りましょう」 流騎は「長生きこそ最大の成長ですね」と言うと、自らも身支度を整えるために書斎を後にする。 「それでは間垣殿をお借りいたします」 「おう、いい旅路になることを祈っておる」 寒山は道場の門まで出て、流騎を見送った。 武天の森に潜む粘液質のアヤカシは、新たなる獲物がやってくるのをじっと待っている。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
葛城 深墨(ia0422)
21歳・男・陰
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
龍水仙 凪沙(ib5119)
19歳・女・陰
神爪 沙輝(ib7047)
14歳・女・シ
柊 梓(ib7071)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●寺子屋の風景? 未熟な志士・間垣武炎を連れ、開拓者たちは武天の密林を目指す。 寒山より「会う者すべてを師と敬え」との言いつけを守り、武炎は遅れないようにせっせと歩く。そんな時、年の頃の変わらぬ利穏(ia9760)が頭を下げ、挨拶した。 「姓に間垣、名に武炎‥‥勇ましい御名前ですね」 穏やかな表情で話す利穏は大人びて見えるのか、武炎は恐縮しきり。それでも「父より授かった名に負けぬようがんばります!」と意気込みを語った。 その様子を見ていたフィン・ファルスト(ib0979)は、先頭を歩く三笠 三四郎(ia0163)に向かって話しかける。 「なんだか、少し昔のあたしを見てる気分‥‥」 「誰にもそんな時がありますよね。私も武辺者としての姿をお見せできればと思ってます」 大人びたふたりが横で話していると、武炎に向かってワンパク小僧の羽喰 琥珀(ib3263)がざっくばらんに話しかける。 「武炎っつーのかー、よろしくなー」 屈託のない笑顔を見せる琥珀に、武炎も少しだけ微笑む。それは神爪 沙輝(ib7047)や柊 梓(ib7071)にも伝播した。 「親の敵を討つ‥‥私も、応援したいです‥‥」 「ふに、強い方たちと、一緒です、ので、今回は少し安心、です」 武炎の気持ちを感じ、その一助にならんと自らに言い聞かせる沙輝。そして年は違えども、同じ境遇で育った仲間と一緒にがんばりたいと願う梓。 そんなおとなしめの少女を引っ張るのは、梓と同じ兎の獣人である龍水仙 凪沙(ib5119)である。彼女は「気負わず普通にやりましょ」と声をかけ、少し大人びた雰囲気でみんなを引っ張った。 最後尾は草崎流騎(iz0180)が控える布陣だが、これを見た葛城 深墨(ia0422)は「まるで寺子屋の先生と生徒みたいだな」という感想を抱いていた。しかし見た目で判断すると痛い目に遭う。粘泥もこんな風に油断してくれるといいのだが‥‥深墨はそんなことを考えながら、賑やかな集団についていく。 深墨は、流騎にあることを確認していた。それは「粘泥が父の仇かどうか」であったが、流騎は「そうではない」と答える。 「その辺は問題ないです。それなら道場主の寒山様が快く送り出さないでしょうから‥‥」 それを聞いた深墨は「なるほど」と頷き、言葉を続ける。 「いくら穏やかな性格とはいえ‥‥アヤカシに一太刀浴びせたい気持ちは、紛れもない事実でしょうね」 「それが道場に通う糧になってますからね。表には出さないにしても、心中はそうでしょうな」 そんな流騎の言葉を聞き、深墨は本人に気づかれぬよう、前衛のメンバーに「なんとか止めの一撃を」と頼みに行った。 徐々に木漏れ日が隠れるようになると、流騎は足を止めた。どうやら問題の地点が近いらしい。 深墨は人魂を使い、警戒を始める。すると蝙蝠の羽を持つ銀髪銀眼の美女・黒絵が現れた。三四郎は太刀を構えると視野を広く取り、木の割れ目や水溜りなどに注意しながら動く。 一方の武炎は使い慣れぬ刀を抜くと、基本的な受けの構えで対応する。しかし外での実戦が初めてなのか、視野が前方にしか向いていない。利穏は後ろへ下がり、武炎に声をかける。 「道場とは違って‥‥敵はどこから来るかわかりません。注意してくださいね」 「は、はいっ!」 その言葉を受け、武炎はすぐさま右や左に身体を向けた。過度の緊張からか、早くも瞳に涙が見えるが、守りの構えは崩れていない。 前衛に控える琥珀は「上等だぜ!」と声をかけ、自らも心眼を使って粘泥の早期発見に尽力。沙輝も超越聴覚を駆使し、敵の奇襲に備える。 「フィンさん、左です‥‥!」 その声に合わせてフィンが左を向くと、木の枝から粘泥が落ちてくる。落下のタイミングに合わせて霊剣を振り、挨拶代わりの一撃を食らわせた。 「そこだぜ!」 すかさず琥珀は着地した粘泥に向かって、居合での攻撃を食らわせる。武炎と同じ志士として気持ちの乗った一撃だが、相手の身体は波打つかのように震えるだけ。 これに三四郎も続く。剣気を浴びせた後に太刀を振りかざすが、その身は攻撃を受け流すかのように揺れるばかり。沙輝も天狗礫を投げつけるも、さほど効果があるようには見えない。 この状況を見た武炎は、ある疑問を感じた。 「なっ、なぜ皆さんの攻撃が効かないのですか!」 「そこに気づけるなら、筋はいいね。では問題です。この場合どうしたら良いのかな、武炎くん?」 フィンが笑顔で武炎に問いかける。そう、ここまでの行動は、すべて彼のために計画したことなのだ。まずは「敵を観察する大切さ」を教えようと演出したのである。 武炎は剣の道を学んでいる最中で、刀以外の攻撃手段を持ち合わせていない。しかし日頃の稽古で、道場主から「剣にもさまざまなものがある」と聞かされていた。少年ははっと顔を上げる。 「もしや。術などの力を帯びた武器で攻撃する‥‥ということですか?!」 「正解ー、そういうこと!」 その答えを証明するため、凪沙が五行呪星符を放ち、火輪で攻撃を仕掛ける。すると粘泥は身悶えしながら、地面を這いずり回った。 「敵の情報を知ってれば、こう対処できるのよね」 武炎のお勉強タイムが終わると、深墨が呪縛符で敵の動きを止める。さらに沙輝も別の手段として用意していた雷火手裏剣を放った。 「コレならどうですっ」 苦手な攻撃を連続で受けた粘泥の動きは、わずかに鈍ったようにも見える。それを見た沙輝は、内心ホッとした。 ●術と工夫の戦闘 粘泥が形を崩していくのと同時に、前方から2匹の新手が現れた。 最初の1匹はフィンめがけて攻撃。しかし彼女はペンタグラムシールドで敵のすばやい攻撃を防ぎ、すぐさまガードブレイクで反撃した。 防御力が下がったのを知るや、琥珀は再び居合で切りつける。今度はある程度の効果があったらしく、攻撃を受け流すかのような動きは見られなかった。 「ここまでです!」 三四郎は敵が弱ったと見ると成敗!を用い、見事1匹目を退治した。武炎は素直に「おおーっ」と声を上げる。 「まだまだ!」 武炎の気持ちを引き締めるかのように放った言葉は、敵を誘き寄せるための咆哮でもあった。粘泥は武辺者に向かって移動を開始する。 深墨は2匹ともに呪縛符を放つと、元気印の凪沙も火輪を使って積極的に応戦する。 「焼き喰らえ、炎の咢!」 術には滅法弱い粘泥にとって、深墨と凪沙は天敵といっても過言ではない。しかしひとたび敵が変われば、立場が逆転することもあり得る。 「仲間と連携すれば、どんな敵でも倒せるよ」 凪沙は符を口元にあてながら話すと、武炎も「はい、わかりました!」と元気よく答えた。 戦況は安定しているが、武炎はどこに目をやればいいかわからず、少しうろたえていた。そこへ利穏が声をかける。 「後ろは大丈夫です。前だけを見てください」 利穏は守りの構えが下がった時だけ、武炎へ注意を促すことにしていた。すると彼は涙混じりに「はいっ!」と声を出す。それでも構えはブレず、いい形を保った。 「‥‥それにしても、これだけの根性をお持ちの武炎さんが、なぜ泣き虫になっちゃうんだろう?」 利穏は不意に浮かんだ疑問を口にしながら、隼人を使って待機する。するとそれを聞いた流騎も、大きく首を傾げた。 「わからないですねぇ‥‥肝っ玉もあると思うんですが。なぜかポロッと泣いちゃうんでしょうかね?」 周囲の警戒をしつつ、ふたりは顔を見合わせて小さく頷く。とりあえず「今はそういうことにしておこう」ということで落ち着いた。 なぜか涙を流す武炎を見て、ずっと隣で付き添う梓が声をかける。 「武炎さん、私と同じです。けど、武炎さんは強い人だと、思うです。私は、怖がりです、から‥‥」 可憐な少女が胸の内を話すのを聞くと、武炎は一介の志士として拳で自分の涙を拭いた。 「そんなことありません。梓さんはご立派です。私は父の仇であるアヤカシを倒すべく、もっともっと精進しなければ‥‥!」 そう言うと、彼の視線は上を向いた。利穏に言われてはいたが、改めて目前で繰り広げられる戦闘に自分から目をやる。その戦いぶりを目に焼きつけんと必死だった。 ●不意打ちと止めの一撃 しばし太刀での戦闘を続ける三四郎は、味方の術攻撃で対応できるとわかると、奥の手として用意した不動明王剣を使わずに戦い抜くことを決めた。そして咆哮で粘泥たちをひきつけると、手前の敵に剣気をぶつけて弱体化を図る。 後衛に控えていた利穏は隼人を使って俊敏さに磨きをかけ、奥の敵にショートスピアで攻撃を仕掛けた。同じくフィンは粘泥対策のひとつとして、オーラショットを披露。止めを刺すには至らないが、効果的にダメージを与えた。 「ガードブレイクは思ったより効果あったけど、オーラショットは予想通りかなー」 敵に攻撃を仕掛け、その感触を確かめるのもまた観察であり勉強のひとつ。武炎はそれをつぶさに見る。 粘泥が三四郎に集まっているのを確認し、深墨は再び人魂を作って周囲を警戒する。新手がいないとも限らない。彼は周囲を探った。 三四郎は再び成敗!を使い、奥の敵を倒す。残すは1匹‥‥と思った矢先、隊列の側面から1匹の粘泥が不意打ちを仕掛けた。そこには梓が立っていたが、周囲の視線から新手の存在を察知した武炎が割って入る。 「ここは私が‥‥うわあっ!」 少年の構えはあっさりと弾かれ、右腕に傷を負う。深墨は人魂で敵を察知し、居場所を突き止めた。 「あの場所へ攻撃を」 深墨の声に反応し、凪沙はおなじみの火輪を、沙輝も雷火手裏剣を放つ。新手も隙を突いたまではよかったが、その後は他の粘泥と同じ道を歩む羽目になった。 冷静に振る舞う深墨を見て、武炎は我に返る。彼は刀を地面に刺し、ゆっくりと立ち上がった。そしてあの防御の構えをし、梓の前に立つ。 「毒が‥‥いけません。治す、です‥‥!」 武炎は毒を受けており、すぐにでも治療が必要だった。そこで梓は解毒を使い、彼を回復させる。 「か、かたじけない!」 「大丈夫、です。私、ここにいます、から‥‥」 梓はそういうと、新手の粘泥に力の歪みを使って攻撃。弾力のある体が捻られ、術のダメージを与える。 前衛に残された1匹は力押しで倒すことになった。琥珀は軽い身のこなしから居合を繰り出す。ヤンチャ小僧が作る攻撃の呼吸は、武炎が見てもあざやかだ。 「一丁上がり、ってか!」 残すは、武炎を狙った粘泥のみ。とはいえ、「大勢は決した」と言えよう。利穏は再び隼人を使って適切な位置取りをすると、そのまま地断撃を仕掛けた。 「吹き飛んでもらっても困りますが‥‥そこからどいてください!」 利穏の望みを聞いたのか、粘泥は前衛の方へと弾き飛ばされた。そこへ三四郎が咆哮で気を引き、そのまま太刀で一閃。沙輝も天狗礫で攻撃して足止めする。 粘泥の攻撃で傷ついた武炎を癒すべく、梓は神風恩寵で体力を回復させた。そしてフィンが止めを刺すかと思いきや、二度目の攻撃で手加減を使用する。そしてすぐさま武炎の名を呼んだ。 「今だよ、武炎くん!」 急に呼ばれた武炎は驚きで身体をびくつかせたが、すぐに気合いを入れなおし、粘泥に向かって勇猛果敢に迫る。 「アヤカシ、覚悟ー!」 最初こそ戸惑い混じりの立ち姿だったが、この時までには立派な志士となっていた。彼は一心不乱に刀を突き立て、アヤカシの息の根を止める。 「はぁっ、はぁっ‥‥はぁっ、はぁっ‥‥」 敵の動きが止まると、その場に尻餅をついた。先輩たちの手を借りたとはいえ、アヤカシを倒したのは紛れもない事実である。武炎の目からは、自然と涙がこぼれた。 ●涙を拭いて、笑って歩けよ! 流騎が示した数の粘泥を討伐したが、数が増えていると厄介だ。三四郎や深墨、凪沙は潜んでいる敵がいないかを確認して回る。 敵に止めを刺してからしばらくの時が経ったが、それでも武炎はへたり込んだままだ。そこへ琥珀が駆けつけ、「武炎、やったじゃねーか!」と声をかける。 「まーな、仇討ちがしたいって想いは持ってていーけど、怒りとか恨みとかゆーのに掴まっちまねーよーになー。この調子だったら、大丈夫だろーけどよ」 その話を遠くで聞いていた沙輝も、武炎の前でちょこんとしゃがんで話し出す。 「私も、アヤカシにより大切な家族と故郷を失いました。でも、憎しみに駆られて冷静な判断を失っては、仇を討つこともできなくなってしまいます。だから、私は強くなりたいんです。まだまだ周りの人に支えられているけど、いつか私も誰かを支えられるようになりたい‥‥お互いにがんばりましょう」 「あなたにもそのような過去が‥‥そうですね、私も今よりずっと強くならなくては」 武炎が沙輝の目の前で約束をすると、利穏が手を差し出して起こそうとする。 「武炎さんは本物の気骨をお持ちの、誠の剣士とお見受けいたしました。故に、彼を知り己を知りさえすれば、危うきに至ることもなく、恐れも遠のくかと僕は思います」 それを身につけるにはいささか早いかもしれないが、武炎は利穏の言葉を胸に刻み込んだ。 「互いに、精進を心がけましょうっ」 「はい、ありがとうございますっ!!」 暖かい言葉を得るたび、少年の瞳から涙がこぼれる。利穏が抱いた疑問は、最後まで解けそうにないようだ。 その姿を見たフィンは「ほらほら涙を拭いて」と言いながら、目線を同じ高さにして話し出す。 「んー、本当に泣きたい時に泣くことが大事、かな。あんまり我慢すると辛いし、涙と一緒に我慢してるのも流しちゃえばスッキリするよ」 言われてみれば、今は泣く時ではない。しいて言えば、今は喜ぶ時。涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、武炎は笑ってみせた。 それを遠巻きに見ていた深墨と凪沙は、揃って「あーあー」と思わず声を出す。流騎もひどい顔になったので、慌てて手ぬぐいを差し出した。 武炎の顔は今までにない情けない表情だったが、琥珀は「ったく、いい顔するぜ!」と褒める。同じくフィンも「泣くよりも先に、笑うことを意識するのもいいね」と同調した。 すると武炎は、最前線で戦った三四郎に神風恩寵を施す梓に向かって、その表情を向ける。すると彼女はそれにつられて、ニコッと笑った。 「よっし、密林を抜けるまでは、みんなで笑って帰ろーぜー! これなら、粘泥も近づかねぇよな!」 琥珀の号令で、一行は明るい雰囲気で戻ることになった。もう、武炎の瞳にも涙はない。道場で泣くことも少なくなるだろう。そして何よりも、近隣の村に涙が落ちることもなくなった。万事解決を祝うかのように、開拓者たちは笑って帰る。 |