【天】天河の兵
マスター名:望月誠司
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/13 09:09



■オープニング本文

 天儀五行が南東部、大きな川の恵みを受けて、比較的長閑に暮らしている村が一つあった。
 村の名は天河村という。村は川沿いにある天河と他周辺の小集落からなり、村としてはそこそこ大きな規模である。周辺の豊かな耕作地と川を使った物流の中継とのおかげで、村人達は全体的に呑気であったがそこそこに潤っていた。
 そんな平和ボケした村にもアヤカシの脅威というのは平等に訪れるらしい。
 残暑の厳しい秋の某日、全身を長い毛で包み込んだ巨大な猿が北の森の奥底から出でて、南の彼方の天河村へとのっしのっしと歩き始めた。
 偶然、北の街道を歩いていた旅人からその事を伝え聞いた村長は文字通り飛びあがった。慌てた村長は急ぎ村の主だった面々を集めて対策会議を開いた。
「皆、逃げよう」
 開口一番に村長はそう言った。
 村長の名は姫橋一郎清治。つるりとした顔立ちが特徴的な、長身痩躯の若い男である。
 かつて豪腕でもって村を打ち立てさらには周辺の集落を村へと組みこんで大いに恐れられた姫橋全蔵の晩年に入ってから生まれた唯一の息子であり、二代目の天河村村長である。
 有能だがいささか暴虐な面もあった姫橋全蔵と比べ一郎清治は凡庸だが穏健な性格で、村人達から頼りにはされていなかったが、そこそこに支持されてはいた。
「あいや、しばしお待ちいただきたく村長」
 黒の眼帯を左目にかけた、隻眼隻腕の男が言った。全蔵のかつての右腕であり今は村長補佐の役についている風間七郎字清長だ。全蔵の遺言があったにせよ、彼がいなければ姫橋一郎は村長になれなかっただろうと噂されている。
「待てだと? 一刻一刻と化け物はこの村に近づいて来ているのにか」姫橋は顔を顰めた「改めて早馬を放って確認させたが、身の丈十七尺(約五メートル)を超える化け物だという話だぞ。そんなものに、ただの人間が勝てる訳がない。逃げる以外に何ができる。時を無駄にするものではない」
「それは弱気が過ぎまする。いかな相手が超常の化け物とはいえ、ここは全蔵殿が命を賭けて取った土地にござるぞ。それをそのように一戦もせずに、容易く捨てるなどと、姫橋の嫡男としての誇りは何処へいったのです」
「ふん、そんなもの。結局のところ強奪したようなものではないか。山賊まがいな一族になにゆえ誇りなど持てる」
「一郎殿‥‥!」
 七郎字は目を白黒させて呻き声をあげる。
「しかし村長‥‥逃げろ、とおっしゃりますが、その場合、天河の村人総勢八百人、明日から何処へ行けと? 皆、蓄えのある者ばかりではありません。何処かに当てでもおありなのか」
 頬に傷を持った着流し姿の老爺が言った。
「命さえあればどうとでもなろう」
「そんな、無責任な」
「戦えというよりはマシであろう。お主等、かつては豪の者として鳴らしたらしいが、爺婆ばかりで戦に勝てるか。そして若い連中は素人だ。アヤカシ相手には太刀打ちできぬ」
「だからあれほど有事に備えて兵を組織してくださいと‥‥」
 老人の一人が言った。
「うるさいな、私は戦は嫌いなのだと言っているだろう」
「嫌っていればあちらで避けてくれるものでもありますまい!」
「だから向かってくれば逃げれば良かろうと言うておる、しがみつくからいかんのだ」
「天儀の果てまで流れるおつもりか!」
「それも良かろう」
「何を馬鹿な――」
「お待ちください」
 七郎字が口論に割って入って言った。
「各々方、今は言葉を争うよりも行動する時にございます。村長、村には川を降って結陣へと向かう途中の商人の一団がおられるそうです。その商団は護衛として十数人の開拓者を雇っているとか。彼等に討伐を頼めないでしょうか」
「開拓者‥‥だと?」
「もし断られたとしても、痩せても枯れても我々は天河の兵です。若殿には解らぬかもしれませぬが、ここは我々と仲間達と諸々の血が宿っておる場所なのです。容易く捨てられるものではございません。もしお許しいただけるのならば、この風間七郎字、兵を率いて彼のアヤカシと一戦したく存じます」
「ならん。片目片腕の爺に何ができるか。それだけはならんぞ」
「一郎殿!」
「戦えば、死ぬのだ。戦ってはならぬ。良かろう、開拓者に頼んでみる事は許可しよう。だが彼等に断られたり、彼等が敗北したりしたら、我々はただちに逃げるのだ、良いな」
 二代目の村長はそう言った。


「――と、いう訳にござる」
 村にある宿の一室、隻眼の老人は苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。
「なるほどねぇ‥‥お話は解りましたよ」
 その商団の長を務めている柏崎豊三は頷いた。
「てめぇらは逃げ仕度で他人に戦を押し付けようたぁ随分調子の良い話だ」
「それを言われると何も言えぬ」
 心底悔しそうに風間老。
 その言葉に柏崎ククッと笑い。
「いえ、すんませんね。事情は解りますよ。あんたはたいした武者だった。あっしとしちゃ天河村にゃ世話になってるし、お困りとあらば協力するもやぶさかじゃない。勿論、足止めくらう分、色々損害も出ちまうんで、埋め合わせは願いたい所ですがね」
「それについては風間七郎字の名において必ず都合をつけまする」
「風間の旦那がそう言ってくれるなら安心だ」
 豊三はニッと笑うと背後に座している開拓者達を振り返って言った。
「どうでぇオメェさん達、相手は結構なバケモンみてぇだが、オメェさん達ならなんとかなるだろ、護衛契約からはちっとばかし外れるが、いっちょ天河村の為に働いてやっちゃくれねぇかい? 勿論、報酬は割増しにするからよ」


■参加者一覧
静月千歳(ia0048
22歳・女・陰
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
中原 鯉乃助(ia0420
24歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
香坂 御影(ia0737
20歳・男・サ
虚祁 祀(ia0870
17歳・女・志
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰


■リプレイ本文

「ふむ‥‥ちょうど退屈しておったところじゃ。ひとつ暴れさせてもらおうかの」
 豊三の問いに小柄な少女が答えて言った。輝夜(ia1150)だ。
「おお、やってくれるかい」
 豊三が破顔して言った。
「アヤカシが出たと言うなら、放って置く訳にも行かないでしょう」
 と頷くのは静月千歳(ia0048)。陰陽師の娘だ。
「豊三さんがそれをご希望なら、断る理由はないですわ」
 嵩山 薫(ia1747)もまた頷いて言った。赤毛の女師範だ。拳法を使う。
 他の面々も異論は無い様子で、異論の声はあがらなかった。
「勝てない戦いは確かに無謀だけれど、それでも、故郷を、思い入れのある土地を捨てるのは‥‥どこまで逃げても、アヤカシの脅威は消えないものだし、ね」
 うん、と頷いて言うのは虚祁 祀(ia0870)だ。
 志士の少女は真っ直ぐに七郎字を見据えて、言った。
「勝ってみせます」
「‥‥感謝致す」
 隻眼の老人は深々と頭を下げて礼を言ったのだった。


「天災は〜〜忘れた頃にやってくる〜〜」
 妙な節回しをつけて歌っているのは葛切 カズラ(ia0725)だ。
「ま、突発的災害でも最小限に防げるなら越した事は無いわね」
 村付近の図面を見ながら、咥えたキセルからぷかりと煙を吐き出しつつ女は言う。
「アヤカシは天災か。言い得て妙だな」
 顎を撫でつつ笑うのはサムライの無月 幻十郎(ia0102)である。
「しかし、身の丈十七尺とはまた、ふざけたでかさだ」
 青い外套に身を包んだ若い志士が言った。風雅 哲心(ia0135)だ。
「十七尺ねぇ。踏み潰されでもしたらひとたまりもねぇんだろうな」
 と伸びをしながら言うのは泰拳士の中原 鯉乃助(ia0420)。
「岩砕猿‥‥ね。辺境にいるアヤカシのくせに名前付きとは、生意気だな」
 香坂 御影(ia0737)がそんな所感を漏らした。藤色の羽織に袖を通した若き侍だ。
(「天河の村はもとより、刈り入れ間近な田にも被害は出させん‥‥‥‥護ってみせる」)
 鋭い眼光を持つ志士の男は胸中で呟いた。天目 飛鳥(ia1211)だ。
(「正直に言えば、そのアヤカシと正面から正々堂々、俺の刀が何処まで通用するのか試してみたい気持ちはあるのだが‥‥」)
 刀の柄を握り、思う。剣士ならば己を試してみたくはなるものだ。
(「しかし、まぁ、今回はそういう訳にもいかんか」)
 今回は癒しの術を使う巫女がいない。場合によっては自分が手当てに回らなくては、と思う。
 男は仲間達と共に村内へと散って行った。


「不謹慎だけれど、こうして大荷物を運んでいるとなんだかお祭りみたいよね」
 薫が言った。村の若者達約五十名が総動員され船綱や網、錨や銛、油や紙など、大猿を罠にかける為の多量の道具が北へと向かって運ばれていた。
 大八車はもちろん、カズラの言でもふら様のひく荷車まで出て来ていたから、巨大な港の荷降ろしもかくやの光景だった。
「はっはっは、まったくだな」
 幻十郎が笑って言った。赤毛の偉丈夫は「どれ、俺も手伝おう」と言って村の衆と共に大八車を押している。薫、鯉乃助、御影の三人も大八車を押すのを手伝っている。大量の物資と共に開拓者達を含めて六十名以上の人間達が村を出、田畑を抜け、四半刻も刻めばだだっぴろい平地へと出た。
「場所は、この辺りで良いでしょうか?」
 周囲を見回して千歳が言った。
「うん、良いんじゃないかな」と御影。
「それじゃこの辺りで、お猿さんの歓迎会の準備といきましょうか」
 薫が言った。一同は足を止め、荷を降ろすと準備に取り掛かる。村の若者達の手には鋤や鍬が握られていた。穴を掘るのだ。
「悪ぃがおいらは休ませてもらうぜ」鯉乃助が言った。「泰拳士って職業柄動き回る事になるかもしんねぇから、あんまし体力は使いたかねぇんだ」
 柔軟運動を開始しながら青年は言う。運動量で押す戦闘員としては正しい判断だろうか。
 一同は相談すると落とし穴を掘る位置と地縛霊を仕掛ける位置とを決めた。
「数は?」
「五つ」
 輝夜が答えた。
「深さと広さは?」
「‥‥三尺と三寸以下、浅目が良いだろう」
 飛鳥が静かに答えた。
「設置する場所は? どのように布陣する?」
 さて、どうするか、一同は話し合う。
 罠の地点は拡散するよりも集中して置いた方が良い、という事になった。そちらの方が落としやすいし、錨とつないだ銛等も近場に置きやすいからだ。
 結局のところ、落とし穴を格子状に前に三段、後ろに二段の形で設置する事になった。間にカズラが地縛霊の罠を仕込む。まぁ霊の反応範囲は半径約十六尺六寸(5m)である。並べて設置すればそれなりに広範囲をカバー出来るだろう。
 祀は器用さを活かして銛の鎖と錨とを繋げる作業に従事した。あまり鎖が短ければ撃ちこむのが難しくなり、長すぎれば敵に自由を多く与える事になる、加減が微妙だった。カズラは祀を手伝いつつ船綱に細工した。
 御影は鎖付き銛と繋げた錨を落とし穴を掘っている傍へと運んでゆき、それを終えると穴を掘るのを手伝った。
 哲心と飛鳥は村の若衆と共に落とし穴を掘った。敵の態勢を崩すのが狙いで浅目のものである。深さは大体三尺程度か。小柄な千歳や輝夜なら胸や腰の上程度まで埋まるが、身の丈五尺の大猿にとっては膝上程度だろう。動きを封ずるまではいかない。あくまで態勢を崩す事を狙い、その分、範囲は広めにとった。飛鳥は底を鍬や鋤で掘り起こし水を撒いて泥状にし、千歳もまた泥を追加した。
 輝夜はその上から油に浸した紙を何枚か重ねて敷いた。これも転倒を狙った物だ。油と泥と紙で、かなり穴の底はかなりぐずぐずになっている。
 薫はその底に錨と繋いだ銛を何本かづつ突き込んでいった。無論、皆、穂先が空を向いている。落ちれば刺さる。定番だが良い罠だ。
 最後にカズラは布で穴を覆い、土をかけて隠蔽した。
 それら全ての作業を終えるには一刻程度の時間を要した。
「ご苦労様でした。後は任せて下さい」
 全ての作業を終えた時、千歳は労いの言葉と共に村の若者達に言った。
 若者達は頷くと、口々に村の命運を託す旨の言葉を開拓者達に告げ、去っていった。
「もうじき、だな‥‥」
 飛鳥が北を睨み、呟いた。
 秋の風が一陣、平野を強く吹きぬけて行った。


「こうもだだっ広い場所じゃ、どこから来られてもおかしくないな‥‥」
 ふむ、と哲心は考えると意識を集中させる。
「まぁ、念のために、と」
 心眼を発動させ意識を絞って気配を探る。しかし心眼の間合いは十尺(30m)程度だ。例え意識を絞っても、地平の彼方から来る物の気配を捉えるのはちょっと無理そうだ。まぁ見晴らしは良いので、普通に目視に頼った方が確実だろう。
 やがて時が過ぎ哲心は地平線の彼方からやってくる巨大な大猿の姿をその目に捉えた。岩砕猿だ。
 岩砕猿の方でも開拓者達の姿に気づいたのか、ゆっくりとした歩みから転じて勢いよく駆け始めた。四肢をつき、大地を揺るがし駆けてくる。
「来るぞ!」
 哲心が叫んだ。
 開拓者達はそれぞれ後退し、大猿との直線状に罠を挟む位置へと移動する。
 囮役の輝夜はやや前で構えた。
 距離が詰る。
 二十七間(約50m)程度まで接近すると輝夜は位置を調整しつつ、練力を解き放って咆哮をあげた。
 大猿の顔が少女へと向けられた。かかったか。
 距離が詰る。
 距離、十一間(約20m)程度、カズラは前衛組みからやや距離を取った位置から大猿の上半身を狙って斬撃符を飛ばした。二連のカマイタチが飛び、大猿の身に炸裂する。血飛沫が吹きあがった。強烈な一撃だ。
 大猿は怒りの咆哮をあげるとカズラを睨みつけ、そちらへと方向を転じた。
 進路がズレる。
 地縛霊の範囲は十六尺強(5m)。既に彼我の距離はかなり詰っている。進路がずれても、並べて置いたうちの一つにはかかるか。
 大地から式が飛び出して大猿に襲いかかった。強烈な威力の乗ったそれが大猿の片足を斬り刻む。
 発動とほぼ同時に祀が飛び出していた。腰に収めた刀の柄に手をやりつつ、大猿目がけて矢のように駆ける。
 身の丈十七尺の大猿は牙を剥き長大な左腕を振り上げると、突っ込んでくる少女に対し、迎え撃つように振り降ろした。
 刀は鞘の中だ。豪爪が閃光となって襲い来る。祀は咄嗟に身を捻る。かわしきれない。肩口から切り裂かれて鮮血が吹きあがった。
 大猿は地響きをあげながら踏み込むと低い態勢からすくいあげるように右の爪を振り上げた。祀は二撃目に対し、咄嗟に左腕をかざして防御する。
 圧倒的な衝撃が炸裂し、左腕が深く抉られ血飛沫が噴き上がる。みしり、と骨に亀裂が入る音が聞こえた。激痛に視界が明滅する。よろめく祀に追撃を入れようと岩砕猿が左腕を振りかぶる。だがその瞬間には既に鯉乃助が跳躍し落とし穴を飛び越えて、岩砕猿に襲いかかっていた。男は練力を全開にし、攻撃の態勢に入っている猿の顔面へと向けて右の拳を繰り出す。身体を温め準備万端なだけあって常よりも鋭い一撃だ。しかし岩砕猿は素早く反応し、スウェーしてこれを避けた。しかし鯉乃助は即座に宙で身を捻ると回転しながら後ろ回し蹴りで追撃を放つ。会心の一撃。その鋭さに虚をつかれたか、大猿の喉に踵が直撃した。衝撃が貫通してゆく。岩砕猿の巨体がよろけ、たたらをふむ。
「一意専心――その動き、捉えてみせる!」
 薫が吠えた。落とし穴を飛び越えて横手から迫り、体躯を真紅に染めながら気力練力を全開にし渾身の拳を繰り出した。大猿、鯉乃助の一撃でバランスを崩している。避けられない。女師範の全霊を込めた一撃が炸裂し、体長十七尺を越える大猿の体躯が傾いでゆく。
 衝撃から立ち直った祀がさらに駄目押しで居合いの一撃を放った。刀が一閃され大猿の足から血が噴き出す。少女は銀杏で素早く納め閃光の如く追撃を放つ。鮮血を吹き上げながら猿の巨体が横にあった落とし穴へと落下してゆく。底にあった銛が大猿の背中に刺さった。岩砕猿が苦悶の咆哮をあげる。
 だが腹から貫通するまでには至らなかった。さすがに直径十七尺の広範囲で穴を掘っていた訳ではなかったので、首と足が落とし穴の淵にひっかかっていた。猿は落ちたというよりも、はまった、という状態だ。
「動きが早いなら、動けなくしてしまうまでです」
 千歳が言って陰陽符を二枚、虚空へと翳した。符が焼失すると共に呪縛の式が出現し岩砕猿の身へとからみつく。
「行くぞ!」
 飛鳥が言って投網を旋回させるようにして放り投げた。網が宙で広がり穴に落ちている大猿を包みこむ。良い具合に入った。大猿は眼を白黒させている。
「おおっ!」
 御影が答えるように吠え、駆けつつ左手に刀をもちかえる。落とし穴の傍らにある銛を素早く拾い上げ、強力を発動させ、右腕一本で転倒している猿へと鎖付きの銛を撃ち込んだ。切っ先が猿の毛皮を突き破って深々と食い込む。
 大猿が咆哮をあげて身をよじる。背にささった銛がさらに深く食い込んでゆく。網と式がからみついていた。薫もまた落とし穴の傍らにある銛を素早く掴むと素早くそれを撃ち込む。飛鳥は腰から刀を抜刀した。刃に炎を宿し攻撃へと向かう。
 哲心はもがいている岩砕猿の動きを注意深く見ながら横手に回り込んだ。
「その素早い動きを支えてるこの足、ぶった斬らせてもらうぜ!」
 裂帛の気合と共に、猿の大木のような脚部目がけて珠刀を振り下ろす。鍛えられた刃は素晴らしい切れ味を見せ、網の一部を断ちつつ猿の身を深々と斬り裂いた。素早く引き切ってさらにもう一撃を叩き込む。血飛沫が吹きあがった。
「どれだけ動きが速かろうとも、さすがにこの状態では避けきれまい」
 大猿の状態を見て輝夜が言う。確かにとても避けられる状態には見えない。少女は猿に駆けよると自らの体躯よりも遥かに長大な総身鋼造りの鉄槍を振り上げた。
「我らが前に現れし、己が不運を呪うがよい!」
 裂帛の気合と共に練力を解放して穂先を叩きつけるようにして振り下ろす。両断剣だ。遠心力と重力とを味方につけて加速した刃が大猿の腹に炸裂した。猛烈な破壊力が炸裂し、赤色が飛び散った。容赦なく連撃を叩きこむ。大猿が目を見開き四肢を伸ばして痙攣する。
「さて示現流‥‥まだまだ最初の太刀だが」
 幻十郎が業物の刀を抜き払い、蜻蛉の位置に構えた。初撃に全霊を込める示現流。狙うならば一撃必殺か。
「せいやァっ!!」
 幻十郎は地を蹴り気炎を発すると渾身の踏み込みと共に袈裟斬りに刃を振り下ろした。
 裂帛の気合と共に稲妻のように振り下ろされた刃は、空を断裂し、間にあった大猿の首を断裂し、その巨体の上下は永遠に別れさせた。


 かくて天河の村を襲った岩砕鬼は退治され、村は再び平穏を取り戻し、開拓者達は歓声と共に村人達から迎えられた。
 飛鳥は村にあった薬草も使って祀の手当てをした。
「‥‥割と、深手だな。傷みが引くまでは無理はしない方が良い」
 相変わらずの険のある表情で包帯を巻きつつぼそっとそう呟いた。
 祀は礼を言ってから包帯の巻かれ終わった左腕を動かしてみる。しばらくは使い物にならないな、と思った。もっとも志体の持ち主ならば、すぐに回復もしようが。
「今回の村長の判断自体は正しいとは思うが、何の備えもしていないのは問題があると思うぞ?」
 輝夜が七郎字に言っていた。本来なら村長に直接言いたい所だが、その姿は見えなかった。
「アヤカシならばともかく野盗程度ならば備え次第で何とかなる場合も多いのだからな」
「戦えないのなら、逃げるのが一番です。その点には同意しますが、この時勢に何の備えもしていないと言うのは、愚かとしか言い様が無いですよ」
 というのは千歳だ。
「うむ、きっと村長も今回の件で考えを改めてくださる、と思うが‥‥」
 七郎字はそんな事を言っていた。
(「‥‥だと良いんだけどね」)
 御影はふとそんな事を思った。七郎字の言動を総合すると、やや村長を贔屓目に見ているように感じられた。
 一方、幻十郎と薫は豊三の仕事を手伝いに行っていた。船への商品の積み込みだ。
「おう、アンタ達かぃ。今日は疲れてんだろ、休んでちゃどうだい?」
「なに、依頼はきっちりこなすのが開拓者ですからね」
 はっはっはと笑って幻十郎。
「大猿退治は寄り道のような物です。本来の仕事はこちらですからね」
 というのは薫だ。
「ほ、なるほどね。じゃ、まぁ、遠慮なく使わせてもらおうかね。頼んだぜ」
 キセルを咥えながらニィと笑って豊三は言った。


 数日後豊三率いる商団は、積荷を満載した船に乗り込むと開拓者達と共に川を下っていた。
 目指すは五行が首都、結陣。
 涼風が背を押す、秋の季節の事だった。


 了