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■オープニング本文 月夜の晩に、かた、かた、かた、と骨が鳴る。 夜風に吹かれて骨が鳴る。 滅びた村。 血肉を持つ人で動く物は無し。 されど、虚ろな眼窩の奥、闇だけを佇ませる白骨の者どもは動いていた。 朽ち駆けた鎧兜を肉の無いその身に纏い、錆びた野太刀を片手に骨を風に鳴らしている。 闇の中で、白骨どもが蠢いていた。 ● 五行。 陰陽師の氏族を元として作られた国である。 この呪術が盛んな国においても、アヤカシの被害は既に無視出来ない状況となっていた。 山間部、魔の森のほど近く一つ、小さな村がった。 その村は先月、アヤカシの群れによって襲われ壊滅したという。 「‥‥過去を振り返っても、ロクな想い出などないのだが」 六角の頭巾をかぶった初老の男は苦笑しながらそう呟いた。手に錫杖を持ち、袈裟と、麻の法衣に身を包んでいる。修験者だ。 「だが、何故だろうな。風の伝にアヤカシに襲われて壊滅したと聞き、いてもたってもいられなくなった。故郷のことなど、ここ数十年、思い返した事すらなかったのに」 男は通称を平雲(ひらぐも)という。若くして村から旅立ち、山に入り、験力を得んと欲し修行してきた者だ。 滅ぼされたのは彼の故郷だった。故郷の村に関して「陳腐なものだが、失ってから気付く‥‥というものかも知れん」と男は呟くように洩らした。 「万物必滅、形ある物必ず滅ぶ。滅びたのならば、それが定めであったのだろう。しかし、このまま彼奴らをのさばらせておく法もまた無い筈」 男は言葉と共に錫杖の石突で地を叩いた。先端の金輪がこすれ、しゃらん、と澄んだ音を響かせた。 「儂個人の感情として、奴等にあの村に居座り続けて欲しくは無い。またあれを放置しておけば近い将来奴等はまた動き出し、再び村を襲うだろう。滅びゆく村など少ない方が良い」 男は貴方達を見据えて言った。 「討伐、しようと思う。どうか力を貸してくれんか」 |
■参加者一覧
赤城 京也(ia0123)
22歳・男・サ
風麗(ia0251)
20歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
月城 紗夜(ia0740)
18歳・女・陰
彩音(ia0783)
16歳・女・泰
富士峰 那須鷹(ia0795)
20歳・女・サ
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
瑞月 リリア(ia1101)
26歳・女・陰
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ |
■リプレイ本文 その日は雨が降っていた。 田園の道を抜け十数人の人影が滅びた村へと近づいてゆく。 滝のような、とまではいかないまでも結構な勢いで雨が降っている。彼等は敵影がないか慎重に探りつつ雨に紛れて村の南門付近まで接近した。 うちの一人、黒髪の女が陰陽の符を空へと翳した。 赤い蝶が門を越え、空へと登ってゆく。蝶は地上より百尺(約三十m)程の宙に浮かぶと、村の上を右へ左へとふよふよと舞った。 しばらくすると蝶は消え、十数の影達も何処かへと消えて行った。 ● 「敵、固まって、動いている、ようです」 いずこかの山寺。雨が静寂を叩く夜、朽ちかけた堂の中で車座に十二の兵が座っていた。 蝋燭の火が静かに燃えている。中央の床には簡単な図面がしかれ兵達をかすかな明かりを頼りにそれを睨んでいるようだった。 「動きは、こう――」 言いつつ黒髪の女が指で図面をなぞる。村内の簡略図のようだった。 「規則性、特に、無かった、です」 月城 紗夜(ia0740)はそう言った。若き陰陽の使い手である。 「気紛れで動くのね」 赤の着物、白磁の胸元をはだけさせ、キセルを咥えた女が言った。葛切 カズラ(ia0725)だ。 薄明かりが作る陰影の中、女は煙を一つ吐き出すと言った。 「面倒ね」 銀髪の侍が鋭い二つの銀眼の間に皺を寄せ、顎に手をやって低く唸った。蘭 志狼(ia0805)である。 「むぅ‥‥数は?」 「十八」 「多いね」 アルティア・L・ナイン(ia1273)が言った。ジルベリア帝国の武門の出だ。銀髪の武術家。刀剣を良く使う。 「一つ策を練りたい所だ。平雲くん、居住区の詳しい構造は解るかな?」 「村を出たのはもう何年も前だからな‥‥」 修験者平雲が顎髭を撫でつつ呟く。 「されど、おおよその配置は変わってないよう。村の時は緩やかだ」 言って筆を取ると初老の男は墨につけ図面に大まかな配置を加えてゆく。 「南に門、周囲は堀と逆茂木、中央に十字路で家々の間隔はおよそ広かろう」 平雲は視線を紗夜へとやる。赤い蝶の眼を借りて村を見下ろした女はそれに頷く。 「確かに、広かった、です」 「多勢を相手にするなら狭い場所でやりたいけど」 うーん、と思案してアルティア。 「狭い場所、か‥‥それならば南の門前が良いだろう。通路は比較的狭く、左右には堀、四人、ないし五人も立てば塞げよう」 と平雲。 「と、なると釣り出しかしら‥‥?」 紫黒の着物、処女雪の色の肩を剥きだしに、艶やかな女が言った。気だるそうな雰囲気を身に纏う。黄金の髪と蒼空の色の瞳を持つ瑞月 リリア(ia1101)である。 「そうなりそうじゃのう。咆哮を使うか、矢でも射かければ寄ってこよう」 頷いて富士峰 那須鷹(ia0795)が言う。 一同はアヤカシを討伐する為の作戦を練って行った。 ● 翌日の朝。 空は相変わらずの曇天であったが、雨は止んでいた。 「ったく、残念な天気だなぁ。ま、空が元気がない分、俺達が頑張らないとな」 背を反らせて伸びをしつつ若い女が言った。日照宗の巫女、風麗(ia0251)である。 「天儀日照宗、お日さん照らす空の下に――今日は曇ってるが――骸骨なんざのさばらせて堪るかってんだ」 「‥‥気合が入っているな」 漆黒の外套を羽織った柳生 右京(ia0970)がその様を見て呟いた。 「アヤカシなんぞを捨て置いたら、日照宗の巫女の名が泣くからな」と風麗「お侍さん、あんたはあまり乗り気ではないのかい?」 「‥‥雑魚が相手では物足りぬ」 黒衣の男は刀の柄を撫でつつそう言った。 「しかし‥‥数が多いというなら、少しは楽しめるやもしれんな」 「頼もしい言葉だねぇ」 はは、と笑って風麗は言った。 やがて全員が起床し準備を整え山寺の境内に集まった。 「骸骨どもから村を取り戻すため、頑張りましょう」 赤外套に身を包んだ青年が言った。赤城 京也(ia0123)だ。一同は討伐の気合を入れると山を降り、滅びた村へと向かった。 やがて村に入り、田畑の畦道を抜けてゆく。アヤカシの姿は今のところ無い。 紗夜は居住地に近づいた所で、前日と同じように空へと人魂の蝶を飛ばした。蝶の視界を借りた紗夜は居住地の十字路付近に十数の影がうろついているのを見る。 その報せを受けた一同はそれぞれ得物を抜き放つと門前の通路を渡り門をくぐって居住地へと侵入した。 紗夜の案内を元にアヤカシ達がいる方向へと進んでゆく。 やがて主道の彼方に影が見えた。崩れかけている鎧を着込んだ白骨のアヤカシ、狂骨だ。 二十七間(約50m)程度まで接近すると蘭志狼が咆哮をあげた。 それに反応して骸骨達が一斉に振り向き、カタカタと骨を鳴らしながら動き始める。 「かかった」 平雲が言った。開拓者達は踵を返すと門へと向けて走りはじめた。十八体もの狂骨達が太刀を振り上げて追ってくる。 開拓者達は南門前の通路入口まで後退すると、踵を返して向き直った。通路の左右は堀であり狭くなっている。その出口にあたる個所に開拓者達は陣取り、通路を塞ぐ形を取った。 志狼は槍を大地に突き立てると矢筒から長弓を取り出し弦を張った。彩音(ia0783)もまたロングボウを構える。 骸骨達が門の彼方から走ってくる。 「この村は、貴様らの物ではない‥‥」 侍は弓の内側に矢を番えると渾身の力を込めてひき絞った。弓身がしなり音を立てる。志狼は骸骨を睨み据える。再度、吼えた。 「蘭志狼、参るッ!」 裂帛の気合と共に矢を撃ち放った。矢は勢いよく飛び、先頭集団の最左の狂骨の肋骨を圧し折って抜けていった。射られた骸骨武者は衝撃に揺らぎ足を鈍らせたが、再び加速して駆けてくる。 志狼と同時に彩音もまた長弓で射撃をしかけていた。長大なジルベリア産のロングボウの内側へ矢を握り込んで番え、渾身の力を込めて弦を引き絞る。ぎりぎりと音が鳴った。骸骨の頭部へと狙いを定める。裂帛の気合と共に放つ。矢が勢いよく飛んだ。狂骨の側頭部をかすめた、朽ちかけた兜をはねとばして後方へと抜け、後続の骸骨の鎧にぶち当たった。 骸骨達は歯をカタカタと鳴らしながら駆けてくる。距離が詰まる。 志狼は弓を置き槍を引き抜いて構えた。 「打て、砕け、狩猟の王が魔弾の如く!」 カズラが声と共に呪殺符を虚空へと翳す。 「霊魂砲発射!」 符が消失し発生した二連の霊魂が弾丸のように飛び出してゆく。左端から二番手の狂骨を撃ち抜いた。なかなかの打撃を与えたが骸骨はまだ倒れない。 彩音は矢を番えると裂帛の気合と共に再度射た。鋭い音を立てて矢が飛び今度は狂骨の額に中った。矢が突き立ち骸骨武者が後方に大きく仰け反る。倒れるかとも思ったが骸骨は勢いよく態勢を立て直すと額から矢を生やしたまま突進してくる。 距離が詰まる。 骸骨の先頭集団が門をくぐりぬける。そこへ一斉に術と矢が飛んだ。 カズラは斬撃符を飛ばし符を新たに取り出す。 「蝶の様に、舞い、散り、なさい」 紗夜もまた符を翳すと鋭刃を持った黒蝶を飛ばした。翼の刃が狂骨を斬り刻んでゆく。リリアが虚空に二枚の陰陽符を翳す。符が消失すると共に光の輪が飛んだ。鋭いそれが骸骨を切り裂いてゆく。 風麗は力場を連続して発生させ骸骨の身を捻る。狂骨の骨が軋んだ。彩音は三度矢を以って射た。平雲もカマイタチを飛ばして攻撃している。 飛び道具に体躯を削られつつも骸骨武者達が突っ込んでくる。術者と弓手は下がり右にずれて展開した。 「この一撃で‥‥まとめて吹き飛ばすっ!」 二刀を抜き放った京也が気力と練力を全開にしていた。二刀を高々と掲げると裂帛の気合と共に踏み込み交差させて振り抜く。豪、と風が唸り、大地を抉り破砕しながら衝撃波が狂骨の集団へと一直線に飛んでゆく。 衝撃波の直撃を受けた狂骨は破裂するように木端に破砕された。衝撃がそのまま後方へと抜け、後続に炸裂するが前の狂骨が緩衝材となったか、後続は砕けなかった。 (「ふむ、腐ってもアヤカシ。まとめて‥‥とはそう容易くはいかんか」) その様を見て那須鷹は取るべき戦術を思案する。一見では大雑把な行動している那須鷹だが、その実、冷静に計算して動いている。 迫りくる右端の狂骨を見やる。リリアの斬撃符と彩音の矢を受けて大分削れている。 「惜しまれど魂あらば武士の生き様を見せて逝けっ!」 那須鷹は敵がその刀の間合いに踏み込んで来るよりも前に、大槍を最上段に振りかぶった。一歩踏み込むと練力を全開にしながら叩きつけるようにして振り下ろす。遠心力と重力を味方につけて加速した穂先が、敵の兜に当たり一撃の元に叩き割って抜けた。骸骨の脳天から股間までを刃が走り抜け爆砕する。 「それは人としての証じゃ、置いていけ!」 倒れゆく狂骨の手から刀が落ち、割られた防具が地に転がった。それを踏み越えて後続が殺到してくる。 他の前衛達もまたほぼ同時に狂骨達と激突していた。 志狼は練力を解放し長大な鉄槍を中段に構えると狂骨の額を狙って一突きし、突進を止めてから振り下ろして破壊した。 アルティアは狂骨が繰り出す錆びた太刀の切っ先を左のショートソードで払ってかわすと右の刀で素早く斬りつけ骸骨武者の首を刎ね飛ばす。 右京は太刀を脇に構えると、相手が刀を振るうよりも前に逆袈裟に一閃させた。一撃で胴を切断された狂骨が二つに分かれて大地に転がる。とどめに頭部に太刀を叩きつけてそれを破砕した。 右方へと移動した飛び道具組は斜め後方から堀越しに術で攻撃する。彩音は弓で、風麗は歪みで、カズラ、紗夜、リリア、平雲は斬撃符で後続の狂骨を削ってゆく。 それを乗り越えて骸骨武者達が前衛へと飛びかかる。 「此処を通りたくば、この俺を倒してからと心得よ!」 志狼が裂帛の気合と共に羅漢を繰り出す。鋼の穂先が狂骨の額をぶち抜いた。骨達は刀の間合いに踏み込めず鉄の槍壁の前に次々に砕けてゆく。 その隣では右京が太刀を一閃させてやはり斬り倒していた。 「‥‥脆い。斬った気にもなれないとはな!」 黒外套のサムライは不満そうに呟きつつさらに突っ込んできた後続へと竜巻の如く太刀を振って叩き壊す。 京也は二刀を構え骸骨武者の斬撃を左の刀で流してかわすと、武者の頭蓋へと右の刀を打ちつけ、揺らいだところへ左で薙ぎ払いその首を斬り飛ばした。首を失くした骨が倒れる。 那須鷹もまた刀の間合いに入れずに槍で突いて武者の動きを止め、続いて振り下ろして頭蓋を撃ち砕いた。アルティアも狂骨と斬り結びながら押している。 開拓者達は次々に狂骨を破壊してゆく。前衛達が作る壁の前には無数の骨と武具が転がり積み上げられて、時に脇に滑り落ち堀のそこへとおちてゆく。 「この一撃は──風よりも疾いよ!」 味方の優勢をみてとったアルティアは一気に畳み込むべく泰練気胞壱を発動させ加速してゆく。 「痩せた人も悪くはないけれど‥‥骨だけになってしまっては、興醒めね」 リリアが符を取り出して言った。 「死者は死者らしく、土の中へ。心身一体、此の世で生きて良いのは両を具えた生者だけ。 さようなら、ね」 符が焼失すると同時に光輪が飛び出し、骸骨武者の胴を切断して走り抜けてゆく。 骸骨が崩れ落ちた後には他よりもやや大柄な狂骨の姿があった。 「貴様が統率者か?」 柳生の男が言って睨み据え、突っ込む。狂骨の身を白い糸が包み込んだ。 「もがいても、詮無き、事」 虚空へと符を消失させながら紗夜が呟いた。 右京は練力を全開にし一気に肉薄すると蜻蛉の構えから袈裟斬りに太刀を振り抜いた。剛速の一撃。狂骨の錆びた太刀が斬り飛ばされ、朽ちかけの鎧が切断され、その骨の身が肩口から真っ二つに両断されて崩れ落ちる。 開拓者の周囲には既に生なきモノで動くものはなく、破壊された骨の山が転がっていた。 ● 「陰陽氏族、月城の氏を頂きました、紗夜、です。よろしく、お願い、します」 黒髪の娘は初めそう名乗った。 「私の、故郷、滅び、ました。還る場所、世の理。理が、私の故郷、です」 紗夜はそんな事を言っていた。 「滅び、か‥‥」 平雲は塚へと酒をふりかける風麗の姿を眺めながらそれを思い出し、呟いていた。殲滅の完了後、那須鷹はアヤカシ達の骨片と武具を集めて埋め塚を作っていた。 「清めるに惜しむ酒はないからの」那須鷹は日照の巫女へと酒を渡し「清めてやれ」 と言っていた。 「この世は生きる人の為のもの、よね。村はそんな生きる人達のもの。不躾なお客さんは彼の世にお帰り‥‥ね」 そう言ったのはリリア。きっと彼等は岸の彼方へと逝った。 「幸せは何時だって失って初めて幸せと気付く、小さな不幸ね〜」 そんな光景を眺めつつ、ぷかぷかとキセルから煙を吐きだしてカズラ。 「‥‥人は愚かだ。失わねば、本当の意味に気づけぬ程に」 述懐するように言うのは志狼。俺もその類だ、と彼は言った。 「だが滅びるものがあれば興るものもあろう。平雲。此処を復興する仕事も悪くないように思うが」 銀髪の侍が言った。 修験者はその言葉に顔をあげると、一つ顎髭を撫でてから言った。 「ふむ‥‥‥‥そうだな」 ――残りの命数をそれにつぎ込むのも、確かに悪くない。 初老の男はそう言った。 かくて、一つの村が滅び、また一つの村が興る。復興と人は言う。 既にかつて住んだ者の大半は絶え、多くを失くしながらも多くを呑みこんで、また再びそこに村が建つ。 記憶は、人を苦しめるが、しかしまた人の拠り所ともなる。 「アヤカシも奇妙だが‥‥人もまた、奇妙なものだ」 銀髪の侍は風に吹かれる村を振り返ると、そんな述懐を残し、再び踵を返して去っていった。 了 |