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■オープニング本文 ●冬晴れ 冬の空は澄んでいて、どこまでも薄く透明な空気が青空を支えている。 空には一片の雲もない。 「今年も何とかなったな」 大きく伸びをして、一休みとばかりに将太は畑の横の斜面に寝そべった。肺に吸い込む空気は冷たいが、真昼の陽はほのかに肌に温かい。 稲も何とか無事に収穫し、後は畑の作物の面倒を見るだけである。 「しょうちゃぁーん」 遠くから聞こえてくる声に、将太ががばりと起き上がる。 息せききって走ってくるのは、近所に住む菜緒である。 「どうした、菜緒」 寒風の中を駆けてきた少女は、ふう、と息を整えて恥ずかしそうに笑った。 「あの、あのね。これよかったら」 「なに?」 「開けてみて」 差し出された風呂敷包みをあけると、小さな重箱におはぎがぎっしりと詰まっている。 「どうした、これ」 将太は目を丸くする。祭り以外でこんなに沢山見たことがない。村ではもち米だって砂糖だって貴重なものだ。 「将ちゃん好きじゃない?」 「好きだけど‥‥」 将太の言葉に心細そうな顔をする菜緒をみて、慌てて笑顔を作る。これを渡したくて走ってきた菜緒の赤い頬を見ながら。 「ありがとな。大事に食べる」 「うん。‥ここすわってもいい?」 「あ、ああ」 風呂敷ごと重箱をもった将太の横にちょこんと座る。 そのまま、二人とも何も言わず青空だけを見つめる。 明日、菜緒は嫁入りに村を出る。相手は町の商人らしい。そのために支度金やら嫁入り道具やらが菜緒の家に運ばれてきた。このおはぎもそれで作ったのかもしれない。 「‥‥お重、返さなくていいからね」 しばらくの沈黙の後、菜緒はそう言ったのであった。村は貧しく、菜緒の家も将太の家も貧しいままだ。花街に送られるより、きっとずっとずっと幸せな嫁入りだ。 だけど、相手の顔も知らない嫁入りだった。 「菜緒‥」 「私がいなくなっても、弟達の面倒見てやってね」 意を決したようにすっくと立ち上がり、ぱたぱたと粗末な着物をはたく。 白いうなじが小さく震えている。 こちらを向かないのは、涙が出そうだからじゃないのか。 将太は唇をかみ締めて、つい口から出そうな言葉を飲み込んだ。 「立派なお嫁さんになるから」 両手でぎゅっと握りこぶしを作り、けなげにも精一杯の笑顔を将太に向けた。 「‥ああ。がんばれ」 将太もそう答えるしかなかった。 「‥ん、じゃあいくね」 振り返らずに菜緒が家への道を歩いていく。将太は立ったままそれを見つめていた。小さな菜緒の背中が消えるまで。 やがて、菜緒が見えなくなると将太はおはぎをひとつ掴んでがぶりと食べた。こみあげる気持ちとともに無理やり飲み込んだ。 「おはぎしか、うまくつくれねぇのにな‥」 将太がおはぎを好きなのは菜緒が得意だからだ。 だがそんなことも言えないままだった。菜緒は幸せになるのだから、自分が何を言っても仕方がないと思った。 「‥‥ちょっとしょっぺぇや」 ズッ、と鼻をすすった。 空はどこまでも青く、先刻までとかわらぬ風景に将太だけがたたずんでいた。 ●嫁入り 「兄ちゃん、風邪ひいて来れないって」 ごめんな、菜緒姉ちゃん。 将太の弟が綿帽子をかぶった菜緒にすまなさそうに伝えた。立派な輿も用意され、真っ白な婚礼衣装に身を包んだ菜緒を村中の者が見物に来ている。 菜緒は何もいわずにさびしそうに笑っていた。 村一番の器量良しがめでたく嫁ぐ日を、将太は布団の中ですごしていた。先ほどまでやいのやいのと弟が起こそうとしていたが、それも諦めたらしい。 このまま、今日という日が過ぎ去ってくれればいい。 そう思っていたとき、弟があわてて家に転がり込んできた。 「兄ちゃん! 大変だ!」 「その手はくわないぜ」 「違うんだ! ホントだってば!」 「なにが」 のそりと将太が振り向きちらりと弟を見た。 「菜緒姉ちゃんの輿がさらわれた!」 「なに?!」 「見送ってしばらくしてたら、お付きの人たちが命からがら村に戻って来て‥姉ちゃんがそのまま賊に連れ去られたんだって!」 がばりと将太が布団を剥いで外へまろび出た。 だが、自分ひとりでどうしたらいいのか。 賊に立ち向かう力がほしい。 (菜緒、無事でいてくれ!) 将太は町へ続く山道へと駆け出していた。 |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
針野(ib3728)
21歳・女・弓
ソウェル ノイラート(ib5397)
24歳・女・砲
千鶴 庚(ib5544)
21歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●花婿 先を歩く開拓者達の後ろから、血相を変えて追いすがってくる若者が一人。 「待ってくれ!」 開拓者六人が足をとめ、何事かと一斉に振り向いた。すると、将太は膝に手をついて呼吸を整えると、花嫁を奪還したい、力を貸してくれと事情を矢継ぎ早に説明した。 これから魔の森の警護にあたらんとしていた六人はどうする、と考えたが、将太のとるものもとりあえずな風体をみて、分かったと二つ返事で引き受けてやったのであった。 「吉事に凶事‥か。上手くやってみようか」 音有・兵真(ia0221)が策を練る。聞けば敵は地の利がある山賊。陽動と救出に分かれよう、と提案する。 蒔司(ib3233)の想定では、追っ手から花嫁の菜緒を無事に救出するには塒をおさえなければならないと考えた。 幸いにして、彼らは近距離を得手とするもの遠距離を得手とするもの、それぞれの精鋭たちの集まりであった。 「では、蒔司さまとわたくしで先に隠密に行動しましょう。できるだけ血は流したくないですし」 秋桜(ia2482)が参ります、と早々に蒔司と示し合わせて頷いた。 「よからぬことを考える奴はどこにでもいるもんなんね‥あいさー、花嫁さん必ず助けるんよ!」 針野(ib3728)が元気一杯に片手を突き上げた。かくゆう将太は次々と開拓者達の間で話が決まっていくのに慌てながら、自分も同行したい、と強く申し出た。 「後先考えないねぇ。そんな丸腰でどうするんだい。‥でも、気持ちはわかる」 千鶴 庚(ib5544)が寸鉄も帯びていない将太に呆れながら、足手纏になるかもしれない彼を連れて行くことに承諾した。 「あたしが将太の援護につくよ」 短銃を手にしたソウェル ノイラート(ib5397)も自信たっぷりに微笑んで将太に笑いかける。帯にも挟まれている短銃に将太が目を丸くする。 「おんしは花婿か?」 蒔司の尤もな問いに、将太は言葉に詰まった。それを見ていた音有が蒔司の肩にぽんと手をおく。 「花嫁を助けるのは花婿の務めじゃないか」 「まぁえいか。花嫁は取り戻すき、おんしは無茶するんやないで」 蒔司が将太から道ゆきを聞くと、先に行く、と秋桜と連れ立っていってしまった。賊の塒までの罠について、解除をしておく必要があるからだ。 シノビの二人にそれをまかせ、花嫁奪還のための陽動班として四人は動くことにした。 ●賊 将太に示された道をゆくと、やがて、山道にひとつの影。槍を持って、ぶらぶらとあたりを警戒する‥賊の見張りらしい。身代金の交渉はまだ成立していないのか、時折背伸びして町からの来し方を観察しているようだ。 隠密行動を決めた二人は、あえて遭遇をさけ、山中へと進路を変更した。地の利は相手にあり、しかも奪還しようとする花婿勢を待ち構えてのことだ。さぞや罠も仕込まれていることだろう。二人に課せられた使命は、仲間達の安全たる進路を確保し、花嫁の居場所を探ること。 「蒔司様」 秋桜が短く発した。忍眼の発動。積もった落ち葉の中にかすかな不自然さを発見する。そっと落ち葉を掻き分けると、ぴんと張った細い縄が見えた。 木の間に渡されたそれらの先に、しなる竹の竿が見える。秋桜が縄に手をかけた。 「‥‥‥」 静かに、と目配せをしながら、手裏剣を握り締めた。超越聴覚がとらえる、こちらに歩いてくる賊の足音。相手は気づいていないようだ。 「行こう」 ふつりと縄を切ると同時に二人が素早く樹上に跳躍した。しなりを開放された竹槍が斜めに切られた切っ先を向けて飛んでくる。 「―――!」 足を掠めた竹槍に山賊がもんどりうって倒れた。その上から蒔司が静かに着地すると声を出させないよう口を塞ぎ、みぞおちにすかさずの一撃。 秋桜が気を失った男の足を持ち、近くの低木の陰に隠した。あたりの気配を窺いながら、蒔司と秋桜は次の罠を解除すべく、あえて道を外れた山の斜面を疾走するのであった。 陽動を任された四人は、案内役の将太をかばうようにしながら歩を進めていた。 「この先の山の斜面に、伐採にくるときの休憩の小屋があるんだ」 緩やかに長く続く斜面のさきに、少しだが小さく屋根の一部が見えた。山道を見下ろせる小屋は奴らの塒にもってこいだろう。 「待て! 何だお前ら」 警戒に当たっていた男がこちらに気づき、荒々しく抜刀した。 「何だと言われて素直に名乗る気もないが‥」 音有が面白そうにいうと、走れ、と左手で合図した。全員が一気に山を駆けのぼり始める。 「ああ?!待て!」 賊は慌てふためいた。山へ登る道を全く無視して、シノビの二人の軌跡を追うように消える開拓者達を追い始める。ガサガサとひっかかる枝を押し広げて進もうとすると、まるで見えているかのように、高みから矢うなりがした。針野の「鷹の目」により放たれた矢は過たず男の肩を射抜き、そのまま男を転落させた。 蒔司がつけた木のしるしを元に、罠が解除された道を急ぐ。あたりにはよくもまあ、といわんばかりの落石の山やら網の残骸やら。シノビの二人の協力がなければ正面突破する前に賊に捕まっていたかもしれない。 将太もおそるおそるついていきながら、空手の自分がとても頼りなく思えた。 それを思うと、黙々と前を目指す開拓者達のなんと心強いことか。 「どうしたの?」 横顔を見ていたのに気づいたソウェルが将太に尋ねた。 「いや、強いなぁ‥って。当たり前なんだけど」 「それぞれの役割の問題よ。将太も将太の役割があるからね」 きちんと話をしなきゃいけないことあるんでしょ、とソウェルが片目をつぶって見せた。 「後先考えず飛び出した‥その理由は自分が一番分かっているはずよ」 千鶴も将太にそういって微笑んだ。今ここにいない花嫁を思ってのことだった。二人にそういわれて、素直に将太は頷いた。 ―――菜緒、もう少しだ。 最初の敵以外目だった警護にも、罠にもぶち当たらず、最小限の動きで小屋が見える位置にやってきた。小屋の前にはたむろして煙管をくわえている者やぶらぶらと談笑している賊の姿が見える。 あの小屋に花嫁がいるのは間違いなさそうだ。 「将太、伏せろ」 音有が将太の頭を掴んで沈めた。将太が動転していると、何か物音が聞こえた。 「離してよ!」 菜緒の声だった。ドタンバタンと暴れる音がする。すると、静かにしろ!と男の声が重なった。ドン、と何かをぶつける音がした後は水を打ったように静まり返る。 「菜緒‥!」 飛び出そうとする将太の肩をぐんと押さえたのは針野だ。 「さあ、始まるんさー」 語尾を延ばした独特の呟きとは裏腹に、すっくと立ち上がり、弓矢を引き絞った。 ドッ、と矢とは思えない重い音がして、菜緒の声がした木戸に深々と突き刺さる鏃。 「誰だ!」 山賊たちがやおら立ち上がり、武器を手に取った。中には、ドンドン、と空に向かって威嚇射撃をするものもいた。花婿側の奪還の手の襲来だと総毛立った。 「砲術使いがいるとは‥手加減の必要ないね」 長銃を抱えた千鶴が不敵に笑うと、姿勢を深くして右に流れた。分散して攪乱する姿勢だ。太い木に身体を預けると、瞬時に立ち上がり、重い反動をものともせず、引き金を引いた。直線上の木皮を抉りながらありえない角度から飛んでくる銃弾。なまくらな刀など、 真っ二つに折れて吹き飛んだ。 「行くよ!」 ソウェルが腰をぬかしそうになっている将太の襟を掴んで左へと走った。音有がそのまま正面を突破する。思いがけぬ襲撃と正面からの攻勢に賊たちは目標を失っていたが、音有が瞬脚で駆け寄ってくる姿を見つけて、やっと戦うべき相手を理解したようだ。 「よう、こんにちわ」 あいさつと同時に棍がうなりを上げて一人を殴り倒した。槍と矛を構えた山賊が、接近先を得手とばかりに音有に群がってきた。 長い棍は木の茂る森の中では不利だと思われた。だが、十分に目算で距離を測っている有馬にとっては、不自由などなかった。槍を折り、矛を弾き、その足を狙う。引いて棍の両端が木に引っかったとみせると、一気にそのまま棍を軸として前にくるりと回転した。 あ?と思った山賊の驚いた顔を一瞥して。 「じゃあな」 音有の崩震脚が炸裂した。一気に引き付けられた五人が吹き飛ぶ。 わあわあと賑やかになった表の様子に、小屋の裏に潜んでいた蒔司と秋桜は仲間が首尾よく事を成していることを疑わなかった。 「なんかやたら強いのがいる! 来てくれ!」 山賊たちが助太刀とばかり連れ立って部屋を後にする。手と足を縛られた菜緒は、部屋の端に身を寄せたまま、じっと動かなかった。 「おい、大人しくしてろよ!」 言い捨てて、菜緒の見張りの男も蛮刀を手に小屋を飛び出していった。その隙に二つの影が菜緒の傍に降りる。 「‥‥!」 「大丈夫、助けに来ました」 秋桜が優しくそういうと、菜緒を戒めている縄を解いてやった。女性の声にほっとしたのか、小さく菜緒が息をついた。 「ここ?!」 ドカン、と爆音と共に木の戸が吹き飛んだ。菜緒の姿を認めてほっと息をついたのは千鶴と音有だった。次々と現れる見知らぬ姿に、菜緒が言葉をなくして開拓者達の顔を見る。その傍に火薬の匂いがする長銃を置いて千鶴が跪いた。 「花の顔に泥を塗るなんて、なんって情けない男達だい! 菜緒。帰るよ」 言葉とは裏腹に、千鶴の手がやさしく菜緒の顔を包む。 「花婿に頼まれたんだ。菜緒を助けてくれ、とな」 花婿、という音有の言葉に得心がいったのか、ああ、と菜緒がぎこちなく笑った。綿帽子もどこかに行ってしまい、白い装束は埃や煤に汚れているが、大事な人質らしく、乱暴なことはされなかったのは救いだっただろう。 「すまんな、ちっと居心地悪かろうが‥しっかり掴まっちょれよ」 菜緒は礼をいうと、蒔司の大きな背に背負われ、小さな細い手を回すとぎゅうとしがみついた。よほど心細かったのだろう。蒔司の胸にも同情と賊に対する怒りが沸く。 「前はわたくしが露払いいたします」 秋桜が眦を上げて、全力で守ることを誓った。菜緒が小さな手をのばす。けなげにも笑った彼女の手を握り締め、麗しき微笑みを返す。 使命以上に同じ女性として、守り抜こうと心に誓ったのであった。 軒並み、目で確認できる山賊たちは倒して縛り転がしたが、残りの山賊が銃声を聞いて集まってくる恐れがあった。 「帰りは山道を突っ切るよ。そのほうが早い」 短銃を構え、いつでも撃てるよう構えながら、ソウェルは将太と共に突入した仲間達が出てくるのを待っていた。針野も万一のために弓を番えている。 「出てきたんよ!」 将太の目に、蒔司に背負われた白装束の菜緒が映った。 「無事だった‥」 へなへなと膝から力が抜けそうだ。だが、息つく暇もなく、とソウェルのフェイントショットが火を噴いた。 不意打ちをくらった賊が足を撃ちぬかれて騒ぎ出した。 「針野!」 「了解なんよ!」 捕まえた山賊と同程度の数。山道に潜んでいた援軍のようだ。 針野の速射がまるで何人もの援護のように矢の雨を降らせたかと思えば、ソウェルが右に左に二丁の短銃を持ちリロードの時間を感じさせない早撃ちで賊の脚を止める。 将太を背にして移動しながらも、その動きは無駄がなく、正確にして俊敏であった。 二人の攻撃に気づいた音有が接近戦を仕掛けに駆け出し、千鶴が破壊力のある長撃を放つ。 手がふさがっている蒔司を補佐する秋桜の前に、将太を合流させるべくソウェルと針野が駆け出した。 「菜緒!」 「―――! しょうちゃん!」 蒔司の背で菜緒が驚いた顔をしたかと思うとぼろぼろと涙をこぼした。将太もこみ上げてくる涙をこらえてぐっと唇を噛んだ。今は逃げるのが先だ。 「戻ろう! 菜緒!」 「‥‥‥うん、うん!!」 菜緒が何度も頷いた。聞いているほうが切なくなる声だった。誰もが、送り届ける先は商人の処ではなく、二人の住む村だと納得した。 「掴まっちょれよ!」 「どきなさい!」 「怪我をしたくなければ退くことです!」 開拓者達の手に足に、再び力がみなぎった。 来るもの、阻むものは倒し行かん。その気迫が圧倒的な力の差をさらに広げて山賊たちへと容赦なくぶつけられた。 残りの頭数で盛り返そうとする山賊を真正面から撃破し、村へと続く山道を下り始めたのであった。 ●花嫁 その戦力をそぎ、賊を捕縛し、開拓者達の能力は遺憾なく発揮された。 将太にも菜緒にも怪我はなく、最初に見張りのいたところまで降りてくると、蒔司の背中からやっと菜緒を降ろすことができた。 涙をすすり上げる花嫁の顔を拭いたり、身なりを整えたり、落ち着かせるのは女性の開拓者達の役目だった。 「‥菜緒、我慢も蓋もしないで、ただ一人の女性として、素直に生きてほしいわ」 千鶴が髪を直してやりながら、菜緒に言う。 「幼馴染なんだからすれ違ったら悲しいじゃない‥? きちんと話をしてね」 涙の跡を拭ってやりながらソウェルが自身も思うところがあるのか、呟くようにいった。 「開拓者とて、恐怖で体が震えることもあります‥そのなか、志体も持たず、訓練も受けず、単身でやってきた彼を何が動かしたと思います?」 帯を直し、優しく肩に手をおいた秋桜が将太の方を向かせる。 菜緒の視線の先には、蒔司と音有に深々と頭を下げている将太。 しかし、お礼をいっていた将太をつかまえて、こそりと男性の開拓者たちが助言する。 「花婿なんだろ、花嫁はお前が守れ」 「え、あの、ちが‥」 「伝えたい事があるんやったら、ちゃんと言うときや。後悔せんように‥な」 「あ、ええと‥」 困ったように将太が頭をかいて、菜緒を振り返った。 菜緒の目にみるみる盛り上がる涙。 「いくら拭いても、だわね」 千鶴とソウェルが苦笑した。あら、妬いてるんじゃないわよ、という千鶴の言葉に秋桜と針野も笑った。 「しょうちゃん」 よろよろと菜緒が歩いてきたのを慌てて将太が迎えに行く。 「うわぁぁん、こわかったよぅ‥」 「菜緒‥」 おずおずと、将太が菜緒を抱きしめた。ごめんな、と呟くと、ひときわ大きく菜緒が声を上げて泣いた。 村へ帰ったら、もう一度、話したいことがある。 貧しくても、きっとこの大切な命の代償として、商人に支度金を返していこうと将太は密かに決意していた。 「泣くなよ」 「だって。しょうちゃん―――」 言葉にならずきつくしがみつく菜緒も、きっと大切なものは何か気づいたに違いない。 やれやれ、やっと収まるところに収まったか、と開拓者達は疲れも忘れて、若く可愛らしい二人を優しい瞳で見守っていた。 |