射よ、峡谷のクモの糸。
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/18 17:33



■オープニング本文

 始めに来たのは、ずるりと足元が崩れていく感覚。


 雨上がりで濡れた下地。枯葉でも踏みしめたせいかと思った。

 後ろに傾いた重心をそれでも持ち直そうとして、前傾の姿勢をとったはず、だった。

 胴が皮帯ごとグン、と後ろに―――急な角度で引っ張られた。

「――! 琥太!!」
 幼なじみの豹太(ひょうた)がそんな自分を見て手を伸ばそうとしたのを目にしたのだが、琥太(こた)の身体はなすすべも無く宙を舞った。



●谷
 浮遊感の後、衝撃はすぐにやってきた。
 
 木と荒縄でつながれていたはずの琥太の革帯は、彼の身体を落下の途中でくい止めた。
 しかし、息が止まるほどの衝撃を腹に受け、琥太は小さく呻くことしかできなかった。
「う‥‥」
 気がつくと、己の足元には地面が無い。
 革帯の上から結んでおいた荒縄が命綱のように彼を谷に吊り下げているのであった。
 
「‥‥‥なに、が‥!」
 無理やり首を上に向けてみると、彼が縄の一端を結んでおいた木が根をむき出しにして倒れ、谷の壁面にかろうじてへばりつくように生えている細い木に、閂(かんぬき)のように倒れ掛かっているのであった。
 茸狩りを効率よく行うために、村人と分担し、縄で目印の木に固定して、受け持ち場所を決めていたのだ。 

 その縄が、木が倒れた拍子に谷へ彼を引きずり込み、そして今、命綱となる。

「琥太! 無事か――!」
 おーい、おーい、と大声で覗き込むように叫ぶ村人達。
 口々に名を呼ぶが、上から近くまで降りてこられないようだ。
「‥ここだー!」
 眼下に広がる険しい岩肌をみてぞっとしながら、それだけを叫んだ。
 がらがらと音を立てて岩や若木が彼の傍を滑り落ちていく。
 やがてそれは小さくなり‥荒々しく突き出た岩に叩きつけられていった。
 
 口の中がからからになっていく。

 琥太の声に、一同がほっとした声をもらし、すぐに助けるからじっとしてろ、と口々に励ます。

 しかし、それに応えることもできず、少年の意識は目もくらむ高さに徐々に遠のいていった。



●きれない糸
「琥太――!」
 次に気がついた時には、谷を渡る吊り橋の上に村人達の姿が四人見えた。
 琥太は気を失っていたらしい。
 木が倒れているあたりは地面が割れていて、琥太を助けに降りることができなかった。そうこうしているうちに時間だけが過ぎ、木を落とすことも縄を切ることもできず、なすすべも無く彼らは谷にかかる吊り橋へと移動してきたのだ。
「琥太、待ってろ! ‥ちくしょう、今、その縄切ってやるからな!」
「ちょっと待って。切ったところで下は崖だ、死んじまう」
「それに切るっていったって、この距離で何ができる‥」
 村人達が持っているのは、鎌、手斧と狩猟用の弓矢だけである。
「斧を投げて万が一、琥太に当たったらどうしようもないし、第一、弓だって俺らじゃ届かないぜ?!」
「じゃあ、どうすんだ! このまま見捨てるわけにも行かないだろう!」

 四人が言い争っているうちに、空に禿鷲が舞い始めた。

「‥鳥が狙ってやがる」
「琥太はまだ生きているってのに」
「ここは魔の森が近い。鳥が舞い始めたらアヤカシだって出かねない」
「だけど見捨てるわけには行かないだろう!」
「俺‥俺、行ってくる!」
 大人たちのやり取りを聞いていた豹太が、背負っていた弓矢と籠をすべて村人に預けた。

「聞いたことがある。志体をもっている開拓者なら‥助けてくれるかも」
「呼びにいっている暇はないだろう、ふもとまで時間がかかる」
「魔の森は近くだから‥警備に当たっている人がいるはずだ」
「魔の森、か。しかし‥」
「俺行ってくる‥だから、それまであいつらから守ってくれ」
「お前が危険じゃないのか」
「だが、それしか今は頼れない」

 村人達が、しばらく考え込んだ後、豹太の肩に手を置いた。
「よし、鳥ぐらいなら追い払える。任せろ」
「頼んだぞ‥できるだけ早くもどって来い」
 大人たちにそう言われて、うん、と豹太は言うが早いか、脱兎のごとく山道を走り出した。

 気まぐれに谷から吹き荒れる風が琥太の身体を揺さぶる。
 ギシギシ、と木と荒縄はきしむだけで、一向に緩む様子もない。

 空の禿鷲が、弧を描いて舞っていた。


■参加者一覧
朧楼月 天忌(ia0291
23歳・男・サ
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
氷那(ia5383
22歳・女・シ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250
25歳・男・志
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
志宝(ib1898
12歳・男・志
リン・ローウェル(ib2964
12歳・男・陰


■リプレイ本文

●集いし者
 魔の森の警備にあたっていた開拓者に、なんとか豹太が事情を話して、つり橋まで連れてきたときには、すでに空には五羽の禿鷲が舞っていた。つたない弓術でなんとか琥太めがけて降下してくる鳥を追い払うのに村人達は骨を折っていた。
 豹太から来る道で聞いていた話と、現場をちらりと橋から検分して、開拓者達は即座に地上からの救出を選択した。雨で下草の湿る崖の淵に立つ前に、あたりの太い木々に目をつける。
「だいたい分かった」
 それだけを言うと、巴 渓(ia1334)は腰にぶら下げていた荒縄を5本地面に投げ出した。
「俺も在るぜ」
 意図を汲み取った天ヶ瀬 焔騎(ia8250)が、同じく荒縄7本を投げ出す。
「役に立たないほうが良かったのですが‥‥不幸中の幸いですね」
 エグム・マキナ(ia9693)がやれやれ、という風に荒縄3本とヴォトカを置いた。
 開拓者達は琥太がつるされている木をまず固定し、次に救出役を降ろすという段取りをくんだようだ。
 しかし、できうる限りアヤカシが来る前に片付けたいところが正直なところである。
「俺が縄1本とヴォトカ2本、と」
 滝月 玲(ia1409)はそういって自分の装備から出すと、豹太達村人4人に救出の助けになりそうな携行品を全部出すように言った。
 そこには、全部で15本の縄とヴォトカ7本、小さな網と手斧が並んだ。天ヶ瀬が持っていたのを思い出したように腰から山姥包丁を引き抜いてみせた。
「ん。俺かな、救出役は」
「できることは何でもお手伝いしますわ」
 氷那(ia5383)が肯定の意味で微笑しながらそう答える。
「網があるようだから、これを二重にして端に縄を結べば、僕たちの胴も支えられそうだな‥」
 そういって手で狩猟用の網の強度を確認したのは、リン・ローウェル(ib2964)だ。手斧を掴むと、そのまま手じかな細木を切り倒し始めた。
「上にとどまるのは、私と氷那さん‥あと、巴さんでしょうか」
 エグムが、あたりを見回しながらフムと考えた。
「じゃ、俺と天ヶ瀬さん、リンさんが降下組だね。‥でも救出は天ヶ瀬さん一人になるからアヤカシがくると厄介なんで。先に俺とリンさんが降りるね。」
 飄々とそういって、滝月は豹太と確認しながら、縄を三本ずつ長さをつなぎ合わせて結び始めた。リンが切り倒した木を橋がわりにして地割れの上を渡り、開拓者達は順に崖を覗き込んで、琥太の姿を確認し、状況図を叩き込んだ。
 傍で見ている豹太たちにしてみれば、崖っぷちにひょいと身軽に身を乗り出すのを見ているだけでも肝が冷える。
 氷那はシノビならではの素早さで、エグムと巴が指定した木の表面をえぐり、縄が上下に動かないよう溝を作っていった。
「完了しました」
 氷那が戻ってくると全員が頷く。
「さあ! 準備は整いましたよ! 開始しましょう!」
 エグムの言葉で、一同に緊張感がみなぎっていった。



●降下
「先に僕が降りる」
 左目に眼帯をはめた自分達よりも若い少年が、縄と網を持ってすたすたと崖に向かうのを見て、今後こそ村人は慌てた。
 だがそれを尻目に、巴が縄に満遍なくヴォトカをふりかけ、両手でパン、と縄を張った。
 濡れて増した結び目の強度に、にやりと笑う。
「よし! こっちも行くか」
 言うが早いか、リンの持つ網につながる二本の荒縄の端を持って、巴は「瞬脚」で斜面を思い切り走り出した。ジグザグと、しかし、ぬかるむ地面をものともしない脅威の加速度である。


 リンの姿が、網に片足をのせるようにして、崖下に消えた。半ば落ちるぐらいの勢いで縄がしゅるしゅると引き込まれていくと、ビン、と張った。木の間を縫って走っていた巴に衝撃が伝わる前に、残り4人も縄を引っ張り、巴と呼吸を合わせて、縄を緩めながら木の溝に縄をはめていく。

 滑車の要領で、複数の木の胴を回るようにして、降下者の全重量がかからないように配慮し、かつ、巴はできるだけ崖下の開拓者の声が聞こえる場所で踏ん張ることとした。当然、巴が直接の綱引き状態になっても耐えられるであろうが、ここは消耗戦となる。

 リンが数回、崖面を片足で蹴る要領で無事降下したらしい。合図により崖下にもう二本の荒縄を垂らしてもらい、木をはさむ形にして、降下した際の網についていた荒縄を結びなおして、すべての縄を引き上げさせた。

 これで琥太の吊るされた木の幹に縄が回された。そのまま二本の長縄の両端は、崖から離れた場所に固定される。

 次に、同じ要領で滝月が降下する。
「もう少し頑張れ、必ず助けるからなっ!」
 滝月の声をきいて、かすかに琥太が目を開け、力なく頷いた。かなり憔悴しているらしい。滝月も無事に降下を済ませると、同じく二本の縄を通すことに成功し、根が向きだしになっている倒木の根の方を固定することに成功した。

 これで木が根こそぎ倒れても琥太が落ちないことが担保された。


●糸をきる
 あとは、天ヶ瀬が降下して、琥太を吊るされている状況から救出をするのみである。あわせて、禿鷲の攻撃とアヤカシの出現を警戒する必要がある。
「あのう。開拓者さんが凄いのはさっきからみていて分かるんだが‥」
 村人の一人が弓を持っているエグムに口を出してきた。
「こう、弓術で、あの縄だけを切れんものかの」
「そうしたら、下で受け止めてもらってーーー」
 村人の言葉はそこまでであった。その足元に弓矢が突き立っている。エグムの「六節」により素早く打ち込まれた矢は、地面に深々と突き刺さっていた。
「時間が勝負のときに戯言を。口を封じなさい」
 必要なことだけを言って、エグムは作業に戻っていく。
「受身ひとつ取れない琥太さんを落として受け止めたとしても、その衝撃はいかなものでしょう」
 豹太のそばで、ポツリと氷那が呟いた。確かに、開拓者の腕なら、その縄を射抜く事だってできるのだろうが、弱っている琥太が無事かというと‥それは別問題だ。
「開拓者さんにまかせよう?」
 豹太がそういって、村人達をいさめた。今、開拓者達が選んでいるのは、彼らの中で十二分に考えられた中で一番の最善策のはずだからだ。

「行くぜ」
 短くそういって、天ヶ瀬が縄を手に持つ。やると決めたことはやる。覚悟がみなぎっていた。巴の方を向いて目で合図を交わすと、網に片足をかけて崖下へと飛び込んだ。
 身体に巻いた縄を、巴が膂力と脚力で支える。氷那がその距離の加減を巴に手で合図する。
 喰らおうとする禿鷲に対し、エグムは矢を番えて、いつでも落とせるように構える。
 琥太のすぐ傍まで降りて、天ヶ瀬が網の部分を胴にあて、腹ばいの状態になった。両手を自由にするためである。だが、体重のかけ具合を一歩間違えば自分も落ちかねない状態だ。
「――琥太。ゆっくりでいいから、俺の手を取れ」
 琥太の縄を手繰り寄せると、琥太が気づいたらしく、天ヶ瀬の方に手を伸ばしてその左手をとった。そのまま、抱き寄せるようにして天ヶ瀬が琥太を受け止める。
 右手で山姥包丁をすらりと抜き、琥太を苦しめている縄を切り始めた。
 どんどん、体重が天ヶ瀬の縄にかかる。軋みはじめる。
「上等。助けられた命の重み、てやつか」
 巴が滑らないよう縄を握りなおす。

 琥太を苦しめた縄がとうとう切れた。


 獲物が奪い取られそうなことに気づいていたのは、空の禿鷲も同じだった。
奪われまいと、五羽が一気に天ヶ瀬と琥太めがけて降下するそぶりを見せた。
「愚かな」
 ピクリ、とエグムの指が動いたかと思うと、その弓から放たれた矢が一気に同一軌跡上の禿鷲二羽を貫いた。「猟兵射」の発動である。
 残りの三羽が天ヶ瀬たちをめがけて降下。
「―――っ!」
 天ヶ瀬が琥太をかばった。
 しかし、その三羽を蹴散らしたのは、もっと大きな影。空中戦に多くの羽が舞い、ぎゃあぎゃあと断末魔の声をあげながら、禿鷲が落ちていく。
 足元にぼとぼと落ちてきた禿鷲に目もくれず、崖下のリンと滝月は、羽が散る虚空を見上げる。
「厄介‥」
「ご登場、だね」
 そういいながら、臨戦態勢に入る。万が一にも二人を落下させるわけには行かない。
 ぶら下がっている天ヶ瀬といえば、『それ』と目が合った。
 魔の森から禿鷲の群がりを見つけて飛んできたらしいアヤカシは、闇の赤さを持つ目をぎょろりと二人に向けていた。禿鷲が小さく見えるほど巨大化したこちらも鷲。ただし、蛇の尾を持つ奇怪な姿をしている。
「アヤカシかっ! 場の読めない奴め‥!」
 忌々しそうに天ヶ瀬が叫んだ。琥太を落とさないよう左手で支え、右手で得物を探る。手に触れたダーツの矢を握りなおし、アヤカシの目を狙って投擲した。
「―――グァウッ!」
 禍々しい光に命中する。
 痛みがわかるのか、のけぞるようにしてアヤカシが崖から離れた。それを逃さず、エグムの矢がアヤカシを追って放たれる。数本が羽に突き立つが、その力は殺ぎきれない。怒りを示すようにその尾が激しくうねりを打っている。
「早く二人を降ろさないと駄目です!」
 氷那が崖に身を乗り出して状況を把握すると、巴に叫んだ。
「じゃ、ちょっくら急ぐぜ―――天ヶ瀬ぇ!! 舌かむなよ!」
「いいぜ!!」
 見えないながらの声の連携により、意図を把握した天ヶ瀬は縄を掴み、力を込めた。歯ぁ食いしばれ、と琥太に短く指示する。
 アヤカシから標的を奪うため、巴が斜面を駆け上がった。縄がゆるんで、一気に二人が落下する。巴が木の根に足を踏ん張り、再び張りつめる縄の衝撃に待機する。
 ビン、と張り詰めた縄が巴の手の中でぎしりと軋んだ。
 この手は離せない。
 衝撃を受ける天ヶ瀬も、短く息を吐きながらそれを受け止めると、崖に足を着いて激突を防ぐ。これでやっと崖の三分の二まで降りてきた計算だ。
 怒りに燃えるアヤカシは、再び標的めがけて降下を開始する。まだジリジリと降りている二人を護るべく、リンと滝月がアヤカシの攻撃範囲に移動する。
「…散れ」
 式が巨大な鉄杭となり、巨大鷲めがけて発射された。リンの「霊魂砲」である。鈍い音をさせながらアヤカシの羽を突き抜け、穴から瘴気を散らす。
 ぐぎゃあ、と耳をつんざく一声。
 体勢を立て戻すため、かろうじて動く翼に力をこめて羽ばたく。
 残った目でリンと滝月を睨み付ける。しかしそこにはイーグルボウをアヤカシに向け、構える滝月の姿が映った。
 すう、と目を細める。
――――捕捉。
「今度は貴様が焔鷲に狩られる番だ‥‥、喰らえ!」
 滝月のボウは「炎魂縛武」により、炎をまといながら空を裂き、鷲の羽根の根元を貫いた。急激に浮力をなくしたアヤカシは、そのまま片翼を広げ、きりもみに落下した。

 アヤカシはそのまま地面に激突した。

「‥よ、と。二人ともありがとう。こっちは大丈夫だ」
 ようやく地面に足がついた天ヶ瀬が、琥太をそろりと岩に横たえさせた。縄を二度引き、巴に着いたことを連絡する。
 リンが走り寄り、持っていた岩清水を取り出した。
「‥気力がまだ残っているのなら、これを飲め。中身はただの水だ」
 琥太が起き上がろうとするのを手伝って、あわてないようにゆっくりと口に水を含ませた。その喉が動くのを見て、三人がほう、と安堵のため息をついた。
 琥太は無事に救出できたのだ。

 そう思った瞬間、ぴくり、とアヤカシの尾が動いた。

「リン!!」
 天ヶ瀬と滝月の声が重なった瞬間、アヤカシが尾で地面を弾き、起き上がりざまにリンに襲いかかる。
 だが、その眼前に黒いドレスをまとった妖艶な美女が出現したかと思うと、アヤカシの喉笛に喰らいついた。リンの「魂喰」である。
「僕を喰らおう等と愚かなことをした報いだ、存分にその身を切り裂かれる恐怖を味わえ‥」
 冷ややかな目でアヤカシを見ながらリンが言い放つ。
 その傍で、すらりと業物を抜き放ち、天ヶ瀬が構えたかと思うと、先ほどのお返しとばかりに「紅椿」を発動して胸から首の後ろに抜けるように鋭い突きを繰り出した。

 最後の声さえも奪ったまま、アヤカシは瘴気の霧となって消えた。


●宴
「よく頑張ったな」
「あり‥が‥とう」
「礼は後でいい。豹太も心配している。さあ帰ろう」
 滝月が琥太を背負って、崖下を移動する。
 三人は、険しい崖下の道を選択したが、開拓者をもってすれば、大丈夫だ。岩が険しく突き出てはいるが、下りの山道まで我慢して合流すれば、時間はかかっても帰ってこられるだろう。


 その様子を上から見ていたエグムが、村人たちに琥太の無事を伝えると、特に豹太が小躍りして喜んだ。
「ありがとう‥っ!エグムさん、氷那さん、巴さん!」
 豹太が三人の手をとって礼を言う。
 だが、巴は木のふもとに座って、何事もなかったように手をひらひらと振っている。
「ほかの連中はいいが、俺の報酬は一切不要。こういう行為はタダ働きで結構」
「えぇ! そんな! ちゃんとお支払いしますので、受け取って下さい」
 巴の言葉に豹太はうろたえる。手を真っ赤にして命綱ともいえる荒縄を支え続けた巴に報酬を払わないのは気が引けてしょうがない。
 が、頑として受け取らないと主張する巴に、豹太はしゅんとしてしまった。
 何とかしてお礼がしたいのだろう。それがわかった巴が豹太の頭にぽんと手を置く。
「もちろん、違う形の誠意なら乗らせて貰う」
 例えば‥美味い飯と酒だな、と付け足してにやりと笑った。
 その言葉に豹太の顔が一気にほころんだ。
「―――はい‥はい! 沢山美味しい物を用意します!! 巴さん達が飲めないくらいのお酒、買ってきますから!」

「そいつは楽しみだ」


 琥太は衰弱していたが、休めば二、三日で起き上がれるだろうとのこと。その報告に一同が胸をなでおろし、口々に開拓者たちへ感謝の言葉を述べた。
 村人達の感謝の宴は、もちろん採りたての茸料理を始めとして、栗や果物など秋ならではの山の幸と、大量の飯が惜しげもなく振舞われた。
 もちろん、巴の傍には樽の上等な酒が用意され、開拓者の体を癒すべく、命の水として皆に振舞われた。
 
 秋の夜長に、感謝の宴は長く楽しく続いていた。