|
■オープニング本文 天空の自由の道を一艘の商船がゆったりと飛翔する。 夏らしい真っ青な空には真綿のような雲が一つだけ浮かんでいた。 遠くには、太陽を受けて鏡面のように輝く湖を臨む。 商船に乗り込んだ男達に疲労感はあるものの、いずれも故郷に帰れる嬉しさを会話の端々にじませている。 「湊様、何か吉報でもおありですか」 雑用兼付き人の須佐(すさ)が、暫く黙りこんでいた偵察部隊の筆頭格である青年におずと話しかける。 湊(みなと)と呼ばれた青年は、文からふと顔をあげて、「少し」とだけ答えて微笑む。 それから須佐の視線を辿ると、湊は紙の束を重ね合わせてぽつりと付け加え始める。 「懐かしい人たちからの便りを神楽の都で思いがけず受け取ったんだ。――届くかなんてわからなかったのに」 言葉の最後は、やや自嘲気味な響きを含みながら、空に溶ける。 垣間見せた感傷にそっと蓋をするように懐へ手紙と地図をねじ込むと、湊が太刀を取って立ちあがった。無造作に束ねた髪が風に洗われた。 「湊様…」 (多分、それは懐かしいっていうのじゃないのかな) 湊の眼差しや横顔を見てそう思い至りはしても、須佐には口をはさむことが躊躇われてしまう。素直に喜んで思い出話の一つもしてくれればいいのに――偵察にこうやって同行してみて改めて―――この人は、どこまでも強がりな人だと思った。 「…? どうした」 「いえ。ギルドともお知り合いだった様子ですし、少しぐらい神楽の都に逗留してもよかったのでは?」 「情報収集で寄っただけだよ。それに今は天儀も何かと不穏で大変な時期らしい」 「そうなんですか。知らなかった」 「だからもう、笙覇の問題は俺達で何とか頑張らないとな」 「はい!」 「よし、じゃあ、荷を集めて下船の準備だ。やるぞ」 積み荷の半分は、古文書だ。それは身分を隠すためや売買目的で手に入れたものだけではなく、実際の偵察の成果でもある。 湊たちの乗り込む商船は故郷の笙覇に向けて、広大な森林の上空を横切ろうと一気に速度を上げた。 平和な時間は長くは続かない。―――それは誰の言葉だったか。 「右舷前方、地上に住民の集団を発見」 伝声管越しの緊迫した声に、乗組員がまさかと思いながら、荷を縛る縄や柱に掴まる。 船は沈黙のまま出しぬけに浮上した。湊の視界の端に、確かに森の木々の合間、とぎれとぎれに武器を手にした集団が映った。落ちてくるのを待っているのだ。 だが、反転を読んでいたかのように上空から影が急速に落ちてきた。 「――空賊です!」 操舵手が言い終えるかどうかの合間に、小さな船は太陽から遮られ、上昇を阻まれただけでなく殴られたように激しく下方に落とされた。重力に完全に囚われる前に船は辛うじて空に止まる。 「――耐えろ!」 湊が船首を振り返って短く言い放った。 「やってます!」 宝珠の力を最大限にまで引き上げて、操舵手は浮力と推進力を請う。 (落ちてたまるか!) 二撃目。 息をつかせるつもりはないらしい。船の揚力は完全に無視され、高度は頭打ちとなった。空での襲撃に特化した空賊船とは力が違い過ぎる。 地表に押しつけられれば、樹々と接触して錐揉みになる恐れがある。 わずかな逡巡。 そこへ追いうちをかけるように下から縄がついた錨が打ち上げられた。引きずって無理やりにでも停止させるつもりらしい。 「こんなもの!!」 須佐が船体に投げこまれた錨の縄を切り落とす。それでも幾つか船の縁に架かり、側板が剥ぎ取られた。 全員が地上からの投錨に対抗して、鉈や斧で錨を切り離す。 「…うわっ!」 船が大きくかしいで、左舷が大きく振れた。重心が狂う。 「!」 「どけ!」 湊が均衡を失った須佐を捕まえて引き戻した。 入れ替わった湊の体は外れた側板から空へ投げ出される。 刹那、太刀をつっかえ棒代わりに外れた底板の隙に絡め、辛うじて船からの落下を防いだ。 「湊様!」 衝突で生まれた風が船を翻弄する。湊は左手一本で空中に投げ出された体を支えた。 「須佐。…荷を届けろ」 「もうすぐです、空にあがれなければ、着陸させます!」 須佐が湊の言葉を予測して半ば叫ぶ。 湊の太刀が船から外れないよう押さえながら、湊のもう片方の手に須佐が精一杯腕を伸ばす。 「湊様!手を!」 「届けてくれ。…あとで必ず追いかける」 「そんな馬鹿な頼みがありますか!」 湊様、と懇願するように叫んだ瞬間、どん、と次の攻撃に船が揺れた。 「―――ッ!」 木の葉のように翻弄される揺れの中、須佐が目を開けると太刀から重みが消えゴトリと甲板に転がった。 湊の姿はもはやそこにはなかった。 次に意識を取り戻した時に、湊が覚えていたのは言葉だけだった。 「よう、色男。命だけは助かった気分はどうだ?」 「……どこだ、ここは?」 「霧生の里。お前は船から降ってきた獲物だ」 頭を振って起き上がった湊の傍に、どっかと熊のような体躯の男が座り込む。狩猟民族らしく、身につけた動物の革をなめした鎧が特徴的であった。 「父上、怪我人なんだから、そっとしてあげて」 気の強そうな声がして、反対側から湊を支える白い手があった。湊の額から落ちた布を取ると娘は盥で冷やし直す。 「まぁ、蛍の目に留まらなければ、放り出してたんだが…ほう、あの高さで軽傷か。体だけは鍛えているようだな。さすがは俺の娘!目の付けどころが――」 「父上?」 にこやかに言いながら、美しい娘は空賊の長を呼びかけだけで黙らせる。蛍の父親はかりかりと頭を掻きながら苦い顔をした。 「非道い仕打ちをしてごめんなさい。怪我が治ったら、無事に送らせます。郷はどちらです?」 「………ええ、と…」 湊が答えようとして、考え込む。断片的に、いろんな人の顔は浮かぶのだが。 「……もしかして、判らないのです、か?」 考え込んだ湊におそるおそる蛍が訊ねる。名前も出自も、全てを忘れた様子であった。 「でしたら、思い出すまでゆっくりなさってください。此方は構いません」 「申し訳ない。思い出すまで…厄介になる」 湊が頭を下げる。怒られたり、怪我をした覚えは何度かあったな、と思い出す具合だ。それ以上自分の事は呆としてばかりで釈然としない。 蛍に休むように言われ、湊は痛む頭と体を横たえた。骨は折れていないらしい事に安堵しつつ。 一方、蛍はというと小屋を出ると深い溜息をついた。 (手紙のことは…まだいいかしら) 湊が懐に忍ばせていた手紙には、ギルドの封蝋があることを蛍は見逃していなかった。そして、地図には旧来の敵の地名。 (笙覇でなければ、いいのだけど―――) 聞くのが憚られたのは、それ以上青年の口から真実を聞きたくなかったからかもしれない。小刀以外、武器らしい武器も帯びず落ちてきたのは一商人だと思いたい。 「………」 湊に手紙と地図を返せずに、蛍はそっと己の懐にあることを確かめた。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
鳳・月夜(ia0919)
16歳・女・志
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
佐藤 仁八(ic0168)
34歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●静 「あの方がじっとしている筈がありません」 きっぱりと言い切る須佐の口調に、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は辛うじて微笑みを浮かべることができた。 「…その時の様子を話していただけます?」 「湊様を助けていただけますか?」 「勿論」 「よかった。正直、内容が危険ですから、二の足を踏んでいたのです。ですが私が助けに行こうにも…このザマで」 申し訳なさそうに須佐が右腕を上げようとして顔をしかめた。腕とあばらが折れているらしい。湊以外の船員と荷は無事に帰港したが、肝心の湊がいないことで須佐はこっぴどく叱られた。 しかも落ちたあたりが霧生の里だと推測されるからなお悪い。そこは旧来から笙覇を納める結賀と敵対している一族が住む場所であった。 「湊様、お元気でやっていらっしゃると思っていたらまたこのような。いえ、今回の事は湊様のせいではありませんが…」 落下当時の話が進むにつれ、マルカの瞳にはじわりと涙が浮かんでいる。 (本当にあの御方は…!!) 「まだ、何も霧生から通達は来ておりません。湊様が上手く切り抜けていれば良いですが、どうにも、何も…連絡も噂もない事が心配で」 「…御身が心配です。船と馬の用意をお願いしますわ。―――急ぎましょう!」 霧生の民は、森の中に潜み、狩猟の生活を長く営んでいたらしい。 しかしながら、定地を持たぬ民の定めともいうべき、財を持たぬ生活は、困窮と隣合わせでもある不安定なものであった。 現在の長である九弩は、その狩りの対象を飛空船に変え、天儀を翔る商船に狙いを定めた。一般の流通である飛空船には手を出さないことを信条に掲げ。 「蛍様はどうなさった?九弩様に抗議に行かないとは珍しい」 「この間の商人の世話をかいがいしく焼いているという話だ」 「へぇ、蛍様がねぇ」 「―――見回りがお留守なようね」 「!!」 柔らかな下草を踏みしだき、ゆっくりと馬が近づいて来る。その背には、弓矢を携えた蛍を乗せている。長い栗色の髪を一つに束ね、泰然と構えている娘の登場に、森の空気が涼やかになったような気さえする。 「これは、その…」 「南に一艘落ちていたわ。あれほど言ったのに」 「九弩様は、商船なら迷わず落とせと」 なぁ?と互いに責任を転嫁する。 「目立ち過ぎると官吏がやってくるわ。いえ、やってこなくても褒められた話じゃないわ」 「でもなぁ」 「いい?これ以上、父の話に同調しては駄目よ」 厳しく切るように言うと、蛍が船の残骸に向け再び馬を走らせる。流れる景色の中、ふつと湧きあがるのは、言いようのない不安。 (胸が騒ぐ。悪いことが起きなければいいのだけれど) 同刻、笙覇を出立する五人の開拓者は、最低限の装備と準備で馬上の人となっていた。霧生の里があるとする湊の落下地点まで、距離にしてみればさほど遠く離れていない。 しかし、須佐が言うように笙覇が躊躇していたのは、笙覇と湊の関係を出せないことにあった。湊の素性がばれれば、取引に利用されかねない。 「いい加減にして、って思うのも飽きたくらいよ…」 アグネス・ユーリ(ib0058)が手綱を引きちぎらんばかりに握り締めて馬をとばす。判っているつもりだが、釈然としない怒りがある。 「久々に笙覇からの依頼と見てみれば『また』だと?しかも行方不明…」 低く唸るように呟いたのはその横を走る御凪 祥(ia5285)である。湊が秘密裏に事を運ぼうとして失敗するのは、祥が知る限り今に始まったことではないが、いい加減に落ち着けとどやしつけたい気分である。 「……本当に、心配をかける方。マルカ様から聞いたお話では今回は不可抗力に近いところもあるかもしれませんが…」 頭を抱えたくなるシャンテ・ラインハルト(ib0069)は反対側を走るマルカと目が合うとやるせなさそうに肩をすくめる。 「何としても無事に取り戻さなければなりませんわ」 シャンテの言葉を引き取りながら、マルカが馬の腹を強く蹴る。この先、森の道は直線ばかりではない。馬を潰さない程度まで速度をあげ、時間を稼がなければ。 「囮の班に期待しましょう!短時間で湊様の位置を把握しなければなりません」 耳を切る風の精霊たちの声に負けないようにシャンテが叫ぶ。 五人が騎乗する馬は霧生の里を目がけて、次々と笙覇の森を駆け抜けていく。 「…心配するのは、後でいい。行こう」 もっとも後方を務めながら、鳳・月夜(ia0919)はただ、自分に言い聞かせるように唱えて、心音が漏れぬよう、静かに唇を噛みしめていた。 「多事多難の御仁とぁ聞いてたが、予想以上と見えるねぇ〜」 楽しくなっちまわあ、と手を擦り合わせて飛空船の縁に身を乗り出し、下界を眺めているのは佐藤 仁八(ic0168)である。 商船に扮して設えられた快速船は、荷も少ないことから三人の開拓者を載せて一気に高度を上げる。 「囮は任された。せいぜい暴れっからやることやってこい」 劫光(ia9510)は眼下でみるみる小さくなっていく月夜やアグネスを見送る。 「湊さん…きっと無事です。大変でも大丈夫」 玖堂 柚李葉(ia0859)は祈りを捧げるようにしてひたすら両手を握りしめている。 「そんなに祈ることなのか?」 柚李葉の様子に、劫光が不思議そうに尋ねる。墜落を免れた飛空船の高度から大丈夫と判断して飛び降りた人物が、それほどあっさりと死ぬとも思えない。 「なんとなく癖みたいなもので。星に願ったり、お祓いをしたりしなければならない程度には心配なのです」 それは保護者じゃないのか、と仁八と劫光は思ったが、救出目的たる人物の評価は笙覇で聞く限り皆同程度であったから、柚李葉の行動も正しいのだろう。 「どうれ、一暴れしてくるとすっか」 意気揚々と仁八達を乗せて進む船は、空賊の囮となって陽動作戦を決行すべく、須佐達が戻ってきた航路をなぞっていくのであった。 ●察 「寝てばかりいると体がなまる」 救出に向かわれていることなど露ほども知らない湊は、どこかしゃっきりとしない体を引きずるようにして起き出し、小屋の戸を開けた。 擦過傷はあちこちにあるし左手は捻っていたが、右手は何とか使い物になりそうだと握って開いてみる。 (うん?) 咄嗟に出た思考を確認する暇もなく、湊の眼前に槍が交差する。 「戻れ。これ以上出ると殺す」 直截的な物言いに、反射的に飛び退った湊が眉を顰める。 「外に出たいだけだ」 「駄目だ。九弩様から仰せつかっている。蛍様に気に入られているからって、調子に乗るんじゃないぞ」 「ああ、あの女性か」 「ああ、じゃない!記憶が戻ったんならさっさと郷へ戻れよ、お前。落とし損ねた上、厄介者しょいこんだこっちの身にもなれ」 心底疎ましそうに青年が吐き捨てる。蛍と言う女性はこの集落ではかなり支持が高いらしい。肩を掴まれてぐいぐいと回れ右をさせられ、再び湊は小屋に押し込まれる。小さな小屋を眺めてみるが、長く使われた様子はない。 (移動して生活している…霧生、か) 一つ息を吐いて拳を握る。 状況からして、自分一人が囚われている身なのであれば、抜け出すまでと迷わず判断する。どこから自信が出てくるのか、自嘲気味な笑いも出てくるが。 体力を温存し、少しずつ、情報を得ていく。慣れた手法の様な気がした。 「九弩様!来ました!獲物です」 「お?どれ、貸せ!」 遠眼鏡を掴んで覗きこむと九弩がふと顔を曇らせる。 「この間逃したのと同型…修復したにしては早すぎる。別の船か」 「高度が低いです。荷を多く積んでいるのかも」 「そう逸るな。蛍に説教くらう身としては…」 ううむ、と大きな腕を組んで考えていたが、三度唸ってちらりと上空を見上げたところで、あっさりと辛坊の二文字を放棄した。 「出るぞ、この間の憂さ晴らしだ。全力で奪いに行く…ここで襲撃するのはあれが最後だ。成功したら里を移動する」 「了解!」 九弩の合図に、十人の男達が、隠して係留している船を動かしに散った。 「これで、砲台を積んでいるように見えるかしら」 柚李葉の提案で、甲板には大八車が運び込みこまれ、縄で固定してある。荷物も載せた上、布をかけて形状が杳とは知れないようにした。 船尾では、狼煙銃と松明を船に縛り付けた仁八が満足げに手を叩いている。 刻々と変わる気流を予測して地図に書き込まれた矢印を指で辿って、へぇ、と船員が感嘆する。未来の天候が見える技など初めて知った様子だ。 「参考にしてください。作戦が終わる頃までの間、風を捕まえられるように」 「助かります。相手は空賊だ、少しでも情報がある方がいい」 操舵輪の隣に置いて船員は真剣に見つめる。陽動作戦の囮を買って出た開拓者達を無事に帰すよう須佐からも念を押されていた。 「んじゃあ、いこうかい?」 劫光がゆっくりと出撃の合図の代わりに瞳を巡らせた。 「飛空船が逸れた。風の力に乗ったな」 祥が速度を落とし、北へと旋回する船を見送る。そろそろ目的地付近であった。五人が馬を落ち着かせながら道に迷ったように右へ左へと蛇行し始める。 やがて、樹上に人の気配が現れ始め、人の目によって監視されている事を感じるまでになった。 「待て、ここから先は通さん」 警告と共に、祥の乗った馬の鼻先を矢が掠める。 「この森の者か?この先で私の兄が飛空船から落ちたと聞いて参じた。通してくれないか」 手綱を引き、嘶く馬を静めながら祥が声を張る。 「兄?」 訝る声がして数人の男が飛び降りてくると、弓矢を番えながら距離を保つ。 「何の一行だ」 「泰で商人をしている李芳鬨という。連れは隊の仲間だ」 「お前以外女ばかりだが…油断はできんな。商隊である証拠はあるのか」 「わたくしは商家の李様と取引のあるジルベリア貴族の娘ですわ」 優雅にマルカが勲章を取りだし、紋が見えるように傾ける。 「ん?」 祥の持ち物を検分していた男が胡散臭そうに片眉を上げた。 「こいつ本物の武器を持っているぞ!」 男が槍に触れようとすると、内心舌打ちしながら祥が先手を打って槍を取った。 「兄の一大事に取るものも取りあえず駆け付けたのだ。だが、今この状況で…この槍一本きりでお前達をどうにかできるとは思えん。それより、もし兄の事を知っているのなら情報を買おう、どうだ」 ザン、と祥が勢いよく地面に槍の穂先を突き立てて手を離した。 「…本当か?」 一人の男が慎重に答える。穏便にして報酬を得られるのならこれほど旨い話はない。蛍が看病していた男が違えば、その時はその時である。 「知っているのですか?」 シャンテが密談を続ける男達の先を促すように聞いた。 「里に一人居る。自分の名前すら覚えてないようだが」 「覚えていない?名前を?何があったのですか」 「落ちた時に記憶を失くしたらしい。言葉は判るし、体は頑丈そうだが――そうか、泰か」 商いが盛んな泰国と繋がりを持つことは悪いことではない。恩を売っておくつもりのようだ。月夜とアグネスが湊に間違いなさそうだと小さく頷きあう。 「ここから先は霧生だ。そうだな、先に報酬を半分貰おうか」 「あら、こちらもいきなりお金は渡せないわ。消えられたら困るもの」 アグネスが呆れたように細い腰に手をあてる。祥の言葉に乗って来たものの、湊の素性がばれる前に回収してしまいたい。 「成程。商人らしい」 そのやり取りにかえって納得がいったのか、男は鷹揚に頷くと馬を繋ぐように指示をする。 先導する男につき従い、馬までの道順を頭の中に各自が叩きこみながら、一行は霧生の里へと踏み入っていくのであった。 「右舷前方。奴らが来ます」 船員の声に囮班の三人が柱や固定用の縄に掴まる。ゆっくりと航行している船に奇襲も不要と考えたようだ。 「見せてやるほどのこともないな」 劫光が漆黒の刀身を下方へ振り抜く。白塗りの大きな壁が三枚甲板に出現し、人影が見えないように細工する。 一艘の空賊船が接近すると装甲を開拓者に見せるようにやや上昇し、上方に留まる。ただの商船とは違う雰囲気を視認したのだろう。 「全速航行!落ちちまっちゃぁ、洒落になんねぇ!」 仁八の発破に、商船は距離を取ろうと空賊を一度置き去りにするが、 「もう一艘!下方にいます」 という絶望的な報告が操舵手から続く。 「もう一艘?!」 柚李葉が急いで船の下を覗き込む。腕を組んだ大柄な男が甲板に立っているが、その姿が、下からの風を遮る様にしてぐんと近づいて来る。 (挟み撃ち…!) 空賊の船が一艘であるとは限らなかった。柚李葉が仁八と劫光に知らせに走る。 しかし、三人で陽動としての役割を果たさなければならない。 「商船でもなさそうだが、官吏でもなさそうだな…お前達誰だ」 おびき出されたことを知って、空賊の長、九弩が皮肉げに笑った。 その時、地上の霧生の里では、俄かに騒ぎが起こっていた。 「何事だ?」 商隊を連れてきた男が、里に着くなり、荷を纏めるよう指示している別の男に尋ねる。 「見張りはもう不要だ。お前も早く動く準備をしろ。官吏が来たかもしれん」 「官吏だと?!」 恐れていたことだったのか、男の声に硬質な響きを感じられる。 そして、混乱の元がおそらくは柚李葉、劫光、仁八の乗船するものであると推測すると、シャンテがすぅと周囲に目を走らせる。 一定の方向、逃げようとする人々。その中に別の流れはないか。 武器を持つものと持たない人達の流れのほかに。 (―――動きたくても、『動けない』方々…) 視界を閉ざし、聞こえない空間の音を拾い上げようとする。 軽やかな足音がして、シャンテはアグネスが走りだしたことを知る。距離を測る。 「おい、お前達…」 男が振り返って止めようとした時には、月夜が当て身をくらわせた。 「黙ってて。余裕ない」 ずるりと崩れる体から離れると、即座に月夜は追跡に向かう。 アグネスの体は霧に包まれながら、素早い速度で森を走り抜ける。 (あらかた、逃げたかしら…) 動きがあるところ以外を探り終え、アグネスが木に登って目を凝らしていると最後に一つ、小屋が見えた。 「―――っと」 即座に樹から逆さに落ちると、アグネスが猫のようなしなやかさで着地する。見上げると、三本の弓矢が急所のあった場所に突き刺さっている。 「手荒い歓迎ね」 誰何の声よりも、息をするかのように躊躇なく攻撃に移れる民族性にアグネスが感心した。先ほど見つけた小屋の前にすっくと立つのは、蛍と二人の男。 「並みの人なら、今の一矢でご挨拶は終了だわ。…誰?」 「…撃ちたくはないのよ?」 アグネスが短銃を片手で構えて念を押す。 「ユーリ様!」 「アグネス!」 マルカと祥がまずアグネスの元へ合流する。弓の弦を張ってアグネスと対峙している娘を発見して、それぞれが得物を構える。 「くっ…」 次々と現れる新手に、見張りの男が唸る。もう一人が呼子笛を鳴らした。 「…ここで何をしたいの?」 真意を問うような疑問に、蛍様、と男が言を挟む。 「落ち着きなさい」 蛍と呼ばれた娘は動じず、構えを崩さないままゆっくりと続ける。 「笙覇が通報した官吏なの?」 「その言葉を知っているということは、匿っている人が誰か、お判りなのでは?」 シャンテが瞳を閃かせた。蛍の視線とぶつかる。 事情を知らなかったらしい男達は顔を見合わせてまさか、と言って押し黙る。 月夜が見えない気配を見つけようとして目を細めた。 「小屋の中にもう一人、誰かがいる。貴女はその人を守っている、の?」 「…だとしたら?」 「…面倒を見てくれてありがとう。あたしたちの大事な人なのよ。故郷で帰りを待っている人が沢山いる」 懐かしむような顔を垣間見せたアグネスだが、ふと今回の事の起こりを思い出し、どやしつけたい程ね、と加える。 感情の起伏が豊かなアグネスを見て、蛍は羨ましく思う。こんな状態でなければ楽しい話もできたかもしれない。 「殺さずに生かしているのなら、帰してやってくれ」 祥が腕を下げる。無論、否と唱えられれば実力行使するまでだが、湊の恩人といえる人物と見受ければ、戦いたくはなかった。 「取り返しに来た、というの? そちらこそ、ここが霧生と知って?」 「たとえ、どこであろうともです」 言わずもがなの回答をして、シャンテが微笑む。 「無茶ばかりする。だから必ず連れ戻すの。いつも」 「…本当にいつもですわね」 月夜の台詞に、マルカがしみじみと同意した。 じっと蛍は開拓者達の表情と成り行きを見守っていたが、しばし逡巡した後、弓から矢を外した。 「蛍様?!駄目です!」 「捕縛に来た訳ではないのね。ならば我々に異を唱える道理はないわ」 「笙覇の者であれば、殺しても十分理由はあります!」 「これだけの人数で奪回に来るのが一商人だとは思えない」 と、蛍は厳しい口調で横を向いて宥める。人質として扱って殺せば相応の報復の連鎖が始まる。 「…あの方の名前は?」 「みなと」 「湊様」 手紙で見た名前と一致したことを確認し、蛍は一度だけ口の中で転がすように名を呼んだ。 ●与 「九弩様!中へお入りください」 「ちょろちょろと走りやがって―――」 ギリ、と歯をきしませた後、九弩が追いかけるよう吠える。商船は誘うように蛇行しながら、急激に旋回しつつ、九弩達の船から逃げては戻る。 だが、操舵の仕方が、商船の腕ではない。そして、立ち去ることをしない。 一方、囮の方も余裕ではなかった。 操舵手が必死に風を読みながら開拓者に叫ぶ。 「砲台で照準を合わせられれば、一気に落とされます!」 「走れ!」 「…ぐるぐるして酔いそうです」 面白そうに操舵を指示していた仁八に、柚李葉が唸りながら訴えた。 「並走しているのがどうも指示を出しているようだな」 飛ばした鳥の視覚野を確認しながら劫光が情報を伝える。やや上空から装甲の腹を見せている船は出方を窺っているようだ。 確かに、逃げ回るのも限界である。目的が陽動にあることはもう知れているに違いない。 「離れてもらいましょう」 「だな…。開戦の威圧を告げよ、巨迫の竜!」 劫光の直刀から瞬時に呼応の光が瞬いた。真っ赤な龍が空中に出現して大きく口を開いた。 同時に柚李葉が布の影から九弩の船に向かって、手を重ねる。精霊の力が光と共に凝縮され、放たれる。相手の船首を揺らした。 「奴ら、砲台を積んでいるのか!?」 「りゅ、龍だ!」 「怯むな。何も実害は出てない!」 九弩が言いながら強靭な膂力で弩を引き絞る。漆黒の鏃が陽の光を弾く。 「本気出される前に反撃とくらぁ!」 上昇するよう指示した船の上でゆらりと仁八が大槌を振り上げた。上の船の腹と尾が近づいて来る。 ―――だが、機会を狙ったのは九弩も同じく。 「仕留める!!」 「させん」 仁八目掛けて飛来する筈の軌跡に劫光の横一振りで白い壁が出現し、九弩の矢に霧散した。 「ちっ!」 (一撃…!) 開拓者でもない九弩の力の衝撃で壁が消えたことに柚李葉と劫光が驚く。 圧して落とそうとする空賊船にお返しとばかりに仁八の大槌がめり込む。いつもとは違う直接の攻撃に船員が覗きこんできたのが見えた。 「よぉ、飛んでくるのは鉄砲玉ばかりとは限らないぜ?」 槌に埋め込まれた宝珠の光が拍動したように明滅する。仁八が尾翼といわず、船底といわず、全力で槌を打ち付ける。衝撃に双方の船が揺れた。 仁八の五度目の殴打で相手は操舵が不能となる。 「あの馬鹿を落とせ!」 九弩が絶叫した。 「佐藤さん、伏せて!」 双方の船が距離を取り、右舷と上方から矢と弾丸が次々と飛来する。船の腹に穴が空き、甲板に矢が突き立つ。 三人は腕や足に受けた矢の痛みに顔をしかめながら、船内へ戻る。 ―――船は急降下を開始した。 「湊といったな。…もしや、結賀の家の者か」 「であれば、笙覇の重臣。千歳一隅だ。まんまと帰すわけにはいかん」 こそりと打ち合わせている男達を横目に開拓者達一行は湊との邂逅を果たしていた。 「湊…」 ほぅとした溜息とともに、湊が五人にぐるりと囲まれている。だが肝心の本人は疑問符が湧いているようであり、一言ずつを確認している。 「本当に忘れたのか、あんた?」 「そこまで薄情だとはねぇ…」 「とにかくご無事でよかった」 頭を叩かれたり、こづかれたり。再会してからの賑やかな様子に傍で見ている蛍が苦笑している。湊本人が考えているよりも、他人から思われているようだ。 「助けに来た、大丈夫?…湊…」 月夜が声を詰まらせながら湊の腕を取って尋ねる。身体にはまだ包帯が巻かれているが、動けない状態ではないことに安堵する。 ただ、自分達の事が判らない様子に、月夜の瞳に涙が盛り上がった。 「私の事、忘れちゃったの?ミコトの事は?」 「―――……ごめん」 長い沈黙の後、嘘がつけず湊が頭を下げる。見つめる月夜の視界が歪み、ずっと堪えていた涙がこぼれた。アグネスが支えながら、肩を抱いて落ち着かせる。 (なんでわからない…のっ……!) ひっぱたきたくなる衝動を抑えて、月夜が自分の右手を握る。 無事でさえいてくれればと思っていたが、湊がこのような状態になっているとは。 問い詰めたい気持に安堵と困惑がない交ぜになって胸の内に去来する。 「ごめん……」 もう一度、湊が繰り返す。 (俺はきっとよほど大事な事を忘れているんだ…) 体が動くより何より。湊は初めて記憶を取り戻したいと願った。目の前にいる人達の名前が出ないなんて。 「湊様、記憶がない今、信じていただくしか…。ここですべてをお話しする時間はありません」 「………」 落ち着いたシャンテの進言に添うように、蛍がそっと紙の束を渡す。 「貴方が落下してきたときにお持ちになっていたものです。彼女達の言っている名前とも合っております。貴方は、結賀湊様でしょう」 「結賀…湊」 途端に重く感じる名前だと湊は感じた。ずしりと重りを持ったような感覚が伴う。 「行ってください。今なら此処は抜けやすい」 「…蛍様!そいつから離れてください」 突如、小屋の戸が破られ、霧生の男達が乱入してきた。 「…嘘付きやがったな!」 祥達を案内してきた男が後ろから走り出てきて悔しそうに叫んだ。 「――前言撤回する。槍一つでお前達相手なら十分戦える――が…」 わざとはぐらかすように祥が答えて槍を構える。片手に蛍を捕まえて。 「!」 腕を捩られ、はっと蛍が背筋に緊張感を張り付けた。 すかさず、必ず無事に帰す、と祥が短く囁く。そうでもしなれば蛍自身が舌を噛み切りかねなかった。 「蛍様を離せ!」 「蛍さん……」 「湊、お前が生還しないとどうにもならん!」 盛大に不機嫌そうな祥の横顔に、駆け寄ろうとした湊の足が止まる。 「最低限の被害に抑えるわ。蛍も傷つけない」 アグネスが覚悟を決めて笑顔を浮かべるとゆっくりと祥の方へ歩いていく。 蛍を盾に祥がずいと進んで道を開けさせると、二人が勢いよく外へ出る。 (…どこかで見た) 背中だ、と湊が気づく。 預けられる背中だ。 続いて、マルカと月夜が強く踏み込んで、戸口の残骸ごと左右に紙のように吹き飛ばす。湊の行く先に集まってくる里の者を威嚇して蹴散らし始めた。シャンテが湊の手を引いて安全な場所へと導く。 (…どこかで…いや、これは…) 役割、と覚悟を決めた瞳だ。 どん、と鈍い衝撃が心臓の裏で跳ねた。 「湊様…?」 手を振りほどかれたことにシャンテが驚いて、座り込む湊に駆け寄る。 「湊!?」 「湊様!」 口々に叫ばれた名前に、答えるようにゆっくりと湊が頭を振って立ちあがる。 「祥、アグネス…すまない、任せた」 名前を呼ばれて、二人の肩がわずかに動いた。 「シャンテ、マルカ、月夜。…笙覇まで頼む」 「今、名前…!? 湊、記憶が…?」 「戦闘状態にならないと覚えてないなんて…いやですわ」 前を向いたまま、戦列を切り開く二人に笑みが浮かんだ気がした。 「…ともかく。生きて戻れ!話は後だ」 祥が殿を務めるように、左側へ展開する。アグネスに蛍を預け、大上段で構えた槍が背中から弧を描いて一気に斜めに宙を切る。 直撃は避けたものの、風が追手の体に叩きつけられる。 そのまま祥が槍の反動に足を移動すると、もう一撃上段へ左手に力を込めて跳ね上げる。 「ぐ…」 吹き飛んだ兵が木に体を打ちつけた。 「彼女に危害は加えないわ…だけど」 アグネスは追手に短銃を突き付けながら退くように伝える。 「おのれぇ!」 「だけど――」 話を聞かない男は駄目ね、と蛍を地面に伏せさせるとアグネスは歯向かう男達に向かって引き金を絞る。黒い羽根の幻影が軽やかに舞って雪のように消えた。 後方が静まるのと同時に、マルカの穂先の白銀が高速で唸り、ごそりと半月型に地面を抉る。その半径に入っていれば、体が泣き別れになったかと思うと、男達が尻込みして後ずさる。 「賢明な判断ですわ」 にこりと微笑を口元に浮かべながら、マルカが褒める。 「――手加減出来ないのとは、もう違う、から」 双壁ともいえるもう一方の怜悧な白銀は、先程までの喪失感から一変した表情を持つ月夜が放つ。紅蓮の炎のような幻が、尾を引いて刃の後を追う。滑らかな切り口で負荷も感じさせず近寄る命知らずだけを切り伏せていく。 「本当に、近寄られない方がいいですね」 愛用のフルートに静かにシャンテが息を吹き込む。 遠くの者を近づけさせないように高く緩やかに流れる調べは、里の者を眠りの世界へと導くのであった。 ●脱 アグネスと月夜が続けざまに狼煙銃を空に向かって撃つ。 『離脱』の合図に気づく前に、船が地面に引きずり降ろされなかったのは、僥倖だった。 無論、地上に待機していた霧生の民は、飛空船が官吏である可能性に一旦引いたのだが、笙覇が重臣を取り返しに来たと知ってからは、看過出来ずにそちらに注力したのである。 「…退きましょう!」 船員に止血剤と薬草を施しながら、柚李葉が役目を終えて帰投するよう促す。 「残り、軽くして帰らねぇとなぁ」 ずるりと体を引きずる様にして仁八が船尾に移動する。 胴体着陸した仲間の船一艘を悔しそうに見送っていた九弩が、逃すまいと高度を落として追跡してくる。速度と風の力だけでは、それを振り切ることは望めない。 最後の力、とばかりに仁八が狼煙銃を連続で撃ち込んで煙幕代わりに操舵手の視界を遮った。 「っと! 土産も忘れちゃなんねぇ」 ぽいと燃え盛る松明を投げ入れると甲板でひと騒ぎが起こる。 「余裕があるんだかないんだか…」 虚をつかれて九弩達が慌てる様子を眺めながら、ふぅと溜息をついて劫光が背を壁に預ける。 柚李葉も船が上昇するとへたり込んだ。 飛空船が風を再び捉えて全速で翔る。 二度にわたって笙覇の船を取り逃がしたことを九弩が知るのは、もう少し後になる。 馬を繋いだ地点まで追手を振り切って全員が戻ると、祥が蛍を離した。 「手荒な真似をしてすまなかった」 「これも…空賊として襲撃してきた報いだと思います」 霧生にしてみれば、湊を奪還しに笙覇自身に攻め込まれてもおかしくはなかった、と蛍は思う。 「出来た女だな」 祥が一頭、手綱を解いて蛍に手渡した。 「私に馬を…?」 「助けを呼ぼうと、暫く姿を隠していてくれようと、あんたの判断に任せる」 「随分、信頼があるのですね」 「―――追いかけてはこないだろうな」 視線だけでチラリと祥は湊の方を目配せする。 「それだけは…叶わないでしょうね」 蛍がそっと美しい微笑みを見せた。笙覇に入ることはおそらく一生ないだろう。 「蛍さん、ありがとう」 湊が手を差し出すと、蛍が軽く握手を返す。 「どうぞ貴方もお体にお気をつけて。そして、皆さまにご心配をお掛けにならないよう」 四頭に分乗して一行は笙覇へと帰還する。 蛍と湊は無言のまま、どちらも振り返ることはなかった。 「それで、どこまで覚えているのかしら?」 少しでも忘れていたら思い出すことに協力するわ、とアグネスが柔軟を始める。 「え?!いや、ほとんど思い出せたと思う…というか、さっき祥にも殴られたところだから、これ以上やられると逆に忘れる」 散々祥に道場で説教されたあとに須佐に泣きつかれ、戻ってきたところをアグネスに見つかって、湊はぐったりとしつつ逃げ回っている。 「あの程度は殴るとは言わん。分相応にして妥当な制裁だ」 杯を仰いでさらりと言いのける祥の横では、湊の妹のミコトと月夜が揃ってむくれていた。 「何があったんでしょうか…」 先に笙覇に戻って出迎えてくれた柚李葉が困ったように頬に手をあてる。 柚李葉達の怪我の多さに湊が恐縮する。手当されてこれだというから、囮の船の方は大変だったのだろうと湊は思った。 「よぉ!湊ってぇのはお前さんかい」 「俺は劫光だ。ようやく会えたって感じだな」 一瞬、覚えてないのかとひやりとしたが、初めて会った開拓者だと知って湊は胸をなでおろし、仁八、劫光と順に握手を交わす。 「あー…須佐達が酒宴を設けたので、そちらに」 酒と聞いて二人の表情が綻ぶ。仕事の後に酒宴とは気のきいた依頼のように思える。 しかしながら、そんな配慮とは無縁だった頃の湊を知っている者達がいる。 「ほぉ」 「へぇ」 「あら」 「まぁ」 「………」 湊の背中に刺さる地上班の視線が痛い。とても痛い。 「どうされました?」 再会した時の湊の言動を知らない柚李葉が唯一きょとんと首をかしげる。 この後、きっちりと正座をさせられ、大トラ達の説教を受ける羽目になったのは、湊の自業自得としか言いようがないのである。 記憶は戻っていると言っているのに、何度も全員から 「忘れてるわけじゃなくて、元々お前は開拓者じゃないんだからな!」 と念を押される始末であった。 もっとも、依頼を出したことを今度は湊から詰められる須佐の不幸を思えば、それぐらいは可愛いことだったかもしれない。 |