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■オープニング本文 蝉が随分と樹の高みへと登っている。 暑いものは暑いのだから仕方がないが、追い払うこともできず一方的に降り注ぐ蝉の声はうるさくて癇に障る。 梅雨をとっくに跳ね除けてカンと照りつける太陽は、否応なしに熱い空気の塊を風に載せてきた。 夏の到来である。 「はぁ? 初氷だぁ?」 「うぁっ、声がでかい! しー!」 野良作業の合間に木陰で涼んでいた京五(きょうご)に向け、口に手を当てて商人が大げさに咎めた。 肩をすくめてきょろきょろとあたりを見渡すと、二人以外に誰もいないことを確認して、小さく息をつく。 「話は内密に。でもって、頼むよこの通り!」 パンと手を合わせて男が拝み倒す。普段から一々動作が大きい男だったが今回は殊更だ。 「なんでそんな荷運びにオレが要るんだ? 生業にしてるヤツなら他にいるだろ」 厄介事は勘弁だ、と思いながら京五が手ぬぐいで汗を拭う。田も畑も、植物の生育が旺盛なこの時期は、やることがたくさんある。 「一人が今になって腹と腰と頭が痛いって抜けやがってな。人手が足りないんだ、口が堅い奴が必要なんだ、頼むよ」 「…どっからどう聞いても厄介そうじゃねぇか」 委細は結構と言わんばかりに京五は手を振り、うんざりとした顔で立ち上がる。氷を運ぶ仕事は、速度重視の非常にきつい仕事だと聞き及んでいる。 「そんなこと言わずに。もう頼れるのは京五さんちぐらいなんだよ」 「なんで俺の家が…」 問い返しつつ、あまり細かなことは訊かない方がいいと思い直し、木陰から歩き出す。 すると、足元に毬のように小さな影が勢いよく飛び込んできた。 「とぅちゃん! 草むしり終わったよ!」 「たーよ!」 それは五歳になる京五の息子と三歳の娘だった。二人が京五の右脚と左脚に絡まりながらきゃあきゃあと元気な声をあげる。 「いっやぁ、やっぱり元気だねぇ!」 男が女児の髪を括りなおしてやる。どこで手に入れたのか、懐から出した飴を手早く二人に配り始めた。 「…ちょっ……」 京五が止める間なぞあらばこそ。 紙に包まれた高そうな飴を手にして、二人の瞳が言いようもない嬉しさに輝いて京五を振り仰ぐ。そこから無理に取り上げるのも不憫に思い、がっくりと京五が肩を落とした。 「……大事に食べるんだぞ」 「うん! おじさん、ありがとう! 葵、水飲みに行こう」 兄の輪は幼い妹の手をとり、報告に来た時と同じぐらい目まぐるしい速度で身を翻して井戸へと駆けだした。 ぱたぱたと遠ざかる草履の音に、商人がひらひらと手を振って、ちらと京五を見る。 無駄に真っ青な空を仰ぎながら、さほど悪い話でなければいいが、と京五は願った。 「おっきな箱だねぇ」 「これなら、僕達も中に入っちゃうよ!」 大八車に載せられた立派な桐の長持を見て、輪とその友達の晶(しょう)が無邪気に蓋を開けたり閉めたりして遊んでいる。 それを軒先で眺めながら、京五の傍で一人の村人が半ば放心していた。晶の父親である。 「引き受けると言ってしまったが……」 はぁ、と何度目かになる溜息を零して、うなだれる。 商人の話は至って簡単で、氷を切り出して貯蔵している氷室から町へと、神社に奉納する初氷を届けてほしいという依頼であった。 神に奉納されるありがたい氷であることから、縁起も相場もよく、件の商人はようやくその初氷の奉納の権利を大枚はたいて勝ち取ったのだが、近頃、街道にアヤカシが出現するという物騒な話が湧いて出た。 荷運びの猛者達も、仲間達が被害に遭っていたことから尻込みし、担ぎ手がいなくなった次第である。 「しかしなぁ、子供が苦手なアヤカシってのは本当なのかい?」 京五がまいったと頭に手をやる。 ――――元気な子供の声がしてりゃ、耳をふさいで出てこないんだよ。 嘘か真か。 商人が勿体をつけてそう解説した。 開拓者には年の若い者もいるが、輪、晶、葵までは幼くはない。荷運びの男達にはコブつきで仕事に出る輩もいない。 そこで、そこそこ体力もあり、子供もいて近隣に住む京五達に白羽の矢が立ったのである。 地図を見ると、氷室から町までは一晩夜通しで担ぎ通せば何とか運べる、という距離である。 手順としては、昼のうちに長持ちを氷室に持ち込み、中に氷を収める。 そして、陽の射さない夜を待ち、長持ちを直接担ぐか、子供たちと一緒に大八車に載せるかして、出来るだけ氷を溶かさないようにして運ぶ。 この際、商人の話が本当なら、子供達には起きていてもらわないといけない。 一応、昼寝はたっぷりとさせるつもりだが…。 「氷なんざなくても死にはしないんだがなぁ」 「京五、そうはいっても毎年のしきたりだ。夏祭りに氷が無いと、奉納の儀が行われずに神様の機嫌を損ねたらどうする。収穫がなくて間接的には死ぬことになるやもしれん」 「……そうは言っても、真っ暗闇の中、月明かり、星明かりだけで進めるもんかね。やむにやまれず引き受けたが、奴からの報酬が高いのはそれだけ危ないってことじゃないか?」 「うぅむ、それはそうだが…」 言われて、人のよさそうな晶の父親は口ごもる。そうだった。それでさっき悩んでいたところだったのだと思い返す。 「夜盗への警戒もあって、口外するなとは言われたが、ここはひとつ、この金で開拓者を雇った方がいい」 「今からか?」 「そうさなぁ、うーん、今からだと間に合わないか…」 手詰まり、という言葉が京五の脳裏をよぎる。 その時。 「とぅちゃーん、手紙がはいってるよー」 ガコンと子供二人が長持のさらに中の桐箱の蓋をあけると、取って取ってと手紙を指さした。 商人から何も言付けはなかったが、神社が用意した長持だ。連絡することがあったのだろう。 京五が手紙を拾い上げ、読み上げる。 途端、二人の顔が明るくなった。 「神主さまが、おって開拓者が集まれば応援を寄こしてくださると―――」 氷室から町までの運搬を心配する様子が書き記してあったが、次いでそこに連ねられている言葉に、今度は青ざめた。 ―――『雪女にくれぐれも気をつけられよ』 正体不明のアヤカシの正体をいきなり暴露されて、京五達から一気に血の気が引いたのであった。 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
ディラン・フォーガス(ib9718)
52歳・男・魔
麗空(ic0129)
12歳・男・志
佐藤 仁八(ic0168)
34歳・男・志
小松 ひよの(ic0889)
16歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●憂いを除いて 「神事にしては、危なっかしい賭けだな」 街道に出向いたディラン・フォーガス(ib9718)が周囲の雑木林のせり出しを見回す。 大八車に氷を収めた長持を載せて、最悪の場合はこの街道を全力疾走だ。林に突っ込む事を避ける為、減速すべき所をディランが地図に書き記す。 「童を利用する事に抵抗はあるが…巻き込まれるようであれば全力で阻止する」 渋面の皇 りょう(ia1673)が白銀の髪をかき上げる。アヤカシを直接退治したくもなるが、京五達が請け負った仕事を全うさせるのが依頼の内容であった。 「ん〜、ん〜?へんなのは、なし〜?」 麗空(ic0129)も下見を兼ねてぴょんと馬から飛び降りると、繁みの中へ分け入っていく。尻尾はぴたりと腰に巻きつけ、小さな体格を最大限に生かして偵察する。 夜盗などに襲われたら洒落でもなかった。 勿論アヤカシが出てくることも偵察隊は想定したが、それは幸い杞憂に終わった。 「情報は十分だな。連携するか」 「麗空殿―! 戻ろうぞ」 「ん〜りょうかい」 りょうが呼び戻すと、もうディランの背後の林に回った麗空がひょこりと顔を出した。 先に着いている仲間に合流すべく、三人は馬を駆って護衛対象の京五達の村に向かった。 迫りくる時刻の緊張感の高まりとは間逆に、楽しげな笑い声が京五の家に満ちている。 「…チビとは思えねぇ」 「だねー」 佐藤 仁八(ic0168)がげんなりとしながら呟いた横で、神座亜紀(ib6736)が苦笑した。子供に一向に疲れが見えない。 「すいません、開拓者の方を見るのが初めてで…」 京五が恐縮しながら茶を勧めてきた。 「いやまぁ、元気なこって」 仁八が茶を啜り終わると同時に、突進してくる晶を転がす。気に入ったらしく何度も繰り返す。 葵は亜紀の膝にちょこんと座り、帽子を被らせてもらって頬を上気させている。 「こら、そろそろ寝ないか」 「やだー!」 勝二が走り回る晶と輪の襟首を捕まえる。 むずがる二人を見て、小松 ひよの(ic0889)がしょうがないなぁ、と笑って二人の前に屈みこんだ。 「今日はね、お父さんたちの大事なお仕事を手伝うんですよー」 「おしごと?」 「うんそう。君たち3人なら絶対に大丈夫。ボクたちもお手伝いしますから、がんばりましょうね!」 ひよのが両手で二人を引いて、一枚の薄い布団の上に二人を座らせた。 「お昼寝から起きたら、美味しいもの準備するね」 「ホント? 亜紀ちゃん」 「おら、ついててやるから、そこに寝ろ」 「ジンパチも寝るの?」 「先に寝て起きてご褒美食べちまうぞ?」 「…やだ、僕も寝る!葵〜」 輪は葵を晶との間に寝かせ、小さな川の字を作るのであった。 「…確かに、疲れさせて寝かせろとは言ったが」 三人が到着すると、長持が表にぽつねんとあるだけで、家人は皆転がっている。 何か襲撃にでもあったのかとディランは一瞬焦ったが、寝ているだけと分かって脱力した。りょうに至っては「無防備…」と上がり框でうなだれた。 「いいなぁ、昼寝〜」 麗空が恨めしそうに近づくと亜紀が目を覚まし、おかえりなさいと言いながら小さく舌を出した。 「…お仲間の方ですね?! よろしくお願いします」 転寝をしていた京五と勝二も飛び起きて挨拶した。昨晩は二人とも緊張で眠れなかったようだ。 開拓者から街道の注意点を教えてもらい、京五が大きく頷く。知った道とはいえ、夜に歩くことはまずない。未経験の仕事ゆえ、助言はありがたかった。 「万が一の時は子供達だけでも連れて行ってください」 京五と勝二はそれだけは決めていたのであろう言葉を伝えた。 八人が交代で仮眠と食事を摂っていると、子供達が起き出してきた。 亜紀が珈琲を牛乳で割って振る舞うと賑やかに全部飲み干す。遠くアル=カマルで嗜まれている飲み物で、目が冴えるらしい。 大八車に子供を載せると、いよいよ氷室へと桐箱を取りに行く。緊張で言葉少なになる大人達に比べ、幼子達は夜の外出に浮かれていた。 氷室の前に着いた頃には、空に無数の星が輝き始め、子供達は元気に星を数える。 「早く届けられることに越したことはないな」 氷を収めた桐箱に濡らした包帯を巻きつけてディランが凍らせ、「一応、応急処置」と亜紀が塩を振りかけた。融点が下がり、少しでも温度が低く保てるようにと工夫した結果だ。 「助かります」 誰にも咎められず、邪魔もされず、このまま無事に終わる事を祈りつつ、京五が大八車を引いて町を目指し始める。 後ろを勝二が押し、交代で灯される光輪を追い掛けるように車が進む。 「僕も歩く」 やがて長持を抑えていた輪が飛び降りて歩く。 何かしら使命感のようなものは感じ取ったようだ。 「何かうたえる〜?リクは、うたえないよ〜?」 同じ位の年齢にしか見えない麗空がそっと輪を見守りながら訊いた。 「かぁちゃんに教えてもらった歌、歌っていい?」 「いいよ」 「僕も降りる!」 「おい、晶…」 「安心召されよ。童達は守り切る」 りょうがそう言って頭を撫でると、晶がはにかんだ。 「りん、じょうず〜、リクにも教えて?」 松明を持たせてもらいながら、前方で輪が麗空と星の歌を合唱する。 「万商店で手に入れたんだが、遊び方をおじさんに教えてくれないか」 「わあー!」 ディランが葵にお手玉を渡してやると、顔を近づける。 「そうだな、灯りが必要か」 魔道書に手を置くと蛍が集まっていくように光が点り、ゆらゆらと光球の像を結んで浮かんだ。 葵はお手玉を手に小豆の音も軽やかに数え唄を歌い始め、小気味よく続く歌にディランも声を合わせてやる。 子供達の声が静かな星空の夜に響き渡った。 ●星に願って 「知ってますか。夜に空の下でいーっぱいおしゃべりすると、それだけでとっても仲良しになれるんです」 歩き疲れた晶をひよのが抱えて大八車に腰掛けさせる。歩くと強情を張っていたが、行程も四分の一ほど過ぎた。 苦笑する大人達に頬を膨らませたが、あーん、とチョコレートを亜紀にもらって晶の機嫌も直る。 長持が湿気を帯び始めた。 様子見も終わり、ここから気合を入れ直さなければ、と親達は思った。 「輪、おめぇはここだ」 「わぁ?!」 仁八が軽々と輪を抱えて肩車をする。 「っとっとっと、何でえ、存外重いじゃあねえか」 ふらりと傾くふりをするとぎゅうと輪が片手で仁八の髪をひっつかむ。 「星が近いよ! ほら、ね?」 手にした松明が高い位置から荷を照らしだす。 ふと、炎に照らされたりょうが一度も振り返らなった方角を見た。 「眠くなってきたかな? 一番最後まで起きていられたら、素敵なご褒美をあげるよ」 「ぅ…ん」 ひよのの提案にコクと頷いたつもりの晶だが、そのまま寝息を立てる。 眠気には勝てないらしい。起こすのも憚られて、そっと草鞋を脱がしてやる。 反対側では横たわる葵の手にしっかりと毬を入れた袋をディランが抱えさせてやるところだった。 単調な揺れに二人が眠りに落ちた。 直後、麗空もピクリと体ごと振り向く。 何かの気配が近づく。着いては離れるような感覚だ。 「おいおい、しっかりとーちゃんの道照らせよ?!」 仁八が最後まで起きている輪を揺らしてみたが、全身から力が抜けて重くなっていく。 「わかっ…て…」 するり、と睡魔に襲われた輪の手から松明が落ちた。 「―――いわんこっちゃねぇ」 すかさず松明を仁八が皮肉げに片手で受け止める。 時間らしい。 「悪いやつは…ばーん!するよ〜?」 麗空がりょうと共に車から手を離した。 「半分も保てば、十分」 元より、気に食わない相手に苛立っていたところである。りょうが真夏の濃い闇を凝視する。 「そろそろ急ごうと思っていたところだ、なぁ?」 グイと合図代わりに力強くディランが大八車を押した。水抜きの穴から冷水が滴っている。 「走って…出来るだけ早く!」 背後の気配に振り返るより前に、亜紀が行く手に向かって杖を振りかざした。背丈程もある杖の先の燭台に灯が点り、融合して球となって浮き上がると、京五の目の前の曲線を照らした。 この曲がり角を抜けたら、しばらくは直線だ。 京五と勝二が歯を食いしばった。 しかし。 真夏だと言うのに、ゾクリと冷気が項を撫でた。 ―――子供は寝たかえ? 甘い囁きが空気をそっと震わせる。 ―――暑かろう。重かろう。 置いていけばいい、なにもかも。 真白い肌に妖艶な紅。 ふふと猫なで声で笑う女がそこに立っていた。裾から大胆に覗く脚に目を奪われる。 夏の夜に舞う、雪の結晶。 けだるげな仕草でみだれ髪を直しながら、雪女が微笑んでいた。 「で、でたぁ!」 勝二が早くとばかりに荷台を力任せに押す。氷は疾走し始めた。 「おいでなすったな」 仁八が輪をひよのに預けると、いの一番に斬りかかる。 「おめぇの大好きな若ぇお兄さんだぜ!」 「へぇ。いくつだい?」 柳眉を顰める声に仁八の手が止まる。 「まだ三じゅ……っ…てめぇ、目逸らすんじゃねぇ!」 「ふぅん。後でいただくわ」 「それ以上言うな。ふしだらにも程がある」 「あらぁ。嫉妬?」 「!」 錆にしてくれようとりょうが抜刀した。熱をはらんだ様にじわりと太刀の輪郭が滲んだ。喉元への攻撃は寸手でかわされ、飛び去る長い裾だけ切り裂いた。 雪女は、跳躍して長持の上に着地すると余裕があるのか値踏みするように見回す。 「晶君たちに手は出させませんよ」 ひよのが短銃を構え、躊躇なく撃ち抜く。雪女が手で受け止めようとして、掌に空いた熱の穴に目を見開く。 「女子供って、本当に煩いわね…。だから嫌いよ」 周囲の温度が明瞭に下がる。 「こっちきちゃ、ダメ〜!」 麗空が長持から払い落そうと三節棍を振るう。雪女は炎の残像に慌てたように跳ぶと京五の前へと浮遊した。 「それを置いて遊びましょ?」 美女の襟元から覗く柔らかそうな肌に慌てて京五が目を逸らす。 「急いでいる」 その反応を楽しげに笑う雪女が袖を引くと、汗を含んだ京五の襟までが急速に凍った。 「うわぁ!」 京五が驚いて袖をふりほどいた。その拍子にガタン、と大八車の後ろが落ちて長持が跳ねる。 「葵!晶!」 子供たちが投げ出されるのを開拓者たちが抱きとめる。長持も落ちた振動で蓋が外れた。 桐箱は包帯のお陰で中身をぶちまけずに済んだようだ。 葵が火がついたように泣きだす。輪と晶の声はない。 「…ちっ、煩い!!」 雪女が耳を塞いで忌々しげに吐き捨てる。その一方で両眼に妖しい光が宿る。 「何もかも忘れちまいなよ…」 勝二の体がぎくりと動かなくなる。 にじり寄ってくる雪女から逃げたいのに、目を逸らすことができない。 助けに寄ろうとした京五も動けなくなる。 真っ赤な紅が妖艶な曲線を描く唇を形どり、艶めかしい言葉を飾る。 次第に二人は呆とした表情になり、陶然としてくる。 そのまま、冷たい抱擁を受け入れれば、全てが終わる。夢のように。 ―――が、雷鳴のような怒声が落ちた。 「色気に惑わされている場合ではないぞ! この助・平・共ッ!!」 りょうが長持を鞘尻でドンと突いた。 「子供をいじめる女性なんて最低だよ!」 怒ったと言わんばかりに亜紀が杖を両手で回転させながら振りかざす。炎の渦が円弧を描いたかと思うと、雪女めがけて疾走する。 女性陣の猛烈な怒りに、ディランと仁八が肩をすくめた。 無論、誘惑に負けず止めに入ろうとしていたのだが、少し見物しすぎた感は…否めなかったかもしれない。 「おのれ、小賢しい!」 「姐さん、気はすんだかねぇ?」 追尾される炎の矢を避けようとする雪女に向かい、薄く笑って愛刀を携え、仁八が素早く踏み込む。迷いもなく全身を載せた突きである。 背に炎を受ける雪女の帯へと刃が突き刺さる。 「悪いな。若いお嬢さんには逆らえないのも世の理だ」 ディランの杖から銀光が瞬き、刀を掴んでよろめく雪女の眼前に鉄の壁を出現させた。 その間に、麗空が石清水を京五と勝二の顔に振りかける。魅了から覚醒した二人が水を滴らせてポカンと口を開けた。 「おきた〜?」 早く動かないと氷が大変だよ〜と長持を回収するよう促す。 「絶対守り抜きますよ!約束したんです!」 ひよのが再装填しながら遮壁となる鉄の壁から回り込む。その逆側へ交差するようりょうが走り込み、身軽な麗空がわずかな助走で壁の上方へと易々と駆け上がる。 「せいッ!」 阿吽の呼吸で三方から雪女を挟み撃ちにする。 得意の誘惑も叶わない雪女が、最後の抵抗で氷の矢を放つが、撃ち落とされ、炎をまとう一撃で灼かれ歯が立たない。 (二度はない!) 豪快なりょうの一振りが雪女の白い首を刎ねた。 血の代わりに瘴気を派手に振りまきつつ、白い肌の女は霧散したのであった。 秋の豊穣を願い夏に行われる奉納の儀は、今年も無事に執り行われた。 京五達が何とか夜明けまでに届けた氷は、切り出されて神事に使われ、残りは縁起物として祭りにも供されることとなった。 初めて食べるかき氷に子供が夢中になる。 「んん〜っ いたい〜!」 「リク、葵も〜」 こめかみを押さえる麗空の真似をして、葵も匙を握りながら頭を抱える。 「おうおう、落ち着けってぇの!…と、あたしぁこれで」 自前の古酒をかき氷にこっそりかけながら食べると、徹夜明けの仁八の脳にも沁みて三人が同じ格好になった。 「星が朝日に溶けていくの初めて見たよ!」 「僕も起きてたよ、ひよのちゃん。雪女見たもん!」 途中で寝おちたが、起きていたつもりの輪と晶が興奮気味に胸を張る。それが可笑しくてひよのは約束のぬいぐるみを三人に贈ってやった。 「ボクもこんな夜更かししたの初めてだよ」 ふぁとあくびを噛み殺しながら、亜紀が匙でかき氷を崩す。 「これからは安全になるな」 「本当に、一時はどうなるかと思ったが」 かき氷の鉢を額に当てて、京五と勝二が店先で伸びる。大八車が壊れず走ってくれて何よりだったが、二度と引き受けないと誓った。 「とーちゃんお仕事おわり?」 「ん、まぁな」 「じゃ、遊んでいい?」 駄目だ帰るぞ、と叱る京五の言葉に輪が唇を尖らせた。 色とりどりの幟と珍しい露店。醤油の焦げる香ばしい匂いが漂ってくると確かに堪らない。 「じゃあおじさんが連れて行こう。天儀の祭を説明してくれ」 「ほんと!ディランおじちゃんいいの?!」 わぁい!と勝ち誇ったように父親達に手を振ると、葵と晶が手を繋ぐ。 「りょう姉ちゃんあれ格好よかったよ!」 輪が両手でりょうを引っ張り出しながら英雄を見るような輝く眼差しで見上げる。 「アレ?」 「とーちゃん達を助けた時の『この、スケ――』」 袖をまくりあげ、啖呵を切ろうとする輪の口をりょうが手で塞いだ。 「…わかった、何か買ってやろう」 成程、起きていたのは本当だな、と開拓者一行と父親が遠い目になった。 忘れてくれと大人が星に願うには、夜まで時間がたっぷりあるようだ。 |