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■オープニング本文 ●コゲコゲの心 「おっまえ、一体何回焦がすんだよ」 香ばしい香りと言うか、もはや焦げくさい。 厨からうっすらと白くもやって漂ってくる煙を手で払いながら、外から様子を見ていた諒(りょう)が、呆れたように呟いた。 「うるさいわね! ちょっと火が強かっただけよ」 頬に朱を散らしながら、がしがしがし、と白蓮(びゃくれん)が木べらで鍋底をこそぎ落とす。決して高くはない材料が、あっという間に溶けて、ほんの少しの油断でぷすぷすと煙を上げて焦げ始める。 「あああ、もう!」 束子で洗うのももどかしく、白蓮の傍らには次々と鍋が積み上がっていく。数だけは繁盛店の日中の厨房さながらであった。 チョコレートを溶かして固める。それだけのことに何度失敗したことか。 そのたびに、やれ手際が悪いだの、不器用だの後ろの厨房の窓からはしゃぐ幼馴染に、白蓮は腹が立って仕方ない。 「料理長のおっちゃん、呼んできた方がいいんじゃないか?」 「うるさいのよ! 気が散るでしょ?! あっちいっててよ!!」 「―――なんだよ、人が味見ぐらいしてやろうっていうのに…」 「―――いいってば。まだ試作なんだし」 唇をツンととがらせると再び集中して、元となるチョコレートを砕き始める。 「溶かさなくてもそのままのほうが十分おいしそ……」 そこまで言いかけた時、白蓮が振り返ってとても温度の低い視線を投げて寄こした。 「手作りに何か文句でも?」 「いいや…」 「それに。―――あんたにあげるんじゃないから」 ふん、と鼻息荒く白蓮が腕を組んで横を向く。 すると、諒も一瞬黙った。 が、すぐに「俺だってそんな不味そうなもの欲しくねぇよ!」と言い返した。 そうなるともはや収拾がつかない。 散々お互いくだらない文句だけを言いあうと、ついにがたんと諒が木箱を蹴った音がした。厨房の高い窓から諒の姿が消え、白蓮がはっとしたが、木箱がガタガタとけたたましく崩れた後に、飛び降りた諒が走り去っていく足音が聞こえた。 (ああ、またやっちゃった。なんで諒といつも喧嘩しちゃうの…) 鍋がまた煙を上げ始める。 慌てて包丁を置き、白蓮が左手で鍋を持ち上げようとしたが、鍋肌の熱に驚いて取り落とした。 盛大に鍋がひっくり返ってクワンクワンと地面で鳴り響く。 「なんでこんなに煙が…はぁ?! 鍋?! え?!嬢ちゃん??」 何事かと驚いた料理長が飛び込んでくると、高々と積み上がる鍋のふもとに小さくうずくまって泣いている白蓮を見つけた。 「煙が目に滲みただけよ」 ぐすん、と鼻を鳴らしながら、負けず嫌いの白蓮は木べらを持った手で真珠のような涙を拭ってみせた。 ●隠し味 「そりゃあ、無茶ですよ」 そう言われながら料理長に左の小指に膏薬を塗りこまれ、厳重に包帯で巻かれると、たいそうな怪我に思えて白蓮の心もひりひりと痛んだ。 「あとちょっとなの」 「それでもねぇ、鍋がこんなになっちまったら……ねぇ」 ばれんたいんねぇ、と言ったっきり料理長が唸る。 白蓮の気持ちは分かるが、今日は店が休みだったからいいようなものの、いつもの忙しさであれば、厨は使わせることはできない。 しかも、火傷までするようであれば、尚更である。 「なんでうまくできないんだろう……」 「ジルべリアとやらの菓子でしたっけ。門外漢だしなぁ。そもそもどうやって作るんです?」 「元となるチョコレートを溶かして好きな形に固めるだけなのよ。………出来れば、隠し味とかも入れたいけど」 「へぇ、隠し味。 何味なんです?」 「やっぱり、コクを出すためには味噌も入れてみないとね」 「……まあ、味噌を使った菓子もありますわな」 「他所で売っていないような、ぴりっとした味もいいんじゃないかと思うのよね」 辛子かしら、醤かしら。ちょっとでいいのよね、と白蓮が瞳を輝かせる。 「……それは、お菓子じゃな―――」 「でも! やってみないと分からないじゃない」 「うん、まあ、そうですな……」 料理長は少し諒の気持ちに同調しそうになってきたが、溶かす段階で失敗しているのだから、道のりは遠いだろう。 泰料理を作らせれば、14歳ながらも白蓮は立派な腕前を持つ。 未知の材料を前にした料理人だと思えば、先ほどの台詞ももっともなのだが。 勢い、その手作りチョコレートを貰って食べなければならないとなると、気持ちを伝えるという行事の意味合いからして、上手く行きそうな確率がガタ落ちになる気がしてならない。 その前に、渡したいはずの相手と盛大に喧嘩しているのだが、とにもかくにも白蓮はチョコレートを自分で作らなければ気が済まないらしい。 「もう一度、材料買ってくる」 「ああ、お待ちなさい。それならここへいった方がいい」 「?」 料理長が描いたのは、市場ではなく、ギルドまでの地図だった。 「ここにお願いすれば、作り方を知っている人がいるでしょう、たぶん」 「教えてもらうなんて、嫌」 「火傷したこと、母上に言いつけますよ?」 「う…」 白蓮が母親の雷を想像して、肩をすくめる。そんなことがバレたら、しばらく厨房へ出入り禁止の上、買ってきたチョコレートで十分です、と言われそうだ。 しょんぼりとしながら、白蓮は店を後にする。 (泰料理の店の娘が料理を教えてってギルドにお願いに行くなんて……) 笑われるんじゃないかな、とつらつら考えながら市場へ行くかギルドへ行くか迷っていると、途中で再び諒にばったり出くわした。 そういえば、諒は市場で扱っている品物を届けることを仕事としているのだから、居て当然であった。 「おい」 「何よ」 「…手、怪我したのか」 「なんでもない」 さっと後ろに隠したつもりだが、言わんこっちゃない、と諒が嘆息した。どさりと木箱を降ろすと、同い年の少年は慣れたしぐさで手を払う。 「さっきのこと、謝ろうと思ってさ」 「べ、別に謝ってもらわなくていいわよ。これから完成したのを渡しに行くつもりだし」 「誰に?」 諒が表情を曇らせたが、見栄っぱりの嘘をついて誤魔化す白蓮は、あらぬ方を見て傍をすり抜けると脱兎のごとく駆けだした。 (嘘、言っちゃった………もう、どうしよう!) 半べそをかきながら、一度も後ろを振り返らないまま、白蓮はギルドへと向かったのであった。 |
■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)
48歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●にがあまの恋 「どうしてこうなるかねー」 夜中の厨房にコトリ、と音がして、幽霊でも出たかと白蓮が振り返ると、紅咬 幽矢(ia9197)がにこりと笑みを浮かべて立っていた。誰、と誰何の声を上げるより早く、わいわいと六人が厨房を見学に入ってきた。 「あなた達…」 依頼を受け、手伝いに来てくれたに違いない。途方もなく美しい、華御院 鬨(ia0351)がすっと近寄ってきた。京美人の装いである。 「これはツンデレを演じる時のよい見本になりやす」 と艶やかに、さも嬉しそうに白蓮の仕草を眺めている。 「つんでれ?」 「なんもあらしまへん」 花のかんばせでおっとりとかわすと、技は盗んでも罪になりませんし、と鬨がぼそりと付け加える。 「頑張ったんだねぇ。だけど、ちょーっとやり方が違うんだよね」 いくつもの焦げた鍋をみて蓮 神音(ib2662)がうーん、と苦笑した。これだけ失敗しても諦めないんだなと思うと、白蓮の想いの強さ、いじらしさに胸がきゅんとなる。 「神音もセンセーの分を作るから、一緒に作ろう、ね?」 「えっ、一緒に?」 白蓮が嬉しそうにしながら、でも懸命に口角を下げようとしているのを鬨が興味深そうに見つめている。嬉しいくせに、意地っ張りである。 「泰料理だと火力が強すぎなんだっけ? ほら、一気にって感じじゃないか。こういうのはじっくり弱火で…あ、焦げた」 幽矢が白蓮のしていたようにやってみると、はやり、焦げ鍋が一丁出来上がりである。 「んもう、最初はこうだよ」 神音がさっと自分の調理道具を出すと、鍋に沸かしたお湯にもう一回り小さな鍋をかけてチョコを溶かし始めた。 「わあ、溶けた……!」 湯せんで溶かすことを初めて知った白蓮は目から鱗の勢いで、神音と鍋を尊敬の眼差しで見つめている。 「それじゃ、うちは恋人に渡す用のチョコでも作りますか。白蓮さん勝負どす」 ちら、と鬨に視線を投げられて、思わず、白蓮がむぅ、と唸った。 早速、厨房には甘い匂いが立ちこめる。 「妻もああして、作っていたな」 弟子に家事を丸投げしていたが、今回の依頼で菓子作りのレパートリーを広げるつもりのヴァレリー・クルーゼ(ib6023)は、ほほえましい状況を前にして、深く頷いている。チョコレートを作っていた在りし日の妻は慎ましく、美しく、はかなげである。 「白蓮ちゃん、そんなに大量に溶かすの?!」 「小分けに行こうよ、小分けに!」 たらいに湯を張り、刻みチョコレートを一気に溶かそうとして、神音と幽矢に止められている白蓮と妻の面影は、やっぱり似ても似つかないのだが。 市場へ買い出しに出かけたのは、ニーナ・サヴィン(ib0168)である。皆からの注文を書きとめたのだが、びっくりするほどの種類であった。 皆が楽しむチョコを作りたいと羽喰 琥珀(ib3263)から、いろいろな材料を揃えるよう頼まれている。 「で・も♪ これって一石二鳥よねー」 鼻歌交じりに自作の歌を歌いながら、ニーナは市場の入り口で荷運びを請け負っている諒を訪ねたのであった。 「頼まれものなんだけど…詳しくなくて。教えてもらってもいいかしら?」 まだ白蓮と同じぐらいの背格好の諒が、オレ?と名指しで呼ばれた事に驚きながらも前に出る。美人のご指名だ、いってこい!と周囲のオヤジ共に尻を叩かれながら。 「ええと、餅粉、味噌、唐辛子、海塩、生姜、苺、煎餅、ドライフルーツ、アーモンド…」 前に立って市場を案内しながら、メモにある品を一生懸命探してくれる諒をしげしげとニーナが眺めている。 じゃあこれで、と依頼の商品に目星をつけ、諒がてきぱきと店主に取り置きの段取りをつけていく。 (うん、頭のいい子ね) 「友達のお家まで運んでもらっていいかしら? ここわかる?」 ニーナから代金を受け取りながら地図を見て、諒がぎょっとする。白蓮の家であった。 「この食材を使う友達がね、好きな人に渡すんですって」 「ふーん…」 「気が強い子だから、素直になれるのか心配なのよねー」 「………へぇ」 おや?と静かになった諒の反応を見ていたニーナだが、すこし屈んで、諒の瞳を覗き見る。諒がついと視線をずらす。 「諒さんは好きな人いる?」 「は?…」 「ずーっと一緒に居てくれるなんて保証はないんだから、大事にしなくちゃダメよ?」 「俺に何の関係が…」 「そんなこと言ってると、居なくなっちゃうんだから」 ニーナが店先にあった小瓶を一つつまんだ。どこか遠い世界の出来事を語るような口調と、その仕草に諒が何も言えず、黙って見つめ返す。 薄いガラスの小瓶は、太陽の光を受けて、きらきらと反射する。 「ねえ、これって恋に効く?」 すこし寂しそうにニーナが尋ねた。 ●しあわせの味 「何故こうなるのだ…」 疲れ目のあまり瘴気の塊が見えたかと、ヴァレリーが目頭を揉む。 目の前のチョコは半生である。白蓮は固まった!と大騒ぎで喜んでいたのだが押すとぐんにゃりとする『半生』である。何を足したのか謎である。 「試食…してみるかなー」 はは、と乾燥した笑いをもらしながら、神音とヴァレリーが意を決して一口チョコらしきものを口に放り込んだ。 「……こ…れ」 「…なる、ほッ……」 神音もヴァレリーもそれ以上言葉を失くす。半生の状態から、口の中で溶けだすと、あり得ない世界が見えた。 いわゆる彼岸、というものらしい。 ぶぇっほ、とむせびながら、それでも飲み下したのは、根性以外の何物でもない。 「センセーに会えなくなるかと思った……」 「…妻が手を振っていた気がする………」 ぜえはぁ、と二人が肩で息をしている横で、白蓮が自分で味見しようとするのを幽矢と鬨が慌てて止める。 「ありったけの珍しい自然の滋味を足してみたんだけど…」 歯ごたえがあって塩っ辛いと思ったら、あとから突き抜ける刺激に見舞われる。チョコの味はどこに行ったのか。 「実際のところ、男の子としては、味は関係ないよね。女の子が一生懸命作ってくれたってのが大事なのさ」 やれやれと幽矢が肩をすくめる。それを聞いて、白蓮がうなだれる。どれもこれも一等賞、というのは、確かに大変なことだ。 「まずは基本通りにつくってから、個性を出した方がよろしおへんか?」 鬨がお手本とばかりに、持参のレシピを見ながら作り始める。 梅の花弁をかたどってチョコを成形しただけでも、十分愛らしく出来上がっていくものだと白蓮が感心する。 幽矢はチョコに刻んだ苺の果肉を混ぜて、甘酸っぱいチョコを作ってみた。 次々と出来上がるチョコレートは、渡したい相手へのありったけの気持ちが詰まっている気がする。 「試したい物はニーナに頼んでたくさん買ってもらっておいたからさ。頑張ろうぜ!」 琥珀が腕まくりをしながら、気落ちしている白蓮を勇気づける。厨房は内緒で使用しているために、夜中しか使うことはできないが、それでも試行錯誤を繰り返して、もう一晩、もう一晩、と練習を行うことにした。 「あっまーい」 琥珀にホットチョコレートを振る舞われると白蓮が甘さに極上の微笑みを作る。 作った人の想いが伝われば、とても心温まる、至福の瞬間を味わうことができる。その気持ちを諒にも味わってほしい、と白蓮もはっきりと思うようになった。 素直になれずに、嘘ばかりついて謝りたかった。 「…美味しい」 こくりともう一口。 「神音、ずっと好きな人がいるんだけど、なかなか言えないんだー。やっぱり思っているだけじゃ伝わらないよね」 素早くハート型に流し込んで、神音が諒に届けてもらったアーモンドを載せてみる。食べると炒ったアーモンドが香ばしく、カリッとした食感とチョコの口どけがたまらなかった。 センセーは幸せ者だね、と白蓮が伝えると神音が、そっかなぁ、とほころぶように笑った。 「味噌は大匙一杯にして、酒を数滴足らす…唐辛子は粉末にして、小匙四分の一。生姜は絞り汁にしてみるかな」 匙を片手に、琥珀が小分けにしたチョコに少しずつ隠し味を足してみた。 白蓮の隠し味とやらを味見をしてみた琥珀だが、うっ、と涙目になっている。辛さのあまり、尾がピーンと張ったが、ジャムの匙を急いで口に突っ込み、なんでもない風を装う。 「入れすぎ…?」 「基本、隠し味は入れすぎないようにしないとな…でも、中身が違うのを色々用意して―――こーいうの、たくさんあったら大人数の客に受けると思うんだけど、どうだろ?」 転んでもただでは起きない琥珀は、いいことを思いついたとばかりに、弾けんばかりの笑顔を見せた。求肥を餃子の皮のようにして、チョコを包んでみる。中に何が入っているか一見して分からない状態だ。 それらをおみくじのように引いてもらって反応を見て、何味を食べたか当てるのはどうだろう。 「皆で食べると、楽しそうね!」 とんでもない味のチョコを引き当てた場面を想像してみると可笑しくて仕方ない。くふ、と白蓮が琥珀と笑い合っている。 序々に開拓者と打ち解けて、素直になった白蓮なのだが――肝心の諒の前でも素直になれるかどうか一番心配しているのは、ヴァレリーである。 「白蓮君はついつい意地をはり、言いたいことが言えぬ性分なのだな」 ヴァレリーが塩大福の要領で、煎餅にチョコを掛けて固めてみるが、微妙な仕上がりに眉根を寄せたところだ。味にアレンジを加えるのは、やはり基礎を習得してからだなと納得しつつ。 「文字にして伝えてみればどうだろう」 「文字…?」 用意されたのは、袋に詰めた白いチョコだ。その袋の角から細く絞りだして、板状のチョコに言葉を書くという。 諒に一言。あれこれ考えると、何と言ったらいいのかわからない白蓮である。 「思ったままを書きたまえ」 「…ヴァレリー先生なら、こういう時何て書く?」 「私が?」 こくりと真剣に白蓮が頷く。 うむ、と絞り金の付いたチョコを持ち、いざとヴァレリーが構える。 興味津々の瞳がヴァレリーと板チョコをいったりきたり。大事な人へのメッセージである。 「………『す』」 じっと注がれる視線。す、の字の次はまず横棒を二本引く。 はたと我に返るヴァレリー。よく考えれば、今までチョコを貰ったことはあっても、作ることはなかったのだから、チョコに思いをつづるのも初めてに決まっている。 たっぷり時間をとってから衆人環視の中―――『す』…『まぬ』と一気に達筆で書き上げた。『ぬ』に至っては、はみ出ている。 「…ちょっと表に出てくる。練習しておきたまえ」 と言い置いて白蓮の手に白チョコを押しつける。 眼鏡をぐいとなおしながら、耳が赤いヴァレリーは大股で外へ出ていった。 ●どきどきの恋神さま 「荷物を届けてもらったけど、いい子じゃない。将来いい男になると思うわ」 ニーナが厨房の端で椅子を引っ張り出してきて座ると、白蓮の髪を梳かしながら、まとめ上げる。追加で配達を頼んだ諒との待ち合わがもうすぐだ。 化粧はまだ早いかもしれないが、精一杯のおめかし中である。 「ぜーったい、諒は受け取らないわ」 「ちょっとは素直になった方がいいよ」 幽矢が苦笑しながら諌める。せっかくニーナに綺麗にしてもらっているのに、ぷう、と膨れっ面なのが勿体ない。気恥かしいのだろうが。 「幽矢も苺のチョコ、誰かに渡すの?」 「えっ? あ?…うん、男が渡したっていいよね」 こそりと幽矢がそう答えると、そっかぁ、と白蓮が肩の力を抜いて微笑んだ。 「あれだけ頑張ったんだし、世話になった奴に渡すってこともありだと思うぜ。貰ったやつがありがとうって笑ってくれるのが嬉しいんだよな〜」 にやにやと琥珀に先輩風を吹かせられと、幽矢に先を越された上に、更に焦る気持ちが白蓮の心に湧き起こる。揃えた膝にじっと手を載せた。 「…皆と一緒に作ってもらったし、とりあえず、渡してみる」 「その意気よ、白蓮さん。今の白蓮さんからチョコもらったら、きっと一生の宝物になるわよ♪」 「ちゃんと言葉にしないとね。とられちゃう前にね!」 他人事な気がしない神音も白蓮の手を取って応援した。 諒が呼び出された場所は、白蓮の家の近くの川のほとりであり、追加でと頼まれた苺を抱えて所在なげに立っていた。 ゆっくりと白蓮が諒に近づいていく。 それを白蓮の家の壁から、窺っている開拓者達。―――野次馬でもある。 「あれ? 白蓮?」 「ニ、ニーナさんに頼んだのよ。苺。受け取るわ」 (会話が単語になってる!) (延ばして、もっと話して、白蓮さん!) あわわと焦りながら、白蓮と諒のやり取りを見守っていると、鬨が通りすがりを装って、反対側からやってきた。 「あら、ええところに。うちのお客さんになりそうな人は皆恋人どす」 歌舞伎のチラシもちゃっかり封入しているチョコの包みを、そっと鬨が差し出す。 すると、白蓮が負けじと勢いよく諒の前に手作りチョコの入った包みを差し出した。 「俺に?」 「つべこべいわずに、受け取りなさいよ。…焦がさずに作ったんだから」 「完成したの、渡したんじゃないのか」 「…………嘘だもの」 恥ずかしくて、白蓮も耳まで真っ赤っ赤である。 いつもなら、文句や憎まれ口が二、三個出てきそうな合間に黙ったままの白蓮を見て、諒も荷物を降ろす。おずと包みを受け取った。 「……ありがとう」 (やったぁ!) ニーナと神音が両手を取り合い、跳ねるようにして喜んだ。 琥珀も天高く拳を突き上げて内心快哉を叫ぶ。 「開けていい?」 「え? あ。それは、大事に持って帰って家で開けなさいよ!!」 「だって、もう俺のものじゃん」 「だれが、あんたの……!!!」 言ってしまってからゆでダコのようになる白蓮。 「俺のチョコだろ」 「…そうだけど」 丁寧に包装を解いて、中を見ると、諒がぷっと吹き出した。木箱の中には、不揃いながらも手作り感満載のチョコが並んでおり、真ん中の板チョコには『ごめんね』と書いてあった。ヴァレリー直伝である。 「へったくそな字」 「…なによ!」 「でも、すげー嬉しい。大事に食べる」 久しぶりに、諒の満面の笑みを見た気がした白蓮は、後ろで何度も万歳をしている開拓者に照れながらも、心の中で深く感謝した。 「じゃあ、これは、皆さんの分どす」 鬨が仲間にチョコを配ったのを始めとして、開拓者が作ったチョコを少しずつ交換して、手土産にする。胡桃入りの月餅型のチョコ、苺のチョコ、ドライフルーツのチョコ。彩りも味も申し分ない。 「俺、そっちも欲しいなー」 「だ・め。これは私がもらったんだもん」 散々試食で食べまくりながらも、やっぱり美味しいものには目がない白蓮が諒に渡さず、抱え込む。 「そうだ。これ食べないか?」 くす、と琥珀がいたずらっぽく笑うと、差し出されたのはズラリと並ぶ求肥で包んだチョコだった。 「「あっ」」 「やりっ! いただきっ!」 琥珀以外の全員が止める間もなく、パクリと一口。 諒が何味を引き当てたのかは、恋神のみぞ知るのである。 |