銀のいと。
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/10 21:50



■オープニング本文

 助けてくださいと、女は何度も頭を床に擦り付けて頼んだ。
 けれど、幼い我が子の手足に現れた痣は消えず、隠すために塗った煤や泥を拭き取られては、ひとたまりもなかった。
 乱暴な扱いと覗き込んだ男達の剣幕に、寝入っていた赤ん坊は火がついたように泣きだした。
 わずかな田畑でつつましく働き生計を立てている夫婦の小屋から、荒々しく出てきた三人の男達が改めて月明かりの下に赤ん坊の腕を晒す。痣はぐるりとまるで縄の跡のように、柔らかな肌に浮き上がっている。
 ほぁああん。
 冷たい夜の空気に響く赤ん坊の泣き声に、大人達の切迫した声が交錯する。
「仕方あるまい、瘴気に反応した子供は置いてはおけない」
 諭すように、だが決然とした口調で、小屋から最後に出てきた老人は言う。
「連れて行かないで! ただの痣です。アヤカシとは何の関係もないのです」
「お願いだ、見逃してくれ。この子の痣は生まれつきだ! アヤカシとは関係ない!」
 必死の夫婦の訴えも虚しく、子供は取り上げられ、妻の萩(はぎ)は泣き崩れる。
 これまでに十数人の犠牲者を出し、村では自警団を結成していた。
 肝心のアヤカシには歯が立たず、 村人達の記憶には、切り口も鮮やかな仲間の死体が蘇っている。 鋭利な切り口でためらうことなく切り落とされた腕だけが、大量の血液にまみれ、忘れものの様に荒野に残されていた。
 魔の森は遠く、影響は無いと信じていた人々の前で、鎌の尾を振りぬいたアヤカシは獲物を銜えて悠然と去っていったのであった。
 疑心暗鬼になった村人は、各々を疑い始める。
 魔の森が侵食し、人々の住む場所へと近接してくれば、まれに敏感に子供や老人など、抵抗力の弱い者の体に障りが現れ、やがて下級のアヤカシへと落ちることがあるという『噂』が蔓延した。
 あくまで噂、と否定するだけの力を、疲弊した人々の意識から現実が奪っていった。
「―――そんな噂を信じてどうする。昔からの付き合いだ、分かるだろう。…仮に、仮に、その子がそうだとしても見逃してくれ。…このまま、私達は、どこへも行きはしない。勿論、他の集落に迷惑をかけるようなことなど考えてもいない」
「姿を余り見かけないと思っていたら、こんな子供を隠しておきやがった。お前達の言い訳など信じるか? お前達がアヤカシとなり、このはずれから村へと襲い掛かったらどうしてくれる。魔の森からあのカマイタチの手引きをしたらどうなる」
「そんなことはするはず無い………!」
 刀を突きつける男の勝手な物言いに、夫は唇をかみ締めた。
 自分達が、そんな懸念を払拭するためにどれだけ心を砕いているか……だが、今それを口にすることは出来なかった。
「あなた…この子が取り上げられるなら、私も」
 黒い瞳いっぱいに涙をためた顔をあげ、萩がゆらりと立ち上がる。
「お前。そんなことをしたら」
「いいえ。赤ん坊一人、外に放り出されては一日と持ちません。どうか私と共に子供を追放してください」
 それなら皆気が済むでしょう、と萩が静かに言い切ったのであった。



「それで、黙って嫁さんを送り出しちまったのか」
「………」
「太一、お前……!」
「何も訊かず、これを持って、ギルドに依頼を出しに行ってくれ」
 妻と子を手放した翌日、太一(たいち)は親友にギルドへ代わりに依頼を出しに行くよう言い、小さな糸巻きを一つ渡した。そうして驚く友人の疑問を遮るように、真剣な顔で頼むと念を押した。
 渡された銀糸は、蜘蛛の糸のようにごく細く、きらきらと輝く最高級品に見えた。
「これと同じ糸を妻の足につけた。手繰ればきっと、妻に追いつける。……魔の森に近い桑を食べた蚕だけが不思議な銀糸を作ったんだ。俺達夫婦はこの糸を売って、怯えて暮らす村に一人でも開拓者を雇いたかったんだが……」
 糸を妻の追跡に使ってしまえば、希少な銀糸はまた作り直しである。
「それを見て、値の張るものと信じてくれるかは分からない。だが、必ず、報酬は払う。そのためにも今は、妻と子を助けてほしい」
 太一の言葉に一つ相槌を打つと、友人は懐に銀糸を忍ばせて、ギルドへと向かったのであった。

「頼む…」
 銀糸が誰かに見つかって金を目当てに切られてしまえば妻子を見つける手がかりが無くなる。
 幼子を抱え、心細く魔の森の方へと追いやられる妻を助けるために、太一はひたすら糸が切れないことを祈りつつ、カタンコトンと音を立てて転がって伸びていく糸巻きを見つめていた。



■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰
カルマ=V=ノア(ib9924
19歳・男・砲
佐藤 仁八(ic0168
34歳・男・志


■リプレイ本文

●銀の糸
 躊躇うように、糸は伸びては止まる。
 すぐにでも追いたい気持を抑えながら、太一は固唾を飲んで糸巻きを見守っていた。
「太一、いるか?」
 名前を呼ばれ、太一が糸車を隠して恐る恐る顔を出すと、見慣れない風体の六人が立っていた。
「あの、これは…」
「依頼をお受けしました」
 佐伯 柚李葉(ia0859)がぺこりと丁寧に頭を下げる。
「俺は楽師のヘイズだ」
 ヘイズ(ib6536)が頼もしげに笑うと、「楽師…」と復唱してようやく、太一が状況を理解して一息つく。
 開拓者が来てくれたのだ。
「任しとけ、って所だけど太一にも協力してもらわないとな」
 にかりと白い歯を見せて笑った羽喰 琥珀(ib3263)と、こくりと頷いたシャンテ・ラインハルト(ib0069)が太一の腕を両脇から掴み、奥へと連れていく。
 一刻を争うだけに、来てもらった礼もそこそこに、早速打ち合わせが始まった。


「人間…どこでも変わらねぇなぁ」
 煙管の煙をぷかりと吐き出し、カルマ=V=ノア(ib9924)が心底呆れ果てる。
 村の疑心暗鬼の結果、放り出された妻子を救う為に、頼みの銀糸を太一が使う羽目になったとは。
「全く皮肉な話だねぇ」
 両腕を組んで袖に入れると、佐藤 仁八(ic0168)が怒りを堪えてわざと鷹揚に頷く。
「『自分達自身を守っている』実感を得るために行動される事自体は、咎めにくい部分もあることは確かですが……」
 シャンテもそう嘆きつつ、カルマ、仁八、ヘイズと一緒に自警団を尋ねて回る。
 開拓者が自警団を訪ねてきたという話は、あっという間に集落に広まり、鎌鼬討伐に期待が高まっていく。
 いざ自警団全員が揃って耳をそばだてたところで、仁八が咳払いを一つ。
「依頼でカマイタチを斬りに来たんだが、倒した所を見る証人が要るんでよ。肝の据わった男が数人来ちゃくんねえか」
 ぎょっとしたのは村人達である。
「あんた達が都から討伐を依頼されてきたんだろ?」
「他の村にも被害が出て、周辺一帯を掃討するように言われていますし、アヤカシが滅することを確認してもらうことも必要なんです。丁度、志ある方々がいると聞いて」
 よい所に、といわんばかりに、シャンテが両手をポンと打ち合わせる。
「まあ、太一の方にも見張りに俺達の仲間が付いてるから、あっちは心配することはない」
 何やら団員にとってバツの悪い話でも既に聞き込んだのか、カルマが機先を制す。
 自警団は待ったと手で合図すると、頭を寄せ合ってぼそぼそと話込む。
「どうすんだい。行かねぇのかい、それとも行けねぇのかい?」
 先を促す仁八の大声に、そこまで言われちゃぁと勿体をつけながら、自警団はアヤカシ討伐に同行すると返事をしたのであった。



 太一は慎重に銀糸を巻き取りながら、必死に追跡していた。
「辺りが暗くなってきたな」
 捜索から随分長い時間が経過し、松明を灯して琥珀が太一の手元を確認する。自分達が鎌鼬に遭遇する可能性は勿論あったが、妻子の救出は時間との勝負でもあった。
(銀の糸が途切れてしまう前に…)
 柚李葉が、きらきらと輝いて延びている細い糸の先を見やりながら、太一に加護を与えて励まし続けた。

 日が落ちきると、魔の森の影がより一層暗くのしかかるように三人に近づいて来た。柚李葉は瘴気の塊を感じ取ろうと神経を鋭敏にするが、害を与えるモノは見つからない。代わりに、琥珀の感覚に小さな反応がある。
 そこからは、足音を消し息を詰めるようにして進む。
 光源が近寄ってくることに怯えたのか、かすかに身じろぎの音が聞こえた気がした。
「…そこにいるのか?」
 近くにいるのは確かだろう。だが、手繰る糸がカサコソと落ち葉を絡めると、急に手ごたえがなく緩んだ。明らかに太一が顔色を失う。
「ようやくここまで追ってきたのに…」
「糸は切れていません」
「まっすぐ辿ろう」
 柚李葉と琥珀が懸命に励ます。今、諦めたら萩と子の命は失われたも同然だった。再び、柚李葉が瘴気の塊ではないことを確認し、三人は歩き始める。
 赤ん坊が泣いてくれたらと思いながら。
 ただ、その声が聞こえない理由を考える始めると背筋が寒くなるのであった。



●銀の刃
「こんなに大勢の証人はいらないんじゃないか」
 結局、六人の野郎共に開拓者四人を加えて行程を巡る。
「まさしく…命繋ぎし銀の糸って所か」
 後方でヘイズが己ひとりに見えている景色にそう呟いた。放たれた式は真白き鳥となり、仲間の様子を映し出していた。
 鎌鼬はまだ、現われていない。
―――であれば、こちらに引き付けるまで。
 ヘイズの報告を聞いて掌の短銃を軽く確かめてから、カルマがわざと大きく音を立てて草むらに分け入る。
「お、おぃ…」
 しぃ、と男が口に人差し指を当てて窘めようとした―――ところに、カンカンカン!!と盛大な金属音の連打が木霊した。
 一斉に皆が振り返ると高々と泰鍋を打ち鳴らす仁八の姿があった。
「悪い子はいねえか。泣く子はいねえか」
「おい! アヤカシ討とうってのに騒ぐ奴があるか!」
「鬼のふりじゃあねえか。アヤカシの真似で警戒を解いて誘き寄せんだ」
 一向に構わない仁八がしたり顔で男に言い返す。
 アヤカシである鎌鼬は、人が多く集まるところを狙ってやってきていた。その習性を知っている自警団は肝を冷やす。
 果たして。
「ひゃあああ!」
 先頭を歩いていた男の後ろ姿が消え、すぐ後ろの若者が驚いて声を裏返らせた。見れば、先頭の男は脛が切れたと喚きながら転がっている。
 飛んできたのは風の刃だった。
「寝起きの機嫌は最悪、かねぇ?」
 台詞とは裏腹に自警団の動揺を制し、カルマが身を屈めるように指図すると、闇に向かってお返しとばかりにフェイントショットを撃ち込む。
「式が消えた」
 ヘイズが虚空を睨み視点を切り替えながら、途切れた場所を伝える。
「ここから西…太一達がまだ近い!」
 緊迫感が四人を包む。鎌鼬がそちらに行けば、追いついたとしても乱戦になる。
「決着は望むところですが、少しでも有利にことを運ぶ必要があります」
 シャンテが愛用のフルートを取り出し、可憐な唇を寄せる。
 そして何やら気づくと息吹を吹き込む前に、
「ひどい音に聞こえたら…」
アヤカシかもしれませんね、とくすりと笑った。



「近い」
 琥珀が焦れるように唸った。
 大勢の声が近付いてきたと思ったら、高い金属音がして騒々しくなり、一気に人の叫び声や銃声が交錯した。
 その後の静寂と共に、地を駆ける四足の気配が振動となって近づいてくる。
(鎌鼬だわ)
 気づいた柚李葉が振り仰いだときには、近くの木枝が刈られて宙に舞う。
 ほああぁん。
「…駄目、今は駄目です!」
 柚李葉が目の前にいない赤ん坊に懇願するように叫んだ。
 銀の糸がふつりと切れる。四散する。月光に舞い落ちた。
「萩!!」
 太一が叫ぶ。辛うじて柚李葉の加護結界で守られた。
「お前さま!!」
 声を殺して隠れていた萩が、恐怖に耐えきれず夫の叫びに飛び出した。同時に、一行のすぐ向こうで萩が身を潜めていた木の幹は切り倒され、やがて猛然と鎌鼬が疾走してきた。
 呼んでいるのは、血の匂いと多くの心臓が脈打つ音。
 より多くの人間を喰らおうと聴き分ける耳は、東を向いてピンと立っていた。
 足を止めるに見えた鎌鼬は、昏く赤い瞳で萩と赤子を一瞥しただけで、風を引き連れると、すぐに地を蹴って別の獲物へと向かった。
 シャンテの曲が鎌鼬の聴覚を強く揺さぶり、逆なでしながら誘っているのだ。
「萩さん!」
 衰弱している母子に柚李葉が駆け寄り急いで回復する。赤ん坊の頬に赤みが戻ると、萩と柚李葉がほっと息をついた。琥珀が萩の肩に毛布をかけて支えてやった。
「戻れば迷惑がかかると……けど、糸は、今まで解けずに」
 涙ながらに訴える萩に、太一は大きく首を横に振った。
「もういい。お前達が生きていれば、糸はもういいんだ」
 再会した家族はただひしと抱き合った。



 初めて目にした者は、白銀の帯の如く、と言うかも知れない。
 銀の体毛に包まれた長躯は、しなやかな跳躍で闇を切り裂いて現われた。
 口元には鋭い歯列が覗き、吊り上がった双眸の間に深く皺を寄せてぐうっと体を大きく沈みこませる。
 鎌鼬の異様なまでの長さの尾は、低く、地面間際でぴたりと意志の力で静止していた。
 倒木の上に爪を食いこませ、鎌鼬が獲物を物色する。
「おい」
 本物の迫力に腰が抜けている男に、落ち着いた口調でカルマが声をかけた。
「ほら。松明を持て」
「ははは、はい」
 どうにも震えが納まらない手を抑えるようにして、男が松明を受け取って鎌鼬に突き出す。
「違ぇよ。勝利の一服の為に消すなってこった」
 カルマが喉の奥で笑った気がした。
 煙管の煙がゆらりと揺れて消えたかと思うと、自警団の後方から仁八、ヘイズが躍り出る。
「カマだかナベだか知らねえが、物の長さぁ負けねえぜ」
 威勢良く相手近くまで乗り込むと、仁八が自慢の長巻きを右手で構える。その間に牽制を込めてカルマが横飛びで強襲する。幾つか鉛をぶち込まれても構わずに鎌鼬が頭を巡らせて素早く体を捻る。ブンと尾の刃が遠心力を載せて飛んできた。
「っ!!」
 仁八が右からの初撃を刃でどうにか受けて踏み応える。ズザァと足元で激しく舞う土埃。柚李葉の加護を受けて正解だった。
「どうにも、そいつぁなまくらだねぇ」
 余裕か、それとも傲岸か。
 目を細めて交わる刃を叩き返すと、改めて仁八の下駄がざりと土を食んだ。
 余韻の残る右手から将来の利き手である左手に持ち替えて、仁八が鋭く突きを繰り出す。前肢を躱し、肩へと深く突き刺した。手ごたえに見合って、鎌鼬の目が怒気をはらむ。
 鎌鼬が進撃できず怒りに燃えて次々と繰り出す風の刃は、後衛へすり抜けて飛ぶ。が、既にヘイズが待機済みである。
「疾く! 切り裂け風斬の龍!」
 風の刃を風の刃で迎え撃つ。雨のように飛んだヘイズの斬撃符が、鎌鼬の風刃とあちこちで衝突し、小さな竜巻を起こして消える。
「もう一発!」
「こっちもな!」
 ヘイズとカルマがほぼ同時に叫ぶと、空気を切り裂く斬撃と銃弾の攻撃が鎌鼬の体に降り注いだ。
 衝撃が月明かりの下の異形の者を音声と共に叩きつけ、よろめかせる。
 グアァああぁ!!
 鎌鼬は小賢しい、と言わんばかりに傷を負った体を振った。今までの人間とは絶対的に違うが、それを喰らってやるという意思が伝わってくる。
 だが、進撃を阻む者がまだ居る。
 横合いから鋭く迫る空気の刃が、その脚を抉った。
「間に合ったか?!」
 後から抜き身の刀を携え滑り込むように現われた琥珀が、迷わず仁八の方へ走って加勢する。
 その眼の動きも読んで、素早く得物を持ち替えては、仁八が突きを繰り出す。
「さあて。トドメ刺しにいくぜぇ!皆ぁ時間稼いでくれなぁ!」
 ヘイズが楽しげに嗤うとダン、と陰陽槍が地を叩く。
(行くぜ、嬢ちゃん)
 目配せを受けて、シャンテが背筋を伸ばして歩み出る。
「しっかりと見届けてください」
 恐ろしさと常識を軽々と越えた戦いに放心状態であった自警団が、可憐な少女の所作と言葉に注がれた。
 先ほど鎌鼬を呼び寄せた音色が、次は何を起こすのか。
 片時も目が離せない中、シャンテが満を持して奏で始める。
 戦いの一瞬の静寂の中を捉えて一粒の音符を落とし、弱音から始まる雄大な曲はやがて激しく鳴り響く。転調を繰り返し、予測のできない奔流となる。
 鎌鼬が流れ込む音と不穏な気配に銀毛を逆立てた。
 シャンテの曲想が激しくなるに合わせて、琥珀が間合いを詰めて、文字通り懐へ潜り混む。
「喰らいつくしな! 滅殺の龍」
 機を過たず、ヘイズの召喚に呼応して巨大な龍が虚空に現われ、鎌鼬に襲いかかった。
 顎が外れたように、男共は口を空けている。
 一際高く、シャンテの笛が高く鳴いた。
 鎌鼬の体が強張る。
 同時に、琥珀の切っ先が鎌鼬の腹を切り裂いた。

 どお、と鎌鼬が地響きを立てて倒れる。そして龍が消えると同時に瘴気となってその体躯は闇に還っていった。



「さあて、と」
 翌日、萩達の無事を確かめると、自警団を前に仁八が腕を組んでどかりと座り、琥珀が腰を浮かせて前のめりになる。
「おうおうおうおうおう、太一は村の為にこんなに立派な銀糸拵えてたってえのに、手前らの方ぁ何だ。大の大人が根も葉も無え噂一つで、女子供を暗え森におっぽり出しゃあがって」
「アヤカシは人を喰うだけじゃなくって、怖いや憎いって想いとかが好物なんだぜ? おっちゃんたちアヤカシに誑かされたんだよ」
「お二人とも落ち着いて」
 一気にまくし立てる二人を太一が慌てて止めに入る。
 開拓者から、太一が銀糸で村に開拓者を雇おうとしていたことを聞き、自警団は聞く耳も矜持も持ち合わせていなかったことを恥じ入った。
 助かった赤ん坊を柚李葉がそっと萩から抱き受け、すりと愛おしそうに頬を寄せた。
「赤ちゃんにあの技を本当に…使うんですか」
 まつ毛を伏せた柚李葉が小さく訊ねた。
 心配そうに手を伸ばしかけた萩だが、開拓者を信じて太一の傍でじっと見守る。
「こいつぁ俺のとっておきでね? アヤカシをくらいつくす秘術だ」
 あんた達だって見たいだろ?と言わんばかりに、ヘイズが顎を上げる。
 小屋の外にそっと置かれた赤ん坊から柚李葉が離れる。
「あんた達まさかその子に……!」
 開拓者と夫婦の間を、自警団のそれぞれの視線が目まぐるしく動いた。
「ちょっと待て!」
「何とかしろ!」
 口々に叫び声が上がる中、ヘイズが赤ん坊に向かって龍を召喚する。
「喰らいつく…」
「「わあああぁ!」」
 混乱した男達は、ヘイズに飛びかかり、数人が赤ん坊の前に飛び出した。
 だが、召喚は止まず、ボッと巨大な龍が出現した。
 赤ん坊は、真ん丸な瞳で龍を見つめると、きゃっきゃと笑い声をあげて手を伸ばした。
 何事もないことに安堵するやら、気が抜けるやら。
 へたり込む男の顔面をぺちぺちと小さな紅葉が無邪気に叩いた。
「…だよな。すまなかったな」
 咄嗟に赤子を守った男から出た素直な言葉に、萩が涙を浮かべた。
「……疑わしきは罰せず、って言うんだっけか?こっちの言葉で」
 事の成り行きを見守っていたカルマが戸口に現われ、ふうと煙を吐き出す。
「ま、今ので懲りただろ」
 男共を暑苦しそうに跳ね除けてヘイズが苦笑する。
「疑うあまり罪もない赤ん坊まで恐れていては、いつか自滅するだけです。太一さんのように、何かまず、自分の力でできることを探しましょう?」
 楚々とした笑顔でシャンテが促すと、自警団が大きく頷く。
 痣が云々と、見てくれに惑わされてはならない。
 というのも、少女がアヤカシを――偶然だが――笛一つで体よくあしらっていたように映ったせいでもある。
「どうしました?」
 首を傾げる少女に、灸が過ぎたか男達は揃ってぶるぶると首を振ったのであった。