籠の鳥を歌はしむ
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/03 17:54



■オープニング本文

 美しい高い塔の天辺、開け放した窓から、朱塗りの太鼓橋が見える。

 楼閣の扉や柱の彫刻は縁起物の鳳凰や龍などの細工が微細に施されており、祈りをこめて貼られた金箔がまばゆく輝く。
 そして美しくそびえる楼閣の景観と一揃いになっている太鼓橋の欄干に施された螺鈿は、日の光を受け、その存在を際立たせている。
 決して――――人が渡るために設えたのではないその橋は、互いの住む世界が違うことを主張している。

「歌わぬのなら、殺してしまえ」
 物騒なささやきは、かつて村で歌姫と呼ばれてもてはやされた、少女の耳にも届いていた。歌で召された彼女が、歌うことができぬというなら、それは生きる糧を失うということ。
 千鳥(ちどり)は、幼い頃から声が美しい、耳が良い、と村の誰からも褒められた。
 そんな彼女の噂は、忌むべきことに、交易で富を得ている大きな村の村長の耳に入った。
 その結果、歌姫はアヤカシから村を守るための歌を歌うように強いられ、ここへ連れてこられた。
 彼女が育った貧しい村には法外ともいえる金が渡されて、千鳥は皆の期待を担ってここにいる。
 「…………嗚呼、帰りたい……」
 恐怖に足がすくむ。
 自分の前に居た歌姫が死んだ代わりに、千鳥は村外れの高い楼閣へと閉じ込められた。
 世話係と見張りが一人ずつ。
 歌姫と呼ばれる生贄にも似た存在は、美しく着飾られていはいるが、言いつけどおり、村を守れる役目が果たせるかどうか常に監視されている。
 
 開拓者でもない千鳥は毎晩、何とか歌おうとした。
 木霊のように、歌を返そうとした。
 そのたびに、アヤカシが近づいてきて、喉が恐ろしさに詰まった。
 前の歌姫は、声が枯れうまく歌えなくなって、最後には取り殺されてしまったという噂も聞いていた。

 やがて、そんな焦燥も知らない夕日は、絶望の彼方に沈んで、また今日も闇が訪れる。
 唯一の開け放たれた窓に向かって畏みながら座していると、幽かに人のものではない声が、呼び声とも叫びとも言えない声を発する。
(――――今日も来た)
 そこに少女がいることを確認するように、ゆっくりと羽音が楼閣の上を舞う。
 篝火に照らされた異形の大きな影が橋の欄干にばさりと舞い降りる。そこに佇み、闇の中でじぃと千鳥の方を見つめている気配。 
 毎晩毎晩、太鼓橋を止まり木がてらに止まっては、面白がっているように試される。
 漆黒の羽に包まれ、首から上にのっている醜悪な人間のような顔には、肉食の鳥のごとき硬そうな嘴が突き出している。

 少しずつ、千鳥の存在を知って、弱く儚い存在をいたぶるように日ごと、近づいてくる。
(――――もうすぐ殺される。)
 千鳥は日ごと、喋る言葉も少なくなり、弱っていく。
 逃げることも出来ない中で、声が喉に絡んだまま、悲鳴も上げられなかった。


「歌わぬのなら、殺してしまえ…と村長はいうが、高い金を払ったんだ。あと、もって数日というところだが、最後は村に害が出る前に、エサになってもらって化け物の機嫌をとるしかあるまい」
「しかし、それではいつまでたっても歌姫を探し続けなけばならん…」
「われらとてよい気はせんが、仕方なかろう。代々の村長が決めたこった。さっさと見切りをつけて次の歌姫を探すだろ」
「………そうか…」
 見張番の男は、世話係の心配を鼻で笑って手をひらと振った。
 見張番は、橋とは反対の、村側にある唯一の楼閣の出入り口を守りに戻る。
 事の成り行きを話し合っていたもう一方の世話係は、ふむ、と唸ったが、この風習のために歌姫が命を落としていくことを見続けることに、些か疑問を感じていた。
 村のしきたり、といって、それぞれ、見張番も世話係も役目を継承してきたが……。

 震えて眠る少女のために、何かしてやれることはないかと思案する。


 そして、匿名の依頼がギルドに掲示されたのであった。






■参加者一覧
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
ニーナ・サヴィン(ib0168
19歳・女・吟
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ディラン・フォーガス(ib9718
52歳・男・魔


■リプレイ本文

●鳥は舞い降りるか
 開拓者は、話どおり村が裕福であることに驚いた。村人は総じて身なりはよく物腰も穏やかである。
 だが、不似合いなほどの絢爛さを持つ楼閣に対しては、誰もがどこか後ろめたそうにしている。
 娘の命と引き換えに、この村の安泰が手に入っているという風習のしるし。
 村人は歌姫について多くを語らないし、疑問を口にしない。
「アヤカシに差し出すなんて…」
 村の様子を確認した鳳・陽媛(ia0920)が楼閣を睨む。楼閣は美しくて華やかだが、陽媛には同時に人の醜さも見える。過去の記憶が呼び起こされて苦しくなる。
「綺麗な鳥籠ね」
 見渡すように右手を目の上にかざしたのはアグネス・ユーリ(ib0058)だった。
「…アヤカシの餌台には、出来すぎだわ」
と冷ややかに付け足す。
 あの中に、今も震えている少女がいるかと思うとアグネスの心が痛む。
「歌う事が辛いなんて…悲しすぎるわ」
 愛用の楽器を握り締めたニーナ・サヴィン(ib0168)が痛ましそうに言った。歌を心から愛し、歓びに満ちて歌っていたであろう少女を思うと、いてもたってもいられない。
 一方、余所者と会話をしない村人達は、日暮れとともに楼閣に向かっていく六人を奇異の目で見つめている。
「……………」
 自制してはいるが、隠し切れない怒りで眉間に皺を刻んだ御凪 祥(ia5285)が一瞥した。
 それを受けて、そそくさと慌てた様子で村人が家に戻っていく。
「…やれやれ」
 ディラン・フォーガス(ib9718)が羽根付きの帽子を持ち上げ、髪をかき混ぜると、ぽふりと目深に被り直す。
「評判の歌が聞けるまで一筋縄ではいかなさそうだ」
なぁ?と苦笑した。



 楼閣の見張番は、一行に対し、あからさまな警戒の態度をとった。見かけない六人である。
「余所者め、何しに来た?! ここは、お前らが近寄ってよい所ではないぞ」
 楼閣目当ての盗賊だろうと判断した男は、棍を捨て、佩びていた刀を躊躇なく抜いた。
「なぁ、そんな焦るようなモン隠してんのか?」
 羽喰 琥珀(ib3263)が、切っ先のまん前に進み出て、頭の後ろで手を組むと、からかう様に笑った。見張り番の威嚇など意に介さない。
「馬鹿にしやがって…!」
 頭に血が上った男は、刀を振りかざしたが、琥珀はよけた横から腕を取って、左足でひざ裏に蹴りを入れる。
 がくりと崩れた男が琥珀に押さえ込まれると、その耳にハープの柔らかな音色が聴こえた。
 太陽を凝縮したような美しい金の髪の乙女が歌う。澄んだ声とのびやかな旋律。
(うた、ひめ……?)
 男の意識が眠りの中に誘われていった。



「今日こそ―――」
 千鳥は夕闇に沈む楼閣の中で、一人呟いた。今日こそ―――歌が歌えるのか、殺される、のか。
 千鳥の一口も手がつかない食事を下げに、世話係の男がやってきた。
「…………」
 下を向いてか細い肩を震わせている少女に、かけてやるべき言葉が見つからない。
 今日も何も言えず男は部屋の四隅にある蝋燭に黙々と灯を点けた。


 ややあって。
 頭上で響く羽音に千鳥がびくりと体を強張らせた。
 太鼓橋の袂に燃え盛る篝火がゆらりと揺れる。翼を畳んだ大きな影が浮かび上がる。
 トッ、トッ…ミシリ。
 昨日よりも、距離が近い。妖鳥は橋の端まで渡り、様子を伺っている。禍々しい眼をギョロリと巡らせ、鋼のような嘴をカチリと鳴らす。
 声が凍てついた歌姫を嬲ろうと漆黒の羽を広げた―――
 だが、何かが違うと、妖鳥は首を巡らせる。
 楼閣の発するほのかな灯りから、身を隠している人間がいる。
 茫とした輪郭が、標的を認めて歩み出る。
 月の光と篝火、それらが照らす―――
「さあ、歌えるものなら歌ってみろ。この槍が風を斬り、断つ音を以て答えてやろう」
 祥が朗と答える。
「そして飛び立てるものなら飛び立ってみろ―――この槍でその翼、切り落としてくれる」
 宣言どおり、勢いよく朱塗りの舞靭槍を左手に携えて祥が飛び出した。ヒュォ、と風切り音だけが彼を追いかける。
 槍が唸ると闇に光を放ちながら、妖鳥の脚を狙った。初撃からの雷撃。脚を深く灼き切り、だらりとぶら下がる。
 娘の命をいいように扱うやり方に嫌気がさしている祥には、手加減する気はなかった。
 退かず、翼が叩きつける風圧の中、低く懐に潜り込む。鉛色の爪が祥の頭を握りつぶそうと眼前で大きく開いた。が、踏み込みの足を滑らせる。
 長い髪さえもするりと爪をすり抜け、横凪の一閃が右の翼を切り裂いた。
 耳朶を振るわせる醜い叫び。
 寸手のところで妖鳥が飛び退る。右の翼がうまく機能せず傾ぐが、何とか空へ逃れようとする。
「知ってるか? それが恐れってやつさ」
 アヤカシが本能的に逃れようとする算段など、熟知している。
 ディランが皮張りの本で肩を叩きながら、宙へ逃れようとした妖鳥に向かって空いた手をかざした。
 聖なる光が矢となって瘴気を追尾し、翼を貫いた。
 月を背に妖鳥はよろめく。
 しかし、空を駆る眼に飛び込んだのは、恐ろしさのあまり楼閣の最上階で涙を流している娘。
 まだ飛び続ける力はある。
 地上の人間など、捨てておけとその美味なる戦慄が思い出させた。
 妖鳥は瘴気を振りまきながら舞い、一声啼いた。聴いているものは魅了されて動けなくなる―――千鳥は、妖鳥が与えるであろう死の淵から逃れられない。
「アグネス姉さん!」
「わかってるわ!」
 ニーナの呼びかけに答え、アグネスが楼閣の屋根へ飛び上がった。細い足首から想像できぬほど、高く跳躍する。アグネスは屋根に登ると外から千鳥の階を目指す。
 その間に、ニーナの弦から放たれた音階は、妖鳥を縛るよう翼に圧力をかける。
 下降曲線を描きながら、妖鳥はしぶとく楼閣へ向かう。
 ガツ。
 最上階の屋根に片足でぶら下がり、妖鳥が窓から頭を差し入れた。
 小さな歌姫。不思議な音を返す人間。恐怖を実らせる生き物。
 その柔らかな喉をかき切り、滴る血を飲み干すことが至極―――
「乙女の部屋に窓からなんて失礼ね」
 アグネスの到着の言葉と共に、圧力が妖鳥を襲う。
 ニーナの曲調が激しいものに変わった。攻撃の機会を捉えた開拓者の気持ちをかき立てる。
 鈍い音がして、琥珀とディランの攻撃が立て続けに妖鳥の背に刻まれた。
「あったりー!」
 地上では、抜刀した朱天を手に琥珀が声を上げた。
 すかさず、アグネスが窓枠に手をかけ、容赦なく妖鳥を蹴り落とす。
 再び空中に戻された事態をアヤカシなりに理解して、反転して羽ばたく。邪魔をする人間に怒りが沸いたのか、もう一度大きく啼く。志体を持つ人間を、理解などする気はないだろう。
 けれど、身をもって思い知ることとなる。
「懲りないねぇ…そして、覚悟を決めたほうがいい」
 ディランは苦笑し、本を開く。脈打つように光る文字に呼応するのは風の精。指し示す先を切り裂く事を命じる。
「―――囀り過ぎだ」
 祥は中空で留まる妖鳥との距離を目測で図る。
 ディランが静かに手を上げ、祥の槍がたわみながら跳ね上がった。真空の刃はいずれも加速しながら夜空を駆け上り、獲物に命中した。残りの翼を切りつけ、二度と啼かぬよう喉元を引き裂いた。
 落ちてくる。
 残る脚と空気を押せない翼で地に降りたつ為に、キリモミになりながら。
 そこに駆け寄るのは琥珀だった。最後のあがきの鉤爪に、滑らかな円弧を描く斬撃。
 地面に叩きつけられた妖鳥は、何かを啼こうとして、虚しく嘴を開いただけであった。
「言っただろう?」
 同時に、祥の槍が突き刺さると、瘴気の塊は闇に散っていくのであった。



●鳥は飛び立つか
「怖かったね…もう大丈夫」
 ぎゅうと細い千鳥を抱きしめて、アグネスがゆっくりと背をさすった。
「私…わたし……」
 目の前の戦いが何だったのかは分からないが、覗き込まれたことを思い出して千鳥はぞっとした。
(助かったの…? 終わったの…?)
「辛かったよね、でももういいの。あなたは生きて…いいの」
 陽媛が千鳥の心を読んだように両肩に手を置いた。ゆっくりと陽媛のほうを向く千鳥を、癒しの風がさわりと包む。
 頬の涙の跡を、陽媛は袖で拭ってやった。
 しかし、あとからあとから、ぽろぽろと千鳥の大きな瞳から涙は溢れるのであった。
「でも、帰れない……」
 自分を差し出した村にも、歌姫という生贄を金で用意するこの村にも、どこにも異論を唱える事が出来ないのは、力なきものの宿命なのだろうか。
「風習の起源は…藁でも掴む思いからか。村人の恐慌を抑えるため、意味が無いと知りながら已む無く…か」
 口調は重くなりながらも、ディランが心理を口にした。
「それでも……! こんなことをしていいと思っているの……?」
「でも千鳥だけを連れ出しても、また同じことの繰り返しね」
 陽媛の憤りに、アグネスがそっと腕をとる。
「説得しましょう? 陽媛」
「ええ…。そうでした……巫女である私が最初から分かって貰うことを忘れるなんて」
「伝えてあげればいいのよ。そのために力を貸して…千鳥も」
 アグネスは陽媛と千鳥の手を握った。
「千鳥のほかにも目撃者はいることだし」
 琥珀が世話係を廊下から連れ出してきた。ディランが男の肩を叩いて勇気を称える。
「村長さんをここまで案内してもらえます? ついでに、集まれるだけ、村の人も」
 ふふ、とニーナが世話係に微笑んで言った。



「夜更けに何事だ…」
 楼閣から聞こえた大きな叫び声と物音に、尋常ではないことを察知していた村長だが、わざと不機嫌そうにごちた。楼閣に登ることに抵抗を示したが、周囲を警戒している祥の視線が尋常ではなかった。抵抗を許さぬ雰囲気である。
 村長以下、ずらりと中年男達が十人ほど同行して、部屋の真ん中に座を寄せる。
「おい、ここ迄して何があるんだ?!」
 村長が居丈高に若い世話係を呼びつける。
 すると、三隅の蝋燭の火が順に消え、残る一つの前に扇を持った陽媛の姿が浮かび上がった。
「この地を守ってきた歌姫の言葉を伝えます」
「?!」
 驚きながら、歌姫という言葉に息を呑む様子が伝わる。
 陽媛の扇子が辺りに漂う魂を寄せるように翻る。目を閉じて、声に聞き入るように耳をそばだてている。
「…怖かったよね、辛かったよね…淋しかったよね…聞かせて。貴女達の声を」
 やがて、何かに琴線が触れたように巫女は動きをとめる。
 シャン。
 アグネスの手首の鈴が鳴る。だが、彼女の姿は霧がかかったように村人達には見えていない。

  ずっと村を守って…守って…でも
   アヤカシは、年月を経て、強大に…
    もう、抑えきれない…

 アグネスは声音を変える。
 暗闇の中、歴代の歌姫達の恐怖と恐れと哀しいまでの使命感が漂う。
 村長が噴き出す汗を手の甲で拭いながら、声のするほうへせわしなく首をねじる。
「新手の脅しか?!そんな手には…」
「そもそもさ、アヤカシが歌で大人しくなるわけねーんだよ。おっちゃんアヤカシの事知らなすぎ」
 琥珀が歌姫に頼む根拠のなさを言い当てる。
「そんなわけがない。こうやって、娘がアヤカシの守りをしている限り村に被害は…!」
「アヤカシなら倒したぞ?」
「何ッ……? 馬鹿を言え!」
「――――本当です、彼らは、あの化け物を倒した。娘達の命を食らってきたアイツを倒したんです」
 世話係の男が、かろうじて進言した。

     『歌姫』では守りきれない
      私たちが命を賭して守ってきた村を…今度は「人」の手で…守って…

 切望するように、歌姫の気持ちが木霊する。
「歌姫の声、聞こえましたか? 彼女達の言う通りなんです。皆さんの意思で…この悲しい歴史に終止符を」
 陽媛が千鳥の前へ蝋燭を差し出した。幾分、生気を取り戻した千鳥が悲しそうな目で男達を見つめていた。
「歌姫だ! 成仏してくれ…!」
「おい、生きてるぞ? アヤカシは寄って来ないのか?」
 ざわざわと男達が動揺する。
「代々、それで村を護ってきた…今更……変えることは…」
 何とか抵抗しようと村長が口を開くが、ガタン、と床で物音が鳴る度にひぃ、と情けない声を上げる。
「―――歌姫は、アヤカシをとめることはできないのです。千鳥さんを解放してあげてください」
 陽媛が切に訴える。
「目をつぶることを選択するのは楽だろうが、他の選択肢もある。無論、自身が戦うんじゃなく、ギルドで力を借りればいい。適材適所ってヤツさ」
 成り行きを見守っていたディランが口を開く。
「なぁ、此処は雇った開拓者の魔の森の見張りに使えば? 見張番と世話係はそのまんま使えば一石二鳥だしな」
 琥珀が胸を張って提案する。
「そうそう。開拓者を雇ったほうが楽チンよ? 村長さんは商売上手なんでしょ? 開拓者雇うのとどっちが楽で得かって事よね」
 選択の余地なんてないわよね、とニーナが笑顔で念を押す。
「おっと、千鳥の故郷へ払った分は慰謝料だよな? そんなところを取り返そうなんてケチったら、…まぁ、どこからか回って、交易に支障をきたすかもだぜ?」
 ニヤリとディランが聞こえよがしに言うと、村長ががくりと項垂れた。
「…く…。わかった………」
 やったあ!とニーナと琥珀が手を打ち鳴らした。
 

「皆さん、ありがとうございます」
 千鳥が深々とお辞儀をする。夜明けが来たら千鳥は故郷へ戻る事となった。
「無事に帰れてよかった」
 陽媛が力いっぱいに抱きしめた。
「ありがとう。これで歌姫の方も…浮かばれると思います。私も、弔いを忘れないようにします」
 千鳥が胸に手を当てた。アグネスが代弁した気持ちも、陽媛の想いも、きっと伝えられなかった歌姫自信の声だと思った。
「最後に、千鳥がどんな風に歌うのか聴きてーな。村で歌ってたときみてーに歌ってくれねーか?そのほーが今までの歌姫も喜ぶだろーし」
「え…私の歌?」
 琥珀の申し出に、千鳥が驚く。確かに歌姫として連れてこられたが、声は取り戻せただろうか。
「一緒に唄いましょう…彼女達が安らかに眠れる様に」
「私のハープでよかったら歌ってくれる?」
 陽媛とニーナがやさしく微笑むと、千鳥の傍に座る。千鳥も慌てて座った。
「哀しい思いやつらい気持ちをそのままにしておいたらアヤカシになってしまうもの。綺麗なものにして昇華してあげましょう」
「―――ええ」
 ニーナのハープに合わせて、千鳥がゆっくり息を吸い込んだ。
 最初はかすれがちに震えていた声も、段々と自信を取り戻し、鎮魂の言葉を紡ぐ。癒されぬ傷までも癒そうと、精霊たちがそこに居る全ての者を包み込む。
 歌は満ちていく。
 魂が、静かに穏やかになることを祈りながら。

 やがて、琥珀の横笛が入り、陽媛の声がよりそい、アグネスの踊りが加わる頃には、賑やかな曲になった。
 村で歌っていた陽気な曲を千鳥が嬉しそうに歌う。

  
 籠の鳥は飛び立ちて、喜びの歌を歌う。
 朝の蒼き光が楼閣に届くまで、千鳥達の歌声は楼閣に響き続けたのであった。